感じるオープンダイアローグ
森川 すいめい
オープンダイアローグとは、精神医療の手法で、当事者や家族や支援者が集まって「対話」を重ねることで問題解決や心の平安を目指すという手法だそうだ。
ぼくは幸いにして今のところ特に悩みも抱えていないし、悩みを抱えている人を支援するような立場にもないけど、良書だという噂を耳にして手に取ってみた。いつ困窮するかわからないしね。
精神科の診療といえば患者と医師の一対一、あるいは横に看護師がいるけど聞いているだけ、みたいなパターンが多いのではなかろうか(あんまり知らないけど)。
ただオープンダイアローグでは、患者の家族とか、医師以外の病院スタッフとか、場合によってはケアワーカーといった人たちも「対話」に参加するそうだ。
ふたりっきりで話すとどうしても「質問する人と答える人」みたいな形になってしまうけど、三人、四人になると「その場にはいるけどただ話を聞いているだけ」という人が出てくる。この人は対話に参加していないようで、その間に自分の考えをまとめたり、新しいアイディアを思いついたりする。これが重要なのだという。
たしかにね。親しい人でないかぎりは一対一で話すのはしんどいけど三人以上だとわりと楽、ってのは自分の体験をふりかえってみてもよくわかる(あんまり多いとそれはそれで疲れるけど)。
今のぼくにとって最大の関心事は、子どもとの接し方だ。
うちの長女は中学生。絶賛反抗期なので、こちらが言ったことに対して、喧嘩腰の返事がかえってきたりする。そうするとこちらもムッとしてしまい、言い争いのようになったりする。お互い怒鳴るような物言いになり、当然ながらそうなると建設的な話し合いなどできるはずがない。
「じっくり相手の話を聞く」ことが大事だとはわかっているのだけど、理解しているのと実践できるのはまたちがう。
この「たとえばペンとか縫いぐるみとか何かシンボルになるものを使って、それを持っている人だけが話すというルール」はなかなかいい案かもしれない。特に子どもが小さいときは。
案外、形で行動を縛るってのは有効だよね。
たとえばテレビの討論番組を見ていると、出演者がお互いの話をさえぎって持論を展開し、最終的には声のでかいやつ、厚かましいやつがその場を制す……なんてことが起こる。あれだって、マイクが一本だけあって司会者がマイクを回す形にしたらあんな不毛なことも起こらないとおもうのだが。
その他の読書感想文はこちら

0 件のコメント:
コメントを投稿