2015年8月29日土曜日

【読書感想】真鍋 博『超発明: 創造力への挑戦』

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真鍋 博『超発明: 創造力への挑戦』(筑摩書房)

「BOOK」データベースより
星新一との仕事でも知られる天才イラストレーター・真鍋博が、頭の体操として考え、あたため、育ててきた“夢の発明品”129個の大博覧会!実現可能に見えるものからユーモアにみちた珍発明まで、ポップで精細なイラストとその解説文で、未だ実現しない夢に見る“日本の未来”を40年も前から語り続けています。日本SF界を支えた“思考”と“発想”をご堪能あれ!

 昔の人の「未来予想」は愚かでおもしろい。だってはずれているに決まっているから。
 自分だけが答えを知っているクイズのように、にやにやしながら「君たちにはわかんないよねー。難しいよねー」と底意地の悪い楽しみかたができる。
 明治時代のとある学者が「このままだと東京の街は馬車の馬糞でいっぱいになる」と真剣に憂慮していたらしいが、そういう的はずれな予想がぼくは大好きだ。

 真鍋博の『超発明』も、今から40年以上前に刊行された本なので、いわば“昔の人の未来予想”だ。当時の科学技術を土台に、ありったけの想像力というスパイスをふりかけて考案された発明たち。
 これがなんというか、性格の悪いぼくにとっては残念なことに、40年たった今でも色褪せていないのだ。今年書かれたと言われても信じてしまうくらいの鮮度の良さだ。
 予想は古くなるが空想は古びないのだと教えてくれる。


 真鍋博といえば星新一作品のイラストで有名だが、あらゆる刺激をなくして死を疑似体験する『無刺激空間』や、増えすぎた生物を狩る『天敵ロボット』なんて発明は上質のショートショートような味わいだ。
 諷刺やエスプリがたっぷりと効いて、さらなる想像をかきたてられる。


 輸送や陳列のコストを削減する『四角い卵』、味を記憶する『録味盤』、光そのものを絵の具にする『オプティカル・パレッ ト』、物体の一部分だけの重さを量る『部分体重計』のような、もうすぐ実現するんじゃないかという発明(ぼくが知らないだけでもう開発されているのかもしれないが)も魅力的だが、突拍子もないナンセンスな発明にこそ真鍋博の豊かな想像力が光る。

たとえば次の発明。
『球体レコード』
 円盤より球体の方が表面積は大きい。そして球体レコードがその歴史的発展の単なる延長でない点は、エンドレスであり、一個のレコードに何億曲でも収録できることだ。
まだレコードしか録音手段がなかった時代なので「レコードをいかに改良するか」という発想になるのは当然だ。だがそこから出発して、現代ではほぼ実現したといってもいい“一個のレコードに何億曲でも”という着地点にまで持ってくるのは、単なる空想にとどまらない、現実的な視点も必要になる。
 理論に裏打ちされた空想、これもやはり星新一に共通するものがある。


 最後に、ぼくがいちばん気に入った発明を紹介。

 『空砲』
 かつて人類は人類同士の闘争のため大砲を撃ち合ったが、未来は人類が人類を救うためお互いに酸素の爆弾を落とし合い、空気の大砲を撃ち合わねばならないだろう。
 闘うのは人間の本能であり、それを否定した平和は不自然そのもの。しかし、それが花であり、鳥であり、きれいな空気の弾であれば、闘争はより建設的であり、より平和的であるといわねばならない。

 美しいほどにリアリスティックでロマンティックな発想ではないか。
 隣国同士が憎み合わずに互いに贈り物をすれば世の中はよくなる。だが、それを支えるのは親切心ではない。愛は地球を救わない。なぜなら愛は長続きしないから。
 だが競争心や闘争心は持続する。数々の戦争が数多の偉大な発明を生んだように、米ソの対立が宇宙開発につながったように、『憎悪は地球を救う(可能性もある)』のではないか。

 地に足のつかない理想を並べたてる輩よりも、こういうリアリスティックなアイデアにこそノーベル平和賞をあげたほうがいいんじゃなかろうか。
 ノーベル平和賞だって “競争心を平和のために利用する発明” だしね。




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