2024年5月15日水曜日

【読書感想文】F.アッシュクロフト『人間はどこまで耐えられるのか』 / 最後は運しだい

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人間はどこまで耐えられるのか

F.アッシュクロフト(著)  矢羽野 薫(訳)

内容(e-honより)
生きるか死ぬかの極限状況で、肉体的な「人間の限界」を著者自身も体を張って果敢に調べ抜いた驚異の生理学。人間はどのくらい高く登れるのか、どのくらい深く潜れるのか、暑さと寒さ、速さの限界は?果ては宇宙まで、生命の生存限界まで、徹底的に極限世界を科学したベストセラー。


 タイトルの通り、「人間は生きたままどれだけ高く登れるのか」「どれだけ深く潜れるのか」「暑さや乾燥にはどれぐらい耐えられるのか」「寒いとどうなるのか」「他の動物はどうやって耐えているのか」について書かれた本。

 数々の文献を漁って書かれた本であり、著者が命を賭けて「どれぐらい耐えられるか」の実験したような本ではありません。念のため。




 ふだん生きていてあまり意識することはないが、「気圧」は身体に対して大きな影響を与える。

 人間がギリギリ耐えられる低い気圧は、厳しいトレーニングを受けた人でも350hPaぐらい。高さにすると標高8,000mぐらい。エベレストの標高が8,848mなので、世界最高峰の山が人間のギリギリラインというのはなんともよくできた偶然だ。

 気圧が低くなると人体には様々な影響が出て、とてもまともに活動ができない。平地でも気圧が低くなると人によっては体調が悪くなるようだが(ぼくはほとんど感じたことがないけど)、その比じゃないぐらいしんどくなるようだ。

 加えて、気圧が低いと酸素が薄くなるわけで、ちょっと動いただけでものすごく疲れる。エベレストの山頂で100m進むのは、低い山を100m歩くのとはまったく疲労度が違うという。

「登山家は山の標高を語りたがるけど、海抜0m地点から登りはじめるわけじゃないから、あんまり意味なくない?」とおもってたんだけど、そんなことなかったんだね。標高0m→100mと標高8,000m→8,100mはまったく違うのだ。


 標高8,000mが限界なのに、高度10,000mぐらいを飛ぶ飛行機って、相当無理のある乗り物だよね。

「客室内の気圧が急に低下した場合は、頭上から酸素マスクが下ります」。ここ二五年ほどで飛行機の利用客は爆発的に増えた。それだけ多くの人がこの注意書きを見慣れているわけだが、そのような緊急事態を実際に経験した人はほとんどいない。民間航空機は一般に高度一万メートル付近を飛行する。この高度で機体の窓が吹き飛ばされると、客室内の空気が轟音をたてて一気に外へ噴き出し、外気と同じ気圧まで下がるだろう。ものが空中に浮かび、シートベルトをしていない人は吸い込まれるように外へ投げ出されるかもしれない。室温も外気と同じ寒さまで下がり、機内はきめ細かい霧に包まれ、冷却された空気が気化しはじめる。すぐに酸素マスクを着用しなければ命にかかわり、肺の中の酸素が急激に減少して、三〇秒で意識を失うはずだ。パイロットが適切な行動を取れる「有効時間」はさらに短く、わずか一五秒ほどである。あるパイロットはコックピットが急減圧したはずみで眼鏡を落とし、酸素マスクを着用する前に眼鏡を拾おうとかがみ込んだため、そのまま意識を失った。副操縦士が同じ過ちを犯さなくて幸いだった。

 飛行機に乗っているときに「もし墜落したら確実に死ぬな」なんて考えるのだが、墜落しなくても窓が開いただけで死んでしまうのだ。宇宙船や潜水艦と同じで、「一歩出たら外は死の世界」だ。

 たった30秒で意識を失う……。ま、それはそれであまり恐怖を感じなくて、悪くない死に方かもしれない。



 人類は暑い地域で進化したので、他の動物に比べれば、寒さよりも暑さに強いようだ。

 中でもヒトが優れているのが「汗をかける」という点だ。汗を蒸発させることで身体の熱を外に逃がすことができる。ヒトは全哺乳類の中でもトップクラスに走るのが遅い(身体のサイズのわりに)だが、それは短距離走の話であって、長距離走ではウマと並んで非常に優れたランナーである。

 汗の蒸発による冷却システムは、運動をするときはとくに重要である。過酷なツール・ド・フランスに参加するサイクリストは、一二時間連続で上り坂を漕ぎつづける。その彼らが実験室の中では、同じペースの運動を一時間さえ続けることができず、驚いて悔しがることも多い。外の道路では、自分が前に進むことで向かい風が生じ、肌に接する空気の層をすみやかに後ろへ逃がして、汗の蒸発による冷却効果を著しく高める。一方、静止した自転車ではこの対流が大幅に遅くなるので、それだけ熱が発散されるペースも遅くなり、すぐに疲れてしまうのだ。しかし、扇風機を回して人工的に風を送ると、はるかに長時間ペダルを漕ぎつづけることができる。汗の蒸発による冷却効果が急に落ちることは、サイクリストやランナーが走り終えた直後に心臓発作を起こす原因でもあるだろう。
 体の周囲を通り抜ける空気の流れが突然止まると、体外に放出される熱の量が減って、体温が急激に上がることは十分に考えられる。乗馬でも、馬に運動させた後は徐々にクールダウンさせなければならず、急に止まってはいけない。

 熱中症にならないために気温を気にするけど、二、三度の気温のちがいよりも、湿度や風のほうがずっと重要なんだね。そういや扇風機なんて気温にはぜんぜん影響を与えないけど(どっちかっていったら気温を上げる要因になる)、あるのとないのとではぜんぜん涼しさがちがうもんね。



 ヒトは寒さにはあまり強くない……。はずなのだが、ある程度は寒さに慣れることができるし、例外的にめちゃくちゃ寒さに強い人もいる。

 南極探検家ロバート・スコットの悲運の遠征隊(一九一一~一二年)に参加したバーディーことH・G・バウアーズは、遺品となったノートを読むと、驚異的なほど寒さに強かったようだ。テイコクペンギンの卵を収集するためにクロツィエ岬に向かったバウアーズは、マイナス二〇以下の夜も、毛皮の寝袋の内側に羽毛のライナーをつけずにぐっすり眠れた。仲間のアプスリー・チェリー=ガラードは「連続して震えの発作に襲われ、止めることができなかった。震えに全身を支配され、背中が折れたかと思うほど筋肉が緊張した」という。バウアーズは凍傷にも一度も悩まされなかった。スコットは、バウアーズほど「寒さをものともしない人は見たことがない」と記している。
 バウアーズはなぜ、それほど寒さに強かったのだろう。一つ考えられる理由は、彼が毎朝、南極の冷気の中で裸になり、氷のように冷たい水をバケツで何杯もかけて全身を洗っていたことだ。仲間は恐れおののいて見守っていたという。いくつかの研究から、断続的に寒さに体をさらしていると、人間はある程度、寒さに適応できることがわかっている。有志の被験者が数週間にわたって毎日三〇~六〇分間、水温一五℃の水に浸かった後、北極と同じ寒さの実験室に入った。すると、水浴を始める前に入ったときより長く我慢でき、ダメージも少なかった。

 寒さに限らず、暑さでも、気圧の低さも、気圧の高さも、耐えられる度合いは人によって大きくちがう。

 基礎体力などの要因もあるが、もってうまれた体質も大きい。たとえば高山病のなりやすさ、症状の重さは、どれだけ鍛えているかには関係ないようだ。暑さも寒さも同じ。気合を入れようが、心頭滅却しようが、無理なものは無理! なのだ。

「おれが若い頃はこれぐらいは耐えられた」と口にする人は、ぜひとも人類がこれまでに乗り越えてきた最高高度、最高気温、最低気温、最高気圧、最低気圧のすべてに挑戦してから言ってほしい。他に耐えられた人がいるんだから、あんただって平気なんだよね?


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