2015年9月11日金曜日

【考察】もしもあなたがスリならば

たしか20年ほど前は、電車内で
「スリの被害が発生しております。ご注意ください」
というアナウンスが流れていた。

最近は耳にしない。
まさかスリが根絶されたのだろうか、いやいやまさかそんなことはあるまいと思って調べてみたら、意外なことがわかった。

「スリにご注意ください」
とアナウンスされると、乗客は、自分は大丈夫かなと心配になる。
で、ポケットやかばんに手をあて、財布が盗られていないことを確認する。

この行為が、スリに財布の場所を教えるようなものなのだ。
スリ被害を防ぐためのアナウンスが、逆にスリの手助けすることになっていた。
というわけで、各鉄道会社はスリに注意のアナウンスをしなくなったんだってさ。

2015年9月10日木曜日

【考察】もしもあたしがスリならば

あたしがスリなら、電車内でスマホゲームに夢中になってるやつらだけ狙うよね。

あいつらほんと鈍くなってるから、ズボンごと財布スられても気づかないよ、絶対。

2015年9月9日水曜日

【エッセイ】ダメあかん!

2歳の娘が、気に入らないことがあると
「ダメあかん!」
と言うようになった。

奇妙な言葉だ。
もちろんわが家にはそんな言い回しを使う人間はいない。「ダメ」は言うが、「あかん」は子どもにたいしては使わないようにしている。
娘が通う保育園の先生に、世間話のついでに聞いてみた。
「娘が『ダメあかん!』という言葉を使うようになったのですが、そういうことを言う子がいるんですか?」

すると保育士さんは恥ずかしそうに
「あー……。それは、わたしたち保育士が言うからですね……」
と、そのわけを教えてくれた。

大阪の保育園なので、家で「あかん!」を聞かされて育つ子どもがいる。
一方、「ダメ!」と言う家庭もある。
保育士さんが子どもに注意をするときは危険が迫っているときが多いので、子どもに瞬時に言葉を理解させないといけない。
そのとき、ふだん「あかん!」と言われている子に「ダメ!」と言っても理解できない可能性がある。
そこで、どちらのケースでもすぐに伝わるように「ダメあかん!」なのだそうだ。

なるほど。
こうやって、大阪の園児たちは知らず知らずのうちにバイリンガルになってゆくのか。

2015年9月8日火曜日

【ふまじめな考察】ヘアスタイルの自主決定権


美容院に行くと「どんな感じにしましょう」と訊かれるけど、あれなんとかならんものかね。

ぼくはいっつも「前髪は眉にかからない程度で、横は耳にかからないぐらいで、あとは適当に」と言うことに決めている。
こう言っておけばだいたい思ったとおりにしてくれもらえる。
だが、ときどきふと思う。
はたしてこれが正解なのだろうか。
美容師さんからは「なんだよそのいいかげんな指示は。もっと具体的に言ってくれなきゃわからないよ」と思われているのかもしれない。
かといって、
「前髪は眉の上4ミリまで。耳まわりはy=2/3x^の放物線を1/4ラジアンの角度で傾けた図形を描くようにして、頭頂部は福山雅治のつむじと近似になるように。かつ前頭葉から海馬の外殻にあたる部分は……」
みたいな細かい指示を出したら、(しょうもない顔面のくせにうるせえなあ。おまえの頭に関心あるやつなんかいないから頭髪の代わりにもずくが乗ってたって誰も気づきゃしねえよ)と思われることはまちがいない。

病院だと、ほとんどクライアント(患者のこと)が口をはさむ隙がない。
医師や診察をし、臨床検査技師が検査をおこない、
「あなたの血圧は正常値より高いです。このままだと脳溢血を引き起こすリスクがあります。血圧を下げる薬を処方しますので一日に三回服用してください」
と、すべて決めてくれる。
クライアントは、プロがそういうのならまちがいないと、安心してエスカレーターに乗っかっているだけでいい。



ぼくは「どんな分野であれ素人が口をはさむとろくなことにならない。プロに一任するのが最も効率的でいい結果を生む」と信じているから、できることなら髪のことに関しては美容師さんに全権委譲したい。

美容院に行くと、美容師がぼくの顔立ち、頭部の形、髪質などを入念にチェックしたのち、
「あなたの今の髪型は男性の15パーセント、女性の45パーセントからダサいと思われる髪型です。このままだとロマンスのチャンスをみすみす逃す可能性があります。モテモテになるのは無理だとしても、そこそこ見られる髪型にしてあなたの髪質にあった整髪料を処方しておきますので、一日一回、鏡の前でヘアセットしてください」
という診断を下してくれるのだ。

これは便利ー!
ぼく程度の人間に、ヘアスタイルの自主決定権なんかいらないんだよ!


2015年9月7日月曜日

【エッセイ】完全犯罪の憂鬱

 完全犯罪を成し遂げたことがある。

 中学2年の冬だった。
 社会科の先生が体調不良のため休職することになり、代理で非常勤の教師が来ることになった。
 代理で来るのは若い女の先生らしい。
 彼女がはじめて授業をおこなう日。かしこいぼくは、クラスの男子全員を集めて提案した。
「どうだ、全員の名前と座席をシャッフルしようじゃないか」

 代理の先生はぼくたちの顔と名前を知らない。だから別人の名前を名乗ってもバレないはず、とふんでのことだった。
 そして我々は、それぞれが別人の名前を名乗ることにした。
 ぼくの名前はT木になった。
 ぼくの名前と座席は、M山に貸した。
 学ランに名札が縫いつけてあったため、学ランごと交換するという念の入れようだった。

 よくこんなくだらないことにクラスの男子全員が協力してくれたものだと感心する。
 生徒会役員のやつも、不良のやつも、クラスの人気者も、ほとんど登校拒否のやつも、なぜかそのときだけはみんな協力してくれた。
 文化祭でも合唱コンクールでもばらばらだったクラスが、ようやくひとつになった瞬間だった。

 結果は、大成功だった。
 あたりまえだか代理の先生は変装した男子たちの正体に気づかず、ぼくらは嘘の名前で堂々と自己紹介までしてみせた。
 代理の先生はそれを素直に信じ(クラスの男子全員が偽名を名乗っている可能性を疑う教師がこの世にいるだろうか)、ぼくらは終始笑いをこらえながらその1時間を過ごした。

 なかなか大がかりないたずらだったが、最近友人から「こんなこともあったよな」と言われるまで完全に忘れていた。
 ぼくにとってあまり印象的な出来事ではなかったらしい。
 いたずらというやつは、たいていバレて叱られた思い出とセットで記憶されているものだ。
 とうとうバレることのなかった「学ラン交換」は、ぼくの中で消化されずにどこかへ流れてしまったらしい。

 誰にも知られない完全犯罪なんておもしろくない。
 アルセーヌ・ルパンをはじめとする大泥棒たちがわざわざ犯行予告をする理由が、ぼくにはわかる気がする。