2015年6月21日日曜日

人のネギを笑うな

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 多くの日本人と同じく、ぼくもネギが大好きだ(ちなみに計画性なくネギを買うので、現在我が家には青ネギと白ネギとタマネギがある)。
 ネギは食材で唯一「万能」という称号を与えられるだけあってどんな料理にも合うし、栄養価も高いし(知らんけど)、値段も手頃だし、本当に偉大なる存在だ。
 なぜネギが国民栄誉賞を受賞しないのか、ぼくには不思議でしょうがない。
 しかし。
 ネギを愛してやまないぼくだけど、スーパーに行くたびに毎回ネギを買うのを躊躇してしまう(結局買うんだけど)。
 なぜならネギは
『使い勝手のいい野菜 第1位』であると同時に
『買って帰るのが恥ずかしい野菜 第1位』でもあるからだ。
 青ネギはともかく、白ネギは絶対に(そう絶対に!)スーパーの袋から顔を出す。
 スーパーからの帰り道、ぼくはずっと白ネギを周囲に見せつけながら歩くことになる。
 これが恥ずかしくてたまらない。

 ぼくはいい大人だから、いろんなことを隠しながら生きている。
 裸で出歩いたりしない。
 歌をうたいたくなっても大声でうたいながら道を歩いたりしない。
 エロいことを考えているときだってなるべく顔には出さないように気をつける。
 街ですれ違う人たちはみんな、ぼくが何者で何を考えているか知らないはずなのだ。

 それなのに。
 スーパーの袋からネギをのぞかせながら歩く姿を見た人には、ぼくがネギを好きだということがわかってしまうのだ。
 あの人、ネギ買ってるわ。
 あんなすました顔をしているけど、家ではネギを食べるのね。
 街ゆく人の声が聞こえてくるようだ。
 ああ。恥ずかしくてたまらない。
 巨大な堤防だって、小さな亀裂をきっかけにして崩壊する。
『ネギ好き』が世の人々の知るところとなれば、それをきっかけにしてぼくの内に隠しているすべてが露呈してしまうんじゃないか。
 それが恐ろしくてたまらない。

 そして『ネギ好き』というやつは、ぼくにとって本当にプライベートな部分なのだ。
 たとえばフランスパンではこうはならない。
 フランスパンも長いから袋には収まらない。だけどフランスパンをスーパーの袋からはみ出させて歩いたとしても、ぼくはちっとも恥ずかしくない。
 だって『フランスパンを買って帰るぼく』は本当のぼくじゃないから。
 セルフイメージのぼくはフランスパンを買わない。
 だから『フランスパンを買って帰るぼく』を見られたって恥ずかしくもなんともない。それは虚像なんだもの。
 だけど『ネギを買って帰るぼく』は実存にも関わる部分だ。
 だからネギを買って帰るのを知られることは、日記を読まれるよりも恥ずかしい。

 いやいや。
 いけない、こんなことじゃ。
 何を恥ずかしがっているんだ。
 ぼくは心の底からネギを愛しているのだ。
 胸を張って「ネギが好きだ!」と云ってあげなくては、何よりネギがかわいそうだ。
 ぼくは意を決して野菜売場へ向かう。
 美しい緑と白のコントラスト。まるまると太った身体つき。なんて甘そうなんだ。
 その最上級の白ネギを買い、ぼくは店を出る。
 手にはレジ袋。もちろん袋の口からのぞいているのは白ネギの上半身だ。
 みんながぼくのネギを見ている。
 今まさに、ネギを通してぼくの心の深遠が覗かれようとしている。
 だけどもうぼくはネギを隠したりはしない。
 きっとすごく性格が良くて心底愛しているんだけどブスの彼女を連れて歩くのはこんな気分なんだろう。
 笑いたければ笑うがいいさ。
 たしかにネギは安い食材だ。
 だけどもぼくはこいつを愛しているんだ!
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