2016年1月6日水曜日

【エッセイ】痔と核廃絶

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 ようやく完治して、心の傷も癒えてきたので書く。

 一夜にして痔になった。
 それも医師が驚くほどの立派な痔に。
 痔なんて一夜でなるもんじゃない、と思うでしょう。
 ええ、ぼくも思っていましたよほんの一ヶ月までは。

 ある日曜日の晩、突如として尻の穴が痛みだした。
 辛さ100倍カレーを喰った翌日のような痛みである(喰ったことないけど)。
 香辛料を大量摂取したのだろうかと思ったが、その前日にぼくが食べたのは豆乳鍋だ。いかにもお尻によさそうなのに!

 寝れば治るかと思ったが、寝ても痛みは引かない。というか痛みで眠れない。
 ぼくはその晩、あまりの尻の痛みのあまり、自分がゲイにレイプされる夢を見た。


 もちろん夜が明けてもケツは痛い。
 痛みはひどくなるばかり。
 そのまま仕事に行ったが、歩くだけで痛い。お上品に小股でそろそろと歩かねばならない。
 座っていたらもちろん痛い。30分と座っていられない。
 立ち上がるときはケツに力が入るから痛い。
「立てば激痛 座れば悶絶 歩く姿は百合のよう」である。

 ちなみに後からわかったことだが、この日のぼくは仕事中ずっと痛みと闘っていたので、同僚から「あいつ目に涙を浮かべてるけど、ペットの熱帯魚でも死んだんじゃないか」と噂されていたらしい。
 このことからも、どれほどぼくがつらい思いをしていたかがわかってもらえるだろう。
 もっともこの噂が後で意外な役に立つのだが、その話はまた後で。

 とにかくぼくは目に涙、そして肛門には脂汗を浮かべながら仕事をこなし、ドラッグストアへ走った(実際にはケツを押さえながらそろそろと歩いた)。
 深夜営業のドラッグストアにこれほど感謝したことはない。
 なにしろそのときのぼくは「痔の薬!それがないなら救急車もいたしかたなし!」と思うくらい追い詰められていたから。
 痛みに涙を流しながら痔の薬を買う。
 ちなみにボラギノールではない。あのまっ黄色のパッケージと有名すぎる商品名、これをレジに持って行けばバイトの女子大生でも「こいつの肛門はおびただしく爛れてるんだ」とわかってしまう。
 そっけないネーミングとパッケージの薬を買うことが、ぼくに許された人間としての最小限の尊厳だった。

 今のぼくにとってはカンダタにとっての蜘蛛の糸にも等しい痔の薬を抱えて家に帰る。
 家人に「痔になった!地獄の苦しみだよ!ただいま!」と言い残して風呂場に駆け込む。
 パンツを脱ぎ捨て、鏡にむかってくるりとケツを向ける。
 仰天した。

 おもいきり身体をひねった不自然な体勢でぼくが鏡の中に見たものは、肛門の前に鎮座するホタテだった。
 むっちりとした質感、薄い桜色に輝く表面、そしてワタリ4センチはあろうかという豊かな肉づき。ホタテそっくりだ。
 寿司屋の板前だったならばまちがいなく「本日のおすすめ」として上客の若旦那のために握って出すような立派な代物だ(もちろん「肛門から飛び出したものでなければ」という条件付きだが)。
 ケツから直腸(?)が4センチも飛び出して、尻肉と椅子に挟まれているわけだ。これが痛くなかろうはずがない。
 嘘だと思うなら肝臓でも心臓でもいいから、内蔵を体外に出して万力でぎゅっと押しつぶしてみなさい。痔が、核兵器と同じくらい憎むべき存在であることがわかるから。

 ケツから飛び出したホタテを見てぼくは思わず叫んだ。
「ピノコ、オペの準備だ!」

 だが、よく考えたらぼくは天才外科医じゃないし、メスも持っていない。
 おまけにかわいい助手もいないから切除手術ができない! アッチョンブリケ。
 ぼくにできることといえば、さっき買ってきた薬を注入することだけだった。
 ちなみにケツに痔の薬を注入するときの屈辱感たるや、やったことのある者にしかわからないものだ。
 ナポレオンが痔に悩まされていたのはわりと有名な話だが、あのナポレオンだってケツに薬を注入したときには、べそをかいて「ごめんなさい、ぼくちんの辞書には不可能という文字しかありません。っていうか辞書すらありません。あるのは薄汚い私の尻だけです」とその場に崩れ落ちていたはずだ。

 薬を注入したが、痛みは引かない。
 あいかわらず、立っても座っても痛い。
 こういうときはさっさと寝てしまうにかぎる。
 ところが。
 寝ても痛いのだ。
 そりゃそうだ。直腸が尻と布団に挟まれるわけだから。
 あおむけだと痛くて眠れない。
 うつぶせだと苦しくて眠れない。
 いったいどうすりゃいいんだよ!
 重力か! 重力があるから痛いし苦しいのか!
 ぼくはこのときほど宇宙飛行士になっときゃよかったと思ったことはない。
 これはぼくの推測だが、毛利さんも若田さんも秋山さんも星出さんも、宇宙飛行士はみんな痔持ちにちがいない。
 痔の苦しみから逃れるために、厳しい訓練に耐えてでも無重力空間に飛び出したかったのだろう。
 ぼくにはわかるよその気持ち。うん。

 だが結局地球上で夜を過ごすはめになったぼくは、うつぶせで寝た。
 翌朝になっても尻の痛みは強くなるばかり。
 そろそろ命の危険を感じはじめたぼくは、仕事を休んで病院に行くことにした。どっちにしろこの痛みでは仕事にならない。パソコンを開いても、Yahoo!知恵袋で「痔に効く薬を教えてください。痛みさえ引くなら薬じゃなくても、キノコでもおまじないでも何でもいいです」と訊くだけだ。
 問題は、上司に何と説明するかだ。
 ぼくの直属の上司は、他人の不幸とうわさ話が大好きなお方だ(つまりぼくとは非常に気が合う)。
 痔が痛むので休ませてくださいなんて云った日には、あわてて全支社に向けて題名に【重要!】という文字を入れたメールを送信し、朝礼でも「最近痔が流行っているので全員くれぐれも注意するように」という訓示を垂れることはまちがいない。
 ぼくは仮病をつかうことにした(実際に身体の具合が悪いからあながち仮病とはいえないのかもしれないが)。
 自慢じゃないが、仮病をつかうのは初めてだ(病気なのに元気なふりをして遊びに出かけたことは何度もあるが)。
 うまく嘘を突き通せるか心配だったが、一応リハーサルをしてから上司に電話を入れた。
「おはよう。どうしたん?」
「実はですね、昨日からちょっと体調が……」
 すべてを語る前に上司は
「おーそうかそうか。昨日めちゃくちゃしんどそうやったもんなあ!ずっと涙目やったから、ペットの熱帯魚でも死んだんちゃうかってうわさしとったんや!」
 あっさり仮病が通った。
 涙目になっててよかった。熱帯魚が死んだんじゃなくてよかった。

 すぐに病院に駆け込んだ。
 今のぼくにとっては「肛門科」の看板が、町娘にとっての遠山の金さんの桜吹雪と同じくらい頼もしく見える。
 肛門科医は、水墨画のようなおじいちゃんだった。
 よかった、美人女医じゃなくて。恥ずかしいんだもの(世の中には美人女医に尻を見られることに悦びを感じる人もいるらしいが)。
 水墨画じいさんはぼくの身体を横に倒し、尻を覗くなり、待合室にまで聞こえんばかりの大声で叫んだ。
「うわー。こりゃすごいね。相当痛いでしょう」
 痛いなんてもんじゃないですよ先生。この痛みたるやスカイツリー級ですよ。
 少なく見積もっても明治時代から肛門科をやっているであろう水墨画じいさんが、これは痛いはずだと驚くほどの痔なのだ。
 どれほどのポテンシャルを秘めたものか、理解してもらえただろう。
 水墨画医師の話では、血流が悪くなって血栓ができたために一夜にしてホタテ痔という堅牢な城が築かれたそうだ。血栓性外痔核というらしい。
 薬を注入して(また注入かよ!)二週間も待てば、強固な守りを誇ったホタテ痔城であっても必ずや陥落するであろう(つまり炎症は収まるはずだ)、と水墨画医師はおごそかな口調でぼくに告げるのであった。

 はたして水墨画の云ったとおり、十日ほどでホタテは体内という大海に還り、ぼくの尻は再び天下泰平の時代を迎えたのであった。
 あの水墨画医師、(ぼくの肛門を素手で触った後に手を洗わずにカルテを書いていたことをのぞけば)かなりの名医であったと言えよう。

 血栓性外痔核は、痔の気のない人にも突然起こりうる病気だ。
 明日血栓性外痔核になるのは、これを読んでぼくのことをばかにしているあなたかもしれない。
 そして今度の総選挙でどの党が政権がとるかはわからないが、政治家のみなさん!

 ぜひ日本の明るい未来のために「核(血栓性外痔核)の廃絶」を!
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