2025年2月13日木曜日

【読書感想文】小川 哲『君のクイズ』 / 長い数学の証明のような小説

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君のクイズ

小川 哲

内容(e-honより)
生放送のTV番組『Q-1グランプリ』決勝戦に出場したクイズプレーヤーの三島玲央は、対戦相手・本庄絆が、まだ一文字も問題が読まれぬうちに回答し正解し、優勝を果たすという不可解な事態をいぶかしむ。いったい彼はなぜ、正答できたのか? 真相を解明しようと彼について調べ、決勝戦を1問ずつ振り返る三島はやがて、自らの記憶も掘り起こしていくことになり――。読めば、クイズプレーヤーの思考と世界がまるごと体験できる。人生のある瞬間が鮮やかによみがえる。そして読後、あなたの「知る」は更新される! 「不可能犯罪」を解く一気読み必至の卓抜したミステリーにして、エモーショナルなのに知的興奮に満ちた超エンターテインメント!

 生放送のクイズ大会の決勝で、「一文字も問題が読まれないのに早押しボタンを押して正解」したプレイヤーが優勝した。

 多くの人が不正があったのではないかと考えたが、番組側も、優勝者も、「不正はなかった」以外は一切語らない。

 はたして不正はあったのか。もし不正がなかったのだとしたら、なぜ一文字も読まれていないクイズの問題に正解することができたのか――。この“難問”に決勝戦で敗れたクイズプレイヤーが挑む。



 おもしろかった。

 小説というより、長い数学の証明を読んだような気分だ。長い数学の証明を読んだことないけど。

 実際、ほとんど数学の証明のようだ。「一文字も問題文を聞くことなくクイズに正解できることを証明せよ」という問題がはじめに提示され、その問題に主人公が挑む。

 最初は『スラムドッグ・ミリオネア』みたいだな、とおもった。インドのクイズ番組出演したある無学な男が、難しい問題に次々に正解する。なぜ彼は難問に答えることができたのか? というストーリーの映画だ。


 だが『君のクイズ』は『スラムドッグ・ミリオネア』とはちがう。『スラムドッグ・ミリオネア』は決して少なくない偶然が起きていた。“奇跡の話”だ。

 だが『君のクイズ』は奇跡の話ではない。少しの偶然はあるが、きわめて論理的に「一文字も問題文を聞くことなくクイズに正解できることを証明せよ」という問題の正解にたどりつくまでの話だ。




『君のクイズ』は、クイズという競技の奥深さを紹介する本でもある。

 ぼくはクイズを知っているとおもっていた。テレビのクイズ番組はけっこう好きだし、なんならかなり得意なほうだ。高校のときにクラスでやったクイズ大会で優勝したし。

 だが、ぼくは本当のクイズを知らなかった。将棋でいうと「ルールと駒の動かし方を知っているだけ」の状態。入口に立っただけの素人だった。

 「誰も知らない問題に、たった一人で正解する──たしかに気持ちいい。最高の気分だ。でも、それだけじゃ勝てない。みんなが知ってる問題でも押し勝って取らなきゃいけない」「それはわかってるつもりなんですけど」
「リスクを負うことも必要だ。展開によっては、まだ五分五分でも他より先に押さなきゃいけない。『恥ずかしい』という感情はクイズに勝つためには余計だ。そんな感情は捨てた方がいい。笑われたって、後ろ指さされたっていいじゃないか。勝てば名前が残る」

「たくさん知識があればクイズに勝てるんでしょ」とぼくはおもっていた。

 でもそんなことはない。筆記テストをやって合計点を競うのであれば、知識量がものを言う。でもクイズ(特に早押しクイズ)は筆記テストとは違う。答える速さ、対戦相手に関する情報、駆け引き、度胸、そういったものが必要となる。

 自分がわかる問題は他のプレイヤーもわかる。だったら誰よりも早く回答ボタンを押さないと勝てない。答えがわかってからボタンを押してからじゃ遅い。「答えがわかりそう」という段階で押さないといけない。

「しゃ──」と聞こえる。そして本庄絆がボタンを押す。正解を口にして優勝が決まる。他の出演者たちが「まだ一文字しか読まれていないのに!」と驚く。
 数回目でわかったことがある。よく聞くと実際には問い読みのアナウンサーは「しゃくに──」と口にしていた。急に解答ランプが点いて慌てて口を閉じたようで、漏れるように小さな声で「くに」まで発音している。
 もちろん「しゃくに」と聞こえたからと言って、答えがわかるわけがない。だが、この問題が、番組の最終回に最終問題として出されたことを考慮に入れると、本庄絆の「一文字押し」が魔法でもヤラセでもなかった可能性が生じてくる。
 本庄絆は「『終わりよければすべてよし』」と答えた。『終わりよければすべてよし』はシェイクスピアの戯曲だ。『尺には尺を』『トロイラスとクレシダ』の三作をまとめて、シェイクスピアの「問題劇」と呼ぶことがある。「しゃくに」という言葉から「『尺には尺を』」を導きだした本庄絆は、答えが問題劇のうちのひとつ、『終わりよければすべてよし』ではないかと考えた。なぜなら、それが番組を締めくくる問題だったからだ。最終回の最終問題の答えが「終わりよければすべてよし」というのはなかなか洒落ている。だから一応、論理的な推理で答えにたどり着く可能性があったわけだ。クイズプレイヤーが、問題外の情報を考慮すること自体は珍しくない。クイズは学力テストではない。出題者と解答者と観客がいて、ストーリーがある。ストーリーに気づく能力もまた、クイズプレイヤーとしての資質の一部だ。

「しゃ」と聞こえた段階でボタンを押す。出題者が発した「しゃくに」という言葉を手掛かりに、またクイズ番組の最終回の最終問題であることを鍵に、「『尺には尺を』の中で用いられたことで知られる、結末が良ければストーリーのすべてが良いことを表す言葉とは?」的な問題が出されることを予想し、『終わりよければすべてよし』と答える。

 トップクイズプレイヤーはこういう戦いをしているのだそうだ。ひゃあ。

 

 競技かるたにも似ているよね。あれも、上の句をすべて聞いてから札を探していたら遅すぎる。はじめの何文字かを聞いて、これまでに読まれた札も考慮して、残っている札の中からたった一枚に確定する札を取らないといけない。「百人一首の内容を覚えている」なんてのは最低限のレベルで、やっとスタートラインに立っただけだ。

 競技クイズもそれと同じで、知識があることは最低限の条件。まだまだ競技クイズの登山口に立っただけなのだ。

 さらに言えば、テレビのクイズ番組によく出るクイズプレイヤーには、「知識が豊富」「競技としてのクイズに強い」に加え、「視聴者が楽しめる立ち居振る舞いや気の利いたコメント」も求められるわけで、とことんクイズの世界は奥が深い。




『君のクイズ』は競技クイズの説明とストーリーがうまくからんでいる。

 最後に明かされる、あまりすっきりしない真相も個人的には好き。小説にはほろ苦い味わいがあったほうがいい。文学的であることを意識せず、論理に徹したような文章もけっこう好み。

 クイズとかパズルが好きな人には刺さる本だとおもうよ。


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