2021年5月18日火曜日

【創作】若者党結党宣言

 我々はここに「若者党」の結党を宣言する。


 まず誤解をされないように言っておくが、我々の意図は決して年配者を排除するものではない。分断をあおる気はない。現在の若者もいずれは歳をとる。誰もが若者であったし、誰もが将来の高齢者だ。特定の世代だけを優遇するつもりはない。

 政治はすべての人を救わなければならない。だが現実的にリソースに限りはある。優先順位をつけざるをえない。その際、より若い人に恩恵のある施策を優先したい。当然ながら全世代の最低限度の生活を保障した上で。

 なぜ若い人を優先するかというと、若い人を救うことは将来の高齢者を救うことになるからだ。貧困状態にある若者の就労支援をすることで、将来貧困にあえぐ高齢者を救うことができる。教育や研究に税金を投下すれば二十年後経済は成長する。
 若者を救済することが高齢者を救うことになるのだ。
 ここ数十年間、この国は逆のことをやってきた。若者の就労や子育て世帯の支援や研究教育費を削り、付け焼き刃的な高齢者優遇制度をおこなってきた。その結果が経済成長の停滞であり、貧困層の拡大である。

 我々は未来のために多くのリソースを割く、未来のために投資をすることを党是とする。
 八十歳よりも六十歳、四十歳よりも二十歳、二十歳よりもゼロ歳に優先してリソースを投下する。
 二十年後の未来のための政治をおこなう。それが若者党の結党方針だ。


 若者党の議員は五十歳定年制とする。定年から逆算して、参議院選挙に立候補可能なのは四十四歳まで、衆議院選挙及び地方選挙には四十六歳までが立候補可能とする。
 なぜ五十歳を定年とするかというと、二十年後の未来のための政治をおこない、さらにその結果に対して責任を負うことを考えれば議員もある程度の若さが必要だと考えるからだ。
 若い人からすると五十歳でも十分年配だと考えるかもしれない。じっさい、五十歳で若者党メンバーを名乗るのはいささか気恥ずかしい。だが、被選挙権を有するのが参議院議員や地方自治体首長で三十歳以上であること、任期が最長六年であることを考えると五十歳以下が現実的なラインかと考える。
 なにより今の日本人の平均年齢が四十歳を超えていること、国会議員の平均年齢が五十歳を超えていることを考えると、全員五十歳以下であれば少なくとも政界においては十分「若者党」を名乗る資格があるだろう。

 もっともここでも我々は五十歳を超える人々を排除するものではない。
 五十歳を超えれば議員資格を失う、意思決定者である党幹部からは退くだけであり、何歳であっても党員資格はある。百歳でも十歳でも当人が望めば若者党のメンバーである。党を支えることは未来を支えることにつながるのだから、年齢を問わず党を支える立場として携わっていただきたい。


 我々が政策として掲げるもののひとつに、小選挙区制の撤廃と年齢別比例代表制の導入である。
 そもそも国政選挙を地域ごとに分割しておこなう必然性はない。かつては情報伝達手段や投票集計手段が未熟だったため地域ごとに分割するしかなかったが、現在においても国会議員が地域の代表者なのはナンセンスだ。国政は国民のためにおこなうものであり、特定の地域の住民のためだけにおこなうものではない。小選挙区制が、政治家の地元選挙区への利益誘導や一票の格差問題など様々な問題を生みだしている。

 そもそも小選挙区制は一票の格差を大きくするだけでなく、死票が生まれやすく民意が反映されない、得票数と議席数の乖離が大きい、投票率が下がるなど多くの問題をはらんでいる。
 アメリカ大統領選を見て「なぜ総得票数が多い候補者が少ない候補者に負けるのだろう」と疑問を持ったことのある人も多いだろう。小選挙区制は欠陥だらけの制度なのである。

 代わりに、年齢別比例代表制の導入を検討したい。二十代以下代表、三十代代表、四十代代表……と年齢別に議席を設ける。二十代以下代表枠に立候補できるのは二十代の候補者だけだ。今のように選挙に出馬するために住民票を移すようなことはできなくなる。

 一票の著しい格差が生じないよう、人口構成比別に議席数を割り振る。当然ながら人口の少ない二十代や三十代の議席数は少なくなるが、これはいたしかたない。それでも今よりはずっと若い議員が増えるだろうし、若い人の投票も議席に反映されやすくなるはずだ。


 若者のための政治をすることは、未来のための政治をすることだ。
 さあ、過去の穴埋めのためではなく、未来の財産を築くためにエネルギーを注ごうではないか!


2021年5月17日月曜日

【読書感想文】ゴーマン経済マンガ / 井上 純一『がんばってるのになぜ僕らは豊かになれないのか』

がんばってるのになぜ僕らは豊かになれないのか

井上 純一(著) 飯田 泰之(監修)

内容(e-honより)
野菜が高い、銀行の利子が低い、不景気で店がつぶれる…なんで日本はこうなった?身近な経済の疑問を、中国からきたお嫁さん・月サンに分かりやすく徹底解説!笑って読めて役に立つ、世界一やさしい経済マンガ!!

 経済解説マンガ、ということだが……。

 昔流行った『ゴーマニズム宣言』みたいな本だった。

 偏狭な自説を延々と聞かされるので、読んでいてうんざりする。『ゴーマニズム宣言』は「これは傲慢な意見だ」という前置きがあったので(本当にそうおもっていたかはともかく)、あっちのほうがまだマシかも。
『がんばってるのになぜ僕らは』のほうは、ただただ「こっちが絶対に正解なのに、この説を採用しないやつはバカ!」というスタンスが続く。

 そういやこの本には決め台詞のように「希望の光が見えてきた」という言葉がくりかえし出てくるが、これ「ゴーマンかましてよかですか?」とまったく一緒だよな……。




 正直言って、ぼくは経済に詳しくない。それどころかぜんぜん知らない。大学でマクロ経済学を履修したことがあるけどちんぷんかんぷんだった。経済の勉強なんて二十年前に『細野真宏の経済のニュースが良く分かる本』を読んだぐらいだ(あれはわかりやすかったなあ)。
 それでもなんとか生きていけるんだから世の中って案外ちょろいぜ。

 それはそうと、経済に詳しくないぼくだから『がんばってるのになぜ僕らは豊かになれないのか』を読むと「なるほどねー」という気になる。ははあそういうことか、と。

 だが同時に、多くの本を読んできた経験がぼくに警鐘を鳴らす。
「気をつけろ! この本に書かれていることはとんでもない大嘘の可能性があるぞ!」と。

 なぜなら、謙虚さが足りないから。


 顕著なのは第8回。
「なぜ日本政府は増税するのか」というテーマだ。

 著者の結論はこう。

日本政府は雰囲気で増税している」(ほんとにこう書いている)

 減税がいいのか、増税すべきなのか、ぼくには判断できない。
 この本を読むと「減税して市場にどんどん金を流したほうがいいんだろうな」という気になるし、ぼく自身の考えもそれに近い。
 なにしろこの三十年あまり、増税をくりかえしてきた日本経済はちっともよくならないから。

 とはいえ、
「増税をくりかえしてきた時期」と「経済が停滞していた時期」がほぼ重なるからといって、増税は悪だ! と決めつけるのは短絡的すぎる。物事はそんなシンプルに決まらない。増税していなかったらもっともっと悪くなっていた可能性もある。


 ぼくは経済のことはちっともわからないけど、
「経済がどう動くかは、賢い経済学者たちがずっと考えているけど正解を見つけられないもの」
だということは知っている。どの国のどの時代にもうまくいく経済政策なんてないのだろう。
 だから経済学が誕生して百年たっても多くの国が試行錯誤しているし、専門家同士の意見も割れるわけだ。
 経済政策の失敗は事後的にしか測れないし、それだって「この政策を採用していなかったらもっと悪くなっていた可能性」は排除できない。

 フィリップ・E・テトロック&ダン・ガードナー『超予測力』には、
「未来予知の的中率が高い人は、『自分の考えは誤っているのでは?』という自問を絶えずくりかえす人」だと書いてあった。


『がんばってるのになぜ僕らは豊かになれないのか』の著者に、その謙虚さはまったくない。
「日本政府は雰囲気で増税している」「政府は『なんとなく』でプライマリーバランスを黒字化しようとしている」
と書いている。

 ものすごく楽な考え方だ。
 自分の意見がぜったいに正しいとおもう。対立陣営の意見は「思慮が足りないから」で片付ける。
 どんな反対意見も「あいつらはバカだから」で片づけられるから、何も考えなくて済む。思考停止。
 もちろん、こういう人に成長はない。何度でも同じ間違いをくりかえす。


 この本に書かれている説自体は、もっともらしい。
 正しいかどうかの判断はぼくにはつかない。たぶんある点で正しくてある点で誤っているのだろう。経済に関する説のほとんどがそうであるように。

 ぼくにわかるのは、著者(もしくは監修者)が反対意見には耳を貸そうともせず、物事を単純化しようとする偏狭な人間だということだけだ。


 あとコマの強調が多すぎでしんどかったな。3コマに1コマぐらい強調が入る。実はこうなんだ! どやっ! って。

 いたなあ。教科書にマーカーで赤線引きすぎてどこが大事なのかわからなくなってる、勉強できないやつ。

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2021年5月14日金曜日

きりきり舞い

 「きりきり舞い」させられたことがあるだろうか。
 ぼくはある。

 小学生のとき、ぼくは野球の腕には自信があった。といっても野球チームには所属していなかった。放課後毎日公園で友人と野球をやっていただけだ。
 その中ではいつも好成績だった。たまに野球チームに所属している子と遊ぶこともあったが、そこそこいい勝負ができていた。
 あるとき、一学年上のMくんと対戦をしたことがある。このMくんというのは野球チームのエースで、中学でも市内の硬式野球チームのエースで、高校は野球推薦で強豪校に進み甲子園にこそ出られなかったもののエースとして活躍し、高校卒業後はドラフト8位で読売ジャイアンツに入ったすごい人だ。
 そんなMくん(当時は小学生だが)の球を、ぼくはバットに当てた。といってもファールだったが。それでも剛速球をはじきかえしたことで、ぼくは「慣れさえすればどんな球でも打てる」という(今考えれば誤った)自信をつけた。


 中学校に入ってすぐのことだった。
 公園で野球をしていると、Hという男が通りかかった。彼は隣の小学校出身で、この春から同じ中学校になったばかり。野球部に入っていた。
「おれも入れて」「ええで」
 Hもいっしょに野球をすることになった。

「ピッチャーやってや」
 バッターボックスに立っていたぼくは、Hに声をかけた。
 Hは身体が細く、いつもへらへらしているような男だった。ぜんぜんたいしたことなさそうだ。よしっ、こいつの球をはじき返して「おれは野球部にもぜんぜん負けない」ということを見せつけてやろう。

 Hはマウンド(といっても公園なので何もない)に立ち、ゆったりとしたフォームから球を放った。ぜんぜん速くない。余裕だ。
 ぼくは全力でバットを振った。からぶり。

 あれっ。大振りしすぎたか。「ちょっと狙いすぎたな」と言いながら再度かまえる。
 Hの投げた球はさっきといっしょ。ゆるい球。
 今度は確実に当てにいった。だがかすりもしない。ボールが逃げるようにバットから離れていった。

 ぼくはHの顔を見た。
 Hはにやりと笑った。「カーブ」

 これがカーブか……。
 ぼくは生まれてはじめてカーブを見た。もちろん存在は知っていた。ぼくも真似したことがある。本に載っていた「カーブの握り方」を真似して投げては「おっ、今の曲がったんちゃう!?」と友だちと言いあっていた。

 そのとき知った。
 ぼくらが「曲がった」とおもっていたのは、まったく曲がっていなかったことを。Hが投げたカーブこそが本物のカーブだった。

 だがぼくの自信はまだへし折られていなかった。
 さっきはカーブがくると知らなかったから打てなかったのだ。カーブがくるとわかっていれば対応できる。
 ぼくはHに「もう一回カーブ投げて」とリクエストをした。結果はからぶり。

 結局、十球ぐらい投げてもらったがぼくはバットに当てることすらできなかった。


 今にしておもうと、なまじっか野球に慣れていたのがかえってよくなかったのだとおもう。
「この速度でこの軌道でボールが来たらこうすれば打てる」という動きが身体に染みついている。カーブはそれとはまったく違う動きをする。頭ではわかっていても身体は対応できない。

 完敗。きりきり舞い。手も足も出ない。圧倒的な敗北だった。
「戦前、日米野球ではじめて変化球を見た日本人選手は度肝を抜かれた」という話を聞いたことがあるが(真偽は知らない)、まさにそんな状態だった。


 さらに驚くべきは、Hはぜんぜんすごいピッチャーではなかったことだ。
 決して強豪とはいえな中学の野球部(なにしろ一学年の部員数が十人もいないのだ)の中でも、二番手か三番手ピッチャーだった。

 ぼくは思い知った。自分が、井の中の蛙だったことを。
 ぼくがプロ野球選手になるのをやめたのは、あのときのきりきり舞いがあったからだ。


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4番打者という夢



2021年5月13日木曜日

【読書感想文】資源は成長の妨げになる / トム・バージェス『喰い尽くされるアフリカ』

喰い尽くされるアフリカ

欧米の資源略奪システムを中国が乗っ取る日

トム・バージェス(著) 山田 美明(訳)

内容(e-honより)
石油やダイヤモンドのほか、多くの資源に恵まれているアフリカ大陸。だが、そこに暮らす人々の多くは厳しい貧困と内戦に苦しんできた。膨大な資源が生み出した巨額の金はいったいどこに消えたのか?長くアフリカに住み丹念に取材を重ねたフィナンシャル・タイムズ紙の記者が直面したのは、欧米が作り上げ、中国がブラッシュアップした巧妙な略奪のシステムだった。グローバル経済の実態を暴く!


 タイトルが『喰いつくされる』でサブタイトルが『中国が乗っとる』なので「中国ひどい!」みたいな内容かとおもいきや、そうでもない。
 たしかに一部の中国企業もアフリカで暗躍しているが、悪いのは中国企業だけでない。欧米の企業も悪いし、アフリカの為政者も悪い。
 ちょっとこのタイトルは中国を悪者にしすぎだなあ。


 本の内容は、ほとんどタイトルが表しているとおりだ。
 アフリカには、天然資源の豊かな国が多い。石油、ダイヤモンド、天然ガスなどが産出される。だが資源が見つかったことでその国が豊かになるかというとそんなことはない。むしろ逆で、政治の独裁が進んだり、他の産業が衰えたり、悪い面のほうが多い。

 サリムの調査チームは、天然資源の輸出に依存している国について、世界銀行のデータを詳細に検討した。その結果、一九六〇年から二〇〇〇年にかけて、天然資源が豊富な貧しい国よりも、そうでない貧しい国のほうが、成長が二~三倍速いことがわかった。この期間に経済成長を維持できなかった四五か国のうち、実に三九か国が石油や鉱物資源に大きく依存していた。また、一九九〇年代、世界銀行から融資を受けていた国は例外なく、石油産業・鉱業に依存している割合が高い国ほど、経済が悪化していた。

 意外なことに、天然資源は経済発展をもたらすどころか、成長の妨げになることのほうが多いのだ。
 もともと民主主義制度があって経済的に十分強い国が資源を手に入れた場合は有効活用できるが、そうでない国の場合は経済バランスなどを崩す原因になってしまう。

 資源によってかえって産業が衰えるこの現象は、オランダでガス田が見つかってから他の産業が衰えたことに由来して、「オランダ病」と呼ばれる。

 この病気は、貨幣を通じて国に入ってくる。輸出された炭化水素資源、鉱物資源、鉱石、宝石にドルが支払われると、自国通貨の価値が上がる。すると、国内製品に比べて輸入品のほうが安くなり、自国の企業が弱くなる。こうして輸入品が国内製品に置き換わると、地元の農民は耕作地を放棄する。それでも工業化が始まれば、このプロセスは後退していくが、このような状況になってしまうと工業化はなかなか進まない。天然資源を加工すれば、その価値を四〇〇倍にできるかもしれない。だが工業力のないアフリカの資源国家では、原油や鉱石がそのままの形で流出していき、どこかほかの場所でその価値を高める加工が行われる。
 こうして経済的な依存症の悪循環が始まる。ほかの産業が衰えると、天然資源への依存率が高まる。天然資源ビジネスにしかチャンスはなくなるが、わずかな人々しかそのチャンスはつかめない。鉱山や油田の開発には莫大な資金が必要になる反面、農業や製造業に比べ、労働力は少なくてすむからだ。配電網や道路、学校といったインフラを整備すればチャンスは広がるが、石油や鉱物資源によってほかの産業が衰退していくため、インフラ整備もおろそかになってしまう。

 ナウル共和国という国を知っているだろうか。オーストラリアの北東、太平洋に浮かぶ小さな国だ。
 ほんとに小さい。面積は21平方キロメートル。日本の面積を小学校数で割ると17平方キロメートルぐらいらしいから、ナウルはだいたい平均的な小学校の校区ぐらいの広さだ。狭い。

 このナウル、1899年にリン鉱石が発見されたことで大きく運命が変わる。海鳥の糞が堆積してリン鉱石になっていたのだ。このリン鉱石が高く売れたことでナウル政府は豊かになり、税金ゼロ、教育や医療も無償、国民みんな働かなくても食べていけるようになった。
 ところが次第にリン鉱石が枯渇してゆき、国民は働かないし他に産業もないものだから経済は破綻状態になった(最近新たに採掘できるようになりリン鉱石の輸出が持ち直してきているらしい。それもいつかは尽きるが)。

「売家と唐様で書く三代目」という有名な川柳がある。
 財産を残しても、孫の代になると初代の苦労を知らないから道楽をして財産を食いつぶしてしまう、という意味だ。
 労せずして得た財産は身につかない。オランダ病も似たようなものだろう。後に残るのは道楽癖だけだ。




 また、資源が壊すのは経済だけではない。民主主義も壊す。
 資源の採掘には莫大な初期投資が必要になる。すると外国企業が入ってくる。採掘権を得るためにリベートを渡す。政府に近い一部の人間だけが儲かる。その他国民の反感が大きくなる。軍事力によって押さえこむ。為政者は権益を手放したくないので民主的な選挙を否定・妨害工作する。かくして内紛が絶えなくなる……。

 アフリカの資源国家の支配者は、国民の同意を得なくても国を統治できる。それが資源の呪いの核心にある。資源ビジネスがあるかぎり、支配する者と支配される者との社会契約は成立しない。社会契約とは、ルソーやロックといった政治哲学者が提唱した理論である。政府は、国民の同意を得て、国民の自由をある程度奪う代わりに、国民共通の利益を守る。そうすることで政府は、国民から正統性を認められる。これが社会契約である。だが資源国家の国民は、支配者の責任を問うこともできず、略奪の分け前を手に入れようとするだけの存在に成り下がってしまう。このような状態は、サウジアラビアの王族やカスピ海沿岸諸国の絶対的指導者など、専制君主にとって理想的な財政システムを生み出す。生涯にわたりアフリカの貧困の原因を研究しているオックスフォード大学の教授ポール・コリアーは、収集したデータを見ると、さらにいっそう悪質な影響があることがわかるという。「資源の呪いでいちばん怖ろしいのは、民主主義がうまく機能しなくなることだ」

 資源がない国では、政府の財源は基本的に国民の労働・納税だ。
 国民が政府に反旗を翻し、労働や納税をボイコットしてしまえば政府もまた倒れる。だから政府は国民の声を完全に無視することはできない(いくらかは無視するけど)。

 だが資源国家はそうではない。国民の労働や納税がなくても外国企業から入ってくる金があれば豊かな暮らしができる。
 たとえば産油国であるアラブ首長国連邦には普通選挙がない。石油収入で成り立っているから国民の声を拾いあげる必要がないのだ。




 日本は天然資源が少ないと言われている。石油もガスも鉄鉱石もほぼ100%輸入している。最近でこそ日本近海にメタンハイドレートが埋もれていることがわかったなどと言われているが、まだまだ採取や実用化には至っていないようだ。

 アラブ首長国連邦は教育費も医療費もほぼ無料で税金もないと聞いて「資源が豊富な国はええなあ」と感じていたが、『喰い尽くされるアフリカ』を読むと、日本にたいした資源がなくてよかったんだろうなと感じる。

 もしも資源が豊富な国だったら、幕末あたりか、太平洋戦争後にきっと外国に占領されていただろう(まあ資源が豊富だったら太平洋戦争を起こさなかった可能性もあるが)。
 太平洋戦争後にアメリカかソ連に占領されていたんじゃないだろうか。(村上龍 『五分後の世界』がまさにそういう世界を書いた小説だ)。
 もしくは、今頃中国に攻めこまれているかもしれない。
 大した資源がない(あっても豊かな水や温暖な気候など輸出しにくいもの)おかげで、今も独立国の地位を保っているのかもしれない。




 中国の対アフリカ貿易額は、2002年には約130億ドルだったが、10年後には1800億ドルになり、アメリカの対アフリカ貿易額の3倍になったそうだ。

 中国が経済成長したからというのもあるが、他にも理由はある。

 先述したように、資源によって急激に潤うと政権は独裁状態になりやすい。内戦により、政府軍が民間人を虐殺するようなケースもある。アンゴラのように。
 すると欧米諸国は政府軍の行動を非難し、経済制裁のため貿易を停止する。すると政府は困ってしまう。資源が輸出できないし、外国のものが入ってこなくなるのだから。

 そこに中国企業が入りこむ。うちは気にしませんよ。取引しますよ。
 困っている政府は飛びつく。中国は資源が手に入る。winnwinnだ。殺される国民以外は。

徐京華は、国際社会からのけ者にされ、誰もビジネスをしたがらない政府を見つけ、その政府に天然資源を現金に変える既存のテクニックを提供するのだ。軍事クーデターにより設立された政府は「資金に飢えている」とティアムは言う。「彼らはそんなときに近づいてきてこう言う。『ほかの誰も資金を出してくれないのなら、私たちが出そう』国家の利益や自分自身の権威が危機に瀕していれば、その資金を受け取るに決まっている」

 しかしことさらに中国を非難する気にもなれない。
 欧米がやってたことを中国がやってるだけだから。日本だってアジア諸国でやろうとしてたことだし。




「資源があることがかえって経済成長の妨げになる」という話はすこぶるおもしろかったのだが、後半は疲れてしまった。

 アフリカの様々な国のケースが紹介されるのだが、国はちがえどやってることはほとんど同じだし、固有名詞がどんどん出てくるので関係を追っていくだけで疲れてしまう。
 新聞記者だけあって、新聞記事みたいな文章なんだよね。とにかく関係者の名前とかを丁寧に書いている。調べたことは全部書いている。司馬遼太郎の文章みたい。
 こっちは捜査官じゃないからすべての情報を知りたいわけじゃないんだよ。

 というわけで後半は飛ばし読み。
 一応最後まで目を通したけど、前半だけで十分だったな……。


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2021年5月12日水曜日

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