2021年12月17日金曜日

悪の組織の忠義心

 ロールプレイングゲームなんかで、「世界征服を狙う大魔王とその部下たち」が出てくるじゃない。

 主人公は大魔王討伐を狙うけど、その前に魔王の部下であるザコキャラやら中ボスやらを倒していく。

 あいつらって、めちゃくちゃまじめだよね。

 どう考えても太刀打ちできないぐらいの実力差があっても、果敢に主人公に挑んでいく。己の命よりも組織の方針を優先する。なんたる忠義心。

 それを統べる魔王もすごい。目的を明確に提示して部下のモチベーションを高く保ち、全身全霊で戦わせる。


 あんなに一枚岩の組織、かんたんにつくれるものじゃない。

 集団になれば考えが衝突することもあるし、裏切ったり怠けたりするやつも出てくる。
 まあそりゃあ中には逃げたり裏切って主人公側の仲間になるモンスターもいるが、ごくごく少数。大半のモンスターは監視もされていないのに与えられた仕事を黙々とこなしている。えらい。〝モンスターがサボっていないか監視する憲兵モンスター〟ぐらいいてもよさそうなのに、見たことない。みんな真面目なのだ。

 あの組織は、アリやハチに似ている。

 それぞれが異なる役割を果たし、けれども全体としては一枚岩となり、共通の敵に果敢に立ち向かう。二割ぐらいはサボるやつもいるけど、全体として見るとおおむね意思統一がとれている。

 アリやハチの結束が固いのは、あれは血縁でつながった組織だからだ。
 アリやハチにとって、同じ巣にいるのは母であり、姉妹であり、おばや姪である。かなりの部分の遺伝子を共有している。だから、「遺伝子を残す」という全生物共通の目的を考えれば、己の利益とコミュニティの利益がほぼ一致しているわけだ。


 ということは、RPGにおける魔王や中ボスやザコモンスターたちは、あれみんな血縁関係にあるのではないだろうか。

 きっとそうだ。モンスターの見た目は多種多様だけど、じつはみんな兄弟なんだ。女王アリと働きアリと子育て専門アリがぜんぜんちがう見た目なのと同じで。
 で、モンスターたちはみんな魔王から生まれたんだ。魔王は女王なんだ。
 主人公たちが出会うモンスターたちはみんなメス。働きアリがみんなメスなのといっしょ。オスはいるけど、魔王のそばにいて交尾をするためだけに存在している。

 そりゃあ統制もとれるわ。みんな遺伝子が似てるんだもん。

 魔王軍の世界征服計画は、かあちゃんを中心にした大家族の奮闘記なんだな。なんか応援したくなるね。


2021年12月16日木曜日

日清食品とろけるおぼろ豆腐 おとうふの旨だし豆乳スープの話

 日清食品 とろけるおぼろ豆腐 おとうふの旨だし豆乳スープ


 うまい。とにかくうまい。

帆立・昆布・鰹の三種の出汁に、豆乳で仕立てた優しい味わいのスープです。まろやか豆乳スープと相性ピッタリな「とろけるおぼろ豆腐」をお楽しみください。

だ、そうだ。

 あるときこれをコンビニで買って、食ったらめちゃくちゃうまくて、さらにここにご飯を投入したらもう劇的にうまくて、ほら旅館でカニ鍋とか食って最後に旅館の人が「雑炊にしますねー」ってご飯を投入してくれるんだけど、なんせディナーコースの終盤だからもう腹いっぱいで「あーこれ空腹の状態で食ったらめちゃくちゃうまいんだろうけどもう腹いっぱいだから食えないや。もったいないけど」って無念な気持ちになるじゃない、あのうまさ。つまり「食いたいけど腹いっぱいで食えないや」のうまさを、空腹状態で味わえるってわけ。最高。

 スープがうまいし、ゆず皮が香りの面でも触感的にもいいアクセントになっているし、豆腐との相性も抜群。そりゃあ豆乳スープと豆腐の相性が悪いはずないよね。


 そんでうまかったからまたそこのコンビニに行ったらもう売ってなくて、しかたなく他のメーカーの豆乳スープを買ってみたところ、それはそれで悪くないんだけど、やっぱり『日清食品 とろけるおぼろ豆腐 おとうふの旨だし豆乳スープ』には遠く及ばない。

 スーパーで見つけて欣喜雀躍として買ったんだけど、さすがに同じカップスープを大量に買うのはなんか恥ずかしくて五個だけ買って毎日食べた。あたりまえだけど五日でなくなった。
 『日清食品 とろけるおぼろ豆腐 おとうふの旨だし豆乳スープ』が切れると禁断症状が出て手がふるえるようになったのでまた買いたいんだけど、うーん、こればっかり買いに行くのは恥ずかしいし、かさばるし、レジ袋も有料になっちまったしな……とおもってネットで検索したら箱で売ってたので6個入り×4箱で24個をまとめ買い。しかもまとめ買いするとお得になる。
 ネット通販ありがたや。これで一ヶ月近く持つ。ようやく手のふるえも止まった。


 まだやったことないんだけど、これを冬山で食ったらもう涙が出るほどうまいだろうな。

 ぼくはときどき登山をするんだけど、その目的は三つある。
「山頂でカップラーメンを食うこと」
「下山後、銭湯に行くこと」
「下山後、銭湯に行った後、ビールを飲むこと」
 この三つの目的のために山に登る。

 山頂で食うカップラーメンはうまい。山頂はだいたい寒い。夏でも汗が冷えて少し寒い。
 そこでお湯を沸かして食うカップラーメンは最高だ。

 だが、次回からはカップラーメンではなく日清食品とろけるおぼろ豆腐 おとうふの旨だし豆乳スープになるだろう。コッヘルで湯を沸かし、日清食品とろけるおぼろ豆腐 おとうふの旨だし豆乳スープに注ぐ。豆腐をくずさないようにゆっくり混ぜ、湯気がたっているやつをふうふうと吹きながらすする。臓腑の奥から温まる。
 三割ほど食ったら、そこに塩おにぎりをぶちこんで食う。うはあ。たまらん。


2021年12月15日水曜日

いちぶんがく その10

ルール


■ 本の中から一文だけを抜き出す

■ 一文だけでも味わい深い文を選出。




「遊ぶのが下手っていうことは、生きるのが下手っていうことなんですよ」

(永 六輔『無名人名語録』より)




「あの人、貧乏が似合うのよね」

(永 六輔『普通人名語録』より)




畜生、通貨を玩具にして独占的利益を挙げていやがる。

(服部 正也『ルワンダ中央銀行総裁日記[増補版]』より)




エイモスと私は、私一人が大馬鹿者なのか、それともたくさんの大馬鹿の一人なのかを調べることにした。

(ダニエル・カーネマン(著) 村井 章子(訳)『ファスト&スロー』より)




せめて、痴漢ぐらいはイキイキしている世の中でないと、危険ですよ。

(永 六輔『一般人名語録』より)




「ぼくが志あれど金はなし、の男だってことは、それはおまえも先刻承知済みのことだろう?」

(西村 賢太『小銭をかぞえる』より)




以前小さな蛙をまちがってのみこんでしまった人がそれ以来腹の底からは決して笑えなくなってしまったような、そんなような妙につっかかった様子の笑いだった。

(川上 弘美『センセイの鞄』より)




羨ましいとおっしゃるなら人生をそっくり取り替えて差しあげよう。

(鷺沢 萠『私はそれを我慢できない』より)




「むうう、不動産屋は信用しない方がいいのですよ、うけけけけ」

(京極 夏彦ほか『小説 こちら葛飾区亀有公園前派出所』より)




自分の台詞が、返し付きの釣り針並みに相手の心に食い込んだのさえ、はっきり見て取れた。

(吉永 南央『オリーブ』より)




 その他のいちぶんがく


2021年12月14日火曜日

死にたくない人間の「死にたい」出来事

 ネガティブ思考ではあるが自己愛は強いので、「死にたい」とおもったことは一度もない。

 ただ「ああ死にたくなる人の気持ちがちょっとわかる」とおもったことは二度ある。

 二度とも同じ時期だ。


 本屋を退職する少し前のこと。
 どブラック企業だったので、その日も朝四時半に起きて車で出勤。用事があって別の店舗に行くことになったので、はじめての道を通っていた。

 自動車専用道路。朝五時台なので道はガラガラ。
 当然どの車もすごいスピードで走っている。高速道路ではないが信号がないのでみんな80km/h以上は出していた。

 ふと気づくと、周囲の車がスピードを落としはじめた。
 ラッキー! おっさきー! とすいすい走っていると、目の前がピカっと光った。

 そう、オービス(速度違反自動取締装置)だ。

 あーくっそーそういうことかー! みんなこれを知っていたからスピードを落としていたのかー。


 というわけで後日。
 35km/hオーバーでめでたく一発免停の通知が届いた。

 ちょうどその少し前に本屋を退職していたので、車に乗る必要がなくなった。通勤で必要だから乗っていただけで、車の運転は好きじゃない。
 だから免停自体は問題じゃない。乗れなくたってかまわない。
 指定された日に裁判所に出頭すべしとの指示があったが、どうせ無職の身。時間はいくらでもある。いやー仕事やめてよかったーと鼻歌まじりだった。そのときは。

 出頭を命じられたのは平日の朝九時。
 通勤ラッシュの電車で裁判所の最寄り駅へ。
 電車を降りると、いっしょにスーツ姿の男女が大量に降りる。駅の真ん前に某大手生命保険会社のビルがあり、そこに向かう人たちだった。
 駅から歩く人たちの九割が大きなオフィスに吸い込まれていく。日本の未来を背負って立つ、優秀なビジネスマンたちだ。

 残りの一割が、ぼくたち裁判所出頭組。
 大企業で働くスーツ姿の人たちと、裁判所に呼びだされた無職。

 その対比がなんともみじめで、死にたくなる人の気持ちがちょっとわかった。


 さらにその一週間後。
 無職なのでヒマである。近くのレンタルビデオ屋で会員カードをつくることにした。

 なにか身分証を、と言われてはたと困った。
 免停中なので免許証がない。会社を辞めたので保険証も返納してしまった。身分証がないのだ(当時はマイナンバーカードも住民基本台帳カードもなかった)。

 なんかないかと鞄の中をさぐったら、出てきたのがハローワークで交付された「失業認定証」。失業保険をもらうために発行されたやつだ。
 まあこれも公的機関が発行してるし氏名住所が書いてあるもんな……ということでこいつを見せたら無事に会員証をつくれた。

 しかし何も言わなかったけど、あの店員さん、ぜったいに
「こいつ失業中のくせにレンタルビデオ屋の会員になろうとしてんのかよ……。仕事さがせよ……」
とおもってただろうな。

 あのときは一瞬「自殺」という言葉が頭をよぎったぜ。


2021年12月13日月曜日

デス・ゲーム運営会社の業務

 デス・ゲームの運営会社で勤務している。

 デス・ゲームってのはあれだ。
 参加者を強制的に一箇所に集めて、覆面の男からの
「みなさんにはこれからゲームをしてもらう。かんたんなゲームだ。クリアしたものには賞金が与えられる。ただし失敗した場合は、ちょっとした罰が待っている」
的なメッセージからはじまって、多少の戸惑いはあっても結局は素直に参加して、最初の犠牲者が出て、参加者が力を合わせて謎を解いていって、健闘むなしく次々に命を落としていって、ひとりかふたりだけがクリアして、最後に意外な人物が黒幕だったことが判明して……っていう例のあれだ。

 きっとみんな漫画や映画で一度や二度や三十度は観たことがあるだろう。中学生が大好きなストーリーだ。

 あのデス・ゲームをうちの会社が運営している。

 といっても、デス・ゲームの企画や進行はおれの仕事ではない。企画部や運営部は花形なので、おれのような冴えない社員は任せてもらえない。今の部署で頭角を表せば抜擢されることもあるが、そんな例は十年に一度あるかどうか。基本的には採用段階で決まっている。有名大学のクイズ研究会にいたやつとか、大手広告代理店出身者とかがそういった花形ポジションに就くことになる。
 ちなみに進行役(「君たちにはちょっとしたゲームをしてもらう」的なことを言う人)は、プロの声優に外注している。進行役には凄みがないとリアリティがないので、そこだけはプロに任せている。


進行役さんの衣裳(一例)


 おれがいる営業部がやっているのは、もっと地味な仕事だ。

 たとえば会場の確保。デスゲームは殺人や監禁など法に触れることをするので、証拠を残さないためにも同じ場所は二度と使えない。
 なので毎回会場を新たに探さないといけないのだが、これが大変だ。
 人里離れた場所で、十分なスペースが必要。できれば携帯の電波が入らないことが望ましい。
 かといってあまりにへんぴな場所だと電気が使えないので、それはそれでなにかと不便だ。
 なかなか国内にはちょうどいい場所がない。国外ならあるのかもしれないが、参加者を眠らせて海外の会場まで運ぶのはまず不可能。
 会場の確保は毎回苦労するところだ。山の中に小屋を建てたこともある。


 それから、設営、警備。
 必要な機材を搬入・搬出したり、人が近づかないように警備をしたり。参加者の叫び声を聞きつけて警察がやってくることもあるので、ダミーのために会場から少し離れたところにテントを張り「キャンプで酔っぱらってばか騒ぎをしている若者」を演じたりもする。

 コンサートなんかだとイベント会社が学生バイトを使ってやってくれるらしいが、情報が漏れるのを防ぐために外注はしない。最近の若いやつはすぐにSNSで拡散するから。

 リハーサルも何度もやる。参加者の役になって、本番さながらにゲームに挑戦するのだ。失敗しても殺されないこと以外は本番と同じだ。進行役の声優さんにも来てもらう。


 営業部なので、もちろん営業もやる。

 デス・ゲームは金持ちの出資によって成り立っている。
 みんなも見たことがあるだろう。「庶民の命を賭けた殺し合いを、モニター越しにワイン片手に楽しむ金持ち」を。

 ただあれはフィクションならではで、本当はちょっと違う。
 金持ちが見るのは事実だが、リアルタイムで視聴なんかしない。リアルタイムだと間延びして退屈で見ていられない。こっちが編集したり効果音をつけたりドラマチックにしたものを楽しむのだ。金持ちはそんなにヒマじゃない。

 サブスク型の有料チャンネルで配信している。無料版もあるので、よかったらぜひ検索してみてほしい。もちろん暴力や殺人などの描写は有料会員限定だ。

 デス・ゲームは、有料会員による月額利用料と広告料によって成り立っている。基本的には金持ちが楽しむコンテンツなので、広告出稿したい企業は多い。広告料金も高めに設定している。

 金持ちに営業をかけたり、広告をとってきたりするのもおれたちの仕事だ。
 証拠が残るとまずいので、営業は対面でやる。メールも電話もFAXも使わない。うちの会社はアナログだ。


 仕事がおもしろいかと訊かれると、首を振らざるをえない。
 ゲームやクイズを考案する部署はおもしろそうだが、彼らは彼らで遅くまで残っていてたいへんそうだ。やりがいはあるだろうが激務だ。

 その代わりというべきか、営業部のほうはほとんど残業がない。きちんと有給休暇もとれる。労働問題でトラブルになって目を付けられたくないから、そのへんは他の会社よりもきっちりしている。
 企画・進行の部署も繁忙期こそ毎日残業しているが、それ以外はまとまった休みをとっている。給料も高いらしいし、なんだかんだいいながらみんな辞めずに続けている。

 おもしろいかと言われると答えはノーだが、辞めるほど嫌かというとそんなこともない。みんなだいたいそんなもんだろう。

 聞くところによると、薄給・激務・劣悪な職場環境で働かせるブラック企業もあるそうだ。さっさと辞めればいいのに。
 身体を壊すまで辞められない、そんなデス・ゲームに好き好んで参加するやつの気が知れない。