渡辺 佑基
おもしろかった!
バイオロギングという手法(生物に記録装置をとりつけてなるべく自然な行動を測定する方法)を使って野生生物の生態を研究している生物学者による、研究ルポ。
「生物学者なのになぜ物理の話?」とおもうかもしれないが、読めばわかる。生物の行動を知るには物理の知識がかなり有用なのだ。それを、ぼくのようにたいして物理の知識がない人間にも(なんとなく)わかるように伝えてくれる。文章も軽妙で、おもしろい。
たとえば。
マグロが速く泳げるのは、体温が高いからだという。運動効率を上げるためには体温が大事だとは知らなかった。変温動物であるにもかかわらず体温を高められるように進化したマグロは、他の魚よりも速く泳げるようになった。生物はいろんな進化をするものだ。
また、体が大きいほど速く移動できるという。代謝速度はおおよそ体重の3/4乗に比例するが、水の抵抗は体表面積(体重の2/3乗)に比例する。だから体が大きくなるほど代謝速度の余剰が生まれるというわけ。
そういや短距離走のトップ選手もみんな身体でかいもんなあ(たとえばウサイン・ボルトの身長は195cn)。移動の無駄をそぎ落としていけば、最終的には身体の大きさの勝負になるのか。
ところで、マグロはどれぐらいのスピードで泳ぐか知っているだろうか?
ぼくは「80km/hを超える」という話を聞いたことがある。本によっては「100km/h以上の速度で泳ぐ」と書いてあるそうだ。ところが著者によるとそれはとんでもない大間違いで、せいぜい7km/hぐらいなんだそうだ(それでも海中ではダントツで速い)。
100km/hと7km/hではぜんぜんちがうじゃないかとおもうが、それぐらい海中の生物の生態のことはよくわかっていなかったそうだ。実験場で計測した値(速度ではなく力を測ったりするらしい)と、野生のマグロを計測した値ではそれぐらい違うらしい。
ちなみに「マグロ 速度」で検索すると、わりと信頼あるサイトでも「マグロ100km/h近い説」を掲げている。
ほんとはどっちが正しいかはぼくには判断できないけど、やっぱり水中で100km/hってのは無理がある気がする。水中の移動は空気中の十数倍の抵抗を受けるんだから。
渡り鳥などの移動を記録するジオロケータの説明。
動物の移動はGPSを使って計測しているのかとおもいきや、そうでもないらしい。GPSは、位置情報を装置自体に記録しているため、動物につけて移動を記録した後、再度同じ動物を捕まえて装置を回収しなくてはならないらしい。しかし一度放した野生生物をふたたび捕獲するのは至難の業。GPSを回収しないことにはどこにいるかもわからないしね。
そこで、GPSを使わずに位置情報を計測するのがジオロケータだ。
なんと時刻ごとの照度の推移がわかれば地球上のどこにいるかがわかるというのだ。
精度が粗い、春分の日と秋分の日の前後はは機能しない(地球上どこにいても昼と夜の長さが同じになるので)などの問題はあるそうだが、「明るさを計測するだけで場所が特定できる」ってのはすごい仕組みだなあ。
緯度が低いほど昼の時間が長いとか、南中時間は東に行くほど早いとか、理科の授業で習うから知識としては知っていても、こうやって実際に活用することはむずかしい。
生物学と物理学と天文学の知識が結びつく。わくわくする話だ。
あとおもしろかったのは、鳥の翼の話。
「速く飛ぶより遅く飛ぶ能力のほうが大事」ってのはおもしろいね。なるほどなあ。ふつうは遅く飛ぶと落っこちちゃうもんな。遅く飛べるってことはそれだけ飛行技術が高いってことか。
「自転車は速く進むよりも遅く進むほうがむずかしい」にも似ているかもしれない。子どもの自転車はたいてい速すぎるし、年寄りの自転車は遅いせいでふらふらしている。
著者が自分で書いているように、後半になるほどどんどんおもしろくなる。
科学解説のパートだけでなく調査にまつわるエッセイ部分もおもしろい。科学好きにはおすすめの本。
その他の読書感想文は
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