2015年7月29日水曜日

妖怪パック

 ぼくの髪を切っていた美容師が小さな声で「あれ?」って言ったことについてなんだけど。
 
 正直、不安になりましたよ。
 まあね。
 少々カットをミスっちゃったぐらいならぜんぜんいいですよ。
 人間誰しもまちがいはあるしね。
 ぼくは嵐のメンバーじゃないから(そう嵐のメンバーじゃないんです)、誰もぼくの髪型なんか気にしてないしね。
 職場で女性社員たちから陰で『金正恩』または『総書記』なんてあだ名を付けられない程度であればとるに足らないことです。
 問題なのは、美容師の「あれ?」が
「あれ? この人髪切ってみたらこんなにハゲてたんだ」
の「あれ?」なんじゃないかってこと。

 ぼくもいい歳ですからね。
 戦々恐々としながら毎日を過ごしているんです。
 ハゲんじゃないかって。
 やっぱりね。
 男はみんな震えているわけです。
 次にハゲるのは自分じゃないかって。ハゲ軍から赤紙が届くんじゃないかって。
 ハゲないためなら悪魔に魂を売ってもいいも思っているわけです。
 はっきりいってハゲはガンより怖い。
 ハゲがかっこわるいとは言わないけれど、でも無いよりはあったほうがいいよね。
 このへんのことを女の人はあんまりわかってないみたいで、うちの妻なんか平気で「ハゲろ!」とか云ってくるわけ。
 たとえ冗談でもめったなことを云うもんじゃないよ、ほんとに。
 それ、妙齢の女性に「子どもつくらないの?」っていうぐらいのセクハラだからね。

 ハゲることの何がおそろしいって、自分に責任がないことだよね。
 たいていのデブは自分に責任があるわけじゃない。
 でも、髪を染めたりパーマあてたりもせず、海藻類なんかもそこそこ口にしてるのに。
 なのにぼくの髪の毛は日々頭皮に別れを告げていってるからね。
 こんな理不尽なことがありますかっての。
 身に覚えがないのにいきなり逮捕されるようなもんですよ。
 それでも僕はやってないってのに。

 理不尽といえば。
 子どもの頃にぼくが持っていた『ようかいだいずかん 世界のようかい編』に、パックという西洋の妖怪が載っていた。
 妖怪ってさ、こどもをしつけるために生み出されたものだから、早く寝ない子を脅かしにくるとか、嘘をついた人を食べてしまうとか、ちょっと教訓めいた特徴を持ってるんだよね。
 ところが。
 妖怪パックの解説文にはこう書いてあった。
「おやにかおが似ていないこどもがいると、やってきてこどもをつれさってしまう」
 ええええぇ!?
 なんでー!?
 妖怪に理屈を求めるべきじゃないけれど、それでもこども心にこれは理不尽だと思った。
 そして理不尽だからこそ底知れぬ恐怖を感じて震えあがった。

 やっぱり人間、得体の知れないものがいちばん怖い。
 だからね。
 さっきの「あれ?」は何の「あれ?」なのか説明しなさいっての!

2015年7月28日火曜日

マダムと四色問題

 昼間にバスに揺られていると、マダムたちが6人ほど連れだって乗り込んできた。
 マダムたち(というよりおばちゃんたち)は乗車するなり、
「ちょっとちょっと。このバス若杉町に行かへんやつちゃうの!」
「もう発車するで。はよ降りて降りて!」
「大丈夫!城山町に行くやつやから若杉町にも行く!」
などと口やかましくやっている。
 あまりに大きな声でやりあっているものだから、見かねたのだろう、運転手さんが車内アナウンスを使って
「このバスは若杉町に行きますよー」
と告げた。
 これにて一件落着。

と思っていたら、マダムたち(というよりおばちゃんたち(というよりオバハンたち)の百家争鳴はそれでもまだ収まらないのだった。
「城山町に行くやつでも若杉町に行かんことあるで!」
「でもこのバスはたぶん若杉町にも行くやつやと思うで」
「まああかんかったら途中で降りたらええんちゃう」

 なんということだろう。
 他ならぬ運転手さんがマイクを使ってまで「若杉町に行く」と断言したのだ。
 にもかかわらず、マダムたち(というよりおばちゃんたち(というよりオバハンたち(というよりババアたち)はまだ
「このバスは若杉町に行くか行かないか」で議論しているのだ。
 いったいどれほど多くの詐欺に引っかかってきたら、人はこれほど疑り深くなれるものだろうか。



 話は変わるが、最近ロビン・ウィルソンの『四色問題』という本を読んだ。
 四色問題というのは数学の世界では非常に有名な問題で、
「地図上の隣り合う国を違う色に塗り分けようと思ったら、どんなに複雑な地図でも、四色あれば十分である」ことを証明する問題だ。
 この一見単純な問題が極めて難しく、多くの数学者が百年以上挑んでは跳ね返され、最近になってやっとコンピュータを使って証明されたのだ。
 実際に地図を塗ってみればいいじゃん、というのは素人考えで、それでは数学の世界では証明として認められない。
 一億枚地図を塗ってみてすべて四色で塗れたら、ふつうの人は「じゃあどんな地図でも四色で塗れるんだろう」と思ってしまう。
 しかし99.999999パーセント正しくてもまだ信用しないのが数学者というやつで、その正確性の追求こそが科学を今日のように進歩させてきたのだから、彼らの取り組みにはただただ頭が下がるばかりだ。



 というわけで、運転手の言うことすら信用せず、森羅万象を疑ってかかる。
 こうしたババアたちの姿勢こそが科学技術を躍進させるのだ
……ということはまったくなく、躍進どころかただただバスの発車を遅滞されるばかりなのだった。

2015年7月27日月曜日

ゴルフ教えたがり

ゴルファーってなんですぐ教えてくんの。

あいつらってすぐ教えるでしょ。
もっとわきをしめてスイングしなきゃとか 、右にスライスしてるから腰に溜めを作らなきゃだめだよ、とか。

あれなんなんだろうね。
ゴルフ特有の現象だよね。
たとえばカラオケで、歌がへたなやつにいきなりボイストレーニングをはじめるやつはいない。
すぐ教えるのはゴルファーだけ。
趣味なんだから、へたくそでも本人が楽しめたらいいじゃねえかって思うんだけど、ゴルファーという人種はそれを許さないらしい。


聞くところによると、ゴルフ場にへたくそがひとりいるだけで、渋滞が発生するらしい。
一緒のグループのみならず、後ろのグループの連中まで、そいつがボールをカップに入れるのを待たねばならないんだとか。

おまけにゴルフは、いつ終わるかわからない。カップインするまでに80年かかるということも理論上はありうる。
野球だと、へたくそなバッターがいたとしても三回バットを振ればそいつの番は終わるわけだから、全員が無限に待つ必要はない。
ピッチャーのコントロールが悪くてストライクが入らない場合は時間がかかるけど、しびれを切らしたバッターがボール球をわざと空振りすれば終わらせることはできる。
それに野球は選手交替ができるしね。
そのへんもゴルフとちがうところだ。

要するにゴルフは、へたな人が楽しめるシステムになっていないんだろうね。
だからへたなやつを見ると教えずにはいられないのだろう。
教えたがりがゴルフ場に跳梁跋扈するのは構造上の問題なわけだ。


へたくそを指導しなければという妙な使命感に燃えているからだろう、ゴルフをやる連中はやたらとスコアを気にする。
相手がゴルフをやると知ると、二言目には「スコアは?」と訊く。

野球が趣味の人にいきなり「時速何キロで投げられます?」と訊いたり、カラオケ好きに「何点とったことある?」「何ホン出せる?」とか尋ねたりはしない。
ぶしつけにスコアを聞くのは、ゴルフとボーリングとTOEICだけだ。

「最高スコアはいくつ?」って聞くのは、初対面でいきなり「あんた学歴は?」って訊くようなもんじゃないかと思うんだけど、紳士のスポーツとかいってるわりにそういう行為はなんで許されるんだろうね。

って聞くとゴルファー諸兄はみんないやな顔するんだけど、教えたがりのわりにそういうのは教えてくんないのよね。

2015年7月26日日曜日

プレミアムのむヨーグルト

あまり酒を飲むほうではないが、年に何回かは
「ビールってうまいなあ!」と思う。
でも。
正直に言おう。
ほんとは、のむヨーグルトのほうがずっとずっとうまいと思ってる。
「プレミアム」の呼び名にふさわしいのは、明治ののむヨーグルトだって思ってる。

世の大人たちは、みんなかっこつけてビールやコーヒーを飲んでいる。
おっさんたちが居酒屋でビールを飲むのも、
オサレ大学生がスターバックスでMacBook広げて屁にもならないブログ書いてるのも、
中学生が先公に隠れて屋上でタバコ吸うのも、
みんな周りの目を気にしてかっこつけているだけなんだ。
ほんとは誰だって、のむヨーグルトのほうがおいしいと思っている。
コーヒーみたいな苦くて眠れなくなるやつより、カルピスとかヤクルトとかマミーとかの甘くて生きて腸に届くほうのやつのほうがいいに決まっている。
 
 
かつてタバコは成人男子の嗜みだったけれど、近年では「タバコ=かっちょいい」という風潮は崩れさった。
みんな、タバコなんてほんとはおいしくないということに気づいてしまったのだ。

日本はこれからどんどん人口が減り、経済の市場はとても成長が見込めない。
今後は他人と物質的豊かさを競うのではなく、自分らしい幸せを追い求めゆく時代が到来する。

さあ。立ち止まってもう一度考えてみよう。
あなたがアホみたいな顔をしてうまいうまいと飲んでいるそのビール、ほんとにおいしいですか?
あなたがだらしない顔をしながらああいい香りと鼻をフガフガさせているそのコーヒー、ほんとにおいしいですか?
通はブラックを楽しむみたいな言説になんとなくうなずいてますけど、ほんとはミルクとシロップをたっぷり入れたいんじゃないですか?

そろそろ自分にうそをつくのはやめましょうよ。
ねえ。
だから。
今年こそは、ぼくが職場でピノを食べながらのむヨーグルトを飲んでいることをバカにされない社会になってほしい。
願わくば「味の違いのわかるダンディーな男性ですね」と囁いてもらえる世の中になりますように!
 
あと、争いのない世の中になること。
この二点が、私が切に願うことであります。

2015年7月25日土曜日

タガログ語の学習動機

だいぶ前に語学書系出版社の営業から聞いた話。
英語以外の外国語を学習するのは大半が大学生なのだが、タガログ語(フィリピンの言語)の学習者だけはほとんどが中年男性らしいのだ。

というのは、フィリピンでは英語も公用語になっているから、旅行者にとっては英語さえ知っていればタガログ語はほとんど必要ないらしいのだ。

じゃあどういう人がタガログ語を学ぶのかというと、
「そりゃあフィリピンパブの女の子を口説きたいおじさんが、女の子を喜ばせようと一生懸命おぼえるんですよ」
と出版社の営業は云っていた。
「だからふつう語学書は大学の近くの書店でよく売れますけど、タガログ語のテキストだけはフィリピンパブの近くで売れます」
と。

ほんまかいなと思ってタガログ語のテキストをぱらぱらとめくってみると、
「これはあなたへのプレゼントです」
「この後ヒマですか」
「あなたのお休みはいつですか」
 こんな例文ばっかり。
 ううむ。エロの力はすごい……。