2020年11月25日水曜日

【読書感想文】何でも食う人が苦手な料理 / 高野 秀行『辺境メシ ~ヤバそうだから食べてみた~』

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辺境メシ

ヤバそうだから食べてみた

高野 秀行

内容(e-honより)
人類最後の秘境は食卓だった!食のワンダーランドへようこそ―辺境探検家がありとあらゆる奇食珍食に挑んだ、驚嘆のノンフィクション・エッセイ!

 食に関しては好奇心旺盛なほうだとおもう。めずらしいものがあれば食べてみたい。
 とはいえインドア派でめんどくさがり屋なので、「居酒屋で聞きなれないメニューがあったら頼んでみる」とか「スーパーでよくわからない野菜や果物があれば買ってみる」レベルだ。
 一度、機会があって虫も食べてみた。特にどうってことのない味だった。


 しかし世の中には食に保守的な人が多い。
 以前中国に滞在していたとき、ぼくは屋台で売っている謎の肉とか、レストランで名前からは想像もつかない料理とかをばくばく食べていた(「猫耳朶」という料理があったので猫の耳を食わせるのかとおもって頼んでみたがただのパスタでがっかりした。形状が猫の耳に似ているかららしい)。
 ところが周囲の日本人から「よくそんなもん食えるね」とか「怖くないの?」とか聞かれたものだ。彼ら彼女らは炒飯や水餃子ばかり頼んでいる。そんなもの日本でも食えるのに。
 日本人数人でレストランに行ったとき、入口のバケツで醜悪な見た目の謎の巨大魚が泳いでいたから「これ頼んでみようよ」と行ったら全員から猛反対された(ひとりで食い切れる量ではなかったので泣く泣く断念した)。
 たった一ヶ月ほどの滞在なのに日本食が恋しくなって「日本食レストランに行かない?」と言ってくる人もいた。なんて保守的なんだろう。

 ぼくからすると、高い上にうまくないに決まってる外国の日本食レストランに行くほうが正気の沙汰ではない。何しに外国に来てるんだ。
 謎の肉とはいえ、お店が出していて現地の人がお金出して食っているものなんだから食えるに決まっている。
 せっかく外国に来てるんだから食ってみたらいいじゃないか。うまければラッキーだしまずければそれはそれで話のタネになる。タニシやカエルを中国で食ったが悪くない味だった。

 とはいえ火の通っていないものだけは手を出さなかった。やっぱり衛生的に不安だったので。




「食への好奇心は強いけど出不精」のぼくとはちがい、高野秀行さんは食への好奇心も強い上に世界の辺境をあちこち旅している人なので、当然妙ちきりんなものもいっぱい食べている。
 なにしろ反政府ゲリラの支配区に滞在してアヘン中毒になったことのある人だ。『辺境メシ』では、ゴリラ、昆虫、ムカデ、水牛の脊髄、密造酒、麻薬成分のある草などいろんなものが紹介されている。

 コンゴで食べたチンパンジーの話。

 さっそく村の男たちが解体をはじめた。ゴリラのときはあまりにヒトに似ていたため、山刀で切り刻む様子が凄惨で目をそむけた。が、さらに飢餓が進み、なおかつ解体にも慣れてしまったせいか、このとき私は目をそむけるどころか生唾を飲んでしまった。「赤身の旨そうな肉じゃん!」と思ったのだ。
 いつものようにぶつ切りにされた肉は塩と唐辛子だけで煮込まれた。一口食べて驚いた。
「これ、ゴリラの肉そっくりだ!」
 ゴリラ同様チンパンジーも筋肉の発達が著しく、ひたすら固いが、意外に臭みはない。よく嚙むとコクも感じられる。ちなみに、一般的なサルの肉とは全然ちがう。サル肉は、独特の臭みがあるが味自体はあっさりしている。
 閉口したのは、体毛。一応解体の際に取り除いてあるのだが、仕事が雑なため、女性の髪そっくりの長く黒い毛が肉のあちこちにからみついている。私たちの舌や喉にもひっかかるので、しばしば口に指を突っ込んで毛をとらなければならない。野趣あふれすぎだ。
 でも、今となっては思う。ゴリラとチンパンジーの肉は臭みもないしコクのある肉である。もしちゃんと毛の処理をして、ハーブや種々の調味料を使い、じっくりコトコト煮込んで柔らかくしたら意外にいけるんじゃないだろうか。チンパンジー肉のトマトシチュー南仏風とか。もはや試す機会はないし、そんな機会はあってはいけないとも思うのだが。

 チンパンジーの肉なんてぜんぜんうまくなさそう……というイメージだったのだが、意外にいけるらしい。あくまで「世界中どんな料理でもほぼ何でも食べる」高野さんの感想なので、万人に当てはまるかは謎だが。
 とはいえサル族はやっぱり抵抗があるな……。顔が人間の赤ちゃんみたいだもんな。まして「女性の髪そっくりの長く黒い毛」がからみついていたら無理かもしれない……。


 チベットの「水牛の脊髄」とかミャンマーの「納豆バーニャカウダ」とかタイの「豚生肉を発酵させた料理」とか、見ただけで「食いたくない!」とおもう料理でも、高野さんの文章を読んでいるとおいしそうな気がしてくるからふしぎだ。

 まあ現地の人が金を出して食うものだから、そこそこうまいのだろう。
 しかし豚生肉を発酵させたものは、いくらうまくても食いたくないな……。命は惜しい。

 命知らずな料理といえば、日本の料理もたいがいだ。

 フグの中でも卵巣は最も危険な部位で、一匹分で三十人を殺せるほどの毒があるそうだ。そんなものをどうやって食べるのかというと、まず卵巣を三~五カ月ほど塩漬けにしたあと、糠味噌樽の中に漬けておく。すると、糠味噌の乳酸菌による分解で毒が少しずつ減り、三年後にはすっかり無毒かつ美味しい卵巣漬けになっているという(「塩が毒素を希釈する」という説もあるらしい)。
 こんな異常に高度な技術が江戸時代から培われていたというから、日本人の食い物に関する貪欲さは恐ろしい。だって、技術が確立するまでに何人が犠牲になったかわからないじゃないか。ほんの少しでも毒が残っていればアウトなのだ。他にも食べ物がたくさんあるわけだし、どうしてそこまでしてフグの卵巣に執念を燃やしたものかわからない。

 フグって冷静に考えたら世界でもトップクラスのゲテモノだよなあ。一歩間違えれば死ぬんだもん。
 もし外国に行って「このヘビおいしいんですけど、猛毒を持ってて食べたら死ぬんですよ。まあ腕のいい料理人が毒の部分だけ取り除いてるからほぼ大丈夫ですよ」と言われてもぜったいに手を出さない。それなのにフグはおいしくいただくんだから、慣れとはおそろしい。

 ここで紹介されているフグの卵巣なんて、誰がどうやって食べ方を発明したんだろうな。今だったら化学的な解析をできるのかもしれないけど、江戸時代だったらじっさいに食ってみるまでわからなかっただろうに。
「三年放置すれば無毒になる」ことに気づくまでにどれだけの命が失われたのだろう。




 韓国でホンオ(世界で二番目にくさい食べ物とされる、エイを発酵させた料理)を食べたときの顛末。

 だがまだ終わりではない。というか、これからが本番だった。締めにホンオのチム(蒸し料理)を頼んだ。大皿に、ネギ、ニンジン、ニラが入っており、遠目にはふつうの魚の蒸し料理に見える。だが、スプーン一杯分の塊をとって口に入れると強烈。湯気と一緒にアンモニア・スパークリングがジュワーッと口から喉、鼻と呼吸器に充満するのだ。飲み込んでも胃から臭気が逆流してくるので、急いでマッコルリを流し込む。
「なんじゃこりゃ!?」こんな食べ物、あるのか? どうしてこんなものを食べようと思うのか?
 俄然おもしろくなり、二回目は思い切ってガバッと大量にすくって口に放り込んだ。すると、大変なことが起きた。舌と口腔内へビリビリと電気が走り、直後、それは塩酸でもぶっかけられたような全面的な衝撃となって口全体が焼けただれていくような感覚に陥った。
「うわっ!」
 火傷したときの習性で、新鮮な空気を入れるべく口を開いたら……ドカーン! ときた。入ってきたのは空気じゃなくて毒ガスだった。そう、ホンオを口に入れたまま呼吸するのはタブーなのだ。目に星が飛んだ。ちょっと貧血っぽくなって焦ったが、口を開けるともっと悲惨なことになるので、必死でこらえてなんとか飲み込んだ。

 こんなもん毒じゃん。危険物じゃん。おっそろしい。

 虫は食べられるぼくでも、生肉発酵系の食べ物は食べたくない。やっぱり本能が「危険!」って叫んでるもん。納豆は好きだけどさ。

 でも生肉を発酵させた料理は世界中にある。発酵は貴重な食料を保存するための合理的な知恵なのだ。
 どんな奇妙奇天烈な食べ物でも、人が食べるということはそれなりに理由があるのだ。「エネルギー源がそれしかない」とか「日持ちがする」とか「はじめはきついが慣れると病みつきになる」とか。

 人類がここまで世界中に繁栄できたのは、器用だとか賢いだとかの理由もあるが、「なんでも食う」ってのも大きな要因かもしれないね。
 コアラとかパンダみたいに特定のものしか食べられない生き物だったら、まだアフリカの森から出ていなかっただろう。


 ところで、ほとんど何でも食べている高野さんが、いちばん怖がっているのが「タコの踊り食い」なのがおもしろい。
 とある生物に似ているからというのがその理由だが(詳しくは本書を読まれたし)、ゴリラや生の虫や世界一臭い料理やヤギの胃袋の中身や口噛み酒やカエルのジュースに比べれば、タコの踊り食いなんてぜんぜんたいしたことないとおもうのだが……。

 落語『饅頭こわい』じゃないけど、人間、何を怖がるかわからないもんだねえ。

 

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