2016年4月17日日曜日

【エッセイ】こいつ、あたしの蒸しアナゴを……!


妻のおかあさんがお寿司を買ってきてくれた。
ありがとうございます!
お寿司大好き!

いっしょに食べることになった。

お寿司はにぎりの盛り合わせ。
とても種類が多い。
マグロやタコ、玉子はもちろん、ヒラメや赤貝など、ちょっとめずらしいのもある。
いろんな種類が、ひとつずつ。

ひとつずつ……。

お義母さんとの食事なのに、ひとつずつ……。

こまった。
ずっと昔に友人とふたりで飲みにいったとき、お互いに「あいつに借りればいいや」と思ってたためにふたりあわせて所持金が1500円くらいしかなくて、しかもそのことに会計時に気づいくということがあったが、そのときと同じくらいこまった。

これはやばい。

世の中に100パーセントはないというけれど、これだけは自信を持って言える。

寿司に順列をつけない人間は100パーセントいない!!


どんなに博愛精神に満ちあふれた人でも、すべての寿司と平等に接することはできない。
ハマチに目がなかったり、イクラがだめだったり、セロリが好きだったりするのね、と山崎まさよしも歌ってました。

甲本ヒロトも
「生まれたところや 皮膚や眼の色で
 いったいこのぼくの
 なにがわかるというのだろう?」
と歌ってたが、彼もぜったいに魚種や赤身か白身かで寿司ネタを差別しているはずだ。

もちろんぼくにも寿司ネタの好き嫌いはある。
先輩に寿司屋でごちそうしてもらっても、尊敬できない先輩だったらまちがえたふりしてそいつの分まで食べちゃうぐらい蒸しアナゴは好きだ。
その一方でイカに関してはぜんぜん興味がないから、合コンで男が聞かれてもいないのに「これおれのバイク」って携帯に入ってるバカでかいバイクの写真を自慢げに見せてきたときの女の子ぐらい興味ない顔で、イカのことを見てる。

だからお義母さんにもとうぜん、いちばん好きなネタがあるはずだ。

さあそれはなんなのか。
ハマチなのかタコなのかウニなのか。

今後のお義母さんとの関係を、ひいては夫婦関係を良好に保つためには、ぜったいに「お義母さんのNo.1ネタ」に手をつけるわけにはいかない。

ここはストレートに訊いてみるのがいちばんだ。

「お寿司はなにがお好きですか?」

「わたしはなんでもいいから、犬犬さん、好きなの食べちゃってくださいね」

……うそつき!

そんなわけはない! ぜったいに好きなネタがあるはずだ。
うっかりぼくがそれを食べてしまった日には、
「うちの婿ったら、あたしのウニを食べたのよ。べつにいいんだけど。べつにいいんだけど、やっぱり家柄がアレなのかしらねー」
とかご近所で言いふらすほど根にもつ寿司ネタがぜったいにあるはずなのに!

しかし「なんでもいい」と言われてしまった以上、もう訊けない。
「そんなわけないでしょ、人間だもの。ほんとは何が好きなんだよ!」とは言えない。


逆に質問された。
「犬犬さんは、何が好きなんですか?」
「いや、ぼくもこれといってないんですけどねー」
ぼくもまた手の内を明かさない。

ここで「じつは蒸しアナゴに目がなくて……」と言えば、話はかんたんだ。
お義母さんは「じゃあ蒸しアナゴどうぞ」と言ってくれるはずだ。
ぼくは大好きな蒸しアナゴにありつける。

だが。
蒸しアナゴはひとつしかない。
もしも、お義母さんの「No.1寿司ネタ」も蒸しアナゴだったなら。
それでもお義母さんは「どうぞ」と言ってくれるだろう。
しかし腹の中は「こいつ、あたしの蒸しアナゴをっ……!」と怒りで煮えくりかえっているにちがいない。

それだけはぜったいに避けなければならない。



「さあ、どうぞどうぞ」
お義母さんがすすめてくる。

もうこうなったら、食べないわけにはいかない。
ぼくは慎重に寿司盛り合わせに目をくばる。

トロ、ヒラメ。
このへんは論外だ。
いちばん好きかどうかという以前に、いきなり手をつけていいネタではない。野球部の新入部員が「じゃあぼくバッターやるんで先輩外野行ってください」と言うようなものだ。

甘エビ、ウニ、イクラ。
これらも危険だ。
好き嫌いがわかれるネタであるが、その分、好きな人は深い愛情を持って接する。
「No.1寿司ネタ」である可能性が高い。

ここは無難に……。

ぼくは玉子に手を伸ばす。
数ある寿司ネタのなかで、まさか玉子が1位ということはないだろう。
玉子なんてぜんぜん食べたくないが、今後の親戚付きあいのためにはいたしかたない。
玉子をほおばりながら、そっとお義母さんの顔をのぞきみる。

大丈夫、その瞳は憎しみの炎で燃えてはいない。

次はお義母さんの番だ。
さあ、何をとる。

……なるほど、エビか。
いい選択だ。
きわめて無難。
甘エビならいざしらず、エビもNo.1になる可能性は低いだろう。

これでますます今後のネタの選択が難しくなった。
玉子とエビが消え、人気のネタ比率が高まった。
鉄火巻き、かっぱ巻き、ツナマヨ、ネギトロ、イカ、トリ貝……。
No.1ではあるまいと自信を持ってチョイスできるのはこのあたりまで。
サーモンやハマチなんかは、「これで親戚関係にヒビが入るかも……」という緊張感をもってつまむしかないネタだ。

これはまるでロシアンルーレット。
いつ被弾するかわからないという恐怖感を抱えたまま、寿司盛り合わせを食べるしかない……!

そのとき。
妻が「じゃああたしアナゴもらいまーす!」と云って、蒸しアナゴをつまんだ。

あっ。
ぼくのNo.1ネタの蒸しアナゴ。

そしてぼくは見逃さなかった。
お義母さんの眼にほんの一瞬、ゼロコンマ1秒にも満たない時間、さっと影がさしたのを。

そのわずかな変化をぼくがとらえることができたのは、細心の注意を払って顔色をうかがっていたからだ。
そうでなかったら必ず見のがしていた、それほど微細な変化だった。
蒸しアナゴがお義母さんのNo.1だったのだ。


よかった。
妻がとってくれて。
義母からすれば、かわいいわが子ににとられたら本望だろう。
ぼくとしても、絶対君主である妻にとられたのなら、異論があろうはずがない。

かくして、No.1ネタ問題は後くされのない形で決着し、わが家の平穏は無事に保たれた。


というわけでお義母さん!
今度から各種類1個ずつしか入っていない寿司の盛り合わせを持ってくるのは勘弁してください!
あと種類がばらばらのケーキ詰め合わせも!

2016年4月14日木曜日

【ふまじめな考察】名物にうまいものなし

ご当地グルメの大会では、○○餃子とか○○汁そばみたいな、あきらかにここ数年で開発された料理が優勝する。

ま、それはそれでいいんだけど。

でもおばあちゃんが昔から食べていたようなご当地料理が上位にくることか決してないのをみると、郷土料理っておいしくないもんだなってわかる。

よく考えたらあたりまえだよね。
おいしかったら、とっくに郷土料理じゃなくて全国区になっているはずだもの。
たこ焼きとかさぬきうどんみたいに。

って考えると、郷土料理のコンテストって、あらためて郷土料理のまずさを再確認するイベントですよね。


2016年4月12日火曜日

【会話】じゃあそっちじゃないほうで

居酒屋をさがして歩いていたら客引きの兄ちゃんに声をかけられた。

「お店決まってないなら、うちはどうですか!」

 「どんなお店ですか?」

「系列グループでやってるんです。和食居酒屋と韓国居酒屋がありますよ!」

 「へえ。どっちがいいかな……」

「おいしいのは韓国料理店です! どっちにします!?」

 「そんな言い方されて、和食選ぶ人います……?」

2016年4月10日日曜日

【エッセイ】入浴裁判


二十歳ぐらいのころ、肺に穴が開いて入院したことがある。

片方の肺には穴が開いたがもう片方は無事だった。
咳は出たが熱も痛みもなく、さほど苦しい思いはしなかった。
ただ、肺から漏れた空気が胸の中にたまってしまうのを防ぐために胸にチューブをつながれたのだが、これは不自由した。

チューブの先は小さなポリタンクにつながっており、どこへ行くにもポリタンクと一緒に移動しなければならない。
立ったり歩いたりするときは常にポリタンクを支えていないとはずれそうなので、片手が使えないのは不便だった。



そんなとき、若い看護師さんが訊いてきた。
「お風呂どうされますか?」

「あー。片手が使えないしチューブにつながってるから身体を洗うのがたいへんそうですよねー。シャワーで汗を流すぐらいにしときます」

「よかったら身体洗うの手伝いましょうか?」


えっ!?

思わぬ一言に、ぼくの頭は真っ白になってしまった。
なにしろ若い女性から「身体を洗いましょうか?」なんて、二十歳のころのぼくは、一度も言われたことがなかったのだから。
ていうか今もない。


身体を洗ってもらうということは、ここここれはつまり、いいいいいっしょにお風呂に入るってことですよね!
ということはつまり、ななななんらかの過ちが起こってしまってもいいいいいいたしかたないということですよね!

なんらかの過ちが起こったとしても、
「被告乙がかのような行動にいたってしまったのは当人の責に帰すべき事由には該当しない」
ってな判例が下るやつですよね、裁判長!


という考えももちろん脳裏をよぎったのだが、ぼくはすっかりびびってしまって
「裸を見られる。恥ずかしい」
ということを先に考えてしまい、
「いや、ひとりで大丈夫です!」
と即答してしまったのだ(実際にはそのコンマ数秒のうちにものすごい妄想をくりひろげていたわけだが)。


ああもうほんとあの瞬間に戻れるなら、自分をこちょばしてやりたい(やっぱりわが身はかわいいから殴ったりはできない)。

合法的に、ほぼ初対面の素人女性といっしょにお風呂に入れるチャンスだったのに!

次にこんなチャンスがくるのはきっと八十を過ぎてからだぞ、おい!

2016年4月7日木曜日

【エッセイ】レーシック手術のにおい

何年か前にレーシック手術をした。
無事に成功して、メガネなしではトイレにも行けなかったぼくが、今では裸眼で生活している。


メガネやコンタクトレンズから解放されると、ちょっとしたことがすごくありがたい。

メガネはほんと不便だ。
小雨で傘がないときに、メガネが濡れるのを防ぐためにうつむいて歩かなきゃいけない。
寒い日に暖房の利いた屋内に入ると曇って何も見えなくなる。
メガネが曇るからマスクがつけられない。花粉症なのに。
コンタクトレンズは眼がかゆいし。
美容師から「これぐらいでどうでしょう?」と聞かれても鏡に写った自分がまったく見えないから適当にうなずくしかない。

ほんと不便。

しかし、今挙げたことはどれも些細な問題だ。
ぼくが視力が悪いことでいちばん不便を感じたのは、せっかくプールに行っても水着の女性がまったく見えないということだった。


しかしそんな悲劇からは、レーシック手術によって解放された。
今は裸眼で車の運転もできるし、もちろんプールでもばっちりよく見える。

手術代として十数万円かかったが、手術をしてほんとうに良かったと思う。

でも。
ぼくは、他人に「レーシック手術いいよ」と勧めたことは一度もない。
自分がやって良かったが、人にはおすすめしない。

なぜなら。
手術のとき、レーザーで眼球を焼くから。
自分の眼球が焼けるこげくさいにおいを嗅ぐことになるから。
焼けた眼球に目薬をさしたときに、熱々のフライパンに水を落としたときと同じ「ジュワッ!」という音を己の瞳から聞くことになるから。

あれはほんと怖かった。
ほんとあれでぼくの寿命が5年は縮んだと思うから、他人には勧めない。