藤井 健太郎 『悪意とこだわりの演出術』
たぶん多くの日本人と同じく、ぼくも昔よりテレビを観る時間はずっと減った。観てもNHK総合とNHK教育ぐらい。
そんな中、録画して欠かさず観ている民放の番組が2つ。それが『クイズ☆スター名鑑』と『水曜日のダウンタウン』。
さらに、不定期の特番だけど『芸人キャノンボール』『クイズ☆正解は1年後』『クイズ☆アナタの記憶』も大好きだ。
ふだんテレビを観て笑うことはほとんどないが、これらはどれもゲラゲラ笑わされる番組だ。
今挙げた5つの番組に共通しているのは
「知って役に立つ情報性があまりなくてただおもしろいだけ」ということ。
そして「藤井健太郎さんという人がプロデューサーをしている」ということ。
ほんと、この人がつくる番組は(一部の人にとっては)めちゃくちゃおもしろい。
『クイズ☆タレント名鑑』(スター名鑑の前身番組)がレギュラー放送化する前の特番を観たときの衝撃はいまだに忘れられない。
「なんじゃこりゃ! おもしろすぎるけど、こんなのテレビでやって大丈夫なのか!?」
(なにしろその特番のサブタイトルが『有吉頼むから犯罪者の名前出さないでSP』だった)
ちょうどYouTubeやニコニコ動画でいろんなクリエイターのつくった動画を観られるようになっていて、「もうテレビには最先端の笑いはないかな」と思っていた頃だったので、余計に『クイズ☆タレント名鑑』の攻めた笑いはぼくに刺さった。
レギュラー放送化されてからもそのきわどい手口は健在で、「クレームを招くようなことばかりやってる」「低視聴率」という二大ハンディキャップを抱えながらも、なんとか1年半も番組は続いた(視聴率が低かったからクレーマーに見つからなかっただけかも)。
それですっかり「地獄の軍団(藤井健太郎さん率いる制作スタッフの愛称)」のファンになったぼくは、彼の手がける番組を欠かさずチェックし、『テベ・コンヒーロ』のコウメ太夫や『チーム有吉』のクロちゃんで、文字通り腹を抱えて笑った。
そんなおもしろい番組を次々につくる藤井健太郎さんが書いた、仕事術と自身の半生。
あんな番組を作る人はどんな天才なんだろうと思いながら読んだのだが、意外や意外、読めば読むほど「まじめなサラリーマン」という像が見えてくる。
もちろん照れ隠しで「ぼくはふつうの人間」と書いている部分もあるんだろうけど、独創的なことや常識はずれなことはちっとも書いてなくて、「なるほどね。言われてみればそうだな」と納得するようなことばかり。
上の文章なんかすごくマジメで、こんなこと書く人があんなふざけた番組をつくっていることが信じられない。
藤井健太郎さんが頭がいい人であることはまちがいないが、それ以上に「細かい部分も手を抜かない」とか「全員にいい顔をしない」とか、社会人として基本的なことをきっちりやることによって、あのイカれた番組たちを作ってきたんだということがわかる。
なにしろ藤井さん、演出とかプロデューサーとかの責任あるポジションを任されながら、自分で編集作業をしたりナレーションの文面を考えたりしているそうだ。
『水曜日のダウンタウン』をおもしろくしているのって、まさにこういう細部へのこだわりなんだよね。
(ちなみにぼくは上記の放送は観ていましたが、BGMへのこだわりには気づかなかった。というか広瀬香美と大沢たかおが夫婦だったということすら知らなかった)
こういうのってセンスでやるものだから、真似しようとしてできるもんじゃない。
藤井さんってきっと、「自分がいちばんできちゃうから他人に任せられない人」なんだろうね。
こういうやりかたが、きっと今の時代にハマったんだろうね。
昔だったら、合議制でつくる番組のほうが良かったんだと思う。
ドリフの『8時だョ!全員集合』が視聴率50%を超えていた、なんて時代は「2割の人には95点だけど残りの人には30点」の番組よりも「誰が見ても75点」のほうが良かったはず。
でも今は、ネットにつながりさえすれば、いろんな番組のおもしろいところだけ集めた傑作選がかんたんに観られる時代。
常にそこそこのおもしろさをキープすればいい時代は終わり、突き抜けたところがないと誰にも観てもらえないという流れになっている。
テレビ番組にかぎらず、これからの時代は人を惹きつけようと思ったら、万人受けするものよりも一部の人にだけ深く刺さるものを発信しないといけないんだろうねえ。
細部にまで手を入れつづけて、自分が良いと思った信念に基づいてこつこつと番組をつくりあげていく。
芸術家とかクリエイターよりも、町工場の職人みたいな人が頭に浮かぶ。
『クイズ☆タレント名鑑』や『水曜日のダウンタウン』って、つまらないものを「つまらなく」見せるのがうまいんだよね。
無理に笑い声をたしたり、強引に感動のエンディングに持っていったりせずに堂々と「今回はだめでした」と見せる。
出演者に「もういいよ!」と言わせたり、せっかくつくったVTRをものすごい早送りで流したりする。
そしてそれが逆におもしろくなる。
『クイズ☆タレント名鑑』で『そっくりさん10人11脚』という企画があった。
松田聖子のそっくりさん10人と松山千春のそっくりさん10人を集めて、10人11脚で対決させるという企画。
正直、ほとんど出オチで、VTRの内容はおもしろくなかった。
でもそれをスタジオで流して、VTRを観た芸人が口々に「おもんないぞ!」「いまどき視聴者こんなので笑わないぞ!」とヤジる姿は、すごくおもしろかった。
いまいちな企画なのに、トータルで見るとちゃんとおもしろくなっていた。
予算や時間がないという制約からきている部分もあるんだろうけど、その潔さはちゃんと観ている人に届く。
会社の新人がミスばっかりしていても、
「すみません、またやっちゃいました」って言えるやつはなんだかんだでかわいがられて、言い訳を積み重ねて失敗を隠そうとするやつは相手にされなくなる。
「ダメなところを見せるおもしろさ」ってのは、おもしろいときの『探偵!ナイトスクープ』にも共通する部分だよね。
『水曜日のダウンタウン』や『クイズ☆スター名鑑』のファンなら楽しめる本です。
番組を観たことない人は……本よりまず番組を観てみて!
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