2016年8月27日土曜日

【エッセイ】一休さんの水あめを食べた話

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中学生のとき。
旅先のみやげ物屋で、「一休さんの水あめ」という商品を見つけました。
瓶にはアニメ版一休さんのイラスト。
すごくチープなデザインがかえって魅力的で、思わず買ってしまいました。

300円くらいだったと思います。
当時おこづかいとして月に1,500円もらっていましたから、月収の2割。
まあまあの額です。


一休さんの水あめといえば、もちろんあの有名な話に由来するものでしょう。

ある日、和尚さんが水あめを手に入れた。
坊主たちに分け与えるのは惜しいと思い、「これは毒だから食べてはいけないよ」と嘘をついて独り占めしようとした。

それが嘘だと見抜いた一休さんたちは、和尚さんの留守中に水あめを食べてしまう。

全部食べてしまってから、和尚さんが帰ってきたら怒られる、と青ざめる坊主たち。
そこで一休さんは一計を案じ、和尚さんが大事にしている壺を叩き割ってしまう。
水あめを食べた上に壺まで割ったらただじゃすまないとあわてふためく坊主たち。しかし一休さんは「あわてない、あわてない」とすずしい顔。

帰ってきた和尚さんは、大事な壺が割れているのでびっくり。
そこに一休さんがやってきてこう云った。
「うっかり、和尚さんが大事にしている壺を割ってしまいました。
 とても弁償できるものではありません。
 そこで死をもって償おうと、この毒をなめたのですがちっとも死ねません。
 もっとなめれば死ねるかと思い大量に口にしたのですが、全部食べても、悔しいかな死ねません」

これには和尚さんも返す言葉もなく、むむむとうなるばかり......。

たしかこんなお話でした。
「このはし渡るべからず」「屏風の虎を捕まえろ」に次ぐ、一休さん界で三番目に有名な話(たぶん)です。

ところでみなさん。
水あめを食べたことがありますか?

ある、という方は少数派だと思います。
ぼくの周りの人に訊いてみましたが、食べたことないという人ばかりです。
Wikipediaには
昭和40年代頃まで盛んに行われていた街頭紙芝居には水飴が付き物で、子供たちが水飴を割り箸で攪拌して遊びながら、おやつとして食べていた。
とありますから、今の60歳以上はわりとよく食べていたのかもしれませんが、今ではまず目にすることのないおやつです。



ぼくが月収の2割もの大金をはたいてまで買ったのは、そんな水あめを食べてみたかったからです。

なにしろ、『一休さん』によれば、厳しい戒律を守って生きる徳のある僧侶(和尚さん)ですら独り占めしたくなるほどの食べ物なのです。

なにしろ、『一休さん』によれば、一休ひきいる小坊主たちが、師の大事な壺を割ってまでして食べようとしたほどの食べ物なのです。


おいしくないはずがありません。


和尚さんは、「これは毒だから食べてはいけないよ」と嘘をつきました。

山本 健治『現代語 地獄めぐり』(三五館)によれば、人を正しい道に導くべき立場にある僧侶が私腹を肥やすために妄言(ウソ)を口にすると、大叫喚第十六地獄【受無辺苦処】に落とされ、炎を吹き出す鋭い金属の口と歯を持った地獄の魚によって頭から噛み砕かれ、さらに腹の中で燃えさかる炎によって焼かれて苦しむという責めを味わうことになるそうです。

それだけのリスクを承知の上で、和尚さんは「これは毒だから......」と云ったのです。
どれほどおいしいのでしょう。


また、一休さんたちは水あめをなめる瞬間、こう考えたのではないでしょうか。
「和尚さんは『これは毒だ』と言った。私たちに食べさせないための嘘に違いない。でも万が一、ほんとに毒だったらどうしよう......」
一休さんは賢明な少年ですから、当然こんな思いが頭をよぎったはずです。

ふつうだったら、それだけで思いとどまるのに十分です。
知人から「この瓶の中身は毒だから絶対に食べたらだめだよ」と真顔で言われたら、たぶん冗談だろうと思ったとしても、万が一を考えて手はつけないでしょう。
ぼくだったらぜったいに食べません。

それでも一休さんは食べずにはいられなかった。
どれほどおいしいのでしょう。



......というようなことを考えて、ぼくは期待で胸をいっぱいにして水あめを口にしたのです。


え? おいしかったかって?


それは秘密です。
ぜひみなさんも一度食べてみてください。

そうすると、昭和40年頃までは食べられていたのに今では誰も食べない理由がよくわかると思います。



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