2017年8月17日木曜日

パパ友の口説き方


「ママ友」の検索結果 約1300万件

「パパ友」の検索結果 約38万件


ということで どうも世のお父さん同士はあまり友だちにならないらしい。
(しかし「ママ友」も「パパ友」もネガティブな検索結果が並んでるな……)

ぼくには4歳の娘がいるが、パパ友はいない。
学生時代の友人に子どもが生まれたので子どもと一緒に遊びにいく、ということはあるが、子どもを介して友人になった人はいない。

毎朝娘を保育園に送っているので、他の保護者とも顔を合わせる。
保育園に通わせている人は基本的に共働きだから父親が送りにくる家庭もめずらしくない。
必然的によく顔を合わせるお父さんも決まってくる。
ぼくは常々まっとうな人間として生きていきたいと願っているからあいさつをする。「もうすぐ発表会ですね」とか「今日も〇〇ちゃんは元気ですね」といった言葉も交わす。
でもそれ以上の踏み込んだ話をすることはない。


休みの日には たいてい子どもと遊びにいく。しかし「この人(娘のこと)はお父さんとばかり遊んでいいのだろうか」と心配になる。
一人っ子だし、もっと同年代の子と遊ぶ機会をつくってあげたほうがいいんじゃないか。

あるとき、娘と公園に行ったら保育園の同じクラスの子とばったり会った。
子どもたちはおいかけっこをはじめて、そのとき娘はぼくが見たこともないぐらい速く走っていた。
犬を飼ったことのある人は知っていると思うが、犬は散歩のときリードを持つ人の速さにあわせて歩く。老人と散歩するときはゆっくり歩くし、若くて元気な人が散歩をさせると犬は「この人のときは走ってもいい」と思って速く走る。
同い年の子どもと全速力で走って遊ぶ娘を見て、「ああ、4歳の娘もぼくと遊ぶときは、老人と散歩する犬のように遠慮していたのだな」と気づいた。ショックだった(犬から見た老人の扱いをされていたことも含めて)。

もっと同じ年代の子と遊ばせてあげたい。しかし近所にはパパ友がいない。
ちくしょう! 娘よすまない、ぼくが社交的でないばっかりに……!


忸怩たる 思いいを抱えていたぼくだが、少し前にこんなことを書いた。

娘の保育園に行ったときに他の子の父親から「休みの日ってどこに連れていってます?」と訊かれたので、これはチャンスと思い「こないだプール行ったんですけど子どもは喜んでましたよ。今度子ども連れて一緒に行きませんか?」と誘ってみた。

言われたお父さんは「あーいいですねえ」とニコニコしながら言って、あれ? この後どうしたらいいんだ? 具体的な日程を決めたらいいのか? それとも今日は連絡先の交換だけにしておいて後日LINEとかでやりとりしたほうがいいのか? いやでも「いいですねえ」と言っただけで「行きます」って言ったわけじゃないしこれは断りかたがわからなくて困ってるパターンか? とかいろいろ考えているうちになんとなく次の会話がなくなってしまって、うやむやになってしまった。

コミュニケーション能力が低いばかりに千載一遇のチャンスを棒に振ってしまったのだが、あきらめきれなかったぼくは「あのお父さん(Nちゃんのお父さんとする)とプールに行く」という目標を立てた。

そこで、まずは娘に
「Nちゃんとプール行こっか。Nちゃんに、一緒にプール行こうって言ってみたら?」
と吹きこんでみた。

娘とNちゃんの間で「プールに行こう」という約束ができる
 ↓
Nちゃんが家でお父さんに「〇〇ちゃんとプール行きたい!」と言う
 ↓
Nちゃんのお父さんが、今度会ったときにぼくに「娘が行きたがってるんでプール行きましょう」と言う

という展開を期待したものだ。
自分では声をかける勇気がないので子どもたちを経由して、しかも向こうから誘ってもらおうという巧妙かつ意気地なしの作戦だ。好きな女の子から告白されるのを待って自分からは何のアクションも起こさなかった学生時代からまったく成長していない。


その後も 何度かNちゃんのお父さんと会う機会があったのだが、いっこうにプールの話が出ない。
うちの娘のところで止まっているのか、それともNちゃんで止まっているのか。なにしろ4歳児なのであてにならない。大人でも報連相はむずかしい。
もしかしたらNちゃんのお父さんのところまで話は届いているのに「あいつと出かけるのイヤだな」と思われているのかもしれない……。

くよくよ考えていても結論は出ない。
ここは直接的に誘うにかぎる。

ある日、保育園に娘を送った後、少し前をNちゃんのお父さんが歩いているのを見つけた。
小走りでNパパに近づく。すっと横に並び、たまたま出くわしたかのように「あ、おはようございます」と声をかけた。

そして、前から準備していた台詞を、まるで今思いついたかのように言う。
「ああそういえばですね、こないだプールの話したじゃないですか。あれ以来、娘がNちゃんとプールに行きたいって毎日のように言ってるんですよ。どうでしょう、今週末にでも一緒に行きませんか?」
娘が毎日のようにプールに行きたいと言っている、というのはもちろん嘘だ。また娘を利用させてもらった。

で、
「いいですよ。行きましょう」
「じゃあLINE交換してもらっていいですか」
と、事前に脳内シミュレーションしていたやり取りを経て、見事一緒にプールに行く約束をとりつけることに成功した。


学生時代に 好きな女の子を誘ったときぐらい周到に準備したのが功を奏した。
休みの日は家族でゆっくりしたいのに誘ったら迷惑じゃないだろうかとか断られたらその後保育園で顔を合わせたときに気まずいなとか思い悩んでいたが、杞憂に終わった。
プールに行くときも「ダサいと思われたくないから新しい服を着ていこう」と前日から準備をして、何があるかわからないから一応銀行でお金おろし、気持ちは完全に初デート前日の高校生だった。


プールでは娘たちも楽しんでいたし、「また一緒に遊びに行きましょうね!」と言って別れたのだが、その日からまたべつの悩みが生まれた。

次はどう誘ったらいいのだろうか。

前回はこっちから誘ったから、次は向こうが誘ってくるのを待ったほうがいいのだろうか。
いやでも待つだけの姿勢では自然と疎遠になってしまうかもしれない。
かといってすぐにまた誘うのも「しつこい人だな」と思われるんじゃないだろうか。
どれぐらいの間隔を開けるのがベストなんだろう。1ヶ月ぐらいだろうか。
前回は「プール」という夏らしいイベントがあったけど、次は何を誘ったらいいのだろう。公園遊びとかは平凡すぎるだろうか。

パパ友をつくるってこんなにたいへんなプロジェクトだったのか。
そりゃなかなか作れんわ。


2017年8月16日水曜日

官僚は選挙で選ばれてないからこそ信用できる/堀井 憲一郎 『ねじれの国、日本』【読書感想】


堀井 憲一郎 『ねじれの国、日本』


内容(「e-hon」より)
この国は、その成立から、ずっとねじれている。今さら世界に合わせる必要はない。ねじれたままの日本でいい―。建国の謎、天皇のふしぎ、辺境という国土、神道のルーツなど、この国を“日本”たらしめている“根拠”をよくよく調べてみると、そこには内と外を隔てる決定的な“ねじれ”がある。その奇妙で優れたシステムを読み解き、「日本とは何か」を問い直す。私たちのあるべき姿を考える、真っ向勝負の日本論。

建国記念日、天皇制、中国との関係、戦争のとらえかた、神道といった日本人なら誰もが知ってるのに外ではあまり話題にしにくい ”デリケートな話題” を通して日本の抱える「ねじれ」について語った本。
堀井 憲一郎さんに対して「どうでもいいことを大まじめに考える人」というイメージがあったんだけど(悪口じゃないよ)、まじめな話題をまじめに語る本も出してるのか、と意外だった。




太平洋戦争について。

 ただ二度目のとき、つまり明治維新から近代国家と呼ばれる、いかにもわれわれの身にそぐわなそうな衣装を装備したときには、度合いがわからず、かなりの無茶をやった。日本のラインを守ろうとして、でもその守るラインをどこに置けば適当なのかがわからず、やみくもに外側に防衛ラインを置き、だから結果として、少なくとも周辺の国からは、日本は天皇を戴いてそのまま世界へ押し出していった、というスタイルに見えた。もちろん押し出していってるわけだけど、ただわれわれの理屈は、ずっと身内だから、アジアだから、大東亜共栄圏だから、という内向きの方向でしか述べられていない。そんな理屈だけで外地でやったさまざまな非人道的が許されるわけではないが、心持としてはずっと内向きである。そんな気持ちのまま、海外に進出していったから問題が大きくなったわけでもあるのだけれど。要は、日本の中に抱えてる何かを守ろうとして、防衛ラインを大きく構えすぎた、ということである。


日本が戦争に至った経緯をいくつかの本で読んだけど、感じるのは「このままじゃまずい」という焦りなんだよね。その時代に生きていなかったから想像するしかないんだけど、「外国に攻めていって大儲けしてやろう」という雰囲気ではなく、「何もしなければやられる」という逼迫した空気が戦争に駆り立てたんだろうと思う。
アジアの国が次々に欧米の植民地になっていくのを見ていたら「日本だけは大丈夫でしょ」とは到底思えなかっただろう。
やったことはまちがいなく侵略戦争なんだけど、少なくとも国内のマインドとしては防衛のための戦争だったんだろうなあ、と想像する。

次に戦争をするときも同じだろうな。他国からどう見えるかはべつにして、国内の意識としては自衛のための戦争。今でも「日本が何もしなければ××国に蹂躙される」って鼻息荒く主張してる人がいるけど、そういう人は仮に日本が先制攻撃したとしても「やらなければやられていたからこれは自衛戦争だった」と言うのだろう。
まあこれは日本だけじゃなく世界共通の考え方だけど。
子ども同士の喧嘩で、双方ともに「相手が先に叩いてきた」って主張するのと同じだね。





 近代国家システムを作るときに、もっとも大事だったのは何かというと、廃藩置県だ。それぞれの小国がそれぞれ、小国として独立していた全エリアを、強引に”日本”という一つのものにまとめたところ、でしょう。
 だからいまの日本で「地方分権」を唱える政治家を私は、まず信用しない。
 いまのわが国の政体は、地方分権国家だった江戸のシステムでは近代社会では徹底的に搾取される側にまわってしまうので、急ぎ必死で、命がけでそれこそいろんなものを捨てて殺して、実際に戦争までやって、「地方分権を続けてるとおれたちは国丸ごと滅んでしまう」という血塗られた叫びによって作られた国家であり政体なのだ。
(中略)
 地方分権を唱えてる連中は、まず「金と経済の話」しかしていない。金も経済も同じことだから、つまり、金の話しかしていないわけだ。
 おそらく経済がすべてに優先して大事だということなのだろうか。それは一般人の感覚であって、政治家が理念として掲げるようなものではない。


これも同感。
地方分権を主張する政治家の話って、結局、「おれの好きなようにやらせろ」しか言ってないんだよね。
ほんとにいい政策なら全国的にやったほうがいいし。
いや、わかるんだけど。みんなで足並みそろえてやってたら決定が遅くなるし動きづらくなるんだけど。でもそれをなんとか調整するのが政治家の仕事でしょ、って思うんだよね。おれはおれの好きなようにやるよ、ってのはビジネスの世界では通用しても政治でそれやっちゃだめでしょ。みんなが「うちの町内だけで通用する法律作ってやっていくことにしました」っていったらめちゃくちゃになるのは目に見えてる。
だって各自治体が好き勝手やっていいんなら、日本全体の便益を増やすよりも、隣の自治体から奪ってくるほうがはるかに手っ取り早いもん。みんなそうするよ。で、99%の自治体が損をする。ふるさと納税制度の失敗を見たら明らかじゃない。

最近EUは失敗だったとか言われてるけど、個別の国で見たら失敗なのかもしれないけど、トータルで見たらやっぱり成功だと思うんだよね。実際、中国みたいな「これからの国」はほとんどないにもかかわらずEU全体として経済成長してるわけだし。EU圏内の他国に対する防衛費を抑えられるってだけでとんでもないメリットだろうと、防衛費が年々上がっていく国に住んでいる者としてはつくづく思う。





ついこの前、「官僚は選挙によって選ばれたわけではないから官僚主導で物事が決まるのはおかしい。政治家が手綱を握って官僚をコントロールしなければならない」と主張している人(それなりの学者)がいて、その主張を読んでぼくはもやもやしたものを感じていた。
たしかに官僚は選挙に選ばれてるわけじゃないよなあ……。だからといって政治家が手綱を握るってのはどうも納得いかないような……。
で、ちょうどこの本にそのもやもやへのアンサーが書いてあった。

 国際政治方面は、日ごろの日本の思考法ではどうにもならないので、それ専門に通用するプロを鍛え上げて、そちらに任せるしかない。政治家はあまり外交部門にかかわらないほうがいい。政治家というのは、何も国民の中の優秀な人がなるのではなく、そのへんのおっさんのうち、押しが強くて、金を持っていて、調整が好きな人、がなるものなので、頭脳はべつに明晰でなくていいし、知識も豊富でなくてもつとまるのである。だって、そういうシステムを採用しているから。だから、政治家主導、なんて考えなくていいですからね。あれはほんとに、馬鹿って言われたから、おれ馬鹿じゃないもん、と必死で弁解してる馬鹿の姿そのもので、政治家は馬鹿だと言われることくらい我慢しなさい。与太郎だって我慢してるのに。そもそも政治家とは、考える人ではなくて、調整して、賢者の意見を聞いて、どれを採るか決断するのが仕事です。東アジアのボスは古来そういう姿しか認められていない。
 官僚は優秀な人たちを採用しつづけたほうがいい。


ああそうか、官僚は選挙で選ばれてないからこそ信用できるんだ。
選挙で選んだら、声がでかくて自分をよく見せるのがうまいやつだらけになるだろう。そういうやつが実務能力に長けているかどうかは、みなさんご存じのとおりだ。

政治家は優秀な実務家じゃない。
内閣と官僚を対立軸で語ること自体がおかしいんだけど、あえて比較するとして、選挙で選ばれた人気者と、優秀な大学を出て厳しい試験を突破してその道一筋で厳しい環境でやってきたプロフェッショナルである官僚。
どっちが政策運用において信用できますかっていったら、どう考えたって官僚だ。
選挙が人気投票になっても国家がちゃんと運営されるのは官僚が優秀だからだ(あとたぶん政治家の秘書も優秀だと思う)。


ぼくは選挙に行くけど、票を入れる人の実務能力なんてまったく知らない。政策に共感した人に入れるだけだ。みんなそうだろう。





『ねじれの国、日本』。個別の内容については同感できないこともあったけど、目をつぶって意識していないことについて考える機会を与えられるってのはなかなか心地いいね。
ふだん使わない筋肉を使った後のほどよい疲れみたいな感覚を味わった。



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2017年8月15日火曜日

ばか、なぜ寄ってくるんだ!



街中でビラを配っている人がいる。
ぼくはやったことがないが、つらい仕事だろうな、と思う。
夏は暑いし冬は寒いし立ちっぱなしだし、そしてなにより「人々から無視され、拒絶される」ということが心を削りそうだ。


ビラ配りに遭遇すると心が痛む。
少し先で、若い女性がコンタクトレンズのビラを配っているのが見える。
しかしぼくには不要なものだ。ぼくは以前レーシック手術をしたので両眼ともよく見えている。その証拠にほら、あんなに先にあるのにコンタクトレンズのビラだということがわかってるじゃないか。

拒絶するのは気が引ける。
向こうが「どうぞ」と言って差しだしたものを無下に断れば、彼女はきっと傷つくだろう。
人が人生に絶望するのは、大きな壁にぶつかったときだけではない。小さなストレスが積もりに積もり、最終的にほんの些細な出来事を引き金にして、自分自身や他人を傷つける行動にでるのだ。
ぼくの拒絶が、その引き金にならないともかぎらない。

といって「ありがとう。でもぼくは視力がいいからこれはぼくには不要なものだ。せっかくだから他の人に渡してくれるかい?」なんて丁重に説明して断られても薄気味悪いだけだろう。
「ヤベーやつに出会った」と思うこともきっとストレスだろう。

だったらもらっておいて後で捨てればいいじゃないか、と思うかもしれない。
しかし捨てると知りつつもらうことは彼女の前でいいかっこしたいばかりに自分に嘘をつくことになる行為だ。
ぼくがその余計な1枚を受け取ったことで、本来もらえていたはずの「コンタクトレンズ屋を探していた人」がビラをもらえなくなるかもしれない。


と考えると、「そもそもビラを差しだされないようにする」が最善手だ。
差しだされなければ傷つけれれることもないし、傷つけてしまった自分を苛むこともない。
「私たち、出逢わなければよかったのね。やりなおしましょう」

だからぼくは前方にビラ配りの存在を確認したら、針路を変えることにしている。道の右側にビラ配りがいたら、おもいっきり左に寄る。さらに視線もビラ配りから背ける。「私はビラをもらうつもりがありません」ということを全身で意思表示するのだ。


これでたいていの場合は八方丸く収まるのだが、中にはぼくの全身の訴えが届かないのか、道の反対側にまで駆け寄ってきてビラを差しだす強靭なハートの持ち主がいる。
やめてくれ。
数メートル前からあからさまに避けてるじゃないか。なぜ寄ってくるんだ。

『アドルフに告ぐ』に、ヒトラー・ユーゲントのアドルフ・カウフマンがドイツ在住のユダヤ人であるエリザの家族を逃がそうとするのだが、エリザの家族は財産を取りに家まで戻ってきてユダヤ人狩りに捕まるというシーンがある。まあ読んでない人にはさっぱりわからんと思うが、そのときカウフマンが「ばか、なぜ戻ってきたんだ! もう終わりだ!」と叫ぶ。
ビラ配りがすり寄ってきたときのぼくの心境も同じだ。
「ばか、なぜ寄ってくるんだ!」

そしてぼくは心を鬼にして、冷たい一瞥をくれてビラの受け取りを拒否する。

わざわざ寄ってきたおまえが悪いんだぞ!
そう思えば良心は傷まない。ビラ配りに胸を痛めている人にはおすすめの手法だ。というわけでぜひ、手塚治虫『アドルフに告ぐ』を読んでみてほしい。どんな結論だ。



2017年8月12日土曜日

自分はどうも信用ならん


自分のことが信用ならない。

ぼくは高いところが苦手で、橋の欄干近くを歩くときはすごくドキドキする。
そのとき頭をよぎるのは「急に橋がくずれたらどうしよう」とか「突風で飛ばされたらどうしよう」ではなく「急に飛び降りたくなったらどうしよう」という心配だ。
「よっしゃ飛び降りたれ!」という衝動に駆られたらと思うと、自分を制御できる自信がない。


駅のホームに立っていて、電車が近づいてくると「線路に飛び込んじゃだめだ。飛び込んじゃだめだ」と自分に言い聞かせる。
自殺なんて考えたことないのに。

貴志 祐介の『天使の囀り』という小説に、「スリルを味わいたくなる病気」なるものが出てくるが、その気持ちがちょっとわかる。

車を運転しているときにも「ここでおもいっきりアクセルを踏んだらとんでもないことになるな。でもだめだぞ」と思いながら運転している。
そんな人間が運転していると思うと、他の車や歩行者も怖くてしかたがないだろう。だからなるべくハンドルを握らないようにしている。



ぼくは今までにタバコを1本たりとも吸ったことがない。
二十歳くらいのときに友人から「吸ってみるか?」と勧められたことはあるが、好奇心よりも「1本吸ったらもう死ぬまでやめられなくなるんじゃないか」という恐怖心のほうが勝って、吸わなかった。タバコの煙に囲まれて死んでゆく未来の自分が見えた。
タバコやパチンコや覚醒剤を始める人間は「こんなものいつでも辞められる」と思って徐々にハマってしまうのだと聞く。よくそんなに自分のことを信用できるものだ、と感心する。ぼくは今までに何百回も自分に裏切られている(明日からはジョギングしよう、と思ったのにやらないとか)から、自分のことなどまったく信用していない。
自分のことを信用していないから、他人のことなんかもっと信用していない。


「信用」「信頼」という言葉はポジティブな意味で使われることが多いが、はたしていいことなんだろうか。

ぼくは自分を信用していないから危うきに近寄らないようにしているし、身体や社会に害のあるものに「1回だけ」と手を出すこともない。
また他人のことも信用していないから、人がミスをしたり悪さをしても腹も立たない。

困難なチャレンジをする際(たとえばダイエット)、自分を信じてポジティブにとらえる人(「きっと成功して半年後には痩せてるわ!」)よりも自分を信じていない人(「どうせ挫折して甘いものを食べてしまうよ……」)のほうが結果的に成功しやすいと聞いたこともある。

信用や信頼は捨ててしまったほうが世の中うまく回るんじゃないだろうか。


2017年8月11日金曜日

ぼくの好きなトーナメント表


トーナメント表が好きだ。

高校生のときから、高校野球のシーズンになると模造紙にトーナメント表を書いて部屋の壁に貼っていた。ちゃんと長さを計算して、寸分の狂いもないようにトーナメント表を書いていた。
それを眺めてはにやにやして、大会中はもちろん毎日勝敗や点数を書きこんで、大会後も次の大会が始まるまではずっと壁に貼ったままにしていた。

「勝ち上がってきた勝者同士が頂上でぶつかる」のが視覚的にわかるのがいい。
「勝者の後ろには多くの散っていった者が存在する」ことを感じられるのもいい。
負けたら終わりなので緊張感があること、一発勝負なので番狂わせが起こりやすいこと、消化試合がないこと。トーナメント戦には魅力がたっぷり詰まっている。

まだ1回戦がはじまってない状態でトーナメントを眺めて「あそことあそこが勝ったら準々決勝でぶつかるな……」とかいろいろ空想するのも楽しい。
大会が進むにつれて妄想する余地が減っていくので、「あっ、ちょっと待って。まだ始まらないでよ!」と思うこともある。
大会が終わってからもトーナメント表を見ると「3回戦の横浜ー星稜戦もいい試合だったな」と細かく思いだせる。

ぼくは高校野球が好きだが、もしトーナメント形式ではなく「総当たりで勝率1位のチームが優勝」というシステムだったとしたら、きっと今ほど好きじゃなかったと思う。
トーナメントだから好きなのだ。

プロ野球でも12球団によるトーナメント戦をやったらものすごく盛り上がると思うのにな。なんならサッカーの天皇杯みたいに学生チームや社会人チームも入れたトーナメント戦をやってほしい。


ぼくの好きなトーナメント表は、いびつな形をしたやつだ。
16とか32とか64より半端な数のほうがいい。シードが生まれるからだ。
運の入る余地があったほうがおもしろい。
高校野球でいうと、春の選抜は32校が出場し、夏の選手権大会は49校が出場する(記念大会除く)。春はシードがないので、ぼくは夏のほうが好きだ。

『幽遊白書』の暗黒武術会トーナメントもすごくいびつでよかった。あのトーナメント表を見たときは、当時の読者はみんなゾクゾクしたはずだ。


でも、プロスポーツでは意外とトーナメントをやらない。
ときどきやる(サッカー天皇杯とか大相撲トーナメントとか)ことはあっても、興行のメインではない。大相撲トーナメントなんかテレビ中継すらしないし。
野球のクライマックスシリーズではトーナメント表はあるが、あれは「負けたら終わり」ではないのでぼくはトーナメント戦として認めていない。
ゴルフのツアーのことを「トーナメント」と呼ぶが、これももちろんいわゆるトーナメント戦ではない。
ほとんどのスポーツはリーグ戦がメインで、トーナメントが興行のメインとなっているプロスポーツは、ぼくが知っているかぎりテニスぐらいのものだ。あとスポーツじゃないけど将棋。

トーナメント戦は試合数が必要最小限(出場チーム数-1)になってしまうので、プロスポーツとしては収入面で割にあわないのだろうな。負けたチームはひまを持てあますし。

プロスポーツは難しいかもしれないが、会社の採用試験とか、お見合いパーティーとか、市長選挙とか、もっといろんなところでトーナメント形式をとりいれてもらいたい。



2017年8月10日木曜日

かさじぞうの失礼すぎる恩返し



『かさじぞう』という昔話がある。
たいていの人は知っていると思うが一応あらすじを書いておくと、

年の瀬におじいさんが笠を売りに出かけるが、笠はひとつも売れなかった。
帰る途中、おじいさんは地蔵を見かけ、雪が積もってはかわいそうだと思い売れ残りの笠を地蔵にかぶせてあげる。足りない分は自分の笠をかぶせる。
その夜、地蔵が恩返しのために餅や米俵や財宝を持ってきてくれた。

という話だ。


この話、どうも納得できない。

構造としてはいたってシンプルだ。「人(地蔵だけど)に親切にしてあげるといいことがありますよ」という話だ。それはわかる。
しかし、おじいさんが地蔵に対して親切にして、その直後に当の地蔵から恩返しをされる、という点が納得できない。




 どうやって恩返しをしたのか?

まず、地蔵はどこから餅や米俵や小判を持ってきたのか? という疑問が浮かぶ。
石づくりの地蔵が餅や米を常備しているとは思えないから、おじいさんに渡すためにどこかから調達したのだろう。山菜やキノコだったら「地蔵が山に行って取ってきた」ということも考えられるが、餅や米俵は自然界にはないから、地蔵が持ってくる以前は誰かのものであったはずだ。

「悪いやつ」がいれば、そいつから餅や米俵を奪って持ってくるという『義賊システム』を採用することも考えられる。
だが『かさじぞう』に悪人は出てこない。仮に物語には出てこない悪党がいたとしても、善行を体現する存在である地蔵が餅や米俵や小判を奪うというのは話として無理がある。




 地蔵には神通力があったのか?

「いやいや、どうやって入手したのか考えるなんて野暮だよ。地蔵は仏様の使いだからね。神通力があるんだよ。その神通力で餅や米や財宝を生みだしたんだ」
と言う人もいるだろう。
では地蔵に神通力があったとしよう。好きなものを出現させられる幽波紋(スタンド)だ。

だったらなぜはじめから笠を出さなかったのか?
雪に凍えてつらかったのなら笠を出せばいい。八十八の手間をかけてつくると言われているお米を出現させるよりも、ばあさんが内職で作れる笠のほうがかんたんだろう。
いや、神通力があるのだから笠といわずにダウンコートとかヒートテックとか屋根とか石油ストーブとかを出現させればいい。
なぜやらなかったのか? 答えはひとつ、「必要なかったから」だ。
あたりまえだ。神通力を備えている地蔵、しかも石づくり。吹雪なんか屁でもない。
つまり、おじいさんがした笠をかぶせるという行為はまったくのおせっかいだったのだ。




気持ちの問題か?

「いやいや、おせっかいというのはドライすぎるでしょ。地蔵は、おじいさんの気持ちこそがうれしかったんだよ。だから恩返しをしたんだ」
という意見もあろう。
なるほど、実益を伴わなくても行動してくれたことがうれしいということはある。ぼくも、4歳の娘が「はい、お父ちゃんにあげる」と言ってダンゴムシを差し出してきたときは、行為は迷惑千万だったが好意はうれしく感じたものだ。

だが、売れ残りの笠をかぶせてくれたこと(しかもおせっかい)に対するお返しが「餅と米俵と小判」というのはどう考えてもやりすぎだ。逆に失礼じゃないか?

考えてみてほしい。食べきれないほどのイチゴをもらったので、お隣さんにおすそ分けをする。その直後にお隣さんが「イチゴのお礼です」と言って百万円を持ってきたら、あなたは受け取るだろうか? もしくは地蔵のように夜中にこっそりやってきて郵便受けに百万円を入れていたら?
まず受け取らないだろう。気持ち悪いから。
どう考えても不釣り合いすぎる。ばかにされているように感じるかもしれない。




お返しの作法

人から親切にしてもらったらお返しをするのは礼儀だが、お返しにはいくつかのお作法がある。

 1. 別の形でお返しする
 2. 時間をおいてお返しする
 3. 少なくお返しする

これがお作法だ。

『1. 別の形でお返しする』についてはわかりやすいと思う。イチゴをもらったら、お返しにイチゴを持っていってはいけない。イチゴに対してイチゴでお返ししたら、「あなたがくれたイチゴはいりませんでした」という意味だと受け取られかねない。
ピーマンをもらったからパプリカでお返し、というのもよろしくない。ぜんぜん違うもののほうが望ましい。
また、現金を渡すのもなるべく避けたほうがいい。価値が一目瞭然だからだ。
「イチゴをもらった翌月、掃除のついでにお隣さんの家の前も掃いてあげる」だと、どっちがプラスなのかがわからない。この「損得をあいまいにする」ことこそが友好関係を築くコツだ。


『2. 時間をおいてお返しする』については、少しわかりづらい。
お返しをするなら早いほうがいいと思うかもしれないが、好意を受けてその場でお返しをしたら、それは「取引」になってしまう。ただの物々交換だ。
必要なのは、時間をおいて「好意をお預かりする」ことだ。
親しい人の間では貸し借りがあるのがふつうだ。引っ越しを手伝ってあげたり、車で家まで送ってもらったり、どちらかが「借り」をつくっている。
「誕生日プレゼントを贈る」というのも貸し借りを作る行為だ。そのためにやるといってもいい。なぜなら貸し借りのある関係こそが有効的な関係だからだ。

人間関係における貸し借りは清算してはならない。今までにしてあげたこととしてもらったことを数えあげて収支を合わせようとするのは、金輪際おまえとは付きあわないぞ、という意味になってしまう。
「恋人と別れたときに彼から借りていたものを全部宅配便で送りかえしてやった」というような話を聞いたことがあるだろう。あれはまさに「貸し借りを清算してあなたとの関係を絶つ」という明確な意思表示だ。


『3. 少なくお返しする』のも同じ理由からだ。相手が好意を向けてくれた場合、借りをつくらなければならない。
結婚式のご祝儀に対しては引き出物を贈るし、葬儀の香典には香典返しをするが、もらった額より少なく返すのが礼儀だ。同じ額、または上回る額でお返しするのはたいへん失礼だ。


と考えると、"その日のうちに" "もらった分よりはるかに多く" 返した地蔵の行動が、いかに礼を失したことだったかわかるだろう。




 地蔵はどうすべきだったのか

先ほどお返しのお作法を3つ紹介したが、実はもうひとつお作法がある。

 4. 直接お返ししない

というものだ。
特に目上の人から親切にしてもらった場合、本人にお返しをすること自体が失礼になることもある。

新入社員が上司にごちそうしてもらったときは、その上司に対してお礼の品を贈る必要はない。上司もそんなことは望んでいない。新入社員が上司になったときに部下にごちそうしてやればいい。

「他者に返す」というのもお返しの作法のひとつだ。

他者に返すのは、目上の人から親切にしてもらったときだけではない。「困ったときはお互い様」という精神もある。
自然災害に遭って義援金をもらったら、義援金をくれた人ではなく、別の災害の被害者に対して寄付をすればいい。


だから吹雪の中でおじいさんから笠をもらった地蔵は、その恩をべつの困った人に対して向けるべきだったのだ。
地蔵が誰かを助け、助けられた人がべつの人に親切にし、善意の連鎖がまわりまわっておじいさんのところに戻ってくる。
こういうお話にしておけば、「他人におこなった親切はいつか戻ってくる」と同時に「善意に対して直接的な見返りを期待してはいけない」という教訓も得られるわけだし。




2017年8月9日水曜日

クソおもしろいクソエッセイ/伊沢 正名『くう・ねる・のぐそ』【読書感想】

伊沢 正名 『くう・ねる・のぐそ』

内容(「e-hon」より)
他の多くの命をいただいている私たちが、自然に返せるものはウンコしかない。著者は、野糞をし続けて40年。日本全国津々浦々、果ては南米、ニュージーランドまで、命の危険も顧みず、自らのウンコを1万2000回以上、大地に埋め込んできた。迫り来る抱腹絶倒の試練。世界でもっとも本気にウンコとつきあう男のライフヒストリーを通して、ポスト・エコロジー時代への強烈な問題提起となる記念碑的奇書。

40年間にわたってできるかぎり屋外でのウンコにチャレンジしつづけ、12,000回以上の野糞をしてきたによる伊沢正名さんによる半生記。
4793日連続でトイレで用を足さなかったという大記録を持ち、野糞のしやすさで仕事も済むところも決めるという、この世界で(どんな世界だ)右に出る者はいないという野糞界のレジェンド。

いや、これめちゃくちゃおもしろい本だね。
伊沢さんの本業は菌類などの写真を専門にするカメラマンなのでキノコや菌の話もあるが、ほとんどずっとウンコについて書いている。写真も豊富。なんと自分のウンコ(菌によって分解された後)の写真まで公開されている。ぼくは電子書籍で読んだのだが、文庫版では問題の写真は「袋とじ」になっていたらしい。細かいところまでよく作りこまれている。


伊沢さんが野糞をはじめたきっかけは、屎尿処理場建設反対の住民運動を知ったことだったという。
屎尿処理場の恩恵にあずかりながら、自分の生活圏の近くには設置してほしくないという住民のエゴに疑問を持ち、そもそも排泄物を処理するのにエネルギーを使い有機物(ウンコ)を生態系サイクルの外に出してしまうことは、自然環境にとってマイナスでしかないのではないだろうか、という疑問を持ち、ウンコを「自然にお返しする」ために野糞を始めたのだという。

さらに、紙も使わず葉っぱで拭いて仕上げに手に水をつけて拭くという「インド式」を導入している。立派な美学を持っているのだ。

 しかし、私が心底衝撃を受けたのはそのことではない。それは、ちり紙がこれほど分解されないという事実を目の当たりにしたことだった。ちり紙は木材が原料のパルプでできているのだから、土に埋めれば適度な湿気があり、菌類などの働きで短期間のうちに分解され、土に還ると思っていた。ところが実際には、分解の進む暑い夏を越え、すでにウンコも葉っぱも姿を消しているにもかかわらず、紙だけはほとんどピカピカの状態で出てきたのだ。快適な使い心地を追求してさまざまに加工されたちり紙は、もはや単なる植物繊維ではなかった。大木をも分解する強力な菌類すら寄せつけないちり紙とは、一体どのような物質を含んでいるのだろう。自然の循環に自らを組み込む目的ではじめた野糞によって、いくら使用量を減らしたとはいえ、こんな代物をあちこちの林に埋め続けていたとは!
 野糞率アップなどといい気になっていたが、結果的に私の野糞は、ただのゴミのばら撒きだったのではあるまいか。そう思うと強い自責の念に苛まれた。

この文章を読めばわかるように、なんとも真面目な人なのだ。真面目すぎるから、ぼくたちが看過している矛盾が許せないのだ。

伊沢さんの真面目さは、その記録や記憶にも現れている。
この本には伊沢さんが年別に何回野糞をして、野糞率(年間に野糞をした回数/全排便回数)も付記したデータが掲載されているが(こんなに役に立たないデータがかつてあっただろうか!)、それも彼が40年間排便のたびに手帳に記録をとりつづけていたからだ。


そして彼は、野糞のことをよく覚えてる。

 ところで、海岸での取材時には、野糞も当然海岸ですることになる。とはいえ波打ち際に近い砂浜では、あまりに見晴らしがよすぎて心もとない。排便という無防備な行為は、たとえ羞恥心のない野生動物でさえ、安心感のあるものでするものだ。私はすこし奥へ進み、腰くらいまで草が茂り、小さな松がまばらに生えたところでウンコをすることにした。地表は砂に覆われているが、すこし掘ると土が現れ、さらに植物の根っこも出てきた。穏やかな心持ちでウンコをしながら、ふと考えた。
 動物である私は、安心をもとめてここでウンコをしているが、植物の側から考えればどうなのだろう。海岸の痩せた砂地では、ウンコは貴重な栄養源だ。植物は身を隠す場を提供しつつ、そこで動物にウンコをさせて、必要な栄養を手に入れているのではなかろうか。動物は植物を利用しているつもりが、じつは植物の方でも動物の行動を、まんまと操っていたのかもしれない。共生の糸が張りめぐらされた自然の妙に、とんだところで気づかされた浜野糞だった。


ぼくも毎日のように用を足しているが、こんなふうに「いつ、どこで、どんなふうに、どんなことを考えながら」したかなんてまったく覚えていない。
間に合わずに漏らしたときか、よほど汚いトイレを使ったときしか記憶に残っていない。
だが伊沢さんは何十年も前の野糞を、じつに細かく描写している。状況が毎回変わる野糞をくりかえしていると、一回一回が「記憶に残るウンコ」となるのだろう。トイレで排便している人よりもはるかに充実した排便ライフを送っているわけで、ちょっとうらやましい。


さらに『くう・ねる・のぐそ』では、100回分以上の野糞を後日掘り返して、切断して断面を見たりにおいを嗅いだりして、ウンコの状態や経過日数によってどのように分解が進んでゆくかの記録が書かれている。

いや、これは人類史上はじめての試みだろう。というか40億年前に地球上に生物が誕生してから、100回以上も自分のウンコを掘り返した生物なんて他にいないだろうから、生物史上はじめての偉業だ。
(しかも伊沢さんは季節による変化を調べるため、夏にも冬にもやっている)

そして得られたこの結論。

 私はこれまで、どちらかと言えばウンコを始末してもらうという意識で野糞をしてきた。ヒトは動物として、栄養を他の生きものに依存して生きるしかない。いわば寄生虫的な生物だと卑下していた。だからせめてもの罪滅ぼしに、食べた命の残りであるウンコを、全部自然に返そうと野糞に励んできたのだ。
 ところが、この野糞跡の掘り返し調査では、多くの動植物や菌類が私のウンコに群がり、たいへんな饗宴を繰り広げている現場を目撃した。ウンコは分解してもらうお荷物などではなく、とんでもないご馳走だった。ウンコをきちんと土に還しさえすれば、もうそれだけで生きている責任を果たせそうな気がしてきた。三十数年間背負っていた重荷が、スッと消えてなくなった。

この本を読むと、野糞をしたくなる。というよりトイレで用を足すことに罪悪感を持ってしまう。

「野糞をするうえで気をつけることは?」
「野糞をする人が増えたら分解できなくなるのではないか?」
「都会で野糞をしたら生態系にダメージを与えることにならないか?」
といった疑問にも、百戦錬磨の著者がずばりと回答してくれる。

都市部のマンション住まいのぼくには伊沢さんのようにいきなり「トイレでウンコをしない」というのはハードルが高いが、今度山登りに行ったときにはチャレンジしてみようかな。



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2017年8月8日火曜日

断られやすい誘い方をしろよ

断られやすい誘い方 をしろよ、と思う。

どういうことかというと、たとえばぼくが以前にいた会社では不定期でフットサルやバーベキューを開催していた。
そこで許せなかったのは、主催者の誘い方だ。

「再来月あたりにバーベキューやろうと思ってるんですけど、いつがいいでしょう?」
「土日のどこかでフットサルをやろうと思います。(8ヶぐらい候補日が書かれた紙を見せてきて)参加できる日に〇をつけてください」

という誘い方が多かった。
この誘いを受けるたびに、なんて相手のことを考えられない人なんだろう、と心底腹が立った。

こんな誘い方をされると、断ることがすごくむずかしい。


いい大人なんだから、相手に断りやすい逃げ道を用意してあげてから誘えよ、と思う。
「〇月□日か△日にバーベキューをやるんですけど」とピンポイントで指定すれば、一応手帳を見るふりをして「ああすみません、どっちも予定がありまして……。行きたかったんですけど」とさしさわりのない嘘をついて断ることができる。

あと、用件を言わずに予定が空いているかを訊くやつも、バーベキューに火種を忘れていって生野菜だけ食うことになればいいのにと思うぐらい嫌いだ。
「〇日ひま?」って訊かれても、バーベキューのお誘いなら「その日は予定が」と答えるし、「もう使わなくなった100万円の札束あげるから家まで取りにきてくれない?」だったら「何の予定もないよ!」と即答するから、先に用件を言えよ。



まあ、ぼくは会社の人からどう思われようとわりと平気な人間なので、
「再来月の週末はすべて結婚式に出席する予定があるので参加できません」
「靴は革靴しか持ってないのでフットサルはできません」
と、丸わかりの嘘をついて断っていたんだけど。


2017年8月7日月曜日

本格SF小説は中学生には早すぎる/ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』【読書感想】


ジェイムズ・P・ホーガン (著), 池 央耿(訳)
 『星を継ぐもの』

内容(Amazonより)
月面調査隊が真紅の宇宙服をまとった死体を発見した。すぐさま地球の研究室で綿密な調査が行なわれた結果、驚くべき事実が明らかになった。死体はどの月面基地の所属でもなく、世界のいかなる人間でもない。ほとんど現代人と同じ生物であるにもかかわらず、5万年以上も前に死んでいたのだ。謎は謎を呼び、一つの疑問が解決すると、何倍もの疑問が生まれてくる。やがて木星の衛星ガニメデで地球のものではない宇宙船の残骸が発見されたが……。

多くの読書好き中学生と同じように、ぼくも中学生のときはSF作品を多く読んだ。
星新一は小学生のときから好きだったから、そこから派生して、筒井康隆、小松左京、豊田有恒、かんべむさし、新井素子などあれこれ手を伸ばしていった。

でも、評価の高い筒井康隆の七瀬3部作なんかを読んでもいまいちぴんとこなかった。「筒井康隆もドタバタ短篇はおもしろいんだけど本格SFはあんまり楽しめないな……」
その頃読んだSF作品は数多くあるのだが、20年近くたった今でも記憶に残っているのは、星新一作品をのぞけば、新井素子『グリーン・レクイエム』ぐらいだ。『グリーン・レクイエム』は講談社文庫版 表紙の高野文子のイラストも含めて感動するほど美しい作品だった。借りて読んだのだが、あまりに良かったのですぐに買って本棚の特等席に並べた。
こういう本が絶版にならずに電子書籍で手に入る時代になったのはほんとにいいことだなあ。


話はそれたが、しばらくSFからは遠ざかっていたのだが、少し前にハインラインの『夏への扉』を読んで「SFってやっぱりおもしろいなあ」と思いを新たにした。

で、SF史上名作中の名作中の名作との呼び声高い『星を継ぐもの』(1977年刊行)を手にとった。

月面で人間の遺体が発見された。調べたが、地球上のどの国の人物でもない。遺体の年代を測定すると、彼は5万年前に死んでいたことがわかった。チャーリーと名付けられた遺体は、地球人なのかそれとも宇宙人なのか。彼はどうやって月面に降りたち、そしてなぜ死んだのか――。

という、なんともわくわくする導入。
そして期待を裏切らない展開。謎が謎を呼び、ひとつの謎が解決されるたびに新たな謎が浮上してくる。

「ここまでは、いいですね」ハントは先を続けた。
「その惑星が自転して、一日が自然の時間の単位であるという前提でこの表を眺めた時、これが、惑星が太陽を回る軌道を一周する期間を示しているとすれば、数字一つが一日として、その惑星の一年は千七百日ある計算です」「恐ろしく長いですね」誰かが混ぜ返した。「われわれから見れば、そのとおり。少なくとも、年/日の比率は非常に大きな値になります。これは、軌道が極めて大きな円を描いているか、あるいは自転周期が非常に短いことを意味します。その両方であるかもしれません。そこで、この大きな数のグループを見て下さい……アルファベットの大文字で括ってある分です。全部でそれが四十七。大半が三十六の数字から成っていますが、中の九つのグループは三十七です。第一、第六、第十二、第十八、第二十四、第三十、第三十六、第四十二、それに第四十七のグループです。ちょっと見るとこれはおかしいように思えますが、しかし、地球のカレンダーだってシステムを知らずに見たら変なものでしょう。つまり、どうやらこれはカレンダーとして機能するように調整が加えられているらしい、ということが想像されるのです」
「なるほど……大の月、小の月ですか」
「そういうことです。地球で大小の月に一年をうまくふり当てているのとまったく同じです。惑星の公転周期と衛星のそれとの間には、単純な相関関係が成り立たないためにそのような調整が必要になって来る。そもそも、そこには相関関係などあるはずもないのですから。つまり、わたしが言いたいのは、もしこれがどこかの惑星のカレンダーであるとするならば、三十六の数字のグループと三十七のグループが不規則に混じっていることを説明する理由は、地球のカレンダーの不規則性を説明する理由とまったく同じであるということ、すなわちその惑星には月があった、ということです」

ずっとこんな調子で、物理学、天文学、進化生物学、解剖学、考古学、言語学、化学、数学などありとあらゆる知識を総動員して、ひとつひとつの謎が丁寧に解き明かされてゆく。まるで推理小説のよう。
以前、『眼の誕生』という本を読んだとき、「どうやって生物は眼を持ったのか」という謎に対してさまざまな検証がおこなわれ、それが真実に向かって収束されていく展開に興奮をおぼえた。
『星を継ぐもの』を読んでいる間も、そのときに似た知識欲の昂ぶりを感じた。フィクションだとわかってはいるのに、まるで学術研究書を読んでいるかのような圧倒的なリアリティがあった。
小松左京も「知の巨人」と呼ばれていたけど、本格SF小説を書くには広く深い知識が必要なんだ、とつくづく思わされた。
SF小説の翻訳って難しいと思うけどこれは訳も良くてすんなり読めた。邦訳含めて名作だ。

『星を継ぐもの』は非常におもしろかったんだけど、ぼくが中学生のときにこの本を読んでいたら「おもしろくねえな」と思っていただろうと思う。
『星を継ぐもの』は、「5万年前に何があったのか?」の謎を解き明かす話なので、現在のストーリーだけで見ると退屈だ。科学者たちが集まってああでもないこうでもないと話しているだけだ。この物語のおもしろさは大胆すぎる想像を精緻な論理で形作っていくことにあるので、論理の流れが理解できなければ本の魅力は半分も感じられない。
天文学や進化生物学に関して少なくとも大学の一般教養程度の知識は持っていないと、謎解きについていけないと思う。


ぼくが中学生のときにSF小説をいまいち楽しめなかったのは、ぼくの知識が足りなかったからというものあるんだろうな。
当時はおもしろくないと思っていた作品の中にも、今読み返したら楽しめるものもたくさんあったんだろうな。



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2017年8月4日金曜日

校長先生の特権


ふつうに生活していて、数十人の前で話をすることなんてどれぐらいあるだろうか。
学生時代はそれなりに機会もあったが、ぼくが高校卒業後に数十人の前で話したことといえば、
  • 職場の全社会議で、全社員約300人の前で所信表明を述べたとき。
  • 自分の結婚式で招待客約50名の前であいさつをしたとき。
  • 友人の結婚式2次会の司会をしたとき。
これぐらい。
教師、講師、アナウンサー、遊園地のアトラクションの司会者、ハイジャック犯といった仕事についてないかぎりは、数十人の前でしゃべる機会はないのがふつうだと思う。
せいぜい結婚式のあいさつや喪主のあいさつぐらい。

また、大勢の前で話すときはたいてい、自分の好きなことを話せるわけではない。
講師にしても司会者にしても喪主にしても、だいたいの話す内容は決まっている。多少冗談を挟むことぐらいはあっても(喪主は挟まないだろうが)、自身の主義主張やとりとめのないことを語ることは許されていない。それが許されているのは、講演会を依頼された著名人、政見放送・街頭演説をする政治家、朝礼の校長先生ぐらいのものだ。




ぼくがここにブログを書くと、1記事につき数十人が見てくれているらしい。

人気ブログとは比べ物にならないアクセス数だが、数十人の前で話ができる、しかも制約なしに自分の好きなことを語れると考えれば、これはすごいことだ。

長年教師を務めて試験を受けて校長になるか、数百万円の供託金を支払って選挙に出馬するかしないと手に入れることのできなかった「人前で好きなことを語る権利」が、ずっとかんたんに手に入る世の中になったのだ。

今後は、校長先生をめざす人や泡沫候補として出馬する人は減っていくかもしれないね。



2017年8月3日木曜日

若い人ほど損をする国/NHKスペシャル取材班 『僕は少年ゲリラ兵だった』

NHKスペシャル取材班
『僕は少年ゲリラ兵だった』

内容(「e-hon」より)
沖縄戦に埋もれていた衝撃の史実、日本“一億総特攻”計画の全貌。なぜ、本来守るべき子どもたちを、国は戦争に利用していったのか。そして、戦場で少年たちは何を見たのか。どのように傷つき、斃れたのか。生き残った者たちは、なぜ沈黙し続けなければならなかったのか。そしてその先にあったのは、子どもも含めた「国民総ゲリラ兵化」計画だった―。

戦中日本に護郷隊という組織があったことをご存じだろうか。
沖縄に存在したゲリラ戦部隊で、10代を中心とする兵士が戦場で戦っていた。

太平洋戦争開戦時、日本では満17歳以上でないと召集されないとされていた。青年のもとに赤紙が届いて「まだこんなに若いのに……」と母親が悔やむ、なんてシーンをドラマや映画で観たことのある人も多いだろう。
だが戦況が悪化するにつれ、召集年齢は引き下げられ、1944年12月からは14歳以上であれば志願したものにかぎり召集できるようになった。

志願者にかぎるとはいえ――。

「護郷隊の幹部が村役場を訪れ、役場の人が自分を呼びに来た。召集の紙なんかはなかった。強制的だった。役場で幹部と合流し、国民学校へと向かった。校庭には東村のほか、大宜見村、国頭村、読谷村から集められた少年たちがいた。翌日、岩波隊長が訓示した。『あんたたち、帰ってもいいが、ハガキ一本でこれだ(手刀で首を切るしぐさ))』と言った。今考えたら脅しみたいなものだ」

じっさいはこんな召集の仕方だった。
戦時中、刀を持った軍、狭い村。「おまえも志願するよなあ?」と言われて断ることは不可能だっただろう。

ナチスドイツのヒトラーユーゲントやISIL(イスラム国)の少年兵が有名だが、幾多の戦争で少年は兵士として使われている。
洗脳しやすい、攻撃的である、敵を油断させやすいなど、"コマ"として使いやすい条件がそろっているためだろう。

『僕は少年ゲリラ兵だった』では、田舎の少年たちがゲリラ兵へと変貌してゆく姿が書かれている。
「敵を殺せ、10人殺したら死んでもよい」という短くてインパクトのある言葉を叩き込まれ、過酷な訓練漬けにされ、彼らは兵士となっていく(「10人殺したら死んでもよい」ということは「10人殺すまでは絶対に逃げるな」ってことだよな)。

元少年兵の証言として、
「射撃をすることがおとぎ話の英雄になったみたいだった。大人と対等に戦えるのが痛快だった」
「生まれなかったと思ったらそれでいい」
「(仲間が死んでも)何も思わなくなっていた」
なんてインパクトのある言葉が並ぶ。
しかしこういったことも戦争から70年たったからこそ言えたことで、これでもだいぶ薄まった言葉なんだろうね。



衝撃的だったのはこの文章。

 44年末、沖縄の9の離島に、それぞれ1人か2人ずつ学校教員の辞令を受け、本土から突然やって来て着任した謎めいた男たちがいた。戦時下の沖縄ではほとんど授業が行なわれることはなく、そのかわりに彼らは、子どもたちや住民に軍事教練をしたり、島の警察や行政に巧みに入り込み、米軍が上陸した際の準備などを指導したりしていたというのだ。
 彼らは全員が偽名で、教員としての姿も偽りのものだった。その正体は、「残置諜者(残置工作員)」と呼ばれる陸軍の特殊任務の命を受けた者たち――陸軍中野学校で諜報・謀略、そして特に遊撃戦の特殊訓練を受けていた軍人だったのだ。

まるで映画の導入みたいなシーンだが、こういうことが日本でもおこなわれていたことに驚く。
彼らは教師という信頼されやすい立場を利用して住民の中に入りこみ、いざというときに住民に対して玉砕を指導するつもりだったらしい。

これは沖縄の話だが、本土でも同じような計画がされていたらしい。もし8月15日で終戦していなければ、住民のふりをした軍人たちの巧みな指示のもとで女も老人も子どもも関係のない捨て身の攻撃がなされていたんだろうね。



今の日本は、若い人ほど損をする国だなあとつくづく思う(昔はそうじゃなかったとか外国はそうじゃなかったとは言わないけど。よく知らないから)。

医療費とか年金とか労働環境とか、どう考えても若い人のほうが損をしている。
今の年寄りより現役世代のほうが損をしているし、現役世代よりも学生や子どもが大人になったときのほうがもっと損をするだろう。


たとえば国立大学の学費。
1975年の授業料は、年間36,000円。
その10年後の1985年は7倍の252,000円。
2003年以降は50万円超えとなっている。(文部科学省 国立大学と私立大学の授業料等の推移

一方、物価はというと、2005年の物価を100とすると、1975年の物価は52~56。(総務省 消費者物価指数(CPI)時系列データ

つまり、30年で物価の上昇は2倍未満なのに、大学の学費は約15倍となっているのだ。実質負担は7~8倍になっているわけで、とんでもない値上がり率だ。おお、こわ。どうやら国は若者に学んでほしくないらしい。

また、国民年金保険料を見ると、1975年は1,100円。現在は16,490円。(日本年金機構 国民年金保険料の変遷
こちらも約15倍。
さらに給付される年齢は徐々に引き上げられ、給付額もどんどん減少していく。
40年前の7~8倍もの保険料を支払っているのに、もらえる額はずっと少ない


要するに、若い人からとるお金は増えていき、若い人に使うお金はどんどん減っていっている、というのが今の社会だ。たぶんこの先もずっとそうだろう。
30代のぼくとしては、「ぼくたちってなんてかわいそうな世代なんだ」と思うと同時に、「これから大人になる人たちはなんてかわいそうな世代なんだ」とも思う。

今の年寄りが悪いというつもりはない。
悪いのはこういう社会システムがおかしいと知りながら変えようとしない人たちで、その中にはもちろんぼくも含まれるから、自業自得だ。
まあ自分が国民年金で大損こくのは自業自得だからしょうがないんだけど、でも今の子どもやこれから生まれてくる人に対しては「今後きみたちからたんまり搾取することになってしまうんや。かんにんな」と申し訳なく思う。といってもぼくがそのためにやることといったらせいぜい延命治療を拒否することぐらいなんだけど。


で、今後日本が戦争をする可能性は十分にあるよね。いくら憲法で戦力放棄をうたっていたって、そっちのほうがお得となったら「緊急事態だから」といっていろいろと理屈をつけて戦争をするために憲法を ねじ曲げる 解釈する人はいくらでもいるし。
そうなったときに誰がいちばん被害を受けるかっていったら、まちがいなく若い人たちだ。
なんとかして若い人に損をさせようとする国が、「戦争の最前線に立つ」といういちばん損をする役目を若い人にさせないわけがない。まかせたぜ若人よ。クールで美しい国のために、プレミアムな役割を君たちに与えよう。


堤美果さんの貧困大国アメリカ三部作(『ルポ 貧困大国アメリカ』 『ルポ 貧困大国アメリカ II』 『(株)貧困大国アメリカ』)には、アメリカ軍がどうやって若者を軍にリクルートしているかが丁寧に描かれている。
手法としては、軍に入隊することを約束した者に奨学金を出すことで、貧しい若者に「軍に入隊する」か「低学歴で一生貧困生活を送る」かを選ばせる、というものだ。
競争相手となる移民も多く、自己責任論の強いアメリカでは、一度貧困状態に陥るとそこから脱出することはきわめて困難だ。
だから高額な授業料を出せない家庭の子たちは軍からの誘いを断ることができない。
こうして入隊した若くて学歴もコネもない軍人たちは、当然ながらもっとも危険な最前線へと派兵されることになる。

日本ではそこまで露骨なリクルートは今のところ聞かないが、「教習所に通う金がないから免許を取るために自衛隊に入る」なんて話も聞くから、お金がないために自衛隊に入る人はある程度いるのだろう。
前述したように大学の授業料はどんどん高くなり、一方で給付型奨学金や無利息の奨学金は少なくなっている。親世帯の非正規率は上がっているから、奨学金を返せなくなる若者が増えているという。
ひとたび自衛隊員が不足したなら、リクルーターがこの層を狙わないはずがない。
「憲法九条を改正したら徴兵制が復活しますよ」なんて言って憲法に反対する人がいるが、それは誤りだ。赤紙なんか出さなくても金さえ出せば兵隊は集められるのだから。金を積めば"自主志願"する人はたくさんいる。

15歳で軍に入隊することになる時代は近いのかもしれない。




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2017年8月2日水曜日

五千円札と五円玉の謎




本屋で働いていたとき、業務のひとつに「銀行に行ってお釣りを用意する」というものがあった。

で、ふしぎなんだけど、お金の種類によって「必ず減っていくもの」と「必ず増えていくもの」があった。
いくつかの店舗で勤務したことがあるけど、どこも同じだった。

五千円札はぜったいに減っていく。
20枚くらい用意していても1日でなくなる。
つまり「会計時に五千円札を出す人」よりも「一万円札を出してお釣りとして五千円札をもらう人」のほうがずっと多いのだ。

きっと誰しも経験があるだろう。一万円札を出したら「すみません、細かくなってしまうんですけど……」と千円札9枚を返されたことが。
あの状況がしょっちゅう起こっていた。毎日銀行に行って五千円札を用意していたにもかかわらず。





ふつうに考えれば、硬貨と千円札(と二千円札)だけで支払いができない場合、五千円札があれば五千円札を出す。なければ一万円札を出す。したがって財布内の五千円札の数は0枚または1枚で、2枚以上になることはない。

全員がこの方法で支払っていれば、店舗のレジ内にある五千円札の量は短期的には増減するが、長期的にはほぼ一定のはずだ。
だが、ぼくが働いていた書店では五千円札は減る一方だった。

月末はまだわかる。給料日の直後なので、銀行で一万円札をおろしてそれを使う人が多い。だから五千円札がなくなる。
でも、お釣りとして渡した翌月の給料日前になるとかえってくるかというと、そんなことはない。五千円札はいつでも出ていくほうが多い。
5年ほど働いていたが「前日よりも五千円札が増えた」ということは一度もなかった。

「五千円札があるのに使わない客」がいるのか? なんのために? 五百円玉貯金は聞いたことがあるが五千円札貯金は聞いたことがないぞ? 一万円札の札束はあっても五千円札の札束をつくる人がいるとは思えないぞ?
ふしぎだ。


そこで、こんな仮説を考えた。
客単価が5,000~10,000円ぐらいの店を想定する。ちょっといいレストランとか安めの居酒屋だったら客単価はそれぐらいだろう。
ここでは、「お釣りで五千円をもらう客」<「五千円札を出す客」であると推定される。
たとえば会計が7,000円だった場合、「五千円札と千円札2枚」または「一万円札」を出す人が多いからだ。
ひとつは、「一万円札と千円札2枚」を出して五千円札をお釣りとしてもらうのは、少し計算がややこしいから。
もうひとつは、細かいお釣りがほしいから。飲食店なら割り勘にすることもよくある。この場合、「五千円札1枚をお釣りとしてもらう」よりも「お釣りでもらった千円札3枚+財布内にあった千円札2枚」のほうがありがたい。分けやすいから。

この仮説はまちがってないと思う。
つまり、この店では五千円札が増える一方で、減ることはめったにない。

その分のしわよせが書店にまわる。
書店で5,000円を超える買い物をする客はめったにいない。99%が5,000円未満だ。
客は飲食店で五千円札を使っていることが多いので、財布に五千円札がある可能性は50%よりずっと低い。
そこで、一万円札か千円札で支払いをし、書店のレジからは五千円札がなくなっていく。

うん、これはありそうだ。





もうひとつの謎。

書店のレジにある硬貨は、五千円札ほど顕著ではなかったが、徐々に減っていっていた。
この理由はなんとなくわかる。

自動販売機やバスの運賃など、「硬貨は使えるけど紙幣は使えない/使いにくい」状況というものがある。
こうしたところで硬貨を使う分、店頭では紙幣を使うことが多くなる。
また、世の中には小銭は募金箱に入れたり、自宅で小銭貯金をしたりしている人もいる。結果、店舗で流通する硬貨は少しずつ減っていくことになる。

ここまではいい。
だがふしぎなのは、なぜか「五円玉だけはぜったいに増えた」ということだ。
五千円札が前日より必ず減っていたのとは逆に、五円玉は前日より必ず増えていた。
書店においては、五円玉を出す客のほうがお釣りで五円玉をもらう客より多かったのだ。

これは五円玉だけで、一円玉や五十円玉は少しずつ減っていっていた。

謎だ。
書店の五円玉が少しずつ増えていくということは、どこかに五円玉が少しずつ減っていく店もあると思うのだが、それがどういう店なのかも検討がつかない。

この謎はいまだ解けない。
「こういう理由じゃないか」という推理を思いつく人は、ぜひ教えてほしい。



2017年8月1日火曜日

性格分類

【坊や】

おこりんぼ
わすれんぼ
あまえんぼ
あばれんぼう
あわてんぼ
くいしんぼう
けちんぼ
きかんぼう

【店舗】

うっかり屋
しりたがり屋
さびしがり屋
がんばり屋
のんびり屋
しっかり屋
めんどくさがり屋
めだちたがり屋
はずかしがり屋
てれ屋
わからず屋

【動物】

泣き虫
弱虫
一匹狼
天邪鬼
なまけもの

2017年7月31日月曜日

くだらないでこそ喧嘩する


ぼくは妻がいて、ということは何年か前に結婚して、結婚前に8年交際して、で、その8年交際した妻という女性こそが、じつは今ではぼくと一緒に暮らしている女性なんです。
(「その女性が、今ではぼくの妻です」というオチの話をしたかった絶望的に話が下手な人)



ということで妻とは結婚前に8年付き合ったんだけど、その間、喧嘩らしい喧嘩を一度もしなかったのね。
どっちかが立腹することはあっても、その場で「あなたのこういうところが気に入らないから直してほしい」と伝えて、相手が謝罪するなり改善案を示すなりして、引きずらないように解決してきた。
だから「これこそが大人の付き合いってもんだよ。感情をぶつけあうなんてガキのやるもんだ。ぼくらは理性的な人間だから喧嘩とは無縁だ」って思ってた。

結婚式の準備をするまでは。


誰かが「結婚式はぜったいに揉める。そこで相手の人間性がわかる。それを見て、結婚を思いとどまるかどうか決める最後のチャンスだ。だからお金が許すかぎり結婚式はやったほうがいい」っていってたけど、いやあ真理だね。誰の言葉だったかは忘れたけど、言葉の内容はちゃんと覚えている。身に染みて痛感したから。


結婚式の準備もはじめは円満に進んだ。
なぜってぼくらの価値観はきわめて近かったからね。8年も付き合って、同じものを見て、同じ言葉で笑って、同じものを避けてきたからね。相手の好きなもの、嫌いなものをよく知っている。
結婚式の準備程度で揉めたりするわけないよね。

でもさ、やったことある人ならわかるけど、結婚式ってめちゃくちゃ決めることあるんだよね。
そりゃあさ、場所とか予算とか衣装とかは大事だから、いろいろ考えて決めるよね。
でもさ、「引き出物にかけるリボンの色はどれにします?」とか「歓談中の音楽はどうします?」とか「司会者の前に飾るお花についてなんですけど……」とかすっげえ細かいことまでいちいち相談されたら、さすがにむかついてくんのね。
うるせえよ、いちいち訊いてくんじゃねえよ、人間なんだからちょっとは自分で考えろよ、とか思うわけ。引き出物のリボンの色が青でも赤でも文句言わねえよ、って。
ぼくもいい大人だから、式場の人に「うるせえよ」とは言いませんよ。その人はいい結婚式にしようと思ってがんばってくれてるんだろうしさ。でも文句を言えない分、腹の中に鬱憤がたまってくる。

どうでもいいから一応1秒だけ考えたふりして「じゃあ……赤で」とか適当に答えてたんだけど、ぼくの妻(まだ結婚してなかったけど)はまじめな人だから、ひとつひとつに真剣に考えてんの。
「テーブルクロスの色はどうします?」って言われて3パターンぐらい見せられて、クロスのサンプルを手に取って眺めて、中空を見てちょっと想像して、また別のサンプルを手に取って、また考えて、さっきのやつもう一回手に取って、そんでこっちに向かって「うーん……。どうする?」って、それだけ考えてまだ決められへんのかーい!
ってなわけでその時点でかなり腹立ってきてね。他人の結婚式行って「いい式だったねー、テーブルクロスの色も2人のイメージによく似合ってたし」「ご祝儀3万円出してあのテーブルクロスの色はないわー」って思ったことあんのかよ、って言いたくなったけど、すんでのところでこらえたのね。

もうこんなことに1秒だって頭を悩ませたくないと思って、一番左のやつを指さして「ぼくはこれがいい」って言って、決めたのね。紫のテーブルクロス。べつに茶色でもグリーンでもなんでもよかったんだけどね。

その後またあれこれ決める時間が続いてね。招待状のデザインはどれにするかとか、司会者の胸につけるコサージュはどうするかとか、心底どうでもいい決断を迫られてね、「一刻も早く終わらせたい」って思いながらいろいろ決めていってた。
そしたら妻が言った。

「さっきのテーブルクロスだけどさ、やっぱりグリーンのほうがいいな」


そんでね、もうキレちゃった。
ふだん声を荒げることとかないんだけどね。付き合って8年、一度も声を荒げたことないんだけどね、自分でもびっくりするぐらいガラの悪い声で「ハァ!?」って言葉が出た。
「ただでさえどうでもいいことにこれだけ時間使ってんのに、一度決めたことを覆す? それやってたら永遠に終わらんやん。一生テーブルクロスとコサージュについて悩みながら過ごす気か!? ふざけんなよ」
みたいなことが口をついて出た。
「一回紫のに決めたんだから、ぜったい変えない!」と宣言した。

ちっちゃい人間だな、って思うよね。
ぼくもそう思う。ていうかそのときも思った。
ちっちゃいことで怒ってんなーって自分を客観的に見ていた。どっちでもいいよって言えよ、って思ってた。たかがテーブルクロスじゃないか。
でも、たかがテーブルクロスで揉めないといけないことに腹が立った。
8年喧嘩せずにやってきたのに、最初の喧嘩がテーブルクロスの色をめぐってかよ、って。

すっごくくだらないことに腹を立てて、くだらないことに腹を立てていることに腹が立った。





で、結婚して数年たった今だからわかるんだけど、人間ってくだらないでこそ喧嘩するんだよね。
住居選びのこととか仕事のこととか子どものこととか、重要なことをめぐっては意見が食いちがうことはあっても意外と感情的な衝突にはならない。
大事なことだから落ち着いて理性的に話そう、相手の意見もちゃんと聞き入れようって気になるんだよね。

でも「牛乳をこぼしたのは誰か」「トイレのスリッパをそろえないのはなぜか」みたいな些末な問題だとそういう意識ははたらかない(どちらも我が家で大喧嘩に発展したテーマだ)。
ちっちゃな問題だからどっちが悪くてもいいからさっさと頭を下げてしまえば済む話なのに、相手に対して「どうでもいいことなんだからさっさと非を認めろよ」と思ってしまい、結果、話し合いはこじれてしまう。


結婚式は、くだらないことの集合だ。
指輪の交換もケーキ入刀も無理やりケーキ食わすやつも余興も新婦の両親への手紙も退場したはずの新郎新婦が出口で待ち構えてて美味しくなさそうなクッキーを押しつけてくるやつも、ぜんぶやらなくてもどうってことない。
しかしそのくだらないことにこそ意味があるのではないだろうか。結婚生活はくだらないことの積み重ねだ、しかしくだらないことにこそ気を付けなければならない、ということを結婚式は教えてくれるのかもしれない。



2017年7月29日土曜日

省略の美を味わえるSF風時代小説/星 新一 『殿さまの日』【読書感想】


星 新一 『殿さまの日』

内容紹介(Amazonより)
ああ、殿さまなんかにはなりたくない。誤解によって義賊になった。泣く子も黙る隠密様のお通りだい。どんなかたきの首でも調達します。お犬さまが吠えればお金が儲かる。医は仁術、毒とハサミは使いよう。時は江戸、そして世界にたぐいなき封建制度。定められた階級の中で生きた殿さまから庶民までの、命を賭けた生活の知恵の数々。――新鮮な眼で綴る、異色時代小説12編を収録。

ずっと昔に読んだ本だが、また読みたくなったので押し入れから引っぱりだして読んでみた。
星新一といえばショートショート。
ぼくは文庫だけでなく全集も持っているぐらいの星新一ファンなので、当然ながらショートショートは何度も読み返した。
星新一といえばショートショート、ショートショートといえば星新一、というぐらいに短篇のイメージが強いが、『城のなかの人』『明治・父・アメリカ』『人民は弱し 官吏は強し』『明治の人物誌』などの歴史・時代ものもおもしろいのだ。
誰も知らない昔の話をするのに妙に感情がこもっていると、「まるで見てきたみたいに書くなあ」と嘘くさく感じてしまう。
その点、星新一の平易にして理知的な文章は歴史を語るのにぴったりとあう。淡々とストーリーを説明するその語り口は、落語の状況説明部分を聞いているようで心地いい。
遠い未来も江戸時代も「誰も見たことがない」という点では一緒で、ディティールを想像力でどう補うか作家の腕が試される。じつは時代小説とSFは近い位置にあるのかもしれないね。


"省略の美"という言葉がある。余計なものをなくして、見る人の感性や想像力にゆだねる美しさのことをいう。『殿さまの日』は"省略の美"を存分に味わえる作品集だ。
へたな小説は描写が多い。書かなくてもわかることまで事細かに書く。
星新一の文章からは、感情をあらわす表現が極力そぎ落とされている。登場人物はまるで何も考えていないかのように、己の心中を語らない。でも、だからこそ読み手は想像力をはたらかすことができる。
演劇では、悲しいことを表すために大げさに涙を流したり、ときには「悲しい」とセリフで説明したりする。けれどそれはいわゆる"安い芝居"だ。涙の一滴も流さずに、声も上げずに、表情も変えずに悲しさを表現するのが一流の演出だ。

表題の短篇『殿さまの日』では、地方藩の領主のある一日が書かれている。起きて、着替えて、武道の稽古をして、家臣からの型通りの報告を受けて、書物を読んで、床に就くまで。
ほんとに何も起こらない。平々凡々たる一日。
この"つまらない一日"を、一切の感情描写を省いた文章で綴っている。そんなのおもしろいのかと思うかもしれないが、ちゃんと殿さまの退屈と諦観と幸福感と悲哀と家臣を思う気持ちが伝わってくる。殿さまが感情をいちいち表に出してたはずないしね。
まさに一流の演出。省略の美学。

時代小説なのに妙に都会的でドライな雰囲気が漂っていて新鮮だ。

 その担当の家臣があらわれ、武具庫の点検をおこない、さだめ通りの数がそろっていたことを報告する。殿さまは言う。ごくろうであった。武具はきわめて重要である。点検は念には念を入れねばならない。見落としを防ぐため、ある日数をおき、もう一回やってみる慣習があるように聞いているが、どうであろうか。
 家臣は、ははあと頭を下げる。これですべてが通じたのだ。そんな慣習など、これまではない。しかし、あからさまにそれをやれと命じると、叱責した印象を与えないまでも、相手は自分の不注意を感じかねない。すべては質問の形で、それとなく言わねばならない。わたしは事情をなにも知らないのだ。だから勉強しなければならぬ。そのための質問だ、という形をとるのがいいのだ。わたしはそれでずっとやってきた。なんでもいいから質問していると、しだいに事情がわかってくるものだ。また、そうなると、いいかげんな報告はできないと家臣たちも思ってくれる。しかし、とことんまで質問ぜめにしてはならない。家臣の説明がしどろもどろになりかける寸前でやめておく。そうすれば相手の立場も保て、つぎの報告の時は形がととのっている。やりこめるのが目的ではないのだ。


部下の顔を立てつつ的確に指示を出す方法。現代のビジネス書に載せてもいいぐらいの内容だね。
星新一は作家になる前は製薬会社の二代目社長だったからね。二代目社長だと、古株の社員のプライドを守りながら指示を出す必要があるわけで、これはその頃に身につけたテクニックかもしれないね。ま、星新一が社長になってすぐに会社はつぶれたけど。


ところで冒頭にこんな一文がある。
 その驚きで、殿さまは目ざめる。朝の六時。夏だったら六時の起床が慣例だが、冬は七時となっている。まだ一時間ほど寝床にいられる。
当然ながら江戸時代に「六時」「一時間」という言い方はない。「六ツ」「半刻」と言っていたはずだ。
わざと現代的な感覚を持ち込んでSFっぽさを出しているのかな? と思ったけど、おかしな文章はそこだけで、以降はふつうの時代小説の文体だった。
まちがえただけなのかな。




ぼくが好きだった短篇は『ああ吉良家の忠臣』

吉良義央(吉良上野介)が斬られたことにより、首をとられるとは武門の恥であるとしてお家断絶・領地の没収を命じられた吉良家。
一方、斬った側の赤穂浪士たちはよくぞ殿の仇を討ったとして町人たちからもてはやされている。世の掟を破った側が人気を博して被害者側がつらい目に遭う。この不遇な状況に憤る吉良家の忠臣の孤軍奮闘を狂歌をまじえてユーモラスにえがいた話。

忠臣蔵は江戸時代から人気だったらしいけど、掟に背いて討ち入りを果たした四十七士がよくやったと称えられ、乱心した浅野内匠頭に斬りつけられた上に後日その部下から殴りこまれるという一方的な被害者である吉良家はお家断絶。
そりゃあ忠臣からしたらやりきれないだろうな。

星新一らしいシニカルな視点だね。南極に置いていかれた犬が自力でアザラシやペンギンを食べて生き延びた"美談"を、食べられる海獣側から見たショートショート『探検隊』を思いだした。


ぼくは「ひねくれ者」と言われることがときどきあるんだけど、自分では「多角的にものを見ることができる人」と前向きに受け取っている。
くだらない話をしているときにみんなが正面から見ているものを裏から見たり下から見たり内側から見たりすると、くだらないことを思いつくことが多い。そういうものの見方は星新一の小説に教わった。仕事ではあんまり役に立たないんだけどね。


この『殿さまの日』、もう絶版になっている。
ぼくの持っている文庫本も古本屋で買ったもので、昭和58年発行だ。
星新一の小説って古びないからずっと読まれてほしいんだけどなあと思っていたら、電子書籍で手に入るようになっていた。

いい小説が細々と読まれつづける。いい時代になったものだ。殿さまも感心することだろう。



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2017年7月28日金曜日

読みかけの本を抱えて死ぬ




ぼくは常に5~6冊「読みかけの本」を抱えている。
今読みかけている本は以下の6冊だ。
  • 星 新一『殿さまの日』(時代小説)
  • 読売新聞 政治部『基礎からわかる選挙制度改革』(ノンフィクション)
  • ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』(SF小説)
  • NHKスペシャル取材班『僕は少年ゲリラ兵だった』(ノンフィクション)
  • 伊沢 正名『くう・ねる・のぐそ』(エッセイ)
  • 佐藤 義典『図解 実戦マーケティング戦略』(ビジネス)
ジャンルもテーマも書かれた時代もバラバラだ。
まだ読み終わっていない本があるのに他の本にも手を出すのだ。


寝る前に読む本


寝る前はKindleで電子書籍を読む。
なぜならKindleなら灯りを消したままでも読めるし、Kindleはブルーライトを発しないらしいからその後スムーズに睡眠につなげられる。さらにメモをとりたいときでも、端末にそのまま記録できるからメモ帳や携帯電話を取りだす必要がない。寝る前の読書に適している。
電子書籍リーダーは、紙の本以上に雨に弱いとか、充電が切れたら読めないとか、通信環境がないと書籍の購入ができないとかいくつか弱点があるけど、枕元で読む分にはそういった心配はすべて無縁だ。
Kindleは寝る前の読書でこそ最大のパフォーマンスを発揮すると思う。

ぼくのKindleには、読みかけの本が常に2冊入っている。そのときの気分で読みたいほうを読む。

通勤時に読む本


ぼくは電車通勤で、電車に乗っている時間は片道約20分。これは本を読むには長すぎず短すぎずちょうどいい。
電車では立って吊り革につかまって読むことが多いので、片手で持ちやすい文庫か新書を読む。
電子書籍で買った本が溜まってきたらKindleで読むこともあるが、誰かの足の上に落してしまったら怒られるだろうなとか、電車とホームの隙間に落としてしまったら大損害だなとかいろいろ心配してしまう。
やはり文庫か新書がいい。電車内は他にやれることがなくて集中できるので、難しめの内容でも頭に入ってきやすい。ノンフィクションをよく読む。

自宅ですき間時間に読む本


ぼくは寝る前を除き、まとまった「読書の時間」というものをほとんど持っていない。
家にいる間はたいがい何かをしながら本を読む。着替えながら読んだり、テレビの音だけ聞きながら読んだり、子どもと遊びながら読んだりしている。
リラックスしているし、他のことをやりながら読むので難しい内容は頭に入ってきにくい。だからこういうときは小説やエッセイを読むことが多い。

汚れてもいい本


先述したように、ながら読みをすることが多い。今は娘とお風呂に入ることが多いが、ひとりで入浴するときは湯船で本を読む。ひとりで食事をするときも、行儀が悪いけど本を広げながらめしを食う。
外食時では、なんとなく店の人に悪い気がしてカウンター席や混雑しているときは遠慮するけど、そうでなければ本を読みながら食べることも多い。そのために「本を読みながら食べやすいもの」という基準で料理を注文する。両手を使わないといけないものや汁が飛びやすいものは避ける。
また、休みの日は娘と公園に出かけるので、屋外で本を読むことも多い。

風呂や食卓や公園で読むと、本は汚れたり傷んだりしやすい。
図書館で借りた本はもちろん、ハードカバーの本もなんとなく汚すのは気が引けるので、外出先や風呂で読む本は文庫や新書が多い。

職場で読む本


仕事中、作業に疲れたときにぱらぱらと読む。さすがに仕事と関係のない本は読まない。


なぜ同時に読むのか


なぜこんな読み方になったのか。
べつに意識してやっているわけではない。数多くの本を読んでいるうちに、自然にこうなった。昔は1冊読みおわるまでは別の本にかからなかったけど、2冊になり3冊になり、いつの間にか5~6冊になっていた。
このやりかたがいちばん量をこなせるからだ。

まず、同じ本ばかり読んでいると飽きる。
「ページをめくる手が止まらなくて一気に最後まで読みました!」みたいな感想がよくあるが、そんな本は50冊に1冊あるかどうかだ。

本を読むのが苦手な人は、1冊だけを一生懸命読もうとするから読めなくなる。
いい本でも読むのが嫌になる瞬間はある。今の心境とあわない、というときもある。後半からおもしろくなるけど前半は退屈な小説も多い。
そんなとき、無理をして読むのはよくない。かといって投げだしてしまうのももったいない。いい方法は「寝かせておく」だ。
何冊か同時に読んでいるとそれができる。「本は読みたいけど今はこの本の心境じゃない」というときには、他の本に逃げるのが正解だ。

ぼくのKindleには常時2冊の未読本が入っていると書いたが、重めの小説と軽めのエッセイ、サイエンス系のノンフィクションと本格派でないミステリ小説、など「読むのにパワーがいる本」と「あまりパワーを要しない本」がセットで入っていることが多い。意識しているわけではなく、自然とそうなるのだ。


同時に読むことの効用


複数冊の本を並行的に読んでいると、当然ながら1冊を読み切るまでに要する時間は長くなる。常に頭のなかに本が溜まっているような状態だ。
そうすると、ときどき本と本がつながる瞬間が訪れる。「これは別の本に書いてあったことと似た考えだ」と気づく。
また本以外から得た情報とつながることもある。人から聞いた話が本の内容と関連していることを見つけたりする。
こういう発見は誰でもあると思うが、頭の中を本で埋めているその容積が大きいほど、その機会は増える。

……と書いたが、これは後付けの理由だ。
何冊も読んでいたら本が別の情報と有機的につながりやすいということに気付いただけで、狙ってはじめたわけではない。

読書にとって重要なのは「読んでいる時間」だけではない。「読みかけている時間」から得られるものも多い。ぼくが速読をしないのはそれが理由だ(うそ。やろうとして挫折しただけ)。


同時に読む人はけっこういる


成毛眞さんの『本は10冊同時に読め!』という本がある。
成毛さんというのはHONZという書評サイトを運営している読書家だ。

ぼくはこの本を読んだことがない。たぶんこの先も読むことがない。
なぜなら、たぶん同じような読み方をしているんだろうな、と思うからだ。もう実践してるからぼくには必要ない(もしぜんぜん違ったらごめん)。


同時に読む方法は、ある程度の量をこなすためにはいい方法だと思う。
だけどデメリットもある。

ついつい本を買いすぎてしまうこと。
家の中が本だらけになること。
気づくと何カ月も鞄に本が入っていてぼろぼろになっていること。

万人にはおすすめしないけど、「もっと本を読みたいけど読めない」という人はやってみてもいいんじゃないでしょうか。



2017年7月27日木曜日

まとめサイトはプロパガンダに向いている/辻田 真佐憲 『たのしいプロパガンダ』【読書感想エッセイ】

辻田 真佐憲 『たのしいプロパガンダ』

内容紹介(Amazonより)
本当に恐ろしい大衆扇動は、娯楽(エンタメ)の顔をしてやってくる!

戦中につくられた戦意高揚のための勇ましい軍歌や映画は枚挙に暇ない。しかし、最も効果的なプロパガンダは、官製の押しつけではない、大衆がこぞって消費したくなる「娯楽」にこそあった。本書ではそれらを「楽しいプロパガンダ」と位置づけ、大日本帝国、ナチ・ドイツ、ソ連、中国、北朝鮮、イスラム国などの豊富な事例とともに検証する。さらに現代日本における「右傾エンタメ」「政策芸術」にも言及。画期的なプロパガンダ研究。



プロパガンダ
特定の考えを押しつけるための宣伝。特に、政治的意図をもつ宣伝。
(「大辞林」より)

先日友人と話しているときに「プロパガンダ+(国名)」で画像検索するとおもしろい、という話になった。
特におもしろいのはロシアとアメリカ。東西の双璧だっただけあって、プロパガンダにかけている力もすごい。
いや逆に、プロパガンダに成功したからこそ大国になれたのかもしれない。
この本を読むと、うまくいっている組織というのは広報の持つ力を理解しているのだな、と思う。

プロパガンダというと、政治色の強いポスターを作って攻撃的な音楽を流して拡声器でスローガンを連呼して……というようなイメージがあるが、そんなものでは誰も見向きもしない。成功しているプロパガンダとはたのしいものなのだ、というのが『たのしいプロパガンダ』の主張だ。

プロパガンダというと、政府や軍部が作って一方的に国民に押しつけたと思われがちだが、実際はそんな単純ではなかったのである。現に民間企業は利益に敏感で、満洲事変や日中戦争が勃発するとさっそく「愛国歌」「国策映画」「愛国浪曲」「愛国琵琶」「国策落語」「軍国美談」などと冠した、時局便乗的な商品を続々と売り出していった。今では考えられないが、当時の日本では戦争といえば、領土が増え、国威が上がる輝かしい歴史が想起された。そのため、「勝った、勝った」と煽る商品が出てきてもまったく不自然ではなかった。
 これに対して、政府や軍部はときに後援や推薦をしてお墨付きを与え、ときに発禁処分や呼び出しなどを行って規制し、自分たちの都合のいいように民間企業の商品をコントロールしようとした。

たとえば、今では戦争のイメージとはまったく無縁のタカラヅカ(宝塚歌劇団)も、『太平洋行進曲』など戦争を扱った芝居を上演して、積極的に戦争を応援していた。
しかも、序盤はコメディ調にして観客を飽きさせないようにし、中盤からシリアスな戦闘シーンに教訓めいたセリフを乗せていたというから、かなり巧みなプロパガンダだ。これも軍に強制されてやっていたわけではなく、「こういうものがウケる」から作られたものだ。


アメリカでも同様で、今では平和の象徴のようなディズニー映画でも、戦時中は敵国を批判・揶揄するような物語が作られていた。

以下、ドナルドダック主演の『総統の顔』という作品の内容。

 映画の内容は、ドナルドダックがナチ・ドイツを模した「狂気の国」で暮らしているというもの。ドナルドダックは朝から壁に掲げられた肖像画に向かって、「ハイル・ヒトラー! ハイル・ヒロヒト! ハイル・ムッソリーニ!」と挨拶させられる。そして貧しい朝食もそこそこに、『わが闘争』の読書を強要され、軍需工場の労働へと駆り出されてしまう。
 工場の作業は、チャップリン監督・主演の映画『モダンタイムス』よろしくベルトコンベアーで運ばれてくる弾丸を次々に組み立てるというものだが、たまに弾丸にまじってヒトラーの肖像画が流れてくる。すると、ドナルドダックはその都度、肖像画に「ハイル・ヒトラー!」と叫ばなければならない。この様子は実に滑稽で、今でも見る者の笑いを誘う。
 そして過酷な労働に、ドナルドダックは次第に精神に変調をきたし、兵器が飛び交うサイケデリックな幻覚を見る。ここの映像はディズニーのアニメとは思えないほど、おぞましいものがある。ところが、その途中で目が覚める。なんと、以上の光景は夢だったのだ。ドナルドダックは部屋に飾られた自由の女神の模型にくちづけし、米国の自由を讃えて終幕となる。
 主題歌「総統の顔」は劇中に何度も使われ、その特徴的なメロディは観賞者の耳を離さない。


今この内容を見ると「なんちゅうストーリーだ」と思ってドン引きだけど、当時のアメリカ人はこれを観て笑っていたのだろう。
今の日本人だって「北朝鮮はネタにしていい」って風潮があって国家首席を小ばかにした冗談をあたりまえのように口にしているけど、50年後の日本人が見たら「隣国である北朝鮮をあからさまにばかにするなんて、当時の日本人はなんてはしたない人たちだったんだ」と思うかもしれないよね。



『たのしいプロパガンダ』では、戦時中の日本やナチス時代のドイツから、現代の北朝鮮、ISIL(イスラム国)、オウム真理教などのプロパガンダの手法が紹介されている。
……というと「プロパガンダというのはヤバい国家・団体が使うものだな」という印象を持たれるかもしれないが、そんなことはない。どの国だってやっているし、逆にうまくやっている国ほど巧みすぎてそれが宣伝活動だと気づかれないほどだ。

もし今日本が戦争をするとしたら、まちがいなくAKB48あたりはまっさきにプロパガンダに起用されるだろうね(今でもプロデューサーは国家権力と近い位置にいるし)。
若者のイメージを変えるのがいちばん手っ取り早いし、そのためには人気のアイドルやミュージシャンを使うのが効果的だから。

政治でもプロパガンダは巧みに利用されている。
たとえば大手まとめサイトのいくつかはある政党と結びついていると言われている。噂でしかない事実かはわからない。でもその手のサイトを見ると、たあいのないニュース記事や笑えるネタに混じって、かなりの割合で特定の政党を非難する記事が掲載されている。
『世界のおもしろ動画』や『ネコの決定的瞬間をとらえた写真』みたいな記事の間に『××党の××が「××」とバカ丸出しの発言』なんて政治主張の強い記事が唐突にはさまれるのはぼくから見たらかなり異様なのだけど、違和感なく「そうか、××はバカなのか」と鵜呑みにする人もいるんだろう。
まとめサイトって、都合のいい主張だけを恣意的に並べることで、さも「いろんな意見があるけど××だけは共通認識である」かのように見せることに向いているから、プロパガンダに適しているよね。
それが〇〇党が密かにやっていることなのか、それとも〇〇党の支持者が勝手にやっていることなのかはわからないが、少なくとも誰かが社会情勢を誘導しようとしていることはまちがいない。

プロパガンダ=悪と単純にはいえないけど、「あー今誘導されそうになってるな」って自覚はしといたほうがいいね。
楽しいものほど要注意。



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2017年7月26日水曜日

雨のち晴レルヤ


ゆずの楽曲『雨のち晴レルヤ』。
娘は赤ちゃんのとき、朝ドラの主題歌だったこの曲が大好きだった。
どれだけ泣いていてもこの曲が流れるとぴたっと泣き止んだ(曲が止まるとまた泣く)。
朝ドラのオープニングが流れると、動きを止めて食い入るように見ていた。熱心すぎて怖いぐらいだった。
ゆずのCDを買ってきて、娘がぐずるたびにこの曲だけを何度も何度もリピート再生していた。

そんな娘も4歳に。
テレビからたまたま『雨のち晴レルヤ』が流れてきたけど、見向きもしない。
「この曲知ってる?」と訊いてみたが、「知らない」とつれない返事。
毎日10回以上も聴いていたのに。

もう音楽で泣き止む歳じゃなくなったんだね。
寂しいけど成長したってことなんでしょう。
ありがとう、ゆず。
娘はゆずの歌声を忘れちゃったみたいだけど、お父ちゃんはこの曲を聴くと赤ちゃんだった娘をだっこしたときの軽さを思いだすよ。


2017年7月25日火曜日

太平洋戦争は囲碁のごとし/堀 栄三 『大本営参謀の情報戦記』【読書感想エッセイ】

堀 栄三 『大本営参謀の情報戦記 情報なき国家の悲劇』

内容(「e-hon」より)
「太平洋各地での玉砕と敗戦の悲劇は、日本軍が事前の情報収集・解析を軽視したところに起因している」―太平洋戦中は大本営情報参謀として米軍の作戦を次々と予測的中させて名を馳せ、戦後は自衛隊統幕情報室長を務めたプロが、その稀有な体験を回顧し、情報に疎い日本の組織の“構造的欠陥”を剔抉する。

戦時中に陸軍大本営の参謀を務め、戦後は自衛隊で西ドイツ大使館防衛駐在官を務めた堀栄三氏による、情報戦に関する本。
文章を書くプロではないので文章が読みづらい。
「堀は~」と書いているので、ん? 自分のお父さんのことを書いているのか? と思ったら、自分のことを「堀」と読んでいるのだ。己のことを「えりかは~」と語る出来のよくない女かよ、おじいちゃん!




文章はさておき、情報戦、戦術に関する記述はおもしろい。
平易な説明がなされているので、軍事に関してど素人のぼくでも感覚的に理解しやすい。

繰り返し語られるのは、「点と線」の説明。

「大本営作戦課はこの九月、絶対国防圏という一つの線を、千島─マリアナ諸島─ニューギニヤ西部に引いて絶対にこれを守ると言いだした。一体これは線なのか点なのか? いま仮りにウェワクに敵が上陸してきたとして、どこの部隊が増援に来られるか? いままでのブーゲンビル、ラエ、フィンシュハーフェン、マキン、タラワ島みんな孤島となってしまって、一兵どころか握り飯一個の救援も出来ていない。アッツ島が玉砕する間、隣のキスカ島は何が出来たか? 要するに制空権がなければ、みんな点(孤島)になってしまって、線ではない。線にするにはそれぞれの点(孤島)が、船や飛行機で繫がって援軍を送れなければいけない。そのために太平洋という戦場では制空権が絶対に必要なのだ。大事な国防圏というのが有機的な線になっていないから、米軍は自分の好きなところへ、三倍も五倍もの兵力でやってくる。日本軍はいたるところ点になっているから玉砕以外に方法がない。あとの島は敵中に孤立した点だから、米軍は放っておく、役に立たない守備隊どころか、補給が出来ないから米軍は攻めてこないが、疫病と飢死という敵が攻めてくる。
 自分はこれを米軍の『点化作戦』と呼んでいる。大きな島でも、増援、補給が途絶えたら、その島に兵隊がいるというだけで、太平洋の広い面積からすると点にさせられてしまう。


 土地を占領することは陸軍の任務であったが、それは米軍では空域を占領する手段でしかなかった。従って主兵は航空であって陸軍は補助兵種に過ぎなかった。陸軍が占領する土地の面積は、そこに陸軍が所在している面積と大砲の射程だけの土地であるから太平洋の広さから見ると点のようなものである。それに比較して空域を占領した場合は、戦闘機の行動半径×行動半径×三・一四であるから、仮りに戦闘機の行動半径が五百キロとすると、この占領空域は実に、七十八万五千平方キロと恐ろしいような数字になる。これが航空を主兵とした米軍と、依然歩兵を主兵と考えていた日本軍の太平洋上の戦力の相違であった。戦略思想の遅れは、こんな大きな数字的懸隔となって現れてしまうのである。

日本軍は太平洋の島々を占領して陸軍に守らせていたが、それは「点」をつくっていただけで、太平洋という広大な戦場の「面」を多く獲得するためには米軍のように「線」を確保することが必要だった、というのが筆者の主張だ。

  • それまで中国やロシアと大陸で戦っていたから高地を抑えて要塞をつくることが勝利につながったが、戦場が大洋であれば高地とはすなわち「制空権」である。
  • 陸戦では、守るほうが攻めるほうより圧倒的に有利である。だが太平洋の島においてはその逆で、島を占領しても包囲されてしまえば何もできない。
  • 点ではなく線をつくるためには補給が何より重要であるが、日本軍は補給をまったく重視していなかった。結果、島を占領している軍は孤立してしまい、米軍が攻め込むまでもなく病気や飢えで自滅した。

といったことがくりかえし語られている。

なるほどねえ。
これって囲碁の考え方そのものだよねえ。囲碁では石の「生き死に」という考えが重要で、どれだけ石があっても死んでいる(=生きている石とつながっていない)のであれば意味がない。
だから点在する石(自軍の戦力)をいかに有機的につなげるかが重要となるわけで、それができなかった日本軍が敗れたのは必然だったのだろう。
しかし囲碁という文化を持っていた日本にその考え方ができず、おそらく囲碁などやったこともない米軍が囲碁的戦術を使っていた、というのは皮肉だね。




諜報活動という観点からみると、真珠湾攻撃は大失敗であったという話。

 戦争中一番穴のあいた情報網は、他ならぬ米国本土であった。日本の陸海軍武官が苦労して、爵禄百金を使って準備した日系人の一部による諜者網が戦争中も有効に作動していたなら、サンフランシスコの船の動きや、米国内の産業の動向、兵員の動員、飛行機生産の状況などがもっと克明にわかったはずだ。いかに秘密が保たれていたとしても、原爆を研究しているとか、実験したとか、原子爆弾の「ゲ」の字ぐらいは、きっと嗅ぎ出していたであろうに、一番大事な米本土に情報網の穴のあいたことが、敗戦の大きな要因であった。いやこれが最大の原因であった。日系人の強制収容は日本にとって実に手痛い打撃であった。
 日本はハワイの真珠湾を奇襲攻撃して、数隻の戦艦を撃沈する戦術的勝利をあげて狂喜乱舞したが、それを口実に米国は日系人強制収容という真珠湾以上の大戦略的情報勝利を収めてしまった。日本人が歓声を上げたとき、米国はもっと大きな、しかも声を出さない歓声を上げていたことを銘記すべきである。
 これで日本武官が、米本土に築いた情報の砦は瓦解した。戦艦(作戦)が大事だったか、情報(戦略)が大事だったか、盲目の太平洋戦争は、ここから始まった。寺本中将が開戦に不満を表した理由もここにあった。


真珠湾攻撃はたしかに奇襲として成功したわけだけど、不意打ちをしたことで(宣戦布告してた、という説もあるけれど)アメリカに対して「米国内にいる日系人を強制収容する」という口実を与えてしまった。真珠湾攻撃がなければ非人道的な行為だとして国内外から反対の声が上がっただろうからね。
強制収容された日系人の中には日本軍のスパイもいただろうし、スパイとまではいかなくても本国に情報提供してくれる人はいたはず。
結果として敵国の情報入手の手段を絶たれてしまった。物量で劣る日本がアメリカと渡り合うためには情報で優位に立つしかなかったのに、その可能性も潰えてしまったわけだ。

まあアメリカの情報をもっと入手できたとしても日本がアメリカに勝つ可能性は万にひとつもなかっただろうけど、それでももう少し優位な条件で講和につなげるとか、少なくとも沖縄上陸や原子爆弾を落とされる前に終戦させられた可能性はあるわけで、こう考えると情報入手の可能性をなくしてしまった真珠湾攻撃の罪は大きいなあ。


これは学ぶことが多いね。
テレビディレクターの藤井健太郎さんが『悪意とこだわりの演出術』の中で、こんなことを書いていた。

 逆に、何かを悪く言ったりしているとき、意図的に事実をねじ曲げていることはまずあり得ません。悪く言われた対象者からは、事実だったとしてもクレームを受けることがあるくらいなのに、そこに明らかな嘘があったら告発されるのは当然です。
 そんな、落ちるのがわかっている危ない橋をわざわざ渡るわけがありません。そんな番組があったらどうかしてると思います。どうかしてる説です。

真珠湾攻撃の件とこの話に共通するのは「敵対する相手にこそ紳士的に、ルールを守って接しなければならない」という教訓。さもないと相手につけいる隙を与えることになるから。
人の悪口を言おうと思っている人はご参考に!




海軍と陸軍の考え方の違いについて。

 海軍は海という一面平坦で隠れることの出来ない水面を戦場として、自分の大砲の口径が何インチであり、相手の大砲は何インチであるから、その飛距離からどちらかの勝ち、と勝敗は敵とかなり離れたところで数字的に決められる。従って米軍の戦力と自軍の戦力とを、戦う前に計算してしまう。よほどの悪天候や、夜戦でもない限りこの数字をひっくり返すことは出来ないと考えるようになる。
 ところが陸軍は、桶狭間の戦いに代表されるように、兵力の多い方が必ず勝つとは限らない。夜暗も、濃霧も、地隙も、森林も、山岳もある。利用すべきものは全部利用して、奇襲で成功した例は、近代戦の中にも沢山ある。勢い必勝の信念こそが第一で、兵力の多寡や兵器の優劣ではないという教育になりやすい。
 この点から陸海軍の伝統的な思想が出来上った。海軍は合理的にものを考え、陸軍は非合理的思考と断じられる。海軍は数字を見て早く諦めるが、陸軍は少々のことでは諦めないで最後までやる。これが陸海軍の伝統が長年にわたって培った戦争哲学であって、先の中川連隊の戦闘は、陸軍式の代表のようなものであった。


なるほどね。
これを読むと、日本は陸軍の国だな、と思う(他の国がどうだか知らないけど)。
スポーツでもビジネスでも、"知恵と勇気と努力" で物量を凌駕できると信じ込んでいる人の多いこと。

工夫次第で、兵力の少ない側が勝つことはある。
源義経の鵯越の逆落としや桶狭間の戦いとか日露戦争みたいに「〇万の大軍をわずか〇の兵力で打ち破った」的な戦いは話としておもしろい。
でもそれってごくごく稀な例だから語り継がれてるわけで、ほとんどの場合は兵力や物資量が上回っているほうが勝つ。当然だけどね。

だから、知恵と勇気と努力で逆転勝利を狙うのは、どう転んでも兵力を用意できない場合(不意に攻め込まれたときとか)だけにとどめておくべきで、物量を用意できないのであれば攻める側にまわるべきではない。
鵯越の逆落としはあくまで奇襲だし、日露戦争だって長期化してたら最終的には日本が破れていただろうしね。




「敗軍の将は兵を語らず」という言葉があって負けた弁解をあれこれ語るべきではないとされているけど、まったくの逆じゃないかと思う。
敗軍の将の弁にこそ、多くの教訓が含まれている。敗軍の将にこそ雄弁に語ってもらいたい。
逆に、勝ったほうは何とでも好きに言えるから、話半分に聞いておいたほうがいい。
ビジネスの成功者の話なんか、自慢話だけで何の役にも立たないからね。

以前に 『自己啓発書を数学的に否定する』 という記事でも書いたように、成功のために必要なのは成功しなかった人の体験談だからね。



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2017年7月24日月曜日

知恵遅れと言葉の変遷


知恵遅れ、という言葉を最近聞かない。
ぼくが小学校のときは、子どもも大人もふつうに使っていた。
あの子は知恵遅れだからしょうがないね、というように。

今だったら発達障害とかADHDとか自閉症とかダウン症とかいろいろ難しい名前が付けられるんだろうけど、当時は「知恵遅れ」とひとくくりにされていたように思う。

今、「知恵遅れ」は差別的として放送禁止用語になっているのだという。
「知的障害者」というのが正しいらしい。


言われた側がどう受け取るかわからないけど、ぼくにとっては「知恵遅れ」のほうが寛容な言い方のような印象を受ける。
「知的障害者」というと、何かが決定的に欠けている人で、彼我の差は何があっても埋められないようなイメージ。
「知恵遅れ」のほうは、ただ遅れているだけ、そのうちそれなりの域に達するさ、いろんな人がいるからね、という懐の広さを感じる。

まだ自転車に乗れない子。まだ逆上がりができない子。まだ背が低い子。まだ上手にしゃべれない子。まだ九九を覚えていない子。
「知恵遅れ」もそれと同列のような感じだ。まだ知恵がついていない子。



でもこれは「知恵遅れ」という言葉が公的に使われなくなったことで、イメージが変わっただけなのかもしれない。

昔は「便所」というのは丁寧な言い回しだった、と聞いたことがある。
「厠」を丁寧に言い換えたのが「便所」だったのだとか。
でもその言い方が普及するうちに、「便所」に汚いイメージがついた。便所はきれいな場所ではないから当然だが。今では「便所」と言われると汚いトイレ、というイメージがある。
そこで「トイレ」という言葉が使われるようになった。だが「トイレ」のイメージもだんだん汚れてきて、さらに上品に言いたい人は「お手洗い」と呼ぶようになった。
きっと近い将来「お手洗い」も汚い言葉になってしまい、また新しい言葉が代わりに用いられることになるだろう。

一方、ほとんど使われなくなったことで「厠」には汚いイメージがなくなった。ときどきトイレの入り口に「厠」と書かれた居酒屋がある。耳になじみの薄い言葉になったことで、逆に粋な言葉に昇格したのだろう。

「知恵遅れ」も同様に、使われなくなったことでマイルドなイメージになっただけなのかもしれない。トイレで例えて申し訳ないけど。

これは「便所」ではない



「ボケ」が「認知症」になり、「デブ」が「メタボリック」になり、「オバサン」が「熟女」になった。
いずれも差別的なイメージを和らげるために考案された言葉なんだろうけど、人口に膾炙したことで、いずれの言葉も差別的なイメージを持ちつつある。

こないだ病院に行ったら「AGAの方はご相談ください」というポスターが貼ってあって、AGAって何だろうと思って見てみたら「男性型脱毛症」(AGA:Androgenetic Alopecia)だと書いてあった。「ハゲ」が「AGA」になったのだ。
きっと10年後の小学生は、ひたいの広い友人を「やーい、AGA!」と言ってからかっていることだろう。


マイナスイメージのある言葉を次々に言い換えることに意味があるのだろうか、と思う。
そんなことをしても、くさいものにふた、いやこれは差別的表現なので訂正しよう。臭的障害物質にふたをしてるだけじゃないかと思う。


2017年7月23日日曜日

喫茶店のモーニングを食べるために早起きした


そういや喫茶店のモーニングセットって食べたことないな。

そもそも朝食を外で食べることがほとんどないもんな。早起きなほうだから家で食べる時間あるし。
ぼくにとって喫茶店って時間をつぶしたり誰かと座って話したりするために行く場所であって、決してコーヒーを飲みにいく場所ではない。朝早くから時間をつぶすことも人とこみいった話をすることもないから、朝に喫茶店に行く理由がない。

しかし喫茶店のモーニングセットというのはすごくお得らしい。特に名古屋の喫茶店のモーニングは信じられないぐらいのボリュームがあってびっくりするぐらい安い、と聞いたことがある。

お得。
人類史上、この言葉に抗えた人物はひとりとしていない。誰しもお得には弱い。お得最強説だ。

もちろんぼくもできることならお得を享受したいと考えている。
お得にまみれて生きて、お得の内に死んで、葬儀で遺族から「いろいろあったけどまあお得な人生でしたよね」と言われたい。


しかしモーニングを食べるために機会はなかなか訪れなかった。
ふだんは妻が朝食を作ってくれる。「明日飲み会だから晩ごはんいらない」とは言えても、「明日モーニングだから朝ごはんいらない」と言うのは気が引ける。

まあそのうちモーニングチャンスもくるだろうと思っていたのだが、気づけばぼくも三十代なかば。若いころのように気ままに生きるわけにもいかず、自分の人生を自分で選択しなければならない。
ぼくは人生の選択を迫られていた。このままモーニングとは無縁の人生を送るか、それともモーニングに手を出すのか。

歳をとると、新しいことにチャレンジするのは難しくなってくる。モーニングに失敗したときに向けられる世間の目も、中年になるほど厳しくなるにちがいない。

ちょうど、妻が子どもを連れて実家に泊まりに行くことになった。
家にはぼくひとり。ふだんなら惰眠をむさぼるところだが、今がラストモーニングチャンスかもしれない。
ぼくは決意した。
モーニングを食べよう。決戦は日曜日だ。



数日前から妻に「日曜日、モーニングに行くから」と宣言した。
決意を公言することで自らの退路を絶つ作戦だ。
さらに「パンも納豆も日曜日までに切れるようにしといて」と伝えた。もう後戻りはできない。背水の陣でモーニングにのぞんだ。

モーニングのデビュー戦の舞台は決めてあった。
自宅から歩いて5分のところにあるコメダ珈琲店。
今では全国に600店舗以上を抱える大手チェーンだが、もともとはモーニングの本場・名古屋市発祥だという。
すばらしい。デビュー戦の舞台にとって不足なし。というよりいきなり武道館でデビューコンサートをやるようなものかもしれない。多少気後れしたが、退路を絶っている以上、今さら逃げるわけにはいかない。

事前に店の前をうろうろして、営業時間を調べておいた。全曜日午前7時開店。
日曜日でも7時からやってることに驚いた。そんな早くから喫茶店に来る人がいるのか?

だがぼくにとっては好都合。コメダのモーニングは午前11時まで提供しているらしいが、10時を過ぎると朝食というより「ブランチ」だ。やはりモーニングを食べるのはモーニングにかぎる。



土曜日の夜、ぼくは24時に床についた。ふだんはもっと夜ふかしすることもあるが、万全の体調でモーニングを楽しめるよう、早めに寝た。

6時半にセットしていたアラームが鳴る。
開店と同時に店に入ることも考えたが、あまり気負っているように思われるのも気恥ずかしい。
あえて家でゆっくりして時間をつぶした。時間をつぶすために喫茶店に行くことはあるが、喫茶店に行くために時間をつぶしたのははじめてのことだ。

8時にコメダ珈琲店に到着。
日曜日の8時といえば、まだ寝ている人も多いだろう。こんな時間に喫茶店に来るなんて相当奇特な人だけだろうと思ったが、あにはからんや、店内は9割の入りだった。
あと少し遅かったら店の前で待たなくてはいけなかったかもしれない。少々モーニング人気をあなどっていたようだ。

席について、モーニングメニューを熟読。
コメダ珈琲店のモーニングはA~Cの3種類。トーストにつけるものをゆで卵、たまごペースト、小倉あんの中から選べるというものだ。
なるほど、小倉あんがあるのがいかにも名古屋らしい。せっかくなので小倉あんのCセットにしよう。

コメダ珈琲店ホームページより

「たっぷりカフェオーレ」とCセットを注文。さらに「北海道生乳100%ヨーグルト(はちみつ添え)」も追加した。

待っている間にモーニングの値段をチェックしようとして、首をかしげた。値段が書いていない。
隅々まで見てみると、端のほうに小さな文字でこう書いてあった。

お好きなドリンクをご注文で、さくふわトーストとA~Cのいずれか1つ無料

無料!

まさか無料とは。モーニングがお得と聞いてはいたが、プラス100円でトーストがつきます、ぐらいのものだと思っていた。
しかも「無料」を小さな文字で書いている。ぼくがメニューを作る人なら、「無料!」といちばんでかいフォント&赤文字で書いてしまうだろう。それをせずに小さく書く、このつつましさがいい。

なるほど無料でトーストが食べられるのか。そりゃあみんな日曜の朝早くから足を運ぶわけだ。いやもちろんドリンクを注文しないといけないから無料ではないんだけど。

周囲のテーブルを見まわしてみると、客層はばらばらだった。
一人で本を読んでいるお姉さん、勉強している学生、老夫婦、子ども連れの家族、デート中のカップル。
老若男女がそれぞれモーニングを楽しんでいる。

昼間の喫茶店の客に比べて、みんな表情が弛緩しているように見える。まだ少し眠くて、でも疲れてはいなくて、リラックスしている。白熱した話をしたり、大笑いをしたりしている人もいない。ゆっくりとコーヒーを味わいながら、小さな声でぼそぼそと言葉を交わしている。隣の老夫婦はお墓参りの予定について話し、向かいの家族連れは昨日テレビで観た人工知能の話をしている。
とても穏やかな空間だ。

ぼくは携帯を取り出して、このブログ記事を書いている。家で書くときよりも筆が進む。刺激の少ない空気と、見知らぬ人がそばにいることから生まれるほどよい緊張感。

ふうむ。
この穏やかさを1時間以上満喫できて、カフェオレとトーストと小倉あんとヨーグルトで660円。これはお得だな。

モーニングは三文の徳。


2017年7月22日土曜日

【DVD感想】『ミスター・ノーバディ』

ミスター・ノーバディ(2009)

内容(Amazonプライムより)
2092年、世の中は、化学の力で細胞が永久再生される不死の世界となっていた。永久再生化をほどこしていない唯一の死ぬことのできる人間であるニモは、118歳の誕生日を目前にしていた。メディカル・ステーションのニモの姿は生中継されていて、全世界が人間の死にゆく様子に注目していた。そんなとき、1人の新聞記者がやってきてニモに質問をする。「人間が“不死”となる前の世界は?」ニモは、少しずつ過去をさかのぼっていく――。

ううむ。難解な映画だった。
事前に友人から「ストーリーが分岐している映画なんで、何も知らずに観たら矛盾だらけで混乱するよ」と聞かされていたので大混乱はしなかったが、それでも話の流れから振り落とされないようにするのでせいいっぱいだった。
なにしろ、同一人物のぜんぜんちがう人生が並行に語られる上に、時代も100年ぐらいのスパンの間をいったりきたりして、さらに心象風景もさしこまれるのだから。

「ん? これはどの人生のいつの時代の話だ?」と常に考えていないといけないような感じ。
途中で「この映画は完全に理解するのは無理だ」と気付いて、ストーリーを追うのやめてぼんやりと観ることに切り替えた。

モザイク画のように、部分をじっくり見るのではなく全体の雰囲気を味わう映画なのかも。
映像が美しいから絵画を楽しむように観るのがいいのかもしれないけど、ぼくは左脳型の人間で、絵画鑑賞も苦手なので、観ているのはまあまあつらかった……。


とはいえ、「あのときああしていたら今ごろはどんな人生だっただろう」ということは誰しも考えることだし、SFの永遠のテーマのひとつであるけれど、「あったかもしれない」過去・現在・未来という難しいテーマをうまく映像化したとは思う。




ところでこの作品を観ながら、ぼくは「映画というのは観客を拘束できるメディアだな」と考えていた。

ぼくは『ミスター・ノーバディー』を「退屈な映画だな」と思いながらも最後まで観た(途中で昼寝休憩をはさんだけど)。
それは「映画というのは序盤は退屈でも後半まで観たらおもしろくなることが多い」ということを経験上知っているからだ(もちろん最後までつまんないものもあるけど)。
これがテレビ番組だったら、3分も観ずに離脱していたと思う。
映画だと思うから最後まで観たし、ましてレンタルビデオ屋で借りてきたビデオとか、映画館で観た映画とかだったら、どんなにつまらなくてもお金がもったいないから途中で停止するとか上映中に席を立つとかはしないと思う(寝ちゃうことはあるだろうけど)。


エンタテインメントは、どんどん手軽になってきている。
音楽を例にとれば、昔だったら音楽家の生演奏を聴くしかなかったものが、レコードやCDでいつでも聴けるようになり、カセットテープやMDといった記録メディアで複製もできるようになり、今ではデータで遠く離れた人ともやりとりができる。
が、接触がかんたんになるのと比例して、離脱も容易になっていっている。
コンサートに足を運んだ人が途中まで聴いて席を立つということはほとんど起こらないが、CDを途中停止することにはさほど抵抗がない。

インターネット上にあるコンテンツは、手軽に消費される分、ものすごくかんたんに捨てられる。
本を買って1ページだけ読んで読むのをやめる人はほとんどいないが、WEBサイトを3行だけ読んで「戻る」ボタンを押す人はすごく多い。
テレビも同様で、つまらない時間が1分でも続けばみんなチャンネルを変えてしまう。
だからテレビ番組やWEBサイトでは、逃げられないように「この後驚きの結末が……」みたいな煽りを入れたり、過剰に目を惹くタイトルをつけたり、クライマックスを冒頭に持ってきたりする。
その結果コンテンツがおもしろくなっているかというと、そんなことはない。むしろ逆。

おもしろそうなタイトルに釣られて読んだらがっかり。冒頭がいちばんおもしろい、いわゆる出オチ。タイトルと見出しですべてを表していて本文を読む必要がまったくなかった。
WEBサイトなんてそんなものであふれている。

意味があって序盤にピークを持ってきているのならいいんだけど、耳目を惹くためだけにやっているのであれば、作り手にとっても受け手にとってもマイナスにしかならない。


その点、映画は「基本的に観客は最後まで観る」という前提があるから、いちばんおもしろくなるための構成にすることができる。
序盤はたっぷりと世界観の提示と状況説明に時間を使い、中盤から徐々に観客をひきこんで、ラストにクライマックスを持ってきて「最初はつまんないかと思ったけど終わってみればいい映画だったね」と言われるような作りにすることができる。
これは今の時代においては本当に贅沢なことだと思う。


しかしこれは「映画は最後まで観るもの」という認識を持っているおっさんだからであって、ずっと無料動画や見放題の動画提供サービスに親しんでいる若い人からすると、やはり映画も「つまんなかったらすぐにやめるもの」なのかもしれない。
「10分くらい観たけど退屈だからやめたわー。星1つ!」って考えの人が増えたら、映画もやはり過剰に序盤を盛り上げるストーリーと必要以上に期待を煽る演出ばかりになるのかもしれないな。

そんな時代になったら『ミスター・ノーバディー』のような「最後まで観ないとわけわかんない映画」は誰も観なくなっちゃうんだろうなあ……。



2017年7月20日木曜日

自殺者の遺書のような私小説/ツチヤタカユキ 『笑いのカイブツ』【読書感想】

ツチヤタカユキ 『笑いのカイブツ』

内容(「e-hon」より)
人間の価値は人間からはみ出した回数で決まる。僕が人間であることをはみ出したのは、それが初めてだった。僕が人間をはみ出した瞬間、笑いのカイブツが生まれた時―他を圧倒する質と量、そして“人間関係不得意”で知られる伝説のハガキ職人・ツチヤタカユキ、27歳、童貞、無職。その熱狂的な道行きが、いま紐解かれる。「ケータイ大喜利」でレジェンドの称号を獲得。「オールナイトニッポン」「伊集院光 深夜の馬鹿力」「バカサイ」「ファミ通」「週刊少年ジャンプ」など数々の雑誌やラジオで、圧倒的な採用回数を誇るようになるが―。伝説のハガキ職人による青春私小説。

「笑いに生きた」「笑いに人生を捧げた」なんて言葉があるけど、この本を読んでしまったらもうその表現は使えない。なぜなら、これほどまで笑いに生きた、いや笑いに狂った人間は他にいないだろうから。

「こんなところで止まってたまるか!」と思った。僕はもっと、加速したかった。21歳で死ぬつもりで生きていた。次第にアルバイトという行為は、時間の空費だと感じるようになった。すべての時間を大喜利に費やしたいと思うようになった。
 ある夏の暑い日、給料を受け取るとそのままバイトを辞めた。
 僕は実家にいながら無職になった。
 母の冷たい視線をまるっきり無視し、起きている時間を大喜利に費やせる状況になった僕は、一日に出すボケ数のノルマを1000個から2000個に増やした。
 朝から晩までクーラーのない部屋で、裸で机にかじりついて、自分でお題を考えて自分で答え続けていた。ノート一冊を一日で使い切るくらい大喜利をした。
 とにかく、もっともっと加速したかった。誰よりも速く、濃く、生きたい。光の速さで生きて、一瞬で消えていきたかった。
 だけど、そんな気持ちとは裏腹に、いつもボケが1500個を超えたあたりで、誰かに殴られているみたいに、頭がガンガンして、死にたい気分になった。加速したい気持ちに、脳と身体が全然ついてこれていなかった。
 それでも毎日、ノルマの2000個に到達するまで、僕は絶対に、全力疾走をやめなかった。


イカれてるなあ。
誰に強制されたわけでもないのに、誰に賞賛されるわけでもないのに、ひたすら大喜利のボケを考えつづける。自分にノルマを課し、起きている時間のすべてを大喜利に費やし、寝る時間も削り、食べるものも減らし(「バイトする時間があれば大喜利のボケを〇個考えられるから」というのがその理由)、ひたすら大喜利に没頭する。ラジオ番組で採用されるための傾向を探り、戦略を立てる。大喜利の素材をインプットするために次々と本を
読む。
彼にとっては趣味でもなければ努力でもない。「やらなければ死ぬ」呼吸のようなものだ。
どえらい人間だ。ここまで何かに打ち込める人間は、まずいないだろうね。テレビや舞台で活躍しているどの芸人よりも真摯に笑いに向き合っているはずだ。

で、誰よりもお笑いに打ちこんできたツチヤタカユキ氏がお笑いの世界で成功を収めるのかというと、そうではない。構成作家や漫才作家として何度もチャンスを横目に見ながら、挫折をくりかえす。
それは、お笑い以外のことがまったくできないから。


「お笑いと関係あらへんサラリーマンみたいなことやっとるだけや」
「おまえもやったらええやん」
「できんからこうなっとんのじゃ。お笑いの世界やのに、売れるのに、お笑いの能力関係ないって時点でな、オレの構成作家としての敗北は決定してん。それ以来な、なんかな、本気でお笑いやっとることが、アホらしくて、しょうがなくなってもうてん。オレ、これ何やってんねやろ?って。なんのためにこんな一生懸命やってんねやろ?って。何一つ報われへんのに。誰一人、見てくれてへんのに。でもな、そう思っててもな、どんどん技術とかセンスが上がって、オモロなっていっとんねん。先輩作家に1分しか使わんといたらな、1分でめっちゃええボケ出せるように、進化していきよんねん。それがホンマにむなしいねん。マジで、死にたなるねん。どうせやったら、もうお笑いに関する能力、全部、なくなってくれた方が幸せやわ、こんなんやったら」

お笑いのためならなんでもできるのに、人付き合いや社交辞令がまったくできない。
笑いを追及するために注いでいる情熱の半分、いや1割でも他のところに向けていれば「変わったやつだけどすごいやつ」としてもうちょっと評価されていたんだろうけど、その1割さえも振り分けることができない。
それでも彼の才能を見抜いてチャンスをくれる人もいるのに、彼は自らそのチャンスから逃げてしまう。そして苦しみ、のたうち回る。
10年間そのくりかえし。

努力の方向性が違うのだ。
めちゃくちゃキレのいいフォークボールを投げられるのに、他の変化球は投げられないしキャッチャーのサインは無視するし、守備はからっきし。それなのにフォークボールの練習ばかりしている。そんな感じ。

でも方向性が違うことは周囲にはさんざん言われているし、自分自身でもよくわかっているんだと思う。この人はうだうだ考えているだけじゃなく、ときどき思い切った行動を起こしている。吉本の劇場に飛び込んだり、漫才の台本を書くために東京まで移住したり。きっと自分自身でも「自分を変えなきゃ」という気持ちを持っているのだろう。

それなのに曲げられない。ちょっと迂回すれば壁の向こう側へ行けるのに、ずっと壁にぶちあたってはもがいている。

なんて不器用なんだ。いや狂っている。笑いに対して。





笑いの世界以外にも、「狂人と紙一重」と呼ばれる人は存在する。
ゴッホ、アインシュタイン、ヴェートーベン……。天才と呼ばれる人は、異常なエピソードをいくつも持っているのがあたりまえだ。
それでも彼らはその圧倒的な才能で評価されている(その何百倍もの、評価されなかった「天才と紙一重」の人がいたんだろうけど)。
彼らが評価されているのは、ちゃんと才能を見抜いてくれたり、プロモーターとして売り込んでくれたりする人に恵まれたというのが大きいのだろう。


ツチヤタカユキの不幸は、その圧倒的な才能を「笑い」という、人付き合いとは切っても切りはなせない分野に向けてしまったことにあると思う。
彼がその執念を、文学や絵画や音楽や陶芸に向けていたなら、あるいは超一級の天才として認められていたかもしれない。
なぜならそれらの芸術作品は基本的に作者の人間性とは無縁に評価されるものだから。石川啄木も太宰治もモーツァルトも才能がなければただのクズ野郎だけど、作品は作者の振る舞いとは関係なく(むしろマイナスがプラスになって)今でも燦然と輝いている。

でも「笑い」はきわめて属人的な表現手段だ。
同じことを同じ間で同じ調子で言ったとしても、明石家さんまが言うのとまったく無名のお笑い芸人が言うのとでは笑いの量は変わってくる。
親しい友人の冗談はおもしろく聞こえるし、クラスの人気者はたいしたことを言わなくても笑いがとれる。
表舞台に立つ芸人なら言わずもがなだし、台本を考える裏方だって、挨拶すら返さない愛想のない男が考えた台本は採用されにくいだろう。

そういう世界をリングにして、それでも台本の中身だけで勝負してやると闘いを挑みつづけているツチヤタカユキという男の人生は「そのストロングなスタイルはかっこいいけど、さすがにどっかで折り合いをつけないと死んじまうぞ」と言いたくなる。
ぼくみたいなリングに立ちもしない外野の勝手な意見なんてツチヤタカユキ氏は唾棄するだけだろうけど、やっぱり言わずにはいられない。たぶんもう百回以上も言われてきたんだろうけどね。




『笑いのカイブツ』を読んで、自殺者の遺書ってこんな感じなのかなと思った。読んでいて、鼓膜の奥がわんわんと震えるような魂の咆哮が聞こえた。
「これを書き終えたらこいつ死ぬんじゃないか」ってぐらいの迫力。


今さら彼が要領よく世の中を渡ってゆくことはできないだろうけど、きちんとマネジメントしてくれる人に出会ってくれたらいいなあと切に願う。
彼ほどの才能が埋もれたままであるのは、社会にとっても大きな損失だから。



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2017年7月18日火曜日

ミツユビナマケモノの赤ちゃんを預けられて/黒川 祥子 『誕生日を知らない女の子』【読書感想エッセイ】

内容(「e-hon」より)
ファミリーホーム―虐待を受け保護された子どもたちを、里子として家庭に引き取り、生活を生にする場所。子どもたちは、身体や心に残る虐待の後遺症に苦しみながらも、24時間寄り添ってくれる里親や同じ境遇の子どもと暮らし、笑顔を取り戻していく「育ち直し」の時を生きていた。文庫化に際し、三年後の子どもたちの「今」を追加取材し、大幅加筆。第11回開高健ノンフィクション賞受賞作。

ファミリーホームとは、保護を必要とする子どもを自宅で5~6人受け入れて養育する仕組み。
児童養護施設とはちがって家庭で子どもを育てることができ、複数の人で複数児童の面倒を見るという、施設と里親の中間のような制度だ。

ノンフィクションライターである著者がいくつかのファミリーホームを訪れ、虐待されて保護された子の状況を取材したルポルタージュ。
著者の気迫が伝わってくるようなノンフィクションだった。





ぼくはずっと子どもをほしいと思っていたので、もし自分に子どもができなかったら里親になろうかなと考えて、資料を取り寄せたこともある。
実子が誕生したので今のところ里子を引き取るつもりはないが、この本を読むと里親になるのは、ぼくが考えていたほど甘くかんたんなものじゃないとわかる。
「生い立ちで少々苦労した子でもふつうに育てていれば他の子と同じように成長するはずだ」という考えがいかに浅はかだったか、よく思い知らされた。


虐待を受けた子は発達障害のような状態になることが多いのだという。他の子や里親との協調関係を築くことができず、それどころか育ての親に対して怒りの矛先を向ける子も多い。

 なぜ、あたたかく迎えてくれた人を苦しめるのだろうか。前出のあいち小児・診療科の新井康祥医師はこう話す。
「虐待を受けた子どもたちが抑え込んでいた怒りは、保護されて安心や安全を感じるようになることで、次第に表に出てきます。本来、その怒りは虐待をした親に向けられるべきなのでしょうが、子どもにとってそれは危険極まりないことです。親を攻撃すれば、もっと激しく親を怒らせてしまい、仕返しをされるのがわかっているので、怖くてできない。そして、そのやり場のない怒りは、優しく保護してくれる人たちに向かってしまうのです」

子どもが新しい家庭に慣れ、ためこんでいたものを少しずつ吐きだせるようになると、自分でも制御できない怒りを周囲にぶつけ、ののしったり、ときには刃物で傷つけることもある。
育てている側からすると、信頼されればされるほど怒りを向けられるわけで、なんともやりきれない話だ。
それこそが心に負った傷を癒すために必要な過程なのだ、と部外者なら言えるけど、当事者にしてみれば耐えられないだろう。
自分の子ですら「こっちはがんばって育ててあげてるのに!」と腹立たしく思うことがあるのに、まして血のつながりのない子で、しかも問題行動ばかりを起こす子を育てるなんて並大抵の苦労じゃないだろうな。


何年か前に声優が養子を虐待死させたとして逮捕される事件があった。
それだけ聞くとひどい人だという印象を持つけど、わざわざ養子を引き取っているわけだから愛情を持って育てていたのだろうし、そんな篤志家でも追いつめられてしまうからにはよほどの難しさがあったのだと思う。詳しい事情は知らないけど、部外者が「なんでひどい親だ」と軽々しく言えるようなものではない、ということは想像がつく。

「愛情を向ければ向かうほどこちらに牙をむいてくる子を愛情込めて育てなくちゃいけない」という立場に置かれても、辛抱強く付き合いつづけられるだろうか。
ぜったいに虐待はしません! と断言することは、ぼくにはできない。





『誕生日を知らない女の子』では、かつて虐待を受けていた子が、ファミリーホームに来てからもその"後遺症"に苦しめられる様子が書かれている。

 横山家に来てからも美由ちゃんは夜、何度もうなされた。
「うわーっ、うわーっ、ううー」
 身体の奥からふりしぼるような咆哮に、久美さんは飛び起き、美由ちゃんに駆け寄る。
「みゆちゃん、大丈夫? もう、こわくないからね。大丈夫だよ」
 美由ちゃんを一旦起こし、身体を撫でて「大丈夫、大丈夫」と耳元でやさしく言い聞かせる。身体を抱きしめ、背中を撫でて「もう、大丈夫だからね」と繰り返す。そうしなければならないほど、久美さんの腕の中で美由ちゃんは激しい恐怖におののいていた。あまりに夢が怖いので、眠ることもできない日が続いた。
 朝になって、落ち着いた時にどんな夢なのかを聞いてみた。
「みゆちゃん、怖い夢を見たの?」
「声がするの。お母さんのコワイ声がするの。『おまえなんか、連れてってやる。こんなところで幸せになったらだめだ。おまえなんか、不幸にしてやる。おまえみたいなやつはだめだ。おまえなんか、ぶっ殺す』って……」
 それは、実母の声だった。

このくだりを読んでぞっとした。母親の呪縛とはこんなに強いものかと。

「幼いころに親から受けた愛情はその後の人生において大きな支柱となる」という話をよく聞くし、じっさいそのとおりだと思う。ふだん意識はしないけど、「何があっても母親は自分の味方だろう」と思うし、そういう存在がひとりでもいるのといないのでは世の中の生きづらさはずいぶん変わってくるだろう。大人になってからもその経験はずっと支えになっている。

ということは逆に、幼いころに親からひどい目に遭わされた人は、ずっと苦しみつづけることになるのかもしれない。
新しい養育者がどれだけ愛情いっぱいに育てたとしても、その記憶は上書きされることがないのかもしれない。幼少期の虐待は、刺青のように永遠に消えることがないのではないだろうか。
実母から「おまえを不幸にしてやる」と願われる人生なんて、ぼくには想像もつかない。





もうひとつ衝撃的だったのは、虐待する親のもとに帰ろうとする子どものエピソードだった。

実母からの虐待を受けて育った小学五年生の女の子がファミリーホームに引き取られ、いろいろと苦労もあったが少しずつ家庭や学校でうまくやっていけるようになった。その矢先に、実母から「うちにおいで」と言われた。
実母としては考えなしに言った言葉であり、異父兄弟である弟妹の面倒を見たり家事をしたりする子、つまりは「都合のいい働き手がほしい」と考えての言葉だった。だが、その子は大喜びしてしまった。「お母さんといっしょに暮らせる!」と。
ずっと虐待・育児放棄をしてきた母親であり、その再婚相手は自分の子どもしかかわいがろうとしない男。誰がみたって、母親のもとに戻れば不幸になることは目に見えている。
だが今の制度では、実親が引き取ることを希望した場合、里親やファミリーホームがそれを止めることはできない。たとえどんなに虐待の危険性が高かろうと。

母親から「うちにおいで」と言われた女の子がとった行動は、ファミリーホームや学校で「居場所をなくす」ことだったという。
わざと嫌われるようなことを言ったり、小さい子をいじめたりする。
自らすべてを捨てて「母親のもとに行くしかない」という状況をつくった。

「もう、なんでもいいから帰りたかったんだろうね。福祉司も止めたし、医師も反対だった。でも『奴隷でもいいから、帰りたい。おかあしゃんは女神さまのようにやさしくて、どんな願いもかなえてくれる』って最後は現実逃避にまで行ってしまった」

ファミリーホームの運営者の言葉だ。
子どもを虐待する実親と、自分の人生を投げだして子どもの世話をする育ての親。どちらにいたほうが幸せかは客観的には明らかだが、それでも、子どもは実親を選んでしまうのだ。「奴隷でもいいから」と言って。

そして彼女に待ち受けていたのは、奴隷以下の生活だった。学校にも通わせてもらえず、弟妹の面倒を見て、罵声を浴びるだけの生活。
ほどなくして彼女は別の里親のもとに引き取られ、病院に通う生活を送ることになったという。

「子どもの虹情報研修センター(日本虐待・思春期問題情報研修センター)」の増沢高研修部長は、「施設の子、里親の子もほとんどが、実の親のところへ帰りたいと言います。それほど親とのつながりというものは強い」と語る。
 なぜ、それほどまでに親を希うのか。一度は「捨てられた」も同然だったというのに。増沢氏は、キーワードは「喪失」なのだと説明する。
「子どもは、養育者に依存して生きる存在です。”捨てられた”も同然のように施設や里親に措置されても、それを認めたくない。”見捨てられる”ことへの不安と恐怖を強く抱いています。しかし時間と共に、事実として向き合わなければいけなくなった時、それは大きな喪失体験となって子どもを苦しめます。虐待はトラウマという、傷つけられた体験で語られがちですが、一番重要なキーワードは、喪失なのだと思います」


子どもにとっては、身体的な虐待を受けることよりも「親から捨てられたことを認めること」のほうがずっとつらいことなのだろう。

だからこそ子どもは、親から「おまえのために殴っている」と言われたら信じてしまう。そう信じたいから。
そして多くの虐待は表に出ることなく、くりかえされる。世代を超えて。





この本では、かつて虐待を受けて育った女性が子どもを産み、育て方がわからなくて苦悩する姿が紹介されている。

 子育てをしていく中、判断不能になる場面に沙織さんは多々出くわすという。
「たとえば、給食のランチョンマット。これ、毎日替えるのかどうかがわからない。気づかないからそのままにしていたら、学校から『毎日、替えてください』と注意されて、ネグレクトを疑われる。そんなん、私、一回だって洗ってもらったことがないからわからない」

ぼくにも4歳の娘がいるが、子どもと接してしていると自分が親にしてもらったことを思いだす。
風邪をひいたときはリンゴをすりおろしたやつを食べさせてもらったな、とか。ケガをしたことを隠していたらめちゃくちゃ怒られたな、とか。おもしろい話をしたときに「おもしろいねー!」と笑ってくれたけどあれは愛想笑いだったんだろうな、とか。
で、気がつくと自分が親にしてもらったことをそのまま子どもにしている。かつて親から言われたのと同じことを娘に言っている。
それは意図してやっているわけではなく、記憶の奥底に染みついたものを無意識にとりだしているだけだ。

ネグレクトで育った人にはその経験がないから、どうしたらいいかわからないのだろう。
上に書かれているランチョンマットを洗うかどうかは些細なことで、関係のない人からすると「まあ少々洗わなくても大丈夫でしょ」と思うけど、万事がその調子だったらすごくストレスだろう。

何の知識もない状態でミツユビナマケモノの赤ちゃんを預けられて「はい、このミツユビナマケモノをふつうに育ててくださいね」と言われるようなものかもしれない。ふつうに育てろっていわれても、その "ふつう" がわかんねーよ! という状態だろう。


まあ今はインターネットで人に訊けるからまだましなのかもしれない。
Yahoo!知恵袋で「こんなこともわからないのかよ。常識でわかるだろ」といいたくなる質問を見かけることがあるけど、もしかしたら親に育ててもらっていない人の疑問なのかもしれないな。





虐待やネグレクトといった痛ましい事例を見ると「親が自分の子を育てる」というシステムは無理があるのではないかと考えてしまう。

今でこそ親が自分の子の面倒を見るのはあたりまえだけど、それってせいぜいここ100年くらいの話だ。人類の歴史からいえば、共同体単位で子どもの面倒を見ていた(というか親が放置していた)時代のほうがずっと長い。
親が子育ての全責任を負うほうがおかしなことなんじゃないだろうか。


以前、『ルポ 消えた子どもたち』 という本の感想として、こんなことを書いた。
ぼくは、子どもの教育に個人情報保護を持ち込むべきではないと思う。
教育というのは公的なものであって、各家庭に属する私的なものではない。
「人に迷惑をかけてはいけません」と教えるのはその子のためじゃない。社会のためだ。
憲法にも「教育を受けさせる義務」があるように、親には「子どもを教育する義務」はあっても「子どもを好きなように育てていい権利」はない。
私的な行為じゃないから当然ながら個人情報保護の対象とすべき事柄じゃない。

そのへんが勘違いされているのが近代の病だね。

どうにかしてみんなで育てる仕組みを作れないものだろうか。7歳になったら強制的に親から引き離して寮に入れる、みたいな。
教育費はすべて国の負担。ただし一定の能力がないと高校、大学には進学できなくする。
これは平等だ。社会主義国家みたいだな。
でも親の経済状況と関係なく能力のある人に学べる機会を提供する、というのは社会全体で見たらいいことだと思うな。
親の負担はぐっと減るし、虐待やネグレクトもずっと少なくなるだろう。7歳まで育てればお役目終了だから次の子どもも作りやすい。
いろいろな事情があって実親に育ててもらえない子どものつらさも、だいぶ和らぐことだろう。


ぼくは、自分の娘をとてもかわいいと思う。とてもかわいいからこそ、こう思う。「かわいがりすぎちゃ、いかん」と。

少子高齢化の弊害が叫ばれている今、なすべきことは「親を大切に」「子どもには愛情を持って接しましょう」という考えを捨てるべきことなんじゃないだろうか。

今の世の中、「親の介護のために仕事を辞める」「仕事をしながら子どもの世話ができないから子どもを産まない」なんてことがめずらしくないよね。
どう考えたって生物としておかしい。老親を介護したって遺伝子を残すことにはまったく貢献しないからね。
ぼくたち生物は遺伝子の乗り物なんだから、遺伝子様ファーストで生きていかなくちゃならない。

今いろいろと話題になっている2分の1成人式なんかもってのほかだよね。
教育勅語の復権をと主張している大臣もいたが、それも論外。
むしろ「自分の親や子を大事にしてはいけません」と教えなくちゃいけない。
昔の人が親を大切にしてなかったからこそ「親を大切に」「親の言うことは聞きなさい」という儒教や教育勅語の教えが意味を持っていたわけで、今はむしろ逆のことを言わなくちゃいけない。


「親なんか大切にしなくていい」「子どもなんかほっときゃいい」という考えがあたりまえになれば、少子高齢化の問題はだいぶ緩和されるだろうね。

もちろんそのときは他の問題が出てくるんだろうけどさ。



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2017年7月17日月曜日

【ショートショート】うまれかわり聖人


「おまえは善く生きた。これほど正しく生きた人間を、わたしは他に知らない」

絶対的な存在は告げた。

彼は、ありがとうございますと深く頭を下げながら内心ほくそえんだ。当然だ。すべてはこの瞬間のために生きてきたのだから。



彼が "制度" の存在を知ったのは五歳のときだった。
祖父から「すべての生き物は死んだらまた生まれ変わる。次にどんな生物になるかは、この世でどんなおこないをしたかによって決まる。悪い生き方をした人間は、次の世の中では下等な生物として生きていかねばならない」と聞かされた。
そのときは特に気にも留めなかったのだが、その日の晩に祖父が急死したことで、その言葉が俄然意味を持つようになった。
死後の世界のことを語った祖父がすぐに亡くなった。この奇妙な符牒は、彼に生まれ変わりを信じさせるのに十分だった。

彼は、ダンゴムシや微生物として生きる日々を想像して恐怖を感じた。
常に自分より大きな生き物におびえ、隠れながら暮らしていかなければならない。捕食され、そうと気づかれぬうちに人間に踏まれて死んでしまうかもしれない。
そんな生き方をするのはぜったいにごめんだ、と思った。

その日から、彼は正しく生きることに努めた。
人の見ていないところでも規律を守り、虫を踏まぬよう注意して歩いた。他人の悪口は言わず、弱い者に対しては積極的に施しをした。彼には大いなる目標があったから、あらゆる悪しき誘惑をはねのけることができた。
みなが彼のことを「聖人」と呼んだ。その中には若干の揶揄する響きもあったが、他人の評価なんかよりもずっと大きな評価に備えている彼にとってはまったく気にならなかった。
口の悪い人は「ああいう聖人みたいな人にかぎって心の中では何を考えているかわからないもんだ」などと言ったが、それはまったくの間違いだった。彼は行動だけではなく、内面も善意で満ちていた。彼の生き方を評価する存在はすべてがお見通しなのだ。彼は強い意志で、自身の中から悪い考えを完全に追い出すことに成功していた。

何が楽しくて生きているんだろう、と陰口をたたく人もいた。
彼自身にそのような考えが浮かばなかったわけではない。正しいだけの人生をくりかえし送ることが最善の選択なのだろうか、と。
しかし下等な生き物として生きるという想像の恐怖がすぐにそんな考えを追いはらった。恐怖心とはどんな悦楽よりも強いのだ。

そして彼は、その人生を終えた。
生涯貧しい人生だった。だが彼は幸福だった。善い生き方をすることができたという達成感が、彼の心の中を満たしていた。



はたして、絶対的な存在は彼の正しい生き方を適正に評価した。

「おまえのように正しく生きたものは、もっとも優れた生き物として次の世代を生きることがふさわしい」

そして彼は高次の生命体へと生まれ変わった。

恵まれた身体能力、高い知性、強い生命力を持つ生物。同種間で殺し合いをすることもなく平和を愛する種族。長い歳月の間その形状をほとんど変える必要すらなく繁栄してきた種。絶対的な存在が、あまた創造した生き物の中でこれこそが最高傑作だったと自負する生物。すなわち、ゴキブリへと。

だが彼には落胆しているひまはなかった。
前世の記憶はすぐに消える。
すぐに下等な生物から逃げまどう暮らしがはじまった。



2017年7月15日土曜日

マーケティング込みで楽しむ小説/宿野かほる 『ルビンの壺が割れた』【読書感想】


宿野かほる 『ルビンの壺が割れた』

内容紹介(Amazonより)
「突然のメッセージで驚かれたことと思います。失礼をお許しください」――。送信した相手は、かつての恋人。SNSの邂逅から始まる往復書簡が過去の空白を埋める……はずが、ジェットコースターのような驚愕の新展開に!? 覆面作家によるデビュー作にして空前絶後の問題作を、刊行前に期間限定で全文公開。

新潮社が、「発売前に全文公開」という思い切ったキャンペーンをやっていることで話題になりつつある『ルビンの壺が割れた』。
さっそく読んでみた。
短いし平易な文章だからさくっと読めるね。

2017年7月27日まで無料で読めるよ!。
詳細は公式サイトへ(→ リンク )。



しかしいいキャンペーンだね。
全文を無料公開&キャッチコピー募集ってのは話題になる。
そうでもしないと無名の作者の小説は売れないもんね。
無料で公開する損失よりも、その後に売上が増える分のほうがぜったいに大きいだろうな。

とはいえ何度も使える手じゃないね。
めずらしくなくなれば読まれないし、悪評のほうが多ければむしろマイナスになりかねないし。
よほどの自信があるんだろうね。

特設サイトにも「必ず騙される」とか「衝撃体験」とかの言葉が並んでいて、ハードル上げすぎじゃない? と心配になってしまうほど。
しかもタイトルが「ルビンの壺」というキーワードが入っている(「ルビンの壺」とは壺のようにも2人の人物の横顔のようにも見える有名なだまし絵)。

ルビンの壺

これをわざわざタイトルに用いるってことは「見方を変えたら別の真実が浮かびあがってくる話ですよ」って言ってるようなもんじゃない。
そこまでわかりやすいヒント与えてしまって大丈夫?



ということで感想。

うむ。おもしろかった。
無料だったことをさしひいても、読んで損はない小説だね。
ネタバレ禁止ということなのであまり詳しくは書けないけど、顔を合わさないメッセージでのやりとり、交互に入れ替わる語り手……ときたらミステリ小説ファンとしたら「ははあ、××がじつは××ってパターンね。よくある手だよね。まあでもミステリを数多く読まない人はこれで引っかかって『衝撃のラスト!』とか言っちゃうんだよねえ~」とにやにやしながら読んでたんだけど、ぼくの予想はまんまと外れた。

なるほど。こういう展開をたどる小説か。
ひっかけがないということに逆にひっかかってしまったというか、これ以上書くとネタバレになりそうだからやめとくけど、たしかに分類の難しい小説だ。ぼくも何百冊とミステリを読んだけど、類似する小説が思いうかばない。
うまく説明できないけど、特設サイトに書かれていた「奇妙な小説」という言葉もなるほどと納得させられた。

SNSという舞台装置もうまく活かしている。何十年も音信不通になっていた人と顔を合わさずにやりとりをすることなんて、SNS以外ではまず起こりえないもんね。
(しかしこういう人たちが実名が基本のFacebookをやるということには少し違和感。mixiだったらわかるんだけど、でも今mixiは誰でも知るツールじゃないからなあ)


『ルビンの壺が割れた』はSNSのメッセージだけで構成される小説だ。
書簡形式の小説というのはときどき見かけるけど、ぼくはどうも好きになれない。お互い知っているはずのことを「あのときは〇〇でしたよね」とわざわざ書くのが嘘くさいから。
『ルビンの壺が割れた』もそういう記述が散見されて、「なんでいちいち再確認するんだよ」とつっこまずにはいられない。書簡形式だと地の文で補えないからどうしても説明過多になっちゃうんだよねえ。

とはいえ、手紙だけで構成された小説(たとえば 湊かなえ『往復書簡』)に比べれば、SNSだとその嘘くささがだいぶ緩和されているように感じる。
ひとつには数十年の時を経ていること。数十年もの歳月がたっていれば「あのとき貴女は〇〇しましたね。ぼくは〇〇と言いましたね」と書くことの必然性は、ほんの少しは高まる。
もうひとつは、インターネット上では誰もが自分語りをしてしまうこと。聞かれてもいないのに自分の過去の体験を長々と綴ったりしてしまうのはインターネットの持つ魔力のひとつだよね。ぼくもその力に操られているし。

SNSという現代的な小道具をうまく使った小説。
だからSNS拡散を狙った新潮社のキャンペーンとも親和性が高いんだろうね。

ううむ、つくづくよくできた小説、そしてそれ以上によくできたキャンペーンだ。マーケティングの仕事をしている身として素直に感心する。
このキャンペーンが小説の魅力を倍増させているね。



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2017年7月14日金曜日

夢で見た物語のラストシーン


船は行ってしまった。
ぼくたちは途方に暮れた。これでは試験会場に行けない。
がっくりとうなだれたそのとき、プロペラ機が目に入った。

「そうだ、柴ちゃん飛行機の免許持ってるって言ってたよね!」

たしかに柴ちゃんは操縦免許を持っていることを自慢していた。英語で書かれたライセンスを「めちゃくちゃ難しいからな。マサだったら100回受験してもとれないだろうな」と見せてきたことがあった。

「ほら、柴ちゃんの出番だよ!」
「あー、でも最近乗ってないしな……。おれんちのセスナ機ももう歳だし……」

出た。ふだんは大きなことを言ってるくせに、いざというときには尻ごみする柴ちゃんの悪いところ。

「でも免許取ったんだろ」
「一応な……。でもアメリカで少し講習を受けただけだし、英語だから何言ってるかわからなかったし、お金出したら発行してくれただけで……」
「いいからとにかくやってみなよ、飛ばなかったら飛ばなかったときじゃない。やるだけやってみようよ。やらなかったら試験も受けられないんだよ!」

「いやいやいや」柴ちゃんは、飛行機に乗り込むどころか後ずさりをする。
「失敗したらあいつらに笑われるし」と言って、視線だけで後ろを見た。
1つ上の連中がにやにやしながらこちらを見ている。自分たちの試験が終わったものだから、気楽なものだ。
「あんなやつら気にしなくていいよ。関係ないんだから」
「いやでも……」
「早く早く」
「ばかにされそうだし……」
「柴ちゃんは誰からもばかにされてるじゃないかー!」
怒鳴ってしまった。1つ上の連中の会話が止まった。自分でも驚いたが言葉が止まらない。
「柴ちゃんはほら吹きだし、みえっぱりでできないことばかりだし、そのくせ自慢ばかりするし。他人のことは見下してるし、つよいやつには卑屈だし。いつも口ばっかりで何かを最後までやったことなんてないじゃないか。これ以上どうやってばかにされるんだよ!」
勝手に言葉があふれてくる。止めようとしても止まらないので、言葉が出るにまかせることにした。「すごく言うじゃん」と、もうひとりの自分がどこかから見て他人事のように言う。
「免許取ったんだろ、ちょっとは勉強したんだろ。やってみろよ! やってから言えよ!」


そこから先のことは、少ししかおぼえていない。
ぼくは言った後で「ごめん」と言いながらわんわん泣いていたこと。
柴ちゃんも泣いていたこと。泣きながら操縦桿を握ったこと。飛んだこと。
「すごいよ!さすがだ柴ちゃん!」と言うぼくに、いつもなら「あたりまえだろ。マサとはちがうんだ」と言う柴ちゃんが「たまたまだよ」と遠慮がちに笑ったこと。


結局試験会場には到着できなかった。
柴ちゃんは飛行機が落ちないように前を見るのがせいいっぱいだったし、地図はないし、地図があったとしてもどっちみち目的地には着けなかっただろう。
墜落せずに飛行機の胴体をこすりながら着陸できたことだけでも奇跡といっていいだろう。

ぼくらは試験に落ちた。
また来年だ、とどちらからともなく笑った。
それまでに操縦の練習もしとかなくちゃな、と柴ちゃんはまじめな顔をしてつぶやいた。



2017年7月13日木曜日

お行儀が悪い

保育園ですれちがった男の子に「おはよう」と声をかけると、彼は何も言わずにぷいっとそっぽを向いた。
まあよくあることだ。うちの娘もあいさつされても無視することが多いし。
ぼくは気にしなかったが、男の子の母親は気をつかってくれて、「こらっ。なんであいさつしないの。お行儀悪いよ!」と叱った。

はて。
あいさつを返さないのは、"お行儀が悪い" なんだろうか。
ぼくは首をひねった。

お行儀が悪いってのは、座る姿勢が悪いとか、ごはんの食べ方が汚いとか、もっと私的なことなんじゃなかろうか。
あいさつを返す返さないは、お行儀というよりマナーとかモラルとか世渡りとかそういう方面に属する話なのでは……?

"お行儀が悪い" は言葉のチョイスがふさわしくないような……。


……と思っていたのだが、いや、そうではないかもしれないと思いなおした。

幼児教育においては "お行儀が悪い" はきわめて効果的なフレーズではないだろうか。





ぼくは理屈っぽい人間なので、子どもに何かを指示するときにも「原因と結果」の話をよくする。

「道路に出るときは右と左をよく見てから行かないと車にひかれちゃうかもしれないよ」

「あとでトイレに行きたくなったら困るから今行っとこうか」

「早く寝ないと明日の朝しんどいからもう寝よっか」

と。

マナーを教えるときもそうだ。

「電車の中で大きな声を出したら他の人がうるさく感じるから静かにしようね」

「ごはんを食べてるときにトイレの話をしたら他の人が嫌な思いをするからやめよう」

とか。

しかし。
ぼくの説明、ビジネスの場ならこれでよくても、幼児にしたらすごくわかりにくいんじゃないだろうか?



「電車の中で大きな声を出したらうるさく感じる」とか「食事中に排泄物の話をしてほしくない」というのは、"他者の視点に立った話" だ。

これは社会経験を重ね、数多くの人の趣味嗜好性格思想行動パターンを把握した者にしかイメージできない。

野球をよく知らない人が「一死三塁で浅めのセンターフライが飛んだらランナーはタッチアップをするからバックホームがされるよね。だからピッチャーはキャッチャーのカバーに行かなくちゃいけないよね」って言われてもちんぷんかんぷんだろう。実践や観戦の経験を積まないと、フライが上がった後に三塁ランナーやセンターがどういう行動をとるかが想像できないからだ。

同様に、幼児には「電車の中で大きな声で話している人をうるさく感じた」経験もないし、「電車の中で大きな声で話されることを嫌う人もいる」ことも知らない。
だからぼくの説明が理解できない。


その点、「お行儀が悪いからだめ!」は明快だ。

だって "お行儀" に理由はいらないのだから。
(他人に迷惑をかけないことが "お行儀" の最大の目的だと思うが、それだけでは説明できない "お行儀" もある。「ご飯にお箸をぶっさす」とか「猫背で座る」とかは他人に迷惑をかけないけどお行儀が悪い)


社会には、法律や条例だけでなく、判例、慣例、マナー、阿吽の呼吸など守らなくてはならないルールがたくさんある。
そのひとつひとつに「なぜ守らなくてはならないのか」を理解してくれるのが理想ではあるけれど、幼児にそこまで期待するのは無茶というものだ。
「あいさつをされたら返さなくてはならないよ。無視したら敵意を持っていると思われて向こうも敵視してくる場合があるからね。そうでなくても感じの悪い人だと思われたらこちらに好意的なおこないをしてくれる機会をつぶすことになりかねないだろ?」というより、「おはようと言われたらおはようと言いなさい。それがお行儀だから」といったほうがずっとわかりやすいにちがいない。

そういう意味で、九九を丸暗記するように「これはお行儀だから」という言葉で叩きこむやりかたは、幼児教育においては要領のいいやりかただな、と思った。
いや、大人でもそっちのほうがいいのかもしれない。
ルールはルールだ、理由もへちまもないから守れいっ、と強引に押しつけてしまう。

戦場においては「爆発が起きたら衝撃や飛散物が爆心地を中心に同心円状に広がるからできるだけ地面に伏せて身を隠したほうが衝撃が少なくて済む」と教えるより、「爆発したらすぐ伏せろ!」とシンプルに伝えたほうがいい。理由なんか考えなくていい。
それと同じだ。
法律で規定しにくいことはすべてお行儀にしてしまう。

「70歳以上が車を運転するのはお行儀が悪い」

「社員に長時間労働をさせる会社はお行儀が悪い」

「飲み会に参加するように圧力をかけるのはお行儀が悪い」

反論は一切受け付けない。だってお行儀ってそういうものだもの。

2017年7月12日水曜日

寝食を忘れて遊べるおもちゃ


娘の4歳の誕生日に、自転車を買った。

それまでもストライダーというペダルのない自転車に乗っていたのだが、さんざん乗り回してタイヤがつるつるになってしまったので、今度はペダルのあるコマつき自転車を買うことにした。

2週間前に自転車屋に行き、娘に自転車を選ばせ、予約だけして「誕生日になったら買いにこようね」と伝えた。
それからずっと「いつ誕生日?」と訊いてきた。まだ正しい時間の概念を持っていないのだ。


そして誕生日。
新しい自転車を手に入れた娘は、狂喜乱舞していた。
ベルをちりんちりんと慣らし、カゴがあることがうれしくて意味なく葉っぱを入れ、乗ったらいつまでも走り回り、降りたら降りたでずっとペダルを回して遊んでいた。

日曜日。いつもは起こしても起きないくせに6時半に起きだして「おとうちゃん、自転車乗りにいこう!」と誘ってくる。
「朝ごはん食べたら行こっか」と言うと、「朝ごはんの前に自転車に乗る!」と言って聞かない。
じゃあちょっとだけね、ということで妻に「朝ごはんできたら電話して」と言うと、「おかあちゃん、朝ごはんつくるの遅くていいからね!」と言い残して娘は自転車にまたがった。


前日も一日中自転車に乗っていたのに、まだ飽きもせずに早朝から自転車で同じところをぐるぐる回っている(あぶないのでまだ公園の中しか走らせていない)。

その姿を見ながら、子どもってすごいなあとぼくは感心していた。

文字通り「寝食を忘れる」という状態だ。
寝る間も惜しんで、空腹も気にせず、ずっと自転車を乗り回している。
こんなふうに何かに熱中することは、ぼくの人生においてまちがいなくこの先ない。
5億円拾って自分の好きなものを買いあさったとしても、半日もすれば飽きてくるだろう。

睡眠時間を削って一日中遊べるものがあるなんて幸せなことだなあ。うらやましいかぎりだ。ぼくみたいなおっさんにはそんなおもちゃはもう手に入らないよ、と大きなあくびをしたのだけれど、ふと思いいたった。

これか。

日曜の朝にたたき起こされて、眠いし腹もへったといいながら子どもが遊ぶのにつきあっている時間。

これこそが、寝る間も惜しんで、空腹も気にせず、何かに打ちこんでいる時間か……。
意外と眠くてつらいものだ。



2017年7月11日火曜日

31歳が大学のサークルに入ってもよいものか



大学のとき、ジョギングサークルに入っていた。

フルマラソンの大会に出て3時間を切るぐらいで走る人もいれば、1年に数回走るだけの人もいたり、中には1年生のときは何度か走っていたけどもう5年以上も走ってません(つまり留年している)という人もいた。
大学の構内に部室があり、こたつがあったり漫画が置いてあったりするので、授業の空き時間に昼寝をしたり、夜遅くまで部室内で酒を酌みかわしたり(今はどうだか知らないけど当時は大学内は24時間出入り自由だった)、走る人も走らない人も仲良く楽しくやっていた。
ずっと入り浸っている人もいるし、いつの間にか来なくなる人もいる。来るものは拒まず、去るものは追わず、という雰囲気のサークルだった。


あるとき、31歳の男性が部室にやってきた。
「すみません、入口に新入会員募集って書いてあるんで来たんですけど……」
「はぁ……」
「ここって年齢制限とかあるんですか」
「いえ、そういうのはないと思います……」
「じゃあ入会させてください」
というようなやりとりがあって、彼はそのまま部室に居ついてしまった。
彼は、社会に出てから大学に入りなおしたのか、聴講生だったのかは忘れたが、とにかく31歳の学生だった。

はじめの数日は彼も走っていたようだったけど、やがて走らなくなり、部室で昼寝をしたり、酒盛りに参加したりするだけの存在になった。

ほどなくして、サークルのメンバーは彼を避けるようになった。

もともと10歳くらい離れているから共通の話題は少ないし、おまけに彼は自分の話を延々と語り、他人の話を否定してばかりいるタイプの人だった。
邪険にするのも悪いから話しかけられたら相手をするけど、すぐに嫌になる。

みんなが集まって楽しく話している → 彼がその場に入ってきて話に参加する → 1人去り2人去り、最後に残された優しい人(あるいは要領の悪い人)だけが話に付き合わされる

ということが日常的な風景だった。
彼が女子学生とばかり話していることも嫌われた原因だったと思う。
そこで自分が嫌われていることに気づける人だったら、はじめから31歳になって大学生のサークルに入ろうとは思わなかっただろう。

大学生のサークルに入ってきた31歳は明らかに異質だったが、彼自信はそういうところにまったく無頓着だった。自分はサークルに溶けこんでいると思っていたようで、それは飲み会の会費を徴収するときに「2年生以上はひとり3,000円ね」と言われたらぴたり3,000円を出すことからもうかがいしれた(さすがに1年生扱いしてもらえるとは思っていなかったらしい)。


サークルの雰囲気は悪くなり、彼がいるときはあからさまに部室の人口が減った。
「こんなことならはじめに『年齢制限あるんです』って言っとけばよかったな」とぼくらはため息をついた。

ある日、先輩会員(2浪していた上に大学院生だったので26歳ぐらいだった)が事情を聞き、彼との間に話し合いの場をもったらしい。
どんなやり取りがあったかは知らないけど、「他の会員が困っているから配慮してもらえないか」というようなことをわりと率直に伝えたのだと思う(遠回しに伝えて汲みとってくれる人ではなかったのでたぶんストレートに言ったのだろう)。
その日から彼は姿を見せなくなり、サークル内は元の平和を取り戻し、ぼくらは勇敢な先輩に感謝をした。



さて、彼の行為の何がまずかったのだろうか。

・ジョギングサークルなのに走らずに部室でくだを巻くだけだったこと。
これは彼にかぎった話ではない。ぼくもそういう会員だった。

・自分の話を延々と語り、他人の話を否定してばかりいるタイプだったこと。
これは決して良いことではないが、そういうタイプの人は彼の他にもいた。世の中にはそんな人は掃いて捨てるほどいる。嫌われる原因にはなるが、コミュニティを出ていってくれと言われるほどのことではない。

・31歳だったこと
これ自体がまずいわけではない。現にさっき登場した先輩は26歳だった。30歳をすぎてもときどき顔を出すOBもいた。その中にはあまり好かれていない先輩もいたが、後輩が「もう来ないでほしい」なんて言うことは当然ながらありえなかった。

つきつめて考えると、身もふたもない答えになるけど、「31歳になって大学のサークルに新規入会したこと」つまりは「空気を読めなかったこと」ということになる。
(「自分の話ばかりする」というのも空気が読めないことに起因していたのだろう)




彼は、何一つ規則をやぶってはいなかった。
「年齢制限はありません」と言われたから入会したわけだし、自分の話ばかりしてはいけないという規則もないし、「ひとり3,000円」と言われたから19歳と同じ3,000円を支払った。
どれも明文化されたルールに違反しているわけではない。

「暗黙の了解」を守らなかっただけ、いや理解していなかっただけだ。



空気が読めないメンバーをコミュニティから追放することは正しいことだったのだろうか。

倫理的に考えるなら、正しくないと思う。小学校だったら「〇〇くんと仲良くしてあげましょう」と先生から怒られるやつだ。
でも、小学1年生の輪の中に6年生が「ぼくも入れてー」と入ってきたらどうだろう。先生は「仲良くしましょう」と言うだろうか。


31歳になって大学生のサークルにずかずかと入り込んできた彼がいなくなったとき、ぼくは心底ほっとした。他の会員も同じ気持ちだっただろう。
彼が自分の話ばかりするタイプではなく、人並みにコミュニケーションをとれる人だったとしても、20歳そこらだったぼくらはやはり「31歳が入ってきた」ということでいくらかの居心地の悪さを感じただろう。

「空気を読め」と他人に強要することは、閉鎖的で傲慢な態度なのかもしれない。
しかし、やはり空気を読めない人とは一緒にやっていきたくないとも思う。


前いた会社で、「女性が多く活躍している職場です」というパートの求人を出したときに、応募の電話をかけてきた40代の男性がいた。
「今のところ女性のみが働いておりますのでやりづらいのではないかと思いますが……」と伝えると「私はそういうのを気にしませんので」と自信満々に言われた。
おまえが気にしなくても周りが気にするんだよ、と伝えるわけにもいかず「では次の選考に進んでいただく場合にのみこちらからまた連絡いたします」と言って電話を切った。
きっと彼はなぜ不採用になったのか気づくことなく、同じような求人に応募しているのだろう。

言外の意味を読み取れない人はたいへんだろうな、と思う。
しなくてもいい苦労をしつづけるんだろう。



しかし言外の意味を読み取ってばかりいても人との距離は近づかない。

ぼくが最後に「友達をつくった」のはもう何年前だろう。
仕事で会う人で、妙に馬があって「この人と遊んだらおもしろいかもしれないな」と思う人もいるけど、わざわざ誘うことはしない。
「うっとうしがられるかも」「余計な気を遣わせてしまうかも」と思うと足踏みしてしまい、まあそこまでして誘うほどでもないか、とあきらめてしまう。

この歳になって親しい友人をつくろうと思ったら、ときには空気を読まない大胆さも必要なのかもしれない。


そんな折、娘の保育園に行ったときに他の子の父親から「休みの日ってどこに連れていってます?」と訊かれたので、これはチャンスと思い「こないだプール行ったんですけど子どもは喜んでましたよ。今度子ども連れて一緒に行きませんか?」と誘ってみた。

言われたお父さんは「あーいいですねえ」とニコニコしながら言って、あれ? この後どうしたらいいんだ? 具体的な日程を決めたらいいのか? それとも今日は連絡先の交換だけにしておいて後日LINEとかでやりとりしたほうがいいのか? いやでも「いいですねえ」と言っただけで「行きます」って言ったわけじゃないしこれは断りかたがわからなくて困ってるパターンか? とかいろいろ考えているうちになんとなく次の会話がなくなってしまって、うやむやになってしまった。

大学生のサークルに入ってきたあの31歳男性だったら自然に「じゃあいつにします?」って言えたんだろうなあと思って少しうらやましくもあり、いややっぱりそうでもないな。