天久鷹央の推理カルテ
知念 実希人
小六の娘が「おもしろかったよ」と貸してくれたので読んでみた。
このシリーズは本屋にたくさん積んであったので人気だということは知っていたが、 漫画っぽい表紙の小説は好きではないので手に取らなかった。たぶん娘に勧められなければ読まなかっただろう。
食わず嫌いしていたが、読んでみたらちゃんとおもしろかった。こりゃあ人気になるわ。
マンガ的なわかりやすいキャラクターは個人的には好きではないのだが、知念実希人さんの文体にはあってる。以前『ひとつむぎの手』を読んだときに「登場人物のキャラクターが平面的でマンガっぽいな」とおもったのだが、それだったらいっそティーン向け小説にしてしまったほうがいい。
キャラの造形は漫画的でとっつきやすくしていながら、著者の医師という職業を活かした医療・病院の知識がふんだんに散りばめられ、医療ドラマ・ミステリとしてもちゃんとおもしろい。
それぞれの短篇が、謎の提示→推理→解決という単純な種明かしでなく、謎の提示→推理→解決→新たな謎→解決という二段構えになっていて読みごたえがある。
さらに感心したのは、一篇目の短篇がラストの事件の引き金になっていること。おお、うまい。短篇集でありながら長篇としても読める。ストーリーテリングの才能がすごい。
気に入ったのは、メインキャラクターである天久鷹央の科学に対する姿勢。
「徹底した合理主義者」というキャラクターなのだが、これがほんとに合理主義者なのだ。
あたりまえじゃないかとおもわれるかもしれないが、フィクションの世界では意外とそうでないキャラクターが多い。「ぼくは科学者だから妖怪の存在なんて信じないよ」「幽霊? どうせ見間違いだろ?」みたいなキャラ。
それって合理主義でなくて、単なる偏狭な人間だからね。それって「地球は平らに決まってるだろ!」と考えていた人たちと一緒だからね。
以前、「水に『ありがとう』と言いつづけるときれいな結晶をつくる。水は人の気持ちを理解できる」みたいな説が流行ったとき、SNSなどで「科学を理解してないやつがとんでもないことを言ってる」みたいな反応が多かった。
ぼくはおもった。いやいや、おまえらの態度も科学的じゃないよ。だってそいつらが「水が人の気持ちを理解できるわけがない」と言う根拠って「とても信じられないから」とか「他の人がそう言ってるから」でしょ? 自分で何度も実験をして、水が人の気持ちを理解できないことを証明してみせたわけじゃないでしょ?
ぼくだって「水が人の心を伝える」なんて話を信じてはいない。でも「ぜったいにちがう」と断定はできない。実験したわけじゃないし、現代科学では観測できない物質が伝えている可能性がゼロとは言えないからだ。
だから宇宙人だろうと未来人だろうと幽霊だろうとテレパシーだろうと、「科学的にありえない!」という態度をとるのは科学的でない。
で、やっと天久鷹央の話に戻るんだけど、この人は河童や幽霊の存在を否定しない。
「河童が出た」という話を聞いたら、とりあえず確かめに行く。もちろん信じてはいない。けれどはなから否定したりもしない。
あらゆるものの可能性を否定しないし、同時にあらゆるものを疑う。常識も権威も自分自身をも疑う。
天久鷹央は漫画チックなキャラクターではあるけど、でもほんとに頭のいい人の思考をするんだよね。先入観で「河童なんているはずない」と決めつけたりしない。己の知能に自信は持っているけど、過信はしない。自分がまちがえている可能性も常に持っている。己の過ちも認める。
フィリップ・E・テトロック&ダン・ガードナー『超予測力』によると、未来予測の正答率が高かったのは、思想信条に従ってものを考えず、常に自分がまちがっている可能性を考え、他者の意見を切り捨てたりしない人たちだったそうだ。つまり、メディアで自信たっぷりに発言している政治家やコメンテーターとは真逆の人間ということだ。
頭の中で考えた「頭のいい人ってたぶんこんなんだろう」ではなく、著者が実際に見聞きした頭のいい人を参考にしているからこその造形だろうな。
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