2022年12月19日月曜日

M-1グランプリ2022の感想

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 イタいと言われようと、書くのが楽しいんだから書かせてくれ。

 まず決勝メンバーについて。各コンビそれぞれで見るとなんの不満はないんだけど、敗者復活以外の9組を並べてみると、準決勝審査員の「俺たちのセンスを見せてやる」感が鼻につく。

 いやわかるよ。新しい角度の笑いを生みだしているコンビを評価したいことは。M-1グランプリってそういう大会だしね。ただ単に笑いをとればいいわけじゃなくて、唯一無二のチャレンジングなことをしているコンビを評価する大会。麒麟とか笑い飯とか千鳥とかPOISON GIRL BANDとかスリムクラブとかトム・ブラウンとかに光を当ててきた功績は大きい。うまくいかないこともあったけど。

 でもそれはあくまで、大きな笑いをとるコンビがいるから光り輝くのであって「単純な笑いの量だけでは評価できないおもしろさ」のコンビばかりをそろえるとくすんでしまう。

「笑いの量が多い」系のコンビをもっと増やしてほしかったなあ。


敗者復活戦

 THIS IS パン(恐竜映画)、ヤーレンズ(ラーメン屋)、令和ロマン(ドラえもん)に投票。森山直太朗を熱唱したダンビラムーチョもおもしろかった。

 THIS IS パンは去年の予選動画がすごくおもしろかったんだよなあ。どんなネタか忘れちゃったけど。今年もおもしろかった。いちばんおもしろい男女コンビだとおもう。声質もいいし。男女コンビで女がツッコミってめずらしいよね。

 THIS IS パンとかヤーレンズみたいに「斬新なことをしてるわけじゃないけどただただ笑える」系のコンビが今回の決勝に行ったらかきまわしてくれたんじゃないかなあ。


1.カベポスター(大声大会)

 ABCお笑いグランプリの優勝ネタ。観るのは二度目だが、改めてよくできたネタだとおもう。ネタの美しさではダントツ一位だよね。歴代トップクラスかもしれない。まったく無駄もない。さりげなく挟まれた「そのときもトップバッターやって」もかっこいい。

 特に好きだったのは「盛り下がらんように大会側がテコ入れしてきてるやん」の部分。大声大会の主催者もテコ入れしてるんだから、M-1主催者もいいかげんにトップバッターが不利になりすぎないようにテコ入れしてよ。敗者復活組をトップにするとかさ。

 落ち着いて聞かせる漫才をするコンビなのでコンテスト向きではないかもしれないけど、こうして決勝に進んでくれただけでもうれしい。採点方式ではなくゴングショー形式(つまらないとおもった人が手を上げ、それが一定数を超えたら脱落する)だったら、カベポスターが最強かもしれない。


2.真空ジェシカ(シルバー人材センター)

 共演者の信頼 → 高齢者の人材 というダジャレボケからシルバー人材センターコントにつなげる導入はすばらしい。

 内容もおもしろかったが、カベポスターの見事な構成の作品を観た後なので、その「大喜利回答の寄せ集めっぽさ」が目立った。とはいえやっぱり一発一発のボケは力強かった。


3.敗者復活組 オズワルド(明晰夢)

 悪いネタではないのだけど、どうしても、一昨年や昨年のオズワルドと比べると見劣りしてしまう。それほどまでに「改名」や「友だちがほしい」のネタが良かったから。四年連続の決勝進出、そして敗者復活からの勝ち上がりとなるわけだから、新しいものが見たかったなあ。個人的にはぜんぜん好きじゃなかったけど、去年の敗者復活組・ハライチはその点でよかったな。新しいことにチャレンジしていた、という一点で。

 しかし敗者復活戦のシステムもテコ入れしてほしいなあ。完全に人気投票だもんな。知名度ランキングとほとんど変わらない。ミキなんて、同級生の名前を挙げていくだけで三位だぜ。そんな中、そこまで知名度もないのに二位に食い込んだ令和ロマンはすごい。実質一位だよね。

「決勝に進出したことのある組は敗者復活戦に出場できない」ってルールにしてほしいなあ。


4.ロングコートダディ(マラソンの全国大会)

 中盤は完全にコント、ツッコミ不在、ずっと走りっぱなしという変則的なスタイルでありながら、ちゃんとウケてちゃんと評価されていた。三年ぐらい前のM-1だったら評価されていなかったんじゃないだろうか。いろんな型を破ってくれた先人たちに感謝しないといかんね。

 去年もそうだったけど、客がとりわけロングコートダディには温かい気がする。ふたりのギラギラしていない風貌がそうさせるのかな。

 ワンシチュエーションで次々にボケを出すスタイルだとどんどん奇想天外な方向に進みそうなものだけど、エスカレートするだけでなく唐突に「太っている人」のようなシンプルなものを持ってくる緩急のつけかたがほんとに見事。


5.さや香(免許証の返納)

 三十代で免許証を返納する。それ自体はささやかなボケだが、そこから大きく広げられる話術が見事。昨年の準決勝の感想で「ボケとツッコミを入れ替えたりして迷走している」と書いたが、迷走期を経て、ボケツッコミの枠にとらわれない伸びやかな漫才になっている。晩年のハリガネロックもこういうことをやりたかったのかなあ。

 ただ、ふたりの表現力の高さには感心したものの、個人的にはあまりおもしろいネタとはおもわなかった。特に後半の地方いじりが古すぎてねえ。

 しかしまだまだ進化しそうなコンビ。


6.男性ブランコ(音符運び)

 音符を運ぶ仕事をしたい、というシュールな導入。どうしてもバカリズムの名作『地理バカ先生(都道府県の持ち方)』を思い出してしまうが、音符を運ぶところだけでなく、その後の展開でもきちんと笑いをとっていた。平井さんはいかにも運べなさそうな体格だしね。

 死亡事故に着地する展開は少年向けギャグマンガ的で「男性ブランコにしてはずいぶんベタな着地だな」とおもったけど(インポッシブルとかバッファロー吾郎のコントみたい)、よくよく考えるとあのわかりやすさがいいのかもしれない。設定がシュールで展開も複雑だとついていけないもんね。


7.ダイヤモンド(レトロニム)

 男女兼用車両、有銭飲食、農薬野菜などのレトロニム(新しい概念が生まれたことで元々あった概念を指すために作られた言葉)を生みだす。つっこまれると、全身浴、裸眼などもそうだと反論する……。

 この視点は好きだ。ぼく自身も、数年前に レトロニム というエッセイを書いている。

 とはいえやっぱりレトロニムを羅列しても漫才としてはそこまでおもしろくない。3回戦の予選動画でこの動画を観たことがあったのだが、そのときですら「3回戦ならギリギリ通過できるかな」という印象だった。まさかそれを決勝に持ってくるとは(だいぶ改良されているとはいえ)。文字で読んだらおもしろいだろうけど、耳で聞いて処理できる内容じゃないんだよね。

 久々に「M-1の会場で静まりかえっている雰囲気」を感じた。準決勝の審査員が悪い。


8.ヨネダ2000(イギリスで餅つき)

 イギリスで餅をついて儲けたいという導入から、餅つきのリズムに乗せて広がってゆくネタ。個人的にはぜんぜん好きじゃない。

 でも左脳的なダイヤモンドのネタの直後だったから余計に、理屈じゃなく直感に訴えるこのネタがハマったんだろうなあ。

 ランジャタイと比べられていたけど、「徹頭徹尾意味のないことをやる」という点ではジャルジャルの『ピンポンパンゲーム』や『国名わけっこ』に近いものを感じた(ランジャタイはわかりにくいだけで一応意味がある)。ジャルジャルは無意味なりに、一応ルールを設けてわからせようとはしてくれていた。今思うとあれでだいぶ受け入れられやすくはなってた。場数の差だな。


9.キュウ(ぜんぜんちがうもの)

 ぜんぜんちがうもの → なぞかけ → まったく同じもの。いつものキュウ、って感じだった。

 審査員からは「順番に恵まれなかった」とか「他のネタをやっていれば」とか言われてたけど、何番だろうと、どのネタだろうと、キュウが上位になることはなかったとおもうけどなあ。


10.ウエストランド(あるなしクイズ)

 いいフォーマットを見つけたねえ。これまでウエストランドはド直球で偏見や悪口を放りこんでいくネタしか見たことなかったけど、「クイズに対する答え」という形式にすることですごく笑いやすくなった。

 毒舌は好きだけど、毒舌漫才ってやっぱりちょっと距離をとっちゃうんだよね。必然的に攻撃的になるから。「笑っていいのかな」と一瞬おもってしまう。でもクイズに対する回答形式にすることで、悪口を言う理由が(一応)あるし、どんなに罵詈雑言を並べても「クイズに答えようとしてまちがえた」という形をとっているからストレートに受け取られにくい。安心して笑える。いやあ、すばらしい発明だね。「警察につかまりかけている」という名誉棄損になるかならないかギリギリの悪口もいい。

 特に今大会は練りに練った隙の無いネタをするコンビがほとんどだったので、ウエストランドの「ウケるまで同じ言葉を何度もしつこくくりかえす」パワースタイルはかえって新鮮だった。「多くは説明しませんからわかる人だけ笑ってください」みたいなおしゃれコンビばかりの中ではウエストランドの「何が何でも笑わせてやるぞ」の泥臭さは逆に光り輝く。

 おっと。分析するお笑いファンはうざいんだった。



 最終決戦進出は、1位さや香、2位ロングコートダディ、3位ウエストランド。

 この時点でぼくは「ロングコートダディはパンチが弱そうだしウエストランドは芸風的に優勝させてもらえなさそうだからさや香かな」とおもっていた。



最終決戦1 ウエストランド(あるなしクイズ)

 2019年にぺこぱが10組目で3位→最終決戦1組目になったときは、連続してネタをやったことで「またこのパターンか」と飽きてしまった。ところがウエストランドの場合は凝ったことをしていないので、連続してネタをやることがマイナスどころかかえってプラスになったんじゃないだろうか。客がアツアツの状態でネタをやれるアドバンテージ。

 さらに一本目は路上ミュージシャンだのYouTuberだの、比較的安全圏から悪口を言っていたのに、二本目ではコント師、お笑いファン、R-1グランプリ、M-1アナザーストーリーなど身の周りまで次々にぶった切ってゆく。敵陣に乗りこんでいって、自分が傷つくこともかえりみずに刀を振りまわす。ぼくには井口さんの姿が一瞬『バガボンド』で吉岡一門七十名を相手にする宮本武蔵に重なって見えた。そういや武蔵も岡山県出身だった。

 毒舌漫才師は数いれど、ここまで身近な関係者を斬りまくった人はそういまい。欲をいえば、ついでに審査員にまで斬りかかってほしかった。立川志らくさんあたりに。

 ラストにほっこり系長尺コントを入れることにうんざりすることについては、ぼくも同感だ。あれは特定の芸人というよりオークライズムだろう。ぼくが知るかぎりでは、ラーメンズやバナナマンあたりがやりだした(どっちもオークラ氏がかかわっている。ぼくが知らないだけでシティーボーイズなんかもやってるのかもしれないけど)。で、その流れを組んで東京03もラストはしっとり系長尺コントをやり(これまたオークラさんだ)。それに影響されたのか、猫も杓子もラストにしっとり系長尺コントをやっている。たしかにラーメンズの『鯨』のオーラスコント『器用で不器用な男と不器用で器用な男』はすばらしかったしその時点では新しかったのだが、誰もがやるようになるとすっかり陳腐化してしまった。

 ちなみに偶然にもこの後ネタを披露したロングコートダディもほっこり系長尺コントをやっている。やめてほしい。

【DVD感想】ロングコートダディ単独ライブ『じごくトニック』


最終決戦2 ロングコートダディ(タイムマシン)

 2021年あるあるを散りばめた、今しかできないネタ。古いネタを焼きまわして使うのではなく、今年できた新鮮なネタを持ってくるところに勢いを感じる。

 ダーツの旅の曲がたまらない。絶妙にチープだもんなあ。もっともっと長尺で観たいネタ。


最終決戦3 さや香(男女の関係)

 新ネタを持ってきたロングコートダディとは逆に、去年の準決勝ネタを持ってきてしまったさや香。守りに入っちゃったなあ。

 3回戦動画で観た『まずいウニ』のネタはすごくよかったんだけどなあ。「ヒザでするんかい」はめちゃくちゃ笑った。あっちを観たかったなあ。



 ということで優勝はウエストランド。おめでとう。タイプ的に優勝するとおもってなかったからびっくりした。革新的なスタイルのコンビが多かったからこそ、「新しいスタイルじゃなくてもとにかく笑いをとれば勝てる」ってのを見せつけてくれたね。

 ちなみにウエストランド井口さんは東野幸治のお気に入りの玩具として、関西テレビの『マルコポロリ!』でいつもおもちゃにされている。R-1グランプリ(関西テレビ)をこきおろしたウエストランドが『マルコポロリ!』でどんな扱いを受けるのか、今から楽しみだ。


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