マンションのドアを開けると、隣家の前の廊下にゴキブリがいた。
もし自分の家にゴキブリが入ってきたなら、迷わず叩き殺す。
家賃を払ってこの家に住んでいるぼくには、許可なく侵入してきた族(ゴキブリ)を殺す正当な権利があると思う。
しかし、ここはマンションの共有部分だ。我が家ではない。
かといって、完全な公共地ともいえない。マンションの廊下は住人みんなのものであり、ぼくも住人の一員であるからだ。
いってみれば、領海でも公海でもない、排他的経済水域のような微妙なスペースだ。
はたしてここを通行するゴキブリを殺す権利が、ぼくにはあるのだろうか。
ゴキブリは、我が家に背を向けて歩いている。
このまま放っておけば、我が家に入ってくる可能性は低いだろう。
だが、他の部屋に侵入する可能性は十分にある。
他の部屋の住人を守るために、ゴキブリに対して先制攻撃をくわえることは人道的に許されるのだろうか。
集団的自衛権の行使を容認するかどうかのこの問題、いったいどうお考えなんですか!?
はっきりと答えてください!
総理!
2015年6月30日火曜日
2015年6月29日月曜日
お茶をちょっとだけ残す
会社で、既婚女性ふたりが話している。
「うちの旦那ね、コップにお茶をちょっとだけ残すの。あとちょっとなんだから飲みきってよ、って思うのに、なぜか1センチぐらい残すのよね」
「あーうちもー! 片付けられなくてイライラするわよねー」
「なんなのかしらあれ。男の人の習性なのかな。ちょっとだけ残すのって。嫌よねー」
そばで聴いていてドキドキする。
ごめんなさい、ぼくもです。
いっつもお茶を飲みきらずにほんのちょっとだけ残してます。
そうだったのか。ぼくだけじゃなかったのか。他の男性たちもだったのか。
そして世の女性たちはイラついていたのか。
ということはうちの妻も……!
どうしよう。
とりあえず、いま隣りにいる既婚女性ふたりに謝っといたほうがいいだろうか。
「お茶をちょっとだけ残してごめんなさい、世の夫たちを代表して謝ります」
と。
突然ぼくが土下座をしたら彼女たちはびっくりするだろうか。
いやいや。
考えてみたらそこまで悪いことじゃないだろう。少なくとも土下座をするほどのことではないはずだ。
お茶をちょっとだけ残して何が悪いんだ。
大地震が起きてこの部屋に閉じ込められることになったとき、この1センチのお茶が命を救うことになるかもしれないじゃないか。
そうだ、むしろちょっと残すほうが正しいんじゃないだろうか。
おもいきって彼女たちに反論してみようか。
「きみたちだって財布のお金は最後の一円まで使い切らないだろう? 全部使い切るまでに補充するよね。ほらね、そういうことなんだよ」
突然ぼくが弁論をふるったら彼女たちはびっくりするだろうか。
怒りだして裁判になったらどうしよう。
ぼくには「コップも財布も一緒でしょ理論」で彼女たちと裁判長を納得させられる自信がない。
黙っていたほうが賢明だ。
そこへKさんが話にくわわってきた。
「まだいいわよ。うちなんかもっとひどいよ。
うちの旦那、やかんのお茶を全部飲んじゃうの。
あたしが飲みたいときにはやかんがからっぽなわけ。
だから云ったのよ、
『最後の一杯を飲んだ人は、次に飲む人のためにお茶を沸かすことにしましょう』って。
そしたら彼、『わかった』って」
「よかったじゃない」
「よくないわよ! それからどうなったと思う!?
彼ったら、やかんにほんのちょっとだけお茶を残すのよ!
お茶を沸かしたくないもんだから、そのちょっとは絶対に自分では飲まないの!」
「えー! ひどーい!」
なんて人だ。
ぼくも「それはひどいですね」と全女性の味方みたいな顔をしてKさんに同情の言葉をかけた。
内心「なるほどその手があったか」と思ったことはもちろん秘密だ。
「うちの旦那ね、コップにお茶をちょっとだけ残すの。あとちょっとなんだから飲みきってよ、って思うのに、なぜか1センチぐらい残すのよね」
「あーうちもー! 片付けられなくてイライラするわよねー」
「なんなのかしらあれ。男の人の習性なのかな。ちょっとだけ残すのって。嫌よねー」
そばで聴いていてドキドキする。
ごめんなさい、ぼくもです。
いっつもお茶を飲みきらずにほんのちょっとだけ残してます。
そうだったのか。ぼくだけじゃなかったのか。他の男性たちもだったのか。
そして世の女性たちはイラついていたのか。
ということはうちの妻も……!
どうしよう。
とりあえず、いま隣りにいる既婚女性ふたりに謝っといたほうがいいだろうか。
「お茶をちょっとだけ残してごめんなさい、世の夫たちを代表して謝ります」
と。
突然ぼくが土下座をしたら彼女たちはびっくりするだろうか。
いやいや。
考えてみたらそこまで悪いことじゃないだろう。少なくとも土下座をするほどのことではないはずだ。
お茶をちょっとだけ残して何が悪いんだ。
大地震が起きてこの部屋に閉じ込められることになったとき、この1センチのお茶が命を救うことになるかもしれないじゃないか。
そうだ、むしろちょっと残すほうが正しいんじゃないだろうか。
おもいきって彼女たちに反論してみようか。
「きみたちだって財布のお金は最後の一円まで使い切らないだろう? 全部使い切るまでに補充するよね。ほらね、そういうことなんだよ」
突然ぼくが弁論をふるったら彼女たちはびっくりするだろうか。
怒りだして裁判になったらどうしよう。
ぼくには「コップも財布も一緒でしょ理論」で彼女たちと裁判長を納得させられる自信がない。
黙っていたほうが賢明だ。
そこへKさんが話にくわわってきた。
「まだいいわよ。うちなんかもっとひどいよ。
うちの旦那、やかんのお茶を全部飲んじゃうの。
あたしが飲みたいときにはやかんがからっぽなわけ。
だから云ったのよ、
『最後の一杯を飲んだ人は、次に飲む人のためにお茶を沸かすことにしましょう』って。
そしたら彼、『わかった』って」
「よかったじゃない」
「よくないわよ! それからどうなったと思う!?
彼ったら、やかんにほんのちょっとだけお茶を残すのよ!
お茶を沸かしたくないもんだから、そのちょっとは絶対に自分では飲まないの!」
「えー! ひどーい!」
なんて人だ。
ぼくも「それはひどいですね」と全女性の味方みたいな顔をしてKさんに同情の言葉をかけた。
内心「なるほどその手があったか」と思ったことはもちろん秘密だ。
2015年6月26日金曜日
2015年6月24日水曜日
結婚指輪にまつわる素敵なストーリー
知人から聞いた、結婚指輪にまつわる素敵なストーリー。
彼が社員旅行で東南アジアに行ったときのこと。
夜、お酒でも飲みに行こうと歩いていると、現地の男がなれなれしく肩を組んできた。
「いいお店があるよ」とつたない日本語で話しかけてくる。
「いらない、いらない」と答えていると、向こうから歩いてくる男と軽くぶつかった。
しばらくして、客引きの男は立ち去った。
ふとポケットを探ると、財布がなくなっている。やられた!
男が話しかけてきて気をひいている隙に、反対側から来る男が財布をスるというチーム犯罪だったのだ。
不幸中の幸いで、彼の財布に入っていたのは所持金の一部だけで、残りはホテルの鞄に入れていたので無事だった。
しかし彼にとって困ったことに、財布には結婚指輪を入れていた。指輪ごと財布をスられてしまったのだ!
ここで疑問に思う人もいるだろう。
なぜ指輪をわざわざ財布に入れていたのか?
なぜなら、彼は女の子がいるお店に飲みに行こうとしており、女の子にもてようと結婚指輪を外していたのだ。
帰国して、奥さんに対して「指輪をスられた」とは言えない。
がっちり指にはまっている指輪はスられたりしないからだ。
かといって指輪を外していたと言えば、なぜそんなことをしたのか問い詰められることになる。
そこで彼は、
「刃物を突きつけられて暗がりに連れていかれ、金目のものを要求された。指輪もよこせと言われ、これは愛する人との誓いの証で大事なものなので勘弁してくれと言ったが、だったら命を奪うと言われて、愛する妻に申し訳ないと思いながらも泣く泣く強盗に手渡してしまった」という素敵なストーリーをつくって、奥さんに説明したそうだ。
これが、ぼくが知人から聞いた、結婚指輪にまつわる素敵なストーリー(嘘の言い訳)。
彼が社員旅行で東南アジアに行ったときのこと。
夜、お酒でも飲みに行こうと歩いていると、現地の男がなれなれしく肩を組んできた。
「いいお店があるよ」とつたない日本語で話しかけてくる。
「いらない、いらない」と答えていると、向こうから歩いてくる男と軽くぶつかった。
しばらくして、客引きの男は立ち去った。
ふとポケットを探ると、財布がなくなっている。やられた!
男が話しかけてきて気をひいている隙に、反対側から来る男が財布をスるというチーム犯罪だったのだ。
不幸中の幸いで、彼の財布に入っていたのは所持金の一部だけで、残りはホテルの鞄に入れていたので無事だった。
しかし彼にとって困ったことに、財布には結婚指輪を入れていた。指輪ごと財布をスられてしまったのだ!
ここで疑問に思う人もいるだろう。
なぜ指輪をわざわざ財布に入れていたのか?
なぜなら、彼は女の子がいるお店に飲みに行こうとしており、女の子にもてようと結婚指輪を外していたのだ。
帰国して、奥さんに対して「指輪をスられた」とは言えない。
がっちり指にはまっている指輪はスられたりしないからだ。
かといって指輪を外していたと言えば、なぜそんなことをしたのか問い詰められることになる。
そこで彼は、
「刃物を突きつけられて暗がりに連れていかれ、金目のものを要求された。指輪もよこせと言われ、これは愛する人との誓いの証で大事なものなので勘弁してくれと言ったが、だったら命を奪うと言われて、愛する妻に申し訳ないと思いながらも泣く泣く強盗に手渡してしまった」という素敵なストーリーをつくって、奥さんに説明したそうだ。
これが、ぼくが知人から聞いた、結婚指輪にまつわる素敵なストーリー(嘘の言い訳)。
2015年6月23日火曜日
貧乏ウイルスで九死に一生
ぼくの身体の中には『貧乏ウイルス』が棲んでいる。
こいつは贅沢が大嫌いで、贅沢なものを食べつづけるとたちまち発症する。
結婚式などのパーティーが続くともうだめだ。激しい嘔吐および下痢を引き起こし、たちまち体内から贅沢品を追い出してしまう。
さらに丸一日は、一切の食べ物さらには水さえも受けつけなくなる。
ぼくという人間はよほど育ちが悪いらしい。贅沢というものが体質的に合わないのだ。
この貧乏ウイルスが発症するとひっきりなしに嘔吐と下痢に襲われるので苦しいのだが、上と下からすべてを出し切ってしまうと身体の内側がすっかり洗われたようで、かえって気持ちがいいくらいだ。
ちょうどホースに勢いよく水を流しこんで内側にへばりついている澱を洗い流すような感覚。
つい数日前にもぼくの体内で貧乏ウイルスが猛威をふるっていた。
飲み会が続いており、「ローストビーフ」「プレミアムモルツ」「ハーゲンダッツ」というこの世の贅の限りを尽くしていたのが祟ったらしい。
間の悪いことに、その日はかねてから計画していた旅行の日であった。
貧乏ウイルスは嘔吐と下痢こそ引き起こすものの、熱は出ないし他人に感染するものでもないので、ぼくはからっぽになった身体を引きずって旅行へと発った。
そして旅先でぶったおれた。
宿泊先で、人生ではじめて五右衛門風呂なるものに入った。
ぴんと張りつめた屋外の空気の中で浸かる五右衛門風呂はめっぽう気持ちよく、また他に客のいない貸切状態だったこともあってこの世の極楽であった。
どれくらい気持ち良かったかというと、朝から何も食べていないことも忘れてつい長湯をしまったほどだ。
五右衛門風呂を十分に堪能して、風呂から上がった。
とたんに目の前がまっしろになった。
後頭部がぶんなぐられたみたいに痛む。
目がぐるんぐるん回ってとても立っていられない。
たまらず倒れこんだのだが、息がうまくできない。
貧血で倒れたのだ。
緊急事態になると人間というやつは何を考えるかわからないもので、風呂場の床に素っ裸で倒れながらぼくがまず考えたのは
「五右衛門風呂のふたをしなくちゃ。
次の人が入るときにお風呂のお湯が冷めちゃう」
という心配だった。
息も絶え絶えになりながら死にもの狂いで風呂のふたをすると、再び床に倒れこんだ。
心臓が途方もない速さで鼓動しているのが、まるで1メートルも遠くの音のように聞こえる。
しばらく寝ていたら快復するかと思っていたのだが、頭はまっしろなままだ。
さっきは最上だと思っていた貸切状態が恨めしい。どうしてこんなときにかぎって誰も来てくれないんだ。
意識が次第に薄れてゆく。
このまま気絶していればそのうち誰かが発見してくれるだろう。
全裸で倒れているところを救助されるのは恥ずかしいが、贅沢は云ってられない。
ぼくはわずかばかり残っていた力を抜いて、ゆっくりと目を閉じた。
今にして思うと、あのまま意識を失っていたら命が危なかったかもしれない。
長時間見つけられずに素っ裸で横たわっていたら、この世の極楽から一転、本物の極楽へ行ってしまうところだったかもしれない。
しかし、人間の身体というやつは本当によくできている。
さっきも書いたとおり、その日の腹具合は決して良くなかった。
おまけに浴室内に裸で寝っ転がっていたために冷えたのだろう、おなかがゴロゴロと言い出した。
やってきたのだ。
便意様が。
ここでぼくは、薄れゆく意識の中で必死に考えた。
いま気絶すれば、理性という抑止力を失ったぼくの尻は暴走をはじめ、放射性物質にも匹敵する危険な物質を世に放つことになるだろう。
その結果、周囲の環境は汚染され、しばらくの間は人間の住めない土地へと変わってしまう。宿の風呂がチェルノブイリ化してしまう。
歴史から学ぶこと、これは今を生きる我々に課せられた使命でもある。
同じ過ちを何度もくりかえすわけにはいかない。
わたしは浴室環境を守るため、そしてなにより、全裸+汚物まみれの姿で発見されたくないという人間の尊厳を護るために、ふたたび立ち上がることを決意した!
(挿入歌:『ロッキーのテーマ』)
そこからのことはよく覚えていない。
意識を取り戻したとき、わたしは洋式便器に腰かけていた。
わたしは勝ったのだ。
貧血に。そして便意に。
どうやら、くらくらと回る頭を抱えながら服を着て、這うようにしてトイレへと駆け込んだらしい。
こうして、ひとりの男の強い意志によって浴室内の平和は守られたのであった。
よくこんな話を聞く。
『重い病になり、高熱が出た。
生死の境をさまよい、三途の川にさしかかった。
川を渡ろうとしたそのとき、家族の呼ぶ声が聞こえてきたので引き返した。
おかげで死なずに済んだ』
ぼくもあのときたしかに、三途の川の入口で、引き返してこいという声を聞いた。
声をかけてくれたのは家族でも友人でもない。ぼくの便意だった。
まさか便意に命を救われるとは。
ありがとう。いい薬です。
登録:
投稿 (Atom)