2018年10月9日火曜日

寂しさ VS 忙しさ

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妻が出産のために五日ほど入院した。

かねてから心配していたのが、上の娘(五歳)のことだ。

娘はおかあさんべったりというわけではなく、土日はたいていぼくとふたりで遊びに出かけるし、家でも風呂・遊び・絵本はぼくと一緒にやる。
だが「寝るときに娘のおなかをさする」と「起きるときにだっこする」だけはおかあさんでなければならない。
それだけはぼくがやろうとしても「おかあさんがいい!」と言われる。

五歳ともなるといろんなことが理解できるし、親の期待に応えようともする。とはいえまだまだわがままいっぱいの子どもだ。
特に今まではひとりっ子だったので、「おかあさんと寝たい」とか「おとうさんとお風呂に入る!」なんて願いはほぼ叶えられてきた。

そんな娘が「おかあさんの入院」というイベントをどう乗り越えるのだろうか。
ぼくは心配しつつも楽しみに見ていた。



結論からいうと、あっけないぐらいに平気だった。

娘が寂しがらないようにぼくはとった対策は、「寂しがる時間を与えない」というものだった。
ひとりであれこれ考えると寂しくなる。だったらひとりで考えるひまを与えなければいい。

こないだの土曜日は、娘に絵本を読んで、『トイ・ストーリー』のDVDを観て、図書館に行って、娘の友だちと公園で遊んで、病院に行って赤ちゃんを見て、帰ってからプールに行って泳いで、レゴで遊んでからまた病院に行って面会してご飯を食べて、帰って銭湯に行って、絵本を読んでお話を聞かせてから寝た。
日曜日は保育園の友だちと公園にシートを広げてご飯を食べ、野球と相撲と鉄棒と自転車で遊んだ。ぼくは五歳児十人から自転車で追いまわされた。
月曜(祝日)はバーベキューをして、公園でアスレチックをして、銭湯に行った。

これだけハードなスケジュールをこなしていたら寂しがるひまもない。布団に入って灯りを消して小さな声でお話を読んであげたら三分もしないうちに寝てしまった(ついでにぼくも寝た)。
寂しがっている時間などない。

忙しさで埋めつくすことで、おかあさんのいない寂しさは覆いかくせた。
すげー疲れるけど。


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