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2018年11月5日月曜日

おれがでかいからだ


おれはスーパーヒーロー。
この世にはびこる悪を倒す。

おれは強い。
悪人はおれの姿を見ただけで震えあがる。

おれはでかい。
とにかくでかい。めちゃくちゃでかい。

しかしおれは不人気だ。
スーパーヒーローなのに。





でかいのがいけないらしい。
おれの身長は5メートル。成人男性3人分ぐらいだ。

おれの体重は3トン。成人男性45人分ぐらいだ。
なんでそんなに重いんだと思ったやつは算数をわかってない。
体重はタテ×ヨコ×高さで決まるから身長の3乗に比例するのだ。
ただしこれは同じ体形の場合の話で、当然ながらおれは君たち一般人と同じ体形ではない。
考えてもみてほしい。身長が3倍だったら、単純に考えて体重は3×3×3で27倍。しかし足の裏の表面積は身長の2乗に比例するから3×3で9倍。9倍の足の裏で27倍の体重を支えられるわけがない。したがっておれの足の裏は君たちを3倍にしたよりもずっと広い。
でかくなればそれだけ骨や筋肉は強度を増さないといけないし、大きくなった骨や筋肉はそれ自体がかなりの重みを持つからより支えるためにいっそうの力を要する。
そんなわけでおれは、君たちの目にはめちゃくちゃ太く見える。でもそれはおれがデブだからじゃない。でかくなるためには太くなくてはならないのだ。

子どもがおれを見て言う。「うわっ、すっげーデブ」
おれはスーパーヒーローだからそういうのを許さない。子どもがまちがったことを言ったら注意して訂正するのが大人の義務だ。
子どもをつかまえて、おれはデブじゃない、体重は身長の3乗に比例するから……という話をする。子どもはたいてい怖がって泣きだす。だがおれはやめない。ここでやめたら本人のためにならない。
当然ながら手を上げたり、きつい言葉をかけたりはしない。あくまで冷静な口調で怒っていることを伝える。
それでも親が「やめてください!」と言いに来るし、ときには警察を呼ばれたりもする。
おれがでかいからだ。



おれは人気がない。
ひったくり犯を捕まえたことがある。おれはずいぶん手加減をしたつもりだったが、相手は複雑骨折で全治六ヶ月の怪我を折った。
野次馬から「何もそこまで」という声が上がった。
警察官からも「私どもに任せていただければ大丈夫ですので。ケガとかあってもたいへんですし」と遠回しに嫌味を言われた。
ふつうだったら表彰状でももらえるところだが、おれにはなかった。がんばったと思われていないのだ。一生懸命走って原付を追いかけたのに。
おれがでかいからだ。

スーパーで、おっさんが店員の若い女性にからんでいた。自分がポイントカードを忘れたのが悪いのに、なぜポイントをつけないんだと詰め寄っている。弱い者相手には強気になる卑怯なおっさんだ。
おれが入っていって「あんたが悪いんだろ」とおっさんを一喝した。
おっさんだけでなく店員もおびえていた。べつの店員が走ってきて「すみません、他のお客様もいらっしゃいますので……」と言った。おっさんではなく、おれに。
おれがでかいからだ。



おれはただでかいだけじゃない。
きみたちと同じくらい俊敏に動ける。きみたちはふつうに動いているようにしか見えないかもしれないけど、これはすごいことなんだ。
ゾウは動きがのろいだろう。逆にネズミはすばしっこい。
身体がでかいとそれだけ動かすのに力がいる。だから素早くは動けない。なのにおれはきみたちと同じくらい機敏に動ける。これはおれがめちゃくちゃがんばっているからだ。
おれが君たちと同じサイズになったとしても、きっとオリンピックでメダルを総なめにしているだろう。

だがおれはオリンピックには出られない。いや、規定があるわけじゃない。「身長3メートル以上は出場を禁ずる」というルールはない。
でも世間的にというか世の中の空気的に、おれはオリンピックには出られない。おれが出場したら「そんなにでかいのに出んのかよ」という空気になる。おれがレスリングの無差別級に出場したら、ぜったいにみんな小さいほうを応援する。おれが優勝しても「そんなにでかいんだから勝つに決まってるじゃんかよ」という目で見られる。正々堂々と力を尽くしても卑怯者みたいな目で見られる。
出場したことないけど、おれにはわかる。無差別級は無差別じゃない。

おれはそういう空気には敏感なのだ。
これもすごいことだ。
世の中には、自分と同サイズの人たちの気持ちを察することができない人がいっぱいいる。おれなんか自分よりずっと小さい人たちの気持ちを読まないといけないのだ。大きな文字より小さい文字を読むほうがむずかしいように、大きい空気を読むより小さい空気を読むほうがずっとむずかしいのだ。それをやっているおれのことをもっと賞賛してほしい。



おれは活躍のわりに人気がない。
それはおれがでかいからだ。

SNSで言われているみたいに、理屈っぽいからとか、自尊心が強すぎるからとか、身体はでかいのに心はせまいからだとかでは断じてない。


2018年10月25日木曜日

一度は宇宙人に連れ去られたものの「やっぱりいいや」と突き返された人あるある


・宇宙まで行った人に対しては劣等感があるが、連れ去られたことのない人のことは正直下に見ている。

・問診表の備考のところに「連れ去られた」と書くべきかどうか毎回悩む。

・自動改札に引っかかると「あのときの影響か……!?」と一瞬思う。

・今度連れ去られたときはもっと従順にふるまおうと思っている。

・「こんな人は献血できません」の項目にあてはまらないけど、やっぱり献血を躊躇してしまう

・UFOのイラストを見ると「まあ想像で描いたにしてはいい線いってるけどわかってないなー」と思ってしまう。

・「宇宙船から帰ってきたときの気分のカクテルを」と注文してバーテンダーを困らせてしまう

・宇宙船に連れていかれるとき、死んだおじいちゃんが夢の中に出てきて「おまえが来るのはまだ早い」と言われた。


2018年10月22日月曜日

国民の皆様にお詫び申しあげます


まず、国民の皆様にお詫び申しあげます。
日本代表に選出していただいて、日の丸を背負ってオリンピックという舞台に立たせてしまったにもかかわらず、このような事態になってしまいなんとお詫びを申しあげてよいのやら……。

いえ、すべて私の責任です。自己管理もマラソン選手として重要な仕事です。それを怠ってしまったのですから弁解のしようもありません。


まず、シューズを忘れてしまったことについてですが……。
現地までは持っていっていたんですね。大事なものだからぜったいに忘れてはいけないと思い、前の晩、枕元に置いていたんです。そしたらそのまま忘れてしまいました。ふだんとちがうことをしないほうがいいですね。
気づいたのは出走十五分前でした。サンダルで現地に行って、さあ軽くウォーミングアップでもしようかと思ったところでシューズがないことに気がつきました。今から宿舎に取りにいってもまにあいません。
仕方なく、コーチのシューズを借りました。いえ、それは大丈夫です、ナイキのやつでしたから。
ただサイズがあわなかったんですね。コーチの足は私より1.0センチ大きいので。
九回もシューズが脱げたのはそのせいです。はい、すべて私の不注意によるものです。


それから公式のユニフォームを着ていなかったことについてですが……。
前の晩、ユニフォームを洗濯したんですね。大事な大会だからきれいなユニフォームで走らなきゃと思って。しかし洗濯機を回して、そのまま寝てしまったのです。
翌朝、洗濯機の中でびしょびしょになっているユニフォームを発見しました。今から干す時間はありません。
そこで練習用のウインドブレーカーを着て出走することにしました。幸い、ルール上はゼッケンさえつけていれば問題ないとのことだったので。
はい、とても暑かったです。通気性最悪なので。ウインドブレーカーですから。しかし早めに洗濯をしておかなかった自分の責任なので甘んじて受け入れるしかないと思ってそのまま走りました。


はあ。走りながら九回吐いてしまったことについてですか。
申し訳ございません、見苦しい姿を見せてしまって。
あれはですね、朝食を食べすぎたのが原因です。宿舎の朝食がビュッフェ形式だったのでついテンションが上がってしまって……。
洋食にするか和食で攻めるか迷ったんですが、どうせ同じ料金なら両方いってしまえと思ってクロワッサンとフレンチトーストとベーコンエッグとごはんと味噌汁と納豆と塩鮭とゆで卵を食べてしまったのです。今考えると、最後のゆで卵は余計でしたね。フレンチトーストとベーコンエッグで卵を摂取してますから。
いえ、トレーナーの責任ではありません。最終的に食べるという判断をしたのは私ですから、すべて私の責任です。


いえ、コーチに責任はありません。
九回道をまちがえてしまったことも、ハーフマラソンのペースで走って後半のペースがガタ落ちしたことも、事前の確認を怠ってしまった私に非があります。大会スタッフの方にもコーチにも落ち度はありません。


国民の皆様の期待に応えられるようなパフォーマンスを発揮できず、ほんとに申し訳ございません。
金メダルを獲得できたとはいえ、このような失態をお見せしてしまい、改めて深くお詫び申しあげます。

2018年10月19日金曜日

おまえのかあちゃんでべそと言われた大臣の国会における答弁


まず第一に指摘しておきたいのは、わたしのことをおまえ呼ばわりするだけならいざしらず、わたしの母を「かあちゃん」などとなれなれしく呼ばないでいただきたいということです。

わたしはふだん母のことを「おかあさん」と呼んでおり、他人に向かって言うときは「母」、もしくは親しい友人にかぎってのことですが「うちのオカン」などと呼んだりもしますが、「かあちゃん」などと呼ぶことはありません。

幼少期においてはそのような呼称を用いた可能性は否定できませんが、少なく見積もってここ数十年はそのような呼び方を用いたことはなく、実子であるわたしですら用いない呼び名を母とほとんど面識もないあなたに軽々しく用いられたくないということはここではっきりと申しあげておきたいと思います。


またわたしの母がでべそだという点についても反論を申しあげます。

母のプライバシーにも関わる話ですのでこのような場で母のへそがどういったものであるかを言及するのはわたしとしても心苦しいのですが、包み隠さずお話することが母の名誉回復にもなると考えましたので特別に母の許可を取って説明させていただきます。

わたしの母、もう八十を過ぎておりますが、いたって元気で小学生の通学路に立って毎朝見守り活動をしております。
あなたの「おまえのかあちゃんでべそ」という発言を受け、今月九日、母にお願いしておへそを見せてもらいました。母のおへそなど見るのはもう何十年ぶりのことだと思います、いささか照れくささもありましたが事実確認をせずに国会で述べることはわたしの本意ではありませんので確認させてもらいました。
わたしが見たところ、母のおへそはいたって正常、というと語弊がありますが少なくとも世間一般にいうところのでべそではないように見受けました。

とはいえわたしはおへその専門家ではありませんので、母を大学病院へ連れていき、信頼できる先生に診断をしてもらいました。先生の見立てでもやはり、母はでべそ、医学的にはへそヘルニアというそうですが、このでべそにはあたらないとのことでした。念のため診断書も書いてもらいましたので、後ほど提出させていただきます。

これだけでも母がでべそでないということの証明には十分かと思いますが、念には念を入れ、過去にでべそだったことはないかということを母に問いただしました。
確認をしたところ、妊娠中、つまりわたしが母のお腹にいた際はたしかにへそが押されていわゆるでべそのような状態になっていたとのことでした。
ですから過去のある時点においてはわたしの母がでべそだったということはいえます。

ですがこれはわたしが生まれる前の話であり、当然ながらあなたも生まれる前の話ですので、あなたがわたしの母のでべそを確認したということは状況的にいってまったくありえない話であります。
したがって「あなたが過去にわたしの母のでべそを確認して、そのまま現在もでべそであると思いこんでしまった」という可能性も明確に否定できます。

したがって、あなたの「おまえのかあちゃんでべそ」という発言は事実無根であり、またそれが真実であると誤解しても仕方のない根拠もなく、わたし及び母の名誉棄損を目的としたまったくの捏造であると言わざるを得ません。速やかな訂正を求めます。


なお、誤解のないように付けくわえておくと、この弁論はわたしの母がでべそだという事実と異なる発言に対する反論であり、世の中のでべその方を不当におとしめる意図があってのものではないことをつけくわえておきます。

2018年10月2日火曜日

【創作落語】金メダル


〇「ごめんよ」

△「どないしたんや。あわてて飛び込んできて」

〇「えらいもんとってもうた。金メダルや」

△「はぁ? 金メダルって、あの、オリンピックのかいな」

〇「そうそう、オリンピックの金メダル」

△「誰が」

〇「おれが」

△「おまえがオリンピックの金メダルを? 何をあほなこと言うとんねや」

〇「ほんまやねんて、ほら」

△「うわっ。これは、たしかに本物!……っぽいな。本物見たことないから知らんけど」

〇「でも重みがちゃうやろ」

△「うん、重い。少なくともおもちゃではなさそうやな」

〇「ほら、このケースに五輪のマークも書いてあるやろ」

△「おお、ほんまや。たしかに本物っぽいな。けど驚いたな、おまえとは長い付き合いやけど、まさかおまえが金メダルとれる実力の持ち主やとは思わんかった。何の競技でとったんや」

〇「それが……わからんねん」

△「はぁ? おまえがとったんやろが」

〇「そう、おれがとった」

△「ほな、わからんことがあるかい」

〇「それがほんまにわからんねん」

△「どういうことやねん」

〇「さっきのことや、新大阪の駅で急におなかが痛くなって、トイレをさがしてたんや」

△「何の話やねん」

〇「まあ聞けって。トイレをさがして走ってたら、横から出てきた男とぼーんとぶつかってふたりとも尻もちをついた。すまんと謝って、ぶつかったはずみに落とした鞄を拾った。ちょうどそのときトイレの案内を見つけたから、そっちに向かって走りだした。さっきぶつかった男が後ろから『ちょっと待て』と呼びとめる声が聞こえてくる。因縁でもつけようと思ってんのやろな。ふだんなら売られた喧嘩は買うところやが、トイレに行きたくて必死や。後ろも振りかえらずに全速力で走って、トイレに駆けこんだ。やれ一安心。ちょっとしか漏らさへんかった」

△「ちょっとは漏らしたんかいな。汚いやっちゃな」

〇「で、ふと見ると持っている鞄がおれのと違う。色も形もよく似てるけど、ちょっと違う。さっきぶつかったときに、とりちがえて相手の鞄を持ってきてしもうたんや」

△「だから呼びとめられたんやな」

〇「トイレを出て探したけど、さっきの男がおらん。あわててたからどんな顔やったかも覚えてへん。手掛かりでもないかいなあと鞄の中を開けてみたところ、入ってたのが金メダルや」

△「ええっ。それがこの金メダルかいな」

〇「そうや」

△「おまえさっき、おまえがとった金メダルやと言うとったがな」

〇「そう。おれがとった。正確には、おれがとった鞄の中に入ってた金メダルやな」

△「そういうことかい」

〇「まさか自分が金メダリストになるとは思わんかったわ」

△「いやいや、それは金メダリストとは言わへんやろ。金メダルぬすっとやで」

〇「とにかくメダルなくしたほうも困ってるやろから、返してやろうと思うねんけどな」

△「そらそうや。そう簡単にとれるもんやないんやから」

〇「しかしどこのどいつかわからんねん。金メダルに油性ペンで名前でも書いといてくれたらええのにな」

△「そんなもん書くかい。しかし金メダルとった人なんてそうたくさんおらへんやろ。限られてるで」

〇「金メダルとった人というたら……。マラソン選手のあの人とか」

△「いやいやそれはない」

〇「なんでや」

△「だっておまえに追いつかれへんかってんやろ。マラソン選手がおまえに追いつけないなんてことあるかい」

〇「いやでもおれもトイレ探してたから相当急いでたで」

△「そやかてマラソン選手やったら追いついてるわ。マラソンは違う」

〇「ほんなら柔道とかレスリングとかかな」

△「それもちゃうやろ」

〇「なんでやねん」

△「だっておまえにぶつかって尻もちついたんやろ。柔道選手やレスリング選手が、おまえみたいなひょろひょろの男にぶつかられて尻もちつくかい」

〇「ほんなら卓球は」

△「卓球選手は反射神経がすごいからおまえにぶつからへん」

〇「じゃあ体操」

△「体操選手やったら宙返りでかわしてる」

〇「ラグビー」

△「タックルでおまえをふっとばしてる」

〇「射撃」

△「おまえは背中から撃たれてる」

〇「そんなわけあるかい」

と、わあわあいうておりますと、突然家のドアが開いてひとりの男が入ってきた。

〇「わっ、なんやなんや」

選手「すみません、ぼくの鞄がここにあると聞いたんで」

△「えっ。ということはあんたが金メダリスト……?」

選「はい、そうです」

△「あんたかいな。ちょうどこっちから探しにいこうと思てたんや。しかしようここにあるってわかったな」

選「はい、金メダルをぶらさげて歩いている人を見たって人がたくさんいたもんで」

〇「ああ、さっきおれが見せびらかしながら歩いとったからな」

△「自分が獲ったわけでもないのに見せびらかすなや、そんなもん。しかしあんた、なんの選手なんですか」

選「水泳です」

△「あーそういえば見たことあるわ。服着とるからわからんかったわ。
  しかしさすがは水泳の選手やな。すごい勢いで飛びこんできたわ。いっつも飛びこんでるだけのことはある」

選「いえ、ぼくは背泳ぎの選手なんで飛びこみはしないんです」

〇「はあ、背泳ぎは飛びこみせんのですか。知らんかったな。
  ……なるほど、背泳ぎの選手か。それでおれとぶつかったんやな」

△「どういうことや」

〇「背泳ぎの選手って、いっつも上ばっかり見てるやろ。その習慣で上見て歩いとったからぶつかって尻もちついたんちゃうか」

△「そんなわけあるかい」

選「えー、ではそろそろメダルを返してもらってもよいでしょうか」

〇「えっ、返すんですか」

△「そらそやで。この人が獲ったメダルやないか」

〇「一晩だけでもうちに置いといたらあきませんやろか。この子も名残惜しいというてますし」

△「犬の仔みたいに言いな。ほら、返さんかい」

〇「わかりました。はいどうぞ」

選「どうもありがとうございます」

△「しかしあんた、金メダル見つかってよかったな。せっかく優勝したのに、メダルをなくしたらどうにもならんからな」

選「いえ、どうにもならないことはありません。銅より上の、金ですから」


2018年9月2日日曜日

手が鉤爪になってる人あるある

手が鉤爪になってる人あるある



暑い日は鉤爪がさわれないぐらい熱くなる


暑い日は鉤爪を冷やすと全身冷える


寒い日は鉤爪を友だちの首筋にあてて嫌がられる


大根がよく煮えたか確かめるために鉤爪を刺しちゃう


電車の吊り革を持たずに、上の棒に鉤爪をひっかける


鉤爪とったら内側がめっちゃくさい。でもついにおいを嗅いじゃう


ギター弾くときピックいらず


ちくわは一回鉤爪に刺してから食べる


学生時代のあだ名は「船長」


金属探知機に引っかかるが、機内持ち込み禁止物リストに鉤爪は載ってないので許される


初対面の人に「じゃんけんできないですね」って言われるけどいや反対の手あるから


よくズボンのポケットに穴が開く


鉤爪のカーブにぴったりはまるグラスがあるとちょっと嬉しい


みんなでごはん食べるときは鉤爪側に人が来ないように端っこに座る


花粉症シーズンは鉤爪にティッシュを何枚か刺しといてすぐに取りだせるようにしとく



2018年8月13日月曜日

日本讃歌


すばらしい国、日本。


ぼくらはお金持ち。
これまでそうだったから今後もお金持ちでいなくちゃね。
お金がないと生きていけないからね。お金のためなら死んでもいいよね。
ぼくらはお金持ち。お金を稼げない人は死ぬ気でがんばってないんだね。


ぼくらは正しい。
起訴されたら有罪率99%以上。だって正しいんだからね。
ぼくらは正しいから間違いを犯さない。間違いを犯さないから正しい。
ぼくらは正しい。間違いを指摘することが間違いだよ。


ぼくらは楽しい。
オリンピック、万博、カジノ。楽しいことばかり。
すべては気の持ちよう。総活躍できる労働、プレミアムな労働、高度でプロフェッショナルな労働。
ぼくらは楽しい。楽しめない人は日本が嫌いなの?


ぼくらは安心。
クリーンなエネルギー、民間が安く提供してくれる水、守ってくれる兵器。
怖いことは考えないようにすればいつでも安心。
ぼくらは安心。安心のためならリスクはやむをえないよね。


ぼくらは仲良し。
いつでも一緒。みんなと違うことをするやつは許さない。
同じ文化を好きになって、同じ敵を憎んで仲良く暮らそう。
ぼくらは仲良し。仲良しになろうとしない人はあっちに行ってね。


ぼくらは寛容。
嘘をついても隠蔽しても訴えないよ。
結果人が死んでも責任とれなんて言わないよ。ハラスメントだって許しちゃう。
ぼくらは寛容。寛容じゃないやつは許さない。


ぼくらは自由。
労働と家事と子育てを両立してもいいし、法律を無視して働いてもいいし、その結果死んだっていいよ。
がんばれと言うことしかできないけど、心の中で応援してるよ。
自由だから何してもいいんだよ。自由を奪われない範囲でね。



2018年8月6日月曜日

【短歌集】揺れるお葬式



高架下葬儀会場 急行が通過するたび死人が笑う


各駅停車(かくてい)が上を超えてく葬儀場 坊主の読経はビブラートなり


満員の通勤快速通るたび 喪服がはだけてゆく未亡人


「あの故人(ひと)はシャンパンタワーが好きでした」寡婦の独白、不吉な予感


特急の振動、心臓マッサージ 死んだ老人息吹き返す


「振動で三途の川が氾濫し川の向こうへ渡れなかった」


あの人が生前愛したかつお節 焼きたて遺骨の上で踊る



2018年7月27日金曜日

【短歌集】病弱イレブン



チームメイト追悼試合の最中に死んだ選手の追悼試合



リズム感に欠く彼らのドリブルは まるで銃弾浴びてるかのよう



病弱の健闘むなしく無情にも響きわたるはキックオフの笛



勝ったのに2回戦には上がれない トーナメントにスロープつけて



病弱を支えて励ます女子マネが ひそかに計算せし内申点



全員が倒れし後も好勝負演出するはベルトコンベア



負傷者を乗せた担架を持ちあげる隊員たちの強さが際立つ



タックルをしかけた側が倒される サッカーだけに踏んだり蹴ったり



あと一歩 病弱イレブン破れ散る 勝者はお掃除ロボットルンバ



看護師の制止を振り切り出場し 血を吐きながらキックオファァアああ



敵味方 赤と青とに分けるのは ユニフォームでなくサーモグラフィー



永遠のものなどないと思ってた 彼らにとっては終わらぬ試合



2018年7月26日木曜日

中学生が書いたサラリーマン小説


「わかっているだろうな、ホンダくん。これは我が社の命運を賭けたビッグ・プロジェクトだ。決して失敗は許されんぞ」
部長が鼻髭をさわりながら言った。おれは「承知いたしました」と軽く頭を下げて席に戻った。後ろの席の女性社員たちがこちらを見ているのを感じながら、あくまでクールに席についた。

「どうせ失敗に決まってるさ。部長、失敗したらこいつクビですよね」
同期のカワサキが薄笑いを浮かべながら言う。ほんとうにいやなやつだ。社内の噂話と上司へのごますりしか頭にない男だ。おれは聞こえないふりをしながらコンピュータを起動した。二万テラバイトのハイパースペック・マシン。こないだのビッグ・プロジェクトを成功させたお祝いに部長が買ってくれたものだ。こんなところにも部長からおれへの期待が現れている。

「こないだのビッグ・プロジェクトすごかったわね。今度のビッグ・プロジェクトも期待してるわ」
おれの机に湯のみ茶碗を置きながら、会社のマドンナであるレイコさんがささやく。ささやきついでに、おれの手をぎゅっと握りしめていった。カワサキの歯ぎしりがここまで聞こえてくるようだ。思わずにやにやしてしまう。

おれはノートをとりだして、複雑な計算式を書きはじめた。ビッグ・プロジェクトの見積もりを作成するのだ。この計算式はおれにしか書けない。だからいくらカワサキが悔しそうににらんだところで、ビッグ・プロジェクトを任せられるのはおれしかいないのだ。

出た。なんと105万円。
ついに100万円の大台に乗った。たくさんのビッグ・プロジェクトを手がけてきたおれでも、これほどビッグなプロジェクトははじめてだ。
検算をして見積もりにまちがいがないことを確認して、おれは見積もりを真っ白な紙に清書した。

ネクタイを締めなおし、清書した見積もりを部長に手渡した。窓の外に目をやり、横目で部長の反応をうかがう。
「ひゃっ、105万円……」
部長の声が震えている。当然だろう、なんせ会社の運命を握っているビッグ・プロジェクトだ。
部長の声を聞いていた同僚たちがさざめきあう。「105万円だって……」「いくらビッグ・プロジェクトだからって……」そんな驚嘆の声が聞こえる。
ビッグ・プロジェクトのビッグさに一瞬たじろいでいた部長も、すぐに落ち着きを取り戻して見積もりの内容を確かめはじめた。さすがだ。今はこんな小さな支社にいる部長だが、かつてはニューヨーク支社で数々の大胆な見積もりを世に出してアメリカ中のビジネスマンを驚かせ、東洋の見積もり王の名を欲しいままにしたと聞く。もしかすると、おれの強気の見積もりを見てかつての栄光の見積もりを思いだしているのかもしれない。

「完璧な見積もりだ……。この見積もりなら我が社の危機は救われる……」
うめくように部長が云った。当然だ、百年に一度の新入社員と呼ばれたおれの渾身の見積もりなのだから。
「この見積もりをあれだけの短時間で完成させるとは、まったく大した男だな。ホンダくんは」部長が顔をほころばせる。「それにしても105万円の見積もりとはおそれいったよ、これはもはやビッグ・プロジェクトではない。大ビッグ・プロジェクトと呼んだほうがいいだろうな」
「ははは、部長、大ビッグだと意味が重複していますよ」
「それもそうだ、こりゃあ一本とられたな」
おれの鋭いツッコミに、部長がおでこに手を当て大声で笑った。つられたように社内全体が笑いだす。ひとり苦虫を噛みつぶしたような顔をしているのはカワサキだ。

そのとき扉が大きな音を立てて開いた。顔を出したのはなんと、本社にいるはずの社長だった。
「おや、楽しそうな話をしているな。わしも混ぜてくれんかね」
社長の横では、タイトなワンピースに身を包んだ切れ者秘書のエリカさんが細メガネを光らせている。
「こ、こ、これは社長。どうしてここへ」
部長があわてて椅子から立ちあがる。カワサキがさっそく社長の後ろにまわりこんで、肩をもみはじめる。まったく、わかりやすいぐらいのごますり野郎だ。
だが社長はハエでも追いはらうかのようにカワサキの手を払いのけた。
「完璧な見積もり、という声が聞こえたような気がするが……。それともわしには教えられんような話かね」
社長の目がぎらりと光った。今ではすっかり好々爺然とした社長だが、戦後の闇市で怒涛の見積もりを連発して財を成し、そこから一代でのしあがっただけのことはあり、ときおり見せる鋭い眼光は社員を威圧する。
「ととととんでもございません。たった今、ホンダくんが見積もりをつくったところでして、ぜひとも社長にもお見せしたいと思っていたんですよ」
部長が平伏せんばかりの勢いで見積もりを社長に手わたすと、すかさず秘書のエリカさんが老眼鏡をさしだす。
「ほうほう、これをホンダくんが……」
にこにことした表情で見積もりを眺めていた社長の顔つきが、突如豹変した。「まさか……」「いやしかし……」と独り言が漏れる。
最後まで読みおえると、社長は見積もりを丁寧に封筒に収め、深く息をついた。社長も無言、部長も無言、部署全体が静まりかえっていた。
やがて社長はすっと指を二本立てた。秘書のエリカさんがそこにタバコを差しこみ、流れるような動きで火をつけた。あわてて立ちあがろうとしていたカワサキが「出遅れた」という顔をした。

「いやはや驚いたよ。こんな優秀な社員がうちにいたなんて」
社長はタバコの煙を吐きだしながら声を漏らした。
「わしは長いことこの仕事をやっているがこんなすごい見積もりを見たことはない。このビッグ・プロジェクト、まちがいなく成功する!」
わっと歓声が上がった。社長の威厳の前にぶるぶると震えていた部長が安堵のため息をついた。表情を変えていないのはおれだけだ。ずっと余裕の笑みを浮かべていたからだ。

「よしっ、ボーナスをはずもう。ホンダくん、このビッグ・プロジェクトはすべて君に一任するよ!」
社長とおれはがっちりと握手をかわした。


【次回予告】
完璧な見積もりにより完璧なスタートを切ったビッグ・プロジェクト。すべて完璧かと思われていたが、なんとライバル会社であるイリーガル社がまったく同じ見積もりを作成していたことが判明。完璧だったはずのビッグ・プロジェクトに暗雲が立ちこめる。ビッグ・プロジェクトの見積もりをライバル社に漏らしていたのはいったい誰なのか……。
次回、『カワサキの謀略』。乞うご期待!


2018年6月27日水曜日

あるオーディオマニアの独白


まあたしなむ程度ですけどね。人からはよくオーディオマニアって言われますけど、自分ではそこまでじゃないと思うんですけど。

だっていい音を愛するのってふつうのことでしょ。
音楽を嫌いな人なんていないし、どうせ聴くならいい音で聴きたいって思うのも自然なことでしょ。

そうですね、機材にはずいぶんこだわりましたね。
電器屋にいって、いいというものはひとしきり試しましたね。ずいぶん買い換えましたよ。趣味のためならお金に糸目はつけないタイプなので。

そのうち市販のものじゃ満足できなくなって、自分でパーツを買ってオーディオ機器を自作するようになりました。さらにパーツも自作するようになりました。機械工学を勉強して、工作機械を買ってきて。
手間ですけどね。でも趣味のためなら手間は惜しまないタイプなので。

しかしオーディオの道ってのは終わりがないんですよね。というよりそこまで来てまだ二合目、ってところですかね。
機器をある程度良いものにすると、今度は部屋の造りが気になってきました。部屋の形、天井の高さ、壁の建材。こういったもので届く音っていうのはぜんぜん変わってきますからね。
そこで音を最良化するための家を建てました。ですが土地の磁場によっても音は変わってくるので、どうしても作ってみないとわからない部分もあるんですね。ですから二回家を建てなおしました。
この頃ですかね、妻が出ていったのは。趣味につきあいきれないといって。ま、オーディオの世界では妻が出ていってやっと一人前みたいなところがありますからね。むしろ名誉なことです。

おかげで一流コンサートホールよりもすばらしい音を聴けるオーディオルームができあがりました。
しばらくはそれで満足していたんですが、少しするとやはり不満が出てくるんですね。
いろいろ考えた結果、問題は私の耳にあるということに気づいたんです。
常に耳をベストな状態に保っておかないと、聞こえてくる音も乱れるんですね。
耳掃除にはずいぶん凝りました。ありとあらゆる耳かきや綿棒を買いそろえました。毎日耳かきエステにも通いました。
あんまり耳かきをしていたせいで中耳炎になったんですが、おもしろいもので、中耳炎のときの音がすごく良かったんですね。音というものはふしぎですよね。
この中耳炎の状態を保つ方法はないかって耳鼻科にも相談したんですが、それはできないと言われました。
そこで思いきって自分の耳を捨て、人工の耳をつけることにしました。義耳ですね。
試行錯誤を重ねて、収音効果がもっとも高まるような義耳を作ってもらいました。左右両方、それぞれスペア込みで四つ。丸洗いできるのでいつでもベストな状態に保てます。
さすがに耳を取るのは少し怖かったですが、趣味のためなら身体を改造することは厭わないタイプなので。

最高の機器、最高の部屋、最高の耳をそろえました。それでも日によって音の聞こえ方に違いがあるんですね。
そこで考えたんです、これはどうも神経回路の状態が日々異なるからじゃないかって。日によって、音が適切に脳まで伝わらないんですね。耳の奥は生身の肉体ですからね、様々な外部要因によって変化してしまうんです。
そこで、音を電気信号に変換して直接脳に伝達する仕組みを構築しました。こうすることで伝達時のノイズがなくなるんですね。音というのは波ですから、これを電気信号に変えるのは意外と難しいものではありません。
オーディオ機器と脳を接続しているので自由に歩くことはできなくなりましたが、趣味にある程度の不自由はつきものでしょう。

これでようやく満足のいく音が聴けるようになりました。
しかし最近また少し不満が出てきたんですね。疲れていたりストレスがたまっていたりするとノイズを感じる、と。脳の状態が一定でないために電気信号の受け取り方にも変化が生じてしまうんですね。
そこで今、いい音を聴くためには脳をどう改造すればいいかを調べているところです。
いや、オーディオの世界ってほんとに底がないですよね。


2018年6月15日金曜日

将棋をよく知らない人が書いた将棋小説


 ユミ女流七段の劣勢は誰の目にも明らかだった。王将はほとんど丸裸だったし、持ち駒も残り二枚。おまけに一対局につき二回までと定められている「待った」を序盤で使いはたしていた。

 アキヒロ六段は余裕たっぷりの笑みを浮かべ、アイスコーヒーを飲んだ。
「ふっふっふ。どうやらこの勝負、ぼくの勝ちらしいな。将棋界には『桂馬も成れば金になる』という格言があることを知らなかったようだな」
 しかしユミ女流七段は動じる様子もなかった。
「格言を勉強すべきはあなたのほうね。『囚われの香車の矢、王の甲冑をもつらぬく』という格言があるのを知らないの?」
 女流七段は千代紙で折ったお手製の駒箱の中から一枚の駒を取りだし、剛速球投手のような勢いで盤に叩きつけた。衝撃でいくつかの駒が盤上にこぼれ落ちたが、気に留める様子もなかった。

 その剣幕にひるんだアキヒロ六段だが、置かれた駒を見てすぐに苦笑した。
「ははっ、その手は二歩だ。知らないのかい? 二歩は反則負けなんだぜ」
 そういってアキヒロ六段が手にしていた扇子を広げようとした瞬間、ユミ女流七段は不敵に笑った。
「二歩が反則負け? そんなことは百も承知よ。私の手をよく見てごらんなさい」
 盤上に広がった駒たち、そこに仕組まれたユミ女流七段の意図に気づいたとき、アキヒロ六段の顔から笑みが消えた。手から扇子がこぼれ落ちた。
「これは……二歩じゃない……!?」
 扇子を落とした場合は次回の対局を香車落ちでスタートしなければならないルールだったが、そんなことはもはやどうでもよかった。
「そう、わたしの狙いははじめっからこれ。三歩よ」

 国立将棋スタジアムの動きが止まった。観客、レフェリー、はてはビールの売り子にいたるまで、誰もが茫然としていた。
 一瞬の沈黙の後、いち早く状況を把握した実況アナウンサーが叫んだ。「これは二歩じゃない、三歩、まさかの三歩だぁ!」
 その言葉を合図に地鳴りのようなどよめきが起こった。誰も見たことのない手だった。
 「いや、これは驚きましたね。ルールの盲点ですね。たしかに三歩はだめというルールはありませんが……」
 解説席に座っている元朱雀級チャンピオンの趙八段がハンカチで額の汗を拭きながら絶句した。あとはうわごとのように「いや、これは……」とくりかえすばかりだった。

 この日のために、この瞬間のために、周到に準備してきた手だった。先ほどユミ女流七段が5二に捨てた龍は、三歩をさとらせないための布石だった。勝ちを確信した瞬間は誰でも気が緩む。アキヒロ六段と格言のやりとりをしている間に、一瞬の隙をついてふたつめの歩をそっと配置したのだった。

「おい、マチムラ準二級!」
 アキヒロ六段がほとんど悲鳴に近い声で付き人を呼んだ。
「すぐにルールブックを引いて、三歩が反則に該当しないか調べろ!」
「しかしルールブックなんてここには……」
 付き人の棋士が困った様子でいった。すかさずアキヒロ六段の平手打ちが炸裂した。
「ばかやろう! ルールブックがなかったらWikipediaでもYahoo!知恵袋でもなんでもいいから調べるんだよ。知恵袋で質問するときは『大至急』のタグをつけるのを忘れるなよ!」
 すっかり平静を失ったアキヒロ六段を、ユミ女流七段は冷ややかな目で見つめた。
「無駄よ。そっちはもう手回ししてある。Yahoo!知恵袋に書いてあることはルールとして認められないし、昨日のうちにWikipediaは荒らしておいたわ。今は凍結されて編集もできない状態よ」
「くそっ。三歩が許されるのなら、こちらも同じ手を……」
 言いかけて、アキヒロ六段は何かに気づいたように口をつぐんだ。ユミ女流七段は薄笑いを浮かべた。
「どうやら気づいたようね。そう、さっきあなたが場に流した三枚の歩、あれがあればまだ逆転の目はあった。でもあなたは私の挑発に乗って、歩を盤外へと捨ててしまった。あの行動が明暗を分けたのよ」
 アキヒロ六段はまだ何か手はないかと純銀の駒箱を探っていたが、使える駒は見当たらなかった。飛車と角は山ほどあるのに、肝心の歩だけがなかった。
「時間切れよ」
 女流七段は卓上のストップウォッチを指さした。持ち時間いっぱいを知らせるピピピピピ……という音が無情に鳴りひびいた。

「時間切れだからもう一度わたしの番ね。覚悟しなさい、2九角!」
 ユミ女流七段は駒箱に残っていた最後の一枚を盤上に乗せた。駒の側面にはべったりと血がついていた。
「その血まみれの駒は……」
「そう、この駒がなかったらこの作戦は成立しなかった……」
 ユミ女流七段が二回戦で戦ったフミヤ序二段の駒だった。それを受け取ってから、ずっと胸ポケットの中に隠しもっていたのだ。
「あの死闘の結果、フミヤ序二段は命を落とした。でも彼の意思はこの駒の中に生きている!」
 アキヒロ六段はがっくりと肩を落とした。ぎゅっと噛みしめたためだろう、唇から血が滴りおちて座布団を紅く染めた。
「参りました……」絞りだすようにいって、アキヒロ六段は玉将の駒をユミ女流七段に差しだした。
 解説者は言葉を失ったままだった。実況のアナウンサーが放心したように、それでもはっきりとした口調で「投了です、手数は約四百八十手、決まり手は2九角による『曲がり弓矢』でした!」といった。スタジアムは大歓声に包まれた。

二週間に及ぶ激しい闘いが、ようやく終わった瞬間だった。


2018年6月10日日曜日

日本人は殺さなさすぎ


この国で生活してみていちばん驚いたのは、電車が時間通りに来ないことだ。
日本の電車は正確だって聞いていたから余計に驚いた。どこが正確なんだよ、しょっちゅう遅れるじゃないかって思った。
しばらくしてから知ったんだが、ジンシンジコっていうんだってな。要するに、人が電車に轢かれてるわけだ。

おいおい、日本ってのはずいぶん物騒な国だな。おれの国だってマフィアが裏切り者を殺した後に線路に置いて処分したりはしてたが、こんなに頻繁にはなかったぜ。
ところがどうやらそうじゃないらしい。ほとんどが自殺だっていうからもう一度びっくりだ。

おれの生まれ育った国じゃあ自殺は大罪だ。宗教とかそういうんじゃない。あたりまえのこととして誰もが持っている考えだ。殴られたらやりかえすとか、きょうだいでファックしちゃいけないとか、そういうレベルでの常識だ。誰も教えちゃいけないが誰でも知っている。

それでもたまに自殺をするやつはいる。家族は隠すが、あの家で自殺者が出たなんて知れわたったら、そりゃもうひどいもんだぜ。
家に石を投げられたり、火をつけられたり、とても同じ家には住めない。自殺みたいな悪いことをしたやつの家族だからな、ひどい目に遭うのもしょうがないけど、それにしたってかわいそうなもんだぜ。

おれの国じゃあ殺人より自殺のほうが悪だ。
だって殺人はしょうがない場合もあるだろ。このままじゃ自分が死んじまうとか、家族が危ない目に遭うとか。日本でも正当防衛ってのがあるんだろ。
殺人は「まあそんな状況に置かれたらしょうがねえよな。殺したくなる気持ちもわかるぜ」ってこともあるけどよ、自殺はねえだろ。「生きてたほうがいいに決まってる」としか思えねえよ。

だから日本人が働きすぎて自殺するなんて話を聞いたとき、こういっちゃなんだが、日本人ってのは頭いいようでばかなんだなって思ったぜ。
おれの国には働きすぎて自殺するようなやつはひとりもいない。死ぬほど働かされるぐらいなら、雇い主をぶっ殺す。そしたら問題は解決だ。そっちのほうが罪も軽いし、自分も死ななくて済むしな。
じっさい、そういう殺しもときどきあるぜ。金儲けに目がくらんだ資本家が、労働者にぶっ殺されることが。外国の会社の社長がほとんどだ。もちろん罪には問われるが、世間は労働者の味方よ。殺すほど働かせた資本家のほうが悪いに決まってる。
そうそう、日本人は「死ぬほど」っていうだろ。あれも違うな。おれたちの国じゃあ「殺すほど」っていうんだ。

だから日本人がいう「ブラック企業」なんてのも、おれの国にはほとんどない。
だって働かせすぎたら殺されるんだからな。いやでも労働環境は改善するってわけさ。どの社長も夕方になったら「おい、早く帰れよ」って言ってまわる。優しいんじゃない、殺されないためだ。

でかい会社の社長は殺されないためにボディーガードを雇うこともあるが、ボディーガードだって労働者だからな。へたすりゃそいつに殺されることもある。結局、恨みを買わないようにするのがいちばんってことだ。

おれに言わせりゃ、日本人は殺さなさすぎだ。
やみくもに殺せとは言わねえよ、でも自殺するぐらいなら殺せばいい。へたに恨みを買ったら殺されるかもしれないと思うようになれば、きっとパワハラもセクハラもいじめも劇的に減るぜ。


2018年4月26日木曜日

回転寿司屋でお見合い


どうも、はじめまして……じゃないですね。すみません、ふたりっきりになったので緊張してしまって。
はい、じゃあ改めてよろしくお願いします。

何飲みますか? 熱いお茶でいいですかね。
あっ、すみません、やってもらっちゃって。
じゃあぼくムラサキ入れますね。醤油のこと、ムラサキって言うんですよ、寿司業界では。通でしょ。

キョウコさん、趣味は何ですか?
すみません、ありきたりな質問しちゃって。
あっ、どんどん取っちゃってくださいね。一回見逃したらなかなか戻ってきませんから。
いやいや、いいですってば。早く取って。
へえ、はじめに軍艦巻きからいくタイプなんですね。ちょっと意外ですね。タマゴとかアナゴから入るタイプかと思ってました。あっ、やらしい意味じゃないですよ。ははっ。

ぼくですか? ぼくは休みの日はだいたい……。
あっ、あぶりチーズサーモン来た! 取って取って!
すみません、ぼくあぶりチーズサーモン大好きなんです。通でしょ。
キョウコさんもですか? じゃあもう一皿とりましょっか。

何の話でしたっけ。まあいっか。お仕事は何されてるんでしたっけ。
あっ、ちょっと待ってくださいね……。大トロとかいっちゃっていいですか。あーどうしよっかなー、いやでもなー、あー行っちゃった。まいっか、もう一周したときにまだあれば取ろうっと。

ぼくの仕事ですか?
昼間はふつうにシステムエンジニアやってます。夜は……。あっ、エンガワだ。ぼくエンガワ大好きなんです。いっぺんに三皿とってもいいですかね。

え? もう帰るんですか? まだぜんぜん食べてないんじゃないですか?
そうですか、じゃあぼくはもうちょっと食べてから行きます。それじゃ。


……わりとタイプだったな。結婚相談所で紹介された中では今まででいちばん手応えあったな……。

どうしよっかな、また回転寿司デートしましょうって連絡取ろうかな……。
まいっか、紹介がもう一周したときにまだいれば取ろうっと。

2018年4月19日木曜日

君がこの手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にはいないでしょう


孝之へ

君がこの手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にはいないでしょう。


でももし私がまだ存命中にこの手紙を見てしまった場合、速やかにこの手紙を元のトイレットペーパーのストックを置いとく場所にしまってください。そしてしばらく忘れてください。私が死んだらまた思いだしてください。


もし私が危篤状態にあるときにこの手紙を発見した場合は、医師の判断を仰いでください。
意識を取り戻す可能性がぜったいにない、とお医者さんが断言したときだけこの手紙の続きを読んでください。
くれぐれも勝手な判断で「もう意識がないから読んでも大丈夫だろう」だなんて思わないでください。素人判断ほど危険なものはありませんから。
専門家の知識を甘く見てはいけません。だいたい君は六年前もちょっと調子の悪くなったHDDレコーダーを分解して、壊してしまったでしょう。あれだって早めに電器屋さんに持っていけば直ったかもしれないのに。君にはそういうことがあるから気を付けてください。


もしこの手紙を読んでいるのが孝之じゃない人の場合、ここで読むのをやめて、この手紙を孝之に渡してください。
「これ、トイレットペーパーのストックを置くところにあったよ。大丈夫、まったく読んでないから」
と言って手渡してください。「自分宛ての手紙をほかの人が先に開封した」と知ったらなんとなく嫌な気持ちになっちゃうでしょう。だからまったく読んでないことにして渡してあげてください。


もしこの手紙を読んでいるのが孝之じゃなくて、かつ私がまだ生きている場合は、この手紙を元の場所に戻してください。私が危篤状態にあるときの手順は先に書いたとおりです。


もしこの手紙を読んでいるのが孝之じゃなくて、かつ孝之のことを知らない人の場合、そして私のこともしらない人の場合、お願いがあります。

お手数ですが居間にあるパソコンを起動してください。パスワードは「password」です。
そのパソコンの「マイコンピュータ > ダウンロード > 仕事用 > 参考資料 > 2015年 > 3月」の中にある「画像」というフォルダを決して開封せずに削除してください。それが済んだら直ちにごみ箱を空にしてください。
理由は聞かないでください。こういうことは知り合いにはかえって頼みにくいので、よろしくお願いいたします。



2018年4月11日水曜日

声優初挑戦


そうですね、声優初挑戦ということで緊張もありましたが、楽しんでできました。
アイドルしかやったことなくてこういうお仕事ははじめてだったので新鮮な気持ちを味わえました。


やっぱり、ゲスト声優をやってくれって言われたときはびっくりしましたし、はじめは不安もありました。
ちゃんとギャラ振り込まれるのかなって。
ほら、映画って斜陽産業だっていうじゃないですか。だからそのへんちゃんとしてるのかはすごく不安でしたね。
でもきちんと金額を提示していただいて、しかもプロの声優よりも高いギャラをもらえるということで、今はやっぱりやって良かったなって思います。本業の声優さんはかわいそうですよねー。ははっ。

気を付けたこと、ですか。
遅刻しないことですかね。あたし、よく寝坊しちゃうんですよね。いや、もちろん大事な仕事のときはしないんですけどね。コンサートとかテレビとかのときは気をつけてます。マネージャーにもぜったい起こせよって言いますし。
でもラジオとかだとよく遅刻しちゃうんですよね。気の緩みですかね。昨日の夜もアラームセットせずに寝たんですけど、今朝は早めに目が覚めました。奇跡ですね。

映画? あっ、はい、好きですよ。大好きです。
『となりのトトロ』とか『なんとかの城ラピュタ』とか観たことあります。映画フリークといっていいでしょうね。映画関係の仕事がいっぱい来たらいいな、と思ってます。
今回吹き替えさせていただいた映画も楽しみですね。早く金曜ロードショーで観たいなと思います。

声優のお仕事ははじめてでしたが、やってみてわかったのは、案外ちょろいなってことでしたね。これをステップにして、もっといい仕事にチャレンジしていきたいと思ってます!


2018年3月29日木曜日

腕がもげても

「三田村。交代だ」

 「監督! 大丈夫です、まだ投げられます!」

「いいや、おまえの腕はもう限界だ。監督命令だ。マウンドを譲れ」

 「お願いします、投げさせてください!」

「おまえが誰よりも努力してきたことは、おれがいちばんよく知っている。だが、おまえの野球人生はここで終わりじゃない。おまえにはプロでも活躍できる素質がある。だから、この試合は諦めろ」

 「そんな! お願いです、たとえ、この腕がもげてもかまいません! この試合、いや、せめて次のバッターだけは投げさせてください!」

「おまえは腕がもげる恐ろしさを知らないからそんなことが言えるんだ」

 「えっ……」

「おまえはまだ若いから知らないだろうが、おれはこれまで、腕がもげた投手を十人以上見てきた。全員、腕がもげるまで投げたことを後悔していた。だから言う。これ以上投げるのはやめとけ」

 「えっ、腕ってもげるんですか……?」

「あたりまえだろ。おまえもさっき言ったじゃないか」

 「いやおれが言ったのはたとえ話っていうか、それぐらいの覚悟がありますっていう誇張表現であって……」

「人間の腕というのは非常にもげやすいようにできている。年寄りだったら咳をしただけでももげることもあるぐらいだ。特に野球のピッチャーなんてとんでもない力が腕にかかるんだから、もげないほうがふしぎだろ。文科省の調査では、2016年の野球部活動中の怪我の内訳で、腕もげは骨折、脱臼に次ぐ三番目の多さだ」

 「知らなかった……」

「わかったら、もう投げるな」

 「……いや、それでもおれはマウンドを降りません!
  比喩ではなく本当に腕がもげるとしても、それでもおれは次のバッターとは決着をつけなければならないんです! それができないんなら、こんな腕、ついてたって何の意味もありません!」

「……野球規則第九百六十八条にはこうある。『投球時に投手の腕がもげたときは、ボールデッドとなり、各走者は、アウトにされるおそれなく、一個の塁が与えられる。』と。
 つまり、おまえが腕がもげるぐらいがんばって投げたとしても、結果はただのボーク扱いだ」

 「規定あるんだ……」

2018年3月28日水曜日

本当の怪物は我々人間のほうかもしれませんね


「やっかいな事件だったが、ひとまずオオアリクイたちは退治した。これで一件落着だな」

 「はい。ただ……」

「ただ……?」

 「もしかすると、本当の怪物は我々人間のほうかもしれませんね」

「……」

 「……」

「……というと?」

 「え?」

「いや、『本当の怪物は我々人間のほうかもしれません』ってどういう意味?」

 「え? わかりません? 今の流れで」

「うん、わかんない。えーっと、つまり、事件は解決してないってこと?」

 「いえ、そういうことではないです。アリクイも怖いですけど、人間も怖いですよね、って話です」

「怖いの?」

 「全員ではないですけど。でも怖い人間もいるじゃないですか」

「あー、ヤンキーとか?」

 「いやそういうんじゃなくて、もっとなんかこう……。たとえば快楽のために人を殺すような人間とか」

「うーん。そういう人は怖いけど、でもそれってただの『怖い人間』でしょ。『怪物』ではないじゃん」

 「うーん、人間そのものっていうより、人間の中に潜む悪い心、ですかね。それを『怪物』と表現したというか」

「でも悪い心って誰にでもあるもんじゃない? おれにもあるし、おまえにもあるでしょ」

 「まあありますね」

「誰もが持ってる普遍的なものなら、それを『怪物』と表現するのっておかしくない? 怪物って特異なものを指す言葉でしょ。たとえば超でかいヘネオロス星人が地球にやってきたら『怪物』だけど、そいつだってヘネオロス星にいるときは『怪物』とは呼ばれないでしょ」

 「ヘネオロス星ってどこですか」

「今適当につくった星だけど。でもとにかく、誰もが持ってる心ならそれを『怪物』と呼ぶのはおかしいと思うよ」

 「たしかにそうかもしれませんね……。じゃあこういうのはどうでしょう。たとえば核兵器。あれは恐ろしいものですし、誰もが作れるものじゃないですよね。だからああいう恐ろしい兵器を開発してしまう知能を『怪物』と呼んだ、これでどうでしょう」

「ふうん。でもさあ、おまえさっき『本当の怪物は我々人間のほう』って言ったじゃん。核兵器を開発できるぐらい頭いい人たちと、ぜんぜん勉強してこなかった自分をひっくるめて『我々』って言っちゃうの、ちょっと恥ずかしくない?」

 「……」

「いやべつにいいんだけどさ。世界の舞台で大活躍している日本人を見て『日本人ってすげー!』と思って何かを成し遂げた気になるのはその人の自由だけどさ。でもやっぱり核兵器を開発した人たちにしたら、開発に何の貢献もしていないおまえに『核兵器を開発した我々』とか言われたら、イラッとくるんじゃないかな。いやいいんだよ。何も持たない人間が、何かを成し遂げた人と自分を重ね合わせて自尊心を保ったって。だめじゃないんだよ。だけどちょっとダサいっていうか……」

 「もうやめてください……! すみません。『本当の怪物は我々人間のほうかもしれませんね』って言ったのは、ちょっとかっこつけたかっただけなんです……。深い考えがあったわけじゃないんです……」

「わかってくれたか……。それを言ったら物語が締められると思ったら大間違いだぞ」


2018年3月26日月曜日

創作落語『仕立屋銀次』


えー、昔は電車に乗っていると「スリにご注意ください」なんてアナウンスがよく流れていたんですが、最近ではまず聞かれませんな。
あれ、べつにスリがいなくなったからやないんだそうで。
なんでも、車内アナウンスで「スリにご注意ください」とやると、乗客のみなさん、自分は大丈夫かな? とポケットやら鞄やらに入ってる財布をさわるんですな。で、ああよかったちゃんとある、と安心する。
ところがスリのほうはその様子を見ているんやそうです。他の乗客が財布をさわるのを見て「ははあ、あいつはコートのポケットに財布を入れてるな」と財布のありかを知るんやそうです。
スリにご注意を、というアナウンスがかえってスリ被害を増やす、ということで今では電車で言わなくなったそうです。

それはそうと、たまに寄席にもスリが出ますからな。みなさん、ご注意を。

……ははあ、あそこか。


最近あんまりスリの話は聞きませんな。
振り込め詐欺だのフィッシング詐欺だのといったニュースはよく耳にしますが。まあなんでも文明の利器ってのは便利な反面、悪いことにも使われます。結局使うのは人間ですからな。
最近は犯罪まで顔もあわせずに完結してしまうので、どうも寂しい世の中になったもんです。その点スリは人と人とが直接ふれあうからあたたかみがあってよろしい……なんてことはございませんが。


さてさて、ここにおりますのは仕立屋銀次という男。昔は界隈ではちょっと名の知れた有名スリでしたが、結婚したのを機に今では足を洗って洋服屋で働いております。

テツ「ごめんよ」

銀「はい、いらっしゃい。なんやテツかい」

テツ「銀の兄貴、ちょっと仕事を頼みたいんですけどな」

銀「おっ、めずらしいな。いつも着たきり雀のおまえがスーツ仕立てんのかいな。よっしゃ、まかせろ。ちょうどええ生地が入ったんや」

テツ「ちゃうちゃう、スーツやない。べつの仕事を頼みたいんや。こっちのほうを(人差し指を曲げる)」

銀「あかんあかん、スリはもうやらん」

テツ「一回だけですわ」

銀「一回でもあかんもんはあかん。おれはなあ、結婚するときみっちゃんと約束したんや。もうぜったいスリはやらんって。だから帰れ帰れ」

テツ「そんな冷たいこと言わんといてやあ、兄貴。
   昔の弟分が困っとるんや、話だけでも聞いてんか」

銀「……話だけやで」

テツ「まあ兄貴が心を入れ替えるのもわかりますわ。みっちゃん、めちゃくちゃいい女性ですもんね」

銀「せやろ。おまえも早くええ嫁さん見つけろよ」

テツ「せやからこうしてお願いに来てるんですよ」

銀「なんや、女を紹介してほしいんかいな」

テツ「ちゃうんです、女はもう決まってるんです」

銀「ほんまかいな。よっしゃ、応援したるで。相手は誰や」

テツ「ほら、そこの喫茶店でバイトしてる女子大生のユリちゃん」

銀「ユリちゃん? あの看板娘のかいな。やめときやめとき、あれはあかん」

テツ「さっき応援したるって言うたやないですか」

銀「せやけどユリちゃんやろ。町内一の小町娘と評判やないか」

テツ「そうそう」

銀「しかもかわいいだけやのうて愛嬌もある。誰にでもにこにこと接してくれるし、頭もよくて冗談も言える。めちゃくちゃええ子やないか」

テツ「よう知ってますね。もしかして銀の兄貴もユリちゃんのことを……」

銀「あほか。おれにはみっちゃんがおるんや。
  せやけど、いろんな男がユリちゃんに声かけてるけどことごとく玉砕してるって話やで。連絡先すら教えてくれへんって。うわさでは、テレビに出てる人気の俳優が店に来たときにナンパしたけど、それも軽くあしらったって。そないな女の子が、おまえのことなんか相手にするかい」

テツ「おれもそう思って一度も誘ったことなかったんですけどね。
   ところが、今度おれとユリちゃん、デートすることになったんですわ」

銀「ええーっ。そんなわけあるかい」

テツ「それがほんまなんなんですわ。昨日コーヒー飲みに行ったら、テツさん、私もうすぐ大学卒業するから今日でアルバイト最後なんですって云うんや。そうか、それは寂しくなるなあ、良かったら卒業祝いに飯でもどうやって云ったら、いいですね連れてってくださいと、こない云うんや」

銀「どうせ社交辞令やろ」

テツ「おれもそう思ったんやけど、じゃあ電話番号教えてよって云ってみたらほんまに教えてくれたんですわ!」

銀「はー。女心っちゅうもんはわからんもんやな。さんざんいろんな男が口説いてもあかんかったのに、おまえみたいなしょうもない男が何気なく誘ったらあっさりいけるなんて」

テツ「ほんまにわからんもんですわ。でへへ」

銀「だらしない顔すなや。
  しかしわからんな。デートすることになったんやろ。何が困っとんねん。
  まさか何を着ていったらわからんとか、そんなしょうもない話やないやろな」

テツ「話はこっからですわいな。
   ユリちゃんが電話番号を教えてくれたんですが、こういうときにかぎって携帯電話の電源が切れとる。しゃあないから手近な紙にメモをして、また連絡するわといって店を出た。
   店を出たところでタケオの野郎に会ったんですわ。シュレッダーのタケオですわ」

銀「誰やそいつは」

テツ「ケチで有名な男です。
   おれ、タケオに一万円を借りとったんですわ。こりゃまずいと思って逃げようとしたがばっちり目があってしもうた。
   するとタケオの野郎、貸した金を返してくれとこないむちゃくちゃなことを云うんや」

銀「むちゃくちゃはどっちや。借りた金、返すのがあたりまえやないか」

テツ「まあいつもなら金はないと云って逃げるとこやけども、そのときはたまたま持ち合わせがあった。おまけにユリちゃんの件があってこっちも上機嫌やったからな、ほら一万円じゃと渡してやった。どやっ」

銀「借りた金を返しただけで何をえらそうにしとんねんな、この男は」

テツ「ほんで家に帰って、さあユリちゃんに電話をしようと思って気がついた。
   おれ、ユリちゃんの電話番号を訊いたとき、手元にメモがなかったから財布にあった一万円札に番号をメモしたんですわ」

銀「まさかおまえ……」

テツ「そう、タケオに渡してしまったんですわ」

銀「おまえはほんまにどんくさいやつやな」

テツ「せやから銀の兄貴、タケオの財布からこそっと一万円をスってきてほしいんですわ」

銀「待て待て。そんなことせんでもタケオに会って、事情を説明してさっきの一万円を返してもろたら済む話やないか」

テツ「兄貴はタケオのことを知らんからそんなこと云うんですわ。
   あいつは、一度財布にしまった金は死んでも出しませんのや。
   タケオの財布とシュレッダーは、一度入れたら二度と出ません」

銀「それでシュレッダーのタケオかいな。
  せやけどおまえは電話番号のメモさえわかればええんやから、金を見せてもらうだけでええんやで。渡さんでええから見せてくれ、とこない言うたらどないや」

テツ「それでもあかんねん。じつはタケオ、ユリちゃんにぞっこんなんや」

銀「それはまた話がややこしくなってきたな」

テツ「昨日もなんで店の前でテツオに会ったかというたら、テツオがいっつもユリちゃんに会いにくるからですわ。そやなかったらあんなドケチが喫茶店なんかに来るわけあれへん。あいつ、いっつもいちばん安いコーヒー頼んで、ちょっとでも元をとろうと砂糖とミルクをカップにひたひたになるまで入れて、ほんでちょっと飲んではまたミルクたして、ちょっと飲んではミルクたして、しまいには真っ白になったコーヒー飲んどるんでっせ」

銀「それはもうただのミルクやがな」

テツ「そこまでして通いつめるだけやないで、こないだなんかユリちゃんにチョコレートをプレゼントしとったんや。これは、タケオにしたら清水の舞台から飛び降りるぐらいの一世一代のプレゼントやで」

銀「どんだけケチやねんな」

テツ「なにしろあの男、ティッシュで鼻かむんでも、表でかんで、裏でかんで、二枚ばらばらにして内と外をひっくりかえしてまたかんで、それを天日干しにしてまた表でかんで、裏でかんで……」

銀「相当なしみったれやな」

テツ「そうでっしゃろ。おれに金貸すときでも、一万円貸してくれって云ったら、利息二千円やとこない云うんや。わかったから貸してくれというと、八千円渡してくる。あらかじめ利息の二千円は引いとんのや」

銀「利息二割かいな。なかなかえぐい商売しよるな」

テツ「そんな男が金払ってコーヒー飲みにくんのやから、ユリちゃんに対しては相当な入れ込みようでっせ。せやから一万円札にユリちゃんの電話番号が書いてあるなんて知られたら、どんなじゃまされるかわからん」

銀「それもそやな」

テツ「そこで兄貴にお願いですわ、なんとかタケオから電話番号の書いた一万円札をスってきてほしいんですわ」

銀「うーん、しかしもう盗みはやらんとみっちゃんと約束したしなあ……」

テツ「今回だけ!」

銀「わかった。やったろう」

テツ「ほんまでっか!」

銀「ただし条件がある。おまえの財布を貸せ」

テツ「へっ? どういうことですかい」

銀「タケオの財布をスって、電話番号の書いた一万円札を回収する。
  その後でべつの一万円をタケオの財布に入れて、タケオに返すんや」

テツ「ははあ、なるほど。それやったら盗みやないな」

銀「そう。無断で拝借するだけや。ちゃんと返すからタケオも気づかんやろ」

テツ「さすがは銀の兄貴や。ほな、それでお願いしますわ。
   じゃあさっそくおれの財布を……。あれ、財布がない」

銀「もう預かった」

テツ「いつのまに」

銀「どや、腕は落ちてへんやろ」

というわけで銀の兄貴とテツのふたり、タケオの家の前までやってきます。

銀「しかしよう考えたら、おまえがタケオに金を返したのは昨日やろ。
  もう持ってへんかもしらんで」

テツ「なんでですかい」

銀「タケオがもう使ってもうた、ってこともあるやろ。
  それやったら取り返すのは不可能やで」

テツ「ああ、それやったら大丈夫ですわ。
   タケオが一万円札を使うなんてことありません。
   貸した金の利息と拾った小銭だけで生活しとるといううわさですわ。あいつが札を出すところなんて、誰ひとり見たことありませんで」

銀「そうか。それやったら安心やな」

テツ「あっ、銀の兄貴。タケオが家から出てきましたよ。なんやふらふらっと歩いてるな。あれやったらおれでもスれそうやで。兄貴の手を煩わすまでもなさそうや、おれがちょっと行ってきますわ」

銀「あほか。素人がそんなうまくいくわけ……あーあ、いってしもた。あいつは後先考えんと行動するのが悪いとこや。そんなんやから大事な電話番号を一万円札に書いてしもたりするんやろな。
  おっ、帰ってきた。どやった、スれてかい」

テツ「家のカギ落とした」

銀「あべこべに落としてどないすんねん。ほら、そこにカギ落ちてるで。しっかり持っとかんかい。
  ……待てよ、この手は使えるな。
  よっしゃおまえ、タケオの前に行って立ち話してこい。少ししたらおれがタケオの後ろから通りかかる。おまえは知らん顔しとけよ。ほんでおれがこうやって合図をしたら、おまえはわざとカギをタケオの前に落とすんや」

テツ「へ? カギを落とすんですかい?」

銀「せや。そしたらタケオがそれを拾うやろ。その隙におれが財布をさっと抜く。
  人間っちゅうのはな、何かをとろうとしてるときが一番無防備なんや。せやからおまえのカギに注意を引きつけといて、その間に財布を拝借するという寸法や」

テツ「はー、えらいもんでんなあ。さすがは兄貴。ほなちょっと行ってきますわ」

言うなり早く、タケオの前に走っていきました。

テツ「おう、タケオ、ひさしぶりやな」

タケオ「なんやテツか。昨日も会ったとこで、何がひさしぶりやねんな

テツ「よっしゃ、今やな。
   おっと、カギを落としてもうた」

タケオ「……」

テツ「カギを落としてもうた」

タケオ「そうか」

テツ「はよ拾わんかい」

タケオ「おまえがおまえのカギをおまえの足元に落としたのに、なんでおれが拾わなあかんねんな」

テツ「ええから拾ってくれや。おまえが拾わな話が進まんのや」

タケオ「おまえ、手が空いとるやないか。おまえが拾わんかい」

と、わあわあ言い争いになりました。それを見ていた銀次の兄貴、

銀「なんやあいつ、何をやっとるんや。落とし方がへたすぎるで。
  ……しかしこれはチャンスやな。喧嘩をしてる人間なんか隙だらけや」

と、タケオに近づくと、さあっとポケットから財布を抜いてしまいます。そのまま物陰に隠れると、くだんの一万円札を抜き取って、代わりのお札を入れ、喧嘩を続けているタケオに近づきます。

銀「ちょっとちょっと兄ちゃん」

タケオ「なんやねん。今こっちは取り込み中や。やんのか、おまえ」

銀「そこに財布落ちてたんやけど、これ兄ちゃんのとちがうか」

タケオ「なんやと、おまえ。
    おっ、おお、おれのや……。おおきに、おまえ……」

と、タケオが財布をふところにしまっているうちに、銀の兄貴とテツはその場を離れます。

銀「ほら、預かっといたおまえの財布や。そこから金抜いて、タケオの財布に返しといたで」

テツ「さすが兄貴やな。あっという間やな。これこれ、たしかにおれが渡した一万円札や。電話番号も書いてあるし、福沢諭吉も書いてある」

銀「あたりまえや。諭吉のおらん万札があるかい」

テツ「……あれ。おかしいな」

銀「どないしたんや」

テツ「おれ、財布に一万五千円入れてましたんやで。せやのに三千円しか残ってへん。一万二千円なくなってる」

銀「利息分、二千円多く返しといた」


2018年3月16日金曜日

非協力的殺人事件


さてみなさんに集まっていただいたのは、他でもありません。今回の事件の真犯人がわかったからです。

我々はたいへんな勘違いをしておりました。というのはじつは……ん? なんですか、菊川さん。

警察?
いやいや、その前にわかっちゃったんですよ、犯人が。私の推理によってね。

んー、たしかにそうかもしれません。警察が科学捜査をすればいずれは犯人もわかるでしょう。
でもそれを待たずして犯人がわかっちゃったんですよ。私の推理で。

まあね。たしかに一日二日の違いでしょう。でも少しでも早めに犯人わかったほうがスッキリするじゃないですか。気持ちの問題って言われたらそれまでですけど。

じゃあいいですね。説明しますよ。
あのとき現場に落ちていたロケットえんぴつ、そして被害者が握っていたMDウォークマン。あれらが現場にあったのは偶然ではないのです。私がそれに違和感を持ったのは事件発覚後にみんなでマリオカートをやっていたときのことでした……なんですか、笹山さん。

なぜ私が捜査をするのか、ですか。今さらそれ聞きます? 二日ぐらい前に言ったでしょ、高校生探偵だって。知らない? あ、そうか。あのとき笹山さんだけトイレ行ってたんでしたっけ。
じゃあ他の人にとってはくりかえしになりますけど、説明しましょう。

私、高校生探偵なんですよ。ほら、ちょっと前に世間を賑わせた「平成狸合戦ぽんぽこ殺人事件」ってあったでしょ。『平成狸合戦ぽんぽこ』のストーリーに沿って人が殺されていくっていうやつ。知らない? なんで? 新聞とか見ない人? テレビは見るでしょ、夕方のニュースでもちょっと映ったんだけどな。8チャン。テレビも見ないの? だめだよヤフーニュースばっかりじゃ。情報が偏るよ。

まあいいや、えーっと何の話だったっけ。
そうそう真犯人の話でしたね。
最大の謎は、なぜ楠木さんは三十歳なのに合コンでは二十八歳と言っていたのか、ということでしたね。それもすべて説明が……なんでしょうか、梅沢さん。

は? この中に犯人がいるかもしれないから俺は自分の部屋に帰る?
あのねえ、梅沢さん。そうゆうのは一人目の殺人が起こった後ぐらいにやるやつなんですよ、ふつう。もうそういう段階は終わったんです。
いいですか、状況を理解してください。もう十九人も死んでるんですよ。今さらそんなこと言う人、あなただけですよ。

はいじゃあ続けますよ。私にはついにわかったんです。真犯人はこの五十四人の中にいるということが。

はい? どうしました、竹下さん。
なんで全員を集めて謎解きをするのかって、それぼくの口から言わないといけませんか。そりゃあ警察の到着を待ってもいいんですけど、素人探偵が謎解きをするほうがおもしろいでしょ。

あっ、いや、事件自体をおもしろがってるわけじゃなく、推理の過程がおもしろいでしょってことです。いやいやそんなつもりはないですよ。おもしろ半分じゃないです。めっちゃ祈ってますってば、冥福を。

あーもうぜんぜん話が進まないな。
いきますよ、推理。お願いですから静かに聞いといてください。そこ、携帯電話の電源は切っとけってさっき言っただろ!
あなたのせいでみんなが迷惑するんですよ。ほらそこ、赤ちゃんを連れてくるな! 泣くのわかってるんだから、推理に赤ちゃんを連れてくるなんて非常識でしょ。

今なんて言いました、杉田さん。
はあ? どういうことですか、素人のくせに探偵ぶるなって。
関係ないでしょ、私に彼女がいないのと探偵やることは。彼女がいなかったら探偵やっちゃだめだって言うんですか。
だったら言わせてもらいますけどね、あなた浮気してるでしょ。事件とは関係ないけど。
見たんですよ、松村さんと抱き合ってるとこ。いいんですか、彼女いるのに。そういうの私、許せないんですよ。今回の事件とは関係ありませんけど。
正直言うと、十七人殺した犯人よりもかわいい彼女がいるのに浮気するやつのほうが許せませんよ、私個人的には。なに? 十七人じゃなくて十九人? そんなのどっちでも一緒でしょうが!
もういいや。杉田さんの話は後で聞きます。

じゃあ最初からやりますよ。

さてみなさんに集まっていただいたのは、他でもありません。今回の連続殺人事件の後に、遺体の写真を勝手にインスタにあげた真犯人がわかったからです。

え? 十九人を殺した犯人?

それを探すのは警察の仕事でしょうが!