2016年8月29日月曜日

【エッセイ】ぼくがヒーローじゃない理由


たとえばぼくが空を飛べるとして。
一撃で敵を倒す必殺のパンチをもっていたとして。
頭を切られても何のダメージも受けないぐらい頑強だったとして。
自分の頭がおいしいアンパンの味だったとして。
食べられた後は、工場長的な人が代わりの頭部を補修してくれるとして。

目の前におなかがすいた人がいたら、アンパンマンのように
「さあぼくの顔をお食べよ」
と微笑みながら言えるのか?

って考えてみたわけです。


うーん……。
無理だろうな……。

たとえノーリスクだとしても、できることなら自分の顔面は食べさせたくない。
痛みがなくても、なんか嫌だ。

相手のおなかのすきぐあいによるかもしれない。

「おなかすいたよー! えーん、えーん!」
ぐらいだったら、まちがいなく食べさせない。
「そうは言ってもまだ我慢できるよね?」
「つばとか飲み込んだらちょっとは気がまぎれない?」
「市役所とかに相談に行ってみた? 意外と公的なサービスって充実してるよ?」
と、口頭だけで解決をはかると思う。

スジャータが思わず乳粥を飲ませてしまったほどガリガリに痩せていた断食中の釈迦(手塚治虫『ブッダ』参照)。
あれぐらいになってはじめて、自分の顔面を食べさせることを検討する(あくまで検討ね)。

でも、もし食べさせるとしても、せいぜい眉毛とか、唇の皮とかだと思う。
頭からかじられたら「おいこら! ショートケーキでもイチゴは後半だろ!」って怒る。

だから、肉体的な理由だけじゃなく、精神的にも、ぼくはヒーローにはなれないなと思う。

あっ、でも相手がとびきり美人な女性だったら話は別ね。

それだったら、彼女がお昼過ぎに
「あーちょっと小腹がすいたなー」
って言ってただけで、すぐに
「ぼくの顔をお食べよ!」
って言う。

「どこからでも食べていいよ!」
って言う。

「あっ、でも耳だけは最後まで残しておいてよ。きみがぼくの顔を咀嚼する音を聴いていたいから」
って言う。

痛みもなく、美女の整った歯によって噛み砕かれてゆくワタクシの顔。
おお。ぞくぞくする。

これってヒーローの素質ですかね?

2016年8月28日日曜日

【読書感想文】福岡 伸一『生物と無生物のあいだ』

福岡 伸一『生物と無生物のあいだ』


内容(「BOOK」データベースより)
生きているとはどういうことか―謎を解くカギはジグソーパズルにある!?分子生物学がたどりついた地平を平易に明かし、目に映る景色をガラリと変える。

分子生物学研究者による科学エッセイ。
数十万部発行という科学書としては異例のヒットとなった新書ですが、読んでみたがどうしてそんなに売れたのかがふしぎでしかたがない。

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2016年8月27日土曜日

【エッセイ】一休さんの水あめを食べた話

中学生のとき。
旅先のみやげ物屋で、「一休さんの水あめ」という商品を見つけました。
瓶にはアニメ版一休さんのイラスト。
すごくチープなデザインがかえって魅力的で、思わず買ってしまいました。

300円くらいだったと思います。
当時おこづかいとして月に1,500円もらっていましたから、月収の2割。
まあまあの額です。


一休さんの水あめといえば、もちろんあの有名な話に由来するものでしょう。

ある日、和尚さんが水あめを手に入れた。
坊主たちに分け与えるのは惜しいと思い、「これは毒だから食べてはいけないよ」と嘘をついて独り占めしようとした。

それが嘘だと見抜いた一休さんたちは、和尚さんの留守中に水あめを食べてしまう。

全部食べてしまってから、和尚さんが帰ってきたら怒られる、と青ざめる坊主たち。
そこで一休さんは一計を案じ、和尚さんが大事にしている壺を叩き割ってしまう。
水あめを食べた上に壺まで割ったらただじゃすまないとあわてふためく坊主たち。しかし一休さんは「あわてない、あわてない」とすずしい顔。

帰ってきた和尚さんは、大事な壺が割れているのでびっくり。
そこに一休さんがやってきてこう云った。
「うっかり、和尚さんが大事にしている壺を割ってしまいました。
 とても弁償できるものではありません。
 そこで死をもって償おうと、この毒をなめたのですがちっとも死ねません。
 もっとなめれば死ねるかと思い大量に口にしたのですが、全部食べても、悔しいかな死ねません」

これには和尚さんも返す言葉もなく、むむむとうなるばかり......。

たしかこんなお話でした。
「このはし渡るべからず」「屏風の虎を捕まえろ」に次ぐ、一休さん界で三番目に有名な話(たぶん)です。

ところでみなさん。
水あめを食べたことがありますか?

ある、という方は少数派だと思います。
ぼくの周りの人に訊いてみましたが、食べたことないという人ばかりです。
Wikipediaには
昭和40年代頃まで盛んに行われていた街頭紙芝居には水飴が付き物で、子供たちが水飴を割り箸で攪拌して遊びながら、おやつとして食べていた。
とありますから、今の60歳以上はわりとよく食べていたのかもしれませんが、今ではまず目にすることのないおやつです。



ぼくが月収の2割もの大金をはたいてまで買ったのは、そんな水あめを食べてみたかったからです。

なにしろ、『一休さん』によれば、厳しい戒律を守って生きる徳のある僧侶(和尚さん)ですら独り占めしたくなるほどの食べ物なのです。

なにしろ、『一休さん』によれば、一休ひきいる小坊主たちが、師の大事な壺を割ってまでして食べようとしたほどの食べ物なのです。


おいしくないはずがありません。


和尚さんは、「これは毒だから食べてはいけないよ」と嘘をつきました。

山本 健治『現代語 地獄めぐり』(三五館)によれば、人を正しい道に導くべき立場にある僧侶が私腹を肥やすために妄言(ウソ)を口にすると、大叫喚第十六地獄【受無辺苦処】に落とされ、炎を吹き出す鋭い金属の口と歯を持った地獄の魚によって頭から噛み砕かれ、さらに腹の中で燃えさかる炎によって焼かれて苦しむという責めを味わうことになるそうです。

それだけのリスクを承知の上で、和尚さんは「これは毒だから......」と云ったのです。
どれほどおいしいのでしょう。


また、一休さんたちは水あめをなめる瞬間、こう考えたのではないでしょうか。
「和尚さんは『これは毒だ』と言った。私たちに食べさせないための嘘に違いない。でも万が一、ほんとに毒だったらどうしよう......」
一休さんは賢明な少年ですから、当然こんな思いが頭をよぎったはずです。

ふつうだったら、それだけで思いとどまるのに十分です。
知人から「この瓶の中身は毒だから絶対に食べたらだめだよ」と真顔で言われたら、たぶん冗談だろうと思ったとしても、万が一を考えて手はつけないでしょう。
ぼくだったらぜったいに食べません。

それでも一休さんは食べずにはいられなかった。
どれほどおいしいのでしょう。



......というようなことを考えて、ぼくは期待で胸をいっぱいにして水あめを口にしたのです。


え? おいしかったかって?

それは秘密です。
ぜひみなさんも一度食べてみてください。

そうすると、昭和40年頃までは食べられていたのに今では誰も食べない理由がよくわかると思います。


【エッセイ】草食動物のとがったやつ

角が生えている動物は草食動物だけだと聞いた(一部の恐竜をのぞく)。
角は防御用のもので、攻撃には向かないからだそうだ。

なるほど。ということは鬼は草食動物か……。

たしかに『桃太郎』にしても『一寸法師』にしても『こぶとりじいさん』にしても、鬼の方から積極的に攻撃を仕掛けたりはしてないな。
攻撃してきた人間から身を守るために戦っているだけで。

金銀財宝を奪ったっていうのも、すみかを追われたイノシシやサルがたまに野に下りてきて畑を荒らす程度のもんなんだろうな……。

2016年8月24日水曜日

【読書感想文】川上 徹也 『1行バカ売れ 』

川上 徹也 『1行バカ売れ 』


内容(「BOOK」データベースより) 大ヒットや大行列は、たった1行の言葉から生まれることがある。様々なヒット事例を分析しながら、人とお金が集まるキャッチコピーの法則や型を紹介。「結果につながる」言葉の書き方をコピーライターの著者が伝授する。

コピーライターによる「ヒットを生みだす」コピーの作り方。
著者の体験談がつまらなかったり前著の宣伝が多かったりするのはちょっとアレですが、紹介されているエピソードはおもしろかったです。
有名なエピソードも多いのでしょう、コピーの本をほとんど読んだことのないぼくでも、耳にしたことのあるものがいくつかありました。

ぼくも広告の仕事をしているので、目を惹く文章を作ることには日々頭を悩ませています。
この本ではいくつものセオリーが紹介されていますが、やはりいちばん効果があるのは「常識の逆を言う」という手法です 。

北海道北見市にある「北の大地の水族館」が来場者数を大きく増やしたコピー。

 それは、この地方の水族館の最大の弱点を売りにした1行でアピールしたからです。
 その1行とは、
 世界初! 凍る水槽
 でした。
 土地柄、野外に水槽をつくると、冬は水面が完全に凍ってしまいます。それは水族館にとって最大の弱点であるはずでした。しかし、それを逆手にとって、凍った水面の下で活動する魚たちの様子を観察できるようにしたのです。北海道の自然河川そのままに。
 凍った水面の下で魚がどんな風に活動しているか観察したくありませんか? 多くの人は興味をそそられて、真冬のその時期にわざわざ「凍る水槽」を見に来たのです。

たしかにこれは見にいきたくなりますよね。
弱点を、たった1行でひっくりかえしてアピールポイントに変えてしまう。
これぞ名コピー!

実際にはコピーだけではなく、水槽の改修などいろんな対策のおかげで効果を挙げたのでしょうが、これが「氷の下の魚が見られる水族館」とかだったらそこまでお客さんも詰めかけなかったでしょうね。


もうひとつ、弱点を見事に長所に変えたとされる名コピーの例。
アメリカのハインツというケチャップメーカーの話です。

 当時のケチャップはビンづめです。ハインツのケチャップは水分が少なかったので、なかなか出てこないという欠点がありました。ビンを逆さまにして底をたたく必要があったのです。それに比べると、他社のケチャップは水分が多いので簡単に出てきます。使用者のストレスは大きく違いました。他社はハインツの弱点をついてきたのです。
 これに対抗するには、ケチャップの成分を出てきやすい液状に変えるしかありません。しかしそれではハインツらしさがなくなる。ハインツはその戦略をとりませんでした。 たった1行のコンセプトで消費者の価値観をひっくり返したのです。
 それは、
 ハインツのケチャップは、
 おいしさが濃いからビンからなかなか出てこない。
 でした。

このコピーによってハインツのケチャップは売上を大きく伸ばしたそうなのですが、人々がこの広告を見てハインツのケチャップを買ったのは「おいしさが濃いから」だけじゃないと思うんですよね。

不自由さを楽しむ気持ち、というものが人間にはあります。
ぼくの知人は、古い車に乗っていて、「これパワーウインドウじゃないんだよね」とうれしそうに手動で窓を開けたりしています。


ぼくはMacのコンピュータを使っています。
今でこそMacユーザーもめずらしくなくなりましたが、10年くらい前はまだMacはマイナーで、なにかと不便でした。
Windowsユーザーから送られたファイルが開けなかったり、IEじゃないと正常に表示されないサイトがあったりと。
でもそんな不便さがかえって愛おしかったところもあったんですよね。

もー不便だなー、と言いながらも、それがまた「Macの特別な感じ」を引き立たせていたのです。

そういうのってなかなか狙って生みだせる価値ではないんですが、だからこそ成功すると効果ははかりしれないですよね。



この本はコピーの本ですが、コピーにかぎらず「ものを売る方法」のヒントがたくさん転がっています。

スタンダードブックストアが一躍有名になったキャッチコピーや、ブラックサンダーがバレンタインデーに成功させたエピソードなんかは、コピーというよりマーケティング戦略の話です(詳しくは読んでみてください)。



最後に、いちばん印象に残ったエピソードをご紹介。
ジャパネットたかたがボイスレコーダーを販売したとき、高田社長は通販番組でこんな話をしたそうです。

「お母さんがまだ会社で働いてるあいだにお子さんは学校から帰ってきますね。お母さんがいなくてちょっとさびしい。
 でもボイスレコーダーにこんなメッセージが吹き込まれていたらどうでしょう?
 〇〇ちゃん、お帰りなさい。お母さん、まだ会社だけど、おやつは冷蔵庫に入っているからね。宿題は早めにちゃんとやってね。
 ……どうですか?
 こんなお母さんの声を聞いたら、お子さんは喜びます。さびしさも少しやわらぎます」

 自分が働くお母さんの立場になって聞いてみると「なるほどそんな使い方があるんだ」と改めて思ったのではないでしょうか?
 実際、この放送は大反響を呼び、ボイスレコーダーはバカ売れしました。
 通常、このような商品を売る場合は、録音時間や音のクリア度など機能やスペックを訴えることが普通です。しかし、お客さんは機能やスペックではなく「その商品を買ったら、自分の生活にどんないいことがあるか」に興味があったのですね。
 現在、ジャパネットたかたでは、このボイスレコーダーをシニア向けに売っています。
 物忘れが多くなった人に向けて、用事をレコーダーに吹き込んでおけば「忘れるというトラブル」を防ぐことができますよ、という提案です。
 この新しい提案によってボイスレコーダーは、今まで需要がなかったシニア層からの注文が殺到したと言います。

このエピソードを聞いてぼくは、有名な「未開国に靴を売りにいった営業マン」の話を思い出しました。
「だめです、この国では誰も靴を履いていません」と売ることを諦めた営業マンと、「やりました、この国ではまだ誰も靴を履いていません!」と喜んだ営業マンの話です。

ジャパネットたかたの発想はまさに後者。
「お母さんやお年寄りはまだボイスレコーダーをほとんど使っていません!」という考えですよね。


宣伝によって、それまで需要のなかったところに需要を生みだす。

こんなにマーケティング担当者冥利に尽きることはないですよねー。