2018年10月31日水曜日
折り畳み傘を持たないタイプの人間は……
折り畳み傘を持たないタイプの人間は……
好きな人に面と向かって告白できる。
結婚式で心から祝福の拍手を贈ることができる。
カラオケで盛りあがれる。
美容師との会話がはずむ。
貯金が好きじゃない。
貯金よりバーベキューのほうが好き。
つらいことを人に相談できる。
小型犬を見てかわいいと言う。
バンジージャンプをしてみたい。
自撮り写真を持っている。
ぼくは折り畳み傘をいつも持ち歩いている。
2018年10月30日火曜日
正午きっかりにお弁当の女
新幹線に乗っていた。
隣の席の女の人が袋からお弁当を取りだし、箸を割った。
なにげなく時計を見ると正午だった。
携帯電話を開く。
0:00
ジャスト12時。
この人、きっかり12時になるまで待っていたのだろうか。
12時になったらお弁当を食べる女。12時になるまで決してお弁当を食べない女。なんだか怖い。
お腹すいたな、でもまだ11時42分。あと18分。
そろそろかな。あと4分か。
あと10秒。9、8、7、6、5、4、3、2、1、さあ食べよう。
何事もきっちり時間通りにしないと気が済まない人なのだろうか。
しかしここは新幹線だぞ。ちょっとぐらい旅行気分に浸ってもええんじゃないか。
ぼくなんか出張なのに前の日から新幹線の中で食べるおやつを買ってたんだぞ。それぐらい新幹線は気持ちを弛緩させるというのに。
仕事がら規則正しい生活を余儀なくされてる人だろうか。
どんな職業だろう。軍人?
横目で隣の女性を観察する。
30代なかば、ややぽっちゃり。
とても自衛隊員にもフランス外人部隊の軍人にも見えない。
はっ。
もしや、元囚人では。
ぼくはまだ収監されたことはないが、刑務所の中ではすべての行動がきっちりスケジュールにそっておこなわれると聞く。飯の時間、風呂の時間、休憩の時間。すべて分刻みで定められていて、それ以外の行動(トイレとか)をするときは手を挙げて看守に許可をもらわなくてはならないのだとか。
そのときの習慣が抜けずに、シャバに出た今でも正午になるまで昼ごはんを食べられないのだろうか。
そういや『ショーシャンクの空に』でも、長い間刑務所に入っていたおじいさんが外の生活になじめずに苦労してた。あのおじいさん、結局自殺しちゃったんだよなあ。かわいそうに。この女の人は大丈夫だろうか。
しかしまさかこの人が。
ぼくはもう一度横目で隣の女の人の様子をうかがう。今度はさっきよりももっと慎重に。
人は見た目によらない。
どこにでもいるような女性。とても悪いことをするようには見えない。
何をやって刑務所に入ってたんだろう。列車強盗とかだったらいやだな。今も新幹線ジャックとか企ててたりして。「この新幹線の行き先を高知に変更しろ!」みたいな無茶なことを言いだしたらどうしよう。高知の人は急遽新幹線開通のニュースに沸きたつかもな。
いやいや、前科があるからって差別しちゃいかん。
彼女はもう罪を償って出所したからこうして新幹線に乗っているのだ。
前科があるからってまたやると決めつけるのはよくない。こういう偏見の目が元受刑者の更生の道を閉ざすのだ。
がんばってください、応援してますよ。
過去は過去。犯した罪は決して消えるものではないけれど、これからのあなたはあなた自身がつくってゆくのです。
激励の目を彼女に向ける。彼女はもうカツ御膳弁当を食べ終わっている。
刑務所にいた人は食べるのが早いというのは本当だったのだ。あと出所後は脂っこいものが食べたくなるというのも。
2018年10月29日月曜日
【読書感想文】ピタゴラスイッチみたいなトリック / 井上 真偽『探偵が早すぎる』
『探偵が早すぎる』
井上 真偽
莫大な遺産(5兆円!)を相続した女子高生・一華。その遺産を狙い、親戚一同が警察にはばれないように、しかし半ば公然と殺害計画を立てる。
命を狙われていることを知っている一華は犯行を防ぐために探偵を雇う……。
というリアリティもへったくれもないミステリ小説。一日に十件ぐらいの殺人未遂事件が起こるからね(ターゲットは同一人物)。
まあこれはこれでアリだと思う。
米澤穂信作品とか好きな人には合うかもしれないなあ。ぼくの好みじゃないけど。
会話文とか行動規範とかがぜんぶマンガっぽい。マンガのノベライズを読んでいるようなうすら寒さを感じてしまう。要するに、マンガの様式をそのまま小説に持ちこんでもギャグがうわすべりするよね。
うーん、いわゆるライトノベルって読んだことないけどこんな感じなのかなあ。ライトノベル好きなら違和感なく入りこめるのかも。
文章とか登場人物の名前とか(伯父さんの名前が「大陀羅 亜謄蛇」って!)はぜんぜん好きになれなかったけど、殺人事件を防いでしまう&同じトリックをやり返す探偵、という試みはおもしろかった。
「探偵」という古くさい装置をうまく機能させているのもいい。
ホームズや江戸川乱歩の時代ならいざしらず、現代において殺人事件が起こったら探偵の出番なんてない。殺人事件の捜査は刑事の仕事だ。
だから探偵マンガでは「たまたま殺人事件の現場に居合わせた名探偵」という無茶な設定が必要になり、名探偵が歩けば殺人にあたる、という穏やかでない状況に陥ることになる。
ところが「殺人を未然に防ぐ」という設定であれば、警察の出番はない。事件が起こる前に警察は動けないからだ。
おまけに「同じトリックでやり返す」なんて乱暴も、公務員である警察にはできない。探偵ならではだ。
廃れかけていた探偵小説にこの小説が新たな息吹を吹きこんだ、といったら大げさだろうか。大げさだね。
トリックは探偵ガリレオの劣化版、という感じ。
よく考えている、と思うけど、裏を返せば不自然きわまりないということでもある。
種明かしのためのトリックなんだよなあ。
「どうやって謎解きをするか」を先に考えて、その都合にあうような殺し方を考えました、なんだろうなあ。無茶すぎる。
ピタゴラスイッチみたいなトリックなので、とにかくばかばかしくて、そういう意味ではおもしろいと言えないこともない。
しかし金田一耕助の『本陣殺人事件』みたいなのを今の時代にやられてもなあ……。
「未然に防ぐ」という高すぎるハードルがあるから、「わざとかと思うぐらい不自然に犯人が痕跡を残している」か「探偵が他人の心を読めるのかってぐらい鋭い」か「根拠薄弱な思いこみで探偵が動きすぎ(そしてことごとく的中する)」の連発になってしまう。
もともとの設定に無理があるからしょうがないんだけど。
あんまりまじめに謎解きに向き合う類ではなく、「ばかばかしいなあ」と言いながら気楽に楽しめばいい小説なんだろうな。
とはいえバカミスと呼べるほどの突きぬけたところもないんだよなあ。
いろいろ目についた欠点も書いたけど、でもこういう新しい試みをしている小説は応援したい。
2018年10月26日金曜日
【読書感想文】骨の髄まで翻訳家 / 鴻巣 友季子『全身翻訳家』
『全身翻訳家』
鴻巣 友季子
米原万里氏、岸本佐知子氏、田丸公美子氏など、翻訳家や通訳者には、いいエッセイを書く人が多い。
言葉に対する感覚が鋭敏だからなのだろう、何気ない発言や文章をきっかけに話がどんどんはずんでゆくのが楽しい。
『全身翻訳家』というタイトルが表すように、鴻巣友季子さんという人は骨の髄まで翻訳家だ。
この本には数々のエッセイが収録されているが、どれも翻訳、外国語、日本語、異文化、外国文学という切り口で料理されている。
何をするにも「これをどう訳すか」「これは日本人に伝わるだろうか」「書き手はどういった意図でこの文章を書いたのか」と考えているように見える。
たとえばこんなエッセイ。
「子どもならではのほほえましい表現」でも、やはり翻訳者の視点でどう訳すかを考えている。
そのまま外国語に訳しても、風呂文化のない人には伝わらない。訳すならたとえば「あたたかい毛布にくるまれたくなるぐらい痛い」といったところだろうか。それだって南国の人には伝わりにくいだろうなあ。
「うるかす」という言葉について。
西日本で育ったぼくは、「うるかす」を一度も聞いたことがない。
炊飯釜やお茶碗を洗う前には水に漬けておくが、はたしてこれはなんと表現するだろうか。
「ふやかす」がいちばん近いかな。ただし「ふやかす」には「剥がすため」という意味はなく、「柔らかくするために水に浸しておく」という意味なので、微妙に違いそうだ。
ただし「剥がすために水に浸しておくこと」を他人に説明する状況はあまり多くないので、「ふやかす」でも困ったことはない。
そういえば、香川出身の人が「ひちぎる」という言葉を使っていた。
「どういう意味?」と訊くと
「うーん、『ひちぎる』は『ひちぎる』やきん、他の言葉でよう説明せんな……。強いていうならおもいっきりつねって少し加えながら引っぱる、みたいな感じかな。『引きちぎる』に似てるけど、『ひちぎる』はじっさいにちぎるわけではないからな……。引きちぎる寸前まで持っていく、みたいな感じかな……」
となんとも長ったらしい説明をしてくれた。
そういえば少し前、『翻訳できない世界のことば』という本を書店で見かけた。
「パンに乗せるもの全般」を指す言葉や、「身体についたベルトなどの痕」を指す言葉など、他の言語にはないユニークな意味を持った単語を集めた本だ。
日本語だと「わびさび」や「積ん読」などが、翻訳不能な概念らしい。しかし「買ったものの読む時間や気力が起きずにいつか読もうと思ったまま放置されている本」は世界中にあるだろうから、言われれば「あーたしかに」と思う。
「パンに乗せるもの全般」なんてのも、日本語だと「なんかジャム的なもの」なんて言い回しをするしかない。そういう言葉があると便利だ。
グローバル化によって世界中の言語は少数に集約されていっているけど、言語が消えるということは「その言語にしかない概念」も失われてしまうということだ。
めったに使わないけど言い換え不能な言葉たちには、ぜひとも来世紀以降まで生き延びていってほしい。
そういや「あざとい」なんて言葉も、外国語に言いかえるのがすごく難しいんじゃないかなあ。
保育園の連絡ノートの話。
これ、わかるなあ……。
ぼくもほぼ毎日保育園の連絡ノートを書いている(昨日は熱があったとかご飯を食べなかったとかの重要な連絡だけは妻が書く)。
これがけっこうたいへんだし、その分やりがいもある。書けば確実にレスポンスがある(先生がコメントを返してくれる)のだから書いていて楽しい。
娘がおもしろい発言をしたときは「よっしゃ、ノートに書くネタができた!」と思うし、ネタがない日は家を出る直前まで「何書こう……」と唸っている。
親ですらたいへんなのだから、十数人分のノートを読んで書かないといけない先生は、もっと骨の折れる作業だろう。
だからこっちが「今日のはおもしろいぞ」という会心のネタを書いても「今日はみんなで公園に行きました」なんてぜんぜん見当はずれのコメントが返ってきたりもする(特に若い先生ほどその傾向が強い。時間的余裕がないんだろう。たいへんだ)。
でもそういうときがあるからこそ「おもしろいですね!」なんてコメントが返ってきたときはすごくうれしい。
プロの文筆家であっても(翻訳者なら特に)読者からのダイレクトな反応というのは貴重なものなんだろうね。
その他の読書感想文はこちら
2018年10月25日木曜日
一度は宇宙人に連れ去られたものの「やっぱりいいや」と突き返された人あるある
・宇宙まで行った人に対しては劣等感があるが、連れ去られたことのない人のことは正直下に見ている。
・問診表の備考のところに「連れ去られた」と書くべきかどうか毎回悩む。
・今度連れ去られたときはもっと従順にふるまおうと思っている。
・「こんな人は献血できません」の項目にあてはまらないけど、やっぱり献血を躊躇してしまう
・UFOのイラストを見ると「まあ想像で描いたにしてはいい線いってるけどわかってないなー」と思ってしまう。
・「宇宙船から帰ってきたときの気分のカクテルを」と注文してバーテンダーを困らせてしまう
・宇宙船に連れていかれるとき、死んだおじいちゃんが夢の中に出てきて「おまえが来るのはまだ早い」と言われた。
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