2021年6月24日木曜日

『一周だけバイキング』に感動した

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『テレビ千鳥』というテレビ番組の『一周だけバイキング』という企画がすばらしかった。

 おもしろいのはもちろんだが、ただおもしろいだけでなくぼくはちょっと感動してしまった。テレビにはこんなこともできるのか。もう三十年以上テレビを観てきて「テレビってこんなもん」というイメージがあったけど、いやいやまだまだテレビの可能性はあるんだな。こんなことでおもしろいテレビ番組が作れるなんて知らなかった。
 それぐらいすごい企画だった。




『一周だけバイキング』はこんな内容だ。

 ホテルのバイキングが用意されている。
 内容はかなり豪華。ステーキとか揚げ物とかが並んでいるので、朝食バイキングではなく夕食だ。和洋中、いろんな料理が並んでいる。シェフが立っていて、注文を受けてから目の前で調理してくれるコーナーもある。

 そこに芸人がやってきて、料理を取る。トレイを持ち、皿を何枚か載せ、そこに自分が食べたい料理を載せていく。ごくごくふつうのバイキングだ。
 ふつうのバイキングとちがうのは一点だけ。料理を運べるのは一度だけということ。ふつうのバイキングであれば「料理をテーブルに持っていき、食べたらもう一度料理を取りにいく」ができるが、『一周だけバイキング』ではそれができない。
 あとはふつうのバイキング。もちろん、一度皿に取った料理を戻すことはできない。

 それだけ。




 これに、何人かの芸人が挑戦する。
 芸人だからといってボケたりしない(ボケる人もいるがたしなめられる)。奇をてらわずに、真剣に自分が食べたい料理だけを皿に取る。
 つまり、ぼくらがホテルの夕食バイキングに参加したときと同じことをするだけだ。
 で、それを他の芸人がモニターで見ながら、料理のチョイスについてあれこれ言う(その音声はバイキング参加者には聞こえない)。

 ごくふつうの場所で、ごくふつうのことをする。それだけ。
 観たことない人はそれのどこがおもしろいんだとおもうかもしれないが、これがめちゃくちゃおもしろかった。

 もちろん芸人がコメントを入れるので、ワードの選定とかツッコミのタイミングとか比喩とか、そういうのはおもしろい。
 それもおもしろいが、でも『一周だけバイキング』のいちばんのおもしろさは芸人のトークよりもバイキングそれ自体にある。


 大人であれば、人生において何度もバイキングに参加したことがあるだろう。ホテルの朝食はバイキング形式のことが多い。結婚式の二次会などちょっとしたパーティーでもビュッフェスタイルのことがよくある。
 バイキングを食べ終わって、「ああすればよかった」と後悔したことはあるだろうか。ぼくは毎回後悔する。

 まちがいなく取りすぎる。
「取り放題」「どれだけ取っても同じ値段」「準備も後片付けもしなくていい」という甘い誘惑が理性を狂わせる。
 おまけにホテルの料理はどれも見栄えがいいしおいしそうだ。
 あれもこれもと皿に載せ、気づけばパン三個とベーコンエッグとウインナーと海苔とチーズとコーンフレークとヨーグルトとゼリーとスクランブルエッグと生卵を取っている。朝からこんなに食えないのに。でも無理して食う。苦しくなる。

 何度取りにいっていいのだからちょっとずつ取ればいいのに、大量の食べ物を目の前にするとそんな理性はどこかへ行ってしまう。
 人類がバイキングをするようになったのはたかだかここ百年ぐらいの話。常に飢餓の恐怖と隣り合わせだった人類が数万年かけて身につけた「食えるときに食っとけ」という本能の前に、理性など太刀打ちできるはずがないのだ。


『一周だけバイキング』でも、やはり芸人たちは失敗する。
 わざと失敗を狙っているわけではない。食べたいものを取るだけなのに失敗する。

 エビフライを取ったら、その後にシェフがその場で天ぷらを揚げてくれるコーナーがあって、「揚げたてのエビ天があるんならエビフライいらなかった」と後悔する。

 だし巻き玉子を取って、スクランブルエッグがあるのでそれも取って、そしたらその後にふわふわのオムレツ(これもシェフがその場で焼いてくれる)があって「玉子ばかりになってしまった!」と後悔する。

 前半に揚げ物をごっそり取ったら、後半に上等のステーキが待っていて「こんなに揚げ物取るんじゃなかった!」と後悔する。

 匂いに誘われてカレーライスをとってしまい、すべての料理がカレーの匂いに包まれてしまう。

 あれもこれもと取っているうちに皿がトレイに載りきらなくなる。

 全部よくある失敗だ。ぼくもよく玉子だらけにしてしまう。

 テレビに出ている芸人だから、きっと収入も多いだろう。一流レストランで食事をする機会も多いだろう。自腹でなく料理をごちそうしてもらえることも多いだろう。
 それでも失敗する。
 目の前に並んだごちそうを見て、理性はあっという間に雲散霧消する。

 その様子がおもしろい。
 人間、どれだけ立派になっても結局は食欲のままに生きる動物なのだということをバイキングは知らしめてくれる。




 何がすごいって、ぜんぜん特別なことはしてないわけよ。
 ごくふつうのバイキング。ただ「一周だけ」というルールがあるだけ。それだって無茶を言ってるわけじゃない。実際、チェックアウトの時刻が迫っていて一周で決めなければならない状況もある。

 ごくふつうの場所で、ごくふつうのことをする。それだけですごくおもしろい。
 画期的だ。テレビってこれでいいんだ。

 この手法、バイキング以外にも使えそうだ。
 荷造りをするとか、保護者会で自己紹介をするとか、10人でバーベキューをするためにスーパーで買い物をするとか、家具を選ぶとか。そういう「みんなやったことあるけど数年に一回ぐらいしかやらないから失敗しがちなイベント」を真面目にやる。

 それをそのまま撮るだけで十分おもしろくなりそうだ。




 ところで『一周だけバイキング』だが、芸人以外の唯一の参加者が長嶋一茂さんだった。
 この人のバイキングは見事だった。皿を贅沢に使い、いろどりも良く、肉に野菜にスープに果物と栄養バランスもばっちり。取りすぎることもなく、ほぼ完璧といってもいい出来。しかもそれを自然にやってのけていた。
 育ちの良さはこういうところに出るのかと感心した。


 ところで、以前テレビで元プロ野球選手が語っていた。
 昔、ジャイアンツの宿舎には選手のための食べ物がどんと置いてあった。夏になるとスイカが切って並べてある。
 三角形に並んだスイカを次々に取り、てっぺんの甘いところだけを食べて他は全部残す選手がいた。それが長嶋茂雄だった、と。

 親子でこんなにもちがうものなのか。


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