2018年6月29日金曜日

鳩に関する常識


高校のとき。
生物の教師がこんな話をしていた。

伝書鳩が巣に戻ってこられるのは、磁気を感知する仕組みがあって、磁力で自分の所在地や巣の位置を把握しているからだと言われている。
ではここで問題。
実験で、鳩にあることをしたらまったく巣に戻ってこられなくなった。何をしたでしょう?

正解は「頭に磁石を乗せた」だったのだが、教師から「鳩に何をしたでしょう?」と訊かれたМさんという女子生徒はこう答えた。

「羽根をもいだ」



この答えを聞いたとき、なんて頭のいい女性だろう、とぼくは心から感心した。

「鳩に何をしたら巣に戻れなくなるでしょう?」という問いに対する回答としては、まごうことなき正解である。

だがふつうの人間は「磁力を使って位置を把握している」という前提や「あまりに明白であることは実験で確かめない」や「高校の授業で教師があまりにエグい話をしてはいけない」という"常識"にとらわれてしまって、「羽根をもぐ」というシンプルな正解を導きだすことはできない。

教師含めクラス全員がMさんの回答にドン引きだったが、ぼくは心の中で彼女の自由すぎる発想にこっそり喝采を送り、自由な発想という翼がもがれてしまわないことを願った。


2018年6月28日木曜日

【DVD感想】『塔の上のラプンツェル』


『塔の上のラプンツェル』
(2011年)

内容(Amazonより)
森の奥深く、人目を避けるようにしてたたずむ高い塔。そこには、金色に輝く“魔法"の髪を持つ少女ラプンツェルが暮らしていました。18年間一度も塔の外に出たことがないラプンツェルは、毎年自分の誕生日になると夜空を舞うたくさんの灯りに、特別な想いを抱き、今年こそは塔を出て、灯りの本当の意味を知りたいと願っていました。そんな中、突然塔に現れた大泥棒フリンと共に、ついに新しい世界への一歩を踏み出します。初めての自由、冒険、恋、そして、彼女自身の秘められた真実が解き明かされ…。

Amazonプライムで鑑賞。崖の上のポニョ、じゃなかった、塔の上のラプンツェル。
いきなり話それるけど、ポニョって崖の上にいるシーンほとんどないよね。崖の上の家でラーメン食って寝るだけだよね。あとは平地か海の中。なんで「崖の上の」ってタイトルにしたんだろう。羊頭狗肉じゃないか。劇場版を観にいった人は怒っただろうな。「崖の上のシーンを観るために入場料払ったのにほとんど崖の上のシーンないじゃないか! 金返せ!」って。どんな崖フリークだ。火曜サスペンスでも観とけ。ま、とにかく『崖の上のポニョ』よりも『海の中のポニョ』とか『半人半魚のポニョ』のほうがしっくりくるよね。

その点、ラプンツェルは十八年も塔の上にいるから看板に偽りなしだ。これなら塔フリークも納得だ。



古き良きディズニー映画、という内容。悪い魔女が出てきて、お姫様がさらわれて、イケメンの盗賊がやってきて塔から連れだして、一緒に冒険をして、献身的な愛を捧げて、最後は悪者がやっつけられて幸福な生活と結婚相手を手に入れて大団円。
ベタベタな内容だが、ディズニーはこれでいい、という気もする。
しかしディズニープリンセスも変わってきているよね。『アナと雪の女王』なんかぜんぜん違うパターンだもんね。
昔のディズニーヒロインって美人なだけで、すてきな男性が迎えに来てくれるのを待ってるだけの頭空っぽな存在だったけど、最近のプリンセスはみんな活動的だしちゃんと自我がある。少なくとも物語の中では女のほうが男より強くなっているね。


四歳の娘と一緒に観ていたのだけど、娘は号泣していた。ただ彼女が泣いていたのは「さらわれて本当のお母さんお父さんと引き離された」という点と「最後に本当のお母さんお父さんの元に帰ってくることができた」という点だけで、ああこの子にとってはまだ親子の情がすべてなんだなあ、と思った。四歳だから男女の愛を理解できないのはあたりまえなんだけど。
準主役であるフリン・ライダーのことなんかまったく娘の眼中になかった。終盤でフリン・ライダーが死にそうになっているシーンでも「ラプンツェルは本当のお母さんとお父さんのとこに帰れる?」ってずっと心配してたから。「フリン・ライダーも心配してあげなよ」って言ったら「誰?」って言ってたから。

かと思うと「カメレオンががんばって偽物のお母さんをやっつけた!」なんて叫んでた。準主役のフリン・ライダーはカメレオン以下かよ。
しかしそんぐらい異性に関心のない娘でもいつかは彼氏ができたりするんだろうなあと思うと、父親としては変なところでしんみりしてしまった。



さっきも書いたように最後は万事丸く収まるハッピーエンドなんだが、ピュアさを失ったおっさんからすると「そんな単純に物事が運んじゃっていいわけ?」と思ってしまう。

いやいやだって、じつは悪い魔女だったとはいえ、仮にも十八年自分のお母ちゃんと思っていた人でしょうよ、その人が死んでスパっと割り切れる?
実の親と再会したとき、つい昨日までは見ず知らずだった人に抱きつきにいける?

ゴーテル(魔女)は人の話は聞かないし嘘ついてラプンツェルを塔から出さないようにしてるけど、話を聞かない親も嘘ばかりつく親もいくらでもいる。
ラプンツェルが健やかに育っているところを見ると、ゴーテルだってそれなりにちゃんと親らしいこともしていたんだろう。
もうちょっと、育ててくれた親への未練というか、『八日目の蝉』のラストシーンみたいな別離のシーンみたいなのがあってもいいんじゃないかなあ、と思ってしまう。それをやると話がややこしくなっちゃうけど。

あとお姫様を救ったとはいえ大泥棒のフリン・ライダーがなんの説明もなく赦されてることとか、大泥棒だった男と十八年間塔から一歩も出たことのなかったお姫様の結婚生活がうまくいくわけないだろうなとか、余計なことを考えてしまう。

ぼくも娘のようにシンプルに「お母さんお父さんに会えて良かったー!」と号泣したいぜ。


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氷漬けになったまま終わる物語


2018年6月27日水曜日

あるオーディオマニアの独白


まあたしなむ程度ですけどね。人からはよくオーディオマニアって言われますけど、自分ではそこまでじゃないと思うんですけど。

だっていい音を愛するのってふつうのことでしょ。
音楽を嫌いな人なんていないし、どうせ聴くならいい音で聴きたいって思うのも自然なことでしょ。

そうですね、機材にはずいぶんこだわりましたね。
電器屋にいって、いいというものはひとしきり試しましたね。ずいぶん買い換えましたよ。趣味のためならお金に糸目はつけないタイプなので。

そのうち市販のものじゃ満足できなくなって、自分でパーツを買ってオーディオ機器を自作するようになりました。さらにパーツも自作するようになりました。機械工学を勉強して、工作機械を買ってきて。
手間ですけどね。でも趣味のためなら手間は惜しまないタイプなので。

しかしオーディオの道ってのは終わりがないんですよね。というよりそこまで来てまだ二合目、ってところですかね。
機器をある程度良いものにすると、今度は部屋の造りが気になってきました。部屋の形、天井の高さ、壁の建材。こういったもので届く音っていうのはぜんぜん変わってきますからね。
そこで音を最良化するための家を建てました。ですが土地の磁場によっても音は変わってくるので、どうしても作ってみないとわからない部分もあるんですね。ですから二回家を建てなおしました。
この頃ですかね、妻が出ていったのは。趣味につきあいきれないといって。ま、オーディオの世界では妻が出ていってやっと一人前みたいなところがありますからね。むしろ名誉なことです。

おかげで一流コンサートホールよりもすばらしい音を聴けるオーディオルームができあがりました。
しばらくはそれで満足していたんですが、少しするとやはり不満が出てくるんですね。
いろいろ考えた結果、問題は私の耳にあるということに気づいたんです。
常に耳をベストな状態に保っておかないと、聞こえてくる音も乱れるんですね。
耳掃除にはずいぶん凝りました。ありとあらゆる耳かきや綿棒を買いそろえました。毎日耳かきエステにも通いました。
あんまり耳かきをしていたせいで中耳炎になったんですが、おもしろいもので、中耳炎のときの音がすごく良かったんですね。音というものはふしぎですよね。
この中耳炎の状態を保つ方法はないかって耳鼻科にも相談したんですが、それはできないと言われました。
そこで思いきって自分の耳を捨て、人工の耳をつけることにしました。義耳ですね。
試行錯誤を重ねて、収音効果がもっとも高まるような義耳を作ってもらいました。左右両方、それぞれスペア込みで四つ。丸洗いできるのでいつでもベストな状態に保てます。
さすがに耳を取るのは少し怖かったですが、趣味のためなら身体を改造することは厭わないタイプなので。

最高の機器、最高の部屋、最高の耳をそろえました。それでも日によって音の聞こえ方に違いがあるんですね。
そこで考えたんです、これはどうも神経回路の状態が日々異なるからじゃないかって。日によって、音が適切に脳まで伝わらないんですね。耳の奥は生身の肉体ですからね、様々な外部要因によって変化してしまうんです。
そこで、音を電気信号に変換して直接脳に伝達する仕組みを構築しました。こうすることで伝達時のノイズがなくなるんですね。音というのは波ですから、これを電気信号に変えるのは意外と難しいものではありません。
オーディオ機器と脳を接続しているので自由に歩くことはできなくなりましたが、趣味にある程度の不自由はつきものでしょう。

これでようやく満足のいく音が聴けるようになりました。
しかし最近また少し不満が出てきたんですね。疲れていたりストレスがたまっていたりするとノイズを感じる、と。脳の状態が一定でないために電気信号の受け取り方にも変化が生じてしまうんですね。
そこで今、いい音を聴くためには脳をどう改造すればいいかを調べているところです。
いや、オーディオの世界ってほんとに底がないですよね。


2018年6月26日火曜日

【読書感想文】小森 健太朗『大相撲殺人事件』


『大相撲殺人事件』

小森 健太朗

内容(e-honより)
ひょんなことから相撲部屋に入門したアメリカの青年マークは、将来有望な力士としてデビュー。しかし、彼を待っていたのは角界に吹き荒れる殺戮の嵐だった!立合いの瞬間、爆死する力士、頭のない前頭、密室状態の土俵で殺された行司…本格ミステリと相撲、その伝統と格式が奇跡的に融合した伝説の奇書。

クレイジーすぎる内容紹介文で一躍Twitterなどで有名になった『大相撲殺人事件』。
相撲×ミステリというテーマの短篇集だ。

読んでみたら、紹介文に負けず劣らず本編もイカれていた。
新入幕力士の対戦相手が次々に殺されていく。撲殺、鉄骨を落とされる、絞殺、刺殺、溺死、毒殺、射殺、焼死、感電死、スズメバチに刺される、凍死、墜落死、一酸化炭素中毒死、轢き逃げ……と、なんと十四日連続で対戦相手が死んでいく。
はっはっは。こんなことが続いたら三日目ぐらいで相手が逃げるとか、興行が中止になるはずとか、警察無能すぎるとか、そういうツッコミは野暮というものだ。
十四人連続対戦相手が死んでいる力士のほうも「不戦勝で十四連勝になってラッキー」と喜んでいる。グレート。登場人物みんな頭おかしい。
このばかばかしさを笑い飛ばせないまじめな人は読まないほうがいいね。

「大相撲の世界も災難続きよねぇ」大関・貴鳳凰の遺体が発見されたことを報じる新聞記事を読みながら聡子が言った。「こないだの十四力士殺害事件に続いて、また三人も殺されて。一年前に幕内にいた力士も、この一年で四十パーセントくらいいなくなっちゃったわねぇ」

どんだけ死ぬねん。「災難続き」で済む話か。
ちなみにこれは中盤に出てくる台詞で、もちろんこの後もばったばったと力士たちが死んでいく。
マフィア組織でもこんなに死なないだろ。角界に吹き荒れる殺戮の嵐を書くことで、現実の相撲界の閉鎖性、異常性を痛切に風刺している……ってそんなわけないか。
こんなけ死んでたら、礼儀のなってない力士をビール瓶で殴ったぐらいじゃ問題にすらならないだろうね。日馬富士もこの世界の大相撲をやってたらよかったのに。殺される可能性のほうが高いかもしれんけど。



中でもいちばん発想がぶっ飛んでいたのが、『最強力士アゾート』。

「おそらく今度の殺人事件の犯人は、大相撲界の革命をもくろむ、頭のイカれた科学者か誰かでしょう。彼はおそらく人造人間の製造に命を賭けている。そしてまた彼は相撲の大ファンでもあった……。そんな彼が抱いた夢が、最強の相撲力士の人造人間を誕生させることです。そのためには、霧乃鷹の右腕、籠石橋の左腕、貴鳳凰の右足が必要だった。あと角界最強の左足、胴体、頭部が揃えば、最強力士の人造人間をつくるのに必要なパーツは揃います。それで彼は念願の、最強力士の人造人間を出現させることができる。競馬でいえば、シンボリルドルフとミスターシービーとハイセイコーといった歴代の名馬たちのすべての長所を兼ね備えた、最高の競走馬を生み出そうとするようなものです」
「それでその科学者は、力士の身体の部位を集めて何をしようとしているんだ?」
「もちろん、その力士を相撲界にデビューさせて、最強の横綱に仕立てあげ、この相撲界をその配下におさめることをもくろんでいるんでしょう。百年間、他の力士たちが束になって挑戦し続けても決して勝てない人造人間の最強力士を、この角界に出現させようとしているに違いありません……。何らかの策を早急に講じなければ、間もなく角界は、この最強人造力士の前にひれ伏すことになるでしょう……」

力士たちが次々に殺され、それぞれ最強を誇っていた身体のパーツが持ち去られる……というとんでもない事件。ブラックユーモアが過ぎる。
ネタバレになるけど、犯行動機もほぼこの推理通り。



ただのトンデモ本かとおもいきや、意外にもまじめに相撲ミステリを書いている。設定はむちゃくちゃだけど姿勢はまじめだ。
「髷」「取組表」「女人禁制」「大柄な男には通れない通路」など、大相撲ならではのトリックや犯行動機をからめていて、「大相撲殺人事件」の名にふさわしく、大相撲×ミステリというテーマに対してがっぷり四つに取り組んでいる。
どのトリックもミステリとしてはあまりスマートでないけど、相撲だからスマートでないのはしかたない。

世紀の奇書と呼ぶにふさわしいこの本、どんなイカれた人が書いたのかと思ったら、作者の小森健太朗氏は史上最年少の16歳で江戸川乱歩賞の最終候補に残り、東大進学後に教育学の博士号を取り、現在は大学で准教授を務めるという、とんでもなく輝かしい経歴の持ち主だった。いったい何があったんだ、それとも頭が良すぎるからこそこんな方向に走ってしまうのか。

ミステリ小説の研究者でもあるらしく、そういえば土俵上は女性の立ち入りが禁じられているから土俵上は女性にとって密室だという『女人禁制の密室』、力士たちが謎の洋館に閉じこめられる『黒相撲館の殺人』など、本格ミステリのパロディも随所に見られる。

とにかく、相撲とミステリへの愛情が存分にあふれていることだけはわかった。だいぶ歪な愛情だけど。

2018年6月25日月曜日

幽体離脱というほどでもない体験


子どもと公園で遊んで、プールで泳いだ後、また子どもと遊んでくたくたになった。

その晩、意識が身体から離れている感覚を味わった。

まず尿意を感じた。
膀胱のあたりにだけ感覚がある。「あートイレ行きたい」と思うと、意識が身体にすとんと落ちてきたような感覚があった。
あっ、入った」と思った。とたんに、手足がずしんと重たくなった。


幽体離脱というほどでもない。
魂だけどこかに行っていたわけではない。意識は身体のすぐ近くにあった。ただし身体の中ではなかった

汗びっしょりのときにシャツを脱ぐように、疲労びっしょりの身体を一時的に脱ぎすてていた、という感じだった。意識が一時的に身体から離れていた。

身体の疲労と眠気と尿意がちょうど絶妙なタイミングで重なったおかげで味わえたのかな、と思ってちょっとおもしろかった。
すぐ忘れそうなので書きしるしておく。