2026年1月9日金曜日

【読書感想文】速水 融『歴史人口学で見た日本』 / 弾圧や差別が戸籍をつくる

歴史人口学で見た日本

速水 融

内容(e-honより)
留学先の欧州で教区簿冊を利用した「歴史人口学」(結婚年齢、家族構成など、ミクロの人口研究)に出会った著者は、帰国後「宗門改帳」を使って同様の研究を開始し、江戸期庶民の暮らしぶりを活写。「家族」と「人口」から見た「新しい日本史」。

 日本における歴史人口学の第一人者による歴史人口学概論。

 歴史人口学とは聞きなじみのない学問だが、ある時代・地域の出産、死去、婚姻、転入、転出などの数をデータベース化して、そこから過去の社会について立体的に分析するという学問だそうだ。

 死ぬ人が徐々に減ってきているとか転出する人が急に増えたとかがわかれば、そこから社会の様子をかなり正確に探ることができる。歴史学というとふつうは古文書を読むことで過去を知るのだろうが、「文書には書き手の主観が多分に入っている」「文書に書かれたことが本当かどうかわからない」「そもそも文書にされないことはわからない」などの弱点があり、かなり局所的、主観的な歴史になってしまう。

 歴史人口学はその弱点を埋める、かなり客観的・科学的な学問なのだ。

 次に、歴史人口学は、対象とする人口集団を人口学や統計学の方法を用いて分析することができる。従来の人口史が観察を主とする歴史学であったのに対し、歴史人口学は分析を含む社会科学的性格の強い歴史研究である。その結果、歴史人口学によって見出された事象の解釈ははるかに科学的になり、従来の事実の叙述を主とする「人口学」から、著書の表題はどうあれ、少なくとも人口学的分析を含むものとなった。つまり、ソフト・サイエンスからハード・サイエンス的性格をもつように変わったのである。

 とはいえ戸籍がなかった時代のことなので、人口を推察するのも容易ではない。

 ヨーロッパの場合は、教区簿冊(教会が作成した、洗礼、婚姻、葬礼などの記録)を元に解析をおこない、日本の江戸時代だと宗門改帳(幕府がキリスト教禁制のために住民の信仰を調べた記録)が重要な史料になったという。

 またドイツの場合は、ナチスが「ユダヤ人の血」を調べるために調査した記録が重要な史料になっているそうで、宗教弾圧だったり人種差別だったりが調査の動機になっているという話は興味深い。なるほどね、「住民を支配したい」という強烈な動機があるからこそ莫大な手間暇をかけて人口について調べようということになるんだよね。

 ブラック会社が日報を細かく提出させて社員の行動をコントロールしようとするけど、案外後世になったらそういう記録が貴重な史料になるのかもしれないね。やべーやつのやべー行動が後の世では価値を持つのだ。



 またこんな話も。

 前述したように、明治以前にもマクロの統計史料がないわけではない。幕府の全国人口調査があったし、また、いくつかの藩では領内の総人口を記録した。だから総人口くらいについてであれば統計資料はあるわけだが、より詳しい出生や死亡、結婚、移動に関するマクロのデー夕というものはなかった。
 一方、明治維新以降は(正確には「宗門改帳」が明治四=一八七一年まで続いたわけだから、明治五年以降は)、ミクロの史料のない状態で歴史人口学をやらなければならなくなる。明治五年に編成された「壬申戸籍」があるが、これには身分が書いてあり、利用が法的に禁止されている。現在の社会状況では、この禁止はやむを得ない。

 なるほどね。明治時代に作られた戸籍があるが、身分が書かれていて差別につながるから利用できない、と。だから、宗門改帳があった江戸時代のほうがかえって明治時代より史料が豊富なのだとか。

 でもそれって、今の戸籍だって将来的には利用できなくなる可能性があるってことだよね。たとえば100年後の世界では戸籍に性別を記載するのは差別だってことになってて、今の戸籍を見ることもできなくなってるとか。ありえなくもないな。最近の履歴書には性別の欄がないものもあるし。



 江戸時代の人口動態について。

 日本全体の傾向としては、ほとんど人口変動がなかったが、危機だけをとると、例外なく全国人口は減っている。つまり、危機を免れた場所はまずないといっていい。しかし逆に平常年だけとると、二地域を除いて人口はだいたい増えている。その人口の増えなかった地域はどこかというと、関東地方と近畿地方である。
 これはひじょうに興味深い。なぜかというと、関東地方には江戸があり、近畿地方には京都、大坂があった。江戸の人口は百万といわれているし、京都と大坂もそれぞれ四、五十万だから、両方足すと百万近くになる。江戸時代の日本は、江戸という百万都市、京・大坂を足すと百万近い都市という、二つの人口密集地をもっていたわけだ。人口百万という都市は、現在でも相当な規模で、世界にそれほど多くはない。この二つの百万都市をもっているにもかかわらず、その地域を含む関東や近畿で人口が減っているのである。これは一見不思議なことで、そういう巨大な都市があれば、その周辺の地域では、都市に物資を供給する産業、すなわち手工業や市場向け農業生産が盛んになって、経済的に発展し、その結果人口も増えるだろうと常識的には考えてしまう。ところが、そういうところで平常年の人口が減っているのである。これには説明が必要となる。
 そこで私は、自分の造語であるが「都市アリ地獄説」を提起した。つまり都市というのはアリ地獄のようなもので、引きつけておいては高い死亡率で人を(やって来た人だけではないが)殺してしまう。だから地域全体としては人口は増えなくなる。江戸っ子は三代もたないという俗説があるが、これは、江戸は住んでいる人にとっては健康なところでなく、農村から健康な血を入れないと人口の維持ができないということを意味している。

 江戸と大阪・京都といった都市部には人が集まってくる。だが都市部の人口は減りつづける。なぜなら都市の死亡率は高いから。

 今のような公衆衛生の考えも技術もなかった時代、人が集まれば環境は悪くなるし、疫病も流行る。農村部のほうが健康的な生活を送れていたようだ。それでも人は都市に集まってくる(まあ農村で安定した暮らしを送れている人はわざわざ都市に行く理由がないから、都市に移住する人の生活が貧しい=死亡率が高いのは当然かもしれない)。

 これは現代にも通じるものがあって興味深い。さすがに今は都市部のほうが極端に死亡率が高いということはないが、その代わり都市部は出産率が低い。独身でも生活しやすいとか、都市のほうが周囲からの結婚・出産へのプレッシャーが少ないとか、都市部は家が狭いから多くの子どもを持ちにくいとかいろいろあるけど、とにかく出産率が低い。東京の合計特殊出生率(女性1人が生涯に産む子どもの数)は1を切っている。

 都市アリ地獄は今も続いている。


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