2016年8月18日木曜日
【読書感想文】『ネオ寄生獣』
岩明均の傑作漫画『寄生獣』のトリビュート漫画集。
いやあ、おもしろかった。
ぼくが『寄生獣』をはじめて読んだのは20年ほど前ですが、その後もくりかえし読んだので細かいところまでよく覚えています。
奇抜な設定、綿密に練られたストーリー、丁寧な伏線、泉新一、ミギー、田宮良子、後藤といった魅力的なキャラクター 、力が勝敗を分けるわけではない戦いなど、「こんなに完璧な漫画があるのか」と感心したことを覚えています。
強いて欠点を挙げるならあまり絵がうまくないことですが、絵がうまくないこともストーリーに貢献していて(ネタバレになるので伏せますが、広川が××だということにほとんどの読者が気づかなかったのは絵がうまくないおかげでしょう)、絵の拙さまで魅力に変わっています。
『寄生獣』の特にすばらしいところは、ちょうどいいところでスパッと完結しているところ。
やろうと思えば、ミギーを復活させることも新たな敵を出すこともできただろうに、そこまでした引き伸ばさなかったからこそ今でも『寄生獣』は名作だとの評価を受けているのでしょう(「○○編までは名作だった」と呼ばれている漫画がどれだけ多いことか)。
終盤に最高潮が来ているので、読み終わったあとに満足するとともに「もっと読みたい」という気になりました。
そしてそう思ったのはぼくだけではないようです。
多くの表現者も同じように感じたらしく、それがこのトリビュート『ネオ寄生獣』を生みだしたのでしょう。
『寄生獣』の世界や登場人物を使って、いろんな創作者の方々が独自のストーリーを展開しています。
ぼくがいちばん楽しめたのは、太田モアレ『今夜もEat It』。
上品なユーモアもハートフルでスリリングなストーリー展開も一級品で、「この人の『寄生獣』をもっと読みたい!」と思いました。
さらに絵柄をオリジナルに寄せていたり(岩明作品の人物って考え事をするときこんな口するよね!)、別の岩明均作品の登場人物が顔を出したりと、ほんとに『寄生獣』を敬愛する感じが伝わってきて、これぞトリビュート!って言いたくなる、完成度の高い小編でした。
ついでおもしろかったのは竹谷隆之『ババ後悔す』。
造形作家だそうで、海洋堂でフィギュア作ったりしてた人らしいですね。
造形もさることながら、「もし○○に寄生したら」というアイデアもすばらしい。
ま、田舎だったらこうなるよなあ。
熊倉隆敏『変わりもの』はショート・ショートのような不気味な後味の作品。
『今夜もEat It』といい、寄生獣といえば“健康”なのがおもしろい。
寄生生物にとっての最大の関心事が宿主の健康なのは、あたりまえといえばあたりまえなんだけど。
PEACH-PIT『教えて!田宮良子先生』もおもしろかったんだけど、これはトリビュートというよりはもはや同人誌……。
ひどかったのは平本アキラ『アゴなしゲンとオレは寄生獣』。
いやあ、これはひどい。
笑いましたけど。
もう、原作のキャラをむちゃくちゃにしてます(しかもあの人かよ……)。
でも、原作の台詞を忠実にパロったりして(忠実にパロったり、って変な表現だけど)、『寄生獣』に対する愛も存分に感じました。
ぼくは清水ミチコの、対象に対する悪意と愛情の両方を感じるものまねが好きなんだけど、なんとなくそれを思い出しました。
『ネオ寄生獣』、『寄生獣』ファンなら少なくともどれか一篇は楽しめる作品集だと思います。
でも全部気に入るのは難しいだろうな……。
2016年8月16日火曜日
【エッセイ】五山送り火のええとこ
京都人は遠回しなものの言い方をする。
「ぶぶ漬け食べていきなはれ」は有名だが、他にもいろいろある。
「おたくのお嬢ちゃん、ピアノ上手にならはりましたなあ」
は、
「ピアノうるさいですよ」
の意味。
「若い人は何を着ても似合わはりますなあ」
は、
「若いから場にふさわしい服も知らないのね」
の意味だそうだ。
学生時代、京都に住んでいた。
京都市内の中でも中心部、いわゆる“洛内”という場所だ(ちなみに京都人にとって中心部とは、市役所や繁華街がある場所ではない。御所に近い場所が中心部だ)。
ぼくの住んでいたアパートは大文字山のすぐ近くにあって、アパートの通路からは「大」の文字がよく見えた。
毎年8月16日は五山送り火。
大文字山の「大」の字には煌々と火が灯る。俗にいう大文字焼きだ。
友人が、一緒に大文字焼きを見ようぜとぼくの家にやってきた。
だがアパートの通路で見るのも興に欠ける。
いい場所はないかと探すと、アパートの屋上からだと大文字が真っ正面に見えることがわかった。
屋上へ通じるフェンスにはカギがかかっていたが、何でも許されると思っている学生のこと、フェンスをよじのぼって屋上に上がった。
上がってみるとじつによく見える。
人もいないし快適だ。
これは愉快愉快とビールを飲みながら大文字山に灯る送り火を眺めていると、アパートの大家さんがやってきた。
大家さんは70歳くらいのおばあちゃんで、いたって柔和な人柄だった。
ぼくらが勝手にフェンスを乗り越えて屋上で酒を飲んでいるのを見ても
「あらー、ええとこ見つけはったねえ」と微笑むだけだった。
ぼくらも
「そうでしょう。ここ穴場ですよ」
とへらへらしていた。
……という話をつい最近、知り合いの京都人にしたところ、
「『あらー、ええとこ見つけはったねえ』っていうの、それたぶん京都人特有のイヤミですよ」
と云われた。
あーそうかー。
よくよく考えたらそうかもしれーん!
でも当時はまったく通じなかったよ!
田舎者だと馬鹿にされてたんだろうなあ……。
「ぶぶ漬け食べていきなはれ」は有名だが、他にもいろいろある。
「おたくのお嬢ちゃん、ピアノ上手にならはりましたなあ」
は、
「ピアノうるさいですよ」
の意味。
「若い人は何を着ても似合わはりますなあ」
は、
「若いから場にふさわしい服も知らないのね」
の意味だそうだ。
学生時代、京都に住んでいた。
京都市内の中でも中心部、いわゆる“洛内”という場所だ(ちなみに京都人にとって中心部とは、市役所や繁華街がある場所ではない。御所に近い場所が中心部だ)。
ぼくの住んでいたアパートは大文字山のすぐ近くにあって、アパートの通路からは「大」の文字がよく見えた。
毎年8月16日は五山送り火。
大文字山の「大」の字には煌々と火が灯る。俗にいう大文字焼きだ。
友人が、一緒に大文字焼きを見ようぜとぼくの家にやってきた。
だがアパートの通路で見るのも興に欠ける。
いい場所はないかと探すと、アパートの屋上からだと大文字が真っ正面に見えることがわかった。
屋上へ通じるフェンスにはカギがかかっていたが、何でも許されると思っている学生のこと、フェンスをよじのぼって屋上に上がった。
上がってみるとじつによく見える。
人もいないし快適だ。
これは愉快愉快とビールを飲みながら大文字山に灯る送り火を眺めていると、アパートの大家さんがやってきた。
大家さんは70歳くらいのおばあちゃんで、いたって柔和な人柄だった。
ぼくらが勝手にフェンスを乗り越えて屋上で酒を飲んでいるのを見ても
「あらー、ええとこ見つけはったねえ」と微笑むだけだった。
ぼくらも
「そうでしょう。ここ穴場ですよ」
とへらへらしていた。
……という話をつい最近、知り合いの京都人にしたところ、
「『あらー、ええとこ見つけはったねえ』っていうの、それたぶん京都人特有のイヤミですよ」
と云われた。
あーそうかー。
よくよく考えたらそうかもしれーん!
でも当時はまったく通じなかったよ!
田舎者だと馬鹿にされてたんだろうなあ……。
2016年8月13日土曜日
【読書感想文】貴志 祐介 『新世界より』
いやあ、とんでもなくスケールの大きい小説でした。
これだけの話をたった一人の人間が書いたということに驚かされる。
これを実写映画化しようとしたら、『スター・ウォーズ』7部作ぐらいの予算と上映時間が必要になるだろうね。
緻密に考えられた世界観、魅力的な新生物、次から次にピンチに陥る怒濤の展開、そして巧みに仕掛けられた伏線。
どれをとっても一級品。
単行本で前後編あわせて1,000ページを超えるボリュームでありながら、ページをめくる手が止まらなくなり、一気に読んでしまった。
小説の世界にどっぷり浸かりたいときにおすすめ。
でも逆にいうと、どっぷり浸かりながら読まないと、ついていけなくなっておもしろみを感じられないかもしれない。
登場人物は特に多いわけじゃないけど、1,000年後の日本、超能力者が支配する世界を描いたSFなので新しい概念が次々に登場する。
呪力、攻撃抑制、愧死機構、悪鬼、業魔など。
これらの概念はちょっとややこしい上に少しずつしか明らかにならないので、前半は少しもどかしい。
その分、徐々に世界の謎が明らかになっていく瞬間には、カタルシスを感じる。
未知の分野を勉強するときって、はじめはぜんぜん理解できなくって苦痛なんだけど、ある瞬間から急に全体像が見渡せるようになって爽快感を味わえるじゃない。ちょうどあんな感じ。
「そうか、世界はこうなってたのか!」
勉強が嫌いな人ってこの悦びを知らない人が多いから、勉強嫌いな人にはこの小説はしんどいかもね。
あとホラー出身の作家だけあって恐ろしいストーリー展開やグロテスクな描写も多い。後味もすごく悪い。
ぼくは後味の悪い小説が好きなのでおもしろかったけどね。
特にラストの薄気味悪さは後を引いたな。バケネズミが実は×××だったというのは、まったく想像もしなかったし、言われてみればなるほど!という感じで、見事に騙された。
読み終わってから寝たら見事に悪夢を見たからね。それぐらいイヤなラスト。
SFとしてもミステリとしてもサスペンスとしてもホラーとしてもよくできた小説だ。
特にラストの薄気味悪さは後を引いたな。バケネズミが実は×××だったというのは、まったく想像もしなかったし、言われてみればなるほど!という感じで、見事に騙された。
読み終わってから寝たら見事に悪夢を見たからね。それぐらいイヤなラスト。
SFとしてもミステリとしてもサスペンスとしてもホラーとしてもよくできた小説だ。
ストーリーの本筋についてはネタバレにならないように書くのは難しいのでこれ以上触れないとして、
『新世界より』の魅力のひとつは、架空の動物たちの存在。
さらに、卵を食べにくる他のヘビを殺すため、毒や鋭い突起を仕込んだ偽卵を仕込むこともあるというしたたかさ。
あまりにも合理的な生存戦略なので、本当にいるのではないかと検索してしまったほど(だって自然界の生き物ってほんとに合理的なんだもの)。
いやほんと、1,000年後はないにしても、数万年後にはこんな生物も誕生してるんじゃないかな。検証しようがないけど。
願わくば、バケネズミだけは誕生していませんように......。その他の読書感想文はこちら
2016年8月12日金曜日
【おもいつき】ぼくらとオリーブの染色体
「人間の染色体は23対、他に23対の染色体を持つ生物はオリーブぐらいしかいないらしいよ」
「オリーブってポパイの恋人の?」
「あれは人間だろ。植物のオリーブだよ」
「へえ。じゃあチンパンジーなんかよりオリーブのほうが人間に近いってこと?」
「うーん……。染色体の数だけならそうだけど……」
「つまり腕が折れたときはオリーブの木で接ぎ木をしたら腕とくっつくってこと?」
「そんなことはない」
「つまり血が足りないときはオリーブオイルで輸血できるってこと?」
「そんなこともない」
「あのさあ。ほんとのこと言うとね」
「うん?」
「おれ、染色体って何かわかってないんだよね」
「だろうね!」
「オリーブってポパイの恋人の?」
「あれは人間だろ。植物のオリーブだよ」
「へえ。じゃあチンパンジーなんかよりオリーブのほうが人間に近いってこと?」
「うーん……。染色体の数だけならそうだけど……」
「つまり腕が折れたときはオリーブの木で接ぎ木をしたら腕とくっつくってこと?」
「そんなことはない」
「つまり血が足りないときはオリーブオイルで輸血できるってこと?」
「そんなこともない」
「あのさあ。ほんとのこと言うとね」
「うん?」
「おれ、染色体って何かわかってないんだよね」
「だろうね!」
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