2015年5月25日月曜日

げに恐ろしきは親の愛情

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 ぼくがこの世でもっとも怖いものは『親の愛情』である。

「わが子のためなら死ねる」とまっすぐな眼で語る親がいる(たぶん実際にそういう局面になったら死ねるんだろう)。
 ある種の鳥は外敵に巣を襲われそうになると、自らがおとりとなって外敵をひきつけ、ひな鳥を守る。
 そういう度の過ぎた(としかぼくには思えない)愛情を目の当たりにすると背筋が凍りつく。
「まあなんて深い愛。すてき!」とはどうしても思えない。
「ひいっ」と叫んで逃げ出したくなる。
 ぼくは学研の本をベッドサイドストーリーにして育った科学の子なので、命がけで子を守る行為が『遺伝子を残すために有利な生物学的戦略』だと頭では理解している。それでもやっぱり心の底では得体の知れない恐怖しか感じない。
 ぼくにとって親という種族は、アル・タリマイン星人と同じくらい、何を考えているのかわからない生き物なのだ。


 三十年近く生きてきていちばん怖かったことは何だろうと考えると、ぼくは十年前のできごとを思い出す。
 当時無職だったぼくは、友人たちと飲みに出かけ、夜が明けるまで飲んだ。
 朝7時ごろ。いい具合に酔って実家に帰ったぼくは、そうっと玄関のドアを開け、そして息をのんだ。
 母が玄関先で正座していたのである。

 瞬間、全身の血が凍りつくほどの恐怖がぼくを襲った。
 酔いも一瞬で吹き飛んだ。
 いい歳をして無職の息子が飲みにいっている間、母親が一睡もせずに正座して帰りを待っていたのかと思ったのだ。

 彼女がただ早く目が覚めたから玄関に座って靴を磨いていただけだとわかったとき、ぼくは安堵のあまりへなへなと座り込んでしまった。


 想像してほしい。

 無職の息子が朝まで飲んで酔っぱらって帰ったら、玄関先で母親が正座をして待っている。
 そして慈愛に満ちたほほ笑みをたたえながら一言。
「おかえり」

 世の中にこんな恐ろしいことがほかにあるだろうか?

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