2020年1月21日火曜日

【読書感想文】「イヤさ」がいい / 吉田 修一『悪人』

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悪人

吉田 修一

内容(e-honより)
小説、映画ともに大ヒットした不朽の名作。福岡市内に暮らす保険外交員の石橋佳乃が、出会い系サイトで知り合った土木作業員に殺害された。二人が本当に会いたかった相手は誰なのか?佐賀市内に双子の妹と暮らす馬込光代もまた、何もない平凡な生活から逃れるため、携帯サイトにアクセスする。そこで運命の相手と確信できる男に出会えた光代だったが、彼は殺人を犯していた。彼女は自首しようとする男を止め、一緒にいたいと強く願う。光代を駆り立てるものは何か?その一方で、被害者と加害者に向けられた悪意と戦う家族たちがいた。悪人とはいったい誰なのか?事件の果てに明かされる、殺意の奥にあるものは?毎日出版文化賞と大佛次郎賞受賞した著者の代表作。
残忍な殺人事件が起こると、テレビの報道では
「明るくていつも元気に挨拶してくれるかわいい子だった〇〇ちゃんが、どうして殺されなければならなかったのか……」
なんてナレーションをつけて報じられる。

あれが嫌いだ。

ひねくれもののぼくとしては、
「じゃあ内向的で無愛想でブサイクな人間は殺されてもしかたないのかよ!」
と言いたくなる。

うがった見方だとはわかっている。
でもやっぱり気に入らない。
「あんなにいい子がどうして殺されなくちゃいけないの」の裏には、そういう気持ちが隠されている。

近しい人が「どうしてあんな優しい子が」という感情を抱くのは当然だ。ぼくだって親しい人を失えば同じようにおもう。
「どうせ殺すなら××とか△△とかを殺せばいいのに」ともおもう。
でもそれは個人の本音であって、社会全体の意見であってはいけない。
近代国家に生きる者としては、建前としては「どんな人にも等しく生きる権利があるんですよ」と言わなくてはならない。

被害者がどんなクズだったとしても、逆に加害者が明るく社交的でまじめな人物だったとしても、殺人は殺人。
罪と被害者の人格は切り離して考えなくてはならない。

死体に鞭打てとは言わないが、ことさらに死者を美化するのも気持ち悪い。



吉田修一『悪人』は、ぼくが常々おもってる「被害者を必要以上に美化するな」という思いを代弁してくれるような作品だった。

被害者だからといって善ばかりではない。加害者だからといって悪ばかりでもない。
無罪の人間のほうが有罪の人間より「悪人」なこともある。

うちの六歳児は映画を見てると「この人いい人? 悪い人?」と訊いてくる。世界が善悪で二分されているのだ。
映画の世界はそれでいいし子どもの世界もそれでいいんだけど、現実はそうではない。優しい悪人もいれば嫌われ者の善人もいる。


吉田修一作品は、善悪の「まじりっけ」を誠実に書いている。
『怒り』や『パレード』もそうだったけど、登場人物がみんな善人じゃない。
ぼくらと同じように見栄っ張りで、ぼくらと同じように怠惰で、ぼくらと同じように小ずるくて、ぼくらと同じように自分勝手だ。
生まれたときからの血も涙もない極悪非道の人間ではないし、優しさあふれる聖人でもない。
だからこそ我が事のように感じられる。

行動に整合性がないのもいい。
登場人物たちは、「なぜこんなことをしたの?」と訊かれても「なんとなく……」としか言いようがない行動をとる。
どう考えたって得にならない、損をするだけの行動。
小説のお作法からするとルール違反かもしれない。

たいていのミステリ小説では、犯人はいついかなるときもベストを尽くす。
周到に計画を練って、綿密に準備して、必死に犯罪をおこない、あらゆる手を使って証拠を隠してアリバイを作り、あの手この手で捜査の手から逃れようとする。

でもじっさいの犯罪の99%はそうじゃないはずだ。
なんとなく罪を犯して、すぐわかる嘘をつき、自分自身に対しても嘘をつき、漫然と嫌なことを先延ばしにし、なんで自分がこんな目に遭うんだと逆上し、いよいよどうしようもなくなっても見苦しく自己を正当化したりするんじゃないだろうか。
もしぼくが犯罪者になったらそうするとおもう。

『悪人』の登場人物は、ちゃんと、だらしない。だから信用がおける。

吉田修一作品はたいてい読んでいてイヤな気持ちになる。でもそのイヤな気持ちがくせになる。ウンコをした後についつい出したものを見てしまうように。どんなにイヤでもそれは自分自身(の一部だったもの)なのだ。

『悪人』も、イヤな自分をつきつけられる感じがたまらない。


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