2017年6月10日土曜日

【読書感想エッセイ】中野潤 『創価学会・公明党の研究』

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中野潤
『創価学会・公明党の研究
自公連立政権の内在論理』

内容(「e-hon」より)
暴走の歯止め役か、付き従う選挙マシンか。深まる創価学会と公明党の一体化に伴い、ますます自民党は選挙において創価学会への依存度を高めていく。はじめて明かされる創価学会と政界の攻防。

まずはじめに立場を明確にしておくと、ぼくは公明党の支持者ではないし、ということはもちろん創価学会員でもない。
創価学会を蛇蝎のごとく嫌っている人も世の中にはいるけど、ぼくは自分が嫌な目に遭わされたこともないので特にマイナスの印象も持っていない。
学会員って個人として付き合う分には社交的で接しやすい人が多いしね。

創価学会が嫌いという人の話を聞くと、
「選挙前になると会員たちが家を訪問してきて公明党議員に投票するようしつこく呼びかける」
ことが最大の原因らしい。
だけどぼく自身は選挙運動をほとんど経験したことがない(自分の親は少し困らされていたけど)。一度だけぼくのもとにも創価学会員である元同級生が来たことがあったけど、そいつは親が会員の2世会員だったのでぜんぜんやる気なくて
「知り合いでこういう人が出馬するから、もし他に投票する先を決めてないなら……」
と申し訳なさそうに言っただけだった。
「噂に聞いていた学会の選挙活動ががついにきた!」と身構えていたぼくにとっては「え、それだけ? もっとしつこくくるんじゃないの?」となんとも拍子抜けする結果だった。



じつは、主要政党の中でぼくが政策にいちばん共感できるのが公明党だ。
やや護憲派で、小さな政府には反対。すぐは無理にせよ将来的には原発をなくしてほしい。だけど共産党や社民党の掲げる政策は現実的ではないと思っている。
そんなぼくの思想に、公明党の政策はおおむねあてはまる。
おまけに与党なのである程度力を行使できる立場にある。

そう考えると公明党を支持するべきなんだろうけれど、でもじっさいには公明党に票を投じたことは一度もない。
その理由はふたつある。

ひとつはやっぱり「宗教団体がバックについているのでなんとなくきなくさい」からで、もうひとつは「公明党自体の動きが信用できないから」だ。


新聞やテレビで政治ニュースを見ていても、公明党の動きは理解しがたい。
特に最近は。

「平和と福祉の党」を標榜しておきながら、集団的自衛権法案には賛成にまわった。
最近でもテロ等準備罪(共謀罪)を成立させようとがんばっている。
傍から見ていると「その法案が成立しちゃったら創価学会も狙われかねないんじゃないの?」と思うんだけど、自民党と一緒に半ば強引に推しすすめている。
(なにしろ創価学会の創設者である牧口常三郎氏は治安維持法で捕まって獄死しているのに!


いや、なにも主義主張に100%従って行動しろといってるわけじゃない。政治というのはクレバーな立ち居振る舞いが求められるものだと思っているから、ときには「小を捨てて大に就く」ことも必要だと思う。
でも、連立与党にしがみつくために集団的自衛権法案に賛成している自称「平和と福祉の党」である公明党に対しては、「それって大を捨てて小に就いてるんじゃないの?」と
いう気がする。

国政では自民党と連立し、大阪では維新の会と選挙協力し、東京では都民ファーストの会と組んでいる公明党を見ていると
「政策もプライドもかなぐり捨てて勝ち馬に乗ってるけど、で、結局何がしたいの?」
と思ってしまう。



そんなわけで公明党に対しては「思想的にはけっこう共感できるのにどうも信用できない」という感情を抱いていた。
そんなときに書店でこの本を見つけたので読んでみた。

公明党のたどってきた道が丁寧に書いてあり、政治について詳しくないぼくでも「なるほど、そういうことだったのか」と腑に落ちることが多かった。
おかげで公明党に対する「よくわからないことからくる不信感」はなくなった。

まとめると、
  • 公明党は今は自民党べったりだけど、かつては自民党から「政教分離の憲法違反政党」と言われて強い批判を浴びていた
  • そのときに母体である創価学会を激しく攻撃された。その呪縛がずっと公明党の行動を縛っている
  • 公明党内部も必ずしも一枚岩ではない(もちろん他の政党に比べればずっと意思統一はできているけど)
  • 名誉会長である池田大作の影響はいまだに強く、公明党の動きは池田大作に左右される
  • ただし池田大作の体調の悪化により影響力は弱まりつつあり、そのことが公明党を変えつつある

なるほどね、公明党にとっては「勝ち馬に乗る」ことこそが最重要の行動原理なんだね。
政権を獲るために考え方のばらばらな人が集まっている自民党にもそういうところがあるけど、公明党に関してはもっと根が深い。
公明党がもっとも恐れているのは、九条が変えられることでも福祉が切り捨てられることでもなく、母体である創価学会が攻撃されること。
それを避けるためならば他の政策はすべて犠牲にしてもかまわない。
ってことだとぼくは解釈した。

ここを理解していないと公明党の行動は読みとけない。
逆にいうと、ここがわかれば公明党の動きはすごくわかりやすい。



2010年の参院選のときの話。

 公明党は、この時点ですでに一〇年間続けてきた自民党との連立の桎梏から簡単には抜け出せなくなっていた。創価学会側は、純粋に選挙で勝つためにどうしたらいいかという観点から自公連立を支持してきたが、党側は心理的にも自民党との連立に引きずられるようになっていたのだ。公明党が立党の原点に戻って存在感を発揮できるようにするのか、それとも目前の選挙を考えて自民党との協力関係を優先させるのか。答えのでないこの問いは、今に至るまで公明党の議員たちに突き付けられている。


創価学会のための選挙出馬だったのが、選挙のための創価学会になりつつある。
そして選挙のための自公連立だったのが、自公連立のための選挙になりつつある。
目的と手段が入れ替わり、向かっている先が誰にもわからない。しかし池田大作不在の今、思い切って舵を切れる人間はいない。
これからもしばらくは自公連立は続くんだろうね。何のために連立しているのか誰にもわからなくなっても。
それだけ公明党が力を持った、ってことなんでしょう。

この本の中には、民主党政権時代、民主党は創価学会とうまく協調することができず、それも政権転落の原因のひとつになったことが書いてある。
一方で自民党が安定政権を築けているのは、学会や公明党とうまくやっているからだと。

もはやキーパーソンとなっている公明党なしには日本の政治は語れない。そして公明党を語る上では創価学会のことは避けては通れない。なのにそのへんのことはタブー視されていて多くは語られない。池上彰がほんの1ミリ切り込んだだけで「池上彰すげえ!」って言われるぐらいだからね。
このへんのことが政治をわかりにくくしている原因でもあるんだろうね。

(少なくとも今の)公明党は政教分離の原則を犯しているわけでもないし、新聞やテレビでも堂々と語ったらいいのにね。
公明党にとっても、「よくわからない宗教団体の手先」と思われているよりは、立ち位置が明確になったほうが支持を広げるうえでプラスになると思うんだけど。



公明党の姿勢って、直感的には「日和見主義でイヤだなあ」と思うけど、でも現実的・功利的なところには感心するし、他の野党も見習ったほうがいい。
主義主張に徹してまったく影響力を発揮できないよりは、妥協できるところは妥協して少しは政策決定に携わらないと、国会議員をやってる意味がないんじゃないの? と思うし。

しかし宗教団体をバックにつけている公明党がいちばん功利的ってのもおもしろい話だよね。もっともビジネスマインドを身につけているように思える。
いちばん強硬な姿勢をとりそうなものなのに、なんとも柔軟でしなやか。
選挙での「得た議席数/立候補者数」が最大なのは公明党なんじゃないかな? 最小のコストで最大の利益を得る術を知っているよね。
創価学会って『現世利益』を唱えているので、政治姿勢にもそれが表れてるのかな。


そんな公明党にも、変化が訪れつつあるみたい。

 公明党は過去、PKO協力法案の採決や自衛隊のイラク派遣などで、創価学会婦人部の強い反対を押し切って自民党と歩調を合わせてきた。それゆえ、政府・自民党内には、「公明党は今回もどうせ最後には賛成するだろう」との楽観論が流れていたのだ。だが、公明党側には過去とは異なる事情があった。それが、池田大作の「不在」だった。
 従来、創価学会では、政治方針等をめぐって婦人部などが反対して組織内の意見が割れた際は、池田の了承という「錦の御旗」を背景に幹部たちが反対する婦人部などを説得して意思統一を図ってきた。ところが池田は事実上、最高指揮官としての能力を失っており、以前のように「(池田)先生も認めているのだから」と言って反対者を黙らせることはできない。しかも、創価学会の幹部たちは、「ポスト池田」の座をめぐって主導権争いを続けていた。
 そのため、そのレースの当事者である事務総長の谷川にも理事長の正木にも、婦人部が反対する政策を強引に進めて、婦人部の反発を招くことは極力避けたいとの心理が働いていた。集団的自衛権の行使容認問題でも、婦人部が「他国の戦争に巻き込まれる」「守るべき憲法九条の範囲を超える」として強く反対している以上、執行部もその意向は無視できず、連立離脱が現実味を帯びる可能性もあったのだ。

  • 会員がほとんど増えていない
  • 新たな会員のほとんどは二世なのでそれほど熱のある活動をしない
  • 政治の世界に打って出る道をつくった池田大作が退場しつつある
といった理由から、今までのように選挙に力を入れなくなる可能性もあるらしい。
公明党が手を引いたら政治の構図は大きく変わるよね。

 衆院に小選挙区比例代表並立制が導入されて二〇年以上が経ち、とりわけ自民党では、党首(総裁)の力が圧倒的に強まって、かつては「党中党」と呼ばれるほど力を振るった派閥は今や見る影もない。自民党内から批判勢力が消えたことについては、マスコミで批判的にとらえられることが多いが、派閥を弱体化させて首相(党首)の力を高め、迅速に意思決定ができるようにして、政策論争は「党対党」で行うという、この制度を導入した当初の目的が、まさに達成されつつあるということでもある。その意味では、公明党という自民党とはまったく別の政党が、安倍色に染まって多様性を失っている自民党に対するブレーキ役を果たしているという現状は、必ずしも悪いことではないだろう。それがある意味で、自民党の暴走を防ぎ、政治を安定させていると言うことができるのかもしれない。

ぼく個人としては「主義主張をねじまげてまで自民党と手を組む公明党」は信用がおけなかったんだけど、この本を読んで公明党のことをずいぶんと見直した。
ニュースだけを見ていてもわからなかったけど、公明党は水面下でずいぶん自民党と闘っていたということがわかる。
公明党がいなければ、政権はもっと強引に法案を通していたことだろう。

だけど、政権の暴走を抑えるストッパーなのか、暴走を助長させる存在なのかというと、今のところは後者の役目のほうが大きいんじゃないかという気がする。
(公明党の選挙協力がなければ自民党はおそらく単独過半数をとれなかったし)


はたして公明党は政治の中心から手を引くのか。
そしてそうなったときに自民党は力を失うのか、それともブレーキがはずれてさらなる暴走へと突き進むのか。

政治ニュースの見方を変えてくれる一冊。
「よくわからないけど公明党は苦手」って人は読んでみると新たな発見があっていいと思うよ。


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