奥田 英朗『用もないのに』
奥田英朗さんの書く文章は軽妙でテンポよく読めるので、紀行エッセイに向いてるね。
紀行文ってどうしても説明が多くなってしまうから、堅い文章だとほんとうに読むのがつらいので。
『野球篇』と『遠足篇』に別れているけど、圧倒的に『野球篇』のほうがおもしろい。
野球場めぐりが趣味だというだけあって、野球に対する愛情と、愛しているからこその鋭い視点が共存している。
まずは北京オリンピックでの野球日本代表を観戦した『再び、泳いで帰れ』。
終始、星野監督に対して厳しい目が向けられている。
ぼくも野球は好きなんだけど野球日本代表は好きじゃない。
たいした戦略もなく各球団からスター選手を引っ張ってきて、指導者としての実績に乏しい監督を引っ張ってきて(長嶋茂雄、原辰徳、星野仙一、小久保裕紀......。名将とか智将とか呼ばれる人間がいないじゃないか)、オールスターゲームみたいななめた采配を振るわせる、という印象しかない。
奥田英朗氏もオールド野球ファンとして、星野監督の情報不足や選手への信頼不足を指摘しつづけている。
オリンピックのような国際試合だと日本代表に対して手放しで誉めちぎる風潮があるけど、そんな中でつまらない野球をした星野ジャパンに対して「泳いで帰れ」と言い放つ姿勢は見事。
たしかにキューバあたりの選手のほうが日本よりもはるかにかっこいい野球をするもんなあ。勝たなくてもいいからかっこいい野球をやってほしいものだ。
続く『アット・ニューヨーク』ではニューヨークまで松井秀喜のゲームを観戦に。
ヤンキース・スタジアムの描写が光り、単なる野球観戦記ではなく「ヤンキース・スタジアムで本場のホットドッグ食べたいな」と思わせる紀行文に仕上がっている。
ぼくは今までに甲子園球場、京セラドーム、今はその名がなくなったグリーンスタジアム神戸、今は球場自体がなくなってしまった西宮球場に行ったことがあるけど、どの球場も「野球を観るための場所」であって、ニューヨーク・スタジアムのように「家族が休日で過ごせる場所」ではなかった。子どもが走りまわってたら怒られるしね(西宮球場はぎりぎり許されそうな雰囲気があったけど)。
わざわざ遠くの東京ドームや福岡ドームに行ってみたいとは思わないけど、ファンと選手の距離が近いメジャーリーグのスタジアムには一度は行ってみたい。
2005年に楽天ゴールデンイーグルスが創設されたときに地元仙台での開幕戦を取材した『松坂にも勝っちゃいました』もいいエッセイ。
我らの町にプロ野球球団がやってきたという熱狂と、でも慣れてないからどんなスタンスで応援していいのかわからないという戸惑いの両方が文章から感じられる。
あれから11年。
楽天ゴールデンイーグルスが地域に根付いたことはまちがいない(10年も経たないうちに日本一になるなんて、あの頃誰が予想しただろうか)。
ぜひ奥田英朗氏にはまた宮城球場に行って、球場の雰囲気がどう変わったかをレポートしていただきたい。
『遠足篇』では、フジロック、愛知万博、世界一のジェットコースター、四国お遍路を初体験した様子が書かれているけど、造詣の深い野球観戦記に比べると文章に熱も感じられないような......。
でも、つまらないものはつまらないとはっきり言える姿勢には好感。
スポーツの国際大会とか万博になると、新聞やテレビは無条件で褒めちぎる報道に傾くからなあ。
あたりまえのことをあたりまえに言える人って必要だよね。
建前も大事だけどさ。
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