2017年9月11日月曜日

スパイの追求するとことん合理的な思考/柳 広司『ジョーカー・ゲーム』【読書感想】

『ジョーカー・ゲーム』

柳 広司

内容(e-honより)
結城中佐の発案で陸軍内に極秘裏に設立されたスパイ養成学校“D機関”。「死ぬな、殺すな、とらわれるな」。この戒律を若き精鋭達に叩き込み、軍隊組織の信条を真っ向から否定する“D機関”の存在は、当然、猛反発を招いた。だが、頭脳明晰、実行力でも群を抜く結城は、魔術師の如き手さばきで諜報戦の成果を上げてゆく…。吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞に輝く究極のスパイ・ミステリー。

陸軍に創設されたスパイ養成機関”D機関”で養成された天才スパイたちの活躍を描いたミステリー。
スパイものの小説ってよく考えたら読んだことがないな。漫画では 佐々木 倫子『ペパミント・スパイ』 ぐらい。完全にコメディだけど。
海外には007シリーズとか『寒い国から帰ってきたスパイ』とか有名なものがあるけど、日本を舞台にしたスパイの物語ってほとんど聞かないなー。
んー……。考えてみたけど、手塚治虫『奇子』ぐらいしか思い浮かばなかった。
日本にもスパイはいたんだろうけど、物語の主人公にならなかった理由は、諜報活動が卑怯なもの、武士道に反するものとして扱われていたことがあるんだろうけどな。
スパイってその特質上、活動が公になることはないしね。


しかし日本にもスパイがいなかったわけではない。
陸軍中野学校という、諜報や防諜に関する訓練を目的にした機関があった。こないだ読んだ NHKスペシャル取材班 『僕は少年ゲリラ兵だった』 にもその名が出てきた。戦況の悪化により諜報どころではなくなり戦争末期はゲリラ戦を指揮するのがメインの活動となっていたらしいけど。

東京帝國大学(今の東大)出身者らが多く、他の陸軍とは一線を機関だったという陸軍中野学校。
『ジョーカー・ゲーム』の ”D機関” は陸軍中野学校をモデルにしているらしいが、もっとマンガ的。
D機関の生徒は、天才的な頭脳と冷静沈着な思考を持つ。数ヵ国語を操り、スリ顔負けの手先の器用さ、変装術、強靭な体力を有している。どんな文書でも一瞬見ただけで一字一句正確に記憶できる。鳥かよ(鳥は頭悪いけど記憶は正確)。
当然「ありえねーだろ」と思うんだけど、精緻な構成と第二次世界大戦時の諜報活動という非現実的な舞台のおかげで意外とすんなり入りこめる。


スパイの追求するとことん合理的な思考と、日本陸軍の根性主義の対比がおもしろい。

「殺人、及び自決は、スパイにとっては最悪の選択肢だ」
 結城中佐が首を振った。
 ――殺人や、自決が……最悪の選択肢?
 軍人とは、畢竟敵を殺すこと、何より自ら死ぬことを受け入れた者たちの集団のはずではないか。
「おっしゃっている意味が……わかりません」
「スパイの目的は、敵国の秘密情報を本国にもたらし、国際政治を有利に進めることだ」
 結城中佐は表情一つ変えずに言った。
「一方で死というやつは、個人にとっても、また社会にとっても、最大の不可逆的な変化だ。平時に人が死ねば、必ずその国の警察が動き出す。警察は、その組織の性格上、秘密をとことん暴かなければ気が済まない。場合によっては、それまでのスパイ活動の成果がすべて無駄になってしまうだろう……。考えるまでもなく、スパイが敵を殺し、あるいは自決するなどは、およそ周囲の詮索を招くだけの、無意味で、バカげた行為でしかあるまい」


スパイ小説って誰が味方かわからない緊張感もあるし複雑な心理模様も描かれるし、読んでいてたのしいね。
柳広司はいい金脈を見つけたね。

良質な短篇集なんだけど、後半になるにつれてパワーダウンしていくのが残念。スパイじゃなくてええやんって短篇も混ざってる。
最後の『XX(ダブル・クロス)』なんか密室殺人を題材にした推理小説だからね。しかもトリックは平凡だし。
1作目の『ジョーカー・ゲーム』のインパクトが強烈すぎたってのもあるのかもしれないけど、尻すぼみの印象はぬぐえない。

とはいえ ”超人的能力を持ったスパイ集団” という設定は「こんなおもしろいジャンルがまだ手つかずで残っていたのか」と思うほどに魅力的だ。
今作以降も『ダブル・ジョーカー』『パラダイス・ロスト』『ラスト・ワルツ』とシリーズ化されている人気シリーズなので、また続きを読んでみる予定。



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2017年9月10日日曜日

ツイートまとめ 2017年7月

美男子

新婚旅行

萎縮

豹変

自然淘汰

希少部位


不憫

妙案

納戸御殿

責任回避

落下傘
賭博黙示録

平行線

寝姿

2017年9月8日金曜日

天性のストーリーテラーの小説を今さら/劇団ひとり 『陰日向に咲く』【読書感想】

『陰日向に咲く』

劇団ひとり 

内容(e-honより)
ホームレスを夢見る会社員。売れないアイドルを一途に応援する青年。合コンで知り合った男に遊ばれる女子大生。老婆に詐欺を働く借金まみれのギャンブラー。場末の舞台に立つお笑いコンビ。彼らの陽のあたらない人生に、時にひとすじの光が差す―。不器用に生きる人々をユーモア溢れる筆致で描き、高い評価を獲得した感動の小説デヴュー作。

どうでもいいこだわり があって、「話題になっている本は読まない」というルールが自分の中にある。
本は自分の感性で選びたいという信念があって、話題になっている本を読むことは自分の感性を曲げて選んだようで、許せない行為なのだ。「読みたい」と思っても「話題の本だから」ということで手に取らないわけだから、そっちのほうが自分の感性に正直じゃないんだけど。

『陰日向に咲く』が2006年に刊行されたとき、ぼくは書店で働いていたのでこの本が飛ぶように売れていることを目にしていた。さらに数々の書評でも取り上げられ、ちゃんとした書評家たちが「タレントが書いたということとは関係なくおもしろい!」と絶賛しているのも読んでいた。
いったいどんな小説なんだろうと気になっていたものの、前述したように「話題の本は読まない」というルールを自分の中に課している手前、誰に対してかわからない意地を張って『影日向に咲く』を手に取ることはなかった。

その後、『週刊文春』で劇団ひとりが『そのノブは心の扉』というエッセイの連載を始めたので読んでみたらクソつまらなかったので小説に対しても興味を失った。


そして10年以上が経過。「もう話題の本じゃないから大丈夫だよね」と、誰に対してかわからない確認をとってから、読んでみた。今さら。



ちゃんとおもしろかった よね。ちゃんとおもしろかったってのも変な表現だけど、作者がテレビに出てる人じゃなかったとしてもおもしろいってことです。
ちょっと漫画的というか、ホームレスはホームレスらしく、ギャンブル狂はギャンブル狂らしくて、みんな思慮が浅くて、良くも悪くもわかりやすい小説。まあエンタテインメントで内面をじっくり掘り下げても重たくなるだけだし、これでいいんでしょう。
愚かな人間の描写はほんとに巧みで、デジカメの使い方がわからない女性の思考回路とか、ギャンブル狂の内面の浮き沈みとかの描かれ方は説得力があるねえ。

なによりストーリー展開がうまい。起承転結に沿って物語が進んで、丁寧な伏線があって、ほどよく意外なオチがあって、という創作のお手本のような作品。
劇団ひとりってバラエティ番組でも瞬発的におもしろいことを言うんじゃなくて、芝居に入ってきちんとストーリーを展開させてそこに起伏をつけてオトす、っていうやり方をとっている。演技のほうが注目されがちなんだけど、天性のストーリーテラーなんだろうね。


やっぱり10年前に 読んどきゃよかったな、って思う。
連作短編集で、メリーゴーラウンド方式っていうんですかね、ある短篇の端役が次の短篇では主人公になってるってやつ。伊坂幸太郎がよく使うやつね。
昔からある手法ではあるんだけど、伊坂幸太郎以後、雨後の筍のごとく増えて、今ではよほど効果的な使われ方をしないかぎり「メリーゴーラウンド回しときゃ読者が感心すると思うなよ!」と逆にうんざりする手法になってしまった。
『陰日向に咲く』もその手法が用いられているので、たぶん2006年に読んでたら「おもしろい手法!」と感心してたんだけど、今読むとそれだけで評価を下げてしまう。2017年に読むのが悪いんだけどさ。
あとちょっと大オチがあざとかったな。


いちばん残念なのは、ちょっときれいすぎるってことだね。文章も読みやすいし、ストーリーも無駄がないし、全体的にうまくまとまっている。
でも、『ゴッドタン』の劇団ひとりを観ている者としては、もっとクレイジーな部分を出してほしかったなと思う。
テレビでは「いきなり自分の服を破きだす」「自分のケツの穴につっこんだ指をなめる」みたいな狂気そのものを出している劇団ひとりなんだから(いちばん狂ってるのはそれを放送しちゃう制作者だけど)、表現規制の弱い本ではもっともっとイカれた部分を出してほしかったな。



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2017年9月7日木曜日

困ったときはステゴサウルスにしとけ


ステゴサウルス っているじゃないですか。いないけど。こないだいなくなっちゃったね。こないだっていうか1億年くらい前。
背中にへんな五角形がいっぱいついてるやつ。20個ぐらい。五角形が20個あったら将棋1式できるじゃない。2頭いたら対局できるね。
将棋やってたのかもね。そんでいらない駒を背中につけてたのかも。あ、もしかしてステゴサウルスって名前、捨て駒からきてるとか? ステゴマサウルスがなまってステゴサウルスになったとか。違うか。


まあ変な形状してるよね。
化石から形を再現した人も困っただろうね。頭部とか脚とか背骨とか組み立てて、
ん? なんか五角形のパーツが20枚余ったんだけど? これどこのパーツだ?
将棋の駒? ちがうよね。だって「と」とか書いてないもんね。
この五角形なんだろう。ホームベース? 絵馬? ペンタゴン?
んー。とりあえず背中に並べとくか。余らすわけにもいかんしな。

そんな感じであの形状になったんだろう。


地球に隕石が つっこんできて粉塵がまきあがって大氷河期がきたとする。
人間はもちろん、大型の動物はほとんど死に絶えるよね。その中には、もちろんキリンも。

そんで1億年して、またべつの知的生命体が地球上に繁栄して、そいつらがキリンの化石を見つける。
頭はここ、脚はここ、これが首で、
ん? 首の骨みたいなやつがいっぱい余ったぞ?
これ全部首の骨? まさかね。そんなことしたら首だけが長いアンバランスな生物になっちゃうもんな。

どこにつけたらいいんだろう。
んー。とりあえず背中に並べとくか。余らすわけにもいかんしな。



2017年9月6日水曜日

地に足のついたサイコホラー/堀尾 省太 『ゴールデンゴールド』【漫画感想】

『ゴールデンゴールド』

堀尾 省太

内容紹介(Amazonより)
福の神伝説が残る島・寧島で暮らす中2の少女、早坂琉花。ある日、海辺で見つけた奇妙な置物を持ち帰った彼女は、ある「願い」を込めて、それを山の中の祠に置く。すると、彼女の目の前には、“フクノカミ”によく似た異形が現れた――。幼なじみを繋ぎ止めるため、少女が抱いた小さな願いが、この島を欲望まみれにすることになる。

人から『ゴールデンカムイ』って漫画がおもしろいよ、と勧められてAmazonで検索窓に「ゴールデン」と打ちこんだら候補に「ゴールデンゴールド」が表示されてうっかりクリックしてしまい、でもこっちも評価高いなー、あらすじも怖そうでいいなーということで半ば偶然のような出会いで購入。

小さな島に住む少女が偶然拾った人形に願い事(「島にアニメイトができますように」)をすると、徐々に島が発展しはじめる。人形の存在を知る者は豊かになっていくが、それにあわせるように少しずつ性格が変わってゆく。
また、裕福になるものとそうでない者との間に対立が深まり、島は二分されてゆく――。

ってな感じが2巻までのあらすじ。ここから先どう展開していくのかは読めない。
じわじわと足元が崩れていくような恐怖に引きこまれてしまう。
こういうじんわりとした恐怖って漫画向きだよね。説明過多にならずに変貌を描けるから。


”フクノカミ” がいい存在なのか悪いものなのかは、今のところ明らかではない。まあいいやつではないだろうけど。
 ”フクノカミ” が直接何かをするということはない。周囲の人間にはたらきかけて、その人が本来持っていた欲望を引き出すだけ(2巻の後半では間接的に手を下してたけど)。
手垢にまみれた表現だけど、生身の人間がいちばん怖い、ってやつだね。

それにしても細部の描写がうまい。
狭い島での人間関係とか(「そらいけんよのう。世の中法律だけで回っとるんじゃないんじゃけえ」という言い回しの絶妙さよ!)、田舎の半端なヤクザの造詣とか、中学生同士の恋愛とも呼べないような恋模様とか、島の産物とか、細部のリアリティが不思議な力を持つ ”フクノカミ” の異質さを際立たせてくれている。
設定が突飛であるほど舞台や人物造詣はリアリティが必要だよね。『寄生獣』なんかはそのへんに成功してたから傑作と呼ばれるわけだし、名前を書くと人が死ぬノートを拾う人物が頭脳明晰・容姿端麗・冷血無慈悲な正義感の塊で警察幹部の息子では奇天烈ハチャメチャコント漫画になってしまう。


こういうサイコホラー的な漫画って終盤はエスカレートしすぎて現実味がまったくなくなってがっかりさせられることが多いんだけど(どの作品とは言わんけど)、この現実感の絶妙なバランスを保ったままストーリーがうまく着地してくれることを願う。



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