2020年7月2日木曜日

ビールと母


母はビールが好きだ。
毎日飲む。量は飲まないが、毎日飲む。
飲まないのはよほど体調が悪いときだけ。1年のうち364.5日ぐらいは飲んでいる。
夏の暑い日は昼間から飲む。

酒に強いので、昔は量も多かったらしい。
けど、ぼくが三歳ぐらいのときに飲みすぎて発疹が出たことがあって、それ以来ふだんは一日に一本だけとしたそうだ(会食のときなんかはもっと飲むけど)。
「あのとき発疹が出ていなかったらわたしはアル中になっていたかもしれない」と母は語っていた。

父は母ほど酒好きではないが、付き合いで毎日飲む。
父のほうはあまり強くないので一本飲んだだけで酔っぱらう。だから量も増えない。経済的だ。

そんな家庭で育ったので、「大人は毎日酒を飲むもの」とおもっていた。
大学生になったときは(当時は世間一般的に十八歳でアルコール解禁とされていた)積極的に酒を飲んだ。
飲み会はもちろん、夜に人と食事をするときは必ずといっていいほど酒を飲んだ。ときどきひとりでも飲んだ。ひとりで居酒屋にも行ってみた。それが大人のたしなみだとおもっていたからだ。
飲みたいから飲むのではなく、「飲まなきゃいけないもの」とおもっていた。
「飲んでいればいつか必ず毎日飲みたくなる。それが大人というものだ」と。

しかし、何年かたってふと気づいた。
あ。お酒好きじゃないや。
飲めないわけじゃないし、嫌いでもないけど、べつに好きじゃないや。
なんなら飲むヨーグルトのほうがおいしい。
酒がなくたって平気だわ。大人数での酒宴は嫌いだし。
「大人だからって飲まないといけないわけじゃないや」と気づいた。

で、飲み会のとき以外は飲むのをやめた。
妻も飲まないので、家で飲むのは、焼肉か餃子を食べるときと、友人とスカイプで話すときだけ。それも飲んだり飲まなかったり。

月に一回飲むかどうか。
そうするとめっきり弱くなった。缶ビールいっぱいで眠たくなる。
弱くなるからなおさら飲まなくなる。

元々好きで飲んでいたわけじゃないから、やめたらいいことしかない。
お金もかからないし、寝つきも良くなるし、翌日も疲れない。

そんなわけですっかり飲まない生活に慣れたのだが、実家に帰ると文化の違いにとまどう。
母には飲まない人の存在が信じられないのだ。
食事のときは当然のように「アサヒでいいよね?」と訊かれる。
断ると「じゃあモルツにする?」と訊かれる。
ビールがいらないのだというと、「えっ、車じゃないでしょ? 体調でも悪いの!?」と驚かれる。
母からすると「この後車を運転する」「体調が悪い」以外の理由でビールを飲まないことが信じられないのだ。
彼女にとって「ビールを飲まない」は「ごはんを食べない」ぐらいの異常事態なのだ。

もしもぼくが母より先に死んだら、きっと棺桶に缶ビールを入れられ、墓に缶ビールをかけられたりするんだろうな。
「いやそんなに好きじゃないんだけどな……」とあの世で苦笑いだ。

2020年7月1日水曜日

ピアノ中年

三十代のおっさんだが、ピアノの練習をはじめた。

いきさつとしては、

娘がピアノ教室に通いだす
 ↓
はじめはがんばって練習していたが、サボるようになる
 ↓
娘に火をつけるため、ぼくがピアノを弾いて
「おとうさんのほうが(娘)よりも上手に弾けた!」
と言う
 ↓
娘、まんまと乗せられて
「(娘)のほうが上手に弾ける!」
と言って練習するようになる

ってのがはじまり。
それ以来、娘のライバルとして毎日のようにピアノの練習をしている。

やはりひとりで弾くより、競争相手がいたほうが練習にも熱が入るらしい。

妻はずっとピアノをやっていたのですらすら弾ける。
おまけに絶対音感の持ち主なので教え方も容赦ない。
「その音とその音はぜんぜん違うでしょ。聞いたらわかるでしょ?」なんて言う。
弾けない人、聞いてもわからない人の気持ちを理解できないのだ。
「わからないのはまじめにやってないから」とおもってしまうらしい。

ということで、六歳のライバルにはピアノ素人のおっさんのほうがふさわしい。

どんどん上達する娘のライバルでいられるよう、ぼくも一生懸命ピアノを練習している。



じつはぼくもかつてピアノを習っていた。

一歳上の姉が習っていたので、いっしょにピアノ教室に放りこまれたのだ。
五歳ぐらいのとき。

ピアノ教室に関して今もおぼえていることはふたつだけ。
ひとつは、発表会で弾きおわった後に舞台袖に引っこまず、舞台から跳びおりたこと。
もうひとつは、ピアノ教室の床で寝ころがって「ピアノやりたくない!」と泣きわめいたこと。

このふたつのエピソードからもわかるように、ぼくはまったくピアノに向いていなかった。
その結果なのか原因なのかわからないが、音感もリズム感もない。ドのつく音痴だ。


あれから三十年。
娘と競うようにピアノの練習をしてみると、意外と楽しい。

ピアノはかんたんに音が出せるのがいい。
どんなに下手な人間が弾いても、ドの鍵盤をたたけばちゃんとドの音が鳴る。
音を出すだけなら、リコーダーやギターや法螺貝よりもずっとかんたんだ。

やればやるほど上達していくのが楽しい。
ちゃんと弾けたらだんだん速く弾いて、次は音楽記号に気を付けながら情感を込めて弾く……。
一曲の中でも自分がステップアップしていくのを感じる。

右手と左手でばらばらの動きをするのはむずかしいが、脳のふだん使わない部分を使うのが心地いい疲労をもたらす。

弾き語りなんて正気の沙汰じゃないとおもっていたが、かんたんな曲なら弾きながら歌えるようになってきた。
自分で弾きながらだと、ド音痴のぼくでも少しだけうまく歌えるような気がする。



「大人になってからピアノなんてやっても上達しない」とおもっていたが、ぜんぜんそんなことない。

もちろん、吸収力は逆立ちしたって子どもにはかないっこない。
だが大人のほうが勝っている部分もある。

まず指が長い。
これだけでだいぶ有利だ。
あと意外と手の指の動きをコントロールできるのはタイピングに慣れているからかもしれない。

壁に当たったときに、大人は「なぜできないか」を因数分解して解決することができる。
上手に弾けなかったとき。
まずは右手だけで弾く。
次は左手だけで弾く。
次は両手でゆっくり弾いてみる。
次は速く弾く。
そして、自分がどこで失敗しやすいのかを把握する。弱点を把握したらそこを集中的に練習する。

これはあれだ。
プログラミングに似ている。
書いたコードがうまく動作しなかったとき、「ここまではうまくいく」「この数行を削除してみたらうまくいく」といった作業をくりかえし、ミスの原因を探しあてる作業だ。

大人になると、いろんな経験を通して、
「うまくいかないときはやみくもに体当たりするよりパーツごとに分解してつまづきを克服していくほうが結果的に近道になる」
ことを知っている。
この経験が強みになる(逆に言うと、ピアノの練習を通して子どもはこういった経験を身につけてゆくのだろう)。

そしてなにより。

大人は感情のコントロールができる。
自分のコンディションを(子どもよりも)的確に把握できる。
「眠いから早めに切りあげよう」とか「今日は調子がいいからちょっと長めに練習しよう」とか「気分を変えるためにコーヒーでも飲もう」とか、自分のコンディションと相談しながら練習効率を高める方法を選択できる。

子どもにはこれができない。
うちの娘なんか、おかあさんと喧嘩して泣きわめきながらピアノを弾いたりしている。
「そんな状態で練習してもぜったいうまくならないから気持ちを落ち着かせてからやりなよ」
と言うのだが、聞き入れない。
わんわん泣きながらピアノを弾いて、うまく弾けないといってますます怒る。

傍から見ていてアホじゃねえかとおもうのだが、そんなこと口にするとますます怒りくるうのでやれやれと肩をすくめるだけだ。



ピアノ、楽しいなあ。
この歳になってやっと気づく。
誰にも強制されずに好きなときに弾いているからかもしれないけど、楽しい。

あのとき床に寝ころがって数十分泣きつづけていたぼくをあきれたように見ていたピアノの先生!
あなたの教えは、今、やっと、届きましたよ!


2020年6月30日火曜日

【コント】誘拐ビジネス

「もしもし」

 「桂川だな」

「そうですが」

 「単刀直入にいこう。おまえの息子をあずかった」

「おまえ……なんて卑劣な……」

 「こっちの要求はシンプルだ。現金で一億円用意しろ。受け渡し手段は後で連絡する」

「そんなこと急に言われても……」

 「おっと、用意できないとは言わねえよな。金庫にたんまりあるのをこっちは知ってんだ」

「……」

 「わかってるとはおもうが、誰にも知らせるんじゃねえぞ。じゃなきゃ息子の命は保証しない」

「おまえには人の心がないのか」

 「これは取引だ。ビジネスライクにいこうぜ。それがあんたのやりかただろ? へっへっへ」

「……わかった。ビジネスライクにいきましょう」

 「?」

「こちらの希望条件をお伝えします。本日中に息子を我が家まで無事に送り届けること。息子の無事を確認したら、息子を預かってくれた謝礼として現金で十万円手渡します。領収書は不要です」

 「は?」

「半日のベビーシッター代としては十分すぎる額かと見ています。食費や交通費など、息子の面倒をみるのに要した経費は別途請求してくれればお支払いします」

 「ちょっと待て、ふざけんな。なんだ十万円って。こっちは一億円要求してんだ」

「一億円は呑めません。どうしてもというのであれば他をあたってください。十万円なら捻出可能です」

 「おまえ息子がかわいくないのか」

「ビジネスライクにいきましょう」

 「は?」

「よくお考えください。
 そちらが今日中に息子を連れてきてくだされば、十万円が手に入るわけです。こちらは警察には知らせません。
 ですが連れてきていただかなければこちらとしても警察権力に頼らざるをえません。九分九厘そちらは逮捕されるでしょう。仮に逃げおおせたとしてもずっとおびえて暮らすことになるでしょう。もちろん一億円は手に入りません」

 「……」

「ビジネスライクにお考えください。どちらが利益を生むか」

 「……おまえが約束を守るという保証は?」

「もちろん契約書を取り交わします。フリーメールを用意してくだされば、そこに捺印済みの契約書のPDFファイルをお送りします。そちらは捺印して返送してください」

 「そうするとこちらの氏名住所が知られてしまう」

「そのときにはもう契約成立です。契約書はそちらの手元にもあるわけですから。こちらが支払わなければ契約不履行で管轄裁判所に申し出てくださってもかまいません」

 「しかし一億円のはずが……。苦労して計画してきたのに……」

「『コンコルド効果』という言葉をご存じでしょうか」

 「なんだそれは」

「それまで投資してきた時間や労力を惜しむあまり、利益を生まないとわかっていても撤退を決断できない心理のことです。
 計画を実行しようが中止しようが、これまでに投下したコストは返ってきません。だったら未来だけに目を向け、どう行動するのが利益を最大化するかを考えたほうが得だとおもいませんか」

 「たしかに……」

「過去は変えられませんが、未来は変えられるんですよ」

 「いい言葉だな……いえ、いい言葉ですね……」

「おわかりいただいたようでなによりです」

 「ではこちら側のタスクとして、さっそくフリーメールをご用意させていただきます」

「こちらは現金のご用意に取りかからせていただきます」

 「それでは、今後とも引き続きよろしくお願いいたします」

「何卒よろしくお願いいたします」


2020年6月29日月曜日

ラテン語きどり


学者ってやたらとラテン語使いたがるじゃない。
動植物の学名とか。恐竜の名前とか。

ラテン語なんて今や誰も使ってないのに。

なんだよ、きどっちゃって。
あれでしょ。
自分は教養があるぜって言いたいんでしょ。
庶民とは違うんだぜって言いたいんでしょ。
とはいえじつはラテン語なんて知らないからこそこそラテン語辞典引いて、まるではじめから知ってましたけどなにか? みたいな顔で発表してるんでしょ。
まったく、素直じゃないんだから。

……とおもってたら。

更科 功『絶滅の人類史』にこんなことが書かれていた。
ただ、学名をラテン語にしたことには理由がある。言葉が時代とともに変化することは、昔から知られていた。でも学名は、何百年も何千年も、ずっと使えるものにしたい。だから学名には、変化しない言語を使いたい。そこで、もはや変化することのない死んだ言語、つまりラテン語を使うことになったのである。
あー……。
なるほど……。

たしかに言葉って移りかわるものだもんね。
昔の「をかし」と今の「おかしい」はちがう意味だもんね。

そっかそっか。
死んだ言葉には死んだ言葉なりの使い道があるのか。

そっかー。
きどってたんじゃなかったのね。

素直じゃないひねくれ者なのはぼくのほうでした。
ごめんなさい。


2020年6月26日金曜日

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