2017年5月4日木曜日

読書感想を書きつづけてたら少しだけ見えてきた景色

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読んだ 本ほぼすべての感想をブログに書くようになって、1年ちょっと。

書いた感想は70冊くらい。

継続的に書いているうちに、自分の中にいろいろと変化があった。

感想を書くのにも慣れてきたし、同時に本の読み方も変わってきた。



どういう 文体で書けばいいかよくわからなかった。

「~だ」「~である」で書いていると、すごく硬派な文章になった。

それで学術的に価値のあることを書けるんだったらいいけど、学術論文みたいな文体のわりに中身は薄っぺらい。

これはすぐにやめた。



誰かに語りかけるように書こうと思って、しばらくは「~です」「~ます」で書いていた。

これは書きやすかった。

すらすら書ける。

ところがしばらくして、あたりさわりのないことしか書けないことに気がついた。

丁寧語はよそいきの言葉だ。本音を語るのには向いていない。



くだけた言葉で書くようにした。

「親しすぎない友人」に語りかけるようなイメージ(親しい友人だとくだけすぎる)。

わざと乱暴な言葉遣いもまじえた。

「知らんがな」

「あほとちゃうか」

ぞんざいな語り口調を出すのにはたまに方言を混ぜるといいことを発見した。ぼくは関西で生まれ育ったので関西弁。

これがちょうどよかった。

筆が進むし、思いきったこともずばずば書ける。

書く前は思いもよらなかったことがぽんぽん湧いてくる。



「見た目を変えると中身もついてくる」という言葉がある。

真実だと思う。

正座して背筋を伸ばしてエロいことを考えるのは難しい。だらしなく寝そべっているときは自然にエロい妄想が浮かんでくるのに。

文章も同じだ。

エロいことを考えるのに適したポーズ


何にも 書くことねえなあ、ということがはじめのうちはあった。

おもしろくないわけじゃないんだけど、書くことが見当たらない。

それでもむりやり書いているうちに、「あまり書くことがないときの書き方」が見つかってきた。

本に書いてあることに、かならずしも真正面からぶつからなくていいということに気づいた。

ほんの1行でも引っかかるところがあれば、それをフックに話を広げていけばいい。


褒めるところのないおっさんに対して

「メガネかけてるんですね。あたしメガネの男性好きなんですよ~」

と言っておけば、おっさんのことは一言も褒めてないのに相手は行為を持たれたような気になる。

あえていうならこんな感じかな。ちがうかな。



読み方も 変わってきた。

読書感想を書くようになって気づいたんだけど、本を読んでいるときって70%くらいしか集中してない。

本の内容を理解しようとしながらもけっこう発想が飛躍している。

よしなしごとが心に浮かんでは消えてゆく。

そういうとりとものないことって読み終わったときには忘れていた。



読書感想を書くようになって、そういう「あれやこれや」を捉えてメモをとるようした。

これまではすぐに消えてなくなっていた思念の燃えかすが、残るようになった。

たいして読者の多くない感想文だけど、書きつづけることで、少なくとも自分ひとりは楽しませることができるようになった。


強制されずに 書く読書感想文は、読書をもっと楽しいものにしてくれるね。




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