2023年6月12日月曜日

【読書感想文】新庄 耕『狭小邸宅』 / 自分は特別な存在

狭小邸宅

新庄 耕

内容(e-honより)
学歴も経験も関係ない。すべての評価はどれだけ家を売ったかだけ。大学を卒業して松尾が入社したのは不動産会社。そこは、きついノルマとプレッシャー、過酷な歩合給、挨拶がわりの暴力が日常の世界だった…。物件案内のアポも取れず、当然家なんかちっとも売れない。ついに上司に「辞めてしまえ」と通告される。松尾の葛藤する姿が共感を呼んだ話題の青春小説。第36回すばる文学賞受賞作。


 わりといい大学を出て、不動産屋の営業として就職した主人公の仕事っぷりを描いた小説。

 入社して間もなく、上司に呼び出された。
「松尾、未公開物件あるから、サンチャの駅前でサンドイッチマンやれ」
 すぐには意味が理解できなかった。まごついている僕を見て、上司は苛立ちを露わにした。
「あそこにある看板背負って、三軒茶屋行って客探してこいって言ってんだよ、大学出てそんなこともわかんねぇのかよ」
 営業フロアの隅に腰の高さほどの看板が二枚、紐で繋がれて立てかけられている。それを見て、サンドイッチマンがどのようなものかわかった。
 新宿や渋谷などの繁華街で大きな看板を前後にぶら下げて宣伝する人を見かけたことはあったが、それがサンドイッチマンと呼ばれることなど知らなかった。ましてや、自分が担うことになるとは思ってもみなかった。
 人混みの中、サンドイッチマン姿で声を張りあげるには勇気を必要とする。道行く全ての人が、自分に無遠慮な視線を向けてくるように感じられた。それでも、しばらくつづけていると、苦にならなくなってくるのは不思議だった。


 主人公が入社したのは、いわゆるブラック企業。パワハラが横行している。暴言どころか暴力もあたりまえのように飛び交う職場。なので従業員はどんどんやめていく。

 令和の今では「こんな会社あるのか」とおもうかもしれないが、ほんの十数年前まではこんなのはめずらしい話じゃなかった。というか今でもこれに近いことをやっている会社あるし(ぼくが知っているのは不動産業界じゃないけど)。

 なんせパワハラなんて言葉もなかった。言葉がなかったということは、それがいけないという認識もなかった。業務に関することであれば上司が部下をどれだけ口汚く罵ってもいい、というのが日本の社会のルールだったんだよ。ほんとに。

 ひどい時代だったなあ。21世紀初頭になっても日本はまだ野蛮な未開国だったんだよ。




 前半は会社のブラックっぷりの描写や不動産業のうんちくが語られるのでわりとよくあるお仕事小説かとおもったら、途中から毛色が変わる。

 まったく契約がとれなくてやめさせられる寸前だった主人公が、契約をとれたことや上司からのアドバイスを機に自信をつけ、売上を伸ばしていく……と書くと順調そうに見えるのだがそうでもない。

 睡眠時間を犠牲にし、酒量が増え、金儲けに邁進し、身につけるものに金をかけ、彼女を疎んじるようになり、周囲の人間をぶつかるようになる。

「仕事はできないけどいい奴」だった主人公が「仕事はできるがいやな奴」に変わってゆくのだ。

 こういう人、ぼくも見てきたなあ。ブラック企業の中で成功しようとおもったら悪いやつになって適応するのが最短距離なんだよね。




 中盤の「嫌な奴になる少し前」の主人公は過去の自分に重なる部分が大きかった。

「いや、お前は思ってる、自分は特別な存在だと思ってる。自分には大きな可能性が残されていて、いつか自分は何者かになるとどこかで思ってる。俺はお前のことが嫌いでも憎いわけでもない、事実を事実として言う。お前は特別でも何でもない、何かを成し遂げることはないし、何者にもならない」
 自分のことを特別だなど思ったことはないし、そのように思いたいとも思わない。そう無理にでも自分自身に言い聞かせることで、激しく動揺する胸奥を鎮めようとした。
「否定するのか、本当に否定できるのか。俺はそれでかまわない。だがな、お前は本当に自分が嘘をついていないと自分自身に言い切れるのか」

 ぼくもこうだった。書店で働いていながら、心のどこかで「ここが自分の本当の居場所じゃない」とおもっていた。そして周囲をうっすらばかにしていた。自分を特別だとおもっていた。まさにぼくだ。

 ま、その後別業界に転職したからじっさい居場所じゃなかったんだけど。


 多かれ少なかれそんなもんだよね。これが自分の天職だ! とおもいながら仕事をしている人なんてほとんどいないだろう。

 でも、ふしぎと歳をとると「本当の居場所がどこかにあるはず」という意識が薄れていくんだよな。なんでだろう。あきらめもあるし、ぼくの場合は家庭を持ったこともあるし。

 大きかったのは、じっさいに何度か転職をしたことかな。転職をしてみたら「どんな仕事をしてもいいこともあれば不満もあるし、嫌ならやめればいい」という心境になれる。

 そしたら「何の仕事をするか」が「今日はどの店で飯を食うか」ぐらいの問題におもえてくる。それはさすがに言いすぎか。


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2023年6月9日金曜日

盆と正月がいっぺんに

「立て続けにいいニュースが! まるで盆と正月がいっぺんにきたみたい」

「今、盆をめでたいとおもう人ってほとんどいないとおもうよ」



「立て続けにいいニュースが! まるで正月と日曜日がいっぺんにきたみたい」

「数年に一回はそういうこともあるよ」



「立て続けにいいニュースが! まるで正月と祝日がいっぺんにきたみたい」

「正月は毎年祝日だよ」



「立て続けにいいニュースが! まるで大安と吉日がいっぺんにきたみたい」

「そのふたつはたいていセットで使われるんだよ」



「立て続けにいいニュースが! まるでみどりの日と海の日と山の日がいっぺんにきたみたい」

「どれも何がめでたいんだかよくわかんない祝日だな」



「立て続けにいいニュースが! まるで勤労感謝の日と敬老の日がいっぺんにきたみたい」

「そのふたつがめでたいってことは歳をとってからも働かなきゃいけない状況にあるってことだから悲しくなるよ」



「立て続けにいいニュースが! まるで感謝祭とイースターがいっぺんにきたみたい」

「どっちも日本人にはぴんとこないイベントなんだよ」



「立て続けにいいニュースが! まるでゴールデンウィークと正月休みがいっぺんにきたみたい」

「おれはサービス業だから大型連休はふだんより忙しくてイヤなんだよね……」





2023年6月6日火曜日

ツイートまとめ 2023年2月



地獄

慣用句

追いだし部屋

耕作放棄地

バスケは友だちのふりをして近づいてくる

まんざい祭り

四字熟語っぽい

eスポーツ

ジャンボ

時間短縮

お年頃

YOU

川柳



2023年6月5日月曜日

【読書感想文】朝井 リョウ『スペードの3』 / 換気扇の油汚れのような不満

スペードの3

朝井 リョウ

内容(e-honより)
有名劇団のかつてのスター“つかさ様”のファンクラブ「ファミリア」を束ねる美知代。ところがある時、ファミリアの均衡を乱す者が現れる。つかさ様似の華やかな彼女は昔の同級生。なぜ。過去が呼び出され、思いがけない現実が押し寄せる。息詰まる今を乗り越える切り札はどこに。屈折と希望を描いた連作集。


 あるスターのファンクラブの幹部を務める女性、小学校ではいじめられっ子だったが中学校で自分の居場所を見つけられた少女、華やかなキャラクターであるライバルと常に比べられてきたベテラン女優。三者それぞれの人生を描いた連作短篇集。


 彼女たちはそれぞれ心にわだかまりを抱えているが、直ちに人生に大きな影響を抱えるほどの深刻な悩みではない。さしあたっては。

 他人に自慢できない仕事についていることを隠している、ファンクラブ内での人間関係に不満を持っている、絵を描くのが上手いし好きだがプロになれるほどの実力はない、小学校時代の暗い過去を隠して中学生活を送っている、年齢を重ねるごとに女優としての限界を感じてしまう、古くからの友人のほうが芸能界で成功している……。

 彼女たちが抱える不満を解消するのはすごくむずかしい。おそらく不可能だろう。そして、抱えたまま生きていけないほどの苦しみではない。だからなるべく蓋をして、そのことについて考えないようにしながら生きていく。その程度の不満。きっと誰しもが抱えているだろう。

 換気扇の油汚れのようなもの。とるのはすごくたいへん。とらなくても換気扇は機能する。でもついているとなんとなくイヤ。だから見ないようにして、換気扇を使いつづける……。

 人生ってそんなものといってしまえばそれまでだけど、でも当事者にとってはやっぱりイヤなものだよね。いつかその汚れが深刻な問題を引き起こすこともあるわけで。




「父親がいない」「おもいもよらない行動で周囲をはらはらさせる」「難病で女優を引退することになった」という〝メディアが好きそうなストーリー〟を持ったライバルをうらやむ女優の語り。

 衝動のように思う。
 私にはどうしていじめや病気を乗り越えた過去がないのだろう。
 私にはどうして幼いころ離れ離れになった父親がいないのだろう。
 私にはどうして説得力を上乗せするだけの物語がないのだろう。
 さまざまなものを積み重ねる前にどうして、表舞台に出ることを選んでしまったのだろう。けれど、もう、引き下がることはできない。

 この気持ち、なんとなくわかる。ぼくは表現者ではないけど。

 作家の自伝を読んでいると、とんでもなく波乱万丈な経歴を持った人がいる。一家離散していたり、借金まみれでアル中の父親がいたり、警察の厄介になっていたり。そんな体験をおもしろおかしくつづっていて、「この人は表現者になるために生きてきたのだな」とおもわされる。

 花村萬月氏や西村賢太氏のように。

 そういう文章を読むたびに、「それに比べてぼくの人生はなんてつまらないんだろう」と嘆いたものだ。サラリーマンの父親とときどきパートに出る主婦である母親。まじめで友だちの多い姉。家はベッドタウンの一軒家。ヤクザな親戚も面倒な隣人もいない。成績も悪くないし、教師に怒られることはよくあるが警察のお世話になるほどではない。そんな人生を歩んできた。

 だから学生時代はいろんな奇行に走った。着物でうろうろしたり、民族衣装を着たり、わけのわからないものを持ち歩いたり、わざと寝癖をつけて学校に行ったり、生徒会長になって意味不明なスピーチをしたり。

 でも、やればやるほど自分の平凡さを痛感した。「変わってるやつだ」とおもわれるけど、著しく損をするようなことはしないのだから。どこまでいってもぼくは「奇人にあこがれてる凡人」だった。

 ま、花村萬月氏や西村賢太氏が作家になれたのは、別に彼らの経歴が独特だったからではなく、彼らに文才があり、またそれを活かすための努力をしたからなんだけどさ。昔はそういうことがわかっていなくて、表現者となるためには「その人のバックボーンとなるストーリー」が必要だとはおもっていたんだよな。

 問いを考えることに熱中しすぎて裸で街へ飛び出したとか、表現をつきつめるあまり自分の耳を切り落としたとか、そういうわかりやすい逸話がほしかったんだよね。


 想像だけど、朝井リョウ氏も〝説得力のあるストーリー〟を持たないことにコンプレックスを感じていたのかもしれないな。

 何しろ朝井リョウ氏は早稲田大学在学中に作家デビューし、デビュー作が映画化されるほどのヒットになり、23歳という驚異的な若さで直木賞を獲り、その後もコンスタントに売れている人気作家だ。その順風満帆すぎる経歴が、逆にコンプレックスだったのかもしれない。

 西村賢太氏みたいな「父親が強姦で捕まり、母子家庭で育ち、不登校になり、ほとんど本を読まず、中卒でその日暮らしを送り、喧嘩で留置場に入れられ、借金まみれの生活を送っていた」という経歴のほうが作家っぽくて「無頼派のかっこよさ」があるもんね。

 ま、数多の「経歴だけは西村賢太のようだけど作家になれなかった人たち」がいるので、その経歴にあこがれるのはまちがってるんだけど……。




 この本でぼくが好きだった文章。

 白いシャツのボタンを一番上まで留めたウェイターが、それぞれのグラスに水を追加してくれる。まだ少しだけ残っているコーヒーを片付けようとはしない。美知代はずっと前に、このウェイターが最寄りの駅前で煙草を路上に捨てるところを見たことがある。

 これ、本編とはあまり関係のない記述だ。このウェイターは作品の中でまったく重要な役割を果たさない。

 でも、だからこそこの描写が印象に残った。ストーリーに関係のないウェイターだから記号みたいな扱いでもいいのに、わざわざ「このウェイターが最寄りの駅前で煙草を路上に捨てるところを見たことがある」というエピソードを入れて立体的に描いている。

 なかなかできることじゃないですよ、こういう丁寧な仕事は。


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2023年6月2日金曜日

こぶな

 ニュースで「○○川で鮒の放流をおこなわれました。放流された小鮒は元気よく泳いでいました」と伝えていた。

「小鮒」って言葉、童謡『ふるさと』以外ではじめて聞いた!