2016年1月23日土曜日

【エッセイ】イノセントワールド


朝から妻の機嫌が悪い。

なにか怒られるようなことをしただろうか。
胸に手を当てて考えてみたが、思いあたるふしは4つぐらいしかない。


あれは証拠を残してないはずだし……

あれはみんなやってることだし……

あれはもう時効が成立してるし……

あれはまだばれてないはずだし……


うん、大丈夫。
すぐさま怒られそうな案件はひとつもない。
清廉潔白の身だ。イノセントワールドだ。


じゃあなぜ。
なぜ彼女はかようにも怒っているのか。
おもいきって聞いてみた。男らしく、おそるおそると。

 「えーっと……。どうかした……?」

「すっごく腹立つ夢を見たの」

 「夢……?」

「そう、洗濯機のすすぎが終わりかけてるときに、あなたが洗濯機の扉をむりやり開けて汚れた洗濯物を追加する夢。せったく
すすぎが終わりかけてるのにまたやり直し! って腹が立ったわけ」

 「あー……。それは……。うん、ごめんなさい」

2016年1月22日金曜日

【エッセイ】エジプトで見て見ぬふり

世界各地にチャイナタウンがあったり、地方から出てきた人たちが集う県人会があったり、たいていの人は同郷の人間に対して親近感を覚えるものだ。
だが、世の中にはそういった間隔とは無縁の人もいる。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

ぼくの同僚Sさん。
秋田県能代市から出てきて、大阪で働いている。
その人の部署に入社してきた新入社員が、自己紹介で「秋田県能代市出身です!」と語った。
大阪で東北出身者に出会うだけでもめずらしいのに、市まで同じ。すごい偶然だ。

にもかかわらず。
Sさんは、くだんの新入社員に対して、自分が能代市出身だと明かしていないらしいのだ。何度か話しているのに。

「すごいことじゃないですか。なんで言わないんですか」
と訊いても、
「べつにわざわざ話すようなことじゃないでしょ」
と、にべもない。

わざわざ話すことだろうよ!

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

また、高校の同級生Gさん。
Gさんはエジプト人男性と結婚していて、エジプトに住んでいる。
こないだ久しぶりに帰国していたGさんがこんなことを云っていた。
「そういやこないだエジプトのカイロ空港で、Tくんとすれちがったよ。ほら、高3のときに同じクラスだった」
 「えー! すごい偶然だね! さぞかしTくんもびっくりしてたでしょ?」
「いや、向こうはわたしに気づいてなかったと思う。声かけなかったし」
 「えっ。なんで!?」
「そんなに仲良かったわけじゃないし……」

信じられない。エジプトで知り合いにばったり会ったとき、声をかけずにいられるだろうか。
仲がいいとか関係ない。なんなら、エジプトで日本人に会ったら、たとえ知り合いじゃなくても日本人だというだけで話しかけてしまうかもしれない。

さらに驚くべきは、Gさんは大学でエジプト史を専攻していたという事実だ。
エジプトの歴史研究してるのに自分の歴史に興味なさすぎ!


2016年1月21日木曜日

【読書感想】 萩尾望都『11人いる!』


萩尾望都『11人いる!』

 (Wikipediaより)
「11人いる!」は、漫画雑誌『別冊少女コミック』1975年9月号から11月号に連載された[1]。1976年、第21回小学館漫画賞少年少女部門を受賞。
宇宙大学の入学試験最終テスト(最終日程の最後の科目)の会場“外部との接触を絶たれた宇宙船”を舞台に、宇宙のさまざまな国からやって来た11人の受験生が、疑心暗鬼のなかで反目しつつ、信頼関係を築き合いながら友情や恋を培い、非常事態を乗り越えようとするさまを描く。

名作だとの評判は耳にしていたが、大昔の少女漫画をいまさら読むのもなあ……。ってことで読んだことはなかったのだが、そのインパクトのあるタイトルはずっと頭に残っていた。
Kindleで売られているのを見て、ようやく買って読んだ。

いやあ、噂に違わぬ名作だった。
まず40年前の少女漫画なのに、ちっとも古びていない。
もちろん絵柄は古いしギャグのノリも見ちゃいられないんだけど、ストーリーは古びていない。
独創的な世界観、綿密な構成、スリリングな展開。さらにラストまで明かされない「11人目の存在の謎」がいいフックになっていて飽きさせない。
男か女かわからないキャラクター、相次ぐ事故、なぜか宇宙船の内部に詳しすぎる人物といったミステリ要素にも丁寧に伏線が張られており、SFとしてだけでなくサスペンスとしても凝った造りになっている。

ほんと、これが40年前の少女コミック誌に掲載されていたということに軽い目眩を覚える。



この本には表題作のほかに、続編の『東の地平 西の永遠』と同じ世界観のコメディ『スペース ストリート』が収録されている。

『東の地平 西の永遠』は、宇宙を舞台にしたSFでありながら宰相の陰謀によって戦争に向かう国の運命に翻弄される王様や敵国の姫たちの悲劇の物語……という感じで、『ロミオとジュリエット』や『ベルサイユのばら』のようなテイスト。
3つの星の争いを舞台にしている点をのぞけば、正直、少女漫画としてもさほど新しい展開ではない。
とはいえ、日蝕の描写に代表されるような細部の設定はさすが。
『11人いる!』に比べるとすこしものたりないが、これも十分秀作。


『スペース ストリート』は……。
昔のギャグなので今笑えないのはしょうがないのだけど……。
『11人いる!』のネタバレになるので詳しくは書かないが、主人公と○○のいちゃいちゃ恋愛をどういう感じで見ていいのかわからなかった。
二次創作のボーイズラブを見ているような気持ち悪さがあって(ぎりぎりネタバレじゃないよね)、ギャグ以前にそのへんがどうもね……。
おまけページだと思えばまあいっか。

そういや、今はどうだか知らないけど、少女漫画ってやたらとおまけページが充実してたよな。
スピンオフ漫画があったり作者の自分語りがあったり。あれなんなんでしょう。
作者の人物像も含めて楽しむのが少女漫画の読み方なのかな。

2016年1月20日水曜日

【エッセイ】文明人だもの


よく、落ちた食べ物を拾って食べる。
さすがに砂利の上に落ちたソフトクリームは食べないけど、自宅の床に落ちたバーニャ・カウダぐらいだったら迷いなく拾って口に入れる(おっしゃれー!)。

育ちがいいので
「おぼっちゃま、食べ物を粗末にしてはいけませんよ」と言われて育った。
だから落ちた物も食べるし、もちろんヨーグルトのふたもべろんべろんなめる。

その点、妻は教育を受けずに育ったのか知らないが、落ちたものは決して口にしようとはしない。
それだけなら
「あら、落ちたものを捨てるなんてどこの蛮族出身なのかしら? バルバロス? それとも匈奴?」
で済む話だ。

でも、あろうことか彼女は、食べ物を粗末にしない夫を尊敬するどころか、むしろ蔑んでいるようなのだ。
あまつさえ、
「子どもが将来真似するからやめて」
と説教まで垂れる(しかもこの言葉からわかるように彼女は子どもの心配をしているだけで、夫の健康状態には露ほどの関心もない)。
粗野な人間が、徳の高い人間をこばかにする。
こんなことが許されていいものか。
水が低きから高みへと流れてよいはずがない!

妻はどうも勘違いをしているらしい。
夫は汚い食べ物のほうが好きだと思っているようなのだ。
その証拠に彼女は、調理中にうっかり落としてしまったおかずや焦がしてしまった食材は、必ず夫の皿に盛る。

勘違いしないでくれ。

ぼくだってべつに、落ちたものが好きなわけじゃない。
落ちたご飯と落ちていないご飯だったら、だんぜん落ちていないご飯派だ。
ぼくは拾い食いをするのは、ただマナーとしてのことだ。
サラリーマンだからネクタイをするけど、べつにネクタイを愛しているわけじゃない。
世間が許すなら、ネクタイだってズボンだってとっくに脱ぎ捨てている!

だけど。
ぼくはそれをしない。
だって19歳ぐらいからぼくは文明人として生きているんだもの!
だから窮屈でもネクタイをするし、
暑くても外出時はズボンを履くし、
落とした食べ物はちゃんと食べる。
文明人はじめました!



ということを滔々と妻に語ったところ、
「落とさないようにするという選択肢はないの?」
と云われた。

うっ……。
それは……。
ま、本を読みながらご飯食べてたら、そりゃあ落とすことだってあるさ。

文明人だもの。

2016年1月19日火曜日

【エッセイ】歩かざるもの靴買うべからず


男女数人で食事をした後、友人(男)が「靴を買いたい」というので、みんなで靴屋に行った。

その友人は棚をざっと見て、靴を探しだし、試し履きをして、サイズがあわなかったのでワンサイズ大きいのを選び、ちょうど足にあったのでそれを持ってレジへと進んだ。

「えっ、もう買うの!?」
ひとりの友人(女)が驚いた声を出した。

男「いや、買うけど……。なんか問題ある?」

女「でもまだ店に入ってから3分くらいしかたってないよ」

男「試し履きしたよ。3分見たら十分だろ」

女「うそ。あたしが靴を買うときは、まずゆっくり店内を一周する。で、気になった靴は片っぱしから履かせてもらう。少なくとも10足は履くかな。履いて鏡を見たりもするし、やっぱりさっきのやつのほうがよかったかなって思って履きなおしたりもする。だから1時間は店にいるよ」

男「まじか。靴買うだけでそんなに時間かけんの!?」

女「ううん。1時間見ても、結局買わずに店を出ることのほうが多い」

男「えー。たかが靴で……。いくら毎日履くものとはいえ……」

女「毎日なんか履かないよ! だっていろんな靴履きたいじゃない。今履いてるこの靴も、年に数回しか履かない」

男「信じられん……」