2016年8月24日水曜日

【読書感想文】川上 徹也 『1行バカ売れ 』

川上 徹也 『1行バカ売れ 』


内容(「BOOK」データベースより) 大ヒットや大行列は、たった1行の言葉から生まれることがある。様々なヒット事例を分析しながら、人とお金が集まるキャッチコピーの法則や型を紹介。「結果につながる」言葉の書き方をコピーライターの著者が伝授する。

コピーライターによる「ヒットを生みだす」コピーの作り方。
著者の体験談がつまらなかったり前著の宣伝が多かったりするのはちょっとアレですが、紹介されているエピソードはおもしろかったです。
有名なエピソードも多いのでしょう、コピーの本をほとんど読んだことのないぼくでも、耳にしたことのあるものがいくつかありました。

ぼくも広告の仕事をしているので、目を惹く文章を作ることには日々頭を悩ませています。
この本ではいくつものセオリーが紹介されていますが、やはりいちばん効果があるのは「常識の逆を言う」という手法です 。

北海道北見市にある「北の大地の水族館」が来場者数を大きく増やしたコピー。

 それは、この地方の水族館の最大の弱点を売りにした1行でアピールしたからです。
 その1行とは、
 世界初! 凍る水槽
 でした。
 土地柄、野外に水槽をつくると、冬は水面が完全に凍ってしまいます。それは水族館にとって最大の弱点であるはずでした。しかし、それを逆手にとって、凍った水面の下で活動する魚たちの様子を観察できるようにしたのです。北海道の自然河川そのままに。
 凍った水面の下で魚がどんな風に活動しているか観察したくありませんか? 多くの人は興味をそそられて、真冬のその時期にわざわざ「凍る水槽」を見に来たのです。

たしかにこれは見にいきたくなりますよね。
弱点を、たった1行でひっくりかえしてアピールポイントに変えてしまう。
これぞ名コピー!

実際にはコピーだけではなく、水槽の改修などいろんな対策のおかげで効果を挙げたのでしょうが、これが「氷の下の魚が見られる水族館」とかだったらそこまでお客さんも詰めかけなかったでしょうね。


もうひとつ、弱点を見事に長所に変えたとされる名コピーの例。
アメリカのハインツというケチャップメーカーの話です。

 当時のケチャップはビンづめです。ハインツのケチャップは水分が少なかったので、なかなか出てこないという欠点がありました。ビンを逆さまにして底をたたく必要があったのです。それに比べると、他社のケチャップは水分が多いので簡単に出てきます。使用者のストレスは大きく違いました。他社はハインツの弱点をついてきたのです。
 これに対抗するには、ケチャップの成分を出てきやすい液状に変えるしかありません。しかしそれではハインツらしさがなくなる。ハインツはその戦略をとりませんでした。 たった1行のコンセプトで消費者の価値観をひっくり返したのです。
 それは、
 ハインツのケチャップは、
 おいしさが濃いからビンからなかなか出てこない。
 でした。

このコピーによってハインツのケチャップは売上を大きく伸ばしたそうなのですが、人々がこの広告を見てハインツのケチャップを買ったのは「おいしさが濃いから」だけじゃないと思うんですよね。

不自由さを楽しむ気持ち、というものが人間にはあります。
ぼくの知人は、古い車に乗っていて、「これパワーウインドウじゃないんだよね」とうれしそうに手動で窓を開けたりしています。


ぼくはMacのコンピュータを使っています。
今でこそMacユーザーもめずらしくなくなりましたが、10年くらい前はまだMacはマイナーで、なにかと不便でした。
Windowsユーザーから送られたファイルが開けなかったり、IEじゃないと正常に表示されないサイトがあったりと。
でもそんな不便さがかえって愛おしかったところもあったんですよね。

もー不便だなー、と言いながらも、それがまた「Macの特別な感じ」を引き立たせていたのです。

そういうのってなかなか狙って生みだせる価値ではないんですが、だからこそ成功すると効果ははかりしれないですよね。



この本はコピーの本ですが、コピーにかぎらず「ものを売る方法」のヒントがたくさん転がっています。

スタンダードブックストアが一躍有名になったキャッチコピーや、ブラックサンダーがバレンタインデーに成功させたエピソードなんかは、コピーというよりマーケティング戦略の話です(詳しくは読んでみてください)。



最後に、いちばん印象に残ったエピソードをご紹介。
ジャパネットたかたがボイスレコーダーを販売したとき、高田社長は通販番組でこんな話をしたそうです。

「お母さんがまだ会社で働いてるあいだにお子さんは学校から帰ってきますね。お母さんがいなくてちょっとさびしい。
 でもボイスレコーダーにこんなメッセージが吹き込まれていたらどうでしょう?
 〇〇ちゃん、お帰りなさい。お母さん、まだ会社だけど、おやつは冷蔵庫に入っているからね。宿題は早めにちゃんとやってね。
 ……どうですか?
 こんなお母さんの声を聞いたら、お子さんは喜びます。さびしさも少しやわらぎます」

 自分が働くお母さんの立場になって聞いてみると「なるほどそんな使い方があるんだ」と改めて思ったのではないでしょうか?
 実際、この放送は大反響を呼び、ボイスレコーダーはバカ売れしました。
 通常、このような商品を売る場合は、録音時間や音のクリア度など機能やスペックを訴えることが普通です。しかし、お客さんは機能やスペックではなく「その商品を買ったら、自分の生活にどんないいことがあるか」に興味があったのですね。
 現在、ジャパネットたかたでは、このボイスレコーダーをシニア向けに売っています。
 物忘れが多くなった人に向けて、用事をレコーダーに吹き込んでおけば「忘れるというトラブル」を防ぐことができますよ、という提案です。
 この新しい提案によってボイスレコーダーは、今まで需要がなかったシニア層からの注文が殺到したと言います。

このエピソードを聞いてぼくは、有名な「未開国に靴を売りにいった営業マン」の話を思い出しました。
「だめです、この国では誰も靴を履いていません」と売ることを諦めた営業マンと、「やりました、この国ではまだ誰も靴を履いていません!」と喜んだ営業マンの話です。

ジャパネットたかたの発想はまさに後者。
「お母さんやお年寄りはまだボイスレコーダーをほとんど使っていません!」という考えですよね。


宣伝によって、それまで需要のなかったところに需要を生みだす。

こんなにマーケティング担当者冥利に尽きることはないですよねー。



2016年8月23日火曜日

【エッセイ】過去最高の熱闘甲子園


高校野球が好きなのでここ20年ぐらい『熱闘甲子園』を見ているが、今年は良かった。

高校野球の世界では″10年に1人の逸材″と呼ばれる選手が2年に1人くらい現れるのだが、大げさな表現ではなく本当に10年に一度の熱闘甲子園だった。
(ついでに言うと走攻守そろったリードオフマンが甲子園に出るとすぐに″イチロー2世″と呼ばれる。ホームランバッターは″清原2世″と命名されるのも定番だったが、清原がああなった今となってはもう呼ばれることはあるまい)


10~5年ほど前の『熱闘甲子園』は最低の時代だった。特にキャスターである長島三奈が取材をするようになってからは地獄だった

どんな試合展開だったのか、どんなプレーが生まれたのか、どういった戦術がとられたのか。
高校野球ファンが知りたいのはそこなのに、長島が取材する内容ときたら「この選手は誰と仲がいいか」「この選手の家族はどんな人か」といった愚にもつかないことばかりだった。

長島三奈は、高校球児の青春が好きなだけで高校野球自体に興味がないのだ。
いきおい、放映されるVTRは野球に対してまったく敬意が感じられない仕上がりになっていた。

特にうんざりしたのは、故人を使って安易に感動を誘おうとするVTR。
まだチームメイトが亡くなったとか監督が死んだとかならわかる。チームに対する影響も大きいだろう。彼らの死を抜きにはチームは語れないにちがいない。

でも「ある選手のお父さんが数年前に亡くなった」なんてのは、本人にとっては大きな出来事でも、そのチームにとってはほとんど関係のない話だ。

ひどいのになると「2年前に亡くなったおじいちゃんに捧げる勝利!」なんていってて、そこまでいくと感動どころか失笑しか出なかった。
高校生にもなったらおじいちゃんもいい歳だからわりと死ぬだろうよ。
部員全員の両親祖父母が健在、なんてチームのほうが少ないと思うぜ。

たぶん熱闘甲子園のスタッフが、むりやりネタをつくるために、選手たちに「身内に亡くなった人いないっすかね?」って聞いてたんでしょうね。
死人で商売する、墓場泥棒みたいなやり口だった。


そんなわけでぼくは、欠かさず観ていた熱闘甲子園から遠ざかるようになった。
高校野球自体は変わらず好きで毎年1度は甲子園まで足を運んでいるが、熱闘甲子園はときどきしか観ない番組になっていった。

しかし数年前に工藤公康がキャスターを務めるようになって、徐々に番組の内容は良くなっていった。
安易な感動狙いは相変わらずだったが、プロ野球解説者も務めていた工藤氏による解説はさすが着眼点が鋭くゲームの内容に深く切り込む内容が増えた。

そして 2014年をもってようやく憎き長島三奈が退いた(ぼくはまだ許してないぜ。だいたいなんであいつがキャスターやってたんだ。七光りなんだろうけど、長嶋茂雄だって長嶋一茂だって高校時代は甲子園に出てないから無関係じゃないか)。
そして古田敦也がメインキャスターとなり、『熱闘甲子園』は十数年ぶりに甲子園をメイン舞台にした番組に戻る

番組の内容は格段におもしろくなった。

そうなんです。
べつに選手の宿泊先に押しかけて取材をしなくたって、ただ試合を丁寧に放送するだけでいい番組はできるんです。
どれだけ練習したかも、身内がいつ死んだかも関係ない。
甲子園での試合にこそドラマがあり、感動があるのです。

作曲家の苦労を知らなくたって、いい歌は胸を打つ。
役者の人柄を知らなくたって、芝居を観て人は感動する。

これだよ。
20年ほど前の『熱闘甲子園』はこうだった。
甲子園での試合の様子を丹念に、ありのままに伝えていた。

『熱闘甲子園』は甦った。高校球児の活躍をきちんと伝える番組になった。
だが2015年は、最後の最後で
高校球児たちが未来への願いを込めた紙飛行機を飛ばす
という、くそダサい演出をやらかして、すべてを台無しにした。
(気になる人はぜひYouTubeで「熱闘甲子園 2015 エンディング」で検索してほしい。ほんとダサいから。そして、明らかに高校球児の書いた文字じゃないから)

2016年の熱闘甲子園は、最後まで野球を中心にした番組だった。
ほんとに良かった!

(褒め称える記事のはずなのに、悪口のほうがずっと多いな……)

2016年8月21日日曜日

【おもいつき】感動の大安売り


「感動をありがとう」
最近よく耳にする言葉ですね。

しかし感動を用いたあいさつはこれだけではありません。

ここでは、感動あいさつの事例を紹介しましょう。

日本選手が金メダル!
感動をありがとう!

喜んでもらえてうれしいです。
感動をどういたしまして!

日本選手の金メダル獲得まで残りわずか!
感動をいただきます!

みっともない負けかたをしてしまってお恥ずかしい。
感動をごめんなさい……。

よくがんばったな。
感動をおつかれさん!

まだ勝負はついていませんが、わたくし、早くも胸が熱くなってきました。
感動をお先に失礼します!

見事リベンジ達成! 2大会ぶりの金メダルです。
感動よおかえり!

さあいよいよ日本中が待ちのぞんだ決勝戦です。
感動へようこそ! 感動へおこしやす! めんそ~れ感動!

なんだよ不甲斐ない戦いしやがって!
おととい感動しやがれ!

オリンピックもいよいよ閉会です。
それではみなさん、また感動する日まで~!


2016年8月19日金曜日

【考察】一(マイナス)を聞いて十(プラス)を知る

「思うんだけどね。
 読解力が高い人って、人の話を集中して聴くのが苦手な傾向がある気がする。自分で読んだり考えたりして答えを導きだせるから、話を聴く必要がないんだろうね」

 「なるほど。読解力と聴く力は反比例するってことか」

「いや、反比例はしない。読解力もなくて人の話も聴かないやつもいるから」


2016年8月18日木曜日

【読書感想文】『ネオ寄生獣』

 

 内容紹介(Amazonより)

田宮良子が生み、泉新一に託した子どものその後を描いた萩尾望都『由良の門を』。砂漠の戦場での寄生生物同士の激しいバトル! 皆川亮二『PERFECT SOLDIER』。まさかの『アゴゲン』とのコラボ、平本アキラ『アゴなしゲンとオレは寄生獣』など『寄生獣』への想いに満ちた12編の傑作が集結! 他の著者・遠藤浩輝、真島ヒロ、PEACH-PIT、植芝理一、熊倉隆敏、太田モアレ、瀧波ユカリ、竹谷隆之、韮沢靖。

岩明均の傑作漫画『寄生獣』のトリビュート漫画集。

いやあ、おもしろかった。
ぼくが『寄生獣』をはじめて読んだのは20年ほど前ですが、その後もくりかえし読んだので細かいところまでよく覚えています。
奇抜な設定、綿密に練られたストーリー、丁寧な伏線、泉新一、ミギー、田宮良子、後藤といった魅力的なキャラクター 、力が勝敗を分けるわけではない戦いなど、「こんなに完璧な漫画があるのか」と感心したことを覚えています。
強いて欠点を挙げるならあまり絵がうまくないことですが、絵がうまくないこともストーリーに貢献していて(ネタバレになるので伏せますが、広川が××だということにほとんどの読者が気づかなかったのは絵がうまくないおかげでしょう)、絵の拙さまで魅力に変わっています。

『寄生獣』の特にすばらしいところは、ちょうどいいところでスパッと完結しているところ。
やろうと思えば、ミギーを復活させることも新たな敵を出すこともできただろうに、そこまでした引き伸ばさなかったからこそ今でも『寄生獣』は名作だとの評価を受けているのでしょう(「○○編までは名作だった」と呼ばれている漫画がどれだけ多いことか)。

終盤に最高潮が来ているので、読み終わったあとに満足するとともに「もっと読みたい」という気になりました。
そしてそう思ったのはぼくだけではないようです。
多くの表現者も同じように感じたらしく、それがこのトリビュート『ネオ寄生獣』を生みだしたのでしょう。

『寄生獣』の世界や登場人物を使って、いろんな創作者の方々が独自のストーリーを展開しています。


ぼくがいちばん楽しめたのは、太田モアレ『今夜もEat It』。
上品なユーモアもハートフルでスリリングなストーリー展開も一級品で、「この人の『寄生獣』をもっと読みたい!」と思いました。

さらに絵柄をオリジナルに寄せていたり(岩明作品の人物って考え事をするときこんな口するよね!)、別の岩明均作品の登場人物が顔を出したりと、ほんとに『寄生獣』を敬愛する感じが伝わってきて、これぞトリビュート!って言いたくなる、完成度の高い小編でした。


ついでおもしろかったのは竹谷隆之『ババ後悔す』。
造形作家だそうで、海洋堂でフィギュア作ったりしてた人らしいですね。
造形もさることながら、「もし○○に寄生したら」というアイデアもすばらしい。
ま、田舎だったらこうなるよなあ。


熊倉隆敏『変わりもの』はショート・ショートのような不気味な後味の作品。
『今夜もEat It』といい、寄生獣といえば“健康”なのがおもしろい。
寄生生物にとっての最大の関心事が宿主の健康なのは、あたりまえといえばあたりまえなんだけど。


PEACH-PIT『教えて!田宮良子先生』もおもしろかったんだけど、これはトリビュートというよりはもはや同人誌……。


ひどかったのは平本アキラ『アゴなしゲンとオレは寄生獣』。
いやあ、これはひどい。
笑いましたけど。

もう、原作のキャラをむちゃくちゃにしてます(しかもあの人かよ……)。
でも、原作の台詞を忠実にパロったりして(忠実にパロったり、って変な表現だけど)、『寄生獣』に対する愛も存分に感じました。

ぼくは清水ミチコの、対象に対する悪意と愛情の両方を感じるものまねが好きなんだけど、なんとなくそれを思い出しました。


『ネオ寄生獣』、『寄生獣』ファンなら少なくともどれか一篇は楽しめる作品集だと思います。

でも全部気に入るのは難しいだろうな……。