速水 融
日本における歴史人口学の第一人者による歴史人口学概論。
歴史人口学とは聞きなじみのない学問だが、ある時代・地域の出産、死去、婚姻、転入、転出などの数をデータベース化して、そこから過去の社会について立体的に分析するという学問だそうだ。
死ぬ人が徐々に減ってきているとか転出する人が急に増えたとかがわかれば、そこから社会の様子をかなり正確に探ることができる。歴史学というとふつうは古文書を読むことで過去を知るのだろうが、「文書には書き手の主観が多分に入っている」「文書に書かれたことが本当かどうかわからない」「そもそも文書にされないことはわからない」などの弱点があり、かなり局所的、主観的な歴史になってしまう。
歴史人口学はその弱点を埋める、かなり客観的・科学的な学問なのだ。
とはいえ戸籍がなかった時代のことなので、人口を推察するのも容易ではない。
ヨーロッパの場合は、教区簿冊(教会が作成した、洗礼、婚姻、葬礼などの記録)を元に解析をおこない、日本の江戸時代だと宗門改帳(幕府がキリスト教禁制のために住民の信仰を調べた記録)が重要な史料になったという。
またドイツの場合は、ナチスが「ユダヤ人の血」を調べるために調査した記録が重要な史料になっているそうで、宗教弾圧だったり人種差別だったりが調査の動機になっているという話は興味深い。なるほどね、「住民を支配したい」という強烈な動機があるからこそ莫大な手間暇をかけて人口について調べようということになるんだよね。
ブラック会社が日報を細かく提出させて社員の行動をコントロールしようとするけど、案外後世になったらそういう記録が貴重な史料になるのかもしれないね。やべーやつのやべー行動が後の世では価値を持つのだ。
またこんな話も。
なるほどね。明治時代に作られた戸籍があるが、身分が書かれていて差別につながるから利用できない、と。だから、宗門改帳があった江戸時代のほうがかえって明治時代より史料が豊富なのだとか。
でもそれって、今の戸籍だって将来的には利用できなくなる可能性があるってことだよね。たとえば100年後の世界では戸籍に性別を記載するのは差別だってことになってて、今の戸籍を見ることもできなくなってるとか。ありえなくもないな。最近の履歴書には性別の欄がないものもあるし。
江戸時代の人口動態について。
江戸と大阪・京都といった都市部には人が集まってくる。だが都市部の人口は減りつづける。なぜなら都市の死亡率は高いから。
今のような公衆衛生の考えも技術もなかった時代、人が集まれば環境は悪くなるし、疫病も流行る。農村部のほうが健康的な生活を送れていたようだ。それでも人は都市に集まってくる(まあ農村で安定した暮らしを送れている人はわざわざ都市に行く理由がないから、都市に移住する人の生活が貧しい=死亡率が高いのは当然かもしれない)。
これは現代にも通じるものがあって興味深い。さすがに今は都市部のほうが極端に死亡率が高いということはないが、その代わり都市部は出産率が低い。独身でも生活しやすいとか、都市のほうが周囲からの結婚・出産へのプレッシャーが少ないとか、都市部は家が狭いから多くの子どもを持ちにくいとかいろいろあるけど、とにかく出産率が低い。東京の合計特殊出生率(女性1人が生涯に産む子どもの数)は1を切っている。
都市アリ地獄は今も続いている。
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