2018年1月16日火曜日

定期購読の恐怖


かつて新聞を購読していたが、今はとっていない。よほど気になるニュースがあったときだけコンビニで買う。
ある週刊誌を定期購読していたこともあるが、それもやめてしまった。
少し前にAmazon Unlimited(月額費を払えばいくつかの電子書籍や雑誌が読み放題になるサービス)に加入していたが、何ヶ月かして解約した。


定期購読というのがどうも性にあわない、ということに最近やっと気がついた。
定期購読は読者を束縛する。
金を払っているのだから読まなくちゃいけない。早く読まないと次の号が届く。だから今すぐ読まなきゃいけない。

「新聞は読みたいときに読みます。だから一週間分ためておいてまとめて読むこともありますね」
ということは社会通念上許されない。新聞の消費期限は一日だ。その日のうちに読んでしまわなきゃいけない。これがつらい。

ぼくは読む本がないと不安になる性分なので、常に未読の本が二十冊くらいは自宅にある。
読まれていない本たちは、おとなしく自分の順番が来るのを待っている。ぼくはそいつらの声にも耳を傾けながら「ちょっと待ってくれよ。今こっちの小説が佳境だから、それが終わったら次はおまえな」とか「君は時間がかかりそうだから通勤電車の中で少しずつ読むことにするよ」なんて云いながら順番を調整している。

ところが、定期購読のやつらは強引に割りこんでくる。
「Amazon Unlimitedです。月間二冊以上読まないと元をとれませんよ。損してもいいんですか!?」
「ちわー。週刊誌です。来週までに読んでよ!」
「こっちは新聞じゃい。なにがなんでも今日中に耳をそろえて読んでもらうで!」
と扉をがんがん叩いてくる。

新聞は「おっ小説読んどるんか。えらい余裕があるんやな」と、子どもの貯金箱に手を出す取り立て屋のように睨みを利かせる。
ぼくはおびえながら「この子を読む時間だけは勘弁してください!」と頭を下げるのだが、新聞は耳も貸さずに読みかけの小説を閉じ「届けてもらった新聞は読むのが人の道ってもんやろがい! 小説はいつでもええやろが!」とすごんでくる。そう云われると返す言葉もない。
泣きながら新聞を読み終えると、新聞は「読むもん読んでくれたらこっちも無茶なことはしたくないんや。明日もまた来るで!」と乱暴な音を立てて帰っていく。新聞に読書時間を奪われたぼくは、もう小説を読む気もすっかりなくし、ただ茫然と古新聞を折りたたむばかりだ。

もうそんな思いはしたくない。
だからぼくはもう定期購読とサラ金には手を出さない決意をした。

2018年1月15日月曜日

おまえは都道府県のサイズ感をつかめていない


四歳の娘は地図が好きだ。
なぜかはわからないが、駅に貼ってある近隣図なんかを見つけると、必ず「地図だ!」と云って見に行く。
地図の見方はよくわかっていないが「今はどこ? どうやって行くの?」と訊いてくるので、「今はここで、今からこうやってこうやってこう行くんだよ」と教えてやる。


そんなに地図が好きなら、と思って日本地図を買ってきた。
風呂の壁に貼れるこども向けの地図だ。47都道府県と県庁素材地の名前がひらがなで書いてあるので、四歳児でも読める。

こどもの集中力と吸収力というのはたいしたものだ。
一週間ぐらいで、半分近くの都道府県を覚えてしまった。四歳児にとっては「とうきょうと」も「ほっかいどう」も特に意味のない文字の羅列だと思うのだが、それでもぐんぐん覚える。高級今治タオルのような吸収力がうらやましい。

ただ、都道府県名は覚えても、都道府県の概念はいまいちよくわかっていない。
「ここは大阪府で、おじいちゃんとおばあちゃんは兵庫県に住んでいて、いとこの〇〇ちゃんは京都府に住んでいるんだよ」
と教えると「じゃあ保育園は?」と訊いてくる。「大阪府だよ」「じゃあ保育園の前の公園は?」「大阪府だよ」「じゃあそこのスーパーは?」「大阪府」「大阪府が多いんだね」と云う。
たまたま大阪府が多いわけじゃなくて、ここら一帯が大阪府なんだよ、といってもいまいちぴんと来ていない様子。まあ四歳児にとっては自分の足で歩いていけるところが世界のすべてだろうから、そのへんの距離感をつかめないんだろうな。かわいいやつじゃ。




そのとき「ではおまえは都道府県のサイズ感をどれぐらい正確につかめているのか」という天の声が聞こえてきた。
はっ、言われてみればたしかに、とても正確につかめているとは言いがたい……。

地図で見てだいたいの大きさは知っている。
でもそれは相対的な大きさでしかない。兵庫県が大阪よりずっと大きいことはわかる。でも、そもそも大阪の大きさを、ぼくは知らない。
いっぺんでも端から端まで歩いてみたらわかると思う。徒歩じゃなくても、自転車で縦断するだけで「大阪府ってこれぐらいのサイズか」というのがわかるだろう。そしたら、「大阪府がこれぐらいだったから兵庫県はこれぐらいか」と他の都道府県のサイズ感もつかめるんじゃないだろうか(ただ北海道は大きすぎるのでつかめなさそうだ)。
でもぼくはどこかの県の端から端まで移動したことがない。電車や車で横切ったことはあるが、身体感覚としてはつかめていない。


「おまえがいかに都道府県のサイズ感をつかめていないか自覚できるように、テストをしよう」
また天の声が聞こえた。ぼくは目隠しをされて延々歩かされる。ずっと右側から陽があたっているので東に進んでいることだけはわかる。
大阪をスタートしてかなり歩いたところで「さて、今は何県にいるでしょう?」と天の声がクイズを出した。

「んー……。だいぶ歩いたから……静岡県!」

「ブッブー。まだ大阪府でした」



2018年1月13日土曜日

大声コンテストの真実


NHKのニュースって、どうでもいいニュースやるじゃないですか。
どうでもいいやつです。毒にも薬にもならないやつ。知っても人生に何の影響も及ぼさないニュース。

ちびっ子たくさんと横綱が相撲とってるニュースとか、ホタルイカ漁のシーズンになりましたとか、そういうやつ。
あれ何のためにやってるんだろうね。ニュースの時間と取材陣あまってるのかね。あまったんならその分受信料返金してほしいね。

中でもどうでもいいのは、大声コンテストのニュースね。
丘の上あたりからでっかい声で、「日頃思っていること」という名の超ソフトなことを叫ぶやつ。
「お父さんお母さんいつもありがとー!」とか「もっと給料上げてくれー!」とか。NHKバラエティ班が考えてるのかってぐらいのマイルドさだよね。紅白歌合戦のミニコントレベルのユーモアだよね。いや、いい意味で(そんなわけあるか)。

ニュースの最後には必ず「大語で日頃の不満を発散しました」みたいなナレーションが入るんだけど、大声コンテストに出てくる人ってストレスあるように見えないけどね。

それとも、ニュースでは使われないだけで、大声コンテストの現場ではもっとえげつないこと言ってる人もいるのかな。

「古い常識を押しつけて子育てにケチつけてくる姑のババア、死んでー!!」

みたいなやつ。

ときどきそういうのもあるんだったら一時間くらい見てられるな。



2018年1月12日金曜日

落語+ミステリ小説 / 河合 莞爾『粗忽長屋の殺人』





『粗忽長屋の殺人(ひとごろし)』

河合 莞爾

内容(e-honより)
伊勢屋の婿養子がまた死んだ!婿をとったお嬢さんは滅法器量よし、お店は番頭任せで昼間から二人きり。新婚は、夜することを昼間する、なんざ、それは短命だ…。ところがご隠居さん、次々に死んだお婿さんの死に方を聞くと、何やら考え始めて―。(「短命の理由」)古典落語の裏側に隠れている奇妙なミステリー、ご隠居さんの謎解きが始まる!


いろんな落語の筋をベースに、長屋のご隠居さんが謎解きをするというミステリ小説に仕上げた作品。
落語『短命』の裏側を解明する『短命の理由(わけ)』
落語『寝床』の旦那の秘密を解き明かす『寝床の秘密(かくしごと)』
落語『粗忽長屋』をベースに『粗忽の使者』の登場人物を加えた『粗忽長屋の殺人(ひとごろし)』
落語『千早振る』『反魂香』『紺屋高尾』という花魁が出てくる三つの話を大胆につないだ『高尾太夫は三度(みたび)死ぬ』
と、意欲的な作品が並ぶ。
落語+アームチェア・ディテクティブもの(探偵役が現場に足を運ばずに解決するミステリのジャンル)というおもしろい試み。ぼくは落語もミステリも好きなので、まあまあ楽しめた。

……とはいえ、もっと読みたいかというと、うーんもういいかなという気持ち。

ミステリとしての完成度はいまいち。
もともと完結作品である落語をなんとかミステリに仕立てようとしているから、筋としては苦しいものが多い。
わずかな手がかりからあまりにも都合よくご隠居さんが謎を解決しちゃうし、根拠の乏しい推理がことごとくどんぴしゃだし、「近眼だからまったくの別人を友人と見まちがえた」とかいくらなんでも無理があるだろってトリックもあるし、よくできたミステリとは言いがたい。


だけど、どの噺もミステリの要素を入れながらもきちんと人情味のある噺にしていたり、本来のサゲ(オチ)を踏まえたうえで新しいサゲを考えていたり、落語愛あふれる噺にしあがっている。
随所にちりばめられたギャグもけっこうおもしろい(時事ネタが多いのであまり小説向きじゃないけど。まあそういうところも落語っぽい)。

たとえば、旦那がうなる義太夫の下手さを表したこの会話(『寝床の秘密』より)。

「一番可哀相なのは留公ですよ。聴き始めた途端に気分が悪くなって、だんだん意識が遠くなってきて、このままじゃ昏倒しちまうってんで庭に逃げ出したんですがね、それが旦那に見つかっちゃった。旦那、すっくと立ち上がって、義太夫を語りながら留公を追いかけ始めたんですよ!
 気が付いた留公、慌てて石灯籠の陰に隠れた。すると旦那が正面から、かーっ! と義太夫を浴びせた! その義太夫の衝撃で、石灯籠にぴぴぴぴっと無数の細かいヒビが入ったかと思うと、ずしゃあーっ! と砂みてえに崩壊して、身を隠すものがなくなっちまった!」
「まるで超音波怪獣だね」
「次に留公、なんとか義太夫から逃れようと庭の池に飛び込んだ。すると旦那が池の水面に向かって、甲高い声で、きいーっ! と義太夫を放射した! 途端に、池の水がぶるぶる振動し始めたかと思うと、ぐらぐらっと煮立ってきて、池の鯉も白い腹を見せて、ぷかぷか浮かんできた!」
「マイクロ波だ。電子レンジの原理だよ」
「あちちちっ! と池を飛び出した留公、庭の隅に土蔵が建ってたんで、急いでその中に駆け込んで、内側からカンヌキを降ろした。やれやれこれで一安心と思ってると、がるるるるーっと唸りながらしばらく土蔵の周りをぐるぐる回っていた旦那が、やがて土蔵の上のほうに小さな明かり取りの窓があるのを見つけると、にたりと恐ろしい笑みを浮かべて、梯子を持ってきてその窓まで一気によじ登り、窓から土蔵の中に向かって、どばあーっ! と義太夫を語り込んだ!
 さあ、逃げ場がないところに、留公の頭の上から義太夫が大量に降り注いできた、義太夫が土蔵の中でどどどどーっと渦を巻いて留公を飲み込んだ。途端に、ぐわあーっ! っと、身の毛もよだつ留公の叫び声が、あたりに響き渡った!」
「あのね、いい加減におしよ」
「ここから先は、恐ろしくてとても言えねえ――」
「お前さんが義太夫を語ったほうがいいんじゃないかね?」

これなんかじっさいの落語で聞かせたらめちゃくちゃウケるとこだろうな。


だからこの小説、「落語の噺を下敷きにしたミステリ」として読むのではなく、「ちょっとだけミステリ要素も加味した古典落語」として読むと、どれもよくできている。

もうミステリ要素いらないからふつうに新作落語を書いたらいいんじゃないかな、と思ったね。



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2018年1月11日木曜日

おすすめの本ある?



本が好きだと言うと、
「読書のどういうところがいいの?」
「なんかおすすめの本ある?」
と訊いてくる人がいる。

本気で訊きたいわけじゃなくて話を拡げたいだけだろう。それはわかってる。でも、それにしてもうるせえな、と思う。
なぜならそういう質問をしてくるのは本を読まない人間に決まっているからだ。

現代日本に生まれ育っている以上これまでの人生において読書の楽しさにふれる機会は何万回とあったはずで、それでも読書好きにならなかったということはもうおまえが読書の悦びに目覚める可能性はほぼゼロだから、おまえに読書の愉しみを説いたところで無為だ。だからおまえと読書が価値あるかどうか議論するひまがあったら本読むわ。

とは思うけど、そこはぼくもいい大人だからぐっとこらえて
「やっぱり新しい知識を得られるのってそれ自体悦びじゃないですか」
みたいな相手が欲してそうなテキトーな答えを言って、ああ無駄な時間だこの時間を利用して本読みてえ、と思うのだ。