ようやく完治して、心の傷も癒えてきたので書く。
一夜にして痔になった。
それも医師が驚くほどの立派な痔に。
痔なんて一夜でなるもんじゃない、と思うでしょう。
ええ、ぼくも思っていましたよほんの一ヶ月までは。
ある日曜日の晩、突如として尻の穴が痛みだした。
辛さ100倍カレーを喰った翌日のような痛みである(喰ったことないけど)。
香辛料を大量摂取したのだろうかと思ったが、その前日にぼくが食べたのは豆乳鍋だ。いかにもお尻によさそうなのに!
寝れば治るかと思ったが、寝ても痛みは引かない。というか痛みで眠れない。
ぼくはその晩、あまりの尻の痛みのあまり、自分がゲイにレイプされる夢を見た。
もちろん夜が明けてもケツは痛い。
痛みはひどくなるばかり。
そのまま仕事に行ったが、歩くだけで痛い。お上品に小股でそろそろと歩かねばならない。
座っていたらもちろん痛い。30分と座っていられない。
立ち上がるときはケツに力が入るから痛い。
「立てば激痛 座れば悶絶 歩く姿は百合のよう」である。
ちなみに後からわかったことだが、この日のぼくは仕事中ずっと痛みと闘っていたので、同僚から「あいつ目に涙を浮かべてるけど、ペットの熱帯魚でも死んだんじゃないか」と噂されていたらしい。
このことからも、どれほどぼくがつらい思いをしていたかがわかってもらえるだろう。
もっともこの噂が後で意外な役に立つのだが、その話はまた後で。
とにかくぼくは目に涙、そして肛門には脂汗を浮かべながら仕事をこなし、ドラッグストアへ走った(実際にはケツを押さえながらそろそろと歩いた)。
深夜営業のドラッグストアにこれほど感謝したことはない。
なにしろそのときのぼくは「痔の薬!それがないなら救急車もいたしかたなし!」と思うくらい追い詰められていたから。
痛みに涙を流しながら痔の薬を買う。
ちなみにボラギノールではない。あのまっ黄色のパッケージと有名すぎる商品名、これをレジに持って行けばバイトの女子大生でも「こいつの肛門はおびただしく爛れてるんだ」とわかってしまう。
そっけないネーミングとパッケージの薬を買うことが、ぼくに許された人間としての最小限の尊厳だった。
今のぼくにとってはカンダタにとっての蜘蛛の糸にも等しい痔の薬を抱えて家に帰る。
家人に「痔になった!地獄の苦しみだよ!ただいま!」と言い残して風呂場に駆け込む。
パンツを脱ぎ捨て、鏡にむかってくるりとケツを向ける。
仰天した。
おもいきり身体をひねった不自然な体勢でぼくが鏡の中に見たものは、肛門の前に鎮座するホタテだった。
むっちりとした質感、薄い桜色に輝く表面、そしてワタリ4センチはあろうかという豊かな肉づき。ホタテそっくりだ。
寿司屋の板前だったならばまちがいなく「本日のおすすめ」として上客の若旦那のために握って出すような立派な代物だ(もちろん「肛門から飛び出したものでなければ」という条件付きだが)。
ケツから直腸(?)が4センチも飛び出して、尻肉と椅子に挟まれているわけだ。これが痛くなかろうはずがない。
嘘だと思うなら肝臓でも心臓でもいいから、内蔵を体外に出して万力でぎゅっと押しつぶしてみなさい。痔が、核兵器と同じくらい憎むべき存在であることがわかるから。
ケツから飛び出したホタテを見てぼくは思わず叫んだ。
「ピノコ、オペの準備だ!」
だが、よく考えたらぼくは天才外科医じゃないし、メスも持っていない。
おまけにかわいい助手もいないから切除手術ができない! アッチョンブリケ。
ぼくにできることといえば、さっき買ってきた薬を注入することだけだった。
ちなみにケツに痔の薬を注入するときの屈辱感たるや、やったことのある者にしかわからないものだ。
ナポレオンが痔に悩まされていたのはわりと有名な話だが、あのナポレオンだってケツに薬を注入したときには、べそをかいて「ごめんなさい、ぼくちんの辞書には不可能という文字しかありません。っていうか辞書すらありません。あるのは薄汚い私の尻だけです」とその場に崩れ落ちていたはずだ。
薬を注入したが、痛みは引かない。
あいかわらず、立っても座っても痛い。
こういうときはさっさと寝てしまうにかぎる。
ところが。
寝ても痛いのだ。
そりゃそうだ。直腸が尻と布団に挟まれるわけだから。
あおむけだと痛くて眠れない。
うつぶせだと苦しくて眠れない。
いったいどうすりゃいいんだよ!
重力か! 重力があるから痛いし苦しいのか!
ぼくはこのときほど宇宙飛行士になっときゃよかったと思ったことはない。
これはぼくの推測だが、毛利さんも若田さんも秋山さんも星出さんも、宇宙飛行士はみんな痔持ちにちがいない。
痔の苦しみから逃れるために、厳しい訓練に耐えてでも無重力空間に飛び出したかったのだろう。
ぼくにはわかるよその気持ち。うん。
だが結局地球上で夜を過ごすはめになったぼくは、うつぶせで寝た。
翌朝になっても尻の痛みは強くなるばかり。
そろそろ命の危険を感じはじめたぼくは、仕事を休んで病院に行くことにした。どっちにしろこの痛みでは仕事にならない。パソコンを開いても、Yahoo!知恵袋で「痔に効く薬を教えてください。痛みさえ引くなら薬じゃなくても、キノコでもおまじないでも何でもいいです」と訊くだけだ。
問題は、上司に何と説明するかだ。
ぼくの直属の上司は、他人の不幸とうわさ話が大好きなお方だ(つまりぼくとは非常に気が合う)。
痔が痛むので休ませてくださいなんて云った日には、あわてて全支社に向けて題名に【重要!】という文字を入れたメールを送信し、朝礼でも「最近痔が流行っているので全員くれぐれも注意するように」という訓示を垂れることはまちがいない。
ぼくは仮病をつかうことにした(実際に身体の具合が悪いからあながち仮病とはいえないのかもしれないが)。
自慢じゃないが、仮病をつかうのは初めてだ(病気なのに元気なふりをして遊びに出かけたことは何度もあるが)。
うまく嘘を突き通せるか心配だったが、一応リハーサルをしてから上司に電話を入れた。
「おはよう。どうしたん?」
「実はですね、昨日からちょっと体調が……」
すべてを語る前に上司は
「おーそうかそうか。昨日めちゃくちゃしんどそうやったもんなあ!ずっと涙目やったから、ペットの熱帯魚でも死んだんちゃうかってうわさしとったんや!」
あっさり仮病が通った。
涙目になっててよかった。熱帯魚が死んだんじゃなくてよかった。
すぐに病院に駆け込んだ。
今のぼくにとっては「肛門科」の看板が、町娘にとっての遠山の金さんの桜吹雪と同じくらい頼もしく見える。
肛門科医は、水墨画のようなおじいちゃんだった。
よかった、美人女医じゃなくて。恥ずかしいんだもの(世の中には美人女医に尻を見られることに悦びを感じる人もいるらしいが)。
水墨画じいさんはぼくの身体を横に倒し、尻を覗くなり、待合室にまで聞こえんばかりの大声で叫んだ。
「うわー。こりゃすごいね。相当痛いでしょう」
痛いなんてもんじゃないですよ先生。この痛みたるやスカイツリー級ですよ。
少なく見積もっても明治時代から肛門科をやっているであろう水墨画じいさんが、これは痛いはずだと驚くほどの痔なのだ。
どれほどのポテンシャルを秘めたものか、理解してもらえただろう。
水墨画医師の話では、血流が悪くなって血栓ができたために一夜にしてホタテ痔という堅牢な城が築かれたそうだ。血栓性外痔核というらしい。
薬を注入して(また注入かよ!)二週間も待てば、強固な守りを誇ったホタテ痔城であっても必ずや陥落するであろう(つまり炎症は収まるはずだ)、と水墨画医師はおごそかな口調でぼくに告げるのであった。
はたして水墨画の云ったとおり、十日ほどでホタテは体内という大海に還り、ぼくの尻は再び天下泰平の時代を迎えたのであった。
あの水墨画医師、(ぼくの肛門を素手で触った後に手を洗わずにカルテを書いていたことをのぞけば)かなりの名医であったと言えよう。
血栓性外痔核は、痔の気のない人にも突然起こりうる病気だ。
明日血栓性外痔核になるのは、これを読んでぼくのことをばかにしているあなたかもしれない。
そして今度の総選挙でどの党が政権がとるかはわからないが、政治家のみなさん!
ぜひ日本の明るい未来のために「核(血栓性外痔核)の廃絶」を!
2016年1月5日火曜日
【思いつき】ニッポンのシンデレラ
ゴーン ゴーン ゴーン
「まあたいへん、除夜の鐘が鳴りはじめたわ! 百八つ鳴りおわるまでに戻らなきゃ」
お殿様と踊り念仏を唱えていたシンデレラはあわてて駆けだしました。びろおどの下駄が脱げましたが、かまっていられません。
シンデレラがお寺の長い階段を駆けおりると同時に仏法の効力が切れ、立派な牛車はたちまち南瓜の駕籠に戻ってしまいましたとさ。
「まあたいへん、除夜の鐘が鳴りはじめたわ! 百八つ鳴りおわるまでに戻らなきゃ」
お殿様と踊り念仏を唱えていたシンデレラはあわてて駆けだしました。びろおどの下駄が脱げましたが、かまっていられません。
シンデレラがお寺の長い階段を駆けおりると同時に仏法の効力が切れ、立派な牛車はたちまち南瓜の駕籠に戻ってしまいましたとさ。
2016年1月4日月曜日
【写真エッセイ】本供養
本を売ったり捨てたりするときは供養のために写真を撮ってから見送ることにしている。
特に思い入れが強いのは、北杜夫『船乗りクプクプの冒険』と『さびしい王様』シリーズ。
これらに出会ったのはぼくが小学生のとき。
ほとんど児童文学しか読んだことのなかったぼくに、大人向けの本もおもしろいということを教えてくれた本だ。
井上ひさしの『ブンとフン』『偽原始人』や『モッキンポット氏』シリーズも小学生のときに読んだ本。
読書の道に引きずりこんでくれた。
椎名誠の『あやしい探険隊』シリーズと青春3部作は、高校生のときに読んで、ぼくも仲間たちとこんな日々を送りたい!と思わされたエッセイだ。
今でも高校時代の友人たちと山登りをしたりキャンプをしたりしているのは、椎名誠の影響が大きい。
こういった「若いうちに読んでおいてよかった本」を再読することはもうないだろう。
にもかかわらずこれらの本を捨てずに置いていた理由は「いつか生まれてくる自分の子どもにも将来読んでほしいから」だった。
でも実際に自分の子どもが生まれてみて、我が子と接するうちに少しずつ考えが変わってきた。
この子はぼくとはちがう人生を送るのだから、ぼくとはちがう本から刺激を受けたほうがよい、と思うようになった。
ぼくが影響を受けた本ではなく、子どもが大きくなったとき、その時代のおもしろい本を読んでくれたほうがずっといい。
だってほら、大人たちが薦めてくる本って死ぬほどつまらなかったでしょう?
教科書で読んだときはクソみたいにつまらなかったのに、後で自分で買って読んだらすごくおもしろかったという経験、本好きなら一度や二度や三度や四度は経験があるはずだ。
おもしろい本は薦められるものじゃない。
まず自分の勘をたよりにおもしろそうな本を探しあてることから、読書の楽しみははじまっているのだ。
2016年1月3日日曜日
【ふまじめな考察】おい日本の教育
「学校で習ったことは社会に出てから何の役にも立っていない。日本の教育には問題がある」
居酒屋でおっさんが力説していた。
たしかに。
ぼくは小学校で理科の実験をやったり音楽をやったり跳び箱やったりしてたけど、今はぜんぜん役に立ってない。
日本の教育がちゃんとしてれば、今ごろぼくは、物理学者とピアニストと体操選手の3足のわらじをはいていたはずなのに……。
ぼくがノーベル賞とアカデミー賞と金メダルを同時受賞をしていないのは日本の教育のせいだ!
おい日本の教育~。
ちゃんとしとけよなー!
居酒屋でおっさんが力説していた。
たしかに。
ぼくは小学校で理科の実験をやったり音楽をやったり跳び箱やったりしてたけど、今はぜんぜん役に立ってない。
日本の教育がちゃんとしてれば、今ごろぼくは、物理学者とピアニストと体操選手の3足のわらじをはいていたはずなのに……。
ぼくがノーベル賞とアカデミー賞と金メダルを同時受賞をしていないのは日本の教育のせいだ!
おい日本の教育~。
ちゃんとしとけよなー!
2016年1月2日土曜日
【エッセイ】ハツカネズミの親子
不思議な光景を見た。
若い親子が電車に乗っていた。
父親は赤ちゃんをだっこしていて、母親は妊娠しているらしく、大きなおなかを抱えて大儀そうに歩いていた。
それだけならどうということのない微笑ましい光景なのだが、問題は父親が抱いている赤ちゃんがどう見ても生後3~4ヵ月の乳児だということだ。
はじめはなんとも思わなかった。
でもなんとなく違和感を覚えて、よくよく考えてみると、
あれ? 計算合わなくない?
一目で妊娠していることがわかるってことは、少なくとも妊娠4ヶ月くらいは経ってるよね。
だったら生後3~4ヵ月の赤ちゃんがいるはずないよね。
じつにミステリアス。
何度見ても、赤ちゃんは生まれたばかり(だってまだ首が据わってないもの)。
ひょっとしてお母さんが産後太りしてるだけ?と思ったけど、こっちもどうみても妊婦(鞄にマタニティバッヂ付いてるし)。
ううむ。
不思議だ。
仮説を立ててみた。
1.二人は夫婦ではない。
たとえば兄と妹とか。
2.二人は夫婦だが、妻は赤ちゃんの母親ではない。
養子だとか、亡くなった兄夫婦の忘れ形見だとか、夫の浮気相手が産んだとか。
3.二人は夫婦で、赤ちゃんもお腹の子も、どちらも夫婦の子。
ただ双子の片方だけが何ヶ月も先に出てきちゃったとか。
4.じつはぼくが知らないだけで、医学の進歩だかアベノミクス効果だかによって、そうゆうことが可能になっている。
5.あの夫婦はじつは人間ではなく、ハツカネズミ。
若い親子が電車に乗っていた。
父親は赤ちゃんをだっこしていて、母親は妊娠しているらしく、大きなおなかを抱えて大儀そうに歩いていた。
それだけならどうということのない微笑ましい光景なのだが、問題は父親が抱いている赤ちゃんがどう見ても生後3~4ヵ月の乳児だということだ。
はじめはなんとも思わなかった。
でもなんとなく違和感を覚えて、よくよく考えてみると、
あれ? 計算合わなくない?
一目で妊娠していることがわかるってことは、少なくとも妊娠4ヶ月くらいは経ってるよね。
だったら生後3~4ヵ月の赤ちゃんがいるはずないよね。
じつにミステリアス。
何度見ても、赤ちゃんは生まれたばかり(だってまだ首が据わってないもの)。
ひょっとしてお母さんが産後太りしてるだけ?と思ったけど、こっちもどうみても妊婦(鞄にマタニティバッヂ付いてるし)。
ううむ。
不思議だ。
仮説を立ててみた。
1.二人は夫婦ではない。
たとえば兄と妹とか。
2.二人は夫婦だが、妻は赤ちゃんの母親ではない。
養子だとか、亡くなった兄夫婦の忘れ形見だとか、夫の浮気相手が産んだとか。
3.二人は夫婦で、赤ちゃんもお腹の子も、どちらも夫婦の子。
ただ双子の片方だけが何ヶ月も先に出てきちゃったとか。
4.じつはぼくが知らないだけで、医学の進歩だかアベノミクス効果だかによって、そうゆうことが可能になっている。
5.あの夫婦はじつは人間ではなく、ハツカネズミ。
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