2022年7月12日火曜日

問題はいい店すぎたこと

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 何年か前の話。

 高校の同級生M(女・独身)から連絡があり、ぼくの仕事に関係して相談したいことがあるから会えないか、とのことだった。

 平日夜しか都合がつけられなかったので夕食でもいっしょにどうかとおもったが、こちらは既婚者。男女ふたりでディナーとなるとつまらぬ誤解を招くかもしれない。そこで共通の友人T(男)を誘って三人で食事をすることになった。

 Mが「わたしいいお店知ってるから予約しとくね!」と言うので店選びは任せた。ここまではいい。


 当日。駅でMとTと待ち合わせをして、Mの予約した店まで歩いた。到着して驚いた。「えっ、ここ……」

 悪い店ではない。いや、むしろいい店だった。問題は、いい店すぎたことだ。


 夫婦でやっているらしい小さなフレンチのお店。インテリアやメニューなど細部までこだわりが見える。

 メニューを開くと、はたしていちばん安いコースでも七千円する。ビール一杯八百円以上だ。

 Mはうれしそうに「この店のご主人と知り合いで、すっごくおいしいから」と語る。

 ぼくは内心「そりゃあおいしいでしょうね。七千円もするんですから……」と困惑していた。ちらりと隣のTを見ると、やはり困惑しきった顔をこちらに向けてきた。

「なんでこんな高い店……」彼の眼がそう語っていた。


 結局、なんやかんやでひとり一万円近い会計になった。

 店を出た後、帰る方向が別だったMと別れ、ぼくとTは「高かったな……」「ああ……」とつぶやきながら歩いた。


 そりゃあぼくだってフレンチの店ぐらいは行ったことがある。ひとり一万円を超えるコースを頼んだことだって(数えるほどだけど)ある。

 でもそれは、交際している彼女の誕生日とか、妻との結婚記念日とか、両親の銀婚式祝いとか、いってみれば特別な日の食事だった。

 ぼくとTが仕事の後に飲みに行くとしたら、ビール一杯三百円の店しか選ばない。

 しゃれたフレンチの店に行けばおいしい料理を食べられる。そんなことはわかっている。でもそれは友人と仕事帰りに行く店ではない。

 そりゃあMは独身だし、実家暮らしだから金に余裕はあるのだろう。とはいえふつうの会社員。ぼくらと桁がちがうほどの差はないはずだ。


 聞くところによると、女性は女同士の食事でもけっこう値の張るものを食べにいくものらしい。

 考えられない。男同士で古い友人と食事に行くとなったら、昼飯(ランチじゃなくて昼飯)で千円まで、晩飯と酒を入れてもせいぜい五千円ぐらいにおさめる。べつにおさめるつもりはなくても、自然とおさまる。だってそんなに高い店に行かないんだから。

 男女の食事に対する金銭感覚の差をまざまざと見せつけられた。高校の同級生(恋愛に発展しようがない相手)との食事で一万円出せるのか。

 ときどき「デートでファミレスはありかなしか」なんてテーマがネット上で話題になるが、友人との食事に一万円出す人からすると、そりゃあデートでファミレスに連れていかれたら別れるだろうな。


「女ってこわいな……」

 ぼくとTは駅までの道を歩きながらがっくりと肩を落としたのだった。



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