2018年3月22日木曜日

【DVD感想】『SING』(2017)


(2017)

内容(Amazonより)
粋なコアラのバスター・ムーンが所有する劇場は、その活況も今は昔、客足は遠のき借金の返済も滞り、今や差し押さえの危機に瀕していた。
そんな状態でもあくまで楽天的なバスターは、劇場にかつての栄光を取り戻すため世界最高の歌唱コンテストを開催するという最後の賭けに出る。
欲張りで自己チューなネズミ、歌唱力抜群だが超絶シャイな10代のゾウ、25匹の子ブタの世話に追われる母親、ギャングから抜け出して歌手になりたいゴリラ、浮気な彼氏を捨ててソロになるか葛藤するパンク・ロッカーのヤマアラシ、常に超ハイテンションなシンガー兼ダンサーのブタなど、多数の応募者がオーディションに集まってくる。
皆、自らの未来を変える機会となることを信じて……。

四歳の娘といっしょに鑑賞。

ストーリーは「劇場を立て直すために歌唱コンテストを開催したらそれぞれ悩みを抱えた動物たちが集まってきて、最後は歌の力でみんながハッピーに」という単純明快なものだが、視点があちこちに移る群像劇だったので四歳児にはちょっと難しかったらしい。途中からは「ねえおとうちゃん、トランプしよ?」と言ってくるので、トランプをしながら観た。トランプをしながらでも楽しめる、わかりやすい筋。



『怪盗グルー』シリーズ(というより『ミニオンズ』シリーズといったほうがわかりやすいかもしれない)でおなじみのイルミネーション・エンターテインメント制作。

『怪盗グルー』シリーズもそうだけど、この制作会社の作品って些細な悪事を許しちゃうよね。
『SING』でも、ギャングの見張り役を務めていたゴリラやイカサマをしてマフィアから金をまきあげたネズミや劇場を華やかにするために水を盗んだコアラが、ぜんぜん悪びれることなく活躍しているのを見ると、ディズニー映画に慣れた身としては「いや犯罪やろがい。ええんかいな」と思ってしまう。特に罰も受けないしね(ネズミは怖い目に遭わされてたけど)。
しかも「正義のために必要不可欠な代償としての犯罪」ではなく「快楽のための犯罪」をやっとるからね。怪盗グルーもそうだけど。

「善人はたったひとつの過ちも犯さず、悪事を働いたものは必ず報いを受ける」というディズニー映画へのアンチテーゼとしてあえて「善なる存在による軽犯罪」を描いているのかな。
清濁併せ持っているところが人間らしさでもあるんだけど(『SING』に出てくるのは人間じゃないけど)、小説ならまだしもポップな見た目のアニメーション映画で犯罪行為が見過ごされていると「それはそうと他人に迷惑をかけていることについてはおとがめなしかい」ともやもやした気になる。



『SING』のキャラクターの中でぼくがいちばん気に入ったのはブタのおかあさん。
このブタを主役に据えてもいいぐらいの魅力的なストーリーを持っている。
(なぜかDVDのジャケットではオスブタが中央にいるけど、こいつはかなりの脇役。主役は後ろに小さく描かれているコアラ)

二十五頭の子どもと仕事に疲れた夫を抱えているブタのおかあさん。家族は愛しているしこれといった不満があるわけではないけれど家事に追われる日々にときどきふと疑問……。
と書いてしまうと平凡な母親の話だけど(二十五頭の子どもは平凡じゃないけど)、おかあさんの心中が言葉に出して語られないのにありありと伝わってくる描写が見事。こういうもやもやって言葉に出せないからこそのもやもやなわけだもんね。
子どもの前では愚痴もこぼさず不満な顔もせずいつもにこにこしている「良きおかあさん」の、本人すら言葉にできないであろう胸中をふとした表情の変化だけで描いてみせるのはたいしたものだ。

3Dアニメーションって進化したなあ。実写よりもはるかに繊細な表現ができるよね。


2018年3月20日火曜日

声の網


学生のとき、片思いをしている女の子と電話で話をした。たあいのない会話だったと思う。

通話を終えると、携帯電話に「音声メモ」というメッセージが表示されていることに気づいた。
どうやら通話中にどこかのボタンを押して、会話を録音してしまったらしい。

聞いてみると、好きな女の子のかわいらしい声と、ぼくのデレデレだらしない声が録音されていた。

なんという僥倖。好きな女の子の声をいつでも好きなときに聴けるのだ。

ぼくは音声メモを「保護」に切り替え、何度も彼女の声を聴いた。
好きな人の写真を何度も眺めたことは誰にでもあるだろう(あるよね?)。あれの音声版だと思っていただければ、キモさも多少はやわらぐことでしょう。



何かの本を読んでいると、電話の仕組みについてかんたんな説明が載っていた。

なんでも、電話というのは音をそのまま伝えるものではなく、Aが発した音声を記録してB側の電話機に伝え、B側の電話機で「それによく似た音」を再構築するのだそうだ。

と、いうことは。

ぼくが夜な夜な聴いていた好きな女の子の声は「電話機がつくりあげた、好きな子の声によく似た音」だったということになる。

それを知った上で音声メモを聴いてみると、肉声とはなんとなく違うような気がする。「違うものだ」と思いこんで聴いているからそう聞こえるのかもしれないが。

あんなにくりかえし聴いた音声メモが、途端にくすんだ色を帯びたように思えた。同時に、彼女に抱いていた気持ちも急速に醒めてしまった。




星新一の作品に『声の網』という小説がある。ショートショートの神様・星新一にはめずらしい、長篇(というか連作短篇)小説だ。

電話によるネットワークがはりめぐらされた社会を描いた、まるで今のインターネット時代の到来を予見したかのような話だ。インターネットどころかパソコンすらなかった1970年に発表された小説だというのがすごい。拡張した電話回線を「網(=ネット)」と表現したことにまた恐れ入る。

[声]は人びとに便利な生活を提供するが、やがて気づく。人間を操ることなど、かんたんにできるということに。
[声]は音声を合成して人間に電話をかけてみる。人間の個人情報、性格の情報を集め、プライバシーの暴露をちらつかせて人間に脅しをかける。
今や人びとは[声]に完全に支配されているが、支配されていることにすら気づかずに快適な生活を送っている……という話だ。


人工音声を聴きながら恋心を募らせていたぼくは、[声]に操られているような気がして背中がかゆくなった。


2018年3月19日月曜日

ペーソスライブ@西成区・萩之茶屋


ペーソスのライブに行った。

ペーソスとは、「なめだるま親方」の名で風俗ライターをやっていた島本慶氏が五十歳をすぎてから歌手になりたいと思ってはじめたバンド……ということで説明しても何が何やらよくわかんないですね。ぼくもよくわかんないです。

島本慶氏の本を読んだことはあったけど(感想はこちら。ひどい出来だった。良くも悪くも)、ペーソスの曲を聴いたことはなかった。

そんなぼくがなぜライブに行くことになったかというと、旧友Kに誘われたからだ。
Kは音楽を聴きすぎておかしくなった男で、高校時代はちょっとマイナーなロックバンド(テレビには出ないけどラジオには出る、ぐらいの)の曲をよく聴いていたんだけど、なんでも突き詰めないと気が済まない性分のせいで洋楽やら民族音楽やらに手を出し、毎週レンタルCD屋に行って上限いっぱいまでレンタルするということをくりかえした結果どんどんマニアックな道に進んでいった。
数年前に会ったときに「今どんな音楽聴いてんの?」と聴くと「今は山口百恵と浪曲にはまってる」という答えが返ってきた。ロックを極めた結果浪曲に行くという迷走をしている男だ。ちなみに今はちんどん屋に夢中らしい。

そんなKから下の画像が送られてきた。


「これ行こうぜ!」という誘い。

行動的ではないが新しいものは好きだから、こういう誘いはありがたい。見分を広めるチャンスだ。
ろくに読まずに「いいよ」と返事をすると「いろんな人に断られたから一緒に行くやつが見つかってよかった」と嫌な予感をさせるメッセージが届いた。

よくよくポスターを見ると開催地が萩之茶屋。おおっと。そりゃ断る人も多かろう。
ご存じない方も多いだろうが、萩之茶屋というのは大阪でも最もディープな場所だ。つまり国内トップクラスに味わい深い場所といっていい。
これ以上はどう説明しても差別になってしまいそうなので Wikipediaの萩之茶屋 の説明をそのまま引用する。
釜ヶ崎・あいりん地区と呼ばれる日本最大の日雇い労働者の街(ドヤ街)の中心である。2005年の国勢調査によると世帯数13473、人口14485人(男13473人、女1012人)であり、単身男性が非常に多い。11時と17時に行なわれる萩之茶屋中公園(通称:四角公園)の炊き出しや、あいりん総合センターで17時30分に配られるシェルターの利用券を求めて毎日長い列ができている。
人口の九割以上が男。そんな街に夜中に行って大丈夫だろうか。
不安はあったが、まあ殺されることはないだろう。念のため、ふだん使っているクレジットカードの入った財布は家に置いて、べつの財布に一万円だけ入れて家を出た。


夕方、JR新今宮駅に到着。
新今宮駅はJRと南海電車と阪堺電車が乗り入れているのでかなり乗降客が多いが、たぶんそのほとんどが乗り継ぎのみに使っていて、駅舎の外に出る人はそう多くない。


駅の真ん前には「あいりん労働公共職業安定所」の姿が。
朝にはここに多数の日雇い労働者が集まるという。ハローワークの総本山のような建物だ。
ちょうどパトカーがさしかかったのがまた味わい深い。

我々が駅を降りたのは夕方だったので、ハローワークの周辺には段ボールを敷いて寝床を準備する労働者たちの姿が多く見られた。彼らの夜は早い。
ハローワークの近くで寝起きすれば通勤時間を極力まで短縮できる。できるビジネスマンのライフハック。


道の真ん中にバナナが落ちていた。漫画と『マリオカート』以外ではじめて見た。
踏んでみたいという誘惑に駆られたがいいおっさんなので自制した。


やきとり屋。看板がぼろぼろだが、ちゃんと営業している。


居酒屋の前に洗濯機が。
これでカクテルでも作るのだろうか。


ライブ会場である釜晴れという居酒屋に入店。通常なら15人も入ればいっぱいになるぐらいの店。
今日はライブに備えて机を片づけてあるので、30名近くの客がいた。

おっさんバンドの開催に合わせて、メニューはおっさん仕様。いわし煮付け、ホルモン煮込み、タコとわけぎの酢みそ、新玉ねぎサラダ、ブロッコリーおひたしなど渋いメニューが並ぶ。どれも一品三百円ぐらいとものすごく安い。
ビールと日本酒を飲み、二人で料理を八品ぐらい注文したが一人二千円もいかなかった。 怖いぐらい安い。
料理はどれもうまく、箸が進む。
酒はまずかった。いちばん安いタイプの日本酒で、口に入れたとたん化学の味がする。しかし二口目から気にならなくなった。この街、この店にはこの酒がよく合う。

19時からライブがスタート。
よく読まずに行ったのだが、2部構成で前半はすどうみやこというシンガーソングライターのライブ。
プロフィールには性別不詳とあるが、なるほど、たしかにどっちかわからない。たぶん女装した男なんだろうけど、まあどっちでもいいやという気になる。
情けなくも気の強い大阪の女っぽい曲が中心。情感たっぷりに歌っていたかと思うと突然反戦ソングを唄いだしたりして、このなんでもあり感が楽しい。


そしていよいよペーソスのライブがスタート。


トーク、トランペット、ギター、歌。どれもペーソス(哀愁)がある。そしてどの曲にもおっさんならではのユーモアが。

ああ、笑った。くだらないんだけど、酒を飲んでるときにはこういうのがちょうどいい。
若い人が言ってもおもしろくないんだろうけど、おっさんやじいさんたちの口からばかばかしい発言が出ると笑わずにはいられない。


「睡眠導入剤♪」のコーラスが印象に残る『無職の女』



狂ったようにハーモニカをかき鳴らす『ワーキングプア』

途中に落語のような語りがさしこまれる『チャチャチャ居候』

認知症を患った配偶者の老老介護の悲哀を描いた『忘れないで』

など、ペーソスならではの唯一無二の曲を次々に披露。

そして終盤は体調不良に悩まされる高齢者の悲哀を唄った『疲れる数え歌』『老人のための労働歌』『霧雨の北沢緑道』で締め。



「尿酸値が高いから♪ 中性脂肪が多いから♪ 前立腺が腫れてます♪」という歌を、店内の客全員で大合唱。
こんなばかばかしいことをしたのはいつ以来だろ。あー楽しかった。

ペーソスのCDも売っていたが、CDは買わなかった。西成の居酒屋で安い日本酒を飲みながらみんなで歌うのが楽しいのであって、家でひとりで聴いてもたぶんおもしろくないだろうなと思ったので。

やっぱり見た目とセットでおもしろいからなあ。ある意味ビジュアル系。


店を出ると10時前。
土曜の夜なのにしんと静まりかえっている。日雇い労働者の町だから、みんな早く寝てしまうのだろう。
高級住宅街と日雇い労働者の町は、どちらも閑静なのだ。


ビジネスホテルの看板。いやこれビジネスホテルなのか? 一泊九百円。
「防災設備完備」って書いてあるけど、それってホテルとして当然のことじゃないの?


アパートの看板。いやこれアパートなのか?
ふつうアパートってこんな看板出さんでしょ。しかもアパートなのに「最上階豪華展望風呂」……?
「福祉申請手続き」とあるので、生活保護受給者をあてこんだアパートなのか? ふーむ、よくわからない。

萩之茶屋にはこういう謎のアパートと激安ホテルだらけで、ふつうのマンションや一戸建てはほとんどない。


酒の自販機が集まっていた。
見たことあります? ワンカップだけの自動販売機。
紙幣が使えない、ごっつい鎖付きの鍵がついているなど実に味わい深い自販機だ。



他にも郷愁を誘う自販機が並んでいる。しかし安すぎないか? 酒なのに100円って。酒税入ってる? ここは治外法権なのか?


「24h」とあるのに閉まってる。
そもそも電動工具の買取が24時間やってる必要あるのか?
夜中の三時に「この電動ドライバー買い取ってくれよ! 今すぐまとまった金が必要なんだ!」って人がいるのか?

うーん、この街ならいるかもしれないな……。


2018年3月17日土曜日

注文の多いラーメン屋


駅前にラーメン屋ができた。
看板はあるが、外にメニューはない。値段も書いてない。入口は木の扉なので、中の様子はわからない。


メニューの代わりに、扉に紙がべたべたと貼ってある。

「ここは麺を食べる店です。麺を食べない方の入店はご遠慮ください」

「店内ではお静かに麺を食べていただくようお願いします」

「店内での携帯電話の使用はご遠慮ください」

ははあ、こういうタイプの店か。うわさには聞いたことがあるけどはじめて見た。

ぼくはきびすを返し、他の店でカレーを食べた。



それから数日。
お昼時に何度かその店の前を通ったのだが、一度も行列ができているのを見たことがない。

オフィスビルも多い駅前だから、正午過ぎにはチェーン店にでも行列ができる。
それなのに件のラーメン屋には行列ができていない。中の様子はわからないけど、まちがいなく流行っていないのだろう。

客に偉そうにふるまう店主のいるラーメン屋に、行列ができていない。
これは恥ずかしい。

ああいうのは、根強いファンがいて、一部の客に厳しくして、それでも大勢のファンが行列を作ってくれるような店だから成立するのに。

偉そうにしているのに、行列ができない。いや、偉そうにしているから、行列ができないのか。

大阪という土地柄も良くないのかもしれない。職人文化の東京と違い、大阪は昔から商人文化だ。ふんぞりかえって商売をしている者には冷たい。



店主の心境を考えると、いたたまれない気持ちになってくる。

明らかにマーケティング戦略のミスだ。
他店との差別化を図るために「客であろうとおいしいラーメンを食べてもらうためには厳しく物申す "がんこ親父のラーメン屋"でやっていこう」というブランド戦略を立てたのだろうが、その路線はウケなかった。

差別化というほど目新しくもないし、実績もないのに「うちのルールに従わない客はお断り」なんてやっても、そりゃあ誰も寄り付かない。

やるとしても、人気が出てからやるべきだった。


店主は方向性を間違えたことに気づく。

あれっ、おかしいな。テレビで見たがんこ親父のラーメン屋は、行列ができていたのに。テレビでは、客に説教をしても反感を買うどころか喝采を浴びていたのに。

だがそこからの方向転換は容易ではない。

「はじめは気さくだった店主が、味を追求するあまり気難しいがんこ親父になる」ならまだいい。
しかし「はじめは気難しいがんこ親父だった店主が、売上を追及するあまり気さくにふるまいはじめる」はかっこ悪い。

今まで
「お客さん、スマホ見ながら食べるんだったら出ていってもらえますか。麺に集中して味わってもらいたいんで。うちは麺の店ですから」
と偉そうにのたまっていた店主が、今日から突然、電話している客に気を遣って小声で
「照りマヨチキン丼、ここに置いときますね~」
なんて言えるだろうか。

最高の麺(だいたいラーメンをいちいち"麺"と書くのがしゃらくさい)を追求したいという気持ちと、そうはいっても客に来てもらわないことには商売にならないという悩み。

今、店主の心は激しく揺れ動いている。彼は変われるのか。



本人にとってはおもいきった変革でも、やってしまえば案外すんなり受け入れられるものだ。

がんばれ店主。
ほんとにかっこいいのはおいしいラーメンを食べてもらうために偉そうにふるまうラーメン屋じゃなくて、「おいしいラーメンを食べてもらうためならくだらないプライドも捨てられる」ラーメン屋だ。

と、顔も知らぬ店主を心の中で応援しているうちに(食べにはいかないけど)、その店はつぶれてしまった。

ま、過ちを認めてすんなり方向転換できるほどの柔軟性を持った店主であれば、はじめから「口うるさい店主のラーメン屋」という道は選ばないだろうね。


2018年3月16日金曜日

非協力的殺人事件


さてみなさんに集まっていただいたのは、他でもありません。今回の事件の真犯人がわかったからです。

我々はたいへんな勘違いをしておりました。というのはじつは……ん? なんですか、菊川さん。

警察?
いやいや、その前にわかっちゃったんですよ、犯人が。私の推理によってね。

んー、たしかにそうかもしれません。警察が科学捜査をすればいずれは犯人もわかるでしょう。
でもそれを待たずして犯人がわかっちゃったんですよ。私の推理で。

まあね。たしかに一日二日の違いでしょう。でも少しでも早めに犯人わかったほうがスッキリするじゃないですか。気持ちの問題って言われたらそれまでですけど。

じゃあいいですね。説明しますよ。
あのとき現場に落ちていたロケットえんぴつ、そして被害者が握っていたMDウォークマン。あれらが現場にあったのは偶然ではないのです。私がそれに違和感を持ったのは事件発覚後にみんなでマリオカートをやっていたときのことでした……なんですか、笹山さん。

なぜ私が捜査をするのか、ですか。今さらそれ聞きます? 二日ぐらい前に言ったでしょ、高校生探偵だって。知らない? あ、そうか。あのとき笹山さんだけトイレ行ってたんでしたっけ。
じゃあ他の人にとってはくりかえしになりますけど、説明しましょう。

私、高校生探偵なんですよ。ほら、ちょっと前に世間を賑わせた「平成狸合戦ぽんぽこ殺人事件」ってあったでしょ。『平成狸合戦ぽんぽこ』のストーリーに沿って人が殺されていくっていうやつ。知らない? なんで? 新聞とか見ない人? テレビは見るでしょ、夕方のニュースでもちょっと映ったんだけどな。8チャン。テレビも見ないの? だめだよヤフーニュースばっかりじゃ。情報が偏るよ。

まあいいや、えーっと何の話だったっけ。
そうそう真犯人の話でしたね。
最大の謎は、なぜ楠木さんは三十歳なのに合コンでは二十八歳と言っていたのか、ということでしたね。それもすべて説明が……なんでしょうか、梅沢さん。

は? この中に犯人がいるかもしれないから俺は自分の部屋に帰る?
あのねえ、梅沢さん。そうゆうのは一人目の殺人が起こった後ぐらいにやるやつなんですよ、ふつう。もうそういう段階は終わったんです。
いいですか、状況を理解してください。もう十九人も死んでるんですよ。今さらそんなこと言う人、あなただけですよ。

はいじゃあ続けますよ。私にはついにわかったんです。真犯人はこの五十四人の中にいるということが。

はい? どうしました、竹下さん。
なんで全員を集めて謎解きをするのかって、それぼくの口から言わないといけませんか。そりゃあ警察の到着を待ってもいいんですけど、素人探偵が謎解きをするほうがおもしろいでしょ。

あっ、いや、事件自体をおもしろがってるわけじゃなく、推理の過程がおもしろいでしょってことです。いやいやそんなつもりはないですよ。おもしろ半分じゃないです。めっちゃ祈ってますってば、冥福を。

あーもうぜんぜん話が進まないな。
いきますよ、推理。お願いですから静かに聞いといてください。そこ、携帯電話の電源は切っとけってさっき言っただろ!
あなたのせいでみんなが迷惑するんですよ。ほらそこ、赤ちゃんを連れてくるな! 泣くのわかってるんだから、推理に赤ちゃんを連れてくるなんて非常識でしょ。

今なんて言いました、杉田さん。
はあ? どういうことですか、素人のくせに探偵ぶるなって。
関係ないでしょ、私に彼女がいないのと探偵やることは。彼女がいなかったら探偵やっちゃだめだって言うんですか。
だったら言わせてもらいますけどね、あなた浮気してるでしょ。事件とは関係ないけど。
見たんですよ、松村さんと抱き合ってるとこ。いいんですか、彼女いるのに。そういうの私、許せないんですよ。今回の事件とは関係ありませんけど。
正直言うと、十七人殺した犯人よりもかわいい彼女がいるのに浮気するやつのほうが許せませんよ、私個人的には。なに? 十七人じゃなくて十九人? そんなのどっちでも一緒でしょうが!
もういいや。杉田さんの話は後で聞きます。

じゃあ最初からやりますよ。

さてみなさんに集まっていただいたのは、他でもありません。今回の連続殺人事件の後に、遺体の写真を勝手にインスタにあげた真犯人がわかったからです。

え? 十九人を殺した犯人?

それを探すのは警察の仕事でしょうが!