2017年7月5日水曜日

なんとなく気になるけどなんとなく読んでみる気が起こらない作家/【読書感想】町田 康 『正直じゃいけん』

町田 康 『正直じゃいけん』

内容(「e-hon」より)
日本経済新聞に連載された「随筆ひとり漫才」、「週刊朝日」に連載された「アナーキー・イン・ザ・3K」を初めとする真理への希求と言葉への愛が炸裂する珠玉のエッセイ集、待望の文庫化。

とある書店で バースデー文庫 という企画をやっていた。1月1日生まれから12月31日生まれまで366人の物書きの本を並べ、「あなたとおなじ誕生日の作家の本を読んでみませんか?」という企画だ。
へえ、ぼくは誰と同じなんだろうと見てみたら、町田康といっしょだった。

町田康か。
ずっと気になっていた作家なんだよなあ。でも読んだことはない。
『告白』とか『パンク侍、斬られて候』とか書店で手に取ったことはあるけど、「うーん、クセが強そうな作家なのにぶあついなあ。もし性にあわなかったときにこれを完読するのはしんどいな……」と思って敬遠していたのだ。
本好きの人にとっては1人や2人はいるだろう、「なんとなく気になるけどなんとなく読んでみる気が起こらない作家」。書架から手にはとってパラパラとやることはあるけど、レジまで持っていくことはない作家。「ほかに読む本がどうしても見つからないときにでも読むことにしよう」と思って、そんな機会は決して訪れることがない作家。ぼくにとって町田康はそういう作家だった。

バースデー文庫で見たときも「んー、町田康かあ……。悪くないね……」なんて言いながらも結局は買わなかった。
でもずっと気になっていたので、後日に「まずはエッセイぐらいから……」と手に取ってみた。

 ぜんたい自分はなにをやっても人に後れをとることが多いが、自動車の運転をしている場合それは顕著で、絶えず割り込みその他にあっているのであるが、そういう車を数多、目撃するうちに、そうして無茶をする車、得手勝手な行動によって交通に問題を起こしている車がある特定の車種に集中していることに自分は気がついた。
(中略)
 というのは、十人十色、などというように、人は各々その性格が異なるはずなのに、なぜこの車に乗った途端、申し合わせたように、かくも凶悪・凶暴な運転をするようになるのであろうか? と自分は考えたのである。
 で、さんざんに首を捻った挙げ句、自分はエアコンじゃないか、という結論に到達した。すなわち、エアコンのフィルターに毒が塗ってあって、スイッチを入れると毒が発散、これを吸い込んだドライバーは、いかな温厚な人といえども、精神に異常をきたし、どらあ、どけえ、殺すぞ、という状態に陥る、といういわば仮説である。
『ビーエムの怪』より)

なるほど、町田康ってこういう文章を書くのか。
パンクロッカーだけあってパンクな文章をつづるね(パンクってどんなのかと聞かれても正確には答えられないけど)。
ブログやSNSを通して誰もが情報を発信できるようになって、こういう勢いにまかせて書いたような文章を書く人はめずらしくなくなった。たぶんそういう人たちのうち、かなりの人が町田康の文章に影響を受けたんだろうな。

町田康自身は野坂昭如や中島らもの影響を大きく受けたと書いていて、ああなるほど改行の少ない疾走感のある文章とか口語交じりの荒っぽい言葉づかいとか、随所に影響を感じることができる。
じつはきっちり計算して書いているんだろうなあ、という気がする。上に引用した文章でも、車種を伏せているのにタイトルでばらしちゃってるとことか。


はまる人にははまるんだろうなあ、という文章で、しかし「はまる人にははまる」≒「自分にははまらなかった」わけで、ぼくは「もうしばらく町田康は手に取らなくていいかな」という感想だった。
文章自体がおもしろすぎると、まとめて読んだときに疲れちゃうんだよねえ。
土屋賢二もそうだしぼくの中では村上春樹もその部類に入るんだけど、文章がおもしろいと内容が頭に入ってきにくい(というか内容はあんまりない気がする)。読んでいる間はおもしろいけど、読後にぜんぜん記憶に残っていない。
ブログ、SNS、週刊誌連載の1記事ぐらいだったらそれでいいんだけど、1冊の本としてまとめて読むとなかなかつらいものがある。初対面の人に出身地はどこですかとかご兄弟はいますかとかのあたりさわりのない話を1分するのは平気でも1時間は話していられないように。

『正直じゃいけん』も週刊誌連載をまとめた本らしいけど、媒体によって向き不向きがあるから、なんでもかんでも本にすればいいってもんじゃないなと思う。ファンにはうれしいだろうけどさ。



町田康氏は細かいことをああだこうだとうだうだ考えていて、共感できるところもなかなかに多い。

 もっとも分かりやすいのは「思ってる/考えてる」という文言でこれを言う人はけっこうやばいので注意が必要である。
 あなたにこうこうこういった内容の仕事を依頼したい「と思っています/と考えています」なんて文書が送られてくる。いくらあなたがあなたのなかで思っていると言ったところで世間は、「ああ、そう」と言って終わりで、一生思っていろ、と言いたくなるがしょうがない検討をしたところ、そういう人に限って具体的日程等の諸条件があわぬ場合が多く、その旨を伝えてお断りを申しあげると今度は、お引受けいただかないと、「困ります」と言って電話をかけてくる。
 困るのはあなたであって私はちっとも困らないので、困る、と言われても困る、あ? やはり俺も困るのか? などと思いつつも諸条件があわぬものは仕方ないので、やはり諸条件不可能である旨を伝えると、再度、連絡があり、ということは諸条件の見直しをおこのうてくれたのか、と思うとそうではなくして、いかに自分がこの仕事を依頼したいと「思って」いるか、について縷々述べるばかりで条件の見直しはいっさい行なわれていない。
『あなたとわたし/なかよくあそびましょ』より)

ぼくもこういう言葉遣いはすごく気になるほうなので、よくわかる。
ぼくが嫌いなのは「お願いしてもよろしいでしょうか」という言い回し。いや願うのはあなたの個人的かつ内面的な行為だからこちらが妨げる類のものではありませんよ、と思う。
思想の自由が保証されているんですからどうぞ好きなだけお願いしてください。その上でちゃんとお断りしますから!



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2017年7月4日火曜日

小選挙区制がダメな99の理由(99もない)/【読書感想エッセイ】バク チョルヒー 『代議士のつくられ方 小選挙区の選挙戦略』

バク チョルヒー
『代議士のつくられ方 小選挙区の選挙戦略』

内容(「e-hon」より)
1988年のリクルート事件以来、日本の政界は「政治改革」という旋風に巻き込まれた。しかし政治改革は、いつのまにか選挙制度改革と同一視され、中選挙区制は小選挙区・比例代表並立制に変わった。当初は、政策を争う二大政党への移行が理想とされた小選挙区制だったが、いったい、この制度は政治市場で、実際にはどのように機能しているのか。代議士たちはどのように公認され、どのような選挙活動を行なっているのか。小選挙区における新人代議士誕生までの過程を、都市部の選挙区で克明に追ってみた。

最近、ふと「国政選挙において小選挙区制って悪いことだらけじゃない?」と思った。
で、いろいろ調べてみればみるほどデメリットが大きすぎる。

小選挙区制(しょうせんきょくせい)とは、1選挙区に付き1名を選出する選挙制度である。(Wikipedia より)

小選挙区のデメリットを考えてみたのだけれど、政治にまったく詳しくないぼくでも以下の問題点を挙げられる。


1票の格差が大きい

国政選挙のたびに問題になってるやつだね。
中選挙区制のほうが格差を調整しやすそうだし(定員5→4にするほうが2つの小選挙区をくっつけて1つにするより抵抗少ないでしょ)、大選挙区制なら格差はなくなる。

死票が多くなる

たとえば小選挙区に4人の立候補者(A,B,C,D)がいるとする。
Aが40%、Bが30%、Cが20%、Dが10%の得票だったとすると、B,C,Dは落選。あわせて60%の票は死票となる。

得票数と議席数の乖離が大きい(=民意が反映されにくくなる)

仮に全選挙区で40%の票をとるA党と全選挙区で30%の票をとるB党があったとすると、B党は小選挙区での獲得議席はゼロになる。国民の30%に支持されていても(小選挙区での)議席ゼロ。
また、得票数が多い政党が議席数では負けるということも起こりやすい(得票数では勝ったクリントン氏がトランプ氏に敗れたアメリカ大統領選のように)。

一党独裁につながりやすい

ひとつ前の理由ともつながるけど……。
すべての小選挙区で50%の票を獲得できる政党があれば、その政党が小選挙区選挙においては100%の議席を占めることになる。
有権者の50%からしか支持されていないにもかかわらず国会内に敵がまったくいない状況になるわけで、政権の暴走につながりやすい。

投票率が下がる

小選挙区制だと、事前の調査で「有権者の20%にしか支持されていない候補者」はまず当選の見込みがなくなる。結果、応援している人でも投票に行ってもしかたがないということになる。
数人が当選する中選挙区制であれば、10%でも勝ち目があるから、投票に行く動機になる。

大政党の後押しのない候補者はまず勝てない

20%の票をとれば余裕で勝てる中選挙区制度と異なり、小選挙区制では少なくとも40%はとらないとまず勝てない。
結局、三バン(地盤、看板、カバン)がない候補者は勝てない。結果、著名人や二世議員ばかりになる。

大政党の政策が似たり寄ったりになる

半数近くの票を集めないといけない小選挙区では、広い層に支持されないと勝てない。結果、どこもほぼ同じ政策を掲げることになる。

選挙がネガティブキャンペーンの張りあいにつながる

小選挙区で2人が競っている場合には、相手候補者の1票を削ることはそのまま自分が1票獲得するのと同じだから(それどころか相手に入れるはずだった票を自分に入れてくれれば実質2票獲得するのと同じことになる)、相手の失策をいかにつつくかという選挙活動につながりやすい。


まあデメリットというのはメリットと表裏一体なので、「民意が正しく反映されない」ということも、少数意見を抹殺したい人間からするとメリットでしかないんだけどさ。
一党独裁だってスピーディーに物事を決められていいから、その党が良識ある行動をとっているかぎりにおいては長所と言えるし。
ネガティブキャンペーンも必ずしも悪いことばかりではなく、正当な批判はどんどんされたらいい。

とはいえ、現政権の暴走なんかを見ていると、メリットをはるかに上回るデメリットがあるように思えてならない。

それを防ぐために比例代表制と並列になっているわけだけど、比例は比例でデメリットがあるし(無所属の人に不利とか、誰からも票を入れてもらえないゴミみたいな候補者でも名簿にさえ載っていれば当選する可能性があるとか、芸能人を使って票を集めようとする政党が現れるとか)、「もっといい選挙制度があるんじゃないの?」というのがぼくの抱えている疑問。



前置きが長くなったけど、小選挙区比例代表並立制に疑問を持ったので『代議士のつくられ方』を読んでみた。

この本は2000年刊行。
小選挙区比例代表並立制が導入されてからはじめての衆議院選挙となった1996年の第41回衆議院議員総選挙を舞台に、当時新人だった平沢勝栄氏(自民党)の選挙活動を細かく描いている。
この選挙戦の様子が物語としても十分おもしろい。戦記を読んでいるかのよう。
各家庭がどの政党を支持しているかを調べるためにゴミまで調べるとか、創価学会(公明党)と幸福の科学(幸福実現党)ばかりが有名だけどそれ以外にも非常に多くの宗教団体が選挙に協力していることとか、「選挙ってここまでやるのか……」と感心する(というか呆れる)ようなことも。

この本の中でも、小選挙区制の問題点がいくつも指摘されている。

 中選挙区制では、同じ選挙区から議員が複数選ばれるので、新人が同じ政党の現職に挑戦することも珍しくはなかった。新人は公認を得るため自民党の派閥の領袖に頼ったり、公認をもらえなくても無所属として立候補して、当選後、自民党に入党する道を選べた。
 しかし新選挙区制度は、いわゆる「自己公認」の余地をなくした。一人しか公認できないから同じ党から出られないし、選挙法の改正で無所属からの立候補も不利になった。その上、無所属として当選しても、自民党入りは困難である。それは、もとからの自民党公認候補を追い出すことになるからだ。

 小選挙区制の導入によるさまざまな変化は、立候補者の決断にも、大きな影響を与えた。政治参入者から見ると、小選挙区制はハードルが高い厳しい制度である。当選の確率が低くなって、立候補の決断がなかなか難しいものになった。その上、選挙区の規模が小さくなったことによって、地元とのコネがない候補者には不利というローカルバイアスを生んだのである。
 以上の変化を背景として、候補者はだいたい三つの出身母体から出てくる。一番多いのは地方議員である。百七人の自民党新人候補者のうち、四十五人が地方議員経験者である。当選した全新人のうち、三六.五%の四十二人が地方議員出身者であった。自民党にしぼると、その割合は四六.九%にのぼる。
 次は二世議員である。百六十一人の二世議員が立候補して、百二十二人が当選した。自民党だけでも、四二.三%の百一人が二世議員だと言われる。それに続くのが、自民党議員の二二%を占める官僚出身者である。

要は、国会議員になるためのハードルが高くなったってことね。
現職議員にしたら喜ばしいことだろうけど、志や能力ではなくコネクションで当選するかどうかが決まってしまうってのは決していいことじゃないよね。


ううむ、知れば知るほど「小選挙区は大政党や現職には有利だけど国家にとってはデメリットばかり」な制度に思えてきたな……。

中でもいちばんの問題はこれ。

 安保も外交政策も、各政党にとって、重要な問題のはずであった。しかし、平沢を含む何人もの候補は「そんなものは票にならないよ」と一蹴した。
 その代わり候補者は、有識者の誰もが受け入れやすい政策を語り、受け入れやすい表現を使った。誰でも同意できる問題に対しては、それがあたかも自分が発案したかのように述べ、意見が分かれるような問題については、ごく皮相な見解だけを表明した。候補者百二十五人を対象にしたある調査で、八十八人の候補者が、政策はキャンペーンの中心ではない、と告白した。その理由として、彼らの半数は、「候補者がみんな安全で論争の余地のないことばかりを言っているから、誰の主張も似通っている。どの候補者も有権者から反発されることを言いたくないからだ」と言った。
 その結果、候補者は、有権者の間に政策論争によって波風を立たせず、いかに信頼感を醸成するか、ということに選挙戦略を移していった。政策についての立場の説明より、その政策を実行する能力があるのかどうか、あるいは、それを訴えるスタイルやイメージの方がより重視されたのである。

過半数近い票を集めないと当選しない小選挙区制で有効な戦略は「反対する人がほとんどいないことだけを主張」になる。
それはつまり「もっと子育てのしやすい国に!」とか「経済を安定させて失業率を下げます!」とか「安心して暮らせる町づくり」とかの、耳ざわりはいいけど「できるならとっくにみんなやっとるわ」という空虚なスローガンを並べるだけになってしまうということ。
「増税すべきか」「改憲は必要か」「米軍基地をどうするか」「原発はなくすべきか」みたいな真に必要な議論は、それが有権者を賛成と反対に二分する性質のものであるがゆえに大政党には避けられる。

その結果、大政党の唱える政策は似たり寄ったりになる。
少し前に自民→民主→自民と二度の政権交代があったけど、それぞれを支持していた人たちに「自民党と民主党の政策って何が違うんですか?」と聞いても、ほとんどは答えられなかったんじゃないかな。

さらに小選挙区制だと大政党に属しているほうが圧倒的に有利だから、いろんな候補者が大政党に集まってくる。その結果、自民党内が極右から中道左派までいろんな思想の持ち主の寄せ集めになって、ますます有権者には政党ごとの政策の違いがわからなくなる。

政策に違いがないから、選挙はイメージだけで戦うことになる。
それを肌で理解してうまく利用したのが小泉純一郎であり、民主党(現・民進党)はイメージだけで政権をとってイメージが悪化して没落した。
選挙では具体的な政策に言及することを避け、無難なことだけ言って自分のイメージを守りつつ、対立候補のイメージをいかに下げるかが重要になる。なんともつまらない選挙だ。

さらに大きな問題は、「改憲します!」とか「共謀罪つくります!」とか「増税します!」とかの本来なら選挙で国民に信を問うべき重要な問題が、選挙が終わってから議題に上がるってこと。
有権者からすると不意打ちで出されるわけだから「そんなこと選挙のときに聞いてませんけど。そうと知っていたら票を入れなかったのに」となり、ますます政治不信が強くなる。

小選挙区制を導入したときはこんなことになるなんてほとんどの人が予想していなかっただろうなあ。

選挙にカネがかかるのを解消するための小選挙区制導入だったわけだけど、結局カネがかかることには変わりはないし、汚職は別の法律で抑止すればいいわけだし、つくづく小選挙区制って害悪だらけに思える。
(派閥政治ってかつては害悪とされていたけど、今の状況を見ると民主主義的でいいやり方だったんだなあと思う)


これだけ情報化が進んでるんだから、もっと大きい選挙区単位で政治をやったほうがいいんじゃないのかなあ。
そもそも国政選挙なのに地元を代表するってのがおかしな話だし。

ま、小選挙区制はいつの時代も与党に有利にはたらくわけだから、改革される可能性は低いだろうけどね。


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2017年7月2日日曜日

男の子の成長を見ること


3歳の娘が通う保育園の参観日。

参観日は楽しい。
自分の子どもを見るよりも、他の子の成長が見ていて楽しい。

朝は娘を保育園まで送り届けているので、同じ時間帯に登園してくる子たちとは頻繁に顔を合わせている。
また、休みの日によく公園で会う子もいる。
でも一部の子はまったく会わない。
運動会とか発表会でしか見ないので、久々に見ると「おお。あの子がこんなに大きくなったのか」と感慨深いものがある。
我が子は毎日見ているので、特に成長を実感することもないのだけれど、よその子を見て「子供の成長って早いなあ」としみじみ思いを馳せることになる。


だから参観日では自分の子より他の子ばかりに目がいってしまう。
で、3~4歳クラスの子を見ていて思ったんだけど、ほんと男の子って手がかかるなあ。

いろんな子がいて、先生の話を聞かない子、急にふらっと教室を出ていこうとする子、参観に来ているお母さんにしがみついて離れない子、呼ばれてもわざと無視する子、さっきまで元気に遊んでいたのに突然スイッチが切れたように周囲の呼びかけに答えなくなる子。それがことごとく男の子なのだ。
女の子にも多少の差はあるけれど、極端に枠からはみだした子というのはいなかった。
たぶんそのクラスの話だけではないと思う。

でも先生の話を聞いていると、そんな男の子たちも、ふだんはそれなりに先生の言うことを聞いて生活しているらしい。
参観日の日はいつもより手のかかる子になっていたようだ。

ここからはぼくの推察なんだけど。
どの子も参観日だから緊張していた。
でもそこからの対応に性差があって、女の子は保護者が見にきているからふだんよりいい子にふるまう、男の子は親の前でいい子にするのがなんとなく恥ずかしくていつもより問題を起こす、ってな感じなんじゃないだろうか。
晴れの舞台ではええかっこするのが女の子、いらんことするのが男の子。


うちの子は女の子で、もちろん駄々をこねたりわがままを言ったりたいへんなときもあるけど、同じクラスの男の子を見ていると「あそこはもっとたいへんだろうなあ」と思う。

一姫二太郎とはよくいったもので、特に一人目の子どもに関しては男の子のほうが女の子よりもはるかに育てるのがたいへんだと思う。



ところで他の子どもを久々に見ると成長を感じられるように、他の子のお父さんお母さんを見るのも、成長を感じられて楽しい。
たとえばある男の子のお母さん。
男の子は活発な子で、制止も聞かずに走り回ったり、他の子に意味もなく「あほー」と言ったりする、まあいわゆる悪ガキだ。
その子のお母さんはまた繊細そうな人で、子どもがいたずらをするたびに逐一「そんなこと言わないの!」とたしなめ、周囲には「すみませんすみません」と謝ってばかりいた。
ぼくは「しょせん幼児のいたずらなんだからそんなに卑屈にならなくていいのに」と思っていた。
話を聞くと、そのお母さんは男兄弟がいないので「男の子の生態」を間近で見たことがなかったらしい。
「うちの子、いつもこうなんですよ。ずっと注意してるんですけどね。ほんとなんでうちの子だけこんなに私や先生の言うこと聞かないんでしょうねえ……」
と深刻そうな顔をしているお母さんに、ぼくは気休めではなく本心から
「まあ男の子ってそんなもんでしょ。ぼくも人の話なんかまったく聞いてませんでしたし。今もそうですけど」
と答えた。


そんなお母さんが、久々に会ったらずいぶんタフになっていた。
男の子が悪さをしても、低い声で「あかん!」と一喝したり、無視して目をそらしたりしていて、ちょっとぐらいのいたずらでは動じないお母さんになっていた。
たいへん喜ばしいことだ。

元男の子のぼくは、自分がそれほど道を踏み外さずに大人になれたのは単に運が良かったからに尽きると思っている。一歩まちがえば死ぬかもしれないこと、ばれたら警察にお世話になるであろうことをいくつもやっていた。たぶんほとんどの男の子がそうであるように。
男の子が死ぬかどうか、警察のお世話になるかどうかは運の問題でしかない。
だから、男の子の母親なんて図太くないとやっていけない。

こういう所にはのぼらずにはいられないのが男の子の習性


近所に、7歳の長男を筆頭に、男の子3人を育てているお母さんがいる。
もう「ザ・肝っ玉かあさん」という感じの人だ。
息子がこけても泣いても血を流しても「はっはっは。ケガしてもうたなあ。よう洗っときやー」と大らかに笑っている。
一方、息子が他の女の子を泣かせたときには鬼の形相で叱りとばしている。
理想的な「男の子の母親」だと思う。
このお母さんの元でなら、きっと3人の息子たちもすくすく育つことだろう。運が良ければ



2017年6月28日水曜日

表現活動とかけてぬか漬けととく/【読書感想エッセイ】村上 龍 『五分後の世界』


村上 龍 『五分後の世界』

内容(「e-hon」より)
5分のずれで現われた、もうひとつの日本は人口26万に激減していた。国連軍との本土決戦のさ中で、アンダーグラウンド兵士の思いは、こうだ。「人類に生きる目的はない。だが、生きのびなくてはならない」。

なぜか「まだ太平洋戦争が終わっていない世界」に迷いこんでしまった男。その世界では日本領土はアメリカと中国とイギリスとロシアに引き裂かれ、ゲリラ戦が横行する世界だった――。

なんというか「すごい小説だな」というばかみたいな感想しか出てこなかった。

「もしあのとき〇〇していたら歴史はどうなっていたか」という仮定世界は、SFでも歴史書でもわりとよくある設定だ。
「日本がポツダム宣言を受諾していなかったら、南方からアメリカが、北方からロシアが上陸してきて、朝鮮やドイツやベトナムのように分割統治されて代理戦争に使われていただろう」というのが『五分後の世界』の舞台だが、似たような話はこれまでにも聞いたことがある。さほど目新しい設定じゃない。

細かい設定はよく練りこまれているけど、ストーリーとしては起伏が少なくて退屈な部類に入るし、「主人公が別世界に迷いこんだ理由」も「なぜ別世界では時計が五分進んでいるのか」も「無事に元の世界に戻れたのか」も最後までわからない。小説としてはかなり不親切だ。

それでもこの小説をすごいと感じたのは、文章から伝わってくる圧倒的な熱感というか気迫みたいなものが尋常ではなかったからだ。

特に何十ページにもわたる戦闘の描写。ストーリー展開として、この部分はまったく必要ない。小説巧者である村上龍にそれがわかっていないはずがない。
それでも、しつこいほど丁寧に、戦闘の様子が描写される。
ただ戦闘が書きたかった、いや書かずにはいられなかったのだろう。

あとがきで村上龍はこう書いている。

約半分まで進んだ時に、突然「物語の設計図」とも言うべき三次元のパース画のようなものが出現した。「作る」のではなく、それまで何もなかった湖から恐竜が現れるように、ずっと以前からあって単に見えなかっただけだという風に「設計図」が、頭の中ではなく、現前に、見えるものとして、出現した。その後はマシンになって書いた。間違えたり、余分なものや不足なものがある時は、「違うよ」と「設計図」から指摘された。「物語の設計図」の奴隷になっていたわけではもちろんない。ただし、主人でもなかった。

作中でも登場人物に同様のことを語らせている。
読んだ身としては、さもありなんと思う。これほどの鬼気迫る文章を計算で書けるとは思えない。
筆力がすごすぎて、ただただ圧倒されるばかり。おかげでストーリーがうまく頭に入ってこない。熱すぎるステーキを口に放りこまれて味がまったくわからないような感じ。熱がありすぎるのも考えものだ。

村上龍の体験には遠く及ばないだろうけど、この「書くことが降りてくる」体験というのはぼくでもわかる気がする。こうしてブログを書いていても、ときどき自分でもまったく思っていなかった方向に筆が進んでいくことがある。書くことが次々に湧いてきて、書き手の仕事は「それを表すための適切な表現を探す」ことだけとなる。ある程度の量を書いていると、ときどき体験できる感覚だ。


昔は、表現活動というものは個人の仕事だと思っていた。表現者がゼロから生みだすものだと。
でも最近になってそうではないと思うようになった。表現者は「つくりだす」というよりも「介する」に近いのではないだろうか。表現するものはすでに存在していて、クリエイターの仕事というのはそれらに形を与えてやるだけ。
ぬか床にキュウリやナスを入れておくと、ぬか漬けができあがる。人がやることは「漬ける」「取りだす」ことだけで、ぬか漬けを「つくる」のは乳酸菌や酵母などだ。
創作もこういう行為なんじゃないかな。
インプットが多いほどたくさん取りだせるし、長年やっている人ほどぬか床も成熟して味わい深いものができる。腐らせにくくする方法も知っている。だけど最終的にどんな味のぬか漬けができるかは人智の及ぶところではない。

ブンガクにかぎらずあらゆる表現活動は、個人の創意工夫が発揮されるところはじつはすごく少なくて、もっと社会や時代に影響されてしまう公的な活動なのではないだろうか。





作中で描かれる "ポツダム宣言を受け入れた世界" に生きる日本人は、ものすごく美しく描かれている。

「沖縄を犠牲にして無条件降伏した場合は、最終的にアメリカの価値観の奴隷状態になるという予測が出ました、経済的な発展のレベルは何段階かありますが、結果は基本的には同じことで、つまりアメリカ人が持つある理想的な生活の様式をとり入れて、そのこと自体を異常だと気付かないということ、文化的な危機感は限りなくゼロに近づいていくので、例えば日本人だけが持つ精神性の良い部分を、アメリカが理解せざるを得ないような形にして発信するという可能性はなくなります、そうですね、アメリカでとてももてはやされている生活のスタイルがそのまま日本でももてはやされる、それに近い状況になるということでしたね、外交面では特にその傾向が強くて、日本の政治力、政治的影響力は国際的にゼロかもしくはマイナスになります、マイナスという意味は、日本の外交能力のなさ、外交政策決定力のなさが国際的なトラブルの原因になることもあり得るということです、具体的に言うと、アメリカ人が着ている服を着たがる、アメリカ人の好きな音楽を聞きたがる、アメリカ人が見たがる映画を見たがる、アメリカ人が好きなスポーツをしたがる、ものすごく極端に言えば、ラジオからは英語が流れて、街の看板もアルファベットばかりになり、人々は金色や赤に髪を染めて、意味もわからないのにアメリカの歌に合わせて踊る、というところでしょうか、そしてそれが異常なことだと気付くことができないくらいの奴隷状態に陥る、それにしてもあなたを見てると、やはりシミュレーションにすぎないということがよくわかります、あなたは髪を金色に染めたりしていません」
 マツザワ少尉はそう言って小田桐に笑いかけた。いや本当は今あなたが言った通りなんです、と小田桐は言おうとして、止めた。

一方で戦うことを辞めて生きる日本人は「非国民」と呼ばれ、"退化した人間" として醜悪に描かれている。

こういう価値観は、戦後平和教育にどっぷり漬かって育ったぼく個人の考えとはあまり合わないのだけれど、でも今の日本のありかたが正しいのかと言われるとそれもまた疑問に感じる。

最近、堀井憲一郎『落語の国からのぞいてみれば』という本を読んだのだけれど(⇒ 感想)、つくづく日本人の価値観って近代以前と以後でまったく違うものだなあという印象を受けた。
転機のひとつは明治維新。もうひとつは第二次世界大戦での敗戦。
どちらも西洋の文化を急速にとりいれていて、だけど近代以前の価値観も残っているわけだから、木に竹を接いだようにひずみが生じている。

個性を大事にしなさいよと言いつつ自分のことは卑下するのが美徳とされるとか、
経済成長が大事だよと言いつつ倹約や清貧が高く評価されるとか、
効率が大事とか仕事だけが人生じゃないと言いつつもまじめにこつこつ働きなさいと言われるとか、
男女平等だと言いながらも男は仕事を女は家事を期待されることとか。
まったくもって矛盾だらけだ。

そういう矛盾をいちいち真に受けていたら発狂してしまうからぼくらはどうにかこうにか折り合いをつけて生きているわけだけど、それってすごくめんどくさい。
『五分後の世界』に生きる日本人たちは、こうしためんどくささを抱えていないように見える。
「シンプルな枠組みの中で生きている人たち」としてかっちょよく描かれてるんだけど、それを美化してしまうのはちょっといただけないと思う。


今も一部の人が「教育勅語の時代を取り戻そう」「戦前のやり方を見なおそう」なんてラディカルなことを言っていて、単純明快なその主張は単純であるがゆえにそれなりの支持を集めている。
だけどそれは、わかりやすい論理の多くがそうであるように、あまりにも非現実的で楽観的なものの見方だ。

今の社会システムは矛盾だらけだから絶えず改善を繰り返していく必要があるけれど、今ある建物をぶっ壊して更地にしてしまって一からきれいな街並みをつくりましょう、と唱える人をぼくはまったく信用できない。
革新、刷新、維新、リノベーション。そういう言葉は耳ざわりはいいけど、実務家の発言ではない。

よくいるでしょう、組織の長に就任したとたんに「何か変えなくちゃ!」という観念に囚われて前任者のやり方をすべて否定して、さんざんシステムをめちゃくちゃにして責任をとらない人。他のメンバーがなんとかうまく立て直したら、いいところだけ取り上げて「私が思い切った改革を断行したおかげでつぶれかけた組織が立ち直した」と手柄だけ主張する人。
変えることが仕事だと思っている人。

ビジョンとして「理想の社会」を持つのはかまわないけど、為政者は今の社会を「0.1%だけマシにする方法」を積み重ねていかなければならない。
建物の場合は増築・改築をくりかえすよりもいっぺん更地にしてから建てなおすほうが早かったりするけれど、1秒たりとも途絶えてはならない教育や福祉や経済を扱う上では、そういうやり方は許されない。
許されるとしたら戦争や自然災害でシステムが致命的にダメージを負ったときだけで、だからラディカルな復古主義を提唱する人は心のどこかで戦争や大災害を望んでいるように見える。東日本大震災の後も「これを機に新しい都市計画を!」と、まるでこうなることを待ちわびていたかのように嬉々としてシステム一新を提唱する人がいっぱい湧いてたし。

子どもはいたって単純明快なルールの中に生きていて、世の中の矛盾を感じたり息苦しさを感じたりすることはほとんどない。
それはすごくうらやましいことだけど、大人もみんなそういう生き方をしましょうってのはあまりに思慮がなさすぎる。

おもいきった革新。力強くてシンプルな生き方。
それって傍目にはかっこいいけど、小説で味わうだけにしといてほしいなあと、ぼくはアメリカ人が食べるようなはちみつたっぷり激甘ヨーグルトを食べながら思う。


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2017年6月26日月曜日

ぼくらと江戸っ子はべつの生き物 【読書感想エッセイ】堀井憲一郎 『落語の国からのぞいてみれば』

目次
数え年のほうがわかりやすい
昼と夜とで時間はちがう
死んだやつのことは忘れる
名前は個人のものではない
ゼニとカネは別のものである
五十両で人は死ぬ
みんな走るように歩いてる
歩くときに手を振るな
生け贅が共同体を守る
相撲は巨大人の見世物
見世物は異界の入り口
早く結婚しないといけない
恋愛は趣味でしかない
左利きのサムライはいない
三十日には月は出ない
冷や酒はカラダに悪い



落語通のコラムニストによる「落語を通して語る、現代と江戸時代の"違い"」。

ポイントは"違い"であって"比較"じゃないってこと。
どういうことかというと、そもそも比較できるようなものじゃないってのが筆者の主張。

たとえば数え年。

満年齢を数え年に換算することはできるけど、年齢の概念が今と昔ではちがうのだから換算することに意味がない、と書いてある。
 
 生まれたての赤ん坊は一歳。正月が来ると二歳。正月が来るごとに一つずつ歳を取る。それが数え年だ。
 この数え年の説明文を読むと、いつも違和感がのこる。それは満年齢が普通の数えかたで、数え年は昔の不思議な風習のように書かれているからだ。それはちがう。
 満年齢は「個人」を中心にした数えかた、数え年は「社会」からみた数えかた、そういう違いでしかない。
 戦国武将の年齢を調べてるときに気がついた。
 織田信長。
 彼は一五三四年に生まれて、一五八二年に死んでいる。
 さて、満何歳で死んだのでしょう。
 満年齢での死亡年齢を知るためには、これから信長の誕生日を調べ、殺された日を調べて、本能寺にお詣りに行って、冥福を祈って、おのれ光秀め、とひとことくらい言わないとわからないわけだ。
 本能寺の変はまだ有名だからいいですよ。調べやすい。徳川家康が天婦羅を食って死んじゃった日はいつなのか。かなり詳しい本を見ないとわからない。誕生日がわからない偉人も多い。誕生日がわからなければ、死んだ満年齢は正確にはわからない。
 つまり満年齢というのは、誕生日と死んだ日というきわめて個人的な情報にもとづくプライベートな年齢なのだ。数え年なら早い。1582-1534。信長は数え四九で死んでいる。引き算一発である。ま、引いて1足さないといけないですけどね。
 満年齢思想の背後には「まず個人が存在する」という思想がある。それは "キャラクターを持たなければいけないという病い" と連動してしまっている。

なるほどねえ。

大人になると、誕生日なんてどうでもよくなるもんね。仕事で知り合った人の誕生日なんかいちいち訊かないし。うっかり誕生日を聞いてたまたま「今日なんです」なんて言われてしまった日には、「うわ心底どうでもいい情報ゲットしちゃったよ」と思ってても「それはそれはおめでとうございます」なんて言わなくちゃいけないし、言われたほうも「30すぎたおっさんの誕生日の何がめでたいんだよ」と思いながらも「どうもありがとうございます」と言わなくちゃいけない。誰も得をしない。
生きている人の誕生日ですらどうでもいいのに、死人の誕生日なんか何の役にもたたない。せいぜい「あの子も生きていたら147歳か……」と数えるのに用いるぐらいだ。147歳は生きてねえよ。数えてるやつは何歳だよ。
命日は墓参りとか死亡推定時刻の特定に使ったりするけどね。

昔は、よほど身分の高い人以外は誕生日を意識しなかったらしい。
だから平民の出である豊臣秀吉の誕生日が一月一日なのは後から適当につけたから、とある。なるほど。
満年齢が公式に採用されるようになったのは1950年からということだけど、意外と最近だね。歳の数え方も、個人を尊重する戦後民主主義の賜物なんだね。

言われてみれば、数え年のほうが便利な気がする。競走馬は数え年で数えるらしいし(ただし生まれた年が0歳なので江戸時代の数え年とは1歳ちょっとちがう)。
「○○さんって何歳ですか?」
「30歳です」
「ほんとですか。私と同じだ。何月生まれ?」
「5月です」
「ああ、じゃあ学年でいったら私のほうがひとつ上ですね。私、早生まれなんで」
みたいなやりとりをいちいちしなくちゃいけないのはめんどくさいもんね、満年齢だったら。
学年にあわせて「4月1日になったら全員歳をとる」って制度にしたら、年齢の差=学年の差になって計算が楽になるね。





江戸時代の旅といえば徒歩の旅。
江戸から京都でも、大阪からお伊勢まででもみんな歩いた。

「たいへんだっただろうなあ」と思っちゃうけど、その感想もピント外れだと堀井さんは指摘する。
 
 歩くしかない時代には、歩く旅のことを、大変だとも、のんびりしてるとも、おもっていない。おもえないです。あたりまえだけどね。だって、歩くしかないんだもん。
 たとえばいま二十一世紀初頭、東京の日本橋から京都三条へ行くとする。とりあえず日本橋から近距離ながらタクシーに乗って東京駅八重洲口へ。新幹線のぞみに乗り、二時間少々で京都駅へ。地下鉄烏丸線で烏丸御池駅まで出て、烏丸三条から三条大橋まではバスに乗りましょう。そんなもんでしょう。オッケー。
 ただこれを三十五世紀から来た未来人に話したとして「あら。どうしてソゴンドブを使わないんですか」と言われてもどうしようもない。ソゴンドブ。いや、おれも知らないけどね。二十一世紀の人間だし。三十五世紀の移動方法は想像つかないです。でも三十五世紀の人間はソゴンドブで移動するのが当たり前になっていて、ソゴンドブって何かわからないけど、でもソゴンドブだと日本橋から三条まで四十五分で着くらしい。三十五世紀人に「ソゴンドブで移動しないとは、ずいぶん大変ですよねえ」と言われても、「ソゴンドブを使わないなんて、ずいぶんのんびり優雅な旅をなさるんですねえ」と言われても、おれはどうしようもない。
 そういうことです。


言われてみれば、移動手段も寿命も生活様式も金銭感覚もなにもかもがちがう中で、移動時間だけを比較してああだこうだいってもしょうがないよね。
もうまったくべつの生き物だというぐらいに考えたほうがいいのかもね。カタツムリが1日に数メートルしか移動しないのを「のんびりしてるなあ」ということに意味がないように。

この「異なる文化だから換算できない」という意識は、堀井さんもくりかえし書いているけど、気をつけてないと忘れちゃうよね。
ぼくらはすぐに換算してしまう。「日本円でいったら〇〇円だ」とか「人間でいったら〇〇歳だ」とか。そうするとよく考えなくてもわかったような気になっちゃう。
でも江戸の暮らしは江戸のものさしで見ないとほんとのところは理解できない。ブルキナファソのことを知りたいと思って、ブルキナファソの面積は日本の約70%で人口は約14%で物価は……と読んでもブルキナファソ人の感覚は何もわからないのと同じで。ブルキナファソってのはアフリカの国らしいです。

江戸時代の人々の感覚を知るには江戸時代に行って生活してみるのがいちばんだけど、今のところ現代日本と江戸時代の間に国交はないから、落語を聴くのがいちばん手っ取り早いのかもしれない。江戸しぐさを身につけるって方法もあるけどどうもあれはウソらしいし。いや、落語もウソだけどさ。





この本で解説されている「江戸時代の人の感覚」は、説明を読むとなるほどそうだよねとすとんと落ちるところがあって、江戸の暮らしを我がことのようにとらえればとらえるほど逆に「今の我々の暮らしってものすごくおかしなことをしてるんじゃないか」という気がしてくる。

もちろん今の暮らしのほうが圧倒的に便利になってるし自由に生きられるようになってるしいいことのほうが多いけど、学校を出て就職しなくちゃ社会からあぶれてしまうこととか、ひとりひとりが個性的に光り輝かなくちゃいけないこととか、世界でいちばんの相手を見つけて恋愛して結婚しなくちゃいけないこととか、自由を得た結果かえって不自由な生き方をしているような気がする。


繁殖適齢期になったら本人が好むと好まざるとにかかわらず周りの人たちがかかあを見つけてくる。相手が死んだらすぐに別の相手を見つける。今日食う分を稼ぐ。生きられなくなったら死ぬ。
動物としては江戸時代のやりかたのほうがずっと正しいよね。
「生きるうえでの目標」や「理想の自分像」や「運命の伴侶」についてあれこれ考えることこそが人間らしい営みだといってしまえばそれまでなんだけど、そうはいってもぼくたちは動物なんだから、動物的な生き方を捨ててしまっては滅びてしまう。
そうやって滅びつつあるのが今の日本の状況、かもね。

 
 



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