ネガティブ思考ではあるが自己愛は強いので、「死にたい」とおもったことは一度もない。
ただ「ああ死にたくなる人の気持ちがちょっとわかる」とおもったことは二度ある。
二度とも同じ時期だ。
本屋を退職する少し前のこと。
どブラック企業だったので、その日も朝四時半に起きて車で出勤。用事があって別の店舗に行くことになったので、はじめての道を通っていた。
自動車専用道路。朝五時台なので道はガラガラ。
当然どの車もすごいスピードで走っている。高速道路ではないが信号がないのでみんな80km/h以上は出していた。
ふと気づくと、周囲の車がスピードを落としはじめた。
ラッキー! おっさきー! とすいすい走っていると、目の前がピカっと光った。
そう、オービス(速度違反自動取締装置)だ。
あーくっそーそういうことかー! みんなこれを知っていたからスピードを落としていたのかー。
というわけで後日。
35km/hオーバーでめでたく一発免停の通知が届いた。
ちょうどその少し前に本屋を退職していたので、車に乗る必要がなくなった。通勤で必要だから乗っていただけで、車の運転は好きじゃない。
だから免停自体は問題じゃない。乗れなくたってかまわない。
指定された日に裁判所に出頭すべしとの指示があったが、どうせ無職の身。時間はいくらでもある。いやー仕事やめてよかったーと鼻歌まじりだった。そのときは。
出頭を命じられたのは平日の朝九時。
通勤ラッシュの電車で裁判所の最寄り駅へ。
電車を降りると、いっしょにスーツ姿の男女が大量に降りる。駅の真ん前に某大手生命保険会社のビルがあり、そこに向かう人たちだった。
駅から歩く人たちの九割が大きなオフィスに吸い込まれていく。日本の未来を背負って立つ、優秀なビジネスマンたちだ。
残りの一割が、ぼくたち裁判所出頭組。
大企業で働くスーツ姿の人たちと、裁判所に呼びだされた無職。
その対比がなんともみじめで、死にたくなる人の気持ちがちょっとわかった。
さらにその一週間後。
無職なのでヒマである。近くのレンタルビデオ屋で会員カードをつくることにした。
なにか身分証を、と言われてはたと困った。
免停中なので免許証がない。会社を辞めたので保険証も返納してしまった。身分証がないのだ(当時はマイナンバーカードも住民基本台帳カードもなかった)。
なんかないかと鞄の中をさぐったら、出てきたのがハローワークで交付された「失業認定証」。失業保険をもらうために発行されたやつだ。
まあこれも公的機関が発行してるし氏名住所が書いてあるもんな……ということでこいつを見せたら無事に会員証をつくれた。
しかし何も言わなかったけど、あの店員さん、ぜったいに
「こいつ失業中のくせにレンタルビデオ屋の会員になろうとしてんのかよ……。仕事さがせよ……」
とおもってただろうな。
あのときは一瞬「自殺」という言葉が頭をよぎったぜ。
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