2025年5月8日木曜日

【読書感想文】エドワード・ブルック=ヒッチング『世界をまどわせた地図』 / 欲は地図をゆがませる

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世界をまどわせた地図

エドワード・ブルック=ヒッチング(著) 関谷冬華(訳) 井田仁康(日本語版監修)

内容(e-honより)
本書で紹介する国、島、都市、山脈、川、大陸、種族などは、どれもまったくの絵空事だ。しかし、かつては実在すると信じられていたものである。なぜだろう?それらが地図に描かれていたからだ。神話や伝承として語り継がれていたものもあれば、探検家の間違いや誤解から生まれたものもある。なかには、名誉のため、あるいは金銭を集めるための完全な“でっち上げ”すらある。そのような幻の土地や国、島々は、20世紀の地図にもたびたび登場し、現代のグーグルマップにまで姿を現した。130点を超える美しい古地図と貴重な図版・写真とともに、人々を翻弄した幻の世界を読み解いていこう。

 小川哲『地図と拳』で参考文献に挙げられていておもしろそうだったので読んでみた。


 ほんとは存在していないのに地図に描かれていた国、島、都市、山脈、川、大陸、種族を紹介する本。

 といっても、ほとんどが島だ。ま、地続きだったら比較的行きやすいからすぐわかるもんね。海の上ならかんたんに行けないし、目印が少なく海流があるので思いもよらないところに行ってしまうので、誤認することも多いのだろう。


 存在しないものが地図に描かれる理由は勘違いやミス(地図を描くときの間違いや誤字)だけではない。

 名声欲しさに行ったことにするため、島を発見したことにして探検のスポンサーの名前をつけて次回探検の資金を集めるため、画家のちょっとしたいたずら(『地図と拳』で書かれていた“画家の妻の島”)など、故意に島がつけくわえられたケースも紹介されている。

 もしかすると、ほんとに存在していたけど地殻変動で消滅した島もあるかもしれない。島の消滅や誕生はときどき起こるらしいから。

「存在しない地形が地図に載ってしまった」は測量技術が未熟だった時代だけの話ではなく、21世紀になってからも「存在しない島がGoogleマップに載ってしまった」なんてことも起こっているのだとか。人工衛星で計測しててもミスは起こるんだな。


 大きな問題になったのが、メキシコ湾に存在するとされたベルメハという島。

 この島があるのとないのでは、メキシコの排他的経済水域が大きく変わってくる。そのため、どうやら存在しないらしいとわかってからも「あるはず!」という声が消えることはなかった。

 ベルメハの「消失」をめぐっては、気候変動に伴う海面上昇や海底地震など様々な説が浮上している。しかし、メキシコの上院議員のグループは2010年に、「誰にも気づかれることなく大きな自然の力が発生するとは考えられない。まして、220億バレル以上の石油が埋蔵されている地域で起こった大規模な自然現象に気づかないことはあり得ない」という声明を発表している。
 広く信じられているもう一つの説は、米国が油田の権利を手中に収めるために、米国の中央情報局(CIA)の手で島全体を破壊させたとするものだ。2000年11月には、メキシコの与党である国民行動党(PAN)の上院議員6人が、島が意図的に消滅させられた可能性について「濃厚な疑い」があると議場で発言した。1998年、PAN党の議長ホセ・アンヘル・コンチェロは、ベルメハ島が実在する可能性を追求するためにさらなる調査を要求した。その直後、車で連れ去られたうえに殺害され、犯人が捕まらなかったため、陰謀説はさらに広まった。コンチェロは、当時のセディージ政権が試掘権を米国企業に譲り渡そうと秘密の計画を立てているとも警告していた。
 結局、島はどうなったのだろうか。メキシコ国立自治大学のハイメ・ウルティアとメキシコ国立工科大学のサウル・ミランは、ベルメハほど大きい島を消し去るには水素爆弾が必要という結論を出した。ミランは、島が破壊されたのではなく、海の下に隠された可能性を指摘した。米国政府が何らかの方法でこっそりと海面下まで島を削ったのではないかというわけだ。
 メキシコ国立自治大学の地理学者イラセマ・アルカンタラは、ベルメハ島の存在を熱心に擁護し、取材陣にこう語った。「私たちはベルメハの存在について非常に正確な記述がある文書をいくつも見てきました。(中略)ですから、場所は違うかもしれませんが、私たちは島が存在することを固く信じています」

 アメリカが島を破壊した、あるいは削ったのではないかという説を信じる人も少なくなかったのだ。

 どれだけ科学技術が発達しても「信じたいものを信じる」という人間の習性はなかなか変えられないね。




 いちばんおもしろかったのは、スコットランドのペテン師グレガー・マグレガーの話。

 マグレガーは存在しない「ポヤイス」という国の話をし、そこに投資をする人たちを募集した。

しかも、彼の新たな母国の話ときたら! 天然資源が豊富な800万エーカー(320万ヘクタール)ほどのたいへん美しくよく肥えた土地があり、作物を育てれば豊作まちがいなし、海では魚も食用になるカメも豊富にとれる。町から少し離れれば狩りの獲物もどっさりいる。また、川は「純金の粒」でいっぱいだというのだ。さらに、この国を売り込むための案内書『モスキート・コーストの概要:ポヤイス国とはどんな場所か』(1822年)も出版され、理想郷の全貌や「巨額の利益を生む可能性がある、アルブラポイヤーなどの国内の非常に豊かな多数の金鉱」についてもくわしく紹介された。しかし何といってもきわめつけは、ささやかな金を出せばその楽園の一部が自分のものになるというところだった。
 たったの2シリング3ペンスでポヤイス国の土地1エーカー(0.4ヘクタール)があなたのものになります、とマグレガーは話に夢中になっている聴衆に語りかけた。ということは、11ポンドちょっとの金をかき集めれば、100エーカー(40ヘクタール)もの土地が手に入るわけだ。ポヤイス国は腕のいい働き手を必要としている。材木はたっぷりとあり、大きな商売ができる可能性がある。土地にしっかり手を入れれば、大地は豊かな恵みを与えてくれるだろう。イギリスで暮らす金額に比べればわずかな金で、王族並みの暮らしができるかもしれない。
 (中略)
 1822年9月10日、期待に胸をふくらませた70人の乗客と、十分な補給品と、スコットランド銀行の印刷機で刷られた(向こうで金や法定通貨と交換できるはずの)ポヤイスドルがいっぱいに入った金庫を乗せて、ホンジュラス・パケット号はポヤイス国に向けてロンドンの港を離れた。
 ポヤイス国行きの船を見送ったマグレガーは、その足でエディンバラとグラスゴーに行き、今度はスコットランド人を相手に同じ話をした。(中略)2度目の募集でもポヤイス国の土地は完売し、移住地に向かう船は今度も満員になった。1823年1月14日、200人を乗せたへンリー・クラウチ船長のケネルスレー・キャッスル号は、ホンジュラス・パケット号で一足先に新天地に向かった人々と合流すべく、スコットランドのリースの港を後にした。
 だが、目的地にたどり着いた移住者たちはひどく困惑した。彼らが目にしたのは、文明のかけらもない未開の密林と、マラリア病の発生源になりそうな沼地ばかりだった。ポヤイスという国も、豊かな土地も、文明化された都も存在しない。彼らは狡猾な夢想家に騙されたのだ。母国に帰るすべもなく、夢破れた移住者たちは補給品を船から降ろし、海岸で野営するほかなかった。4月になっても状況はまったく変わらなかった。町は1つとして見つからず、助けが来る様子はなく、野営地は絶望に包まれた。病気が広がり、1ヵ月のうちに8人の移住者の命が奪われた。「王女御用達」の座を約束された靴屋は再び家族に会う望みを絶たれ、銃で自らの頭を撃ち抜いた。

 存在しない「ポヤイス国」へと旅立った270人のうち、無事に帰ってくることができたのは50人にも満たなかったそうだ。

 ちなみにマグレガーはフランス→ベネズエラへと逃亡し、最期まで罰を受けることはなかったのこと。

 そのスケールの大きさに目を見張るが、やっていることは古典的な詐欺の手口だよね。「〇〇は確実に値上がりする。あなたにだけ特別に安くお売りします」と持ちかけて、二束三文の土地/物件/株券を売りつけ(あるいは売るふりをして)、お金を持って逃げる。

 何度も聞いたことのある、典型的な詐欺の手口だ。売るものは海の向こうの土地だったり造成予定地だったり火星の土地だったりするけど、基本的なやり口は変わらない。

 それでも人は騙されるんだなあ。欲はものの見方も地図もゆがませる。


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