2022年11月8日火曜日

【読書感想文】アゴタ・クリストフ『悪童日記』 / パンツに手をつっこまれるような小説

悪童日記

アゴタ・クリストフ(著)  堀 茂樹(訳)

内容(e-honより)
戦争が激しさを増し、双子の「ぼくら」は、小さな町に住むおばあちゃんのもとへ疎開した。その日から、ぼくらの過酷な日々が始まった。人間の醜さや哀しさ、世の不条理―非情な現実を目にするたびに、ぼくらはそれを克明に日記にしるす。戦争が暗い影を落とすなか、ぼくらはしたたかに生き抜いていく。人間の真実をえぐる圧倒的筆力で読書界に感動の嵐を巻き起こした、ハンガリー生まれの女性亡命作家の衝撃の処女作。


 なんかうまく言葉にできないけど、ぞくぞくする小説だった。おもしろい、とはちょっとちがう。感動するわけでもないしハラハラドキドキする描写もほとんどない。新しい知識が得られるわけでもないし、意外なトリックが仕掛けられているわけでもない。でも、ぞくぞくする。ページをめくる手が止まらない。なんともふしぎな味わいの小説だった。



 いちばん奇妙だったのは、人の顔が見えないことだ。

 一人称で書かれた小説なのに自我がまるで感じられない。主語は常に「ぼくら」だったり「ぼくらのうちひとり」だったりで、「ぼく」としての語りはまったくない。双子それぞれの名前も一切出てこない。誰も彼らを名前で呼ばない。

 固有名詞がないのは「ぼくら」だけでない。登場人物たちは「おばあちゃん」「将校」「従卒」「女中」などと肩書で呼ばれ、名前があるのはせいぜい「兎っ子」ぐらい。それもあだ名だが。

 地名も「大きな町」「小さな町」などで、著者の経歴を知ればナチス占領下のハンガリーであることは容易に読みとれるものの、作中に具体的な国名などは一切出てこない。

 とにかく、具体性、自我がまるで見えない。

 にもかかわらず、登場人物たちの姿は活き活きと描かれている。

 強欲で口汚くて夫を毒殺した噂のあるおばあちゃん、目の見えない隣人と知的障害のある娘、少女に猥褻行為をする司祭、ぼくらを性的にかわいがる将校や女中……。

 戦争文学なのだが、反戦メッセージがあるわけではない。登場人物たちはことごとく非道。もちろん「ぼくら」も例外でなく、嘘や盗みを平然とはたらく。場合によっては命を奪うことも辞さない。生きるためだけでなく、ただ純粋に興味本位で悪をはたらくこともある。その一方で勉強熱心で勤勉で正直という極端な一面も持ちあわせている。


 登場人物たちに善人はいないが、根っからの悪人もいない。いや、現代日本人の感覚からすれば悪人だらけなのだが、『悪童日記』の中では悪人ではない。なぜなら、戦時下だから。

 戦時下で死と隣り合わせの状況では、欲望に対してずっと正直になるのだろう。『悪童日記』の登場人物たちは、タテマエや世間体よりも己の欲望を優先させている。それが、彼らが活き活きとしている理由だろう。

 平和を愛する日本人であるぼくはもちろん戦争なんてまっぴらごめんだが、でも欲望に忠実な彼らの生活は案外悪くないかもなとおもわされる。嘘や飾り気のない人生なのだから。



 もっともぞくぞくしたのが、ラストの父親が訪ねてくるシーン。スパイ容疑をかけられて拷問を受けた父親の亡命を助ける「ぼくら」。こいつらにもこんな人情味があったのか……とおもいきや、まさかのサスペンス展開。おお。ぞわっとした。

 ずっとユーモラスな雰囲気が漂っているのが余計にこわい。


『悪童日記』を読んでいると、ふだん「社会性」という仮面の下に隠している獣の部分を暴かれるような気がする。ぼくも一応はちゃんとした社会人のふりをしているけど、状況が変われば金や性欲や食い物のために、他人を踏みつけにする人間だということをつきつけられるような。

 まるでパンツの中にいきなり手をつっこまれたような感覚になったぜ。うひゃあ。


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2022年11月7日月曜日

【コント】原稿持ち込み

「お願いです。これ読んでいただけませんか」

「えっ、これなに……?」

「ぼくが書いた小説です。ぼくの命そのものです。ぜひ読んでいただきたい、そして出版していただきたい。そうおもってお持ちしました!」

「持ち込み……? いや困るよ、君」

「アポなしでやってきて失礼なことは重々承知しております。ですが、お願いです。一度でいいので読んでいただけないでしょうか!」

「アポとかの問題じゃなくて、そもそもうちはそういうのやってないから

「そこをなんとか!」

「なに、君。作家デビューしたいの?」

「はい! 自信はあります。読んでいただければわかります!」

「それだったらまずは賞に応募して……」

「ぼくの作品は既存の賞のカテゴリに収まるようなものではないんです。それは読んでいただければわかります! 読んで、つまらなければ燃やしていただいてもけっこうです! ぜひ一度!」

「いやだって君……」

「はい!」

「うちは本屋だからね」

「……えっ?」

「……えっ?」

「それがなにか……」

「いやいや。原稿を読んで、おもしろいかどうかを判断して、出版するかどうかを決めるのはうちの仕事じゃないから」

「えっ!? こんなに本があるのに?」

「関係ないから。うちは出版社や取次から送られてきた本を並べて売ってるだけだから。出版にはかかわってないから」

「ええっ」

「本屋にやってきて原稿を本にしてくださいって。君がやってるのは、漁師にさせてくださいって魚屋にお願いするようなものだからね」

「えっ、漁師になるためには魚屋に行くんじゃないんですか……?」

「ああ、もう、とことん非常識だね! 学校の社会の授業で習ったでしょ。商品の流れとか」

「ぼく、学校に行かずにずっと原稿書いてたんで知らないんです。十五年かけてこの原稿を書いてたんで」

「うわ……」

「ここがちがうなら、どこに持ち込めばいいんでしょうか」

「そりゃあ出版社だろうけど、でも君の場合はまず一般常識を身につけてから……」

「シュッパンシャってとこに行けばいいんですね! わかりました! ありがとうございます!」

「あーあ、行っちゃったよ。ほんと非常識な子だな……。あれっ、原稿忘れていってんじゃん。命そのものじゃないのかよ。まったく、あんな変な子がいったいどんな小説を書くのか、ちょっと読んでみるか……」


「えっ、嘘だろ!? めちゃくちゃ平凡!」


2022年11月4日金曜日

大盛り無料の罠

 大盛り無料の罠にひっかからなくなった。ぼくも大人になったものだ。


 若い頃は幾度となくひっかかってきた。

 大盛り無料! ってことは大盛りにしないと損するってことじゃん!

 で、明らかに身の丈にあわない量のごはんを前に苦労することになる。胃もたれするおなかをかかえて会計をしながら「もう大盛り無料はやめとこう」と決意する。

 だがその決意もつかぬま、のどもとすぎればなんとやらで数週間後に訪れた定食屋でおばちゃんから「大盛り無料ですけど」と言われたとたんに「今日はいけそうな気がする」と注文してしまうのだ。


 もっと若い頃は大盛りでも余裕でいけた。

 学生街の定食屋でからあげ定食(大盛り)を頼んだら、特大からあげ十個とふつうの茶碗三倍分ぐらいのごはんが出てきてさすがにそのときはごめんなさいと言って残したが、そんなクレイジーな店をのぞけば大盛りでも余裕でこなせた。有料でも大盛りにすることもあった。


 しかし若いつもりでも、肉体は時が経てば衰える。特に内臓の衰えは深刻だ。ちょっと食べすぎたり、ちょっと脂っこいものを食べると、てきめんに具合が悪くなる。

「無理って言ってるじゃないすか……。もう若くないんすよ」
という胃の声が聞こえる(若い人には信じられないかもしれないが、中年になると己の内臓と会話ができるようになるのだ)。

 手痛い失敗を何度もくりかえし、ぼくは学んだ。「大盛り無料」は罠だ。あれはサービスではない。店が、中年をいじめるために仕掛けているトラップなのだ。

 大盛り無料の罠にひっかからない人。それこそが分別ある大人なのだ。


2022年11月2日水曜日

いちぶんがく その17

ルール


■ 本の中から一文だけを抜き出す

■ 一文だけでも味わい深い文を選出。



マイがいつものようにすっかり話に置いて行かれた顔で言った。

(冲方 丁『十二人の死にたい子どもたち』より)




ゼロ除算は全人類の目の敵なのです。

(いっくん『数学クラスタが集まって本気で大喜利してみた』より)




薄気味悪い笑いを浮かべたクラスメイトを破ってしまいたいと思った。

(又吉 直樹・ヨシタケシンスケ『その本は』より)




また、試合開始早々にベンチに下げられても、ロッカールームを爆破してやるなどと脅迫することもなかった。

(R・ホワイティング(著) 玉木 正之(訳)『和をもって日本となす』より)




鞠子は、遠慮とはさせるもので、するものではないと思っている。

(吉田 修一『パーク・ライフ』より)




例えば、電話の通話、 野球のホームランの数、コンピュータのプログラム、スポーツジムのトレーニングプログラム、 柔道の試合や、技の数(技あり一本)などにも使われる。

(今井 むつみ『ことばと思考』より)




私の考えがひどくゆがんでいたとしても、それを押しつけることができるのだ。

(マシュー・O・ジャクソン『ヒューマン・ネットワーク 人づきあいの経済学』より)




一人になりたいときには、テニスの松岡修造のような暑苦しいキャラクターは嬉しくありません。

(青木 貞茂『キャラクター・パワー ゆるキャラから国家ブランディングまで』より)




出会いはいつも平凡で、シングルカットされるような劇的な瞬間なんて、ひとつもなかったのです。

(岡本 雄矢『全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割』より)




あなたや私のなかには、たくさんのアウストラロピテクスがいるのである。。

(ダニエル・E・リーバーマン(著) 塩原 通緒(訳)『人体六〇〇万年史 科学が明かす進化・健康・疾病』より)




 その他のいちぶんがく


2022年11月1日火曜日

【読書感想文】ニコリ『すばらしい失敗 「数独の父」鍜治真起の仕事と遊び』 / マニアでないからこその良さ

すばらしい失敗

「数独の父」鍜治真起の仕事と遊び

ニコリ

内容(ニコリ直販ショップより)
株式会社ニコリの初代社長で「数独」の名付け親・故鍜治真起の評伝本。パズルの素人がいかにしてパズルの会社を立ち上げ、数独を世界に広めたか。生い立ちから晩年まで、鍜治真起に関わった多くの人のインタビューを元に人物像を掘り下げていく。80年代に産声を上げた『パズル通信ニコリ』がどのように続いてきたかの記録でもある。

『ニコリ』という雑誌を知っているだろうか。

 総合パズル雑誌。クロスワード、まちがいさがし、迷路、虫食い算といった定番のパズルから、オリジナルのパズルまで様々なパズルが掲載されている雑誌だ。

 ぼくとニコリの出会いは小学生の頃。父親が『数独』という本(ニコリ用語でいう〝ペンパ本〟)を買ってきて、たちまち夢中になった。あっという間に一冊をやりつくしてしまい(もっとも難しい問題はできなかったが)、一度解いた問題を消しゴムで消してもう一度解いたりしていた。

 父親は他のパズル本(『ぬりかべ』や『スリザーリンク』)も買ってきた。これもすぐにとりこになった。『スリザーリンク』は今でも好きなパズルのひとつだ。そして、それら様々なパズルを乗せた『ニコリ』という総合パズル雑誌があることを知った。もちろん買った。なんておもしろい雑誌なんだろうとおもった。

 当時、ニコリのパズル本は一般の書店には置いていなかった。ごく限られた書店か、おもちゃ屋などで売られていた。郊外に住んでいたぼくは電車で二時間かけて梅田のキディランドまで『ニコリ』を買いに行っていた。

 だが、季刊(年四回発行)だった『ニコリ』は隔月刊になった(後に月刊となるが、現在はまた季刊に戻っている。こんなに刊行形態が変わる雑誌もめずらしい)。学生だったぼくにとって頻繁に買いに行くのはむずかしく、ついには定期購読を申しこんだ。中高生の頃はずっと小遣いで二コリを定期購読していた。

 パズルを解くのはもちろん楽しかったし、『ニコリ』は懸賞もおもしろかった。いつだったか(平均大賞だったかな?)景品のシールをもらった喜びは今でもおぼえている。自分でパズルを作って投稿したこともある。採用はされなかったが。

 今はもう定期購読はしていないが、それでもときどき書店で見かけると、ためらいながらもついつい買ってしまう。買うのをためらう理由は、おもしろすぎるからだ。なにしろ一冊で数十時間遊べるのだ。こんなにコスパのいい雑誌は他にちょっとあるまい。長時間遊んでしまうので買うのをためらってしまうのだ。



 そんな『ニコリ』創業者のひとりで、「数独」の名付け親でもある鍜治真起氏が2021年に亡くなった。海外では「Godfather of Sudoku(数独の父)」の異名も持つ鍜治真起氏について、近しい人たちからのコメントを集めた評伝。


 意外だったのは『パズル通信 ニコリ』創刊メンバーの三人ともが、さほどパズル好きだったわけではなかったこと。

 こうして、「パズルへの熱い思いが高じて」といった理由ではなく、「世の中にないものを作りたい」という理由で、三人はパズル雑誌作りを始めた。パズルがテーマになったのは偶然のなりゆきで、パズルは雑誌を出すための手段だったのだ。だが、そこに三人の思いは重なった。
 ただもちろん、雑誌を作るためにいろいろなパズルを解いたり作ったりしていくなかで、こののち、三人はパズルの面白さにハマっていくのである。走り出してから、パズルのとりこになっていった。
 のちにニコリの四人目のメンバーとなる小林茂さんは、創業メンバーの三人について「三人のベクトルは、ちょっとずつ違うものだった」と見ていた。「三人とも『何かをつくり たい、創造したい』という思いが中心にあった。その上で、(樹村)めい子さんはパズルのほうに興味があって、(清水)眞理さんは漫画を含めたイラストで創造したいと。鍛冶さんはコピーや文章を書いて、何か媒体を持ちたいと。それがニコリに結実したんじゃないかと思います」

 何かを作りたい、という思いがそれぞれにあり、そのためのテーマがたまたまパズルだっただけ。

 ぼくはてっきりパズルを愛してやまないパズルマニアがつくった雑誌だとおもっていた。でも「他の何よりもパズルが大好き」という人たちでなかったのが逆に良かったのかもしれないね。思いの強い人が作っていたら、細部まで徹底的に作りこむ分、他者が参加する余地は少なかったんじゃないだろうか。

『ニコリ』の魅力はなんといっても、そのゆるさ、参加しやすさにあった。昔から今までずっと読者投稿にページを割いているし、掲載されているパズルの多くは読者の投稿によるものだ(ぼくも中学生のときに投稿したことがある。採用されなかったけど)。

 また『ニコリ』の名物企画といえば『ゴメン・ペコン』のコーナー。これは、前号の内容に不備があったことをお詫びするコーナーだ。読者から指摘されたパズルのミス(どうやっても解けない、別解あり)や、誤植、校閲ミスをお詫びするコーナーだ。これがレギュラーコーナーとして毎号載っている。このゆるさこそが『ニコリ』の魅力で、これによって読者は「自分もいっしょに雑誌をつくっている」という感覚を味わうことができる。ぼくも誤植を指摘したことがある。

 つまり『ニコリ』編集部は謙虚なのだ。それは創業メンバーが「パズルの知識なら誰にも負けない」といった思いを持っている人でなかったからこその謙虚さだったのだろう。



 時代も良かったのだろう。

 ニコリが創刊された1980年代は雑誌が元気だった時代だ。『ぴあ』(1972年~)や『本の雑誌』(1976年~)など、資本をもたない若者が、手作り雑誌によって世に出ることができた時代。

 だからこそ『ニコリ』もパズル雑誌としてスタートできたのだろう。きっと今の時代だったら、若者たちが何かを作りたいとおもったとしても、集まって雑誌を作るなんて面倒なことはせず、SNSやYouTubeでかんたんに発信・発散してしまうだろうから(それはそれで新しい文化としていいんだけど)。

 そこまでパズル好きというほどでもない三人がつくったパズル雑誌が出版不況の今でも続いていて、世界中で愛されているというのはなんともふしぎなものだ。



 ぼくは『ニコリ』という雑誌や会社は大好きだが、創業者の鍜治真起さんについては名前しか知らなかったので、この本に書かれている鍜治さん個人のエピソードについては興味を惹かれなかった(特に生い立ちのあたり。波乱万丈な人生送ってるわけでもないし)。

 いちばんおもしろかったのは、安福良直さんという人の入社の経緯。

 安福さんは中学時代、「虫くい算」というパズルに関する本を親に買ってもらい、夢中 になった。虫くい算とは、完成していた計算式(おもに筆算)が虫に食われて「口」の穴になり、その口に0から9までの整数のどれかを入れて、元の計算式を復元しようという計算パズルである。安福さんは独自に研究し、巨大な虫くい算の作りかたを発見、あとは計算を進めて完成させるだけだ、という地点にまでたどり着く。
 孤独で壮大な研究成果が完成した暁には、どこかで発表したい、と考えた安福さんは、本屋に行き、パズル雑誌を二、三冊購入した。そのひとつが、『パズル通信ニコリ』だった。一九八六年夏、京都大学理学部の一年生のときのことである。
 読み比べてみると、ニコリが最も投稿作品を受け付けているし、虫くい算も載っているし、数独など、ほかの数字パズルも載っていた。虫くい算ができたらニコリに送ろうと決め、ニコリに掲載されていた各種パズルを解いてみたところ、見事にハマった。すぐに自分でも数独やカックロなどを作り、ニコリへ投稿するようになる。
 投稿生活と並行して完成させた虫くい算も、満を持して、ニコリに送ったのだった。
 その虫くい算は割り算の筆算で、一二桁+小数点以下一桁の数を一二桁の数で割り、その計算を延々と小数点以下、二万四一〇桁まで進めたものだった。しかもすべての数字が口になっていて、明かされている数字はひとつもない。パズルなので、答えはもちろんひとつだけだ。
 ひとつの口を五ミリ角で紙に書いたこの筆算は、広げると横約一〇〇メートル、縦約一八〇メートルもの超巨大サイズとなった。安福さんはその紙をひたすら折りたたんで、段ボール箱に入れた。さらに、この虫くい算の答えがひとつであることの証明と、この作品ができるまでの過程などを書き綴った一冊の大学ノートも添え、ニコリに送りつけたのである。

 すげえなあ。二万桁以上の虫くい算……。

 ちなみにこの安福さん、これが縁で後にニコリに入社し、現在は鍜治さんの跡を継いで社長になっているというからなんともドラマチック。すごい縁だなあ。

 そういやこの本を読んでいるときにふとおもいだしたんだけど、ぼくが大学生のとき、就活に疲れてふと「『ニコリ』で働くのは楽しそう」とおもって、ニコリに電話をしたことがあった。「新卒採用やっていますでしょうか?」と尋ねて「現在はやっていません」と言われてあっさり諦めたんだけど、それじゃあダメだよなあ。そこで超大作パズルをつくって送りつけるぐらいのことをしないとニコリには入れなかったんだよなあ。


 鍜治さん個人の人となりについては食指が動かなかったが、ニコリという会社の浮き沈みについて書かれたあたりはおもしろかった。

 一読者から見れば『ニコリ』は順調にやっているように見えたけど、経営の失敗でつまづいたり、借金を抱えたり、けっこういろいろあったんだなあ。おもいだせば、季刊→隔月刊→月刊になったころは迷走していたなあ。

 またいつ危なくなるかわからないから、ファンとしてちゃんと買わなくちゃなあ。




 ところでこの本の書名になっている「すばらしい失敗」とは、海外で数独ブームがきたのにニコリが「SUDOKU」を海外で商標登録していないために儲けそこなったことを指す。

 鍜治さんはこの〝失敗〟をむしろ誇りにしていて、それによって数独が世界中に広まったことを喜んでいたらしい。まあ数独自体が鍜治さん考案のパズルではないので(名付け親であり、育ての親ではあるが、産みの親ではない)、商標登録をしなかったのはいいことだとぼくもおもう。こういうところが『ニコリ』が愛される所以なのだ。


 ついでに、この本に載っている好きな逸話。

 椎名誠が朝日新聞で創業間もないニコリを紹介したときに書いた「これが売れても大手は荒らすなよ」という言葉。

 せっかく若者が総合パズル雑誌という大手未開拓の海に船出したのだから、大手が資本にものをいわせて市場を荒らすんじゃねえぞというメッセージ。じつに粋だ。

 そうやって船出したニコリがパズル界のトップランカーになったとき、「SUDOKU」を商標登録せずに海外のパズル制作者たちに門戸を開いたというのはなんとも素敵な話じゃないか。ねえ。


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