2025年1月29日水曜日

【読書感想文】高橋 ユキ『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』 / 煙喜ぶ田舎者が書いた本

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つけびの村

噂が5人を殺したのか?

高橋 ユキ

内容(e-honより)
2013年の夏、わずか12人が暮らす山口県の集落で、一夜にして5人の村人が殺害された。犯人の家に貼られた川柳は“戦慄の犯行予告”として世間を騒がせたが…それらはすべて“うわさ話”に過ぎなかった。気鋭のノンフィクションライターが、ネットとマスコミによって拡散された“うわさ話”を一歩ずつ、ひとつずつ地道に足でつぶし、閉ざされた村をゆく。“山口連続殺人放火事件”の真相解明に挑んだ新世代“調査ノンフィクション”に、震えが止まらない!


 2013年に起きた、山口連続殺人放火事件という殺人事件がある。

 住民わずか14人という限界集落で、村人5人が殺害され、さらに被害者宅に連続して火を放たれたという事件だ。

 連続殺人であることも注目を集めたが、この事件がさらに大きく扱われるようになったのは、一句の川柳だ。

 被害者宅の隣家の男が姿を消し、男の家には外から見えるように「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」という川柳が貼ってあったのだ。

 男は逮捕されたが「周囲の人間から嫌がらせをされていた」「悪いうわさを立てられた」などと供述したことから、「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」とは、気に入らない住民の悪い噂を広めて村八分をする陰湿な村人たちを皮肉りつつ犯行予告をした川柳なのではないかという憶測が飛び交うようになった……という事件だ。


 ぼくもこの事件のことはおぼえている。というより、事件の詳細はほとんどおぼえていなくて、「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」の川柳だけが強く印象に残っている。詩の力ってすごい。

 多くの人が「村八分に遭っていた男が、復讐のために村人たちを殺した事件」だと認識していたことだろう。ぼくもそのひとりだ。はっきりと「田舎者の陰湿さが引き起こした事件だ。これだから田舎者は」なんてことをネット上に書く人もいた。



 だが。

『つけびの村』を読むかぎり、どうもそんな単純に「村八分に遭っていた男が、復讐のために村人たちを殺した事件」と言える話ではないようだ。


 以前にも村で放火騒ぎがあった、過去に容疑者が怪我を負わされる刃傷沙汰があった、被害者たちは容疑者宅の前で集まって噂話をしていた……。

 話を聞くといろんな話が出てくる。

 しかし、読めば読むほど話がこんがらがってくる。なにしろ、14人しか住民のいなかった村で、5人が殺され、1人が逮捕されているのだ。生き残ったのは8人だけ。元々高齢者ばかりの村だったので、事件後に亡くなった人もいる。全員が関係者。当然、事件について語りたがらない人も多い。語ったところで、関係者なので、客観的・中立ない件とは言いがたい。

 芥川龍之介の『藪の中』のようだ。登場人物たちの語る内容がみんな微妙に食い違い、真相はまったくわからない。おそらく当人たちにだってわからないのだろう。

 いちばん真相を知っていたはずの容疑者は妄想性障害を患っていて、語ることは支離滅裂(そのため裁判では責任能力が争われたが、最高裁で死刑が確定)。

 もはや何が何だかわからない。


 読んでいるうちに、ふと気づいた。

「真相」なんて関係あるのか?

 容疑者は「他の住人から噂話の対象にされたり、村八分にされたりしていた」と主張しているが、それがどうしたというのだ?

 それが本当かどうかはわからない。だが仮に本当だったとしても、それが何なのだ? 村八分にされていたら、五人を殺害して家に火をつけていい理由になるのか?

 村の人たちが噂話をしていたかとか、田舎の人間付き合いが陰湿かとか、そんなことはどうでもいい。どっちにしろ人を殺して火をつけたらだめなのだ。

 だから「事件の背景をさぐる」なんて行為は、まったく意味がないのだ。




 そうおもって読むと、著者の“取材”と“執筆”こそがひどく陰湿なものにおもえてくる。

 容疑者だけならまだしも、被害者の遺族や隣村に行き、事件前の村の様子を探る。証言は集まるが、裏付けなどはまるでない。どれだけ証言を集めたって噂話の域を出ない。

 そして裏付けの取れていない“証言”をブログに書き、SNSに書き、本にして出版する。

 これって、定かでないうわさを広めているだけだよな……。著者こそが「煙り喜ぶ 田舎者」だ

 取材をするのはともかく、真偽の定かでない噂をそのまま書いちゃいかんだろ。しかも実名付きで。

 読めば読むほど、「誰がえらそうに語ってるんだ」と著者に対して憤りを感じる。


 極めつきはこれ。容疑者の親戚をわざわざ探して訪ねた話(××は原文では容疑者の名前が入っているがぼくが伏字にした。容疑者は死刑確定後も冤罪を主張しているらしいので)。

「お話を聞きた……」
 入り口からすぐの壁沿いに置かれた冷蔵庫の前に立っている。白地に小花柄のジャージー生地のネグリジェを着た長女は、痩せた身体に白髪頭で、××より世代が相当上の老婆だった。
 ここまで言うと、それを遮るようにきっぱりと長女は言った。
「いえ、私話すことないです、いま寝とるんじゃから。いま寝とるから、何にもできんから。もう、何にも話すことないです。いま自分の身体が一生懸命じゃから。心臓が悪いんですよ、寝とるんじゃから。だからお話しすることは、できんのですよね。はい」
 何を聞いても「いま寝とるんじゃから」しか返ってこなかった。平穏な日常生活を脅かされることになった元凶である××には、怒りしか持っていないようだった。
 田舎で起こった大きな事件。近所のものも皆、彼女たちが××の姉であることを知っている。姉たちは何も悪いことをしていないのに、多くの記者から事件について繰り返し聞かれ、いつまでも平穏な生活を送ることができない。私も取材に出向いている身なのでこんなことは言えた立場ではないが、弟が起こした事件に死ぬまで苦しめられるという意味では、彼女たちも被害者なのである。

 なにが「彼女たちも被害者なのである」だよ。おまえが加害者なんだよ。「こんなことは言えた立場ではないが」って、何を末端みたいな顔してんだよ。おまえは事件と無関係の親戚に多大な迷惑をかけてる主犯じゃねえか。「元凶である××には、怒りしか持っていないようだった」じゃねえよ。おまえのあつかましさに怒ってるんだよ。

 よく他人事の顔をできるな。




 読めば読むほど、著者の目的が野次馬根性としかおもえない。

「容疑者の無実を証明するため」とかならまだわかるよ。でもそんなことはない。たしかに容疑者は無実を主張しているが、著者はその言い分をまったく信じていない。

 事件にいたった背景をさぐるためというそれっぽい理由を用意しているが、そんなものいくら調べたったわかるわけがない(実際、わかったことといえば容疑者が妄想性障害を持っていたことぐらい)。犯人が心の中で何を考えていたかなんて本人以外にわかるわけない。いや本人にすらわからないだろう。


 野次馬根性のために嫌がる人に取材してまわり、不確かな噂を聞きだし、それを不確かなまま広める。やってることはSNSでデマを拡散する人と一緒。

 ルポルタージュとしてまったく意義を感じない本だった。

 まあそんなゲスい本があってもいいけど、私はゲスじゃありませんよという顔をして書くやつはいちばん嫌いだ。


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