2016年12月13日火曜日

【エッセイ】イークァイ、イークァイ

このエントリーをはてなブックマークに追加
十数年前に北京に留学していたとき、寮で同室だったKさん。
Kさんはふしぎな人で、語学留学に来ているくせにまったく中国語を勉強しようとせず、スーパーマーケット(中国語では超市という)で謎の食材を買ってきて、毎晩そいつを肴に酒を飲んでいるだけだった。



そんなKさんと北京の街に買い物に出かけたときのこと。
一軒の店でKさんがバッグを見ていると、店員が声をかけてきた。
「おっ、それはいいバッグだ。今なら特別に100元でいいぞ」

もちろんこれはぼったくり価格だ。
中国では交渉するのが基本だから、「高すぎる。もっとまけろ」「90元」「15元なら買ってやる」なんてやりとりをして、値切って買うことになる。
外国人相手には、まず相場の5倍近い値をふっかけるのがふつうだ。

Kさんは勉強をしないので中国語がわからない。
ぼくが通訳をしてやった。
「100元でどうだって言ってるよ。でも明らかに高すぎるから値切ったほうがいいよ」

するとKさん、
「犬犬くん、1元ってなんていうの」
と訊ねてきた。
当時、1元は日本円で15円。
いくら中国の物価が安いとはいえ、バッグが1元は安すぎる。

が、ぼくは訳してあげた。
「1元はイークァイだよ」

Kさん、そのまま
「イークァイ、イークァイ」と店員に言う。

店員は苦笑しながらも交渉をする。
「じゃあ90元でどうだ」
「イークァイ(1元)、イークァイ(1元)」
「よしっ、80元」
「イークァイ、イークァイ」
「しょうがない。75元。これ以上は下げられないぞ」
「イークァイ、イークァイ」

すると店員、とうとう怒りだした。
「こっちは値下げしてるんだから、そっちも上げないと交渉にならないじゃないか!」
と。
店員の言うことももっともだ。
それを訳して伝えると、Kさんはぼくに訊ねた。

「犬犬くん、1.1元ってなんていうの」



結局バッグは買えなかったけど、いやあ、あれは百戦錬磨の中国人の店員に勝利した瞬間だったなあ……。


このエントリーをはてなブックマークに追加

0 件のコメント:

コメントを投稿