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2017年8月16日水曜日

官僚は選挙で選ばれてないからこそ信用できる/堀井 憲一郎 『ねじれの国、日本』【読書感想】


堀井 憲一郎 『ねじれの国、日本』

内容(「e-hon」より)
この国は、その成立から、ずっとねじれている。今さら世界に合わせる必要はない。ねじれたままの日本でいい―。建国の謎、天皇のふしぎ、辺境という国土、神道のルーツなど、この国を“日本”たらしめている“根拠”をよくよく調べてみると、そこには内と外を隔てる決定的な“ねじれ”がある。その奇妙で優れたシステムを読み解き、「日本とは何か」を問い直す。私たちのあるべき姿を考える、真っ向勝負の日本論。

建国記念日、天皇制、中国との関係、戦争のとらえかた、神道といった日本人なら誰もが知ってるのに外ではあまり話題にしにくい ”デリケートな話題” を通して日本の抱える「ねじれ」について語った本。
堀井 憲一郎さんに対して「どうでもいいことを大まじめに考える人」というイメージがあったんだけど(悪口じゃないよ)、まじめな話題をまじめに語る本も出してるのか、と意外だった。



太平洋戦争について。
 ただ二度目のとき、つまり明治維新から近代国家と呼ばれる、いかにもわれわれの身にそぐわなそうな衣装を装備したときには、度合いがわからず、かなりの無茶をやった。日本のラインを守ろうとして、でもその守るラインをどこに置けば適当なのかがわからず、やみくもに外側に防衛ラインを置き、だから結果として、少なくとも周辺の国からは、日本は天皇を戴いてそのまま世界へ押し出していった、というスタイルに見えた。もちろん押し出していってるわけだけど、ただわれわれの理屈は、ずっと身内だから、アジアだから、大東亜共栄圏だから、という内向きの方向でしか述べられていない。そんな理屈だけで外地でやったさまざまな非人道的が許されるわけではないが、心持としてはずっと内向きである。そんな気持ちのまま、海外に進出していったから問題が大きくなったわけでもあるのだけれど。要は、日本の中に抱えてる何かを守ろうとして、防衛ラインを大きく構えすぎた、ということである。
日本が戦争に至った経緯をいくつかの本で読んだけど、感じるのは「このままじゃまずい」という焦りなんだよね。その時代に生きていなかったから想像するしかないんだけど、「外国に攻めていって大儲けしてやろう」という雰囲気ではなく、「何もしなければやられる」という逼迫した空気が戦争に駆り立てたんだろうと思う。
アジアの国が次々に欧米の植民地になっていくのを見ていたら「日本だけは大丈夫でしょ」とは到底思えなかっただろう。
やったことはまちがいなく侵略戦争なんだけど、少なくとも国内のマインドとしては防衛のための戦争だったんだろうなあ、と想像する。

次に戦争をするときも同じだろうな。他国からどう見えるかはべつにして、国内の意識としては自衛のための戦争。今でも「日本が何もしなければ××国に蹂躙される」って鼻息荒く主張してる人がいるけど、そういう人は仮に日本が先制攻撃したとしても「やらなければやられていたからこれは自衛戦争だった」と言うのだろう。
まあこれは日本だけじゃなく世界共通の考え方だけど。
子ども同士の喧嘩で、双方ともに「相手が先に叩いてきた」って主張するのと同じだね。



 近代国家システムを作るときに、もっとも大事だったのは何かというと、廃藩置県だ。それぞれの小国がそれぞれ、小国として独立していた全エリアを、強引に”日本”という一つのものにまとめたところ、でしょう。
 だからいまの日本で「地方分権」を唱える政治家を私は、まず信用しない。
 いまのわが国の政体は、地方分権国家だった江戸のシステムでは近代社会では徹底的に搾取される側にまわってしまうので、急ぎ必死で、命がけでそれこそいろんなものを捨てて殺して、実際に戦争までやって、「地方分権を続けてるとおれたちは国丸ごと滅んでしまう」という血塗られた叫びによって作られた国家であり政体なのだ。
(中略)
 地方分権を唱えてる連中は、まず「金と経済の話」しかしていない。金も経済も同じことだから、つまり、金の話しかしていないわけだ。
 おそらく経済がすべてに優先して大事だということなのだろうか。それは一般人の感覚であって、政治家が理念として掲げるようなものではない。
これも同感。
地方分権を主張する政治家の話って、結局、「おれの好きなようにやらせろ」しか言ってないんだよね。
ほんとにいい政策なら全国的にやったほうがいいし。

いや、わかるんだけど。みんなで足並みそろえてやってたら決定が遅くなるし動きづらくなるんだけど。でもそれをなんとか調整するのが政治家の仕事でしょ、って思うんだよね。おれはおれの好きなようにやるよ、ってのはビジネスの世界では通用しても政治でそれやっちゃだめでしょ。みんなが「うちの町内だけで通用する法律作ってやっていくことにしました」っていったらめちゃくちゃになるのは目に見えてる。

だって各自治体が好き勝手やっていいんなら、日本全体の便益を増やすよりも、隣の自治体から奪ってくるほうがはるかに手っ取り早いもん。みんなそうするよ。で、99%の自治体が損をする。ふるさと納税制度の失敗を見たら明らかじゃない。

最近EUは失敗だったとか言われてるけど、個別の国で見たら失敗なのかもしれないけど、トータルで見たらやっぱり成功だと思うんだよね。実際、中国みたいな「これからの国」はほとんどないにもかかわらずEU全体として経済成長してるわけだし。
EU圏内の他国に対する防衛費を抑えられるってだけでとんでもないメリットだろうと、防衛費が年々上がっていく国に住んでいる者としてはつくづく思う。



ついこの前、「官僚は選挙によって選ばれたわけではないから官僚主導で物事が決まるのはおかしい。政治家が手綱を握って官僚をコントロールしなければならない」と主張している人(それなりの学者)がいて、その主張を読んでぼくはもやもやしたものを感じていた。
たしかに官僚は選挙に選ばれてるわけじゃないよなあ……。だからといって政治家が手綱を握るってのはどうも納得いかないような……。
で、ちょうどこの本にそのもやもやへのアンサーが書いてあった。
 国際政治方面は、日ごろの日本の思考法ではどうにもならないので、それ専門に通用するプロを鍛え上げて、そちらに任せるしかない。政治家はあまり外交部門にかかわらないほうがいい。政治家というのは、何も国民の中の優秀な人がなるのではなく、そのへんのおっさんのうち、押しが強くて、金を持っていて、調整が好きな人、がなるものなので、頭脳はべつに明晰でなくていいし、知識も豊富でなくてもつとまるのである。だって、そういうシステムを採用しているから。だから、政治家主導、なんて考えなくていいですからね。あれはほんとに、馬鹿って言われたから、おれ馬鹿じゃないもん、と必死で弁解してる馬鹿の姿そのもので、政治家は馬鹿だと言われることくらい我慢しなさい。与太郎だって我慢してるのに。そもそも政治家とは、考える人ではなくて、調整して、賢者の意見を聞いて、どれを採るか決断するのが仕事です。東アジアのボスは古来そういう姿しか認められていない。
 官僚は優秀な人たちを採用しつづけたほうがいい。
ああそうか、官僚は選挙で選ばれてないからこそ信用できるんだ。
選挙で選んだら、声がでかくて自分をよく見せるのがうまいやつだらけになるだろう。そういうやつが実務能力に長けているかどうかは、みなさんご存じのとおりだ。

政治家は優秀な実務家じゃない。
内閣と官僚を対立軸で語ること自体がおかしいんだけど、あえて比較するとして、選挙で選ばれた人気者と、優秀な大学を出て厳しい試験を突破してその道一筋で厳しい環境でやってきたプロフェッショナルである官僚。
どっちが政策運用において信用できますかっていったら、どう考えたって官僚だ。
選挙が人気投票になっても国家がちゃんと運営されるのは官僚が優秀だからだ(あとたぶん政治家の秘書も優秀だと思う)。

ぼくは選挙に行くけど、票を入れる人の実務能力なんてまったく知らない。政策に共感した人に入れるだけだ。みんなそうだろう。



『ねじれの国、日本』。個別の内容については同感できないこともあったけど、目をつぶって意識していないことについて考える機会を与えられるってのはなかなか心地いいね。
ふだん使わない筋肉を使った後のほどよい疲れみたいな感覚を味わった。


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2017年8月9日水曜日

クソおもしろいクソエッセイ/伊沢 正名『くう・ねる・のぐそ』【読書感想】

伊沢 正名 『くう・ねる・のぐそ』

内容(「e-hon」より)
他の多くの命をいただいている私たちが、自然に返せるものはウンコしかない。著者は、野糞をし続けて40年。日本全国津々浦々、果ては南米、ニュージーランドまで、命の危険も顧みず、自らのウンコを1万2000回以上、大地に埋め込んできた。迫り来る抱腹絶倒の試練。世界でもっとも本気にウンコとつきあう男のライフヒストリーを通して、ポスト・エコロジー時代への強烈な問題提起となる記念碑的奇書。

40年間にわたってできるかぎり屋外でのウンコにチャレンジしつづけ、12,000回以上の野糞をしてきたによる伊沢正名さんによる半生記。
4793日連続でトイレで用を足さなかったという大記録を持ち、野糞のしやすさで仕事も住むところも決める。野糞の世界で(どんな世界だ)右に出る者はいない野糞界のレジェンド。

これめちゃくちゃおもしろい本だね。
伊沢さんの本業は菌類などの写真を専門にするカメラマンなのでキノコや菌の話もあるけど、ほとんどずっとウンコについて書いている。写真も豊富。なんと自分のウンコ(菌によって分解された後)の写真まで公開している。ぼくは電子書籍で読んだのだが、文庫版では問題の写真は「袋とじ」になっていたらしい。細かいところまでよく作りこまれている。


伊沢さんが野糞をはじめたきっかけは、屎尿処理場建設反対の住民運動を知ったことだったという。
屎尿処理場の恩恵にあずかりながら、自分の生活圏の近くには設置してほしくないという住民のエゴに疑問を持ち、そもそも排泄物を処理するのにエネルギーを使い有機物(ウンコ)を生態系サイクルの外に出してしまうことは自然環境にとってマイナスでしかないのでは、という疑問を持ち、ウンコを「自然にお返しする」ために野糞を始めたのだという。

さらに、紙も使わず葉っぱで拭いて仕上げに手に水をつけて拭く「インド式」を導入している。立派な美学を持っているのだ。

 しかし、私が心底衝撃を受けたのはそのことではない。それは、ちり紙がこれほど分解されないという事実を目の当たりにしたことだった。ちり紙は木材が原料のパルプでできているのだから、土に埋めれば適度な湿気があり、菌類などの働きで短期間のうちに分解され、土に還ると思っていた。ところが実際には、分解の進む暑い夏を越え、すでにウンコも葉っぱも姿を消しているにもかかわらず、紙だけはほとんどピカピカの状態で出てきたのだ。快適な使い心地を追求してさまざまに加工されたちり紙は、もはや単なる植物繊維ではなかった。大木をも分解する強力な菌類すら寄せつけないちり紙とは、一体どのような物質を含んでいるのだろう。自然の循環に自らを組み込む目的ではじめた野糞によって、いくら使用量を減らしたとはいえ、こんな代物をあちこちの林に埋め続けていたとは!
 野糞率アップなどといい気になっていたが、結果的に私の野糞は、ただのゴミのばら撒きだったのではあるまいか。そう思うと強い自責の念に苛まれた。

この文章を読めばわかるように、なんとも真面目な人なのだ。
真面目すぎるからみんなが看過している矛盾が許せないのだ。

伊沢さんの真面目さは、その記録や記憶にも現れている。
この本には伊沢さんが年別に何回野糞をして、野糞率(年間に野糞をした回数/全排便回数)も付記したデータが掲載されているが(こんなに役に立たないデータがかつてあっただろうか!)、それも彼が40年間排便のたびに手帳に記録をとりつづけていたおかげだ。

そして彼は、野糞のことをよく覚えてる。

 ところで、海岸での取材時には、野糞も当然海岸ですることになる。とはいえ波打ち際に近い砂浜では、あまりに見晴らしがよすぎて心もとない。排便という無防備な行為は、たとえ羞恥心のない野生動物でさえ、安心感のあるものでするものだ。私はすこし奥へ進み、腰くらいまで草が茂り、小さな松がまばらに生えたところでウンコをすることにした。地表は砂に覆われているが、すこし掘ると土が現れ、さらに植物の根っこも出てきた。穏やかな心持ちでウンコをしながら、ふと考えた。
 動物である私は、安心をもとめてここでウンコをしているが、植物の側から考えればどうなのだろう。海岸の痩せた砂地では、ウンコは貴重な栄養源だ。植物は身を隠す場を提供しつつ、そこで動物にウンコをさせて、必要な栄養を手に入れているのではなかろうか。動物は植物を利用しているつもりが、じつは植物の方でも動物の行動を、まんまと操っていたのかもしれない。共生の糸が張りめぐらされた自然の妙に、とんだところで気づかされた浜野糞だった。

ぼくも毎日のように用を足しているが、こんなふうに「いつ、どこで、どんなふうに、どんなことを考えながら」したかなんてまったく覚えていない。
間に合わずに漏らしたときか、よほど汚いトイレを使ったときしか記憶に残っていない。

だが伊沢さんは何十年も前の野糞を、じつに細かく描写している。状況が毎回変わる野糞をくりかえしていると、一回一回が「記憶に残るウンコ」となるのだ。
トイレで排便している人よりもはるかに充実した排便ライフを送っているわけで、ちょっとうらやましい。


さらに『くう・ねる・のぐそ』では、100回分以上の野糞を後日掘り返して、切断して断面を見たりにおいを嗅いだりして、ウンコの状態や経過日数によってどのように分解が進んでゆくかの記録が書かれている。

これは人類史上はじめての試みだろう。というか40億年前に地球上に生物が誕生してから、100回以上も自分のウンコを掘り返した生物なんて他にいないだろうから、生物史上はじめての偉業だ。
(しかも伊沢さんは季節による変化を調べるため、夏にも冬にもやっている)

そして得られたこの結論。

 私はこれまで、どちらかと言えばウンコを始末してもらうという意識で野糞をしてきた。ヒトは動物として、栄養を他の生きものに依存して生きるしかない。いわば寄生虫的な生物だと卑下していた。だからせめてもの罪滅ぼしに、食べた命の残りであるウンコを、全部自然に返そうと野糞に励んできたのだ。
 ところが、この野糞跡の掘り返し調査では、多くの動植物や菌類が私のウンコに群がり、たいへんな饗宴を繰り広げている現場を目撃した。ウンコは分解してもらうお荷物などではなく、とんでもないご馳走だった。ウンコをきちんと土に還しさえすれば、もうそれだけで生きている責任を果たせそうな気がしてきた。三十数年間背負っていた重荷が、スッと消えてなくなった。

この本を読むと、野糞をしたくなる。というよりトイレで用を足すことに罪悪感を持ってしまう。

「野糞をするうえで気をつけることは?」
「野糞をする人が増えたら分解できなくなるのではないか?」
「都会で野糞をしたら生態系にダメージを与えることにならないか?」
といった疑問にも、百戦錬磨の著者がずばりと回答してくれる。

都市部のマンション住まいのぼくには伊沢さんのようにいきなり「トイレでウンコをしない」というのはハードルが高いが、今度山登りに行ったときにはチャレンジしてみようかな。


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2017年8月7日月曜日

本格SF小説は中学生には早すぎる/ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』【読書感想】


ジェイムズ・P・ホーガン (著), 池 央耿(訳)
 『星を継ぐもの』

内容(Amazonより)
月面調査隊が真紅の宇宙服をまとった死体を発見した。すぐさま地球の研究室で綿密な調査が行なわれた結果、驚くべき事実が明らかになった。死体はどの月面基地の所属でもなく、世界のいかなる人間でもない。ほとんど現代人と同じ生物であるにもかかわらず、5万年以上も前に死んでいたのだ。謎は謎を呼び、一つの疑問が解決すると、何倍もの疑問が生まれてくる。やがて木星の衛星ガニメデで地球のものではない宇宙船の残骸が発見されたが……。

多くの読書好き中学生と同じように、ぼくも中学生のときはSF作品を多く読んだ。
星新一は小学生のときから好きだったから、そこから派生して、筒井康隆、小松左京、豊田有恒、かんべむさし、新井素子などあれこれ手を伸ばしていった。

でも、評価の高い筒井康隆の七瀬3部作なんかを読んでもいまいちぴんとこなかった。「筒井康隆もドタバタ短篇はおもしろいんだけど本格SFはあんまり楽しめないな……」
その頃読んだSF作品は数多くあるのだが、20年近くたった今でも記憶に残っているのは、星新一作品をのぞけば、新井素子『グリーン・レクイエム』ぐらいだ。『グリーン・レクイエム』は講談社文庫版 表紙の高野文子のイラストも含めて感動するほど美しい作品だった。借りて読んだのだが、あまりに良かったのですぐに買って本棚の特等席に並べた。
こういう本が絶版にならずに電子書籍で手に入る時代になったのはほんとにいいことだなあ。


話はそれたが、しばらくSFからは遠ざかっていたのだが、少し前にハインラインの『夏への扉』を読んで「SFってやっぱりおもしろいなあ」と思いを新たにした。

で、SF史上名作中の名作中の名作との呼び声高い『星を継ぐもの』(1977年刊行)を手にとった。

月面で人間の遺体が発見された。調べたが、地球上のどの国の人物でもない。遺体の年代を測定すると、彼は5万年前に死んでいたことがわかった。チャーリーと名付けられた遺体は、地球人なのかそれとも宇宙人なのか。彼はどうやって月面に降りたち、そしてなぜ死んだのか――。

という、なんともわくわくする導入。
そして期待を裏切らない展開。謎が謎を呼び、ひとつの謎が解決されるたびに新たな謎が浮上してくる。

「ここまでは、いいですね」ハントは先を続けた。
「その惑星が自転して、一日が自然の時間の単位であるという前提でこの表を眺めた時、これが、惑星が太陽を回る軌道を一周する期間を示しているとすれば、数字一つが一日として、その惑星の一年は千七百日ある計算です」「恐ろしく長いですね」誰かが混ぜ返した。「われわれから見れば、そのとおり。少なくとも、年/日の比率は非常に大きな値になります。これは、軌道が極めて大きな円を描いているか、あるいは自転周期が非常に短いことを意味します。その両方であるかもしれません。そこで、この大きな数のグループを見て下さい……アルファベットの大文字で括ってある分です。全部でそれが四十七。大半が三十六の数字から成っていますが、中の九つのグループは三十七です。第一、第六、第十二、第十八、第二十四、第三十、第三十六、第四十二、それに第四十七のグループです。ちょっと見るとこれはおかしいように思えますが、しかし、地球のカレンダーだってシステムを知らずに見たら変なものでしょう。つまり、どうやらこれはカレンダーとして機能するように調整が加えられているらしい、ということが想像されるのです」
「なるほど……大の月、小の月ですか」
「そういうことです。地球で大小の月に一年をうまくふり当てているのとまったく同じです。惑星の公転周期と衛星のそれとの間には、単純な相関関係が成り立たないためにそのような調整が必要になって来る。そもそも、そこには相関関係などあるはずもないのですから。つまり、わたしが言いたいのは、もしこれがどこかの惑星のカレンダーであるとするならば、三十六の数字のグループと三十七のグループが不規則に混じっていることを説明する理由は、地球のカレンダーの不規則性を説明する理由とまったく同じであるということ、すなわちその惑星には月があった、ということです」

ずっとこんな調子で、物理学、天文学、進化生物学、解剖学、考古学、言語学、化学、数学などありとあらゆる知識を総動員して、ひとつひとつの謎が丁寧に解き明かされてゆく。まるで推理小説のよう。
以前、『眼の誕生』という本を読んだとき、「どうやって生物は眼を持ったのか」という謎に対してさまざまな検証がおこなわれ、それが真実に向かって収束されていく展開に興奮をおぼえた。
『星を継ぐもの』を読んでいる間も、そのときに似た知識欲の昂ぶりを感じた。フィクションだとわかってはいるのに、まるで学術研究書を読んでいるかのような圧倒的なリアリティがあった。
小松左京も「知の巨人」と呼ばれていたけど、本格SF小説を書くには広く深い知識が必要なんだ、とつくづく思わされた。
SF小説の翻訳って難しいと思うけどこれは訳も良くてすんなり読めた。邦訳含めて名作だ。

『星を継ぐもの』は非常におもしろかったんだけど、ぼくが中学生のときにこの本を読んでいたら「おもしろくねえな」と思っていただろうと思う。
『星を継ぐもの』は、「5万年前に何があったのか?」の謎を解き明かす話なので、現在のストーリーだけで見ると退屈だ。科学者たちが集まってああでもないこうでもないと話しているだけだ。この物語のおもしろさは大胆すぎる想像を精緻な論理で形作っていくことにあるので、論理の流れが理解できなければ本の魅力は半分も感じられない。
天文学や進化生物学に関して少なくとも大学の一般教養程度の知識は持っていないと、謎解きについていけないと思う。


ぼくが中学生のときにSF小説をいまいち楽しめなかったのは、ぼくの知識が足りなかったからというものあるんだろうな。
当時はおもしろくないと思っていた作品の中にも、今読み返したら楽しめるものもたくさんあったんだろうな。



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2017年8月3日木曜日

若い人ほど損をする国/NHKスペシャル取材班 『僕は少年ゲリラ兵だった』

NHKスペシャル取材班
『僕は少年ゲリラ兵だった』

内容(「e-hon」より)
沖縄戦に埋もれていた衝撃の史実、日本“一億総特攻”計画の全貌。なぜ、本来守るべき子どもたちを、国は戦争に利用していったのか。そして、戦場で少年たちは何を見たのか。どのように傷つき、斃れたのか。生き残った者たちは、なぜ沈黙し続けなければならなかったのか。そしてその先にあったのは、子どもも含めた「国民総ゲリラ兵化」計画だった―。

戦中日本に護郷隊という組織があったことをご存じだろうか。
沖縄に存在したゲリラ戦部隊で、10代を中心とする兵士が戦場で戦っていた。

太平洋戦争開戦時、日本では満17歳以上でないと召集されないとされていた。青年のもとに赤紙が届いて「まだこんなに若いのに……」と母親が悔やむ、なんてシーンをドラマや映画で観たことのある人も多いだろう。
だが戦況が悪化するにつれ、召集年齢は引き下げられ、1944年12月からは14歳以上であれば志願したものにかぎり召集できるようになった。

志願者にかぎるとはいえ――。

「護郷隊の幹部が村役場を訪れ、役場の人が自分を呼びに来た。召集の紙なんかはなかった。強制的だった。役場で幹部と合流し、国民学校へと向かった。校庭には東村のほか、大宜見村、国頭村、読谷村から集められた少年たちがいた。翌日、岩波隊長が訓示した。『あんたたち、帰ってもいいが、ハガキ一本でこれだ(手刀で首を切るしぐさ))』と言った。今考えたら脅しみたいなものだ」

じっさいはこんな召集の仕方だった。
戦時中、刀を持った軍、狭い村。「おまえも志願するよなあ?」と言われて断ることは不可能だっただろう。

ナチスドイツのヒトラーユーゲントやISIL(イスラム国)の少年兵が有名だが、幾多の戦争で少年は兵士として使われている。
洗脳しやすい、攻撃的である、敵を油断させやすいなど、"コマ"として使いやすい条件がそろっているためだろう。

『僕は少年ゲリラ兵だった』では、田舎の少年たちがゲリラ兵へと変貌してゆく姿が書かれている。
「敵を殺せ、10人殺したら死んでもよい」という短くてインパクトのある言葉を叩き込まれ、過酷な訓練漬けにされ、彼らは兵士となっていく(「10人殺したら死んでもよい」ということは「10人殺すまでは絶対に逃げるな」ってことだよな)。

元少年兵の証言として、
「射撃をすることがおとぎ話の英雄になったみたいだった。大人と対等に戦えるのが痛快だった」
「生まれなかったと思ったらそれでいい」
「(仲間が死んでも)何も思わなくなっていた」
なんてインパクトのある言葉が並ぶ。
しかしこういったことも戦争から70年たったからこそ言えたことで、これでもだいぶ薄まった言葉なんだろうね。



衝撃的だったのはこの文章。

 44年末、沖縄の9の離島に、それぞれ1人か2人ずつ学校教員の辞令を受け、本土から突然やって来て着任した謎めいた男たちがいた。戦時下の沖縄ではほとんど授業が行なわれることはなく、そのかわりに彼らは、子どもたちや住民に軍事教練をしたり、島の警察や行政に巧みに入り込み、米軍が上陸した際の準備などを指導したりしていたというのだ。
 彼らは全員が偽名で、教員としての姿も偽りのものだった。その正体は、「残置諜者(残置工作員)」と呼ばれる陸軍の特殊任務の命を受けた者たち――陸軍中野学校で諜報・謀略、そして特に遊撃戦の特殊訓練を受けていた軍人だったのだ。

まるで映画の導入みたいなシーンだが、こういうことが日本でもおこなわれていたことに驚く。
彼らは教師という信頼されやすい立場を利用して住民の中に入りこみ、いざというときに住民に対して玉砕を指導するつもりだったらしい。

これは沖縄の話だが、本土でも同じような計画がされていたらしい。もし8月15日で終戦していなければ、住民のふりをした軍人たちの巧みな指示のもとで女も老人も子どもも関係のない捨て身の攻撃がなされていたんだろうね。



今の日本は、若い人ほど損をする国だなあとつくづく思う(昔はそうじゃなかったとか外国はそうじゃなかったとは言わないけど。よく知らないから)。

医療費とか年金とか労働環境とか、どう考えても若い人のほうが損をしている。
今の年寄りより現役世代のほうが損をしているし、現役世代よりも学生や子どもが大人になったときのほうがもっと損をするだろう。


たとえば国立大学の学費。
1975年の授業料は、年間36,000円。
その10年後の1985年は7倍の252,000円。
2003年以降は50万円超えとなっている。(文部科学省 国立大学と私立大学の授業料等の推移

一方、物価はというと、2005年の物価を100とすると、1975年の物価は52~56。(総務省 消費者物価指数(CPI)時系列データ

つまり、30年で物価の上昇は2倍未満なのに、大学の学費は約15倍となっているのだ。実質負担は7~8倍になっているわけで、とんでもない値上がり率だ。おお、こわ。どうやら国は若者に学んでほしくないらしい。

また、国民年金保険料を見ると、1975年は1,100円。現在は16,490円。(日本年金機構 国民年金保険料の変遷
こちらも約15倍。
さらに給付される年齢は徐々に引き上げられ、給付額もどんどん減少していく。
40年前の7~8倍もの保険料を支払っているのに、もらえる額はずっと少ない


要するに、若い人からとるお金は増えていき、若い人に使うお金はどんどん減っていっている、というのが今の社会だ。たぶんこの先もずっとそうだろう。
30代のぼくとしては、「ぼくたちってなんてかわいそうな世代なんだ」と思うと同時に、「これから大人になる人たちはなんてかわいそうな世代なんだ」とも思う。

今の年寄りが悪いというつもりはない。
悪いのはこういう社会システムがおかしいと知りながら変えようとしない人たちで、その中にはもちろんぼくも含まれるから、自業自得だ。
まあ自分が国民年金で大損こくのは自業自得だからしょうがないんだけど、でも今の子どもやこれから生まれてくる人に対しては「今後きみたちからたんまり搾取することになってしまうんや。かんにんな」と申し訳なく思う。といってもぼくがそのためにやることといったらせいぜい延命治療を拒否することぐらいなんだけど。


で、今後日本が戦争をする可能性は十分にあるよね。いくら憲法で戦力放棄をうたっていたって、そっちのほうがお得となったら「緊急事態だから」といっていろいろと理屈をつけて戦争をするために憲法を ねじ曲げる 解釈する人はいくらでもいるし。
そうなったときに誰がいちばん被害を受けるかっていったら、まちがいなく若い人たちだ。
なんとかして若い人に損をさせようとする国が、「戦争の最前線に立つ」といういちばん損をする役目を若い人にさせないわけがない。まかせたぜ若人よ。クールで美しい国のために、プレミアムな役割を君たちに与えよう。


堤美果さんの貧困大国アメリカ三部作(『ルポ 貧困大国アメリカ』 『ルポ 貧困大国アメリカ II』 『(株)貧困大国アメリカ』)には、アメリカ軍がどうやって若者を軍にリクルートしているかが丁寧に描かれている。
手法としては、軍に入隊することを約束した者に奨学金を出すことで、貧しい若者に「軍に入隊する」か「低学歴で一生貧困生活を送る」かを選ばせる、というものだ。
競争相手となる移民も多く、自己責任論の強いアメリカでは、一度貧困状態に陥るとそこから脱出することはきわめて困難だ。
だから高額な授業料を出せない家庭の子たちは軍からの誘いを断ることができない。
こうして入隊した若くて学歴もコネもない軍人たちは、当然ながらもっとも危険な最前線へと派兵されることになる。

日本ではそこまで露骨なリクルートは今のところ聞かないが、「教習所に通う金がないから免許を取るために自衛隊に入る」なんて話も聞くから、お金がないために自衛隊に入る人はある程度いるのだろう。
前述したように大学の授業料はどんどん高くなり、一方で給付型奨学金や無利息の奨学金は少なくなっている。親世帯の非正規率は上がっているから、奨学金を返せなくなる若者が増えているという。
ひとたび自衛隊員が不足したなら、リクルーターがこの層を狙わないはずがない。
「憲法九条を改正したら徴兵制が復活しますよ」なんて言って憲法に反対する人がいるが、それは誤りだ。赤紙なんか出さなくても金さえ出せば兵隊は集められるのだから。金を積めば"自主志願"する人はたくさんいる。

15歳で軍に入隊することになる時代は近いのかもしれない。



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2017年7月29日土曜日

省略の美を味わえるSF風時代小説/星 新一 『殿さまの日』【読書感想】


星 新一 『殿さまの日』

内容紹介(Amazonより)
ああ、殿さまなんかにはなりたくない。誤解によって義賊になった。泣く子も黙る隠密様のお通りだい。どんなかたきの首でも調達します。お犬さまが吠えればお金が儲かる。医は仁術、毒とハサミは使いよう。時は江戸、そして世界にたぐいなき封建制度。定められた階級の中で生きた殿さまから庶民までの、命を賭けた生活の知恵の数々。――新鮮な眼で綴る、異色時代小説12編を収録。

ずっと昔に読んだ本だが、また読みたくなったので押し入れから引っぱりだして読んでみた。
星新一といえばショートショート。
ぼくは文庫だけでなく全集も持っているぐらいの星新一ファンなので、当然ながらショートショートは何度も読み返した。
星新一といえばショートショート、ショートショートといえば星新一、というぐらいに短篇のイメージが強いが、『城のなかの人』『明治・父・アメリカ』『人民は弱し 官吏は強し』『明治の人物誌』などの歴史・時代ものもおもしろいのだ。
誰も知らない昔の話をするのに妙に感情がこもっていると、「まるで見てきたみたいに書くなあ」と嘘くさく感じてしまう。
その点、星新一の平易にして理知的な文章は歴史を語るのにぴったりとあう。淡々とストーリーを説明するその語り口は、落語の状況説明部分を聞いているようで心地いい。
遠い未来も江戸時代も「誰も見たことがない」という点では一緒で、ディティールを想像力でどう補うか作家の腕が試される。じつは時代小説とSFは近い位置にあるのかもしれないね。


"省略の美"という言葉がある。余計なものをなくして、見る人の感性や想像力にゆだねる美しさのことをいう。『殿さまの日』は"省略の美"を存分に味わえる作品集だ。
へたな小説は描写が多い。書かなくてもわかることまで事細かに書く。
星新一の文章からは、感情をあらわす表現が極力そぎ落とされている。登場人物はまるで何も考えていないかのように、己の心中を語らない。でも、だからこそ読み手は想像力をはたらかすことができる。
演劇では、悲しいことを表すために大げさに涙を流したり、ときには「悲しい」とセリフで説明したりする。けれどそれはいわゆる"安い芝居"だ。涙の一滴も流さずに、声も上げずに、表情も変えずに悲しさを表現するのが一流の演出だ。

表題の短篇『殿さまの日』では、地方藩の領主のある一日が書かれている。起きて、着替えて、武道の稽古をして、家臣からの型通りの報告を受けて、書物を読んで、床に就くまで。
ほんとに何も起こらない。平々凡々たる一日。
この"つまらない一日"を、一切の感情描写を省いた文章で綴っている。そんなのおもしろいのかと思うかもしれないが、ちゃんと殿さまの退屈と諦観と幸福感と悲哀と家臣を思う気持ちが伝わってくる。殿さまが感情をいちいち表に出してたはずないしね。
まさに一流の演出。省略の美学。

時代小説なのに妙に都会的でドライな雰囲気が漂っていて新鮮だ。

 その担当の家臣があらわれ、武具庫の点検をおこない、さだめ通りの数がそろっていたことを報告する。殿さまは言う。ごくろうであった。武具はきわめて重要である。点検は念には念を入れねばならない。見落としを防ぐため、ある日数をおき、もう一回やってみる慣習があるように聞いているが、どうであろうか。
 家臣は、ははあと頭を下げる。これですべてが通じたのだ。そんな慣習など、これまではない。しかし、あからさまにそれをやれと命じると、叱責した印象を与えないまでも、相手は自分の不注意を感じかねない。すべては質問の形で、それとなく言わねばならない。わたしは事情をなにも知らないのだ。だから勉強しなければならぬ。そのための質問だ、という形をとるのがいいのだ。わたしはそれでずっとやってきた。なんでもいいから質問していると、しだいに事情がわかってくるものだ。また、そうなると、いいかげんな報告はできないと家臣たちも思ってくれる。しかし、とことんまで質問ぜめにしてはならない。家臣の説明がしどろもどろになりかける寸前でやめておく。そうすれば相手の立場も保て、つぎの報告の時は形がととのっている。やりこめるのが目的ではないのだ。


部下の顔を立てつつ的確に指示を出す方法。現代のビジネス書に載せてもいいぐらいの内容だね。
星新一は作家になる前は製薬会社の二代目社長だったからね。二代目社長だと、古株の社員のプライドを守りながら指示を出す必要があるわけで、これはその頃に身につけたテクニックかもしれないね。ま、星新一が社長になってすぐに会社はつぶれたけど。


ところで冒頭にこんな一文がある。
 その驚きで、殿さまは目ざめる。朝の六時。夏だったら六時の起床が慣例だが、冬は七時となっている。まだ一時間ほど寝床にいられる。
当然ながら江戸時代に「六時」「一時間」という言い方はない。「六ツ」「半刻」と言っていたはずだ。
わざと現代的な感覚を持ち込んでSFっぽさを出しているのかな? と思ったけど、おかしな文章はそこだけで、以降はふつうの時代小説の文体だった。
まちがえただけなのかな。




ぼくが好きだった短篇は『ああ吉良家の忠臣』

吉良義央(吉良上野介)が斬られたことにより、首をとられるとは武門の恥であるとしてお家断絶・領地の没収を命じられた吉良家。
一方、斬った側の赤穂浪士たちはよくぞ殿の仇を討ったとして町人たちからもてはやされている。世の掟を破った側が人気を博して被害者側がつらい目に遭う。この不遇な状況に憤る吉良家の忠臣の孤軍奮闘を狂歌をまじえてユーモラスにえがいた話。

忠臣蔵は江戸時代から人気だったらしいけど、掟に背いて討ち入りを果たした四十七士がよくやったと称えられ、乱心した浅野内匠頭に斬りつけられた上に後日その部下から殴りこまれるという一方的な被害者である吉良家はお家断絶。
そりゃあ忠臣からしたらやりきれないだろうな。

星新一らしいシニカルな視点だね。南極に置いていかれた犬が自力でアザラシやペンギンを食べて生き延びた"美談"を、食べられる海獣側から見たショートショート『探検隊』を思いだした。


ぼくは「ひねくれ者」と言われることがときどきあるんだけど、自分では「多角的にものを見ることができる人」と前向きに受け取っている。
くだらない話をしているときにみんなが正面から見ているものを裏から見たり下から見たり内側から見たりすると、くだらないことを思いつくことが多い。そういうものの見方は星新一の小説に教わった。仕事ではあんまり役に立たないんだけどね。


この『殿さまの日』、もう絶版になっている。
ぼくの持っている文庫本も古本屋で買ったもので、昭和58年発行だ。
星新一の小説って古びないからずっと読まれてほしいんだけどなあと思っていたら、電子書籍で手に入るようになっていた。

いい小説が細々と読まれつづける。いい時代になったものだ。殿さまも感心することだろう。



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2017年7月27日木曜日

まとめサイトはプロパガンダに向いている/辻田 真佐憲 『たのしいプロパガンダ』【読書感想エッセイ】

辻田 真佐憲 『たのしいプロパガンダ』

内容紹介(Amazonより)
本当に恐ろしい大衆扇動は、娯楽(エンタメ)の顔をしてやってくる!

戦中につくられた戦意高揚のための勇ましい軍歌や映画は枚挙に暇ない。しかし、最も効果的なプロパガンダは、官製の押しつけではない、大衆がこぞって消費したくなる「娯楽」にこそあった。本書ではそれらを「楽しいプロパガンダ」と位置づけ、大日本帝国、ナチ・ドイツ、ソ連、中国、北朝鮮、イスラム国などの豊富な事例とともに検証する。さらに現代日本における「右傾エンタメ」「政策芸術」にも言及。画期的なプロパガンダ研究。



プロパガンダ
特定の考えを押しつけるための宣伝。特に、政治的意図をもつ宣伝。
(「大辞林」より)

先日友人と話しているときに「プロパガンダ+(国名)」で画像検索するとおもしろい、という話になった。
特におもしろいのはロシアとアメリカ。東西の双璧だっただけあって、プロパガンダにかけている力もすごい。
いや逆に、プロパガンダに成功したからこそ大国になれたのかもしれない。
この本を読むと、うまくいっている組織というのは広報の持つ力を理解しているのだな、と思う。

プロパガンダというと、政治色の強いポスターを作って攻撃的な音楽を流して拡声器でスローガンを連呼して……というようなイメージがあるが、そんなものでは誰も見向きもしない。成功しているプロパガンダとはたのしいものなのだ、というのが『たのしいプロパガンダ』の主張だ。

プロパガンダというと、政府や軍部が作って一方的に国民に押しつけたと思われがちだが、実際はそんな単純ではなかったのである。現に民間企業は利益に敏感で、満洲事変や日中戦争が勃発するとさっそく「愛国歌」「国策映画」「愛国浪曲」「愛国琵琶」「国策落語」「軍国美談」などと冠した、時局便乗的な商品を続々と売り出していった。今では考えられないが、当時の日本では戦争といえば、領土が増え、国威が上がる輝かしい歴史が想起された。そのため、「勝った、勝った」と煽る商品が出てきてもまったく不自然ではなかった。
 これに対して、政府や軍部はときに後援や推薦をしてお墨付きを与え、ときに発禁処分や呼び出しなどを行って規制し、自分たちの都合のいいように民間企業の商品をコントロールしようとした。

たとえば、今では戦争のイメージとはまったく無縁のタカラヅカ(宝塚歌劇団)も、『太平洋行進曲』など戦争を扱った芝居を上演して、積極的に戦争を応援していた。
しかも、序盤はコメディ調にして観客を飽きさせないようにし、中盤からシリアスな戦闘シーンに教訓めいたセリフを乗せていたというから、かなり巧みなプロパガンダだ。これも軍に強制されてやっていたわけではなく、「こういうものがウケる」から作られたものだ。


アメリカでも同様で、今では平和の象徴のようなディズニー映画でも、戦時中は敵国を批判・揶揄するような物語が作られていた。

以下、ドナルドダック主演の『総統の顔』という作品の内容。

 映画の内容は、ドナルドダックがナチ・ドイツを模した「狂気の国」で暮らしているというもの。ドナルドダックは朝から壁に掲げられた肖像画に向かって、「ハイル・ヒトラー! ハイル・ヒロヒト! ハイル・ムッソリーニ!」と挨拶させられる。そして貧しい朝食もそこそこに、『わが闘争』の読書を強要され、軍需工場の労働へと駆り出されてしまう。
 工場の作業は、チャップリン監督・主演の映画『モダンタイムス』よろしくベルトコンベアーで運ばれてくる弾丸を次々に組み立てるというものだが、たまに弾丸にまじってヒトラーの肖像画が流れてくる。すると、ドナルドダックはその都度、肖像画に「ハイル・ヒトラー!」と叫ばなければならない。この様子は実に滑稽で、今でも見る者の笑いを誘う。
 そして過酷な労働に、ドナルドダックは次第に精神に変調をきたし、兵器が飛び交うサイケデリックな幻覚を見る。ここの映像はディズニーのアニメとは思えないほど、おぞましいものがある。ところが、その途中で目が覚める。なんと、以上の光景は夢だったのだ。ドナルドダックは部屋に飾られた自由の女神の模型にくちづけし、米国の自由を讃えて終幕となる。
 主題歌「総統の顔」は劇中に何度も使われ、その特徴的なメロディは観賞者の耳を離さない。


今この内容を見ると「なんちゅうストーリーだ」と思ってドン引きだけど、当時のアメリカ人はこれを観て笑っていたのだろう。
今の日本人だって「北朝鮮はネタにしていい」って風潮があって国家首席を小ばかにした冗談をあたりまえのように口にしているけど、50年後の日本人が見たら「隣国である北朝鮮をあからさまにばかにするなんて、当時の日本人はなんてはしたない人たちだったんだ」と思うかもしれないよね。



『たのしいプロパガンダ』では、戦時中の日本やナチス時代のドイツから、現代の北朝鮮、ISIL(イスラム国)、オウム真理教などのプロパガンダの手法が紹介されている。
……というと「プロパガンダというのはヤバい国家・団体が使うものだな」という印象を持たれるかもしれないが、そんなことはない。どの国だってやっているし、逆にうまくやっている国ほど巧みすぎてそれが宣伝活動だと気づかれないほどだ。

もし今日本が戦争をするとしたら、まちがいなくAKB48あたりはまっさきにプロパガンダに起用されるだろうね(今でもプロデューサーは国家権力と近い位置にいるし)。
若者のイメージを変えるのがいちばん手っ取り早いし、そのためには人気のアイドルやミュージシャンを使うのが効果的だから。

政治でもプロパガンダは巧みに利用されている。
たとえば大手まとめサイトのいくつかはある政党と結びついていると言われている。事実かはわからない。でもその手のサイトを見ると、たあいのないニュース記事や笑えるネタに混じって、かなりの割合で特定の政党を非難する記事が掲載されている。
『世界のおもしろ動画』や『ネコの決定的瞬間をとらえた写真』みたいな記事の間に『××党の××が「××」とバカ丸出しの発言』なんて政治主張の強い記事が唐突にはさまれるのはぼくから見たらかなり異様なのだけど、違和感なく「そうか、××はバカなのか」と鵜呑みにする人もいるんだろう。
まとめサイトって、都合のいい主張だけを恣意的に並べることで、さも「いろんな意見があるけど××だけは共通認識である」かのように見せることに向いているから、プロパガンダに適しているよね。
それが〇〇党が密かにやっていることなのか、それとも〇〇党の支持者が勝手にやっていることなのかはわからないが、少なくとも誰かが社会情勢を誘導しようとしていることはまちがいない。

プロパガンダ=悪と単純にはいえないけど、「あー今誘導されそうになってるな」って自覚はしといたほうがいいね。
楽しいものほど要注意。



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2017年7月25日火曜日

太平洋戦争は囲碁のごとし/堀 栄三 『大本営参謀の情報戦記』【読書感想エッセイ】

堀 栄三 『大本営参謀の情報戦記 情報なき国家の悲劇』

内容(「e-hon」より)
「太平洋各地での玉砕と敗戦の悲劇は、日本軍が事前の情報収集・解析を軽視したところに起因している」―太平洋戦中は大本営情報参謀として米軍の作戦を次々と予測的中させて名を馳せ、戦後は自衛隊統幕情報室長を務めたプロが、その稀有な体験を回顧し、情報に疎い日本の組織の“構造的欠陥”を剔抉する。

戦時中に陸軍大本営の参謀を務め、戦後は自衛隊で西ドイツ大使館防衛駐在官を務めた堀栄三氏による、情報戦に関する本。
文章を書くプロではないので文章が読みづらい。
「堀は~」と書いているので、ん? 自分のお父さんのことを書いているのか? と思ったら、自分のことを「堀」と読んでいるのだ。己のことを「えりかは~」と語る出来のよくない女かよ、おじいちゃん!



文章はさておき、情報戦、戦術に関する記述はおもしろい。
平易な説明がなされているので、軍事に関してど素人のぼくでも感覚的に理解しやすい。

繰り返し語られるのは、「点と線」の説明。

「大本営作戦課はこの九月、絶対国防圏という一つの線を、千島─マリアナ諸島─ニューギニヤ西部に引いて絶対にこれを守ると言いだした。一体これは線なのか点なのか? いま仮りにウェワクに敵が上陸してきたとして、どこの部隊が増援に来られるか? いままでのブーゲンビル、ラエ、フィンシュハーフェン、マキン、タラワ島みんな孤島となってしまって、一兵どころか握り飯一個の救援も出来ていない。アッツ島が玉砕する間、隣のキスカ島は何が出来たか? 要するに制空権がなければ、みんな点(孤島)になってしまって、線ではない。線にするにはそれぞれの点(孤島)が、船や飛行機で繫がって援軍を送れなければいけない。そのために太平洋という戦場では制空権が絶対に必要なのだ。大事な国防圏というのが有機的な線になっていないから、米軍は自分の好きなところへ、三倍も五倍もの兵力でやってくる。日本軍はいたるところ点になっているから玉砕以外に方法がない。あとの島は敵中に孤立した点だから、米軍は放っておく、役に立たない守備隊どころか、補給が出来ないから米軍は攻めてこないが、疫病と飢死という敵が攻めてくる。
 自分はこれを米軍の『点化作戦』と呼んでいる。大きな島でも、増援、補給が途絶えたら、その島に兵隊がいるというだけで、太平洋の広い面積からすると点にさせられてしまう。

 土地を占領することは陸軍の任務であったが、それは米軍では空域を占領する手段でしかなかった。従って主兵は航空であって陸軍は補助兵種に過ぎなかった。陸軍が占領する土地の面積は、そこに陸軍が所在している面積と大砲の射程だけの土地であるから太平洋の広さから見ると点のようなものである。それに比較して空域を占領した場合は、戦闘機の行動半径×行動半径×三・一四であるから、仮りに戦闘機の行動半径が五百キロとすると、この占領空域は実に、七十八万五千平方キロと恐ろしいような数字になる。これが航空を主兵とした米軍と、依然歩兵を主兵と考えていた日本軍の太平洋上の戦力の相違であった。戦略思想の遅れは、こんな大きな数字的懸隔となって現れてしまうのである。

日本軍は太平洋の島々を占領して陸軍に守らせていたが、それは「点」をつくっていただけで、太平洋という広大な戦場の「面」を多く獲得するためには米軍のように「線」を確保することが必要だった、というのが筆者の主張だ。
  • それまで中国やロシアと大陸で戦っていたから高地を抑えて要塞をつくることが勝利につながったが、戦場が大洋であれば高地とはすなわち「制空権」である。
  • 陸戦では、守るほうが攻めるほうより圧倒的に有利である。だが太平洋の島においてはその逆で、島を占領しても包囲されてしまえば何もできない。
  • 点ではなく線をつくるためには補給が何より重要であるが、日本軍は補給をまったく重視していなかった。結果、島を占領している軍は孤立してしまい、米軍が攻め込むまでもなく病気や飢えで自滅した。
といったことがくりかえし語られている。

なるほどねえ。
これって囲碁の考え方そのものだよねえ。囲碁では石の「生き死に」という考えが重要で、どれだけ石があっても死んでいる(=生きている石とつながっていない)のであれば意味がない。
だから点在する石(自軍の戦力)をいかに有機的につなげるかが重要となるわけで、それができなかった日本軍が敗れたのは必然だったのだろう。
しかし囲碁という文化を持っていた日本にその考え方ができず、おそらく囲碁などやったこともない米軍が囲碁的戦術を使っていた、というのは皮肉だね。



諜報活動という観点からみると、真珠湾攻撃は大失敗であったという話。

 戦争中一番穴のあいた情報網は、他ならぬ米国本土であった。日本の陸海軍武官が苦労して、爵禄百金を使って準備した日系人の一部による諜者網が戦争中も有効に作動していたなら、サンフランシスコの船の動きや、米国内の産業の動向、兵員の動員、飛行機生産の状況などがもっと克明にわかったはずだ。いかに秘密が保たれていたとしても、原爆を研究しているとか、実験したとか、原子爆弾の「ゲ」の字ぐらいは、きっと嗅ぎ出していたであろうに、一番大事な米本土に情報網の穴のあいたことが、敗戦の大きな要因であった。いやこれが最大の原因であった。日系人の強制収容は日本にとって実に手痛い打撃であった。
 日本はハワイの真珠湾を奇襲攻撃して、数隻の戦艦を撃沈する戦術的勝利をあげて狂喜乱舞したが、それを口実に米国は日系人強制収容という真珠湾以上の大戦略的情報勝利を収めてしまった。日本人が歓声を上げたとき、米国はもっと大きな、しかも声を出さない歓声を上げていたことを銘記すべきである。
 これで日本武官が、米本土に築いた情報の砦は瓦解した。戦艦(作戦)が大事だったか、情報(戦略)が大事だったか、盲目の太平洋戦争は、ここから始まった。寺本中将が開戦に不満を表した理由もここにあった。

真珠湾攻撃はたしかに奇襲として成功したわけだけど、不意打ちをしたことで(宣戦布告してたという説もあるけれど)アメリカに対して「米国内にいる日系人を強制収容する」という口実を与えてしまった。真珠湾攻撃がなければ非人道的な行為だとして国内外から反対の声が上がっただろうからね。
強制収容された日系人の中には日本軍のスパイもいただろうし、スパイとまではいかなくても本国に情報提供してくれる人はいたはず。
結果として敵国の情報入手の手段を絶たれてしまった。物量で劣る日本がアメリカと渡り合うためには情報で優位に立つしかなかったのに、その可能性も潰えてしまったわけだ。

まあアメリカの情報をもっと入手できたとしても日本がアメリカに勝つ可能性は万にひとつもなかっただろうけど、それでももう少し優位な条件で講和につなげるとか、少なくとも沖縄上陸や原子爆弾を落とされる前に終戦させられた可能性はあるわけで、こう考えると情報入手の可能性をなくしてしまった真珠湾攻撃の罪は大きいなあ。



この本から学ぶことは多い。
テレビディレクターの藤井健太郎さんが『悪意とこだわりの演出術』の中で、こんなことを書いていた。
 逆に、何かを悪く言ったりしているとき、意図的に事実をねじ曲げていることはまずあり得ません。悪く言われた対象者からは、事実だったとしてもクレームを受けることがあるくらいなのに、そこに明らかな嘘があったら告発されるのは当然です。
 そんな、落ちるのがわかっている危ない橋をわざわざ渡るわけがありません。そんな番組があったらどうかしてると思います。どうかしてる説です。

真珠湾攻撃の件とこの話に共通するのは「敵対する相手にこそ紳士的に、ルールを守って接しなければならない」という教訓。さもないと相手につけいる隙を与えることになるから。
人の悪口を言おうと思っている人はご参考に!



海軍と陸軍の考え方の違いについて。

 海軍は海という一面平坦で隠れることの出来ない水面を戦場として、自分の大砲の口径が何インチであり、相手の大砲は何インチであるから、その飛距離からどちらかの勝ち、と勝敗は敵とかなり離れたところで数字的に決められる。従って米軍の戦力と自軍の戦力とを、戦う前に計算してしまう。よほどの悪天候や、夜戦でもない限りこの数字をひっくり返すことは出来ないと考えるようになる。
 ところが陸軍は、桶狭間の戦いに代表されるように、兵力の多い方が必ず勝つとは限らない。夜暗も、濃霧も、地隙も、森林も、山岳もある。利用すべきものは全部利用して、奇襲で成功した例は、近代戦の中にも沢山ある。勢い必勝の信念こそが第一で、兵力の多寡や兵器の優劣ではないという教育になりやすい。
 この点から陸海軍の伝統的な思想が出来上った。海軍は合理的にものを考え、陸軍は非合理的思考と断じられる。海軍は数字を見て早く諦めるが、陸軍は少々のことでは諦めないで最後までやる。これが陸海軍の伝統が長年にわたって培った戦争哲学であって、先の中川連隊の戦闘は、陸軍式の代表のようなものであった。

なるほどね。
これを読むと、日本は陸軍の国だな、と思う(他の国がどうだか知らないけど)。
スポーツでもビジネスでも、"知恵と勇気と努力" で物量を凌駕できると信じ込んでいる人の多いこと。

工夫次第で、兵力の少ない側が勝つことはある。
源義経の鵯越の逆落としや桶狭間の戦いとか日露戦争みたいに「〇万の大軍をわずか〇の兵力で打ち破った」的な戦いは話としておもしろい。
でもそれってごくごく稀な例だから語り継がれてるわけで、ほとんどの場合は兵力や物資量が上回っているほうが勝つ。当然だけどね。

だから、知恵と勇気と努力で逆転勝利を狙うのは、どう転んでも兵力を用意できない場合(不意に攻め込まれたときとか)だけにとどめておくべきで、物量を用意できないのであれば攻める側にまわるべきではない。
鵯越の逆落としはあくまで奇襲だし、日露戦争だって長期化してたら最終的には日本が破れていただろうしね。



「敗軍の将は兵を語らず」という言葉があって負けた弁解をあれこれ語るべきではないとされているけど、まったくの逆じゃないかと思う。
敗軍の将の弁にこそ、多くの教訓が含まれている。敗軍の将にこそ雄弁に語ってもらいたい。
逆に、勝ったほうは何とでも好きに言えるから、話半分に聞いておいたほうがいい。
ビジネスの成功者の話なんか、自慢話だけで何の役にも立たないからね。

以前に 『自己啓発書を数学的に否定する』 という記事でも書いたように、成功のために必要なのは成功しなかった人の体験談だからね。


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2017年7月20日木曜日

自殺者の遺書のような私小説/ツチヤタカユキ 『笑いのカイブツ』【読書感想】

ツチヤタカユキ 『笑いのカイブツ』

内容(「e-hon」より)
人間の価値は人間からはみ出した回数で決まる。僕が人間であることをはみ出したのは、それが初めてだった。僕が人間をはみ出した瞬間、笑いのカイブツが生まれた時―他を圧倒する質と量、そして“人間関係不得意”で知られる伝説のハガキ職人・ツチヤタカユキ、27歳、童貞、無職。その熱狂的な道行きが、いま紐解かれる。「ケータイ大喜利」でレジェンドの称号を獲得。「オールナイトニッポン」「伊集院光 深夜の馬鹿力」「バカサイ」「ファミ通」「週刊少年ジャンプ」など数々の雑誌やラジオで、圧倒的な採用回数を誇るようになるが―。伝説のハガキ職人による青春私小説。

「笑いに生きた」「笑いに人生を捧げた」なんて言葉があるけど、この本を読んでしまったらもうその表現は使えない。なぜなら、これほどまで笑いに生きた、いや笑いに狂った人間は他にいないだろうから。

「こんなところで止まってたまるか!」と思った。僕はもっと、加速したかった。21歳で死ぬつもりで生きていた。次第にアルバイトという行為は、時間の空費だと感じるようになった。すべての時間を大喜利に費やしたいと思うようになった。
 ある夏の暑い日、給料を受け取るとそのままバイトを辞めた。
 僕は実家にいながら無職になった。
 母の冷たい視線をまるっきり無視し、起きている時間を大喜利に費やせる状況になった僕は、一日に出すボケ数のノルマを1000個から2000個に増やした。
 朝から晩までクーラーのない部屋で、裸で机にかじりついて、自分でお題を考えて自分で答え続けていた。ノート一冊を一日で使い切るくらい大喜利をした。
 とにかく、もっともっと加速したかった。誰よりも速く、濃く、生きたい。光の速さで生きて、一瞬で消えていきたかった。
 だけど、そんな気持ちとは裏腹に、いつもボケが1500個を超えたあたりで、誰かに殴られているみたいに、頭がガンガンして、死にたい気分になった。加速したい気持ちに、脳と身体が全然ついてこれていなかった。
 それでも毎日、ノルマの2000個に到達するまで、僕は絶対に、全力疾走をやめなかった。

イカれてるなあ。
誰に強制されたわけでもないのに、誰に賞賛されるわけでもないのに、ひたすら大喜利のボケを考えつづける。自分にノルマを課し、起きている時間のすべてを大喜利に費やし、寝る時間も削り、食べるものも減らし(「バイトする時間があれば大喜利のボケを〇個考えられるから」というのがその理由)、ひたすら大喜利に没頭する。ラジオ番組で採用されるための傾向を探り、戦略を立てる。大喜利の素材をインプットするために次々と本を読む。
彼にとっては趣味でもなければ努力でもない。「やらなければ死ぬ」呼吸のようなものだ。
どえらい人間だ。ここまで何かに打ち込める人間はまずいないだろう。テレビや舞台で活躍しているどの芸人よりも真摯に笑いに向き合っているはずだ。


で、誰よりもお笑いに打ちこんできたツチヤタカユキ氏がお笑いの世界で成功を収めるのかというと、そうではない。構成作家や漫才作家として何度もチャンスを棒に振り、挫折をくりかえす。
それは、お笑い以外のことがまったくできないから。

「お笑いと関係あらへんサラリーマンみたいなことやっとるだけや」
「おまえもやったらええやん」
「できんからこうなっとんのじゃ。お笑いの世界やのに、売れるのに、お笑いの能力関係ないって時点でな、オレの構成作家としての敗北は決定してん。それ以来な、なんかな、本気でお笑いやっとることが、アホらしくて、しょうがなくなってもうてん。オレ、これ何やってんねやろ?って。なんのためにこんな一生懸命やってんねやろ?って。何一つ報われへんのに。誰一人、見てくれてへんのに。でもな、そう思っててもな、どんどん技術とかセンスが上がって、オモロなっていっとんねん。先輩作家に1分しか使わんといたらな、1分でめっちゃええボケ出せるように、進化していきよんねん。それがホンマにむなしいねん。マジで、死にたなるねん。どうせやったら、もうお笑いに関する能力、全部、なくなってくれた方が幸せやわ、こんなんやったら」

お笑いのためならなんでもできるのに、人付き合いや社交辞令がまったくできない。
笑いを追及するために注いでいる情熱の半分、いや1割でも他のところに向けていれば「変わったやつだけどすごいやつ」としてもうちょっと評価されていたんだろうけど、その1割さえも振り分けることができない。
それでも彼の才能を見抜いてチャンスをくれる人もいる。だが彼は自らそのチャンスから逃げてしまう。そして苦しみ、のたうち回る。
10年間そのくりかえし。

努力の方向性が違うのだ。
めちゃくちゃキレのいいフォークボールを投げられるのに、他の変化球は投げられないしキャッチャーのサインは無視するし、守備はからっきし。それなのにフォークボールの練習ばかりしている。そんな感じ。

でも方向性が違うことは周囲にはさんざん言われているし、自分自身でもよくわかっているんだと思う。この人はうだうだ考えているだけじゃなく、ときどき思い切った行動を起こしている。吉本の劇場に飛び込んだり、漫才の台本を書くために東京まで移住したり。きっと自分自身でも「自分を変えなきゃ」という気持ちを持っているのだろう。

それなのに曲げられない。ちょっと迂回すれば壁の向こう側へ行けるのに、ずっと壁にぶちあたってはもがいている。

なんて不器用なんだ。いや狂っている。笑いに対して。



笑いの世界以外にも、「狂人と紙一重」と呼ばれる人は存在する。
ゴッホ、アインシュタイン、ヴェートーベン……。天才と呼ばれる人は、たいてい異常なエピソードをいくつも持っている。
それでも彼らはその圧倒的な才能で評価されている(その何百倍もの、評価されなかった「天才と紙一重」の人がいたんだろうけど)。
彼らが評価されているのは、ちゃんと才能を見抜いてくれたり、プロモーターとして売り込んでくれたりする人に恵まれたというのが大きいのだろう。

ツチヤタカユキの不幸は、その圧倒的な才能を「笑い」という、人付き合いとは切っても切りはなせない分野に向けてしまったことにある。
彼がその執念を、文学や絵画や音楽や陶芸に向けていたなら、あるいは超一級の天才として認められていたかもしれない。
なぜならそれらの芸術作品は基本的に作者の人間性とは無縁に評価されるものだから。石川啄木も太宰治もモーツァルトも才能がなければただのクズ野郎だけど、作品は作者の振る舞いとは関係なく(むしろマイナスがプラスになって)今でも燦然と輝いている。

でも「笑い」はきわめて属人的な表現手段だ。
同じことを同じ間で同じ調子で言ったとしても、明石家さんまが言うのとまったく無名のお笑い芸人が言うのとでは笑いの量は変わってくる。
親しい友人の冗談はおもしろく聞こえるし、クラスの人気者はたいしたことを言わなくても笑いがとれる。
表舞台に立つ芸人なら言わずもがなだし、台本を考える裏方だって、挨拶すら返さない愛想のない男が考えた台本は採用されにくいだろう。

そういう世界をリングにして、それでも台本の中身だけで勝負してやると闘いを挑みつづけているツチヤタカユキという男の人生は「そのストロングなスタイルはかっこいいけど、さすがにどっかで折り合いをつけないと死んじまうぞ」と言いたくなる。

ぼくみたいなリングに立ちもしない外野の勝手な意見なんてツチヤタカユキ氏は唾棄するだけだろうけど、やっぱり言わずにはいられない。たぶんもう百回以上も言われてきたんだろうけどね。



『笑いのカイブツ』を読んで、自殺者の遺書ってこんな感じなのかなと思った。読んでいて、鼓膜の奥がわんわんと震えるような魂の咆哮が聞こえた。
「これを書き終えたらこいつ死ぬんじゃないか」ってぐらいの迫力。

今さら彼が要領よく世の中を渡ってゆくことはできないだろうけど、きちんとマネジメントしてくれる人に出会ってくれたらいいなあと切に願う。
彼ほどの才能が埋もれたままであるのは、社会にとっても大きな損失だから。


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2017年7月18日火曜日

ミツユビナマケモノの赤ちゃんを預けられて/黒川 祥子 『誕生日を知らない女の子』【読書感想エッセイ】

内容(「e-hon」より)
ファミリーホーム―虐待を受け保護された子どもたちを、里子として家庭に引き取り、生活を生にする場所。子どもたちは、身体や心に残る虐待の後遺症に苦しみながらも、24時間寄り添ってくれる里親や同じ境遇の子どもと暮らし、笑顔を取り戻していく「育ち直し」の時を生きていた。文庫化に際し、三年後の子どもたちの「今」を追加取材し、大幅加筆。第11回開高健ノンフィクション賞受賞作。

ファミリーホームとは、保護を必要とする子どもを自宅で5~6人受け入れて養育する仕組み。
児童養護施設とはちがって家庭で子どもを育てることができ、複数の人で複数児童の面倒を見るという、施設と里親の中間のような制度だ。

ノンフィクションライターである著者がいくつかのファミリーホームを訪れ、虐待されて保護された子の状況を取材したルポルタージュ。
著者の気迫が伝わってくるようなノンフィクションだった。



ぼくはずっと子どもをほしいと思っていたので、もし自分に子どもができなかったら里親になろうかなと考えて、資料を取り寄せたこともある。
実子が誕生したので今のところ里子を引き取るつもりはないが、この本を読むと里親になるのは、ぼくが考えていたほど甘くかんたんなものじゃないとわかる。
「生い立ちで少々苦労した子でもふつうに育てていれば他の子と同じように成長するはずだ」という考えがいかに浅はかだったか、よく思い知らされた。

虐待を受けた子は発達障害のような状態になることが多いのだという。他の子や里親との協調関係を築くことができず、それどころか育ての親に対して怒りの矛先を向ける子も多い。

 なぜ、あたたかく迎えてくれた人を苦しめるのだろうか。前出のあいち小児・診療科の新井康祥医師はこう話す。
「虐待を受けた子どもたちが抑え込んでいた怒りは、保護されて安心や安全を感じるようになることで、次第に表に出てきます。本来、その怒りは虐待をした親に向けられるべきなのでしょうが、子どもにとってそれは危険極まりないことです。親を攻撃すれば、もっと激しく親を怒らせてしまい、仕返しをされるのがわかっているので、怖くてできない。そして、そのやり場のない怒りは、優しく保護してくれる人たちに向かってしまうのです」

子どもが新しい家庭に慣れ、ためこんでいたものを少しずつ吐きだせるようになると、自分でも制御できない怒りを周囲にぶつけ、ののしったり、ときには刃物で傷つけることもある。
育てている側からすると、信頼されればされるほど怒りを向けられるわけで、なんともやりきれない話だ。
それこそが心に負った傷を癒すために必要な過程なのだ、と部外者なら言えるけど、当事者にしてみれば耐えられないだろう。
自分の子ですら「こっちはがんばって育ててあげてるのに!」と腹立たしく思うことがあるのに、まして血のつながりのない子で、しかも問題行動ばかりを起こす子を育てるなんて並大抵の苦労じゃないだろうな。


何年か前に声優が養子を虐待死させたとして逮捕される事件があった。
それだけ聞くとひどい人だという印象を持つけど、わざわざ養子を引き取っているわけだから愛情を持って育てていたのだろうし、そんな篤志家でも追いつめられてしまうからにはよほどの難しさがあったのだと思う。詳しい事情は知らないけど、部外者が「なんでひどい親だ」と軽々しく言えるようなものではない、ということは想像がつく。

「愛情を向ければ向かうほどこちらに牙をむいてくる子を愛情込めて育てなくちゃいけない」という立場に置かれても、辛抱強く付き合いつづけられるだろうか。
ぜったいに虐待はしません! と断言することは、ぼくにはできない。



『誕生日を知らない女の子』では、かつて虐待を受けていた子が、ファミリーホームに来てからもその"後遺症"に苦しめられる様子が書かれている。

 横山家に来てからも美由ちゃんは夜、何度もうなされた。
「うわーっ、うわーっ、ううー」
 身体の奥からふりしぼるような咆哮に、久美さんは飛び起き、美由ちゃんに駆け寄る。
「みゆちゃん、大丈夫? もう、こわくないからね。大丈夫だよ」
 美由ちゃんを一旦起こし、身体を撫でて「大丈夫、大丈夫」と耳元でやさしく言い聞かせる。身体を抱きしめ、背中を撫でて「もう、大丈夫だからね」と繰り返す。そうしなければならないほど、久美さんの腕の中で美由ちゃんは激しい恐怖におののいていた。あまりに夢が怖いので、眠ることもできない日が続いた。
 朝になって、落ち着いた時にどんな夢なのかを聞いてみた。
「みゆちゃん、怖い夢を見たの?」
「声がするの。お母さんのコワイ声がするの。『おまえなんか、連れてってやる。こんなところで幸せになったらだめだ。おまえなんか、不幸にしてやる。おまえみたいなやつはだめだ。おまえなんか、ぶっ殺す』って……」
 それは、実母の声だった。

このくだりを読んでぞっとした。母親の呪縛とはこんなに強いものかと。

「幼いころに親から受けた愛情はその後の人生において大きな支柱となる」という話をよく聞くし、じっさいそのとおりだと思う。ふだん意識はしないけど、「何があっても母親は自分の味方だろう」と思うし、そういう存在がひとりでもいるのといないのでは世の中の生きづらさはずいぶん変わってくるだろう。大人になってからもその経験はずっと支えになっている。

ということは逆に、幼いころに親からひどい目に遭わされた人は、ずっと苦しみつづけることになるのかもしれない。
新しい養育者がどれだけ愛情いっぱいに育てたとしても、その記憶は上書きされることがないのかもしれない。幼少期の虐待は、刺青のように永遠に消えることがないのではないだろうか。
実母から「おまえを不幸にしてやる」と願われる人生なんて、ぼくには想像もつかない。



もうひとつ衝撃的だったのは、虐待する親のもとに帰ろうとする子どものエピソードだった。

実母からの虐待を受けて育った小学五年生の女の子がファミリーホームに引き取られ、いろいろと苦労もあったが少しずつ家庭や学校でうまくやっていけるようになった。その矢先に、実母から「うちにおいで」と言われた。
実母としては考えなしに言った言葉であり、異父兄弟である弟妹の面倒を見たり家事をしたりする子、つまりは「都合のいい働き手がほしい」と考えての言葉だった。だが、その子は大喜びしてしまった。「お母さんといっしょに暮らせる!」と。
ずっと虐待・育児放棄をしてきた母親であり、その再婚相手は自分の子どもしかかわいがろうとしない男。誰がみたって、母親のもとに戻れば不幸になることは目に見えている。
だが今の制度では、実親が引き取ることを希望した場合、里親やファミリーホームがそれを止めることはできない。たとえどんなに虐待の危険性が高かろうと。

母親から「うちにおいで」と言われた女の子がとった行動は、ファミリーホームや学校で「居場所をなくす」ことだったという。
わざと嫌われるようなことを言ったり、小さい子をいじめたりする。
自らすべてを捨てて「母親のもとに行くしかない」という状況をつくった。

「もう、なんでもいいから帰りたかったんだろうね。福祉司も止めたし、医師も反対だった。でも『奴隷でもいいから、帰りたい。おかあしゃんは女神さまのようにやさしくて、どんな願いもかなえてくれる』って最後は現実逃避にまで行ってしまった」

ファミリーホームの運営者の言葉だ。
子どもを虐待する実親と、自分の人生を投げだして子どもの世話をする育ての親。どちらにいたほうが幸せかは客観的には明らかだが、それでも、子どもは実親を選んでしまうのだ。「奴隷でもいいから」と言って。

そして彼女に待ち受けていたのは、奴隷以下の生活だった。学校にも通わせてもらえず、弟妹の面倒を見て、罵声を浴びるだけの生活。
ほどなくして彼女は別の里親のもとに引き取られ、病院に通う生活を送ることになったという。

「子どもの虹情報研修センター(日本虐待・思春期問題情報研修センター)」の増沢高研修部長は、「施設の子、里親の子もほとんどが、実の親のところへ帰りたいと言います。それほど親とのつながりというものは強い」と語る。
 なぜ、それほどまでに親を希うのか。一度は「捨てられた」も同然だったというのに。増沢氏は、キーワードは「喪失」なのだと説明する。
「子どもは、養育者に依存して生きる存在です。”捨てられた”も同然のように施設や里親に措置されても、それを認めたくない。”見捨てられる”ことへの不安と恐怖を強く抱いています。しかし時間と共に、事実として向き合わなければいけなくなった時、それは大きな喪失体験となって子どもを苦しめます。虐待はトラウマという、傷つけられた体験で語られがちですが、一番重要なキーワードは、喪失なのだと思います」

子どもにとっては、身体的な虐待を受けることよりも「親から捨てられたことを認めること」のほうがずっとつらいことなのだろう。

だからこそ子どもは、親から「おまえのために殴っている」と言われたら信じてしまう。そう信じたいから。
そして多くの虐待は表に出ることなく、くりかえされる。世代を超えて。



この本では、かつて虐待を受けて育った女性が子どもを産み、育て方がわからなくて苦悩する姿が紹介されている。

 子育てをしていく中、判断不能になる場面に沙織さんは多々出くわすという。
「たとえば、給食のランチョンマット。これ、毎日替えるのかどうかがわからない。気づかないからそのままにしていたら、学校から『毎日、替えてください』と注意されて、ネグレクトを疑われる。そんなん、私、一回だって洗ってもらったことがないからわからない」

ぼくにも4歳の娘がいるが、子どもと接してしていると自分が親にしてもらったことを思いだす。
風邪をひいたときはリンゴをすりおろしたやつを食べさせてもらったな、とか。ケガをしたことを隠していたらめちゃくちゃ怒られたな、とか。おもしろい話をしたときに「おもしろいねー!」と笑ってくれたけどあれは愛想笑いだったんだろうな、とか。
で、気がつくと自分が親にしてもらったことをそのまま子どもにしている。かつて親から言われたのと同じことを娘に言っている。
それは意図してやっているわけではなく、記憶の奥底に染みついたものを無意識にとりだしているだけだ。

ネグレクトで育った人にはその経験がないから、どうしたらいいかわからないのだろう。
上に書かれているランチョンマットを洗うかどうかは些細なことで、関係のない人からすると「まあ少々洗わなくても大丈夫でしょ」と思うけど、万事がその調子だったらすごくストレスだろう。

何の知識もない状態でミツユビナマケモノの赤ちゃんを預けられて「はい、このミツユビナマケモノをふつうに育ててくださいね」と言われるようなものかもしれない。ふつうに育てろっていわれても、その "ふつう" がわかんねーよ! という状態だろう。

まあ今はインターネットで人に訊けるからまだましなのかもしれない。
Yahoo!知恵袋で「こんなこともわからないのかよ。常識でわかるだろ」といいたくなる質問を見かけることがあるけど、もしかしたら親に育ててもらっていない人の疑問なのかもしれない。



虐待やネグレクトといった痛ましい事例を見ると「親が自分の子を育てる」というシステムは無理があるのではないかと考えてしまう。

今でこそ親が自分の子の面倒を見るのはあたりまえだけど、それってせいぜいここ100年くらいの話だ。人類の歴史からいえば、共同体単位で子どもの面倒を見ていた(というか親が放置していた)時代のほうがずっと長い。
親が子育ての全責任を負うほうがおかしなことなんじゃないだろうか。

以前、『ルポ 消えた子どもたち』 という本の感想として、こんなことを書いた。
ぼくは、子どもの教育に個人情報保護を持ち込むべきではないと思う。
教育というのは公的なものであって、各家庭に属する私的なものではない。
「人に迷惑をかけてはいけません」と教えるのはその子のためじゃない。社会のためだ。
憲法にも「教育を受けさせる義務」があるように、親には「子どもを教育する義務」はあっても「子どもを好きなように育てていい権利」はない。
私的な行為じゃないから当然ながら個人情報保護の対象とすべき事柄じゃない。

そのへんが勘違いされているのが近代の病だね。
どうにかしてみんなで育てる仕組みを作れないものだろうか。7歳になったら強制的に親から引き離して寮に入れる、みたいな。
教育費はすべて国の負担。ただし一定の能力がないと高校、大学には進学できなくする。
これは平等だ。社会主義国家みたいだな。
でも親の経済状況と関係なく能力のある人に学べる機会を提供する、というのは社会全体で見たらいいことだと思うな。
親の負担はぐっと減るし、虐待やネグレクトもずっと少なくなるだろう。7歳まで育てればお役目終了だから次の子どもも作りやすい。
いろいろな事情があって実親に育ててもらえない子どものつらさも、だいぶ和らぐことだろう。


ぼくは、自分の娘をとてもかわいいと思う。とてもかわいいからこそ、こう思う。「かわいがりすぎちゃ、いかん」と。

少子高齢化の弊害が叫ばれている今、なすべきことは「親を大切に」「子どもには愛情を持って接しましょう」という考えを捨てるべきことなんじゃないだろうか。

今の世の中、「親の介護のために仕事を辞める」「仕事をしながら子どもの世話ができないから子どもを産まない」なんてことがめずらしくないよね。
どう考えたって生物としておかしい。老親を介護したって遺伝子を残すことにはまったく貢献しないからね。
ぼくたち生物は遺伝子の乗り物なんだから、遺伝子様ファーストで生きていかなくちゃならない。

今いろいろと話題になっている2分の1成人式なんかもってのほかだよね。
教育勅語の復権をと主張している大臣もいたが、それも論外。
むしろ「自分の親や子を大事にしてはいけません」と教えなくちゃいけない。
昔の人が親を大切にしてなかったからこそ「親を大切に」「親の言うことは聞きなさい」という儒教や教育勅語の教えが意味を持っていたわけで、今はむしろ逆のことを言わなくちゃいけない。

「親なんか大切にしなくていい」「子どもなんかほっときゃいい」という考えがあたりまえになれば、少子高齢化の問題はだいぶ緩和されるだろうね。

もちろんそのときは他の問題が出てくるんだろうけど。


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2017年7月15日土曜日

マーケティング込みで楽しむ小説/宿野かほる 『ルビンの壺が割れた』【読書感想】


内容紹介(Amazonより)
「突然のメッセージで驚かれたことと思います。失礼をお許しください」――。送信した相手は、かつての恋人。SNSの邂逅から始まる往復書簡が過去の空白を埋める……はずが、ジェットコースターのような驚愕の新展開に!? 覆面作家によるデビュー作にして空前絶後の問題作を、刊行前に期間限定で全文公開。

新潮社が、「発売前に全文公開」という思い切ったキャンペーンをやっていることで話題になりつつある『ルビンの壺が割れた』。
さっそく読んでみた。
短いし平易な文章だからさくっと読めるね。

2017年7月27日まで無料で読めるよ!。
詳細は公式サイトへ(→ リンク )。



しかしいいキャンペーンだね。
全文を無料公開&キャッチコピー募集ってのは話題になる。
そうでもしないと無名の作者の小説は売れないもんね。
無料で公開する損失よりも、その後に売上が増える分のほうがぜったいに大きいだろうな。

とはいえ何度も使える手じゃないね。
めずらしくなくなれば読まれないし、悪評のほうが多ければむしろマイナスになりかねないし。
よほどの自信があるんだろうね。

特設サイトにも「必ず騙される」とか「衝撃体験」とかの言葉が並んでいて、ハードル上げすぎじゃない? と心配になってしまうほど。
しかもタイトルが「ルビンの壺」というキーワードが入っている(「ルビンの壺」とは壺のようにも2人の人物の横顔のようにも見える有名なだまし絵)。

ルビンの壺

これをわざわざタイトルに用いるってことは「見方を変えたら別の真実が浮かびあがってくる話ですよ」って言ってるようなもんじゃない。
そこまでわかりやすいヒント与えてしまって大丈夫?



ということで感想。

うむ。おもしろかった。
無料だったことをさしひいても、読んで損はない小説だね。
ネタバレ禁止ということなのであまり詳しくは書けないけど、顔を合わさないメッセージでのやりとり、交互に入れ替わる語り手……ときたらミステリ小説ファンとしたら「ははあ、××がじつは××ってパターンね。よくある手だよね。まあでもミステリを数多く読まない人はこれで引っかかって『衝撃のラスト!』とか言っちゃうんだよねえ~」とにやにやしながら読んでたんだけど、ぼくの予想はまんまと外れた。

なるほど。こういう展開をたどる小説か。
ひっかけがないということに逆にひっかかってしまったというか、これ以上書くとネタバレになりそうだからやめとくけど、たしかに分類の難しい小説だ。ぼくも何百冊とミステリを読んだけど、類似する小説が思いうかばない。
うまく説明できないけど、特設サイトに書かれていた「奇妙な小説」という言葉もなるほどと納得させられた。

SNSという舞台装置もうまく活かしている。何十年も音信不通になっていた人と顔を合わさずにやりとりをすることなんて、SNS以外ではまず起こりえないもんね。
(しかしこういう人たちが実名が基本のFacebookをやるということには少し違和感。mixiだったらわかるんだけど、でも今mixiは誰でも知るツールじゃないからなあ)


『ルビンの壺が割れた』はSNSのメッセージだけで構成される小説だ。
書簡形式の小説というのはときどき見かけるけど、ぼくはどうも好きになれない。お互い知っているはずのことを「あのときは〇〇でしたよね」とわざわざ書くのが嘘くさいから。
『ルビンの壺が割れた』もそういう記述が散見されて、「なんでいちいち再確認するんだよ」とつっこまずにはいられない。書簡形式だと地の文で補えないからどうしても説明過多になっちゃうんだよねえ。

とはいえ、手紙だけで構成された小説(たとえば 湊かなえ『往復書簡』)に比べれば、SNSだとその嘘くささがだいぶ緩和されているように感じる。
ひとつには数十年の時を経ていること。数十年もの歳月がたっていれば「あのとき貴女は〇〇しましたね。ぼくは〇〇と言いましたね」と書くことの必然性は、ほんの少しは高まる。
もうひとつは、インターネット上では誰もが自分語りをしてしまうこと。聞かれてもいないのに自分の過去の体験を長々と綴ったりしてしまうのはインターネットの持つ魔力のひとつだよね。ぼくもその力に操られているし。

SNSという現代的な小道具をうまく使った小説。
だからSNS拡散を狙った新潮社のキャンペーンとも親和性が高いんだろうね。

ううむ、つくづくよくできた小説、そしてそれ以上によくできたキャンペーンだ。マーケティングの仕事をしている身として素直に感心する。
このキャンペーンが小説の魅力を倍増させているね。



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2017年7月6日木曜日

オイスターソース炒めには気を付けろ/土井 善晴 『一汁一菜でよいという提案』【読書感想エッセイ】

土井 善晴 『一汁一菜でよいという提案』

内容紹介(e-honより)
食事はすべてのはじまり。大切なことは、一日一日、自分自身の心の置き場、心地よい場所に帰ってくる暮らしのリズムをつくること。その柱となるのが、一汁一菜という食事のスタイル。合理的な米の扱いと炊き方、具だくさんの味噌汁。

 テレビでもおなじみの料理研究家である土井義春さんのエッセイ、というか提言。

 ほとんどタイトルがすべてを言いあわわしている。
 一般に食事は一汁三菜がいいと言われているけど、土井さんは「ふだんからそんなにごちそうを食べる必要はない。具だくさんの一汁を作ればごはんのおかずになるし栄養もとれるし作る人の負担も少ない」と書いている。
 一汁三菜がだめと言ってるわけではなく「しんどい思いをして作ったり、レトルトや出来合いの総菜で無理に一汁三菜にするぐらいだったら一汁一菜でいいと思うよ」ぐらいのかる~い提案だ。

 この本には土井先生のつくった「一汁」の写真が載っているのだが、それがほんとにきれいじゃない。率直にいうと汚い。
 ぐちゃぐちゃの汁物で、トマト、ピーマン、きゅうり、ハム、小魚、でろでろの卵、その他よくわからない具材が混然一体となっている。料理研究家としてこの写真を載せるのは勇気が要っただろうなあ。

 しかしプロとして他人に指導する立場にある土井先生がこういう写真を載せることにこそ意味があるわけで、「プロですら家ではこんな適当なものを食べているんだから我々はまったく気張る必要がないんだ」と勇気を与えてくれる。

勇気をくれる、美しくない料理の写真



 ぼくが一人暮らしをしていたときは、一応自炊はしていたけど一汁一菜どころか、一汁だけまたは一菜だけだった。
 一人分のごはんをつくるのは難しい。いろんな食材を買っても腐らせてしまうし、たくさんつくっても食べきれない。少量のおかずを何種類もつくる、なんてよほどの料理好きじゃないとやってられない。
 それでも腹はふくらませなくちゃいけない。栄養をとらないといけない。
 肉や野菜を切って、全部まとめて調理するだけ。調理といったって「塩こしょうで炒める」「醤油で炒める」「味噌で煮る」「醤油で煮る」「カレーにする」の5種類ぐらいしか選択肢はなかった。
 炒め物のときはどんぶりによそったご飯に乗っける。食器が1つで済むので、洗い物が少なくて楽だった。

 料理とも呼べないようなものだったが、まあこれでも独身男にしてはやってるほうだろうと自分に言い訳をしていた。
 結婚してからも料理をしていたが成長はしなかった。一汁一菜になったぐらいで、味付けは例によって5種類のローテーションでやりくりしていた。
 すると子どもができたタイミングで妻から「あなたの料理はおいしくないわけじゃないけど味付けが適当だからわたしがやる」というせいいっぱい気を遣った戦力外通告をいただき、今ではほとんど料理をする機会がなくなった。

 それじゃあ洗い物ぐらいはとやっていたんだけど、ぼくは皿の裏に残った洗剤を気にしない性質なので「食器用洗剤なんか少々口に入れても大丈夫なものしか使ってないだろうし料理についたらむしろクリーミーさがプラスされるのでは?」なんてうそぶいていたら、やはり妻から「洗い物もしなくていいわ。どうせわたしがやることになるから」と部署移動を命じられ、今では資料整理室という名の追い出し部屋に放り込まれて日がな一日新聞の切り抜きをさせられる日々を送っている。


 話がそれたが、極力手間ひまのかからない料理を心がけているものとして、この土井先生の「一汁一菜でよい」という提案には大いに励みになった。

 さらに土井先生は「家で食べるごはんはそんなにおいしくなくてもいい」とも言う。

 ご飯や味噌汁、切り干しやひじきのような、身体に良いと言われる日常の食べ物にはインパクトがないので、テレビの食番組などに登場することもないでしょう。もし、切り干しやひじきを食べて「おいしいっ!」と驚いていたら、わざとらしいと疑います。そんなびっくりするような切り干しはないからです。若い人が「普通においしい」という言葉使いをするのを聞いたことがありますが、それは正しいと思います。普通のおいしさとは暮らしの安心につながる静かな味です。切り干しのおいしさは、「普通においしい」のです。
 お料理した人にとって、「おいしいね」と行ってもらうことは喜びでしょう。でもその「おいしい」にもいろいろあるということです。家庭にあるべきおいしいものは、穏やかで、地味なもの。よく母親の作る料理を「家族は何も言ってくれない」と言いますが、それはすでに普通においしいと言っていることなのです。なんの違和感もない、安心している姿だと思います。

 そうそう。ぼくは味に無頓着なほうなので、よほど辛いとか真っ黒焦げとかでなければなんでもいいよ、と思う。
 高いお金を出して食べるレストランでの食事にはおいしさを求めるけど、家庭の味ってほどほどでいいよね。
 同じものをくりかえし食べるからこそ骨の髄まで染み込むわけで、「おふくろの味」となるんだろうね。



 家で「おいしい!」と言うことについては、ぼくには失敗談がある。

「料理をつくっている人からするとおいしいと言ってもらいたい」という話を聞いたので、妻がつくった料理で「おいしいな」と感じたときは率直に伝えるよう心がけた。
で、あるとき「これおいしいね!」と言い、その数日後にまた「これおいしいやん」と言い、また別の日に「このおかずおいしいね」と言うと、妻からこう言われた。

「あんたがおいしいって言うときってオイスターソースで味付けしたときだけやね。それ料理を褒めてるんじゃなくてオイスターソースを褒めてるだけやん」


 そうだったのだ。ぼくは何も考えずに「おいしい!」と発していたのだが、褒めていたのはすべてオイスターソース炒めだったのだ。

……という失敗を喫したことがあるので、「何も言わないことこそがおいしいということだ」という土井先生の言葉を妻に献上して、今後は余計なことは言わないように努めようと思う。



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2017年7月5日水曜日

なんとなく気になるけどなんとなく読んでみる気が起こらない作家/【読書感想】町田 康 『正直じゃいけん』

町田 康 『正直じゃいけん』

内容(「e-hon」より)
日本経済新聞に連載された「随筆ひとり漫才」、「週刊朝日」に連載された「アナーキー・イン・ザ・3K」を初めとする真理への希求と言葉への愛が炸裂する珠玉のエッセイ集、待望の文庫化。

とある書店で バースデー文庫 という企画をやっていた。1月1日生まれから12月31日生まれまで366人の物書きの本を並べ、「あなたとおなじ誕生日の作家の本を読んでみませんか?」という企画だ。
へえ、ぼくは誰と同じなんだろうと見てみたら、町田康といっしょだった。

町田康か。
ずっと気になっていた作家なんだよなあ。でも読んだことはない。
『告白』とか『パンク侍、斬られて候』とか書店で手に取ったことはあるけど、「うーん、クセが強そうな作家なのにぶあついなあ。もし性にあわなかったときにこれを完読するのはしんどいな……」と思って敬遠していたのだ。
本好きの人にとっては1人や2人はいるだろう、「なんとなく気になるけどなんとなく読んでみる気が起こらない作家」。書架から手にはとってパラパラとやることはあるけど、レジまで持っていくことはない作家。「ほかに読む本がどうしても見つからないときにでも読むことにしよう」と思って、そんな機会は決して訪れることがない作家。ぼくにとって町田康はそういう作家だった。

バースデー文庫で見たときも「んー、町田康かあ……。悪くないね……」なんて言いながらも結局は買わなかった。
でもずっと気になっていたので、後日に「まずはエッセイぐらいから……」と手に取ってみた。

 ぜんたい自分はなにをやっても人に後れをとることが多いが、自動車の運転をしている場合それは顕著で、絶えず割り込みその他にあっているのであるが、そういう車を数多、目撃するうちに、そうして無茶をする車、得手勝手な行動によって交通に問題を起こしている車がある特定の車種に集中していることに自分は気がついた。
(中略)
 というのは、十人十色、などというように、人は各々その性格が異なるはずなのに、なぜこの車に乗った途端、申し合わせたように、かくも凶悪・凶暴な運転をするようになるのであろうか? と自分は考えたのである。
 で、さんざんに首を捻った挙げ句、自分はエアコンじゃないか、という結論に到達した。すなわち、エアコンのフィルターに毒が塗ってあって、スイッチを入れると毒が発散、これを吸い込んだドライバーは、いかな温厚な人といえども、精神に異常をきたし、どらあ、どけえ、殺すぞ、という状態に陥る、といういわば仮説である。
『ビーエムの怪』より)

なるほど、町田康ってこういう文章を書くのか。
パンクロッカーだけあってパンクな文章をつづるね(パンクってどんなのかと聞かれても正確には答えられないけど)。
ブログやSNSを通して誰もが情報を発信できるようになって、こういう勢いにまかせて書いたような文章を書く人はめずらしくなくなった。たぶんそういう人たちのうち、かなりの人が町田康の文章に影響を受けたんだろうな。

町田康自身は野坂昭如や中島らもの影響を大きく受けたと書いていて、ああなるほど改行の少ない疾走感のある文章とか口語交じりの荒っぽい言葉づかいとか、随所に影響を感じることができる。
じつはきっちり計算して書いているんだろうなあ、という気がする。上に引用した文章でも、車種を伏せているのにタイトルでばらしちゃってるとことか。


はまる人にははまるんだろうなあ、という文章で、しかし「はまる人にははまる」≒「自分にははまらなかった」わけで、ぼくは「もうしばらく町田康は手に取らなくていいかな」という感想だった。
文章自体がおもしろすぎると、まとめて読んだときに疲れちゃうんだよねえ。
土屋賢二もそうだしぼくの中では村上春樹もその部類に入るんだけど、文章がおもしろいと内容が頭に入ってきにくい(というか内容はあんまりない気がする)。読んでいる間はおもしろいけど、読後にぜんぜん記憶に残っていない。
ブログ、SNS、週刊誌連載の1記事ぐらいだったらそれでいいんだけど、1冊の本としてまとめて読むとなかなかつらいものがある。初対面の人に出身地はどこですかとかご兄弟はいますかとかのあたりさわりのない話を1分するのは平気でも1時間は話していられないように。

『正直じゃいけん』も週刊誌連載をまとめた本らしいけど、媒体によって向き不向きがあるから、なんでもかんでも本にすればいいってもんじゃないなと思う。ファンにはうれしいだろうけどさ。



町田康氏は細かいことをああだこうだとうだうだ考えていて、共感できるところもなかなかに多い。

 もっとも分かりやすいのは「思ってる/考えてる」という文言でこれを言う人はけっこうやばいので注意が必要である。
 あなたにこうこうこういった内容の仕事を依頼したい「と思っています/と考えています」なんて文書が送られてくる。いくらあなたがあなたのなかで思っていると言ったところで世間は、「ああ、そう」と言って終わりで、一生思っていろ、と言いたくなるがしょうがない検討をしたところ、そういう人に限って具体的日程等の諸条件があわぬ場合が多く、その旨を伝えてお断りを申しあげると今度は、お引受けいただかないと、「困ります」と言って電話をかけてくる。
 困るのはあなたであって私はちっとも困らないので、困る、と言われても困る、あ? やはり俺も困るのか? などと思いつつも諸条件があわぬものは仕方ないので、やはり諸条件不可能である旨を伝えると、再度、連絡があり、ということは諸条件の見直しをおこのうてくれたのか、と思うとそうではなくして、いかに自分がこの仕事を依頼したいと「思って」いるか、について縷々述べるばかりで条件の見直しはいっさい行なわれていない。
『あなたとわたし/なかよくあそびましょ』より)

ぼくもこういう言葉遣いはすごく気になるほうなので、よくわかる。
ぼくが嫌いなのは「お願いしてもよろしいでしょうか」という言い回し。いや願うのはあなたの個人的かつ内面的な行為だからこちらが妨げる類のものではありませんよ、と思う。
思想の自由が保証されているんですからどうぞ好きなだけお願いしてください。その上でちゃんとお断りしますから!



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2017年7月4日火曜日

小選挙区制がダメな99の理由(99もない)/【読書感想エッセイ】バク チョルヒー 『代議士のつくられ方 小選挙区の選挙戦略』

バク チョルヒー
『代議士のつくられ方 小選挙区の選挙戦略』

内容(「e-hon」より)
1988年のリクルート事件以来、日本の政界は「政治改革」という旋風に巻き込まれた。しかし政治改革は、いつのまにか選挙制度改革と同一視され、中選挙区制は小選挙区・比例代表並立制に変わった。当初は、政策を争う二大政党への移行が理想とされた小選挙区制だったが、いったい、この制度は政治市場で、実際にはどのように機能しているのか。代議士たちはどのように公認され、どのような選挙活動を行なっているのか。小選挙区における新人代議士誕生までの過程を、都市部の選挙区で克明に追ってみた。

最近、ふと「国政選挙において小選挙区制って悪いことだらけじゃない?」と思った。
で、いろいろ調べてみればみるほどデメリットが大きすぎる。

小選挙区制(しょうせんきょくせい)とは、1選挙区に付き1名を選出する選挙制度である。(Wikipedia より)

小選挙区のデメリットを考えてみたのだけれど、政治にまったく詳しくないぼくでも以下の問題点を挙げられる。


1票の格差が大きい

国政選挙のたびに問題になってるやつだね。
中選挙区制のほうが格差を調整しやすそうだし(定員5→4にするほうが2つの小選挙区をくっつけて1つにするより抵抗少ないでしょ)、大選挙区制なら格差はなくなる。

死票が多くなる

たとえば小選挙区に4人の立候補者(A,B,C,D)がいるとする。
Aが40%、Bが30%、Cが20%、Dが10%の得票だったとすると、B,C,Dは落選。あわせて60%の票は死票となる。

得票数と議席数の乖離が大きい(=民意が反映されにくくなる)

仮に全選挙区で40%の票をとるA党と全選挙区で30%の票をとるB党があったとすると、B党は小選挙区での獲得議席はゼロになる。国民の30%に支持されていても(小選挙区での)議席ゼロ。
また、得票数が多い政党が議席数では負けるということも起こりやすい(得票数では勝ったクリントン氏がトランプ氏に敗れたアメリカ大統領選のように)。

一党独裁につながりやすい

ひとつ前の理由ともつながるけど……。
すべての小選挙区で50%の票を獲得できる政党があれば、その政党が小選挙区選挙においては100%の議席を占めることになる。
有権者の50%からしか支持されていないにもかかわらず国会内に敵がまったくいない状況になるわけで、政権の暴走につながりやすい。

投票率が下がる

小選挙区制だと、事前の調査で「有権者の20%にしか支持されていない候補者」はまず当選の見込みがなくなる。結果、応援している人でも投票に行ってもしかたがないということになる。
数人が当選する中選挙区制であれば、10%でも勝ち目があるから、投票に行く動機になる。

大政党の後押しのない候補者はまず勝てない

20%の票をとれば余裕で勝てる中選挙区制度と異なり、小選挙区制では少なくとも40%はとらないとまず勝てない。
結局、三バン(地盤、看板、カバン)がない候補者は勝てない。結果、著名人や二世議員ばかりになる。

大政党の政策が似たり寄ったりになる

半数近くの票を集めないといけない小選挙区では、広い層に支持されないと勝てない。結果、どこもほぼ同じ政策を掲げることになる。

選挙がネガティブキャンペーンの張りあいにつながる

小選挙区で2人が競っている場合には、相手候補者の1票を削ることはそのまま自分が1票獲得するのと同じだから(それどころか相手に入れるはずだった票を自分に入れてくれれば実質2票獲得するのと同じことになる)、相手の失策をいかにつつくかという選挙活動につながりやすい。


まあデメリットというのはメリットと表裏一体なので、「民意が正しく反映されない」ということも、少数意見を抹殺したい人間からするとメリットでしかないんだけどさ。
一党独裁だってスピーディーに物事を決められていいから、その党が良識ある行動をとっているかぎりにおいては長所と言えるし。
ネガティブキャンペーンも必ずしも悪いことばかりではなく、正当な批判はどんどんされたらいい。

とはいえ、現政権の暴走なんかを見ていると、メリットをはるかに上回るデメリットがあるように思えてならない。

それを防ぐために比例代表制と並列になっているわけだけど、比例は比例でデメリットがあるし(無所属の人に不利とか、誰からも票を入れてもらえないゴミみたいな候補者でも名簿にさえ載っていれば当選する可能性があるとか、芸能人を使って票を集めようとする政党が現れるとか)、「もっといい選挙制度があるんじゃないの?」というのがぼくの抱えている疑問。



前置きが長くなったけど、小選挙区比例代表並立制に疑問を持ったので『代議士のつくられ方』を読んでみた。

この本は2000年刊行。
小選挙区比例代表並立制が導入されてからはじめての衆議院選挙となった1996年の第41回衆議院議員総選挙を舞台に、当時新人だった平沢勝栄氏(自民党)の選挙活動を細かく描いている。
この選挙戦の様子が物語としても十分おもしろい。戦記を読んでいるかのよう。
各家庭がどの政党を支持しているかを調べるためにゴミまで調べるとか、創価学会(公明党)と幸福の科学(幸福実現党)ばかりが有名だけどそれ以外にも非常に多くの宗教団体が選挙に協力していることとか、「選挙ってここまでやるのか……」と感心する(というか呆れる)ようなことも。

この本の中でも、小選挙区制の問題点がいくつも指摘されている。

 中選挙区制では、同じ選挙区から議員が複数選ばれるので、新人が同じ政党の現職に挑戦することも珍しくはなかった。新人は公認を得るため自民党の派閥の領袖に頼ったり、公認をもらえなくても無所属として立候補して、当選後、自民党に入党する道を選べた。
 しかし新選挙区制度は、いわゆる「自己公認」の余地をなくした。一人しか公認できないから同じ党から出られないし、選挙法の改正で無所属からの立候補も不利になった。その上、無所属として当選しても、自民党入りは困難である。それは、もとからの自民党公認候補を追い出すことになるからだ。

 小選挙区制の導入によるさまざまな変化は、立候補者の決断にも、大きな影響を与えた。政治参入者から見ると、小選挙区制はハードルが高い厳しい制度である。当選の確率が低くなって、立候補の決断がなかなか難しいものになった。その上、選挙区の規模が小さくなったことによって、地元とのコネがない候補者には不利というローカルバイアスを生んだのである。
 以上の変化を背景として、候補者はだいたい三つの出身母体から出てくる。一番多いのは地方議員である。百七人の自民党新人候補者のうち、四十五人が地方議員経験者である。当選した全新人のうち、三六.五%の四十二人が地方議員出身者であった。自民党にしぼると、その割合は四六.九%にのぼる。
 次は二世議員である。百六十一人の二世議員が立候補して、百二十二人が当選した。自民党だけでも、四二.三%の百一人が二世議員だと言われる。それに続くのが、自民党議員の二二%を占める官僚出身者である。

要は、国会議員になるためのハードルが高くなったってことね。
現職議員にしたら喜ばしいことだろうけど、志や能力ではなくコネクションで当選するかどうかが決まってしまうってのは決していいことじゃないよね。


ううむ、知れば知るほど「小選挙区は大政党や現職には有利だけど国家にとってはデメリットばかり」な制度に思えてきたな……。

中でもいちばんの問題はこれ。

 安保も外交政策も、各政党にとって、重要な問題のはずであった。しかし、平沢を含む何人もの候補は「そんなものは票にならないよ」と一蹴した。
 その代わり候補者は、有識者の誰もが受け入れやすい政策を語り、受け入れやすい表現を使った。誰でも同意できる問題に対しては、それがあたかも自分が発案したかのように述べ、意見が分かれるような問題については、ごく皮相な見解だけを表明した。候補者百二十五人を対象にしたある調査で、八十八人の候補者が、政策はキャンペーンの中心ではない、と告白した。その理由として、彼らの半数は、「候補者がみんな安全で論争の余地のないことばかりを言っているから、誰の主張も似通っている。どの候補者も有権者から反発されることを言いたくないからだ」と言った。
 その結果、候補者は、有権者の間に政策論争によって波風を立たせず、いかに信頼感を醸成するか、ということに選挙戦略を移していった。政策についての立場の説明より、その政策を実行する能力があるのかどうか、あるいは、それを訴えるスタイルやイメージの方がより重視されたのである。

過半数近い票を集めないと当選しない小選挙区制で有効な戦略は「反対する人がほとんどいないことだけを主張」になる。
それはつまり「もっと子育てのしやすい国に!」とか「経済を安定させて失業率を下げます!」とか「安心して暮らせる町づくり」とかの、耳ざわりはいいけど「できるならとっくにみんなやっとるわ」という空虚なスローガンを並べるだけになってしまうということ。
「増税すべきか」「改憲は必要か」「米軍基地をどうするか」「原発はなくすべきか」みたいな真に必要な議論は、それが有権者を賛成と反対に二分する性質のものであるがゆえに大政党には避けられる。

その結果、大政党の唱える政策は似たり寄ったりになる。
少し前に自民→民主→自民と二度の政権交代があったけど、それぞれを支持していた人たちに「自民党と民主党の政策って何が違うんですか?」と聞いても、ほとんどは答えられなかったんじゃないかな。

さらに小選挙区制だと大政党に属しているほうが圧倒的に有利だから、いろんな候補者が大政党に集まってくる。その結果、自民党内が極右から中道左派までいろんな思想の持ち主の寄せ集めになって、ますます有権者には政党ごとの政策の違いがわからなくなる。

政策に違いがないから、選挙はイメージだけで戦うことになる。
それを肌で理解してうまく利用したのが小泉純一郎であり、民主党(現・民進党)はイメージだけで政権をとってイメージが悪化して没落した。
選挙では具体的な政策に言及することを避け、無難なことだけ言って自分のイメージを守りつつ、対立候補のイメージをいかに下げるかが重要になる。なんともつまらない選挙だ。

さらに大きな問題は、「改憲します!」とか「共謀罪つくります!」とか「増税します!」とかの本来なら選挙で国民に信を問うべき重要な問題が、選挙が終わってから議題に上がるってこと。
有権者からすると不意打ちで出されるわけだから「そんなこと選挙のときに聞いてませんけど。そうと知っていたら票を入れなかったのに」となり、ますます政治不信が強くなる。

小選挙区制を導入したときはこんなことになるなんてほとんどの人が予想していなかっただろうなあ。

選挙にカネがかかるのを解消するための小選挙区制導入だったわけだけど、結局カネがかかることには変わりはないし、汚職は別の法律で抑止すればいいわけだし、つくづく小選挙区制って害悪だらけに思える。
(派閥政治ってかつては害悪とされていたけど、今の状況を見ると民主主義的でいいやり方だったんだなあと思う)


これだけ情報化が進んでるんだから、もっと大きい選挙区単位で政治をやったほうがいいんじゃないのかなあ。
そもそも国政選挙なのに地元を代表するってのがおかしな話だし。

ま、小選挙区制はいつの時代も与党に有利にはたらくわけだから、改革される可能性は低いだろうけどね。


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2017年6月28日水曜日

表現活動とかけてぬか漬けととく/【読書感想エッセイ】村上 龍 『五分後の世界』


村上 龍 『五分後の世界』

内容(「e-hon」より)
5分のずれで現われた、もうひとつの日本は人口26万に激減していた。国連軍との本土決戦のさ中で、アンダーグラウンド兵士の思いは、こうだ。「人類に生きる目的はない。だが、生きのびなくてはならない」。

なぜか「まだ太平洋戦争が終わっていない世界」に迷いこんでしまった男。その世界では日本領土はアメリカと中国とイギリスとロシアに引き裂かれ、ゲリラ戦が横行する世界だった――。

なんというか「すごい小説だな」というばかみたいな感想しか出てこなかった。

「もしあのとき〇〇していたら歴史はどうなっていたか」という仮定世界は、SFでも歴史書でもわりとよくある設定だ。
「日本がポツダム宣言を受諾していなかったら、南方からアメリカが、北方からロシアが上陸してきて、朝鮮やドイツやベトナムのように分割統治されて代理戦争に使われていただろう」というのが『五分後の世界』の舞台だが、似たような話はこれまでにも聞いたことがある。さほど目新しい設定じゃない。

細かい設定はよく練りこまれているけど、ストーリーとしては起伏が少なくて退屈な部類に入るし、「主人公が別世界に迷いこんだ理由」も「なぜ別世界では時計が五分進んでいるのか」も「無事に元の世界に戻れたのか」も最後までわからない。小説としてはかなり不親切だ。

それでもこの小説をすごいと感じたのは、文章から伝わってくる圧倒的な熱感というか気迫みたいなものが尋常ではなかったからだ。

特に何十ページにもわたる戦闘の描写。ストーリー展開として、この部分はまったく必要ない。小説巧者である村上龍にそれがわかっていないはずがない。
それでも、しつこいほど丁寧に、戦闘の様子が描写される。
ただ戦闘が書きたかった、いや書かずにはいられなかったのだろう。

あとがきで村上龍はこう書いている。

約半分まで進んだ時に、突然「物語の設計図」とも言うべき三次元のパース画のようなものが出現した。「作る」のではなく、それまで何もなかった湖から恐竜が現れるように、ずっと以前からあって単に見えなかっただけだという風に「設計図」が、頭の中ではなく、現前に、見えるものとして、出現した。その後はマシンになって書いた。間違えたり、余分なものや不足なものがある時は、「違うよ」と「設計図」から指摘された。「物語の設計図」の奴隷になっていたわけではもちろんない。ただし、主人でもなかった。

作中でも登場人物に同様のことを語らせている。
読んだ身としては、さもありなんと思う。これほどの鬼気迫る文章を計算で書けるとは思えない。
筆力がすごすぎて、ただただ圧倒されるばかり。おかげでストーリーがうまく頭に入ってこない。熱すぎるステーキを口に放りこまれて味がまったくわからないような感じ。熱がありすぎるのも考えものだ。

村上龍の体験には遠く及ばないだろうけど、この「書くことが降りてくる」体験というのはぼくでもわかる気がする。こうしてブログを書いていても、ときどき自分でもまったく思っていなかった方向に筆が進んでいくことがある。書くことが次々に湧いてきて、書き手の仕事は「それを表すための適切な表現を探す」ことだけとなる。ある程度の量を書いていると、ときどき体験できる感覚だ。


昔は、表現活動というものは個人の仕事だと思っていた。表現者がゼロから生みだすものだと。
でも最近になってそうではないと思うようになった。表現者は「つくりだす」というよりも「介する」に近いのではないだろうか。表現するものはすでに存在していて、クリエイターの仕事というのはそれらに形を与えてやるだけ。
ぬか床にキュウリやナスを入れておくと、ぬか漬けができあがる。人がやることは「漬ける」「取りだす」ことだけで、ぬか漬けを「つくる」のは乳酸菌や酵母などだ。
創作もこういう行為なんじゃないかな。
インプットが多いほどたくさん取りだせるし、長年やっている人ほどぬか床も成熟して味わい深いものができる。腐らせにくくする方法も知っている。だけど最終的にどんな味のぬか漬けができるかは人智の及ぶところではない。

ブンガクにかぎらずあらゆる表現活動は、個人の創意工夫が発揮されるところはじつはすごく少なくて、もっと社会や時代に影響されてしまう公的な活動なのではないだろうか。





作中で描かれる "ポツダム宣言を受け入れた世界" に生きる日本人は、ものすごく美しく描かれている。

「沖縄を犠牲にして無条件降伏した場合は、最終的にアメリカの価値観の奴隷状態になるという予測が出ました、経済的な発展のレベルは何段階かありますが、結果は基本的には同じことで、つまりアメリカ人が持つある理想的な生活の様式をとり入れて、そのこと自体を異常だと気付かないということ、文化的な危機感は限りなくゼロに近づいていくので、例えば日本人だけが持つ精神性の良い部分を、アメリカが理解せざるを得ないような形にして発信するという可能性はなくなります、そうですね、アメリカでとてももてはやされている生活のスタイルがそのまま日本でももてはやされる、それに近い状況になるということでしたね、外交面では特にその傾向が強くて、日本の政治力、政治的影響力は国際的にゼロかもしくはマイナスになります、マイナスという意味は、日本の外交能力のなさ、外交政策決定力のなさが国際的なトラブルの原因になることもあり得るということです、具体的に言うと、アメリカ人が着ている服を着たがる、アメリカ人の好きな音楽を聞きたがる、アメリカ人が見たがる映画を見たがる、アメリカ人が好きなスポーツをしたがる、ものすごく極端に言えば、ラジオからは英語が流れて、街の看板もアルファベットばかりになり、人々は金色や赤に髪を染めて、意味もわからないのにアメリカの歌に合わせて踊る、というところでしょうか、そしてそれが異常なことだと気付くことができないくらいの奴隷状態に陥る、それにしてもあなたを見てると、やはりシミュレーションにすぎないということがよくわかります、あなたは髪を金色に染めたりしていません」
 マツザワ少尉はそう言って小田桐に笑いかけた。いや本当は今あなたが言った通りなんです、と小田桐は言おうとして、止めた。

一方で戦うことを辞めて生きる日本人は「非国民」と呼ばれ、"退化した人間" として醜悪に描かれている。

こういう価値観は、戦後平和教育にどっぷり漬かって育ったぼく個人の考えとはあまり合わないのだけれど、でも今の日本のありかたが正しいのかと言われるとそれもまた疑問に感じる。

最近、堀井憲一郎『落語の国からのぞいてみれば』という本を読んだのだけれど(⇒ 感想)、つくづく日本人の価値観って近代以前と以後でまったく違うものだなあという印象を受けた。
転機のひとつは明治維新。もうひとつは第二次世界大戦での敗戦。
どちらも西洋の文化を急速にとりいれていて、だけど近代以前の価値観も残っているわけだから、木に竹を接いだようにひずみが生じている。

個性を大事にしなさいよと言いつつ自分のことは卑下するのが美徳とされるとか、
経済成長が大事だよと言いつつ倹約や清貧が高く評価されるとか、
効率が大事とか仕事だけが人生じゃないと言いつつもまじめにこつこつ働きなさいと言われるとか、
男女平等だと言いながらも男は仕事を女は家事を期待されることとか。
まったくもって矛盾だらけだ。

そういう矛盾をいちいち真に受けていたら発狂してしまうからぼくらはどうにかこうにか折り合いをつけて生きているわけだけど、それってすごくめんどくさい。
『五分後の世界』に生きる日本人たちは、こうしためんどくささを抱えていないように見える。
「シンプルな枠組みの中で生きている人たち」としてかっちょよく描かれてるんだけど、それを美化してしまうのはちょっといただけないと思う。


今も一部の人が「教育勅語の時代を取り戻そう」「戦前のやり方を見なおそう」なんてラディカルなことを言っていて、単純明快なその主張は単純であるがゆえにそれなりの支持を集めている。
だけどそれは、わかりやすい論理の多くがそうであるように、あまりにも非現実的で楽観的なものの見方だ。

今の社会システムは矛盾だらけだから絶えず改善を繰り返していく必要があるけれど、今ある建物をぶっ壊して更地にしてしまって一からきれいな街並みをつくりましょう、と唱える人をぼくはまったく信用できない。
革新、刷新、維新、リノベーション。そういう言葉は耳ざわりはいいけど、実務家の発言ではない。

よくいるでしょう、組織の長に就任したとたんに「何か変えなくちゃ!」という観念に囚われて前任者のやり方をすべて否定して、さんざんシステムをめちゃくちゃにして責任をとらない人。他のメンバーがなんとかうまく立て直したら、いいところだけ取り上げて「私が思い切った改革を断行したおかげでつぶれかけた組織が立ち直した」と手柄だけ主張する人。
変えることが仕事だと思っている人。

ビジョンとして「理想の社会」を持つのはかまわないけど、為政者は今の社会を「0.1%だけマシにする方法」を積み重ねていかなければならない。
建物の場合は増築・改築をくりかえすよりもいっぺん更地にしてから建てなおすほうが早かったりするけれど、1秒たりとも途絶えてはならない教育や福祉や経済を扱う上では、そういうやり方は許されない。
許されるとしたら戦争や自然災害でシステムが致命的にダメージを負ったときだけで、だからラディカルな復古主義を提唱する人は心のどこかで戦争や大災害を望んでいるように見える。東日本大震災の後も「これを機に新しい都市計画を!」と、まるでこうなることを待ちわびていたかのように嬉々としてシステム一新を提唱する人がいっぱい湧いてたし。

子どもはいたって単純明快なルールの中に生きていて、世の中の矛盾を感じたり息苦しさを感じたりすることはほとんどない。
それはすごくうらやましいことだけど、大人もみんなそういう生き方をしましょうってのはあまりに思慮がなさすぎる。

おもいきった革新。力強くてシンプルな生き方。
それって傍目にはかっこいいけど、小説で味わうだけにしといてほしいなあと、ぼくはアメリカ人が食べるようなはちみつたっぷり激甘ヨーグルトを食べながら思う。


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2017年6月26日月曜日

ぼくらと江戸っ子はべつの生き物 【読書感想エッセイ】堀井憲一郎 『落語の国からのぞいてみれば』

目次
数え年のほうがわかりやすい
昼と夜とで時間はちがう
死んだやつのことは忘れる
名前は個人のものではない
ゼニとカネは別のものである
五十両で人は死ぬ
みんな走るように歩いてる
歩くときに手を振るな
生け贅が共同体を守る
相撲は巨大人の見世物
見世物は異界の入り口
早く結婚しないといけない
恋愛は趣味でしかない
左利きのサムライはいない
三十日には月は出ない
冷や酒はカラダに悪い



落語通のコラムニストによる「落語を通して語る、現代と江戸時代の"違い"」。

ポイントは"違い"であって"比較"じゃないってこと。
どういうことかというと、そもそも比較できるようなものじゃないってのが筆者の主張。

たとえば数え年。

満年齢を数え年に換算することはできるけど、年齢の概念が今と昔ではちがうのだから換算することに意味がない、と書いてある。
 
 生まれたての赤ん坊は一歳。正月が来ると二歳。正月が来るごとに一つずつ歳を取る。それが数え年だ。
 この数え年の説明文を読むと、いつも違和感がのこる。それは満年齢が普通の数えかたで、数え年は昔の不思議な風習のように書かれているからだ。それはちがう。
 満年齢は「個人」を中心にした数えかた、数え年は「社会」からみた数えかた、そういう違いでしかない。
 戦国武将の年齢を調べてるときに気がついた。
 織田信長。
 彼は一五三四年に生まれて、一五八二年に死んでいる。
 さて、満何歳で死んだのでしょう。
 満年齢での死亡年齢を知るためには、これから信長の誕生日を調べ、殺された日を調べて、本能寺にお詣りに行って、冥福を祈って、おのれ光秀め、とひとことくらい言わないとわからないわけだ。
 本能寺の変はまだ有名だからいいですよ。調べやすい。徳川家康が天婦羅を食って死んじゃった日はいつなのか。かなり詳しい本を見ないとわからない。誕生日がわからない偉人も多い。誕生日がわからなければ、死んだ満年齢は正確にはわからない。
 つまり満年齢というのは、誕生日と死んだ日というきわめて個人的な情報にもとづくプライベートな年齢なのだ。数え年なら早い。1582-1534。信長は数え四九で死んでいる。引き算一発である。ま、引いて1足さないといけないですけどね。
 満年齢思想の背後には「まず個人が存在する」という思想がある。それは "キャラクターを持たなければいけないという病い" と連動してしまっている。

なるほどねえ。

大人になると、誕生日なんてどうでもよくなるもんね。仕事で知り合った人の誕生日なんかいちいち訊かないし。うっかり誕生日を聞いてたまたま「今日なんです」なんて言われてしまった日には、「うわ心底どうでもいい情報ゲットしちゃったよ」と思ってても「それはそれはおめでとうございます」なんて言わなくちゃいけないし、言われたほうも「30すぎたおっさんの誕生日の何がめでたいんだよ」と思いながらも「どうもありがとうございます」と言わなくちゃいけない。誰も得をしない。
生きている人の誕生日ですらどうでもいいのに、死人の誕生日なんか何の役にもたたない。せいぜい「あの子も生きていたら147歳か……」と数えるのに用いるぐらいだ。147歳は生きてねえよ。数えてるやつは何歳だよ。
命日は墓参りとか死亡推定時刻の特定に使ったりするけどね。

昔は、よほど身分の高い人以外は誕生日を意識しなかったらしい。
だから平民の出である豊臣秀吉の誕生日が一月一日なのは後から適当につけたから、とある。なるほど。
満年齢が公式に採用されるようになったのは1950年からということだけど、意外と最近だね。歳の数え方も、個人を尊重する戦後民主主義の賜物なんだね。

言われてみれば、数え年のほうが便利な気がする。競走馬は数え年で数えるらしいし(ただし生まれた年が0歳なので江戸時代の数え年とは1歳ちょっとちがう)。
「○○さんって何歳ですか?」
「30歳です」
「ほんとですか。私と同じだ。何月生まれ?」
「5月です」
「ああ、じゃあ学年でいったら私のほうがひとつ上ですね。私、早生まれなんで」
みたいなやりとりをいちいちしなくちゃいけないのはめんどくさいもんね、満年齢だったら。
学年にあわせて「4月1日になったら全員歳をとる」って制度にしたら、年齢の差=学年の差になって計算が楽になるね。





江戸時代の旅といえば徒歩の旅。
江戸から京都でも、大阪からお伊勢まででもみんな歩いた。

「たいへんだっただろうなあ」と思っちゃうけど、その感想もピント外れだと堀井さんは指摘する。
 
 歩くしかない時代には、歩く旅のことを、大変だとも、のんびりしてるとも、おもっていない。おもえないです。あたりまえだけどね。だって、歩くしかないんだもん。
 たとえばいま二十一世紀初頭、東京の日本橋から京都三条へ行くとする。とりあえず日本橋から近距離ながらタクシーに乗って東京駅八重洲口へ。新幹線のぞみに乗り、二時間少々で京都駅へ。地下鉄烏丸線で烏丸御池駅まで出て、烏丸三条から三条大橋まではバスに乗りましょう。そんなもんでしょう。オッケー。
 ただこれを三十五世紀から来た未来人に話したとして「あら。どうしてソゴンドブを使わないんですか」と言われてもどうしようもない。ソゴンドブ。いや、おれも知らないけどね。二十一世紀の人間だし。三十五世紀の移動方法は想像つかないです。でも三十五世紀の人間はソゴンドブで移動するのが当たり前になっていて、ソゴンドブって何かわからないけど、でもソゴンドブだと日本橋から三条まで四十五分で着くらしい。三十五世紀人に「ソゴンドブで移動しないとは、ずいぶん大変ですよねえ」と言われても、「ソゴンドブを使わないなんて、ずいぶんのんびり優雅な旅をなさるんですねえ」と言われても、おれはどうしようもない。
 そういうことです。


言われてみれば、移動手段も寿命も生活様式も金銭感覚もなにもかもがちがう中で、移動時間だけを比較してああだこうだいってもしょうがないよね。
もうまったくべつの生き物だというぐらいに考えたほうがいいのかもね。カタツムリが1日に数メートルしか移動しないのを「のんびりしてるなあ」ということに意味がないように。

この「異なる文化だから換算できない」という意識は、堀井さんもくりかえし書いているけど、気をつけてないと忘れちゃうよね。
ぼくらはすぐに換算してしまう。「日本円でいったら〇〇円だ」とか「人間でいったら〇〇歳だ」とか。そうするとよく考えなくてもわかったような気になっちゃう。
でも江戸の暮らしは江戸のものさしで見ないとほんとのところは理解できない。ブルキナファソのことを知りたいと思って、ブルキナファソの面積は日本の約70%で人口は約14%で物価は……と読んでもブルキナファソ人の感覚は何もわからないのと同じで。ブルキナファソってのはアフリカの国らしいです。

江戸時代の人々の感覚を知るには江戸時代に行って生活してみるのがいちばんだけど、今のところ現代日本と江戸時代の間に国交はないから、落語を聴くのがいちばん手っ取り早いのかもしれない。江戸しぐさを身につけるって方法もあるけどどうもあれはウソらしいし。いや、落語もウソだけどさ。





この本で解説されている「江戸時代の人の感覚」は、説明を読むとなるほどそうだよねとすとんと落ちるところがあって、江戸の暮らしを我がことのようにとらえればとらえるほど逆に「今の我々の暮らしってものすごくおかしなことをしてるんじゃないか」という気がしてくる。

もちろん今の暮らしのほうが圧倒的に便利になってるし自由に生きられるようになってるしいいことのほうが多いけど、学校を出て就職しなくちゃ社会からあぶれてしまうこととか、ひとりひとりが個性的に光り輝かなくちゃいけないこととか、世界でいちばんの相手を見つけて恋愛して結婚しなくちゃいけないこととか、自由を得た結果かえって不自由な生き方をしているような気がする。


繁殖適齢期になったら本人が好むと好まざるとにかかわらず周りの人たちがかかあを見つけてくる。相手が死んだらすぐに別の相手を見つける。今日食う分を稼ぐ。生きられなくなったら死ぬ。
動物としては江戸時代のやりかたのほうがずっと正しいよね。
「生きるうえでの目標」や「理想の自分像」や「運命の伴侶」についてあれこれ考えることこそが人間らしい営みだといってしまえばそれまでなんだけど、そうはいってもぼくたちは動物なんだから、動物的な生き方を捨ててしまっては滅びてしまう。
そうやって滅びつつあるのが今の日本の状況、かもね。

 
 



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2017年6月19日月曜日

圧倒的スピンオフ作品……!『中間管理録トネガワ』【読書感想】


萩原天晴/原作 橋本智広/漫画 三好智樹/漫画

『中間管理録トネガワ』

内容(「e-hon」より)
帝愛グループ会長・兵藤和尊の命で、債務者たちによる「死のゲーム」の企画を任された幹部・利根川幸雄!! 早速、企画会議を開く利根川を待っていたのは、受難…!! 煩悶…!! そして絶望…!! 会長と黒服の間で苦悩する利根川を描く、悪魔的スピンオフ、始動……!!

福本 伸行『カイジ』シリーズのスピンオフ漫画。
原作の連載がストップしているから場つなぎ的に連載しているのかな……と期待せずに読んだら存外におもしろかったので5巻まで一気に買ってしまった。原作は買ってないのに。
いやあ、笑った。

スピンオフが成功するかどうかの鍵として "原作に対する愛情" があるかどうかが重要なんだけど、まったく問題なし。絵柄、コマ割、セリフ回しなどどれをとってもカイジ。福本伸行本人が描いた『中間管理職トネガワ』も同時収録されているけど、何も知らされなかったらどっちがご本人が描いたものなのかわからない。

「圧倒的〇〇」「悪魔的〇〇」といった "福本節" も元々がシリアスとギャグのスレスレだから、ギャグに仕立ててもちっとも違和感がない。というかぴったりハマる。
「なっとらん…! まるで……! 手洗いとは……ただ泡を立て水で流せばいいという単純なものではないっ…!」
たいしたことは言ってないのに、あの口調で語るだけでギャグになってしまうのは原作の力か。

実はたいしたことを言ってないのにね

原作では冷徹な悪人として描かれていた利根川を、上司を立てて部下を想い組織を守ろうとする優れた中間管理職として描いているのも見事。
だめな部下にもあたたかい目を注ぎ、できる部下には少し嫉妬し、上司の前ではついいい恰好をしてしまう。そんな人間味のある主人公を中心に据えたことで、一見無個性な黒服たちも回を重ねるごとに活き活きと輝いている。
トネガワさん、いい上司だなあ。

5巻まで読んだけど失速しない。もうパロディの枠を超え、独自のキャラも増えて『トネガワ』オリジナルのストーリーが回りだしている。
原作がちっとも進まないから追い抜いてしまうんじゃないだろうか、というのが心配点だね。

ちなみに、別のスピンオフ作品 『1日外出録ハンチョウ』 も同じくらい高いクオリティでおすすめ。



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2017年6月18日日曜日

【読書感想エッセイ】 大崎 善生 『赦す人 団鬼六伝』

大崎 善生 『赦す人 団鬼六伝』

内容(「e-hon」より)
昭和6年。文士と親しく交流する女優の母と相場師の父との間に鬼六は生れた。純文学を志すが挫折、酒場経営で夜逃げ、一転中学教師を経て、SM作家として莫大な稼ぎを得る。しかし、映画製作や雑誌の発行に乗り出し破産。周囲は怪しげな輩が取巻いていた…。栄光と転落を繰返す人生は、無限の優しさと赦しに貫かれ、晩年に罹患した病にさえも泰然としていた。波瀾万丈の一代記。

人気SM小説作家として財をなしながら、趣味の映画制作や将棋雑誌の刊行に財産をつぎこんでは破産するという激しい浮き沈みの人生を送った団鬼六の生涯を描いた本。

団鬼六の人生は豪放磊落すぎて、平凡な小市民であるぼくからするとうらやましいとも愚かだとも思わない。べつの動物を見ているような気がする。

 鬼六は自分が変態エロ小説を書いていることが三枝子にばれることをただひたすら恐れていたらしい。だから家で執筆活動をすることはできない。必然的に原稿を書く場所は学校ということになる。そのような事情で、現役中学教師が学校でSM小説を執筆するという伝説ともいえる事態が発生することになる。休み時間に用務員室で書いている分にはまだよかったが、毎月の連載物なので締め切りに追われることもある。すると鬼六は教室で「今日は自習」と一言大きな声を張り上げて、自分は教壇の机に向かって『花と蛇』をやおら書きはじめる。三崎の太平洋を望む小高い丘の上の中学校で、そんな奇跡のような光景が繰り広げられるのだ。

こんなむちゃくちゃなエピソードがごろごろ出てくる。

この本を読んだ後に団鬼六の代表作『花と蛇』を読んだが、なんとも美しくて驚いた。
いや、もちろんSM官能小説だから書かれていることは下劣な内容なんだけど、なんとも不釣り合いな美しい日本語でつづられているのだ。
豪奢な帯は薄皮をはがされるようにキリキリ引き剥がされていき、静子夫人の身体はコマのように廻ってその場に顛倒する事になる。その瞬間、着物の裾前は大きくはね上って下着の裾が濃淡の花を散らしたように晒け出た。そして、その中に陶器のような光沢を持つ夫人の脛のあたりがはっきりのぞくと、女たちはさらに凶暴な発作に見舞われたように夫人の上にのしかかっていく。
(団 鬼六『花と蛇1 誘拐の巻』より)

1950年代に発表されたものだから、ということをさしひいてもこの流麗な文章はSM小説には美しすぎる。
でも文章が美しいことって、官能小説にとってはあんまりいいことじゃないような気がする。汚い言い方をすると「勃たない文章」なのだ。AVに美しい風景や感動的な音楽があってもじゃまでしかないように、官能小説に美しすぎる文章は妨げにしかならないように思う。だって美しい小説を読みたくて官能小説を手に取るわけじゃないんだもの。

でもそこはさすがというべきか『花と蛇』は、文章は華麗だけどストーリーはとことん俗悪だ。男にとってのご都合主義にあふれ、リアリティも意外性もない。
このへんのバランス感覚が見事で、団鬼六が本当に書きたかった純文学の道では成功しなかったけど大衆文学・官能小説が売れたのは、持ってうまれたエンタテインメント性のためなんだろうね。

たとえば『赦す人』にはこんな一説がある。

 ペンネームも決まり、いよいよ『花と蛇』を書きはじめるに当たり、鬼六は生まれて間もない長男秀行を背負って城ヶ島に渡ったという。そして太平洋を望む岩場に立ち尽くした。容赦のない荒波が足元の岩で砕け、何重もの白い飛沫となって散っていく姿を眺めながら、鬼六は背の乳飲み子にこう囁きかけたという。
「お父ちゃん、これからエロを書くからな」
 長男坊を背に太平洋に向かってそう誓う鬼六はこのとき三十二歳。
 足元に砕け散る波に向かって叫んでいた。
「エロ一筋でお前を育てていくからな!」
 すべてをかなぐり捨てたエロ小説家、団鬼六誕生の瞬間である。

これを読んでぼくはこう思った。
「いやいや、ぜったいに "盛ってる" やろ!」

話がおもしろすぎる
まちがいなく嘘だ。

いや、著者である大崎善生さんが嘘を書いたのではないと思う。彼は、きっと団鬼六本人から聞いたとおりに書いたのだと思う。
そして団鬼六自身も嘘をついた自覚はないにちがいない。このエピソードを何度も語っているうちに、聞き手を楽しませるために少しずつ脚色を加えてゆき、この形になったのだろう。本人もこれこそが真実だと思っていたことだろう。
そういう「相手を楽しませるために嘘をついてしまう」タイプの嘘つきという人は存在する。そして彼らに才能があれば一流のエンターテイナーになる。団鬼六はこういうタイプの人だったのだ。知らんけど。

そしてそういう人だったからこそ、いろんな人が周りに集まり、悪いやつらには利用され、各方面には迷惑をかけながらも「しょうがない人だな」と呆れられながら赦されたのだろうな。



それにしても。
大崎善生さんは他にも『聖の青春』『将棋の子』など、将棋の本をいくつか書いている。いや、将棋の本というのは正確ではない。「将棋に関わる人の本」、もっといったら「将棋に人生を狂わされた人の本」だ。
『聖の青春』では命を削って将棋に人生を賭けた棋士・村山聖の生涯を、『将棋の子』ではプロ棋士を目指しながら夢破れた男たちの姿を書いている。そして『赦す人』で書かれるのはやはり、将棋にはまって財産を投げだしてしまう団鬼六の姿だ(団鬼六は将棋そのものというより棋士に対してお金を使ったわけだけど)。

将棋というものは人生を狂わせてしまうほど魅力があるものなんだなあ。

ぼくはそこそこの将棋好きで、アプリで将棋ゲームをしたり詰将棋を解いたりはする。
だけど人との対戦は嫌いだ。オンラインの対局ですらしたくない。コンピュータ相手の将棋しか指さない。
それは、将棋で人に負けるとめちゃくちゃ悔しいからだ。スポーツで負けることの比にならないぐらい悔しい。
ひとつには、将棋は頭脳戦だということ。そして運が入りこむ余地がまったくないこと。ついてなかったな、という言い訳ができない。将棋で負けたら「おまえはバカだ」と言われているように感じる。全人格を否定されているようだ。

小学生のときは友だちと将棋を指すと、たいてい喧嘩になるか、負けたほうが不機嫌になるかで、いずれにせよ終わった後は気まずい空気になった。
高校生ぐらいになるとある程度は「負けっぷり」も意識して、負けても笑って「いやああの手はまずかったなあ」なんて余裕をかますことができるようになったけど、それでも内心はおもしろくなかった。

だからプロの棋士はすごいと思う。棋力はもちろん、精神力が。「あんな嫌な思いをする道を選ぶなんて」と思う。
強くなれば強くなるほど負けるのが悔しくなるという。遊びの将棋で負けても人間性を否定されたような気がするのだから、プロの将棋ならその口惜しさたるやいかほどだろう。

ぼくのように心のせまい人間にとって、将棋は人間とやるもんじゃない。
観戦するか、文句を言わないコンピュータ相手に「待った」をくりかえしながらなんとか勝つぐらいにしとくのがいいね。



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2017年6月15日木曜日

【読書感想エッセイ】我孫子武丸 『殺戮にいたる病』


我孫子武丸 『殺戮にいたる病』

内容紹介(e-honより)
永遠の愛をつかみたいと男は願った―。東京の繁華街で次々と猟奇的殺人を重ねるサイコ・キラーが出現した。犯人の名前は、蒲生稔!くり返される凌辱の果ての惨殺。冒頭から身も凍るラストシーンまで恐るべき殺人者の行動と魂の軌跡をたどり、とらえようのない時代の悪夢と闇を鮮烈無比に抉る衝撃のホラー。

読む前に「驚きの結末」「かなりエグい話」という前評判を聞いていた。

いくつか「驚きの結末」「ラストの大どんでん返し」系のミステリを読んでいる身としては、「たぶん○○は××じゃないんだろうな」と思いながら読むわけで、そういう読み方をしてしまうと正直『殺戮にいたる病』のトリックは予想の範疇だ。
「ははあ、語り手が交代しながらストーリーが進むということはあのパターンね」と思ってしまうわけで、その予想通り「ま、そんなことじゃないかと思ったよ」という結末である。
母親パートのミスリードが強引でフェアじゃないしね。

とはいえ『殺戮にいたる病』が平凡なミステリであるという気はまったくない。
ひとつは、この作品が1992年に発表されたということ。25年前の作品をつかまえて「この手のトリックはもう使いふるされてるよね」とのたまうのはフェアじゃない。25年前にこの作品がミステリ界に与えた影響は並々ならぬものだっただろうと容易に想像がつく。


『殺戮にいたる病』が非凡な作品であるもうひとつの理由は、まったく容赦ないグロテスクな描写で、この点に関しては25年たった今でも少しも古びていない。

「今度の犯人にも、その……タナトス・コンプレックスが感じられると?」
「そう……そういうことになるかな。筋金入りのネクロファイルだという気がする。大抵の屍姦者には多かれ少なかれサディズムの傾向が見られるものだ。その暴力的傾向が高まるがゆえに相手を死に至らしめてしまう。死体を責め苛む。またそれによって快感を得る。――今度の犯人は、快感を得るためでなく、死体の一部を切り取り、持ち去った。一部でもいいから手元に置いておきたかったのだと思う。フェティッシュな死体愛好者だ。モノとなり、肉塊となっても愛せる男だ。
 アメリカのエド・ゲインという男は、十年余りの間に二人の女性を殺し、また、九人の女性の死体を墓場から掘り起こして家に持って帰り、性的満足を得ていた。そのどれもが満月の夜に行われたそうだ。彼は死体の一部を食べたり首を切っただけでなく、剝いだ皮膚でチョッキを作ったり皮椅子を修理したり、ベルトを作ったりもしていた。
 また、一九七二年から合計八人の女性を殺し、繰り返し屍姦を行ったエドマンド・ケンパーという男もアメリカにいる。この男もイギリスのクリスティと同様、生きている女相手では不能になるのではないかと恐れていたようだ。血を洗い流した死体とさまざまな性行為に耽り、首なし死体とでもセックスしたという。今度の犯人が、切り取った性器をセックスの道具に使ったとすれば、ケンパーの上を行くネクロファイルだといえるだろう」

ちなみにこの引用部分は、比較的マイルドなところだからね。ただの会話文だし。
犯人がとる行動の描写たるや、ここで引用するのは気が引けるほど。

ぼくは飯を食いながら解剖の話を読んでも平気なぐらいグロテスクな描写に耐性のあるほうだけど(そしてお行儀の悪いほうだけど)、『殺戮にいたる病』で犯人が屍体の一部を切り取って持ち帰るシーンではさすがに「これを読むのは精神的にきついな……」とため息が出た。

ようこんなの書けるわ、と作者に対して感心半分、呆れ半分。


シリアルキラーを主軸に据えたミステリには 殊能将之『ハサミ男』 という白眉があって、これはシンプルながらよくできたトリックがあり、読み終えた後に表紙をもう一度見て「あーそういうことかー」とつくづく感心させられた。
巧みながらわかりやすいトリック、ラストの意外性、後味の悪さ(ぼくは後味が悪い小説が好きなんでね)と、『ハサミ男』のほうは人にも勧められる作品だ。
でも『殺戮にいたる病』はよくできたミステリだけど、人には勧められない。自分の人間性を疑われそうで。
「殺人犯が人を切り刻む描写がいい小説ない?」と聞かれたときには、自信を持ってこの作品を勧めようと思うけどね。どんな質問だ。




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2017年6月14日水曜日

【読書感想エッセイ】NHKスペシャル「消えた子どもたち」取材班 『ルポ 消えた子どもたち』

NHKスペシャル「消えた子どもたち」取材班

 『ルポ 消えた子どもたち』

内容紹介(e-honより)
一八歳まで自宅監禁されていた少女、車内に放置されミイラ化していた男の子―。虐待、貧困、保護者の精神疾患等によって監禁や路上・車上生活を余儀なくされ社会から「消えた」子どもたち。全国初の大規模アンケート調査で明らかになった一〇〇〇人超の実態を伝えると共に、当事者二三人の証言から悲劇を防ぐ方途を探る。二〇一四年一二月に放送され大きな反響を呼んだ番組取材をもとに、大幅に加筆。

いろんなケースが紹介されるけど、やはり18歳になるまで家の中に監禁されて、学校に一度も通わせてもらえなかった女性の話のインパクトが強烈。
もちろん学校や教育委員会も彼女が一度も学校に来ていないことは把握していたが、ずっと放置していた。

(中学二年相当)今後の対応について、学校と教育委員会、児童相談所、民生委員らで協議した。児童相談所は、学校と親との関係が保たれているように見えたこと、就学前に虐待の情報がなかったことなどを評価して、虐待のおそれは低いと判断してしまった。この判断に基づき、児童相談所が直接介入するのではなく、親との関係を持っている小学校が家庭訪問を繰り返し行い、児童相談所と教育委員会が適宜連絡を取り合う方針とした。

「虐待のおそれは低いと判断してしまった」という記述に驚いた。
小学校にも中学校にも一度も来ない児童が「虐待のおそれが低い」んだったら、いったいどのケースが虐待になんねん! と思うんだけど。

彼女は18歳のときに自力で逃げだして救出されるんだけど、その後は監禁していた母親の言い分ばかりが聞き入れられ、母親に対して科せられたのはなんと罰金10万円。

人を18年間監禁して罰金10万円。
ううむ。被害者である女性が厳罰を望まなかったから、ってのもあるらしいんだけど、はたして18年監禁されて学校にも一度も行ったことのない人が監禁を解かれてすぐに下した判断を正常な判断とみなしていいのか。
こういう判決が出てしまうと「親は、我が子を殺しさえしなければどれだけ虐待してもほとんど罰は受けない」ということになってしまうよなあ。


また、こんなケースも紹介されている。

 たとえば、十七歳(二〇一四年当時)の少年が祖父母を殺して金を奪ったという事件。これだけ聞けば、なんという凶悪な少年だ、と思うだろう。実際、まさにこの原稿を書いているときに二審の判決が出たが、懲役一五年の刑が言い渡された。
 しかし、この子もまた小学校5年から学校に通わせてもらえず、公園やラブホテル、簡易宿泊所を転々とし、母親からネグレクトされ、養父から暴力を受けて生きてきた「消えた子ども」のひとりだった。少年自ら働き、ゲーム浸けの母親と新たに生まれた幼い妹の面倒を見るも、母親の浪費によって金は尽き、少年自身が祖父母などの親戚に無心する生活だった。ついに断られるようになり、母親に「殺してでも金をとってこい」と言われた末の犯行だった。

もちろん同じ境遇でも殺人を犯さない人もいるだろうからこの少年が無罪だとは思わないけど、どう考えたって母親のほうに責任がある。
このケースで母親に下された処罰はわからないけど、まちがいなく直接手を下した少年よりは軽いはず。

「子どもは親の所有物だからある程度は自由に扱っていい」という近代的な意識が判決にも影響を与えているように思える。


さまざまな "消えた子ども" の話を読んで、手塚治虫の『奇子』という漫画作品を思いだした。
戦後すぐの農村を舞台に、家族にとって都合の悪い出来事(身内の殺人)を目撃してしまったがゆえに10年以上土蔵に閉じ込められてしまう少女の生涯を描いた話だ。ムラ社会の醜悪な部分を露骨に描いた作品である。
また、藤子・F・不二雄にも『ノスタル爺』というSF短篇があり、これも土蔵に閉じ込められる男が描かれている。
『奇子』も『ノスタル爺』もフィクションだけど、近代以前の日本の農村を描いた作品には「扱いに困った家族を土蔵に閉じ込める」というモチーフは決してめずらしいものではない。
家制度が強かった時代、家長の大きな権力、恥の文化、農村の広い屋敷。そういう「閉じ込めやすい」条件が重なっていた時代だから、監禁はめずらしいことではなかったんだろう。経済的な事情で学校に来ない子も多かっただろうし、戸籍制度も今ほどしっかりしていなかっただろうし。
アクシデントでも起こらないかぎりは閉じ込めたほうも閉じ込められたほうも語らない(語れない)から明るみに出たのはごく一部だったんだろうけど。

だから「家族を幽閉する」という行為は異常なことではあるけれど、ごく一部の異常者だけの話かというとそんなことはない。
ほとんどのケースにおいて「閉じ込める人」「閉じ込められる人」の他に、「見て見ぬふりをする人」の存在があるわけで、たぶんいくつかの条件さえ重なってしまえば、ほとんどの人は「見て見ぬふりをする人」にまわりうる。

そういう「一定の割合で起こりうる悲劇」を100%防ぐことはできないし、対策としては意識を高めるとかじゃなくて制度的に早めに検知できるようにするしかない。



このルポはすごく意義のある調査だったんだけど、著者が書いている
「どうして教師が気づいてやれなかったのか」
「地域で見守っていくことが大事」
といった主張にはまったく共感できない
個人の責任に帰していてもぜったいに状況は良くならない。

家庭内で虐待されている子どもを救いだすことは教師の仕事じゃない。
専門知識もないし、そんなことやってたら学校に来ている児童の相手がおろそかになるだけ。
もちろん教師には「学校に来ていない子がいる」「どうも家庭内で暴行を受けているようだ」を報告する義務はあるけれど、そこから先は児童相談所なり民生委員なりの仕事だ。
虐待、親の経済的事情、親の精神病。子どもを学校に通わせない親にはさまざまな事情があるのに、すべての教師が万能に対応できるわけがない。

「地域で見守っていくことが大事」って主張も、何をねぼけたこと言ってるの? としか思えない。
もちろん地域のコミュニティが子どもを見守れたらいいけど、これから先、地域ネットワークが今より強固になることなんて100%ありえない。だいたい昔のムラ社会ですら防げていなかったのに、密閉性の高い家に住みプライバシー意識が高まっている現代でどうやって気づけって言うのか。

本気で防ごうと思ったら個々の努力に委ねるのではなく、システムをきちんと整備するしかない。
一定日数学校に来ていない、市区町村の健康診断や予防接種を受けていない、そういった児童がいれば必ず面会する。親だけでなく子どもにも会う。拒む親に対しては法的拘束力を行使する。児童相談所、民生委員には今以上の権力を持たせて、疑いがあれば半ば強引に調査することを可能にする。

もちろんこのやり方ですべての "消えた子ども" を助けることはできないけど、早期に発見できる可能性はかなり高まるはずだ。
「教師が注意深く見守りましょう」「地域で見守っていきましょう」なんてメッセージ、「原発事故を起こさないように気をつけます」って発言ぐらい空虚で間抜けだと思うね。



つい最近、ある有名スポーツ選手が自殺を考えている人に向けて「人のせいにするな、政治のせいにするな」というメッセージを発信して炎上していた。
非難殺到だったけど、ぼくは「それぐらい言わせたれよ」と思う。そのメッセージで前向きになれる人もいるだろうし(でもそういう人はそもそも自殺しないように思うけど)。

たしかに恵まれた身体を持って標準以上の家庭に生まれ育ったスポーツ選手が「自殺したくなるのを人や環境のせいにするな」と言うのは、たとえば18年間監禁されていた人に対する想像力に欠けた発言だと思う。
でも、そんなにありとあらゆる可能性を考えて発言しなきゃいけないの? と思う。
我々が何かについて語るとき、18年間家の中に監禁されて学校に通わせてもらえなかった人のことまでふつう想像しない。でもそれでいいと思う。

18年間監禁されてたという事件が明るみに出てホットなうちは「おたくのご近所は大丈夫?」と言いたくなる気持ちはわかるけど、どうせそんな意識が長続きするわけがない。
人の生命に関わるような重大な問題を "意識" や "想像力" なんて不確かなものに委ねてはいけない。
人を救うのは意識でも想像力でもなく、"システム設計" だ。意識や想像力はシステムを作るために使うべきだ。



児童相談所の人の話を少し聞いたことがあるけど、「あの家ちょっとおかしいな」と思っても個人情報保護だなんだで、なかなか調べることができないらしい。
確固たる証拠がなければ動けないし、確固たる証拠が出てくる頃にはもう手遅れになっている可能性も高いので、難しい仕事だと思う。

ぼくは、子どもの教育に個人情報保護を持ち込むべきではないと思う。
教育というのは公的なものであって、各家庭に属する私的なものではない。
「人に迷惑をかけてはいけません」と教えるのはその子のためじゃない。社会のためだ。
憲法にも「教育を受けさせる義務」があるように、親には「子どもを教育する義務」はあっても「子どもを好きなように育てていい権利」はない
私的な行為じゃないから当然ながら個人情報保護の対象とすべき事柄じゃない。

そのへんが勘違いされているのが近代の病だね。

ぼくもひとりの子の親として、「この子は自分だけのものじゃない」ということは常に忘れないようにしている。
「この子は私たち夫婦だけの子。教育のすべての権利もすべての義務も自分たちにある」と思ってたら親もしんどいし、子どもはもっとしんどいと思うよ。


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2017年6月10日土曜日

【読書感想エッセイ】中野潤 『創価学会・公明党の研究』


中野潤
『創価学会・公明党の研究
自公連立政権の内在論理』

内容(「e-hon」より)
暴走の歯止め役か、付き従う選挙マシンか。深まる創価学会と公明党の一体化に伴い、ますます自民党は選挙において創価学会への依存度を高めていく。はじめて明かされる創価学会と政界の攻防。

まずはじめに立場を明確にしておくと、ぼくは公明党の支持者ではないし、ということはもちろん創価学会員でもない。
創価学会を蛇蝎のごとく嫌っている人も世の中にはいるけど、ぼくは自分が嫌な目に遭わされたこともないので特にマイナスの印象も持っていない。
学会員って個人として付き合う分には社交的で接しやすい人が多いしね。

創価学会が嫌いという人の話を聞くと、
「選挙前になると会員たちが家を訪問してきて公明党議員に投票するようしつこく呼びかける」
ことが最大の原因らしい。
だけどぼく自身は選挙運動をほとんど経験したことがない(自分の親は少し困らされていたけど)。一度だけぼくのもとにも創価学会員である元同級生が来たことがあったけど、そいつは親が会員の2世会員だったのでぜんぜんやる気なくて
「知り合いでこういう人が出馬するから、もし他に投票する先を決めてないなら……」
と申し訳なさそうに言っただけだった。
「噂に聞いていた学会の選挙活動ががついにきた!」と身構えていたぼくにとっては「え、それだけ? もっとしつこくくるんじゃないの?」となんとも拍子抜けする結果だった。



じつは、主要政党の中でぼくが政策にいちばん共感できるのが公明党だ。
やや護憲派で、小さな政府には反対。すぐは無理にせよ将来的には原発をなくしてほしい。だけど共産党や社民党の掲げる政策は現実的ではないと思っている。
そんなぼくの思想に、公明党の政策はおおむねあてはまる。
おまけに与党なのである程度力を行使できる立場にある。

そう考えると公明党を支持するべきなんだろうけれど、でもじっさいには公明党に票を投じたことは一度もない。
その理由はふたつある。

ひとつはやっぱり「宗教団体がバックについているのでなんとなくきなくさい」からで、もうひとつは「公明党自体の動きが信用できないから」だ。


新聞やテレビで政治ニュースを見ていても、公明党の動きは理解しがたい。
特に最近は。

「平和と福祉の党」を標榜しておきながら、集団的自衛権法案には賛成にまわった。
最近でもテロ等準備罪(共謀罪)を成立させようとがんばっている。
傍から見ていると「その法案が成立しちゃったら創価学会も狙われかねないんじゃないの?」と思うんだけど、自民党と一緒に半ば強引に推しすすめている。
(なにしろ創価学会の創設者である牧口常三郎氏は治安維持法で捕まって獄死しているのに!


いや、なにも主義主張に100%従って行動しろといってるわけじゃない。政治というのはクレバーな立ち居振る舞いが求められるものだと思っているから、ときには「小を捨てて大に就く」ことも必要だと思う。
でも、連立与党にしがみつくために集団的自衛権法案に賛成している自称「平和と福祉の党」である公明党に対しては、「それって大を捨てて小に就いてるんじゃないの?」と
いう気がする。

国政では自民党と連立し、大阪では維新の会と選挙協力し、東京では都民ファーストの会と組んでいる公明党を見ていると
「政策もプライドもかなぐり捨てて勝ち馬に乗ってるけど、で、結局何がしたいの?」
と思ってしまう。



そんなわけで公明党に対しては「思想的にはけっこう共感できるのにどうも信用できない」という感情を抱いていた。
そんなときに書店でこの本を見つけたので読んでみた。

公明党のたどってきた道が丁寧に書いてあり、政治について詳しくないぼくでも「なるほど、そういうことだったのか」と腑に落ちることが多かった。
おかげで公明党に対する「よくわからないことからくる不信感」はなくなった。

まとめると、
  • 公明党は今は自民党べったりだけど、かつては自民党から「政教分離の憲法違反政党」と言われて強い批判を浴びていた
  • そのときに母体である創価学会を激しく攻撃された。その呪縛がずっと公明党の行動を縛っている
  • 公明党内部も必ずしも一枚岩ではない(もちろん他の政党に比べればずっと意思統一はできているけど)
  • 名誉会長である池田大作の影響はいまだに強く、公明党の動きは池田大作に左右される
  • ただし池田大作の体調の悪化により影響力は弱まりつつあり、そのことが公明党を変えつつある

なるほどね、公明党にとっては「勝ち馬に乗る」ことこそが最重要の行動原理なんだね。
政権を獲るために考え方のばらばらな人が集まっている自民党にもそういうところがあるけど、公明党に関してはもっと根が深い。
公明党がもっとも恐れているのは、九条が変えられることでも福祉が切り捨てられることでもなく、母体である創価学会が攻撃されること。
それを避けるためならば他の政策はすべて犠牲にしてもかまわない。
ってことだとぼくは解釈した。

ここを理解していないと公明党の行動は読みとけない。
逆にいうと、ここがわかれば公明党の動きはすごくわかりやすい。



2010年の参院選のときの話。

 公明党は、この時点ですでに一〇年間続けてきた自民党との連立の桎梏から簡単には抜け出せなくなっていた。創価学会側は、純粋に選挙で勝つためにどうしたらいいかという観点から自公連立を支持してきたが、党側は心理的にも自民党との連立に引きずられるようになっていたのだ。公明党が立党の原点に戻って存在感を発揮できるようにするのか、それとも目前の選挙を考えて自民党との協力関係を優先させるのか。答えのでないこの問いは、今に至るまで公明党の議員たちに突き付けられている。


創価学会のための選挙出馬だったのが、選挙のための創価学会になりつつある。
そして選挙のための自公連立だったのが、自公連立のための選挙になりつつある。
目的と手段が入れ替わり、向かっている先が誰にもわからない。しかし池田大作不在の今、思い切って舵を切れる人間はいない。
これからもしばらくは自公連立は続くんだろうね。何のために連立しているのか誰にもわからなくなっても。
それだけ公明党が力を持った、ってことなんでしょう。

この本の中には、民主党政権時代、民主党は創価学会とうまく協調することができず、それも政権転落の原因のひとつになったことが書いてある。
一方で自民党が安定政権を築けているのは、学会や公明党とうまくやっているからだと。

もはやキーパーソンとなっている公明党なしには日本の政治は語れない。そして公明党を語る上では創価学会のことは避けては通れない。なのにそのへんのことはタブー視されていて多くは語られない。池上彰がほんの1ミリ切り込んだだけで「池上彰すげえ!」って言われるぐらいだからね。
このへんのことが政治をわかりにくくしている原因でもあるんだろうね。

(少なくとも今の)公明党は政教分離の原則を犯しているわけでもないし、新聞やテレビでも堂々と語ったらいいのにね。
公明党にとっても、「よくわからない宗教団体の手先」と思われているよりは、立ち位置が明確になったほうが支持を広げるうえでプラスになると思うんだけど。



公明党の姿勢って、直感的には「日和見主義でイヤだなあ」と思うけど、でも現実的・功利的なところには感心するし、他の野党も見習ったほうがいい。
主義主張に徹してまったく影響力を発揮できないよりは、妥協できるところは妥協して少しは政策決定に携わらないと、国会議員をやってる意味がないんじゃないの? と思うし。

しかし宗教団体をバックにつけている公明党がいちばん功利的ってのもおもしろい話だよね。もっともビジネスマインドを身につけているように思える。
いちばん強硬な姿勢をとりそうなものなのに、なんとも柔軟でしなやか。
選挙での「得た議席数/立候補者数」が最大なのは公明党なんじゃないかな? 最小のコストで最大の利益を得る術を知っているよね。
創価学会って『現世利益』を唱えているので、政治姿勢にもそれが表れてるのかな。


そんな公明党にも、変化が訪れつつあるみたい。

 公明党は過去、PKO協力法案の採決や自衛隊のイラク派遣などで、創価学会婦人部の強い反対を押し切って自民党と歩調を合わせてきた。それゆえ、政府・自民党内には、「公明党は今回もどうせ最後には賛成するだろう」との楽観論が流れていたのだ。だが、公明党側には過去とは異なる事情があった。それが、池田大作の「不在」だった。
 従来、創価学会では、政治方針等をめぐって婦人部などが反対して組織内の意見が割れた際は、池田の了承という「錦の御旗」を背景に幹部たちが反対する婦人部などを説得して意思統一を図ってきた。ところが池田は事実上、最高指揮官としての能力を失っており、以前のように「(池田)先生も認めているのだから」と言って反対者を黙らせることはできない。しかも、創価学会の幹部たちは、「ポスト池田」の座をめぐって主導権争いを続けていた。
 そのため、そのレースの当事者である事務総長の谷川にも理事長の正木にも、婦人部が反対する政策を強引に進めて、婦人部の反発を招くことは極力避けたいとの心理が働いていた。集団的自衛権の行使容認問題でも、婦人部が「他国の戦争に巻き込まれる」「守るべき憲法九条の範囲を超える」として強く反対している以上、執行部もその意向は無視できず、連立離脱が現実味を帯びる可能性もあったのだ。

  • 会員がほとんど増えていない
  • 新たな会員のほとんどは二世なのでそれほど熱のある活動をしない
  • 政治の世界に打って出る道をつくった池田大作が退場しつつある
といった理由から、今までのように選挙に力を入れなくなる可能性もあるらしい。
公明党が手を引いたら政治の構図は大きく変わるよね。

 衆院に小選挙区比例代表並立制が導入されて二〇年以上が経ち、とりわけ自民党では、党首(総裁)の力が圧倒的に強まって、かつては「党中党」と呼ばれるほど力を振るった派閥は今や見る影もない。自民党内から批判勢力が消えたことについては、マスコミで批判的にとらえられることが多いが、派閥を弱体化させて首相(党首)の力を高め、迅速に意思決定ができるようにして、政策論争は「党対党」で行うという、この制度を導入した当初の目的が、まさに達成されつつあるということでもある。その意味では、公明党という自民党とはまったく別の政党が、安倍色に染まって多様性を失っている自民党に対するブレーキ役を果たしているという現状は、必ずしも悪いことではないだろう。それがある意味で、自民党の暴走を防ぎ、政治を安定させていると言うことができるのかもしれない。

ぼく個人としては「主義主張をねじまげてまで自民党と手を組む公明党」は信用がおけなかったんだけど、この本を読んで公明党のことをずいぶんと見直した。
ニュースだけを見ていてもわからなかったけど、公明党は水面下でずいぶん自民党と闘っていたということがわかる。
公明党がいなければ、政権はもっと強引に法案を通していたことだろう。

だけど、政権の暴走を抑えるストッパーなのか、暴走を助長させる存在なのかというと、今のところは後者の役目のほうが大きいんじゃないかという気がする。
(公明党の選挙協力がなければ自民党はおそらく単独過半数をとれなかったし)


はたして公明党は政治の中心から手を引くのか。
そしてそうなったときに自民党は力を失うのか、それともブレーキがはずれてさらなる暴走へと突き進むのか。

政治ニュースの見方を変えてくれる一冊。
「よくわからないけど公明党は苦手」って人は読んでみると新たな発見があっていいと思うよ。


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