2021年10月29日金曜日

【読書感想文】井上 真偽『ベーシックインカム』

ベーシックインカム

井上 真偽

内容(e-honより)
日本語を学ぶため、幼稚園で働くエレナ。暴力をふるう男の子の、ある“言葉”が気になって―「言の葉の子ら」(日本推理作家協会賞短編部門候補作)。豪雪地帯に取り残された家族。春が来て救出されるが、父親だけが奇妙な遺体となっていた「存在しないゼロ」。妻が突然失踪した。夫は理由を探るため、妻がハマっていたVRの怪談の世界に飛び込む「もう一度、君と」。視覚障害を持つ娘が、人工視覚手術の被験者に選ばれた。紫外線まで見えるようになった彼女が知る「真実」とは……「目に見えない愛情」。全国民に最低限の生活ができるお金を支給する政策・ベーシックインカム。お金目的の犯罪は減ると主張する教授の預金通帳が盗まれる「ベーシックインカム」。

 ミステリ+SF短篇集。この趣向はおもしろい。

 ミステリ的な仕掛けがあり、さらにその後もうひとつSF的な仕掛けが待ち受けている。二段階の裏切り。

 人工知能、遺伝子工学、仮想現実、人間強化など、ちょっと先の技術をうまく活かしている。


 この人の小説を読むのは二作目。

 前に読んだ『探偵が早すぎる』は、個人的には好きなミステリじゃなかった。

 ノリがギャグ漫画みたいで。登場人物もトリックもストーリー展開もすべて嘘くさいし、かといってそれが笑いにつながるほどのユーモアもない。ひとことでいうなら「すべってる」状態だった。

 試みはおもしろかったんだけどね。


『ベーシックインカム』のほうは、試みのおもしろさはそのまんまで、不自然さが薄れていた。
 こっちもかなり無理はあるんだけど、テーマがSFだから無理が効くんだよね。「そういう世界だから」で済ませられる。

『探偵が早すぎる』の感想で「この人の本はしばらく読まない」って書いたけど、この路線だったらまた読みたいな。


 SF+ミステリといえば、西澤保彦氏が有名で、タイムリープや瞬間移動などを使ったミステリを書いている。

 しかし西澤作品はギャグ漫画的なんだけど、『ベーシックインカム』のほうはより本格SFに近い。ミステリ要素がなくても成立するぐらい。


 ちなみに表題作『ベーシックインカム』はあんまりベーシックインカムと関係ありませんでした。


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2021年10月28日木曜日

投票に行こうと言われましても

  ぼく自身は国政選挙でも地方選挙でも毎回投票に行くんだけど、でも行かない人の気持ちもわかる。というか、行きたくないのに「投票しましょう!」と大上段に言われるうっとうしさがわかる。

 選挙前になると、いろんな人が「投票は大事ですよ! 若い人は投票しましょう! 投票しないと悪い世の中になりますよ!」って言うんだけどさあ。
 あれ、興味ない人からしたらたまったもんじゃないだろうなあと同情する。選挙カーと同じぐらいのノイズだろう。


 ぼくは投票に行くけど、それは政治や選挙が〝好き〟だからだ。
 興味を持っている。だからおもしろい。

 そう、選挙はおもしろいのだ。そこそこ興味がある人間からすると。

 毎回ドキドキする。
 自分の投票した候補者や政党の結果が悪くてもそれはそれで関係者でもないのに「何がダメだったのか」「次はどうしたらいいのか」とか考えるし、投票した人が当選したり議席数を伸ばしたりしたらもちろんうれしい。

 ぼくは大阪市民だけど、過去二回の大阪市廃止を問う住民投票はすごくおもしろかったもん。

 ぼくはアイドルに興味がないのだけど、アイドルグループの選抜選挙に投票する人はこんな気持ちだろう。


 で、もしぼくが「今度アイドルグループXのメンバー入れ替え選挙があります! あなたも投票できます! ぜひ投票に行きましょう! あなたが投票しないとあなたの意見がないものとされちゃうよ!」と言われたとする。

 はあそうですかべつにいいですけど。だって誰も知らないし。誰がセンターになってもかまわないし。

 仮に「スマホでホームページを開いてタップひとつで投票可能」だったとしても、やらない。ましてや「指定された日に指定された場所に、事前に配布された投票権を持っていって、候補者の名前を書く」だったらぜったいにやらない。

 

「選挙に行きましょう!」と言われる人の気持ちはそれと同じだとおもう。
「行きましょう」だけ言われてもなあ。

 アイドルの選挙に投票させたいんだったら、
「今度アイドルグループXの選挙があります」じゃなくて、
「アイドルグループXってこんなにすごいんですよ。Aちゃんはこんなにかわいいし、Bちゃんはこんなにダンスがうまいし、Cちゃんにはこんな特技があるし、ライブではこんなパフォーマンスをやっててすごい盛り上がりを見せるんですよ!」
っていうプレゼンをしなきゃダメ。

「選挙に行きましょう!」だけ言われても、行くわけがない。


 だから、呼びかけるとしたら「選挙に行きましょう!」じゃなく、

「この選挙区では前回の選挙ではJ党が大差をつけてR党とK党の候補者に勝利しました。しかし今回はR党とK党が候補者を一本化。これで勝敗の行方はわからなくなりました」

とか

「J党の過去4年間のスキャンダルは××、××、××。一方のR党がやらかしたのは××、××、××。I党は××、××、××をやっていますが反省の色はなし。さあ国民の審判で制裁を受けるのはどの党?」

みたいな、選挙のおもしろさを伝える努力をすべきだとおもうんだよね。

 選挙っておもしろいんだから。


 ま、そんなことしてもほとんど変わらないだろうけどね。

 個人的には
「若者はもっと投票に行こう!」じゃなくて
「年寄りは投票に行くのをやめて若者の意見を反映させよう!」と呼びかけたいけどね。

 20年後に生きてる可能性が低い人が舵を握ろうとするなよ(候補者も含めて)。



2021年10月27日水曜日

【読書感想文】西村 賢太『小銭をかぞえる』

 小銭をかぞえる

西村 賢太

内容(e-honより)
女にもてない「私」がようやくめぐりあい、相思相愛になった女。しかし、「私」の生来の暴言、暴力によって、女との同棲生活は緊張をはらんだものになっていく。金をめぐる女との掛け合いが絶妙な表題作に、女が溺愛するぬいぐるみが悲惨な結末をむかえる「焼却炉行き赤ん坊」を併録。新しい私小説の誕生。

 どこまでが実体験でどこまでが創作なんだかわからないところが魅力的な私小説。

 西村賢太氏の書く小説の主人公はほぼ同じ。幼少期に父親が性犯罪で逮捕され、自身も定職につかず、女のヒモのような生活をし、藤澤清造(戦前の劇作家)に入れこんで古書を買い集め、自堕落でありながら他人に対しても厳しい目を向ける男だ。つまりクズ。

 どの作品の主人公もほぼ同じなので、著者本人の姿がかなり濃厚に投影されているのだろう。私小説に対して「どこまでが事実かフィクションか」なんて話をするのは野暮だが、まあ九割方実体験なんじゃないかとぼくは睨んでいる。そうおもわせるだけの筆力がこの人の小説にはある。




『焼却炉行き赤ん坊』『小銭をかぞえる』の二編が収録されている。

『焼却炉行き赤ん坊』はヒモ男が同棲している女と喧嘩してひどい仕打ちをする話であり、『小銭をかぞえる』のほうはヒモ男が同棲している女と喧嘩してひどい仕打ちをする話だ。
 そう、どちらも内容はほぼ同じである。

 主人公のクズっぷりもいっしょだ。仕事をせず、趣味や酒や風俗に金を遣い、借金をくりかえし、返済の期日は守らず、同棲相手の父親にまで金を借り、断られると逆恨みする。
 すがすがしいほどのクズだ。

 自らに酔うように、昂然と続けてきたが、私はこの、完全にこちらを小馬鹿にしているに違いない、まるで図に乗り放題の言いようがたまらなく癇にさわると、もはや我慢のならぬものが腹の底から噴き上げてきてしまった。
「だからお前を、ちったあ見習えってのか。馬鹿野郎、てめえの説教なんざ、聞いてやる義理はねえよ。たかが郵便屋風情が何をえらそうにえばってやがんだ。マイホームを買ったからって、のぼせ上がるんじゃねえよ……何んならこの場でよ、てめえの同僚が見ている前で泣かしてやってもいいんだぞ」

 これは、かつての知り合いに嘘の理由をでっちあげて借金を頼みに行き、「一万円しかもらえなかったこと」に腹を立てた主人公が吐く捨て台詞だ。

 一万円もらっておいてこの言いぐさ。おそろしいほど身勝手だ。


 幸いにしてぼくは、友人にまとまった金を借りたことはないし、貸してくれと頼まれたこともない。せいぜい数千円立て替えたぐらいで、それもすぐに返してもらっている。

 しかし金の貸し借りをした人の話を聞くと「友人間で金の貸し借りをしてはいけない」と強くおもう。

 借金をくりかえす人の思考回路って「貸してくれた。ありがたい」なんておもわないんだろうね。借りたときはおもうのかもしれないけど、それは一瞬だけ。
 あとは「あいつは会うたびに返せと言ってきやがる。ケチなやつだ」「追加で貸してくれなかった。なんで意地汚いやつだ」になってしまうんだろう。




 西村賢太作品の主人公はどうしようもないクズなんだけど、心底憎むことができない。

 なぜなら、彼らが持つ身勝手さや傲慢さは、ぼくの内にもあるものだから。
 己の内にあるエゴイズムを拡大して突きつけてくる。それが西村賢太作品。


『焼却炉行き赤ん坊』『小銭をかぞえる』の主人公はどうしようもない男なんだけど、邪悪ではない。
 単なる〝幼児〟なんだよね。

 うちにもふたり子どもがいるけど、子どもというのはつくづく自分勝手な生き物だ。世界は自分を中心にまわっていると心の底から信じている。わがままを通せば最後は周りが折れてくれるとおもっている。周囲の人間が自分の機嫌を取ってくれないのは悪だとおもいこんでいる。

『焼却炉行き赤ん坊』『小銭をかぞえる』の主人公は、まるっきり幼児だ。幼児がそのまま大きくなったおじさん。

 とことんダメな人なんだけど、でもちょっとだけかわいいんだよね。幼児だから。

 だから金を貸してくれる女がいるんだろうな。母性本能をくすぐるのかしら。


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【読書感想文】己の中に潜むクズ人間 / 西村 賢太『二度はゆけぬ町の地図』



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2021年10月26日火曜日

ツイートまとめ 2021年6月



地域

しごき

汚さ

暗号文

シネジジイ

タイムマシン

フランス代表

長寿命

いい子

まんま

パーマン

追悼ツイート

ケンタッキー

私はロボットではありません

ありがたき迷惑

2021年10月25日月曜日

テニスである

(この記事は八月下旬に書いたものです)


 にしこりもすなるテニスといふものを、してみんとてするなり。


 そんなわけでテニスである。
 きっかけは娘の友だち・Sちゃんのおかあさんに誘われたこと。

 話はそれるが、男から見た「子どもの友だちのおかあさん」の呼び名って〝ママ友〟でいいんだろうか。ママ友でもパパ友でも友だちでもないような気がする。そもそも「子どもの友だちの保護者」のことを友だちとおもったことないんだけどな。なんかいい呼び名ないかな。〝保護者仲間〟ぐらいかな。まあそれはどうでもいい。

 親戚が小学生向けテニススクールをやってるから人数合わせのために参加してくれないか、と誘われた。

 娘に「どうする?」と訊くと、「うーん、Sが行くなら行く」という煮え切らない返事。しかしそれも当然で、娘はそもそもテニスというものをほとんど知らないのだ。まともに見たことすらないのだから「やる?」と訊かれても「やりたい!」という返事にはならないのは当然だ。ぼくだって「クィディッチやる?」と訊かれて「やる!」とは即答しないもんな。ハリー・ポッターに登場する箒にまたがって球入れをする架空のスポーツを現実にやる人がいるらしいです。それがクィディッチ。


 そしてテニス教室へ。正午スタート、一時間。
 八月、好天、正午。暑くないわけがない。暑いというより熱い。腕からちりちりと音がする。

 ラケットの持ち方を教わり、ボールを真下についてみようとか、ボールにラケットを当てようとかコーチから指示。娘の様子を見ると、決して楽しくはなさそう。なにしろそもそもテニスが何かをよくわかっていないんだもんな。目的のわからない作業をさせられるのはさぞつらかろう。

 そんなこんなで一時間のレッスンは終了。最後に申し訳程度に「ふたり一組でネットをはさんで打ち合ってみましょう」という時間があったが、当然ながらラリーにはならない。よくて一往復。

 まあテニスがどんなもんかわかっただけでもいいさとおもい、娘に「どうする? またやりたい?」と訊くと「やりたい!」と意外にも強い返事。
 しかも友だちのSちゃんが「うーん、どうしよっかなー」と迷っているのに、娘は「Sが行かなくても行く」と言う。
 えーレッスン中はむすっとしてぜんぜん楽しそうに見えなかったのに。なんかわからんが心の琴線にふれたようだ。


 さあ来週もテニス教室へ行こう、とおもっていたら教室から連絡が。緊急事態宣言の延長で一切の部活が禁止になったのだと。
 むー。テニスなんて全スポーツの中でいちばんディスタンスとるスポーツなのになー。